ペルソナ Blood-Soul   作:龍牙

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第三十七夜

「うーん…海は良いよね。」

ビーチパラソルの下、奏夜は海岸に用意されたチェアに横になりながら伸びをする。

屋久島三日目、初日と二日目は話しやアイギスの一件が有り、明日は帰るだけなので何も気にせずに遊ぶ事が出来るのは今日だけと言う訳だ。

「…それにしても…。」

ふと横に視線を向けると、そこには奏夜の真横にあるテーブルの上にはミニチュアサイズのチェアに座った、どうやって用意したのか、ミニサイズのサングラスを着けて麦藁帽子を被ったキバットの姿があった。

「…なんで此処に居るの…キバット;」

「ったく、良いじゃねぇかよ、奏夜。」

「まあ、別に良いけど…人目だけは気にしてくれればさ。」

「分かってるよ。オレの事より、あいつらは良いのか?」

そう言ってキバットが指(羽?)差す先に居るのは………臨時マッサージ店を開いているラモン(バッシャー)と力(ドッガ)の姿と、風花達と仲良く海で遊んでいる春花(シルフィー)の姿だった。

「そう言えば、アイギスは“遊ぶ”って分かる?」

「勿論分かるであります。娯楽は心の栄養です。」

「おおー、そうそう♪ 結構普通に話せんじゃん。まっ、取り敢えず帰る前に、も一回位、泳いどこぜ。」

「あっ、ちょっと、順平君!? ………アイギス、海水に浸けて平気なのかな?」

アイギスには積極的に話しかけている風花と、何時もの様に話しかけている順平の姿が目に視界の中に映った。

そして、

「えっと、春花さんって、紅くんの事、昔から知ってるんですか?」

「はい。奏夜様とお兄様の正夫様とは昔からのお付き合いですから。」

「えっ、紅くんってお兄さんが居たんだ。………全然知らなかったな。教えてくれないんだもん。」

「奏夜様は昔の事はあまり話したがらない方ですから。」

奏夜の事を春花と話しているゆかりの姿も見えた。…キバや魔族の事には一切触れていないが、過去の恥ずかしい話の暴露に向かいそうになっているのは、流石に止めるべきかと考えてしまっている。

さて、それはそうと遊んでいるS.E.E.Sの面々には注目が集まっていた。

特に女性陣には青いワンピース姿のアイギスと春花まで加わっているのだ。

風花、ゆかり、美鶴の三人だけでも、それぞれが男女問わず目を引く華がある。それにアイギスと春花まで加わっているのだから、自然と周囲からの視線が集まるのも当然と言えるだろう。

「…それで…キバット…彼女の事なんだけど…。」

「ああ、確かにあのアイギスちゃんだっけ? あの子を見てると、な~んか、思い出しそうになるんだよな~。」

奏夜の問い掛けにそう答えるキバット。十年前の事を自分よりも間近で見ていたキバットならば、自分よりも思い出す事が有るのではないかと思っていたのだが、残念ながらキバットが思い出した事も視点こそ違うが奏夜と大して変わらない様子だった。

「…それにしても…。キバット…ここに…。」

「ああ。何でか、“あの剣”が此処に有る様子だ。」

「…影時間を利用して行動しよう…か。」

キバットにだけ聞こえる様に気をつけながら、静かに…しかし、力強くそう告げる。

だが、運命の神様はそれほど優しくないと言う事を奏夜が理解するのは、夕方を過ぎて夕飯時になった時だった。

『特別な趣向を用意した』と言う美鶴の一言によって判明した別荘のメイド達も知らなかった本日の夕食…それは『みんなでカレーを作る事』だった。

さて、ゲーム本編の『ペルソナ3』をプレーした事がある人ならば、此処まで言ってしまえば、これの恐ろしさを正しく理解してくれることだろう。

現在この頃のこの場には“あの人”は居ない。そして、『山岸 風花』が居る。

重要なことなので、重ねて言おう……。ペルソナ3と続編の4では女性陣の調理関連のイベントは、主人公には碌な事が舞い降りない物なのだ。哀れにも続編の主人公を初めとする男性陣はそれに該当してしまう。

そして、幸か不幸か…いや、間違いなく、今までは幸運で今は不運なのだろう…。……風花の作った『弁当』をまだ食べた事のない奏夜はその危険性を正確に理解できていなかった……。

「じゃあ、私達はカレー作りですね。」

「うん、頑張ろうか。」

優しく、柔らかな笑顔を浮かべて言う風花の表情を見ていると、奏夜も自然に笑顔になってくる。

問題があるとすれば、奏夜自身が料理は数えるほどしかした事がないと言う点だろうか。…いや、奏夜自身が気付いていないだけだ…。最大の問題は『山岸 風花』がカレー作りと言う所に当った点だろう。

丁度、カレー作りに当った奏夜と風花。美鶴と明彦の二人が付け合せのサラダ作り、順平とゆかりの二人がご飯と食器の用意となっている。

料理をした事の無い二人が当ったのは、ただ野菜を洗って切って盛り付ければ良いサラダに当ったのは幸運だろう。サラダ作りで失敗する人間はそうはいないだろうし。

「そう言えば、山岸さんって料理とかした事は有る?」

「うん、六月から勉強してるの。」

そう言って『頑張ります』と言う様な仕草で気合を入れている風花を見て、彼女に全面的に任せようか等と言う愚かな決断をしてしまった。

とある二人のライダー達のどちらかが今の奏夜と出会えばこう言うだろう…。『己の愚を悔いろ』、もしくは『お前の罪を数えろ』と。

予め用意されている材料を眺めながら、自分は野菜を洗ってこようと声をかける。

「カレーの色を出す為の何かが見当たらないんだけど…。」

「ああ、カレーの色を付ける為のスパイスは無いけど、ルーが有るから大丈夫だよ。」

「あ、そうか。緑のカレーとか可愛いかも…。」

「うん、確かに別の色のカレーには、グリーンカレーとか、赤い激辛のカレーとか有るからね。」

「じゃあ早速作りましょう、紅君。なんだか楽しいですね。」

「うん、そうだね。」

風花に背を向けて野菜の皮を剥いて刻んでいる。飽く迄料理を作るのは任せて風花の助手に徹してしまっている奏夜。…奏夜の顔色が悪くなったのは………風花に料理をさせる事の危険に気が付いた頃には、もう…既に手遅れだった。

だが、流石にもっと早く気付いたとしても『私の作る料理を食べてね』と言う空気を纏っている嬉しそうで楽しそうな風花を止める事はできなかっただろう。

(…グリーンカレーって…何処かの蜘蛛の仮面ライダーみたいな毒々しい緑色だっけ?)

そのカレーの色は本当に緑色、

(…なんで溶岩みたいに泡立ってるんだろう…?)

ぐつぐつと沸騰しているそれは何故か泡立っている。そして………………肝心のカレールーは使われた様子が無い。それなのに、何故か鍋の中のカレーには『緑色』に色が付いている。

「あっ、いけない、カレールー入れるの忘れてた。」

「あ、あの…山岸さん…。」

「なに、紅君?」

『失敗、失敗』と言う様子でカレールーを一箱全部入れようとする風花を奏夜は慌てて止める。

可愛らしい位によく似合っているエプロン姿で首を傾ける彼女の姿と、混沌(カオス)と言って良い魔女の鍋の中身の様なカレーになるはずの物体が非常にミスマッチで…物凄く…それはもう、物凄く恐ろしい。

「え、えーと…カレールーは溶け易いように刻んだ方が良いと思うよ。」

「あっ、そっか。ありがとう。」

カレールーを刻んでいる風花の後姿を眺めながら、彼女に調理を任せてしまった事を心の中で仲間達へと謝罪する。そして…

(…父さん…もうすぐ会えるかな…?)

命の危険を考えさせられる程の物体と化してきたカレーを眺めながら決意する。『生きて帰れたら、春花に風花に料理を教えてもらおう』と。

…その日の夕食の食卓で、真っ青な顔の二年生トリオの悲鳴が上がったのは…ある種、当然の結果だっただろう…。

影時間…

「お、おい、大丈夫かよ…奏夜?」

「な、なんとか…。」

顔色が真っ青な顔の奏夜がふらふらとした足取りで森の中を歩いていると、隣を飛ぶキバットが心底心配そうに声をかける。どう見ても大丈夫には見えない。

「さ、幸いなんて口が裂けても言いたくないけど………あれがこの島に有るなら、それを回収するチャンスは今日しかない。無理してでも動かないと…。」

顔色が悪く、ふらつく足取りで森の中を歩く姿はキバットじゃなくても心配にはなるだろうし、春花がこの場に居たら心配のあまり錯乱する事間違いないだろう。

そんな奏夜の目の前に桐条グループの研究所らしき建物がある。

「…行くよ…。」

「お、おう。ガブ。」

「変身。」

フラフラな状態ながら、仮面ライダーキバへと変身すると、問題なく動ける。変身したキバは外から研究所の様子を伺うが、人気は感じられない。

ゆっくりと近づいて窓から中見てみると、中には人の姿は無い。

「…誰も居ないか…。」

「そうだな。だけどな、此処には間違いない、ここにはあれが有る。」

ベルトから外れて話しかけるキバットの言葉に頷くと音を立てずにキバは窓から研究所跡に入り込む。

象徴化した棺もなく、人の居る様子が無いので多少は派手に動いても大丈夫だろうと考える。

だが、その一方でキバに変身しているのでキバの正体は分からないだろうが、キバの事を知っている風花を除いたS.E.E.Sの面々に部屋に居ない事に気付かれるのは拙い。そう考える。

付け加えるならば、今回の事は風花にも連絡していないので、キバフォーム以外の他のフォームへのフォームチェンジは不可能だろう。

幾つかの部屋を廻りながら部屋に入って行くと、その中で大小二つのケースを見つける。

「おっしゃあ、ビンゴだ! 力は弱ってるけど、これに間違いないぜ~!」

「そうみたいだね。」

キバットの言葉に答え、そのケースの二つを開ける。共に厳重に人工的に作られたであろう鎖(カテナ)で封印された剣と小型の何かが存在していた。

「見つけたぜ、『タツロット』と『ザンバットソード』。」

それは、一つはファンガイア族のキングの証たる魔剣『ザンバットソード』

もう一つはキバの鎧の真の力を開放する力を秘めた子竜『タツロット』

十年前のあの日、父が死んだ日から行方不明になったタツロットとザンバットソード。先代の黄金のキバが命を落とした日、その日から行方知れずになっていた父の武器と仲間の一人がここには存在していた。

十年前の父の死がシャドウや桐条グループに関係しているなら、キバが人類の敵、脅威として捉えられてしまっている以上、桐条グループの立場としてはキバの装備を回収するのは当然だろう。

「兎も角、返して貰おうぜ、渡の遺産をよ。」

「そうだね。」

ケースを閉じてそれらを一度シルフィー達の下に届けようと決める。

流石に美鶴達は誤魔化せるだろうが、研究所の関係者らしい幾月には気付かれてしまう恐れがある。

何より自分か兄が受け継ぐはずの父の持ち物を返してもらうだけとは言え、勝手に研究所から持ち出すのだから、後ろめたさと問題が生じてしまう。

幸いにも人工的に作られたであろうカテナで封印されているので、ザンバットソードの持ち運びも安全だろうし、自分達と別に行動している春花達ならば島から持ち帰るのは簡単だろう。

今更ながら、キバットが居なかったらザンバットソードやタツロットの存在には気付かないだろうし、シルフィー達が居なかったら持ち帰る事も出来なかっただろう。

改めて彼女達が屋久島に勝手に着いて来た事に対して文句も言えなくなる奏夜くんでした。

(はぁ…。)

頭を抱えながら心の中で溜息を吐き、ゆっくりとケースを持ち上げてその場を立ち去ろうとした時、

何かが蠢く気配を感じてケースを手放し、その場から後に跳ぶ。

先ほどまでキバが立っていた場所に三叉の槍、トライデントが突き刺さっていた。

「ガァ…。」

研究所の奥の暗闇の中から呻き声の様な声と共に現れたのは、顔に『Ⅰ』と描かれた魔術師のアルカナに属するシャドウ特有の仮面を着けたファンガイアタイプのシャドウ。

「こいつは…。」

「ファンガイアタイプって奴か? 大型シャドウの時だけじゃなかったのかよ?」

「さあね。何事にも例外があるのか…いや、偶発的に誕生したタイプなのかもしれないし、もしかしたら強力なシャドウは倒されると、ファンガイアタイプになるのかもしれないけどね。」

そう言って、『偶然にも今までは大型シャドウしかそうならなかったけどね』と付け加える。

床に突き刺さったトライデントを抜き、それを構える何処か女性の様な外見をした蚕蛾の様な姿をしたファンガイアタイプ…過去、音也達の時代においてキャッスルドランの存在していた森の番人となっていたシルクモスファンガイアの姿をしたシャドウ、『シルクモスファンガイアタイプ』が、時を経て父の遺産を護る番人の様に奏夜の…キバの前に立ち塞がるのだった。


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