ペルソナ Blood-Soul   作:龍牙

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第三十一夜

「んー、このビーサンに足の指の付け根が食い込む感じ……ようやく夏実感だぜ!」

ビーチに到着した順平が歓喜の声を上げる。その後には奏夜と明彦の二人も続いていた。

この時期のビーチはもっと混雑しているものなのだが、幸いにもここには他人が居らず貸切状態である。

(…もしかして、先輩の所のプライベートビーチ?)

なんとなくそう思ってしまう。だが、それ以上考えても意味はない物だと考えて、即座に余計な思考を切り止める。

「沖に目印になるような物は無いな……泳ごうかと思ってたが。」

本気でそう言っている明彦だった。目印が有れば沖まで泳ぐ気なのかと思ってしまう。それと同時に明彦らしいとも思ってしまっていた。

「ああ……出ました。遊びに来たのに“黙々と泳ぐ”タイプ。」

「悪いか。お前こそ何して過ごす気だ?」

明彦の言葉に順平が溜息混じりに呟く。それに対してそう問い掛ける明彦。

「そりゃあ、夏で海と言ったらお楽しみは決まりっしょ!」

「ふん、まあいい。ところで、紅。」

「なるほど、受けて立ちますよ。」

「まだ何も言ってないが、同じ考えの様だな。」

「じゃあ、負けた方がはがくれのラーメンを奢るって事で。」

「いいだろう、後悔するなよ。」

笑みを浮かべながら話す奏夜と明彦、段々と遠泳競争の段取りが決まって行く。

「何だよ、紅も真田先輩も、お楽しみを理解してないんかよ……。」

「えー、海に来たら普通は泳ぐものだと思うけど。」

「ああ。そもそも、そのお楽しみとは何だ?」

「へへ、それを説明するには、まずゆかりッチ達が到着してくれないとな。」

順平のその言葉に順平が何を説明したいのかを理解すると、溜息を付きつつ。

「…あー…命を神に返されない範囲でホドホドにしときなよ、順平。」

「んだよ、その『興味有りません』ってリアクション!? 男なら女の水着姿みたいに決まってるだろ!?」

「それはお前だけだろ……。」

明彦が呆れた様に言うが男なら誰しも順平と同意見だろう。だが、

「違うね…間違ってるよ!」

ビシッと擬音が付きそうな仕草で順平を指差す奏夜。

「ま、間違ってるって何がだよ?」

「男ならば大半は女性の水着姿は見たい物…それは認めよう…でもね…。好きな相手の水着姿が一番見たい物だろう!!!」

「うお!?」

そう指摘された順平は二、三歩後ずさるとそのまま『orz』と言う体制に崩れ落ちる。

「紅…お前、本当に紅か?」

「…あー…ちゃんと『紅』ですよ。」

…奏夜よ…。それだと、かつての…いつかの渡のようにオトヤンが憑依していても『紅』で間違いないぞ。

どうでも良いが夏の海と言う空気が変化を与えているのだろうか? 妙なテンションの奏夜である。しかも、この場にシルフィーや風花が居なくて良かったとも言える台詞を大声で口走ってくれている。

そんな男性陣の妙な空気を打ち破ってくれたのは、一人の足音だった。

「え……なに?」

振り向くとそこには水着姿のゆかりが居た。

「おーっ、ゆかり選手、想像より結構強気のデザインですな! やっぱ、部活でシボれているって自信が大胆さに繋がってるんでしょうか!?」

「『でしょうか!?』じゃないつの……。」

何時の間にやら復活した順平が握り拳にマイクを持っている様な仕草で解説の様な事をやっていた。

ゆかりの格好は頭にサングラス、ピンクのビキニ姿、下はホットパンツを履いている。

「似合ってるね、岳羽さん。」

「そ、そう…。ありがと。」

ゆかりと目が合うと、妙に照れくさくなり、それを誤魔化す様に微笑を浮かべながらそう告げる。そんな奏夜の言葉に顔を赤くしながら明後日の方向を向いてそう答えるゆかりだった。

そんな中、また一人の足音が近づいてきた。

「パラソル……空いているとこ、勝手に使って良いのかな?」

「うん、誰も居ないし良いんじゃないかな?」

次にビーチに来たのは風花だった。

「おっとー、続いては風花選手ですなー…………………つーか、風花お前……メッチャ着痩せするタイプ!?」

「え……えぇっ!?」

順平の言葉に一瞬分からないと言う表情を浮かべた後、言葉の意味を理解した瞬間、真っ赤になりながら慌てて奏夜の後に隠れる風花。

「んだよー、そんなハズかしがんなくてもいいじゃんよー。ムフフ…。」

「ムフフって、変態かっつの!!!」

ゆかりが風花を庇う様に順平に対して最もな突っ込みを入れる。

「………埋めとこうか………?」

「あ、あの…紅君、それはちょっと;」

『#』マークを頭に貼り付けながら、奏夜は変態の様な事を言っている順平を横目で見ながら、物凄く物騒な対処方法を提案する。

流石に埋めるのはやり過ぎだと弁護する風花に視線を向ける。

(まあ、確かに着痩せするタイプって言うのは、言うとおりだとは思うけどね。)

特に表情には出さずそんな事を思ってしまう奏夜であった。

風花の水着はグリーンのセパレート。風花に似合って可愛らしいデザインである。

「あ、あの…どうかな、紅君?」

「あ、うん。よく似合う、可愛いと思うよ。」

「あ、ありがとう…。」

微笑を浮かべながら奏夜の言葉に俯いて答える風花だった。

「そんで、トリを務めますのは……。」

「「「「……。」」」」

絶句。美鶴の姿を見た全員が一瞬言葉を失ってしまった。

「ん……どうした?」

無言のままの一同に対して困惑した様子で美鶴が問い掛ける。逸早く立ち直ったのは、ゆかりと風花の二人の女性陣だった。

「うわー、桐条先輩、キレイ……。」

「ホントすごい、白くて綺麗! 日焼け止め、もう塗りました?」

「い、いや。」

「いやって、塗らなきゃダメですよ!」

ゆかりと風花の二人が美鶴を囲む様に盛り上がっている。美鶴も普段は見られない照れた表情を浮かべていた。

美鶴の水着は純白のビキニ。左胸にハイビスカスのワンポイントが存在感を主張せずに引き立て役となっている。

「おい、紅。お前ってどのタイプがイチオシよ?」

にやけ顔を浮かべながら、そう質問してくる順平。男子ならば当然してくる質問だろう。

正統派、健康的な魅力のゆかり。

可愛らしい風花。

大人の魅力の美鶴。

と、三者三様の魅力がある。

心底楽しそうな表情を浮かべている順平に対して、奏夜は笑みを浮かべつつ、

「さあね。ご想像にお任せするよ。」

そう言ってはぐらかす奏夜だった。

「んだよ、それ。で、どうなんだよ、実際。」

「さあね。それと、声が大きいよ。」

尚も食い下がって質問する順平に対して、そう言って受け流す奏夜。

「ったく。でも、いいなぁ、こういうの。ホント着てよかったよなぁ。よっしゃ! それじゃ、そろそろ水に浸かるとしますか! 行っくぜ~!」

そう叫びながら、質問するのを諦めた順平は浮き輪を片手に海へと走っていく。見れば、自分以外全員が海へと入っていった。

(さてと、ぼくも入ろうかな?)

伸びをしながら空を見上げると、

「ウェ!?」

南国の太陽に必要以上に照らされ、そのメタリックなボディを一層キラキラと輝かせているキバット族の姿があった。

驚きのあまり眼を逸らして一度擦ると再び見上げる。

「い、居ない…。気のせいだったのかな?」

周りを見廻すが誰の姿も見られない。キバットを置いてきた事が原因で見てしまった幻覚なのだろうと心の中で結論付ける。

気を落ち着かせるように二、三回ほど深呼吸をし、改めて海に入ろうとした時、

「ッ!?(なんだ!?)」

何処かから見られている視線を“二つ”感じて慌てて振り返る。誰かに見られている。それに気が付き、相手の気配を探ろうとした瞬間、気配は消え去っていた。

(また気のせいか…か?)

そう己の中で結論付け、疑問を霧散させると奏夜は海へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜…

奏夜達は別荘の一室に集まっていた。この旅のもう一つの目的…十年前の事故の真相を聞くために集まっていた。

コの字を書く様に配置された高級なソファーに座る一同の表情も纏っている空気も昼間よりも重い。

「さて…美鶴から大体は聞いているな。しかし…その前に君達に謝罪をしておこうと思う…。」

武治はそう話を始める。

「岳羽ゆかりくん、紅奏夜くん…。」

「あ…はい。」

「はい。」

「すべては大人の…我々の罪だ。私の命一つで贖えるのなら、とうにそうしていたところだが…今や君らを頼るほかない。」

そう言って武治は頭を下げる。

「すまない…。」

「………。」

頭を下げる武治を複雑そうな心境で無言のまま見つめている、ゆかり。

「本題に入る前に見せておきたい物がある。」

武治の前に現れるモニターに一つの映像が映し出された。

「あれは!?」

「青いイクサなのか、あれは? …それに、一緒に戦っているのは、金色のキバ!?」

青いイクサと共に戦う金色のキバの映像がそこには映し出されていた。

「お父様…これは…?」

「対ファンガイア組織『素晴らしき青空の会』の戦闘映像と記録によれば、キバは人類の味方だった。」

「人類の味方って!?」

「キバって、敵じゃなかったすか!?」

武治の言葉に思わず叫んでしまうゆかりと順平。

「キバについての詳しい事は残された旧『素晴らしき青空の会』の記録にしか残されては居ない。その記録によれば、キバは二人存在していたそうだ。ファンガイアの王であるキバと、人を守る黄金のキバ。」

その言葉が真実と告げるように映像の中では黄金のキバが青いイクサと共に戦っている映像が映し出されていた。

「だが、十年以上前の最も大きなファンガイアとの大戦では、二つのキバは人類の敵となるファンガイアと戦ってくれていた。」

映像の中では、ダークキバとキバ・エンペラーフォームがビショップによって再生した先代のキング、バットファンガイアと戦う姿が映し出されている。

(父さん…大牙叔父さん…。)

奏夜は映像の中にか残らぬ家族の姿に心の中で呟く。

「だが、この映像の中のオレ達の見たキバとは姿が違う。」

明彦は映像を見ながらそう呟く。明彦の言葉は正しいだろう、映像の中のダークキバとキバ・エンペラーフォームは明彦達の知っているキバとは似ているが違う。

それもそうだろう。キバ・エンペラーフォームはキバの鎧の本来の姿であり、全ての力が解放された姿でもある。だが、それを知らない明彦達は自分達の知るキバと別物と捉えてしまっても無理はないだろう。

「それは私も気になっていた。だが、キバと言う存在は敵ではなく、味方になってくれる存在かもしれないと言う事だ。それを覚えていて欲しい。」

武治の言葉に奏夜達は無言のまま耳を傾けていた。

奏夜と風花を除く面々の心境としては、キバが味方と言う事はこれ以上なく心強いだろう。強力な力を持ったファンガイアタイプを容易く倒していたキバが味方となれば、それは心強い事この上ないだろう。

「ですが、何故理事長はキバは人類の敵だ等と…。」

「二人のキバの内一人はファンガイアの王として人類の敵となっていた時期があったそうだ。人類の敵とされているのは、恐らくはそれが原因だろう。」

そう告げられると映像が消える。

「…もう一つの本題に入ろう…。」

暫くの沈黙の後、武治は口を開く。

「父“鴻悦”が怪物の力を利用してまで造り出そうとしていたもの…それは、“時を操る神器”だ。」

「…“時を操る神器”?」

その言葉を反芻する様に奏夜は呟く。次狼達四魔騎士達からキャッスルドランの中に時を越える扉が存在し、兄である正夫がネオファンガイアと戦う為に過去に…父である渡達の時代に向かったと聞いたが、はっきり言ってスケールが違う。

「言葉通り時の流れを操作し障害も例外も、すべて事前に取り除け、未来を意のままに出来ると言っても良い。」

「なんか、いきなり話がデカくなったな。」

順平は思わず唖然と呟く。だが、過去を変える程度ならキャッスルドランやネオファンガイアにも可能だろう。現に過去の時代で時を変えようとするネオファンガイアと父達と共に兄である正夫が戦っているのだから。

「だが研究は、父の指示によっておかしな方向に進んでいった。…晩年の父は何か、とても深い虚無感を持っていたようだ。今にして思えば父の乱心は、それを打ち破る為に始まったのかもしれん…。」

(…虚無感ね…。そのボケ老人の事は良く分からないけど、この人も被害者か…。)

「君達が全てを知りたいと望むのは当然の事だ。私にも伝える義務がある。」

武治のその言葉と共に再び映像が映し出される。

「これは…?」

「現場に居た科学者によって残された、事故の様子を伝える唯一の映像だ。」

砂嵐と共に僅かながら声が出てくる。

『この記録が…心ある人の目に触れる事を…願います。』

「この声…。」

自然とゆかりの口から声が零れる。炎に包まれた研究所らしき映像の中心に一人の男性が映し出される。

『御当主は忌まわしい思想に魅入られ変わってしまった。この実験は…行われるべきじゃなかった。』

時折声は途切れている様に聞こえるが、それでも重要な部分は聞こえている。

『もう未曾有の被害が出るのは避けられないだろう…。でもこうしなければ、世界の全てが破滅したかもしれない!!!』

(…世界の…破滅…。ッ!? “全ての終わり”!?)

映像から告げられるキーワードから奏夜の頭の中に以前ファルロスから聞いた言葉が思い出される。

『この映像を見ている者よ。誰でもいい、よく聞いて欲しい!!! 集めたシャドウは大半が爆発と共に近隣に飛び散った…。悪夢を終わらせるには、それらを全て消し去るしかない!!!』

「これって理事長の言ってた。」

風花が、

「ファンガイアタイプになる12の大型シャドウ…。」

順平が呟く。

「やはりオレ達のやってきたことは!」

明彦が叫ぶ。

「無駄じゃなかった…。」

ゆかりが告げる。

(…なんだろう…この違和感…。それに…。)

微かに奏夜の脳裏に蘇る黄金のキバと漆黒の異形が刃を交える姿。記憶のフラッシュバック。

『全て…僕の責任だ。全てを知っていたのに、成功に目が眩み、結局は御当主に従う道を選んでしまった…。』

続けられるのは慟哭と共に聞こえる己の犯した罪への贖罪の言葉。だが、

(…やっぱり、違和感がある…。)

『すべて、僕の…責任だ…。』

「お父…さん…。」

思わずソファーから立ち上がるゆかり。映像の中で男性…ゆかりの父は炎に包まれていく。

「お父さんッ!!!」

(父さん!?)

父を呼び映像へと手を伸ばすゆかり。次の瞬間、映像の中に微かに一つの異形の影…『キバ』の姿を視認で来たのは、奏夜だけだろう。

「………。」

炎に包まれる映像を最後にその映像は終わりを告げる。

「お父様、これは…!?」

「彼は『岳羽 詠一郎』…当時の研究主任だ。実に優秀な人物だった。その彼を見出して利用し、こんな事件にまで追いやってしまったのは、我々グループだ…。詠一郎は…桐条に殺されたも同然だ。」

「それって…つまり。」

感情の篭っていないゆかりの声が響く。

「私の父さんがやったって事…?」

映像を全て信じるなら、そうなるだろう。

「影時間も…タルタロスも…沢山の人が犠牲になったのも…。みんな…父さんのせいってこと!?」

響き渡るのはゆかりの慟哭の声。

「じゃ…色々隠してたのって…ホントはこれが理由? 私に気を使って隠してたってこと? そう言う事なの!?」

「岳羽、それは違う。私は……。」

「かわいそうとか、やめてよッ!!!」

美鶴の言葉を遮り叫ばれる、ゆかりの激昂。それも無理はないだろう。父親の最後の衝撃の事実と共に、彼女にとって最悪の答えを映像で見てしまったのだ。…これが、真実だとすれば(・・・・・・・・・・・)、残酷な…残酷すぎる現実を…。そのショックは計り知れないだろう。

「あ…。」

我に返り、部屋から出て行くゆかり。大きな音を立てて閉じる扉。そして、告げられる影時間の始まり。世界が影が支配する時間となる。

「あの…誰か行ったほうが…」

言葉を失う中、風花が搾り出すようにそう声を出す。ペルソナ使いとは言え、今のゆかりは一人にはしておけない。

「…ぼくが行く…」

「うん、お願い、紅君」

「紅……すまない…」

「…はい…」

そう言って奏夜は部屋を出て行ったゆかりを追いかけて部屋を出て行く。


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