某所…影時間の中、其処には荒垣と二人の少年の姿が有った。
二人の少年の内の一人は病的なほど白い肌をして両腕に刺青のある上半身裸の少年、もう一人は緑色の服を着て眼鏡を掛けた少年。
以前、復讐代行として影時間の中に引きずり込み別の少年を襲った三人の中の二人だ。
「どうやら、本当に影時間を消そうとしている様だ。」
彼等の話の話題は奏夜達S.E.E.Sの様子で、二人も七夕の夜に彼等の姿を見ていた時の事を告げる。
「それは自らの“力”を否定することです。」
病的な白い肌の少年の声に熱が…苛立ちが篭っていく。
「“力”の使い道は持ち主が決める事ですが、それだけは何が有っても許容できません。」
彼等もまた奏夜達と同じく『ペルソナ使い』なのだろう。影時間の中で自由に動く事が出来て、影時間の中で戦う奏夜達の事を知っている事が何よりの証拠だ。だが、それ以上に重要な事は…彼等は奏夜達とは違い、“影時間”の存在を許容、いや、肯定している。
「それこそ、好きにすりゃ良い……。」
興味が無いと言う様子で荒垣が白い肌の少年の言葉に答える。すると、緑色の服の少年が前に出て荒垣へと問う。
「おまえはどないする気や?」
ポケットから何かの“薬”を取り出し、それを荒垣に差し出し、言葉を更に続ける。
「奴等に戻って来い言われてるやろ?」
緑の服の少年の言葉に乱暴に薬を受け取ると苛立ちの篭った視線で荒垣は二人の少年を睨みつける。普通ならば恐怖心を感じさせるであろう視線で睨まれているが、それに対して二人の少年は特別何も感じていない様子だった。
「……ムカつくぜ、ストーカー野郎が。」
苛立ちの篭った声で言い放ち荒垣はその場を立ち去っていく。
そんな荒垣の背中を見送りながら白い肌の少年は不敵な笑みを浮かべながら、何処か確信めいた様子で、
「次に会う時は…。」
緑色の服の少年が取り出した“ある物”を受け取りながら、白い肌の少年は、
「お互い敵同士になっているかもですね。」
荒垣の背中へと、そんな言葉を告げる。
屋久島から戻ってきた後のある日、ハンバーガーショップの『ワイルドダック(略称:ワック)』。湿った感じのハンバーガーが有る店に奏夜と風花の姿があった。
「それで、山岸さん、みんなの成果はどう?」
「はい、みんな張り切ってタルタロスを攻略してます。紅君が居る時よりもペースは落ちちゃってるけど。でも、この間は皆だけでなんとか番人級に勝つ事が出来ました。」
「まあ、それは仕方ないかもね。」
奏夜は風花の話に苦笑を浮かべる。完全な意味での万能型と言えるペルソナ能力を持っている自分の戦力は、自惚れる訳ではないがタルタロスの攻略には必要不可欠と言えるだろう。
また、決定打には欠けるが副産物の補助的な効果が期待できる
だが、こうしてハンバーガーショップの『ワイルダックバーガー(通称:ワック)』に風花を誘ってタルタロスの攻略についての成果を聞いているが、話を聞く限りではペースは上がっている様子で安心していた。
もっとも、風花を誘うのはモールの中にある喫茶店の『シャガール』でも良かったかとも思ったが、気楽に食べれる此方の方が良いだろうと考えた結果だ。
「それは分かってるんだけど…やっぱり、私は…紅君が居ないと…みんなの事が心配です。」
不安気に風花はそんな言葉を告げる。
奏夜が欠けた事で起こっている戦力の低下は何よりも援護と言う立場で戦っている彼女が一番理解してしまっているのだろう。
下手をすれば番人級のシャドウや大型シャドウどころか、時折フロアに登場する強力なシャドウにも敗北してしまう危険も有るのだ。
「ぼくが山岸さんの護衛にだけ参加すれば、他のみんなが全員で参戦できるんだろうけどね…。」
「真田先輩や順平君がそう提案したんですけど、アイギスが仲間になってくれて戦力は十分なんだけど、桐条先輩は『紅にばかり頼る訳にはいかない』って言って、紅君が居る時と条件を常に同じにする為に。」
「そうだね。今まで通り、誰か一人を山岸さんの護衛に残しているのか。今までの階層なら兎も角、新しい階層に行くとぼくが居てもきついのに…。」
ペルソナを付け替えると言う特殊な能力を持った奏夜に頼りきりだった自分達の弛んだ精神に活を入れると言うのは良い判断だが、それでも、自分達に厳し過ぎると言える。
寧ろ、苦戦しながらでも奏夜を欠いたメンバーで番人級のシャドウを相手に一度とは言え勝利できたのだから、十分に自分達を鍛え直したと言うべきだ。
付け加えると、屋久島から帰った後にアイギスが正式にS.E.E.Sに参加した事。それだけではなく、ペルソナ使いとしての素質があるらしい、『天田 乾』と言う少年が仮入寮したそうだ。奏夜が暫くの間離れているだけで随分と彼等を取り囲んでいる事態は変化して行っている様子だ。
なお、寮に入った時にアイギスが奏夜が今現在、寮を留守にしている事を知った事でひと悶着が起こったのだが、それについてはここでは省いてしておこう。…何れ別の機会で書くとして…。
そんな会話をしている風花の表情に微かに曇る。端から見れば、今日の二人の行動はデートと言えるのに、している会話と言えば、とてもデートでする会話ではない。
奏夜に誘われた時、デートに誘われたと思っていたのだろう事は彼女の服装から考えて間違いない。
そんな風花の表情を見て苦笑を浮かべると、奏夜は話題を切り替える。
「そうそう、あと、みんなに伝えておいてよ。応援ありがとうって。」
「あっ、はい。でも、残念でしたね。まさか、紅君が負けるなんて思いませんでした。」
「まあ、ぼくは殆ど時々しか出ない幽霊部員だったから、代表に選ばれただけでも嬉しいからね。」
そう、八月の頭に有った運動部の地区予選、月光舘学園の運動部にも所属している奏夜は地区予選の代表の一員として選ばれた。
もっとも、僅かな差で負けてしまったが、その時対戦した選手には気に入られた様子で親しくなって、巌戸台駅前商店街で時々会って話しているが…本作では触れない事にする。
「まあ、ぼくもペルソナ使いの能力と鎧の助けが無きゃ、タダの高校生だからね。寧ろ、良くやった方だとは思ってるよ。」
「でも、紅君は…。」
「もちろん、手は抜いてなんていなかったけど、幽霊部員のぼくがそんなに活躍したら逆に真面目にやってるみんなに悪いから、返って安心した位だよ。」
「そう…なんだ。」
受け継いだ才能と趣味によって高い成果を出せる風花と同じ吹奏楽部とは違い、運動部は最初はタルタロスの中で戦う上で助けになればと考えて入っただけだ。
寧ろ、部活の方にタルタロスでの経験が活かされている事から、結果的に良くさぼっている奏夜としては下手に活躍してしまう方が返って真面目に練習している他の部員達に心苦しい位なのだ。まあ、夏休みに入って直の練習にはさぼらずに参加したが。
「でも…。」
「ストップ。ある意味じゃ、タルタロスの経験は反則みたいなものだよ。だから、ぼくの努力不足って所だよ。」
考えてみれば、化け物相手に剣を振るっているのだから剣道の試合で人間の振る竹刀の動きを見切るのも楽な物だろう。
そう言った意味では反則的な経験を持っている奏夜が試合とはいえ、彼が負けたのは本人の努力不足と言える。
そして、食べ終わったハンバーガーの包み紙と紙コップをゴミに捨てて、ワックを出ると時間を確認する。
「まだ少し時間が有るな…。そうだ、山岸さん、今日のお礼に遊びに行かない?」
「え? 紅君、良いの? ここでもご馳走してもらったのに。」
「うん、何時もみんなの様子を教えて貰ってるから、そのお礼も兼ねてね。」
「あっ、それなら、丁度ポートアイランド駅の近くの映画館で映画祭りをやってますから。」
「じゃあ、其処に行こうか。」
そんな会話を交わしながらポートアイランド駅の映画館に向かう奏夜と風花の二人。
二人のその姿は、何処か恋人同士の様にも見えた。
仲間が増えて順調に成長していく仲間達を一人離れた場所から見ている今の奏夜には、一つだけ気になっている事が有った。
屋久島で出会った今の自分よりも時間が進んでいる平行世界から来たと言う、仮面ライダーキバーラへと変身して見せた、もう一人の自分…『登 奏』の残した言葉だ。
少なくとも、大型シャドウとの戦いは、ある程度までは無事に順調に進んでいく。だが、今年の内に…自分達の中の誰かが、もしくは新たに仲間になった者の内の一人が命を落すという事実だ。
もし、それが真実となれば防げたとしても、そんな事態が起こってしまえば間違いなく、奏の告げた最悪の事態が自分達に起こってしまう危険性が存在している。
残念ながら、この事は風花にも伝えられずにいる。同時に簡単に伝えられる事でも無い事と言う事も理解しているのだ。
ならば、その時までに仲間達に身を守れる程に強くなってもらう事と、自分が注意している事、この二つは絶対に重要なことだ。
そんな悩みも今は忘れようとも思う。今は自分の隣に居る山岸風花に楽しんでもらおう。
「面白かったね。」
「そうだね。まだ少し寮の門限まで時間があるけど、ゲームセンターでも寄っていく?」
「うん。でも、映画館の料金も私の分まで出して貰っちゃて…。」
「気にしなくて良いよ、こういう時に支払うのは男の役目だって、正夫兄さんも言ってたしね。」
映画が終わって、映画館を出てそう誘うと風花も乗ってくる。
その後は、モールにあるゲームセンターで遊んでから風花を寮まで送ると、奏夜もキャッスルドランに帰宅する。
「それでシルフィー、タツロットの様子は?」
「はい、奏夜様。タツロット様はまだ眠っています。タツロット様が捕らえられた後、長い間封印されていた事が原因と考えられます。」
「そう、なんだね。」
シルフィーの言葉にそう言って、眠り続けているタツロットへと触れると奏夜はそう呟く。死んだように眠り続ける子竜タツロットの姿を一瞥する。
今の自分がキバの鎧の本来の姿である『黄金のキバ』の力を使いこなせるかどうかは疑問だが、それでも、黄金のキバの力を解放するための鍵であるタツロットの存在と黄金のキバの力が使えると言う事実は精神的な助けとしては大きいものになるのだが。
「それで、ザンバットソードの方は?」
「今は玉座の間に封印された状態で置かれています。」
「それも、仕方ないか。」
「はい、失礼ですが、今の奏夜様では…。」
「ザンバットソードは…間違いなく扱えないって事だね。」
シルフィーの言葉には納得するしかない奏夜だった。間違いなく今の自分ではザンバットソードは扱えない。それは他でも無い、奏夜自身が誰よりも良く理解している事だ。
ザンバットソードとタツロット…父の武器と仲間の一人を得て父の姿に手を触れられる所にまで来たのだが…自分の追いかけている父の背中は…とても遠く、大きい物だと改めて理解する。
「ったく、それにしても、酷い事しやがるぜ。」
「そうだね。所でキバット。」
「ん? どうした?」
キバットに声を掛けてから暫くの間迷いながら、意を決して次の言葉を告げる。
「…実は別荘で影時間の始まりとなった事件…そこの映像を見たんだけど…。そこの最後の部分に…一瞬だけ、キバの姿が映っていたんだ。」
「まさか!? そのキバは…。」
「オレと渡か!?」
「多分ね。あれは『
それを奏夜が見間違える訳も無い。
黄金のキバの姿が奏夜の見た研究所の最後を映したゆかりの父の映像の中には、僅かな一瞬だけとは言え映し出されていたのだ。
「…間違いなく、父さんだった…。」
奏夜の告げられた言葉に思わず絶句してしまう。そして、奏夜とシルフィーの視線は唯一当時の事を知るキバットへと集まる。
「すまねえ。オレもあの時の事は…思い出せないんだ。」
失われたキバットの記憶と、奏夜の幼い日の記憶…。
残されている記憶は…
何者かに敗れて命を落とした黄金のキバの…両親の死の瞬間だけだった。
「もし…もし…だよ…。」
「奏夜様…。」
「奏夜…。」
奏夜の口から震えながら伝えられる言葉…
「もし、シャドウと戦う過程で…仇に出会ったとしたら…。」
新たに蘇った記憶は、黄金のキバと戦う一つの兵器の姿…
「ぼくはどうするんだろう…?」
自分にも答えが出ない、彼にしか答え用の無い疑問をキバットとシルフィーへと問い掛ける奏夜の脳裏には…
仮面ライダーキバ・エンペラーフォームと戦う、鋼鉄の戦乙女・『アイギス』の姿が映っていた。
それが何を意味しているのかは分からない。だが、それでも、今は彼女と離れているこの状況は望ましい。
まだ確信こそ持てていないが、その記憶が彼女と出会った瞬間に蘇ったのだから。
まだ可能性の域しか出ていない…。
答えなど出ていないのだ…。
だが、奏の言葉と妙に重なってしまう。
アイギスこそ父を殺した本人で有り、未来で失う仲間は…奏夜の手で討ったアイギスでは無いのかと言う疑問に…。