鍛冶神ヘーパイストスによって作られたとされ、形状は楯であるとも、肩当または胸当ての様であるとも言われている。」
飛び去っていくキバットが楯を持って再び現れる。
キバット「なお、『アイギス』は元々山羊皮を使用した防具全般を指す名称だったらしいぜ。英語の読みの『イージス』の方が有名じゃないか? って、今回もオレ様の出番此処だけかよ~!?」
「…それで紅、その人は…。」
「えーと…ぼくの知り合いで春花さんって言います。」
風花と春花から開放された奏夜は改めて春花を紹介する。
「始めまして、みなさん、奏夜様がお世話になっております。本日は知り合いと一緒に此方に遊びに来ていたんです。」
「ちょっと、『様』って、どう言う事なの?」
「あー…それについては気にしないで…。」
妙に怒気が感じられるゆかりからの問いかけを奏夜は『何で怒ってるんだろう?』と思いつつ、そう受け流しながら、
「おい、あの美人と知り合いだってんなら、あの人と一緒に来てるて言う知り合いもお前の知り合いだよな!?」
「う、うん…。」
「だったら、オレにも紹介してくれ! つーか、して下さい。」
血走った目で土下座せんばかりの勢いで順平に引き気味になりながら頷くと、春花と一緒に来ている二人が居るマッサージ屋に案内する様に春花に頼むと、スキップせんばかりの勢いで向かっていくが…
数分後…
真っ白に燃え尽きて戻ってきた順平が『orz』な体勢で項垂れていた。
その事情は簡単に想像できる。
哀れにも『女性』と思っていた春花の同行者二人が男二人…しかも、一人は屈強な大男(力)と言う女性と思っていた順平にしてみれば哀れすぎる相手なのだから。………次狼が居たらどれほどのダメージになっていたのだろうか…非常に気になる所だ。
事情を知らない奏夜と風花を除く全員がこう思っている事だろう…『何が有ったんだ?』と。
「紅、伊織に何が有ったんだ?」
「…あはは…; 多分、春花さんと一緒に来たぼくの知り合い二人が女性と勘違いしただけだと思います。」
「…なるほど…。」
明彦の問い掛けに奏夜が苦笑を浮かべながら推測を述べると納得した様子で頷く。
さて、一同の中に流れているそんな妙な空気を美鶴の一言が切り開いてくれた。……良くも悪くも。
「……聞いてくれ。実は少し面倒な事が起きている。休暇中にすまないが、すぐに戻って戦う準備をしてくれ。」
「戦う準備…ですか?」
美鶴の言葉が静かな森の中に響き渡り、男三人の意識が影時間の時の戦闘時の物へと切り替えられる。
だが、事情を知らない三人には多少は戸惑いが有るのだろう、男三人を代表して奏夜が美鶴に問い掛ける。
「ああ、実は…。」
『いや、戦う準備はいいよ。探し物は見つかったからね。』
美鶴が事情を説明しようとした時、後から幾月の声が響いた。
「理事長……?」
「やれやれ探したよ……勝手に動き出したらダメだろ、『アイギス』。さて、桐条君。とにかく一度別荘に帰ろう。」
「は、はぁ……。」
(探し…“物”?)
美鶴から出る想像できない珍しいマヌケな返事。
奏夜はそんな言葉が出るのを珍しいと思いつつ、幾月の言葉の響きに妙な物を感じながら、幾月の視線の先に居た青いワンピースの少女へと視線を向ける。だが、その違和感の正体は分からない。
特に事情を知らない奏夜、順平、明彦の三人の男性陣は訳が分からないままだ。事情をある程度知っているであろう女性陣が幾月に倣う様に移動を始めた事で取り残される形になってしまった。
「取り敢えず……オレ達も行くか。」
「え、ええ。そっスね。」
このままここに居ても事態は変化しないであろう事を悟って、明彦も順平も訳が分からないなりに行動を開始した。
「では、私達も行くで有ります。」
「え? う、うん。」
最後まで取り残されていたのは奏夜と青いワンピースの少女の二人。気が付いたら他の皆はもうかなり先に進んでいた。
(はぁ…誰か事情を説明してもらいたいんだけど…。)
心の中で溜息と共にそんな事を呟くも、当然ながら奏夜の心の声に答えてくれる者は誰一人として居なかった。
夜、桐条の別荘…
「いやはや、心配かけて済まなかったね。もう大丈夫だ。」
「あの、『戦車を追う』とか言う作戦はどうなったんですか?」
「「戦車!?」」
「…戦車って…なんでぼく達なんですか、警察に通報するレベルじゃ…。」
風花が幾月に質問すると事情が分かっていない男性陣が思わず声を上げてしまう。男性陣の頭の中に想像されている『戦車』は軍隊に有る様なキャタピラと大砲が付いた戦車やパワードイクサだろう。
「えっと…なんでも、対シャドウ用の戦車らしいよ。」
「なるほど…だからぼく達か…。」
奏夜のもっともな疑問に対して、ゆかりがさほど分かっている訳でも無いなりに説明をしてくれる。
確かに対シャドウを目的とした戦車と言う相手なら警察では荷が重いだろう。
そして、風花が改めて男性陣に自分達の知っている事を説明してくれる。山道を散策している時、幾月から電話が有り、『研究所から逃げ出した対シャドウ兵器を捕獲して欲しい』と言う依頼が入った。
当然ながら何の装備も無い女性陣は一度別荘に戻り、装備を整えて男性陣と合流後に作戦開始と予定していた所で、青いワンピースの少女と手を握った奏夜を含む水着姿の男性陣と合流したと言う訳である。
そして、風花からの『その子、誰?』と言う問いかけ…。
はっきり言って、この時の風花からは今までで一度も体験した事の無い恐怖を味合わされた思いだった。
「えーと、山岸さん…。」
「紅くん…さっきは何も聞かずに……ごめんなさい。」
「…あまり気にしてないから…。」
流石に冷静になったら悪い事をしたと思っているのか、心底申し訳ないと言う表情で風花に頭を下げられる奏夜だった。
「あ、それもう完了だから。ほら、アイギス。こっちへ来なさい。」
幾月がにこやかに答えてくれる。そんな彼の呼びかけに奥から一人の少女が歩いてくる。金色の髪に白い服装。外見的に昼間であった少女らしい………が、
「彼女の名は『アイギス』。見ての通り“機械の乙女”だ。」
「初めまして、アイギスです。シャドウ掃討を目的に活動中です。今日付けで皆さんと共に行動するであります。」
「うそ……まるで生きてるみたい……。」
「か、可愛い……。……けど、ロボなんだよな。人じゃないんだよな…。」
「…桐条の科学力ってすごいんだね…。何処かの学園都市並かそれ以上なんじゃ…。」
驚きのゆかりと、無念の順平。付け加えると風花は眼が輝いており、奏夜は大した驚きを見せず異次元な台詞を吐きながら『なるほど』と言う表情を浮かべていた。
(…彼女から感じた感覚の原因はそれだったのか…。)
視線を感じても気配を感じなかったのは、彼女が生物では無く機械だったからだろう。だが、
(…だけど…微かだけど…彼女からは心の音は聞こえるんだよね…。)
微かにだが、アイギスからは心の音楽が聞こえていた。
さて、幾月の話によれば、十年前にシャドウが暴走した時の保険としてイクサシステムと平行して計画された対シャドウ兵器。アイギスはその中で最後に作られた最後の一体で有り唯一の生き残り、つまりはラストナンバーになる。
高度な人工知能と学習能力。順平が思わずナンパしてしまうほどの容姿を持った完全な人型で、駆動にはシャドウ研究の技術が組み込まれている。
既存の技術の粋である既に完成されていたイクサシステムを元に対シャドウ用の技術を追加したのが改良型イクサであるのに対して、アイギスはシャドウ研究で得た技術を元に進められた計画らしい。
そして、アイギスの最大の特徴はペルソナ使い用の装備で有るイクサとは違い、対シャドウ兵器である事、つまりは精神が備わったロボットだと言う事だ。
十年前の実戦で大破したアイギスは、長い間、ここ屋久島の研究所で修復され、管理されていたが、何故か急に再起し、今朝居ない事に気が付いた。その原因は不明らしい。
(…なるほど…彼女から音楽が聞こえたのは、彼女に精神があるから…。微かにし聞こえないのは…機械だから…なのかな?)
考えれば考えるほど納得してしまうが、最後の部分は完全に推測でしか無い。
心を持った機械等と言うロボットアニメの世界の存在の心の音楽等、父も祖父も聞いたことは無いだろう、前例が無い為に心の音楽が微かにしか聞こえない原因は結局の所はっきりしない。
そして、それと同時にある種の空想の中の存在を現実の物にしてしまった桐条の感心してしまう。
「あのさ、ちょっと確認したいんだけど……。……貴女さっき、彼の事知っている風じゃなかった?」
「うん、それってどう言う事なの?」
アイギスに詰め寄るゆかりと風花。その顔は無表情…のゆかりの方がまだ恐怖心は薄いだろう。
妙なダークオーラを纏っている風花からは普段通りの表情ながら近寄りがたい雰囲気がある。
だが、確かに奏夜も風花達と同様にアイギスの事が気になっていた。
何故か脳裏に浮ぶ父の……黄金のキバの姿。そして…黄金のキバと対峙する先に存在する人影は……
(ダメだ、それ以上は思い出せない。)
アイギスと出会ってから十年前の父の死の記憶が蓋を開けて蘇ろうとしている様にも感じられる。もっとも、それは断片的な物だけだが…。
だが、アイギスが稼動し実戦を経験したのも、父が…黄金のキバが命を落としたのも十年前と妙な符号が存在しているのも事実なのだ。
もっとも、自分達が関わっているシャドウの根底に存在しているのは全て十年前に集中しているのだから今更一つ増えた所で大して気にはならない。…だが…奏夜には彼女と出会った時に浮んだビジョンが気になっていたのだ。
「はい。私にとって彼の傍らに居る事は一番の大切であります。」
「「なんで?」」
「なんでと申されましても……大切なものは大切であります。」
(本当にどうしてなんだろう…?)
始めて会ったはずの彼女の言葉の意味と、自分の中に浮ぶ過去の断片のビジョン。
何故、始めて会ったはずの彼女との出会いが何故父の記憶を呼び起こすのかと、疑問に思わずには居られない。
「なんで?」
「どうして?」
「い、いや…ぼくに聞かれても困るんだけど…。ぼくにもよく分からないし…。」
明確な答えが返ってこないアイギスから奏夜へと、標的を変更するゆかりと風花。ゆかりの表情からは何処か不機嫌さが覗えるし、風花からは逆らってはいけないと告げているダークオーラを感じさせてくれる。
だが、残念ながら二人の問いに対する答えを奏夜は持ち合わせておらず、寧ろ、奏夜自身が教えて欲しいくらいなのだ。
唯一の便りの幾月も『起きたばっりで寝ぼけているのかも……』と言っているだけで、頼りにはならない。
「今後ともよろしくであります。」
「うん、こちらこそ。………って、みんな。」
ある程度そう言う物に耐性のある奏夜が非常に整ったお辞儀をするアイギスに応える。
さて、奏夜以外の面々はと言うと、困惑気味の美鶴。納得いかないと言う表情の明彦。奏夜を睨むゆかり。アイギスに対してキラキラとして目を向けているが奏夜に対しては不機嫌な表情を浮かべる風花。『可愛いのにロボ』と未だに言っている順平。
と、なんともカオスな状況になっていた。
「まあまあ。それよりここには様々な娯楽施設があるのは知ってるかい? カラオケやプールバーだってあるんだよ。聞かせちゃおっかなぁ……ぼくの秘密のメドレー!」
「良いですね。ぼくは歌うよりも楽器を演奏する方が得意なんですよね。音楽ホールとかでヴァイオリンが借りられれば良いんだけど。」
場の雰囲気を和ませようとしてくれている幾月からの提案に乗って、奏夜もそんな発言をする。
「そうだね、来月八月の六日は満月で大型シャドウが現れるだろうし、皆の親睦を深めるのも良いだろうね。」
「あー…断っておきますけど、ぼくは夏休み中の作戦には不参加ですよ。」
忘れられていると困るのでそう付け加えておく。
「君はまだ言ってるのかい?」
「まあ、ぼくもまだ気持ちに整理が付いた訳じゃないですし…。…それに、ぼくが居なくてもシャドウと戦える様にして貰わないと…。何時までもぼく一人に頼られるのも…悪い気はしないんですけど…ね。」
思わず聞かされていたタルタロスの探索の成果を思い出して苦笑を浮かべる。
リーダーを務めていた奏夜が欠けた結果、美鶴がリーダー代理を務めているタルタロスの探索が進んでいないのならば、少しは自分が居なくても戦える様に成長して貰わなければ困る。
いつも自分が作戦に参加できるとは限らないのだし、自分が何らかの理由で参戦できない時に大型シャドウや番人級が現れてしまったら、それは世界の最大の危機だろう。
荒療治だが…次の作戦は満月の夜まで長い準備期間もあり、奏夜を欠いた決戦を経験するには良い機会だろう。最悪は何時でもキバに変身できる様にして影ながら助けに入れる様にしていれば良いのだから。
それに、気持ちの整理が付かないと言うのも本音である。
「すまない、紅。だが、このままの状況が続くようなら…すまないが…その…気持ちの整理が付かなくても…満月の夜の作戦にだけは参加して欲しい。」
「ええ、流石にこの状況が続くようなら…参加させてもらいます。」
成果が出ない現状に対して心底申し訳無さそうに頭を下げる美鶴と、聞かされている成果を思い出しつつ答える奏夜。
そんな微妙な空気を払拭する様に、こうして、二日目の夜…アイギスを含めた親睦会が始まったのでした。
先ずはカラオケから始まって、影時間中はリクエストによる奏夜の披露したヴァイオリンの演奏が幾月と女性陣からの拍手喝采を受けたり、トランプをしたりして、屋久島二日目の夜は過ぎていったのでした。
付け加えるとカラオケで高得点を出したのは奏夜でした。…奏夜に負けて悔しがっていた明彦と順平、幾月の姿は多少印象的だった…。
「…音楽の才能は遺伝なのかな…父さんやお祖父ちゃんからの…。」
流石は世間に認められなかったとは言え天才音楽家オトヤンの孫と言った所だろう。