ペルソナ Blood-Soul   作:龍牙

33 / 83
第三十二夜

別荘を飛び出していったゆかりを探して奏夜は海岸へと続く道を歩いていた。

(…はぁ…キバットに留守番を頼んだのは失敗だったかな…?)

そう考えずにはいられない。影時間の中で戦う力も持たずに一人で歩いている事は危険だと言う事は理解している。キバの力もペルソナの力も使えない自分が戦うには好きではない奥の手を使うしかない。

ガサ…

暫く道を歩いていると、何処からか微かに物音が聞こえる。

「岳羽さん?」

その音を聞き逃さず、奏夜はそちらへと視線を向け、そう問い掛ける。あらゆる物が動きを止める影時間の中で物音が聞こえれば、その原因は自分達の様に影時間を体験できる人間か、シャドウしか有り得ないだろう。

「残念、私はゆかりじゃないわよ。」

そう告げて森の中から現れたのは、一人の少女。年齢は奏夜と変わらない位の少女。だが、その場に第三者がいたらこう言っていただろう。『奏夜に似ている』と。それも似ているのは外見ではなく、彼女の纏っている空気が、である。

「私の事は……そうね、『奏(かなで)』とでも呼んでくれれば良いわ。」

「奏さん…? 色々と聞きたい事も有るけど、この時間を動けるって事は…。」

「クス。感が良いわね、奏夜くん。私も影時間の中に在る事を許された『ペルソナ使い』…“貴方と同じ”ね。」

…目の前に居る奏と名乗った少女の言葉に何処か引っ掛かる者を感じてしまう。なにより…。

「…ぼく達の事やペルソナの事を知っている…。君は何者なんだ?」

「そうね。後で少し時間を貰えるかしら? その時に教えてあげるわ。でも、その前に。」

そう言って奏と名乗った少女は今まで奏夜が向かっていた方向を指差す。

「私の事より、優先する事が有るでしょ? ゆかりは向こうに行ったから、早く行ってあげてね、奏夜くん。」

微笑を浮かべながら奏と名乗った少女は森の中に姿を消していく。

「…何を考えてるか分からないけど…。」

彼女の言葉は正しいとは自分もそう思っている。奏夜はそう考え、その道の先にある海岸へと向かっていく。

奏と名乗る少女に教えられた方向へと歩いていくと、海岸に出た。その波打ち際には確かにゆかりの後姿があった。

「岳羽さん…。」

「ずっと信じてたのに……こんなのキツいよ……。」

奏夜が彼女の名前を呼んで近づこうとした時、彼女の本音が…力無い呟きが聞こえる。

奏夜が一歩近づくと、ゆかりは体を動かし……涙を拭う仕草が背中越しにも伺える。その手は硬く握られ、俯き、僅かに震えている。ほんの僅かな距離だが、彼女の纏っている空気が奏夜がそれ以上近づく事を拒絶している。

「覚えてる? 前に病院で行った事……。私のお父さん、小さい頃に爆発事故で死んだって……。」

「…うん…。」

そう言われて思い起こすのは、初めてペルソナを使って倒れた後、病院で目を覚ました時(第五夜)の事。

「さっきの話で分かったでしょ……。私のお父さんが死んだの、あの事故が原因なんだ。」

背中を向けたまま話を続ける。

「普通の人は真相なんて知らないから、根も葉もない噂が立ってさ。父さん主任だったから、世間から目の敵にされてね、色んな場所に転々と引っ越したの……。」

「……………。」

語られるのは彼女の過去…父親の死から始まる彼の地位による事が原因の根も葉もない噂と、想像できる無知な人間の悪意。

奏夜にも気持ちは理解できる。『人の怖さ』は。

「でも私、ずっと信じてた。父さんは悪くないはずだって。小さい頃から大好きだったし、絶対悪い事する様な人じゃないって。」

「うん。」

「春頃ね…手紙が届いたの。十年前の父さんから“家族へ”って。笑っちゃった。殆ど私の事しか書いてないんだもん。……だから。」

そこで言葉が途切れ、涙を拭う。

「信じようって思ってたのに。」

あの映像が正しければ、事故の原因は世間の噂通り…原因はゆかりの父にある。ゆかりの思いは裏切られた事となるのだ。

「だから手紙の届いた晩、“適正”に目覚めたのは偶然じゃないって思った。戦うのは怖かったけど、桐条グループの傍に居れば何か分かるかもって。だからペルソナ使いになって戦ってきた。」

語られるのは彼女の戦う理由。そして、その“何か”は分かった。だが、それは…。

「でもさ………なんて言うか………。」

彼女にとって、

「そんなの無駄だったんだよね。」

辛過ぎる現実。

父の無実を証明する為に独りで戦い続けていた彼女にとって、さっきの映像ははっきりと証明している。『父親が事故の原因で有る』と。

「………。」

慰めの言葉など掛けられない、掛けるべき言葉が見つからない。どうすれば良いのか分からない。

「ハハ…現実ってキツいよね。もしかしたら…私、嫉妬してたのかも。なんで桐条先輩にはまだお父さんがちゃんと居るのかって。」

「…………。」

「…何か言ってよ。」

睨み付ける様な表情で振り返り、瞳に大粒の涙を浮かべて睨みつけ、ゆかりは奏夜へと言葉を放つ。

「すごいよねキミ、いつもそうだよね一人だけ冷静で余裕が有って……どうせ私の事、可愛そうな奴だって思ってるんでしょ!!!」

確かに奏夜は冷静に振舞っているが、彼女が言うほど余裕が有る訳ではない。冷静に振舞っているのは、リーダーと言う立場を任されていたが故だった。

「分かったような顔しないでよっ! あなた、私の事何も……!!!」

奏夜は黙って彼女がぶつける感情を受け止めている。だが、爆発したのは束の間、すぐに理性と言う覆いがその爆発を収束させる。

「ゴメン………。」

奏夜の服を掴んでゆかりは崩れ落ちる。そのまま奏夜にすがり付きながら泣き始める。

「私、余裕無くて、ワケ…分かんない…。教えてよ…私…これから…どうしよう…。……もう、全然分かんない……。……これから、どうしたらいいのかな……。」

ゆかりは十年間溜まった感情の暴走を押さえ込んだかに見える。だが、それは押さえ込んだのではない。暴走する感情と同じかそれ以上に、これからどうして行けば良いのかと言う不安と疑問が大きいのだ。

俯き、力なく涙を流して震えているその姿は、何時もよりも華奢に見える。

奏夜は自分が彼女と同じ立場だったらと思うと、父が彼女の立場ならばどう思うのかと思うと、自然と何をするべきかの答えは出る。だが、自分が答えを出して良いのか、そう疑問にも思うが…。

「それでも…。」

意を決して出すのは、彼の出した一つの答え…。

「信じていれば、信じ続けていれば良いと思う。」

「え…。」

「例え真実がどうであれ、信じ続けていれば良いと思う。」

例え誰が何と言おうとも己が父を信じるように、父が祖父を信じるように。

「信じ続ける事…ぼくはそれが大切だと…そう思う。」

信じられる人が居るのならば、揺ぎ無く信じ続ける事が大切なのだと。

「ハハ…やっぱすごいや、紅君は。……ゴメンね、私の事ばっかり。あなたも両親亡くしてるのにね。」

「気にしなくてもいいよ。父さん達は居なくても、兄さんは居るし、引き取ってくれた叔父さんも良い人だし、兄代わりの人(?)や家族みたいな人(?)達も居るしね。」

結局の所、奏夜の傍には常に多くの人達が居てくれた。奏夜の孤独は彼女の孤独とは違う。

 

「うんっ。もう大丈夫、辛いの慣れてるからね。でも、話せて……良かった。」

そう言って顔を上げると奏夜とゆかりの目が合う。影時間の中の浜辺でも分かるほどに目を真っ赤にしながら、ゆかりは微笑む。

それは時の流れを忘れさせてくれる瞬間、どれだけ時間が過ぎたかは分からないが、少なくとも影時間は過ぎていないのだろう。

掴んでいた奏夜の服から手を放し微笑を浮かべながら、

「でも、なんだか会ってみたいな、紅君のお兄さん達に。」

「まあ、一度会ってみても良いんじゃないかな、正夫兄さんは僕とは違って本当に凄い人だからね。」

苦笑を浮かべながら兄の事を思い出す。まあ、兄代わりのキバットや家族みたいな存在であるアームズモンスター達に会わせて良いものかと思うが、それはそれ。

『うぉぉーい!!!』

突然砂浜に響く順平の声。慌てて離れる二人。そちらへと視線を向けると、順平が走ってきていた。

「…どうせ先輩に連れて来いって言われたんでしょう?」

「さあね。少なくても…言われても言われなくてもぼくはここに来たと思うよ。」

「ハハ…なんか、格好良いじゃん。うん、ありがとう。」

「だ…だだだだだだ大丈夫かよ、ゆかりっち! オレっち心配で心配で、て言うかみんな心配で心配してるぜ。」

あたふたと慌てながら、『心配』と四回も言っている順平。

「大丈夫、私、何時も通りだよ。」

順平へと言葉を返す何時ものゆかりがそこに居た。

「そっか、良かったぜ。」

「私さ…最近思ったんだ…ペルソナ使いは力に目覚めると、影時間の体験を忘れなくなる…。それって、力と引き換えに、目を背けられなくなるって事なのかも。………忘れたい現実からさ。」

表情を引き締めて視線を向け合うゆかり、順平、奏夜の三人。

「…忘れたい現実から目を背けられなくなる。…それも、自分自身の選択に責任を持つ事…か。」

自然と口から洩れるのは、イゴールとファルロスに言われたその言葉。奏夜の言葉にゆかりと順平は顔を合わせて、

「ハハ…確かにそうだね。」

「へへ…いい事言うじゃないかよ、紅。」

そう言って笑いあう。

「やるしか…無いんだよね。」

「そうだね。

「だな!」

そう言葉を交わしあう。

「よっしゃー!!! じゃ、戻るかっ!」

順平とゆかりが歩き出す。

「はは、ゴメン、ぼくはちょっと遅れる。少し、考えたい事も有ってさ。」

「んだよ、危なくないのか?」

「そう? 紅君なら、心配ないと思うけど、気を付けてよ。」

「まあ、何か有ったら、急いで逃げるよ。」

そう言って、苦笑を浮かべると、

「それに、一応ぼくはまだS.E.E.Sに復帰して無いんだけどね。」

二人と別れながらそう呟く奏夜。そして、二人の姿が見えなくなると、奏夜は森の方へと視線を向け、

「…それで、改めて聞かせてもらえるかな…奏さん?」

奏夜が告げると森の中から奏と名乗った少女が姿を現す。

「ええ、私が何者か…だったわね?」

「…そうだけど…教えてもらえるかな?」

「別に隠しておく事じゃないけどね。私は『奏』…『登(のぼり) 奏(かなで)』よ。」

「っ!? 登って、大牙叔父さんと同じ…。」

「言っておくけど、私は養女だから実の娘って訳じゃないわね。」

微笑を浮かべながら告げる奏の掌に白い蝙蝠が止まる。

「はぁ~い、奏♥ 彼がこの世界の貴女なの? あら、中々素敵じゃない。」

「そう? 私は好みじゃないけどね、キバーラ。」

「…それは…キバット族!? それに“この世界”の君って言うのは、どう言う意味だ?」

仲良く会話する白い蝙蝠…いや、キバット族『キバーラ』と奏に驚愕を浮かべる奏夜。

「簡単よ。世界は一つじゃない。平行世界(パラレルワールド)は多く存在する、例えば、キバと言う存在もファンガイアと言う存在も無い世界…私が男だった…つまり、この世界と、貴方が女だった…つまり、私の世界ね。」

奏はそこで一旦言葉を区切り、奏夜に言葉を理解するだけの時間を与える様に一呼吸する。

「幸福な世界と最悪の終わりを向かえた世界…。改めて、始めまして…。私は平行世界(パラレルワールド)の紅渡の娘、紅正夫の妹…平行世界(パラレルワールド)の貴方よ。」

「…平行世界(パラレルワールド)のぼく…。…とてもじゃないけど、信じられる話じゃないね。」

奏とキバーラから油断なく視線を外さずに、奏夜は問い掛ける。

「そうね。なら、証拠を見せて、あ・げ・る♥」

「うふふふ~♪」

そして、キバーラが奏の掌から離れるとその指先が唇に触れる。

「ペ・ル・ソ・ナ。」

妖艶に呟きながら、何処からか取り出した拳銃…否、召喚器を自身の米神へと突き付け、その引き金を引く。

「それは!?」

「そうよ、この子が、私が始めて手にした力の象徴…。」

奏の背後に現れた影…細部が女性的になり、色が変わっていると言う点を除けば特徴的な背負った竪琴がそれが何かを奏夜へと告げている。

「「オルフェウス!!!」」

そう、そのペルソナの名は…『オルフェウス』。

「クスッ。私の用事は二つ…もう一つは最初の用事を済ませたら、教えてあげるわ♪」

「用事…用事って…「おーい、奏夜~!」キバット!?」

奏夜の元に飛んで来た留守番として置いて来た筈のキバットに思わず驚いて声を上げてしまう。だが同時に、

「…やっぱり、着いて来たんだね…。」

「い、いや~…オレも折角の夏を満喫したくてな。そんな事より、この近くで妙な気配を感じたんで、来たけど「お兄様~、お久しぶり~♥」って、マイシスター!?」

キバットの言葉を遮る様に告げられた奏の周りを飛んでいるキバーラの言葉にキバットは驚きの声を上げて答える。

「…マイシスターって…まさか…。」

「おう、オレの妹のキバーラだ。まさか、こんな所で会えるなんて…くぅ~。会いたかったぜ、マイシスター!」

「うふふ。ホント久しぶりね、お兄様♥」

感動の再会とばかりにキバーラと抱き合いに行きそうなキバットを奏夜は掴んで止める。

「で、マイシスター、そっちの美人の姉ちゃんは、誰なんだよ?」

「ええ、この子は平行世界(パラレルワールド)の彼の、『登 奏』よ。それに、私も正確に言えば、この世界の私じゃないわよ、お兄様。」

「さあ、役者が揃った所で、始めましょうか。私の用事を。変身。」

「うふふ…チュ♥」

キバーラが奏の指先に噛み付くと♥マークを描く光が奏の姿を包み込み、白と紫の女性的なキバへとその姿を変える。

「っ!? 白い…キバだって!?」

「おいおい、マジかよ?」

「さあ、戦ってもらうわ…もう一人の私。」

『仮面ライダーキバーラ』へと変身した奏は武器『キバーラサーベル』を突き付けながら宣言する。

「って、よく分からねぇが…。」

「やるしかないね。行くよ、キバット。」

「おっしゃぁー、妹と戦うのはあんまり気がのらねぇけどな、キバッて行っくぜー! ガブ!」

「変身!!!」

奏の挑戦に応じる為、奏夜もまた仮面ライダーキバへと変身する。

「さあ、見せてもらうわ、黄金のキバの後継の力を。」

「仕方ないけど…見せてあげるよ…ぼくの力を…。」

キバーラサーベルを構えるキバーラ、独特なファイティングポーズを取るキバ、二人のキバは刃を交える為に互いに走り出した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。