「はあ!!!」
美鶴の撃ち出したペルソナ『ペンテシレア』から放たれた氷撃が“女帝”のシャドウ『エンプレス』を包み込む。それにより、完全に無力化させたと思われたが、次の瞬間、シャドウの全身を包んでいた氷が砕け散り、無傷なシャドウがその姿をあらわした。
「このォ!」
美鶴を援護する為、ゆかりが矢を放つが今度は皇帝のシャドウ『エンペラー』が、その攻撃の前へとその身を曝した瞬間、エンペラーへと直撃する寸前に彼女の放った矢は力を失った様に失速し、落下して行く。
「ッ!?」(こいつ等…攻撃が通らない。)
僅かに生まれた隙を突いてエンペラーが持つ剣を美鶴へと振り下ろす。だが、
「私のペンテシレアは相手の気配を最大限に感じ取ることができる!」
そう叫びながら、美鶴はエンペラーの攻撃を回避し、そして、
「貴様等の攻撃など! 当たらないっ!!!」
そうして出来た大きな隙を逃さず、奏夜が愛用している小剣とは違うデザインの小剣を振るい、エンペラーを切りつける。
(やはり駄目か…。)
一連の攻防で目の前に居る二体のシャドウには全く攻撃が効かない事を理解してしまっていた。以前、タルタロス…順平や奏夜の物理攻撃をオーバードライブが無力化してしまった事と同じ状況が起こっているのだ。
しかも、悪い事は重なり、番人級と同レベルの強敵とも言うべき、大型シャドウが二体も揃っている事と、解析用の機材を襲撃時にイクサリオン共々破壊されてしまっている。
スタミナではペルソナによる後押しが有るとは言え、人間である美鶴達と影時間の中にのみ存在を許された異形の怪物『シャドウ』とでは勝負にはならず、後者に圧倒的に部があるだろう。しかも、相手の攻撃は受け付けるのに対して相手には自分達の攻撃は全く通用していない。
策も無く戦っては負けるのは目に見えている。だが、戦闘を続ける事で理解できた事も有る。相手は二体…そのどちらかが物理攻撃と魔法等の特殊攻撃に対する防御を担当していると言う事で有る。そして、まだ推測の段階だが、エンペラーとエンプレスの弱点も見破っている。
「岳羽、距離を取って弓を使うんだ!」
「了解! あの丸い方ですね!?」
「そうだ! 私はもう一体を狙う!」
二人は距離を取り、ゆかりは弓でエンプレスを狙い、美鶴はエンペラーを狙い氷撃を放つ。
「ええい!!!」
「
二体のシャドウが互いに庇いあわせない様に狙いながら、ゆかりが矢を、美鶴が氷の刃を放つ。完全に互いを庇いあう事は出来ない…二人も会心の一撃とも言うべき攻撃だったのだが、二体のシャドウがそれぞれの武器を頭上へと振り上げ、二体のシャドウが薄い光に包まれる。
「バカな!?」
「うそでしょう…。」
必殺とは言えなくとも、少なくともダメージが発生する程度の事は期待できた一撃なのだが、無防備に攻撃を受けたはずの二体のシャドウは全くの無傷だった。
(…どう言う事だ、推測が間違っていたのか? だとしたら、今までの戦いは私達の判断を誤らせる為の…いや、だが…。)
弱点の存在しない『無敵』のシャドウなど存在しないはずなのだ。故に弱点も必ず有るはず。美鶴は自分達の使えない炎や雷の魔法が弱点とも考えたが、その考えは直感的に否定する。
「先輩!!!」
ゆかりが叫ぶと同じに美鶴へと向かい、エンペラーが手に持つ剣を振り下ろす。
「このォ!」
ペルソナの魔法では間に合わないと判断したのか、美鶴を援護すべくゆかりが矢を放つ…そう、
(どう言う事だ、こいつは物理攻撃は…。)
一連の攻撃に対する二体の動きから、美鶴は新たな推測を打ち立てる。弱点は存在している…今までの推測も考えも間違っていない。だが、一つだけ『予想も出来なかった能力』を持っていただけと考えれば辻褄は合う。
効かないはずの物理攻撃を必死に回避した物理防御担当のはずのエンペラーと、光に包まれた瞬間、弱点で攻撃したはずなのにダメージを受けていないシャドウ。
(こいつ等、弱点を変化させているのか!?)
だが、そうと分かれば話は早い。今のエンペラーは先ほどとは全くの逆…物理攻撃に対する防御能力を持っていないのだ。
小剣を構えて体制を崩したエンペラーへと美鶴が切りかかろうとした瞬間、
「…え!?」
「バカな!?」
二人の視界の中に入り口から新たな人影が入って来たのが見えたのだ。
「部屋から出るなと言ったろう!!!」
タルタロスの中へと入って来た少女…夏紀へと向かって美鶴がそう叫ぶ。その瞬間、ゆかりと美鶴の注意が完全にシャドウ達から離れてしまった。
当然、そんな隙を見逃して転がっているほどシャドウは優しくはない。エンペラーは体制を立て直すと剣を持っていない手を美鶴へと向かって伸ばし、彼女を捕獲する。
「しまった!」
「先輩!!!」
「くっ、何故来た!?」
捕獲されながら、美鶴は夏紀へと向かってそう叫び、問う。
「…え。…あ。」
美鶴の言葉によって、何処か虚ろだった彼女の表情に生気が戻り、周囲の情報が彼女の脳へと伝わって行く。巨大な二体の化け物を見上げながら、夏紀は呆然とした表情を浮かべる。
「…アタシ。」
新たな…弱い獲物を発見したシャドウ達はその視線を彼女へと向ける。
「…風花に。」
新たな獲物へと向かい、エンプレスが杖を振り上げた瞬間…
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!! ポリデュークス!!!」
「ガルル!!!」
明彦のペルソナ『ポリデュークス』の雷撃がエンプレスを吹き飛ばし、奏夜のペルソナ『ガルル』の斬撃にも似た衝撃が美鶴を捕獲していたエンペラーの腕を切断する。
「明彦に、紅か!?」
切断されたエンペラーの腕から開放された美鶴を明彦が受け止める。そして、奏夜は離脱する明彦達への追撃を防ぐ為、素早くガルルへと指示を出す。
「ガルル、重力魔法(マハグライ)!」
明彦が効果範囲から逃れた事を確認し、エンペラーとエンプレスへと重力を叩き付ける。本来なら魔法に対する耐性を持っているはずのエンペラーにも、それは十二分に効果を及ぼす。
「無事か!?」
「ああ…たいしたことはない。それより。」
明彦の問いにそう答えながら、美鶴が言葉を続けようとした瞬間、
『森山さん!!』
第三者の…美鶴とゆかりの二人には聞き覚えのない声が響いた。名前を呼ばれた本人…夏紀は呼んだ者へと視線を向ける。彼女の視線の先には、風花の姿があった。(どうでも良いが、彼女の後ろには遅れて着いて来た順平の姿も有った。)
「風花…。アタシ…あんたに。」
彼女が言葉を続けようとした瞬間、驚愕の表情を浮かべる。奏夜の重力魔法を叩き付けられて、動きを止めていた二体のシャドウが立ち上がっていたのだ。
「ッ!? もう立ち直ったのか!?」
「気を付けろ、こいつら、攻撃が通らない。」
重力魔法を叩き付けた本人である奏夜が、すでに立ち直ってしまったシャドウ達を見て思わず舌打ちしてしまう。一応、中位の重力魔法も会得しているのだが、それは破壊力はあるのだが単体用の魔法しかなく、二体同時に効果を及ぼすのには向かず、全体に効果を及ぼせる重力魔法では破壊力が低く動きを止めていられる時間も限られていたと言う訳だ。
奏夜達が動くよりも先に、シャドウが風花と夏紀の二人へと向かって腕を振り下ろす方が早いだろう。だが、
(…私には分かる。)
自身の持つ召喚器を強く握り締め、風花はシャドウ達へと振り返る。
(この引き金を引くのは…“彼”の様に誰かを守る為に相手を傷付ける事の出きる覚悟の証なんだって。)
「風花…?」
召喚器…何も知らない人間に取っては銃にしか見えないそれを風花は自身の米神へと当てる。
「風花!?」
「…………。」―大丈夫だから。―
「…え。」
声に出さなくとも、彼女の“声”は伝わって行く。
(小さい頃から、人の目ばっかり気にしてて、何も出来なくなる自分が嫌いだった。…だけど、“彼”みたいに、紅くんの様に誰かを守る為にこんな私がいるのなら、私は自らの手で…。)
彼女が引き金を引いた瞬間、二体のシャドウが弾き飛ばされる。そして、彼女達を護る様に包まれたドームの上に人の体を持つペルソナ。その姿は正にドレスを纏った聖女の如き姿…。それこそが、彼女のペルソナ『ルキア』。
(この引き金を引く。)
「私、見えます。あの怪物達の弱い所…。なんとなくだけど、見えます!!!」
「うん。任せたよ、山岸さん。」
「…思った通りだ。バックアップは彼女が変わる。」
小剣を構え微笑を浮かべながら、力強く宣言された言葉に奏夜は信頼を込めて言葉を返す。明彦も拳を握り締め美鶴へとそう言葉を返す。
「…!!! そう言う事か。よし、頼めるか?」
「はい、やってみます。」
「ぼく達の命…君に預けた。」
「はい!」
美鶴の問いに控えめながら力強く答え、一切疑う事のない信頼を込めて告げられた奏夜の言葉にそう言葉を返す。
強敵である事は疑い様もない大型シャドウが二体。自分はキバへと変身できない。だが…彼女の心から聞こえる優しい“音楽”は奏夜の心を研ぎ澄まさせる。
(…力さん…力を借ります。)
自身の中に宿る力を蒼き人狼の物から紫紺の巨人『ドッガ』へと変える。
「「行くぞ!!!」」
奏夜と明彦が走り出した瞬間、風花がその力を解放させる。
―ハイアナライズ―
シャドウの持つあらゆる情報…二体のシャドウの属しているアルカナから、弱点と耐性を全て知る事が出きる。
『見えました。弱点はそれぞれ…。』
風花から二体のシャドウ…奏夜と明彦の二人が、それぞれが狙っているシャドウの弱点が告げられる。
「ボリデュークス!!!」
明彦のペルソナ『ボリデュークス』の持つスキル『ソニックパンチ』と彼の拳がエンプレスを貫き。
「ドッガ!!! 『サンダースラップ』!!!」
奏夜の精神力の大半を刈り取り放たれた雷撃の鉄槌…ドッガのペルソナのみが持つ最強スキル、ドッガフォームのキバの必殺技と同じ名を持つ技『サンダースラップ』が一撃の元にエンペラーのシャドウを粉砕する。
そして、奏夜と明彦によって二体のシャドウは“仮面を残して”その巨体を消滅させた。
「すげぇ…。って、オレの汚名!?」
一人出番の…と言うよりも、今回一度も良い所の無かった順平がそう叫び声を上げるのだった。…汚名挽回?
『嘘…なに…これ? 気を付けて、敵はまだ生きてます!』
震える声で告げられる風花の言葉…どのような物を感じているのかは理解できないが、初めてシャドウの“再生”を見た彼女の声を通じて感じられる感情は一つ、“恐怖”だろう。
「またかよ!?」
見るのはこれが二度目となる順平が驚愕の声を上げる。
女帝と皇帝…二つの仮面が浮かび上がる際に引き上げられた黒い物体が子供が粘土で作る人形の様に練り合わされて行く。子供が作ったような物から次第に動物と人を掛け合せたような…キバットに取っては良く知っている姿へと変えられて行く。
最後に二体の黒い異形が浮かび上がる仮面へと手を伸ばし自らの顔にその仮面をつけた瞬間、仮面が融合し、黒い体は色彩を与えられる。
“ファンガイアタイプ”と呼ばれる強力な大型シャドウが変異して誕生するファンガイア族を模したシャドウ。それが、今目の前には二体も存在しているのだ。
皇帝の仮面を付けたファンガイアタイプは海老に似た印象を持つ“プローンファンガイア”を模した姿に…。女帝の仮面を付けたファンガイアタイプは羊に似た印象を持つ“シープファンガイア”を模した姿へとその姿を変えていたのだ。
そして、一番の強敵と判断されたのか、プローンファンガイアシャドウと、シープファンガイアシャドウはそれぞれ奏夜を狙い、
『ああ、紅君、危ない!』
「っ!? しまった!!!」
―
―電光石火―
風花からの警告が響いた瞬間、奏夜は慌てて後へと跳ぶ。
キバへの変身をせずにファンガイアタイプ二体を相手にどう戦うべきかと考えていた奏夜に、二体のファンガイアタイプはそれぞれの固有スキル、プローンファンガイアシャドウの物理攻撃スキル電光石火と、シープファンガイアの
「うわぁ!?」
『「「「紅(くん)!!!」」」』
壁への激突を避ける為にドッガのペルソナの持つ攻撃スキルでタルタロスの壁に大穴を開けて、そのままタルタロスの外へと飛び出して行く。それを追い掛ける様にプローンファンガイアの姿をしたシャドウが追いかけて行く。
そして、残された美鶴達と対峙する形でシープファンガイアタイプのシャドウが立ちはだかった。
「貴様、よくも紅を!」
「仕方ない、こいつを倒して急いでもう一体を追うぞ。山岸、引き続き、サポートを頼む。」
『はい!』
「おっしゃ! 今度こそ、汚名返上だぜ!」
「さっさと倒して紅君を助けないと!」
二体のファンガイアタイプを前にして、完全にリーダーで有る奏夜と分断されたS.E.E.Sの面々、シャドウにそこまでの知恵が有るのか、それとも、奏夜が一番強い…危険な相手と判断したのかは疑問だが、それでも…。
(…紅一人で、私達四人以上と判断した訳か? それとも、私達四人程度なら一匹で十分と言う事か? どちらにしろ…。)「舐められた物だな。」
ファンガイアタイプのシャドウが完全に自分達を舐めている事は簡単に理解できる。
そう、奏夜がいない美鶴達程度ならば、一体だけでも十分に勝てる。そうでないとしても、奏夜が倒されるまで美鶴達の相手をする“程度”なら、一体だけでも十分と判断されているのだ。
「まさか、一対一の決闘を挑まれるなんてね。」
「へっ、やってやろうじゃねぇか、奏夜!」
己と対峙するプローンファンガイアの姿のシャドウを一瞥し、奏夜とキバットはそう言い放つ。
「山岸さん…ぼくとキバットの事は…。」
―はい、大丈夫です。―
何処からか聞こえてくる風花の声を聞き、奏夜は大きく腕を振り上げる。
「行くぜ、ガブ!」
キバットが奏夜の腕を噛んだ瞬間、腕から頬へとかけてステンドグラスのような物が浮かび上がり、全身に魔皇力が迸り、同時に彼の腰にカテナが巻きつき、キバットベルトが出現する。
「変身!!!」
バックル部分にキバットが座しキバの鎧を身に纏い奏夜は仮面ライダーキバへとその姿を変えた。
奏夜はプローンファンガイアの姿をしたシャドウを見据え、両腕を広げ屈み込むような独特のファイティングポーズを取る。
【…奏夜…。】
―え? これは…声? 紅くんを呼んでる?―
タルタロスのエントランスでのシープファンガイアタイプとS.E.E.Sの面々の戦闘、タルタロスの外でのプローンファンガイアタイプとキバとの決闘…二局の戦いの中、風花が聞いた声…その声の正体を知る日はそう遠くないであろう…。