ペルソナ Blood-Soul   作:龍牙

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第三十五夜

Another SIDE

「へぇ~、これが縄文杉かぁ……。」

「結構貫禄有るのね。」

ゆかり、風花、美鶴の三人の女性陣の前に聳え立つのは、樹齢何年になるのかも分からない古びた大木。年代を経た事を感じさせるが、その美しさは失われておらず、寧ろ、時の経過が雄大さと美しさを共存させている。

「屋久島は島全体が世界自然遺産として登録されているが、その要因の一つがこの縄文杉だ。樹齢7200年と言われている物も有るらしい。」

ゆかりと風花の二人に美鶴が時折懐かしそうな表情を浮かべながら、そう補足説明をする。この島に別荘を持っているのだから、父親との思い出も有るのだろう。その顔は奏夜達が見た事の無い柔らかい物だった。

「あの、ゆかりちゃん……?」

そんな美鶴を見据えていたゆかりが何処か心此処に有らずと言った様子を見せていると、風花が心配そうに声を掛ける。

「ん? ああ、ゴメン。」

ゆかりが風花の言葉に軽く謝った時に美鶴の携帯の電子音が響く。

「はい。」

『桐条君かい? ちょっと困った事が起きてね……。周りにみんな居るかい?』

「男子三人とは別行動中ですが……どうぞ。」

電話の相手はどうやら幾月の様子だ。

美鶴が全員に話が聞こえる様に携帯を持っていた手を三人の中心に差し出す。

『実は研究所にいた戦車が勝手に動き出してしまってね……。』

「戦車、ですか?」

電話から聞こえてくる物騒過ぎる言葉に三人は表情を歪めて、幾月の言葉の続きを待つ。

『ああ、君達に渡した改良型イクサシステムと平行して開発されていた対シャドウ用の戦闘車両、言ってみればイクサシステムと同じ対シャドウ用戦闘兵器なんだが……。』

「ちょっ! 何でまたそんな危なげな物が出て行くんですか!!!」

ゆかりは思わずそう叫ぶ。奏夜がここに居れば、影時間対応型のイクサと同時期に開発されたと言う所から、父と共に戦っていた本物のイクサの力の一つ人造の機龍『パワードイクサ』の様な物を想像してしまう所だろう。

人知を超えた化け物であるシャドウと戦う為の兵器、どれほど危険なのかは想像もつかない。

「その戦闘兵器を探せば良いのですね? 分かりました。目標の捕獲が困難と判断した場合は、破壊してもよろしいでしょうか?」

美鶴はそう質問する。だが、幾月から返って来る返事は非常な物だった。

『破壊はね。多分、無理だね。』

「そんな物どうやって止めろって言うんですか!!!」

『兎に角、やってもらうしかない。また連絡するよ。』

その言葉を最後に通話が切れる音が響く。不満は多々有るが、彼女達にやる以外の選択肢は無い様子だ。

「ダメ、紅くん達には携帯は繋がらないみたい……。せめて、紅くんに連絡が取れれば良かったんだけど……。」

三人と連絡を取ろうとしていた風花は携帯を片手に困った表情を浮かべる。最低でもキバである奏夜にさえ連絡が取れれば、対シャドウ兵器を止める事も可能だろうと考えたのだが…。

「もう、この大事な時に何やってんのよ!」

「仕方が無い。取り合えず別荘に戻って、我々の装備を取りに行こう。そうすれば山岸のペルソナで探せる。」

そう言って美鶴達三人はもと来た道を戻る。

SIDE OUT

「………。」

身をかがめて気配を潜めている二人に付き合わされて、身をかがめている奏夜は心の中で溜息を吐く。二人の様子を伺ってみると、タルタロスの中に潜っている時の…順平に限定すればそれ以上に真剣な表情をしていた。

物陰から物陰へと、相手に気付かれないように手で合図を送り合い、音も無く動くのはタルタロスの中で気配を感じると直に逃走する通称『レアモノ』のシャドウを追いかける事の恩恵だろう。

「やっべーよ、マジで。これ取れりゃ今までの負けなんてチャラでしょ。」

内心、『何故、ナンパでこんな事をするのか? 人に見られたら絶対に不振人物と思われるんじゃないか?』と言う疑問で頭を抱えている奏夜を他所にナンパの対象の彼女を目視した順平は興奮した様子で、尚且つ器用にも、小声で喋っている。

ふと、その女性の方へと視線を向けてみると、『可愛い』と言うよりも『美しい』と感じさせる彼女の姿を見ると、興奮する順平の気持ちも分からなくはないが、奏夜としては何故か彼女を見ていると、断片的に頭に浮んだ黄金のキバ(父)の記憶の事の方が気になっていた。

奏夜がそんな事を考えている間に話は進み、一人ずつ慎重に声をかける作戦を提案し、明彦も明彦で『よし、採用だ。』と即答している。

………『最初は奏夜同様気乗りしなかったのではないか?』と疑問に思ってしまう。何時の間にこんなにやる気を出しているのか本当に謎だ。

そして、奏夜、順平、明彦の三人による公平なジャンケンの結果、『順平→明彦→奏夜』の順番でワンピースの女性に声をかけに行く事になった。

「じゃ、行って来る。」

先ほどまでのニヤケた表情が消え、引き締まった…戦場に赴く男の顔をしていた。

(…ごめん、順平…。今の君のその真剣さをタルタロスの探索でも出して欲しかった…。)

タルタロス探索の時も真剣と言えば真剣なのだが、如何考えても今の方が何倍も真剣見えるから色んな意味で不思議である。

そう、こうして、奏夜達のラストミッションは始まった。

目的はワンピースとの女性との対話。

もっとも、奏夜としては早く終わらして欲しいと感じているが…。

…………そして、彼女との接触から僅か二十秒。それが順平のラストミッションの所要時間だった。

トボトボと肩を落として戻ってくる順平。その姿が、彼の姿がラストミッションの結果を物語っていた。

「手強いッスよ、先輩……。」

「よ、よし。後はオレが勝つだけだな。」

立ち上がり、引き締まった表情の中に少しの緊張を漂わせながら、初めて見せる表情を浮かべ、明彦もまた彼等のラストミッションへと向かう。

ワンピースの少女と会話を開始すると、会話時間は意外にも順平よりも長く、もう直一分が過ぎようとしていた。

「い、意外と話せてんじゃないか!?」

「そうだね。これは真田先輩の勝ちって事で作戦も終わりかな?」

「なにぃ!? 酷い目に有ったのオレッチだけ!? なんだよ、紅もあんな美人と良い思いしやがって!!!」

「あー…順平、シル…春花さんは知り合いだからね…。」

一人振られ続けた挙句に危険な相手をナンパしてしまった順平に同情したくなるが、ナンパした相手が知り合いのシルフィーだった事で一発で成功した奏夜には理解できない事だろう。

そんな事を話している時、肩を落として奏夜達の居る岩陰に戻ってくる明彦。やっぱりダメだった様だ。

「フッ、勝ったな。順平、お前よりも長続きしたぞ。」

「長さの問題じゃねえっつの!!! それなら、紅の圧勝でしょう!!!」

「あれは知り合いだったから無効だ!!!」

再び順平と明彦の言い争いが始まった。心からもう諦めてくれないかなと思ってしまう奏夜だったが、ヒートアップしていた二人のターゲットが奏夜へと飛び火してしまった。

「紅、お前が何とか拾わないと、このままじゃトラウマになっちまう。」

「オレは負けてない。負けてないからな……。紅、あとは任せた。」

「え、えー…。ナンパするんですか、ぼくも?」

「当たり前だ! つーか、お前ばっかり良い思いして終わりなんて認めないからな!!!」

「そうだ、勝ち逃げは許さんぞ!!! 言って来い!!!」

「あ、あの…あれって、知り合いだからって事で、ぼくの反則負けで良いですから…。」

「「いいから行って来い!!!」」

強烈な視線が物語っている上に背後から浮かび上がる炎が二人のペルソナの形を成し始めている様子が幻視できる。…今の二人からは逃げられない。

既に奏夜には行かないという選択は与えられていない様子だ。

(…どうしようかな…?)

テンションが上がっている二人の様子に若干引き気味の奏夜は、何と声をかけるべきかと悩んでしまう。

彼の祖父ならば、今の彼の立場になったら、のりのりで『任せておけ』とでも言って直にでも嬉々として声をかけている所だろう。だが、幸か不幸か、どちらかと言えば、そう言う面では奏夜は祖父よりも父に似ていると言った方が良いので、ナンパなどした事もない。

参考までに話した事のある女性の事を思い返してみるが、ゆかりと風花、運動部のマネージャー、生徒会の会計の一年生の『伏見 千尋』にシルフィーと美鶴と言った面々が浮ぶが…。

(…なんて言うか、我ながらダメすぎないかな?)

そんな答えが零れてしまう。第一難破などした経験の無い奏夜としては何を話せば良いものなのかも分からない。…そして、恥ずかしさも有る…。

ふと、妙な気配を感じて後を振り向いてみると順平と明彦の二人が『早く行け』と目で語っている。既に奏夜に残されている道は『彼女に声を掛けに行く。』以外には無い様子だ。

溜息を吐き、意を決してワンピースの少女へと歩いていく。

桟橋を歩きながら、第一声をどうするかと考えるが、

「もうすぐ満ち潮だね。」

そう、比較的建設的で会話に発展しそうな言葉を掛ける。奏夜のその言葉に反応したのか、彼の声に少女は振り向く。そして、初めてまともに目が合った。

青い瞳に淡い上品な金色の髪、非の打ち所の無い顔立ち。それは、どこか作り物の様な印象を感じてしまう美しさだった。

「あなたは………………これは吃驚仰天。」

「え?」

「ですが、確認は静かな場所で精度高く行うのが適切かつ必須。」

「え…えーと;」

「ひとまず撤退を優先します。」

話しかけた彼女は奏夜の考えを越えた台詞を残して、突然森に向かって走り出すと言う、奏夜の想像の斜め上を行く行動をとってくれました。

「え…えーと、あの~;;;」

ワンピースの少女の突然の行動に唖然としている奏夜の元にワンピースの少女とすれ違う様に順平と明彦が奏夜の元に駆け寄ってきた。

「お前、今何言ったワケ? 走って逃げるって絶対なんかやっただろ?」

「いや、挨拶しただけだからさ!」

「つか、お前追いかけた方が良いって!!!」

「そ、そうなるの…かな?」

「あの逃げ方はただ事じゃなかったぞ。誤解にしろ何にしろ、キチンと話してくるんだ。」

二人の必死な表情に完全に気圧されてしまう奏夜だった。付け加えておくと、何気に奏夜も明彦の言葉には最もと考えてしまうが。

「(仕方ないか……。)それじゃあ、ちょっと行って来ます。」

「ちゃんと謝れよ!(順平)」「ちゃんと話して来るんだぞ。(明彦)」と言っている二人へとそう言って奏夜も彼女を追いかけて森の中に向かって駆け出していく。

(…それに彼女を見た時…なんで父さんの姿を思い出したのかも…気になるしね。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生い茂る森の中は、その豊かな葉によって夏の日差しを遮り、薄暗くさえある。散策路であろう、森の中の道を走る奏夜だが、全然追いつかない。

(…何者なんだ?)

その力を使いこなす為にキバとして戦っていた影響か、奏夜の身体能力はペルソナによる強化が無くても高い方だ。学園で所属しているスポーツ系の部活では既にレギュラーを狙えるレベルではある。

足元がビーチサンダルと言う悪条件の元とは言え、如何考えても相手は女の子が走る速度とは思えない。

時々、彼女の着ている青いワンピースが見える物の距離は少しずつ縮まらない。僅かにペースを落としてしまえば直に差は離される為に奏夜は走る速度は緩められない。

(…仕方ない! 兎に角、ごめんなさい!!!)

意を決して、心の中で謝罪の言葉を叫び地面を蹴るとそのまま近くにあった木の幹を蹴って枝まで飛び上がり、そのまま枝を蹴って上から少女を追跡する。

だが、結局は追いつく前に大きな杉の木が生えている広場に着いた時に完全に見失ってしまった。

(見失った? 何処に言ったんだ? だけど…。)

姿は完全に見失っている。だが、何処からか誰かに見られている感覚は確かに有る。だが、

(…気配がしない…どういう事だ?)

それは、始めてみた時に感じた作り物の様な印象を与えてくれた感覚。あの少女等は『気配』が感じられなかったのだ。

視線は感じられる。だが、気配だけは感じられない。そんな奇妙な感覚を覚える。

聞こえてくるのは風の音と、風で木の葉が揺れる音、鳥の声。こんな状況でなければ森林浴で心安らぐ状況だろう。

周囲に視線を向けてみると、木陰から風に揺れる青いワンピースが見えた。先ほどの少女が木の幹に隠れて少しだけ顔を出して奏夜の様子を伺っていた。

(…警戒されてるのかな…? …僕は何もして無いんだけど…。)

奏夜がそちらへと近づくと少女も完全に姿を見せてくれた。

彼女は何かを呟くと、奏夜を指差して、一気に駆け寄り彼の手を取る。

「あなたをずっと探してました。私の一番の大切は、あなたの傍に居る事であります!」

「ええ!?」

「んな!?」

「なに!?」

思わず驚いて叫ぶ奏夜だったが、同時に自分以外の声が響いた事に気が付いてそちらへと視線を向けると、何時の間にか順平と明彦の二人が追いついていた。

(ど、どう言う事、何で初対面の相手に!?)

硬く握られている手と、初対面の相手から言われた突然の言葉に戸惑ってしまって、反応が出来ない。

「なんじゃ、そりゃ!? そんなん有りかよ!?」

「バカな!? どう言う事だ!?」

「つーか、何でアイツばっかり、良い思いしてんだよ!!! 少しはその幸運、オレッチにも分けやがれぇぇぇぇぇぇえ!!!」

高らかと絶叫する順平。明彦は明彦で“勝負”に完敗した事で項垂れていた。

『あ、やっと見つけた!』

『今の声って…順平君?』

突然聞こえてくるのはゆかりと風花の声。美鶴達三人が何故かこの場に合流したのだった。

「…紅くん…に皆さん、なんで水着で森の奥に?」

風花が素朴な疑問を口に出す。如何考えても森の奥に水着姿で居る男子三人と言うのは異常と言うか、妙な光景である。そして、

「……………ところで、紅くん……………その子、誰?」

続いて、手握られている奏夜の姿を見て顔が項垂れた状態で告げられる疑問に背筋が凍るほどの恐ろしさを感じずには居られない奏夜だった。

(ま、拙い…良く分からないけど…兎に角拙い!!!)

奏夜の磨かれた戦士としての感が警鐘を鳴らしている。が、既に手遅れだ。

状況を分析してみると

ナンパした少女が森の奥に走って行って、それを追いかけたら突然手を握られて、最終的には…風花からの『その子、誰?』と言う問い。なんと言うか、台詞の前後に有る言葉の間が物凄く怖い。

『ええ、是非とも私にも説明していただけますか…そ・う・や・さ・ま。』

新たに感じられる恐怖の気配の元へと顔を青くしながら油の切れた振るい機械の様な動きで頭を向けると、『#』マークを付けて笑顔を浮かべているシルフィーさんの姿が何故か有りました。

「シ…春花さん…何故ここに?」

「…何かを追いかけていた奏夜様の姿が見えたので追いかけたんですが…。是非とも聞かせて頂きましょう。風花さんも聞きたい様子ですし。」

「そうですね、春花さん。」

両腕を風花と春花に掴まれる奏夜。少女も握っていた手を離してくれた。

「あ、あ、あ…順平、真田先輩…助けて…。」

ナンパに巻き込んでくれた二人に助けを求めるが、二人とも顔を真っ青にして顔を逸らしてくれました。

「「さあ、奏夜様(紅くん)、O☆HA☆NA☆SHI☆致しましょう(しようか)。」

「た、助けてぇー!!!」

奏夜の叫びがむなしく森の奥に木霊する。二人に森の奥へと引きずられて行く奏夜くんでした。


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