ペルソナ Blood-Soul   作:龍牙

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第二夜

「ん…。」

 

窓から差し込む朝日が奏夜の閉じられた目蓋を刺激する。その光に反応し、奏夜は目を覚ました。

 

目を開けた瞬間、朝日の光に刺激されて顔を顰める。昨晩カーテンを閉め忘れた事を思い出しながら、時計を見る。ハッキリ言って、転校初日から行き成り遅刻の危機に晒されていた。

 

直にベッドから降り、制服に身を包み、部屋に備え付けられた洗面台で顔を洗いながら、横目でまだヴァイオリン型の棺で眠っているキバットへと視線を向ける。

 

「カメラには映らないでよ、キバット。」

 

仕度を調えていると部屋のドアがノックされる。昨日は深夜の入寮となったために、部屋を訪ねる人物、知り合い等に心当たりは無いはず…と考えるが。

 

「岳羽ですけどー、起きてますか?」

 

二人だけ心当たりは有った。ドア越しに聞こえてくる声を聞いて昨日この寮で会った人を二人思い出す。ドアを開いて軽く挨拶すると、彼女…『岳羽 ゆかり』も挨拶を返してきた。

 

「おはよう、昨夜は眠れた?」

 

「まあ、荷物を少し片付けてからだから、少し遅くなったけど、よく眠った。それより、どうしたの?」

 

「うん。先輩に案内しろって、頼まれちゃって。それに時間もそろそろマズいし。」

 

「うん、ありがとう。」

 

「もう出られる?」

 

「うん、仕度はもう終わってるし。」

 

ゆかりの言葉に奏夜が答え、部屋のドアを閉めると、

 

「ファぁ…。あー、よく寝た? あれ、奏夜? もう出てったのか?」

 

奏夜とゆかりの二人が出かけてから目を覚ましたキバットが棺の中から顔を出して、そんな事を呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

当然ながら、本日から彼等が通う事と成る月光舘学園への道程は、学園に近付けば近付いて行くほど学生の姿が増えていく。モノレールから降りて駅を出る頃には既に目に付く人々の多くが同じ制服を着ていた。

 

やがて目的地である月光舘学園に到着し、ゆかりから職員室の場所を聞き、奏夜はここまで案内してくれた彼女に礼を述べる。

 

「あのさ……昨日の夜のことなんだけど。」

 

「……うん。」

 

「あれ、他の人には言わないでね。」

 

(いきなり釘刺されちゃったか。)

 

奏夜が『うん』と言葉を返すとゆかりは胸を撫で下ろし、職員室の場所を教えて、そのまま『じゃあね』と去っていった。

 

(行き成り、『深夜の寮で変わった格好した子供と会いました』とか、『同じ寮に住んでる人間が拳銃を持っていました』って言ってもね。)

 

先日の一件は全て事実と認識している。そして、彼女達も自分と同様に『あの時間』の存在を知っている。

 

自分が前に住んでいた場所で助けた人達とは違い、彼女達は恐らく自分と同じ様に日常的にあの時間の中で生きられるのだろう。

 

だが、彼女から何も言われない以上、今の自分にそれを知る術は無い。だから彼の考えることは一つ…。

 

(ちょっと、気に入らない…かな?)

 

実験動物(モルモット)の檻の様に監視カメラ付きの部屋といい、自分と同様に『あの時間』の中で活動できる人間の存在。そこから出した結論は一つ、はっきり言って『気に入らない』だった。

 

だが、今の彼がすべき事は職員室を目指す事だ。既に場所は聞いていたので迷う事無く辿り着く事が出来た。

 

(やっぱり、キバットも起こすべきだったかな? って、学校の中じゃ相談出来そうも無いな…。)

 

「失礼します。」

 

自分の中で考えを纏めながら、奏夜は職員室の中へと入っていった。職員室で対応してくれたのは彼の所属するクラスの担任となる鳥海で、職員室での鳥海は自分の経歴……主に10年前に両親を亡くしたという出来事を見て、気まずそうな顔をした為に、奏夜自身も苦笑いしてしまう。家族と言える存在はキバット達がいる。

 

 

 

 

 

 

 

その後は彼女の案内で始業式が行われる講堂へ移動する。

 

無駄に長い校長の長話に欠伸をかみ殺しながら、『この手の話は生徒の忍耐力でも養うために有るのか?』等と考えていた時、後ろに座っていた男に声をかけられた。

 

何だと思って視線を向けると、どうやら、今朝ゆかりと一緒に登校してきた所を見ていた様で、『やたらと仲良さげだった』、『どういう関係なのか?』、『ゆかりに彼氏がいるのか?』とか、どうでもいいことを問いたださていれた。

 

(はぁ…。)

 

はっきり言ってこれには参った。考え事に耽る事が出来ず思わず溜息を付いてしまう。

 

とりあえず、男の言葉に適当に相槌を打ちながら聞き流す。

 

その後は特別目立った出来事も無く、放課後が訪れる。奏夜が街を回って、この辺の地理を覚えるかと考えていると、「よっ、転校生。」と、陽気な声でまた声をかけられた。

 

振り向くと顎鬚を生やした顔にしまりがないキャップを被った陽気な少年がいた。

 

「こんにちは、何かぼくに用?」

 

奏夜が振り向くと、その少年は『へへっ』と笑いながら、気安く声を掛けてくる。

 

「なんか、マイペースな奴だなー、オレは伊織順平、順平でいいぜ。よろしくな!」

 

それに応じるように奏夜も微笑を浮かべ、

 

「ぼくは『紅奏夜』。奏夜でいいよ。よろしく。」

 

微笑みながら、自分の名前を名乗ると順平から握手を求められたので、それに応じる形で握手をする。

 

奏夜自身彼の様なペースの人間は少しだけ苦手な分類に入るが、それでも悪い感情を持つタイプでは無い。そもそも、幸か不幸か、彼自身が悪感情を持つタイプは別に存在しているのだから、そう言った点では問題ではない。

 

「実はオレも中2の時転校してきてさ、やっぱあれじゃん、転校生って色々なじめないから、オレが先に声をかけようかなって思ってさ。」

 

彼の言葉を聞いて、奏夜が『親切な人だな』と彼の初対面での評価を定めていると、見知った顔、『岳羽 ゆかり』がやってきた。

 

「あ、岳羽さん。」

 

「んでよー。お、ゆかりッチじゃん。」

 

「まったく相変わらず馴れ馴れしいんだから。少しは相手の迷惑考えたほうがいいよ。」

 

ゆかりは順平を見ながら、呆れながら言う。

 

「なんだよ、親切にしてるだけだって!」

 

そんな二人の様子を奏夜が苦笑を浮かべながら眺めていると、ゆかりは順平をスルーして、奏夜へ話しかける。

 

「偶然だね、同じクラスになるなんて。」

 

「そうだね。」

 

奏夜が『にこり』と笑いながら答えると、順平が何かニヤニヤと笑いながら聞いてくる。

 

「なんか扱いちがくねえ? 聞いた話じゃ、お二人さん仲良く登校したらしいじゃないの。」

 

ゆかりは少し焦った顔をして否定すると、奏夜は落ち着いた様子で「ただ一緒に来ただけ。」と言って否定する。

 

ゆかりは溜息をつきながら奏夜を手招きすると、

 

「ねえ、昨日の夜の事、言ってないよね。」

 

「昨日の夜? ああ、あの事? 言ってないよ。」

 

「き……き、昨日の………夜って………? え?」

 

「ちょっ……なんか誤解してない? あぁ、もう、とにかく!」

 

完璧に誤解している順平と、焦りながら誤解を解こうとしているゆかりの様子を奏夜は楽しそうに眺めていた。

 

まあ、その誤解には自身も関係している以上は仕方ないと考え、奏夜も誤解を解くのに加勢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜

 

「なんて、事があってね。」

 

「オオー、良かったな、奏夜。楽しそうじゃないか。」

 

キバットの指示に従って、仕掛けられている監視カメラを阻害しない位置に僅かに動かされた家具の位置をさり気無く動かした後、ガムテープを取り出し今度は露骨なまでに全ての監視カメラを潰すと、ゆっくりと今日一日の報告をしていた。

 

「うん、明日も見つからない様にね。」

 

「オッケー。」

 

奏夜が明かりを消すとキバットも自分の寝床であるヴァイオリン型の棺の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後

 

 

奏夜は放課後の時間を利用して街の散策をしていた。幼い日の記憶は思っていた以上に少なく、久しぶりに歩く事と成った街は新鮮さがあった。だが、そこにある景色は昔とは違う物があり、変わっていない景色もある。それは幼い日の記憶を何処か刺激していた。

 

偶然寄ったCDショップには、前から欲しかったCDも有り購入する事も出来てちょっと嬉しい奏夜だった。

 

彼が寮に戻ると、眼鏡をかけたにこやかな紳士とゆかり達が居た。

 

「あ、帰ってきました。」

 

「なるほど……彼か。」

 

彼もこちらに気付いていたようで、すぐに近寄って自己紹介をする。

 

その紳士-『幾月修司』というそうだ-彼は学園の理事長だという。しばらく幾月と会話すると、まだ男子寮への部屋割りが決まっていない事と、他の住人についてなどを聞いた。もっとも、現在のこの寮の住人は後一人、『真田明彦』という先輩がいるのみだったが。

 

「他に何か質問はあるかい?」

 

「いえ、特に……。」

 

そう返事をすると、少し含みのある笑顔で確認された。幾月の口調は明らかに何か質問を促している。自分が知りたい事が有るのも事実だが、相手の手の平の上で踊る気は無い。その笑顔に含まれている意思を図りかねていると、

 

「転校初日は疲れるだろ? ゆっくり休むといい。身体なんてぐーぐー寝てナンボだからね。昔、マンガにあったろ、ぐーぐーナンボ。」

 

『何かを知っている』と言う考えを浮かべていた所に聞こえたその言葉に、奏夜の思考回路は一瞬にして停止した。

 

(今のって何? もしかして、シャレ? ………。)

 

なんと反応していいのか分からない奏夜を置いて、当の幾月は「なんちゃって。」と言い残して既にその場を去っていた。

 

しばらくして、ゆかりから深い溜息と共に「ごめんね。」と謝られたが、むしろ奏夜にしてみれば至近距離であの言葉を聞かせてしまった事に対して、自分が謝りたい気分になってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜

 

「お疲れ様。」

 

部屋の中へと入ってきた幾月が先に部屋に居た者達へ告げる。幾月はその言葉に続いて部屋を見渡す。その部屋に居たのは、美鶴とゆかり二人だけ、本来ならばこの場に居るべきであろう、もう一人の姿が見えない事に気が付いて尋ねた。

 

「真田くんは?」

 

「……いつもの『トレーニング』です。」

 

「おやおや、相変わらずだね。」

 

申し訳なく答える美鶴に対して、幾月は意も解さぬ様に笑ってみせた。

 

「どうだい、彼は?」

 

話題を変える様に続けられた幾月の言葉に対して、美鶴は何とも言えない表情を浮かべて、視線で何も移っていない巨大なモニターを指す。

 

美鶴達の居る部屋の中にはそれ以外にも幾つかのモニターが有り、それぞれが寮内を映し出していたのだが、中央のモニターだけが何も映し出していなかった。

 

本来ならば、そこに映し出されるべき場所は奏夜の部屋なのだが、例によって今回もまた監視カメラの設置の様子を見ていたキバットの指示の元でその全てが一つ一つ、奏夜の手で潰されていたのだ。

 

「見ての通りです。」

 

「そのようだね。」

 

それ以外に返事の使用がないのだろう、幾月も苦笑を浮かべてそう一言だけ返した。

 

「これじゃあ、どうなっているのか分からないねえ。」

 

「ええ、もうすぐ影時間に入ります。」

 

「普通に寝ているか…それとも。」

 

幾月は時計を見て0時になったのを確認するが…

 

「……当然だけど、何もなしか。」

 

「ですが、彼がこの時間を体験していると言う事は。」

 

「…適正が…まあ、有るんだろうねえ、影時間の中を歩いて、ここまで辿り着いたと言う話し出し。でなければ、今頃は奴等の餌食だ。」

 

幾月は椅子から立ち上がる。

 

だが、彼らは知らない…奏夜は既に『奴等』にとって獲物ではなく、対等なる殺し合いの相手と言う事に…。

 

「まあ、一度監視してみないと。」

 

ほぼ毎日監視カメラは全て家具や小物等でピンポイントに潰されている。今日に至っては天井や壁に付けた物にまで気付いて(正しくは仕掛けている所をキバットが見ていた)、ガムテープを張ってその意味をなくしているのだ。はっきり言ってまともな監視など一日も出来ていない。自分達に出来ている事は、ただ真っ黒なモニターをただ眺めているだけなのだ。

 

流石に本人に直接『君の事を監視したいから、カメラを隠さないでくれ。』とも言えず、奏夜と『カメラを仕掛ける→潰される』と言った流れのイタチゴッコを繰り返すしかない。この数日で理解したが、どんな場所に隠そうが簡単に見つけて(正確には違うが)、潰している奏夜にある種、賞賛の感情まで持ってしまいそうなほどだ。

 

そして、幾月のその言葉にゆかりは顔を曇らせる。

 

「隠れてこんな事をするのは気が引けますけどね。」

 

僅かに彼女の表情に晴れやかな物が見えたのは…後ろめたさがあっても、監視が今日まで一度も成功していないからだろうか。カメラからは何も見えないがベッドで眠っているのだろうと幾月達は推測していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例え監視されていたとしても気付かれなかったであろう、ベッドの中、眠っていたはずの奏夜の意思は別の場所に飛ばされていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

奏夜が意識を覚醒させると、そこは巨大なエレベーターの中だった。

 

『先程まで自分が居た部屋は何処に消えたのか?』そんな考えが奏夜の脳裏を過ぎる。当然ながら、其処にはキバットの姿も見えない。

 

奏夜はいつの間にか腰掛けていた椅子が軋む音を聞く。目の前には異様に伸びた鼻、丸々とした飛び出さんばかりの眼球、尖った耳と明らかに人の物ではない風貌をした男が椅子に座っており、その隣に青い服を着た美人と呼べる風貌をした不思議な雰囲気を纏った女性が立っていた。

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ。」

 

目の前にいた男の声を聞いた。普通なら取り乱すところだろうが、奏夜は冷静だった。相手を観察する様にただ男へと鋭い視線を向ける。

 

「貴方は? 『ファンガイア』? それとも、『奴等』の仲間?」

 

「いえいえ、私はそのどちらでもありません。私の名は『イゴール』……お初にお目にかかります。」

 

その男……イゴールは隣に控えている女を示し、

 

「こちらは『エリザベス』。同じくここの住人だ。」

 

「エリザベスでございます。お見知り置きを」

 

エリザベスという女性がそう会釈するのを確認すると、

 

「紅 奏夜です。」

 

相手に自分に対する敵意が無い事を確認し、自分自身の名前を名乗る。

 

「それで、ここは何処?」

 

「ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所……。」

 

(キャッスルドランの中みたいな物かな?)

 

「……貴方がたの言葉で分かりやすく言うならば、厳密には違いますが、異次元の様な物、とでもいいましょうか……。いや、しかし、人を迎えるなど何年ぶりでしょうな。」

 

奏夜の沈黙に対してそう答えるとイゴールはそう言うと口元を深く緩めた。

 

奏夜は無言のままイゴールの言葉にただ耳を傾けている。自分が知りたかった事…その一部か或いは全てか…それは分からないが、何れかの答えへと繋がっているであろう、手掛かりが目の前に存在しているのだ。

 

奏夜とイゴールが挟む形のテーブルの上には、あの謎の少年に言われるままに署名した宿帳…いや、カードというべきだろうか…それがあった。

 

「ここは、何かの形で『契約』を果たされた方のみが訪れる場所……。今から貴方は、このベルベットルームのお客人だ。」

 

『契約』…少年にも言われたその言葉を含むイゴールの言葉に奏夜は無言で答える。

 

「貴方はこれから、お父上から受け継いだ力とは違う、『もう一つの力』も磨くべき運命になり、それには必ずや私の手助けが必要となるでしょう。」

 

「…父さんから受け継いだ力とは別の物…ですか?」

 

「はい。貴方が支払うべき代価は1つ……。『契約』に従い、ご自身の選択に相応の責任を持って頂く事です。」

 

「…分かりました。」

 

「フム……では、これをお持ちなさい。」

 

イゴールが手を翳すと青い鍵が出現した。奏夜はイゴールの言葉に従い、その鍵を受け取る。

 

「では、またお会いしましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を合図に意識を失うと、再び意識を呼び起こす。気持ち良さそうにヴァイオリン型の棺で眠っているキバットの姿が目に入る。そこは間違いなく寮の自分の部屋だった。目覚まし時計を見てみると時間はまだ四時十六分、起きるには早すぎる時間帯である。

 

手の平の中に何かの違和感を覚えて掌を開き、その中に有った物を見て、奏夜は笑みを浮かべる。その掌の上には

 

「……夢じゃないか……。」

 

あの部屋の中で渡された鍵が、月明かりに照らされて青い輝きを不気味に放っていた。

 

奏夜はその鍵の輝きを目に焼き付ける様に眺めるとゆっくりと目を閉じていく。そして、意識を再び眠りの中へと向かわせた。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝…あれから、再び眠った物の良く眠れず、再び寝坊しそうになった時、奏夜は早起きしていて部屋の中を飛び回っていたキバットの「起きろー。」の声と共に放たれたとび蹴りで無理やり起こされたのだった。

 

眠気を抑えながらの授業ははっきり言って辛かった様で、思いっきり居眠りしている奏夜の姿が教室で目撃されたのだった。


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