第四十九夜
「そうか…それであの時、ストレガの一人を」
「うん、順平君が心配だったから、ゆかりちゃんと桐条先輩に頼んだ時に」
久しぶりに掃除でもしようと立ち寄った紅亭(自宅)の中、手伝うといってくれた風花と一緒に二人で掃除を終えた後、天井辺りを飛んでいるキバットとタツロットを眺めてから改めて風花から先日の一件、ゆかりと美鶴の二人の行動の顛末を聞いていた。
「うーん、此処に来るのも本ッ当に久しぶりですねー、懐かしいー!」
「あー、此処には帰ってきてなかったからな~」
久しぶりの帰宅にキバットとタツロットのテンションは上がっていたりする。
作戦が終了した後、寮の方に順平の救援に向かった美鶴達からストレガの一人を確保できたと言う事は聞いたのだが、どうやって確保したのかは知らなかった。風花の判断は間違っては居なかっただろう。
前衛の美鶴と後衛のゆかりの二人、組み合わせとしては悪くなく、戦力的に順平の救援に彼女達を向かわせるのは悪くない判断だ。だが、
「せめて、アイギスくらいは自分の護衛に残した方が良かったね」
「ごめんなさい」
そう言って申し訳なさそうに頭を下げる。結果的にそれが原因で自分がファンガイアタイプに捕まり、ペルソナ能力を利用されたのだから、何も言えない。
奏夜はそんな彼女の姿を見て言い過ぎたかと反省している。彼女自身反省しているようなのでそれ以上何も言う気は無い。自分よりも他人を優先する所は彼女の美点だとは思っているが、今回の事は存分に反省して、もう少し自分を大切にして欲しい。
…彼女のペルソナ能力は奏夜に次いで希少(レア)だが、純粋に戦闘面での理想系と言える奏夜のワイルドの能力と違って、援護能力に特化している為に戦闘力と言う一点においては自衛さえ難しい程度の能力しか持って居ないのだから。
そんな事を考えていると今日の順平の行動を改めて疑問に思う。妙に急いでいる様に見えたが。丁度話を変えるにしてもそれは良い機会だ。
「? そう言えば、順平と岳羽さんは?」
「うん、二人なら」
「…もう一度聞くぞ?」
清潔な病院の一室で美鶴はベッドでスケッチブックに絵を描いている少女に改めて話しかける。
黄金のキバ(仮面ライダーキバ・エンペラーフォーム)復活の翌日、作戦時に確保したストレガの一人であるチドリと言う少女の入院している病室にS.E.E.Sの首脳部の内の二人…美鶴と明彦の姿があった。
「チドリと言うのは本名か? ストレガと言うのはどう言う組織で、君ら三人の他にもまだ居るのか? 決して恨んで拘束している訳じゃない、無意味な戦いを避けたいだけなんだ。黙っていて困るのは君だぞ」
そう話しかけられているチドリは一切反応を見せず、ただスケッチブックに絵を描き続けていた。
「返答によっては君への対応を考える。(無論、『場合によっては』…だが)」
その言葉にも反応を見せず、彼女は絵を描き続けているだけだった。
『…ちょ、待てったら! 来ていいって言われてないでしょ』
そんな時、荒垣が待っている病院の廊下に響くのはゆかりの声、
「チドリ!!!」
「順平ってば!」
「………!」
そう言ってチドリの病室の中に順平が飛び込んでくると、僅かにだがチドリは初めて反応を見せた。
「すいません、幾ら言っても聞かなくって」
「こちらも彼女を捕らえてから数日が経つが、一切進展の無かった所だ。ちょうど君らに来て貰おうと思ってたところさ」
順平はチドリのベッドの横に置かれているイスに座り、
「気分はどうだ? もう落ち着いたんだろう?」
「………」
「ああ…落ち着いたものさ。どんな検査も質問も全て無言の拒絶だ」
そう話しかける順平の言葉に無言のチドリに代わって答えたのは美鶴。美鶴はそんなチドリを横目で睨みながら、
「…スケッチブックも取り上げるべきか?」
そう呟く。
「いいじゃないスか、そんくらい! こんなもん取り上げたってなんにもなんないスよ!」
「どうかな。召喚器を取り上げたときはだいぶ動揺したが」
「性格ワリィすよ」
「伊織…君はいい奴だな」
順平の抗議の声も聞き流している美鶴だが、丁度その時だった。
「…メーディア」
…チドリが今までとは違った様子でそう呟いたのは。
「メーディア、メーディア、メーディア、メーディアメーディア!!!」
錯乱した様に自分のペルソナの名を呼び続ける。いや、その様子は実際に錯乱していると考えても間違いは無いだろう。
「ワタシ…私、私の……………わた………ああああああああああああああああああッー!!!」
「チドリ!!!」
「うっ……」
絶叫しながら倒れたと思うと跳ね飛ばされる様に起き上がり、召喚器によるトリガーも無く彼女のペルソナであるメーディアが出現する。本来ペルソナは召喚器無しでも使う事は出来るが、明らかに彼女のそれは異常としか言えないだろう。
「…………!!! ペルソナ」
「召喚器無しで。………しかし、これは!」
彼女から打ち出される様に召喚されたメーディアは勢い良く、必殺の勢いでその手に持つナイフを敵である筈の順平達にではなく、自身の主であるチドリへと振り下ろす。
「暴走!?」
そう、美鶴の言葉通りそれはペルソナの暴走。それも『魔術師』の大型シャドウを八つ裂きにして消えた奏夜の黒い死神の時とは違い、今回のチドリのペルソナ・メーディアの暴走は自身の主を傷つける様に暴走している。
「チドリ!!!」
自身のペルソナに殺されそうになったチドリを助けようと順平が動く前に、病室に飛び込んできた影がチドリを自身のペルソナの凶行から救う。
「シンジ!?」
標的を失ったナイフはベッドを切り裂くだけに留まる。だが、その体性では第二の凶行は避けられないだろう。だが、チドリを助けた荒垣は素早く取り出した薬を彼女の首に打つ。それによって先ほどまでの錯乱やペルソナの暴走は嘘の様に収まり、そのまま力無くベッドに横たわる。
「心配ねぇ…。ペルソナが“暴れた”だけだ」
沈黙が支配する病室の中で、荒垣のその台詞が響く。そう、彼女達の事を知っている荒垣は、先ほどの現象の理由も知っている。
「コイツらは俺らとは違う。ペルソナを“飼いならせねぇ”んだ。だから“制御剤”がいる。自分のペルソナに寝首をかかれない為にな」
「自分の…まさか、たまに自然にこうなるって。あの時もそのせい…?」
荒垣の言葉でチドリの様子が納得言ったのだろう、順平はそう呟く。
「俺の持っている薬を医者に渡しておく。……あとぁまかせる。」
「荒垣…お前。“ストレガ”を知っているのか?」
病室から立ち去ろうとする荒垣の背中にそう問いかける美鶴。先ほどの彼の言葉はどう考えても『知らない』等と言う方が無理が有るだろう。
「レールを外されて初めて見えたモンもあるさ…」
荒垣は美鶴の問いに簡潔にそう一言だけ答えて病室を立ち去っていく。
「待て! シンジ!!!」
そんな荒垣を追って明彦も病室を飛び出していく。病室に残されたのは、ゆかりと順平と美鶴の三人だけ。再び病室の中を沈黙が支配し、窓から吹き込む風と外から聞こえる音だけが支配する。
「…わたし、順平?」
そんな中チドリが意識を取り戻した。
「チドリ…良かった。心配してたんだぜ…?」
「何それ…。こんな事当たり前の事なのに」
「おかしいよ。こんなの、オレこんなのヤだよ…」
そんな順平とチドリの姿を見てゆかりは美鶴の肩を叩いて一緒に病室を出て行く。
「…ヘンなひとね」
「………どっちがだよ」
そんな会話を交わしている順平とチドリの姿を横目で眺めながら、
「…喋れるじゃないか」
そう一言だけ呟いた。
一方、病室を出た荒垣と明彦の二人の姿は駅に有った。
「おい待て! シンジ!!! どう言う事だ説明しろ、あんな薬を何故お前が持っている!?」
「声デケーんだよ」
「お前も…使っているのか!?」
荒垣を問い詰めながら追いかける明彦だが、明らかに周囲が目に入っていない程の大声で叫んでいる。………明らかに妙な誤解を受けそうな言葉だし。
「聞いた事だけはある。ペルソナの制御が上手くいかない場合、無理矢理押さえ込む薬があるとな。だが、あれの副作用は…」
「テメェに話す義理じゃねぇ…」
明彦の言葉に返す荒垣の言葉はそう簡潔なものだった。
「キサマはいつもそうだ。そうやって…」
「テメェの言い分なんざ分かってんだよ」
明彦の言葉を遮ってそう告げて、荒垣は明彦の方へと振り向く。
「力があんのに使おうとしねぇ…そう言うハンパなのが気にくわねぇんだろ? 聞き飽きたぜ、この正論馬鹿が…」
次の瞬間、『ガッ』と言う音と共に荒垣の顔を明彦の拳が打ち付けていた。
「……全然わかってねぇ……。俺は、お前が……」
震える声でそう告げる明彦の脳裏に蘇るのは、二人にとっての忘れえぬ過去の記憶。
「お前は知ってるはずだな。10年前…孤児院が火事で焼け落ちた。あの時の俺は残された妹を救えなかった。飛び込む所か、止める大人の腕を振り切る力さえなかった」
当然だろう。子供の力ではどうしようもない。例え、その時止める大人の手を振り切れたとしても、それは結局のところ犠牲者が一人増えるだけだ。
「だから俺は“力”にこだわってきた。お前だって同じだったはずだ!」
そう、明彦が力を求め続けていた理由は全てその過去に起因している。そして、同じ孤児院で育った荒垣もまたその火事で失った。だが、
「俺たちだけでも生きていける様に……一緒に強くなろうって。なのに…何故だ!? 何故俺に黙って、薬なんかで力を抑えた!?」
(…俺は)
明彦の正論とも言える言葉に荒垣は心の中で独白する。
(お前のようにはいかなかったんだよ)
自分は明彦と違い失敗したのだと、
-お前は……やっぱり、変わってないな-
荒垣の目に映る明彦の姿は過去の日と変わっていない。
「俺ぁ戦いに戻ったんだ…。もうペルソナを押さえ込む必要もねぇ。文句ないだろうが」
戦いに戻った以上、力を押さえつける必要もない。もう荒垣に薬に頼って無理に力を抑える必要等無い。それに、
「それに…今の俺にはやるべき事がある。こいつはケジメだ。俺にしか務まらねぇ」
やるべき事…それは命を賭してでも今の荒垣がやり遂げるしかない事。
―あの頃と同じ様に、滑稽な位に純粋で―
だからこそ、荒垣の目に映る明彦の姿は眩しく見える。
―馬鹿な奴だよ―
真っ直ぐに彼を見据えながら告げられる友の言葉は、
「守ってやれよ」
一直線に真っ直ぐに荒垣の心に突き刺さる。
「……。テメェはテメェの信じた道を行きやがれ。………いいな。」
既に戻れぬ道を歩いているのか、それが出来ないのか、それとも………。それを知っているのは他でもない、荒垣自身ただ一人だけだろう。そう言って荒垣は明彦の前から立ち去っていく。
「チドリって子が入院してる病院に行ったみたい」
「聞いた話だと、順平の知り合いみたいだったしね。…何処で知り合いになったかは知らないけど」
冷たいお茶を一口飲んで順平とゆかりの姿が無い事に対する訳を聞いて納得する。奏夜としても、順平とはどう言う関係かは知らないが、最近の(良い意味での)順平の変化から考えて、そのチドリと言う子に好意を持っているのは間違いないと思う。
「上手く行って欲しいね、順平達には」
「そうだね」
「ああ、オレも渡や大牙に深央の時と同じ事にはなって欲しくないからな」
「ですよねー」
敵と味方…兄と弟が同じ相手を好きになり、そんな関係に別れてしまった結果、手を取り合えたとは言え兄弟は戦うこととなり、その末に愛した相手は命を落とした。そんな、奏夜達の知る悲恋の物語。
順平達にはそうなって貰いたくはないとも思うが、余計な事をして話を複雑にしたくないから出来る事は今のところ上手く行く様に祈るだけだ。
「ところで、何で掃除を?」
「うーん、前から実家の掃除はしようと思ってたけど色々と忙しかったからね。」
タルタロスの探索や情報集めと言った課外活動。それらの活動が忙しくて今まで機会がなかったのだが…
「丁度良い機会だし、掃除しようかなって思ったしね」
「そうなんだ。あっ、この木ってヴァイオリンの形に…もしかして、ここって…」
「うん、ヴァイオリンの工房でも有るんだ。ぼくもいつか作りたいと思ってるからね…。お爺ちゃんが作った最高のヴァイオリン、『ブラッディーローズ』に負けない…自分だけのヴァイオリンを」
思い出の中に残る父の姿や、今は遠い所に行っている兄の姿、有った事もない祖父の姿を生まれ故郷といえる家の風景の中に写しながら奏夜は懐かしそうに呟く。
「それに、今日此処で会う約束をしてる人が居るしね」
「会う約束?」
「うん、父さんの仲間の一人で…オリジナルのイクサの装着者だった人とね」
奏夜がそう告げた瞬間、来客を告げるインターフォンの音が鳴り響いた。