竜鱗の遊び手   作:金乃宮

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第一話

   ●

 

 

 廃村に留まること早数日、私は『罪片』でできることを確かめ続けていた。

 

 そしてその結果、これは何でもできる鱗だということが再確認できた。

 薄くて鋭いため攻撃力は高いし、その薄さのわりに硬いため防御にも使える。

 さらに、出すときに大きさも設定できるようで、私の体が楽に隠れるほど大きなものから、砂粒ほどにしか見えないぐらい小さなものもできた。

 さすがに、大きいものだと消費する『存在の力』も多いようだが、逆に言えば細かいものならば大量に作っても大丈夫、ということになる。

 

 また、消費する『存在の力』は生成する『罪片』の大きさに大体比例するようだ。

 操作についてはなかなかに難しく、一つにまとめて動かすのならばいくらでもできるのだが、個別に動かすのはまだまだ五つ(五組)くらいがやっとだった。

 その代り、体に鎧として纏うこともできるようで、服の下にでも纏っておけばいざという時に役に立ちそうだ。

 鎧とする場合は考えて動かさなくても体に合わせて動かせるから、かなり楽になる。

 存在の力を消費するのは出すときのみで、出し続けている分には何ら消費されないらしい。

 しかも、『罪片』を消すとほんの少しばかりだが還元され、戻ってくるようだ。

 

 以上が、この数日で判明したことだ。

 

 逆に言えば、それ以外の事はわからない、ということになる。

 何せ、参考にできるモノが全くない。

 レヴィ君は『思った通りの事ができる』と言っていたが、それはつまり想像力の限界ができることの限界になる、ということだからだ。

 

 ……ここらで一つ、同業者(フレイムヘイズ)実験台(ともがら)でも出てこないかねぇ……。

 

 そんなことを考えていたからだろうか、唐突にナニカ妙な感じを覚えた。

 

 私はその時行っていた『罪片』の鎧化の操作を中断し、胸元のレヴィ君に尋ねる。

 

「レヴィ君、何かねこの感じは? あちらの方に何かを感じるのだが……?」

 

 私が向いた方向にあるのは、“違和感”だった。

 人間の中に、一匹だけ狼が混ざっているような、そんな違和感。

 気のせいかとも思ったが、そうではなかったようで……。

 

「はい、これは“徒”かフレイムヘイズの気配です。今はまだどちらかわかりませんが、おそらくはフレイムヘイズでしょう。――以上」

「ほう、その根拠は何かね?」

「はい、今この場所は多くの人々が喰われたことにより、大きな歪みが発生しています。歪みのある場所には“徒”がいるというのはフレイムヘイズたちの中では共通認識ですので、この地にいると思われた“徒”を討滅しに来るのは自然な成り行きであると思われます。――以上」

 

 ……なるほど、一理あるね……。

 

「それに、あちらもここにいる私たちの気配を感じていると思われます。下手をすれば先制攻撃を仕掛けられる場合もあるかと。――以上」

「なるほど、ならばどうするべきかね?」

「はい、まずはともあれ顔を出して自らをフレイムヘイズだと明らかにすべきかと。その後、相手が“徒”ならば交戦、あるいは逃走を行い、フレイムヘイズならばできる限り友好的に接し、情報の共有を行うべきでしょう。何分私もこちらに渡るのは初めてですし、貴方もこちら側の事情をもっと知りたいでしょうし。――以上」

「ふむ、それがよさそうだね。――ところで、来訪者が“徒”だった場合はともかくとして、フレイムヘイズに対してどのように接すれば友好的と見てもらえるのかね?」

「フレイムヘイズも元は人間ですし、普通の人間と同じように接して大丈夫だと思いますが……。……そうですね。例えば、自分が無抵抗であると両手を広げてアピールしたり、相手に向けて笑顔を見せたり、などはいかかでしょうか? ――以上」

 

「うむ、良い考えだ。私はいつも『笑顔が素敵だ』と言われていたからね。その程度ならば造作もないことだよ」

 

 方針が決まったところで、紅世の気配はもうすぐそこまで来ていた。

 なので自分の存在を認めさせるため、存在の力を高め、家から外に出る。

 

 すると遠くから人影らしき物が空を飛んでくるのが見えた。

 その人影は、麻の服にズボンをはいた男の物で、こちらの出した気配に気が付いてまっすぐ向かってくる。

 

 私は十分に互いの姿が視認できるようになるまで待ち、それから両手を広げて相手を迎え入れるようにしながら全力の笑顔を浮かべ、言った。

 

「やあこんにちは、フレイムヘイズの御仁。歓迎するよ」

「“徒”かぁ!! 死ねぇ!!!」

 

 相手からの挨拶返しは数十本のナイフだった。

 

 

   ●

 

 

「いやあすまん、見た目がアレだったからつい“徒”だと思っちまってなぁ」

 

 しばらく後、やっとのことで誤解を解いた私たちは、激突の余波でつぶされていなかった空家の中で向かい合って座り、話していた。

 

 ちなみに彼が言うには、『世界の歪みを感じ、そこに存在の力を感じたため向かうと、いきなりその力が膨らんだ。自分の存在に気が付いて臨戦態勢を取ったのだろうと思い、こちらも相応の準備をして向かうと両手両足が鱗に包まれた男が出てきた(よく考えたら先ほどまで『罪片』の鎧化の実験をしていて解除し忘れていた。うっかりしていたね)。しかもそいつは人をあざけるような好戦的な笑みを浮かべ(私としては精いっぱいの笑顔だったのだが……)、いきなり戦いを始めそうなセリフを言ってきたので、やられる前にやろうと攻撃をした』ということらしい。

 

 何ともひどい誤解があったものだ。

 

「俺は『千刃(せんじん)(かな)で手』ニコル・グレンダール。こいつは俺と契約した王、“剣創(けんそう)()”ガドレエルだ」

「よろしく」

 

 フレイムヘイズの男、ニコルから少々乱暴な口調で、その右手にはめられている質素な作りの腕輪から静かな男の声で、それぞれ挨拶が聞こえる。

 

「で、あんたは?」

「私はミコト。こちらは私の契約した王、“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタンだ」

「よろしくお願いします。――以上」

 

 私の自己紹介を聞いて、ニコルは眉を顰めた。何か妙なことを言っただろうか……?

 

「……なあミコト、あんたの称号は何だい?」

「……? 称号? そんなものはないが……?」

 

 その答えに、ニコルは何やら考え込んでいる。

 

「失礼ながら申し上げます。私はつい先日この方と初めての契約を果たしました。そして、契約をしてからフレイムヘイズに出会ったのは貴方様が初めてです。ですから、まだ私の契約者が名乗るべき称号は存在しないのです。――以上」

 

 レヴィ君の説明になにがしかを理解したのか、『ああなるほど』と言ってニコルは思考をやめた。

 

「レヴィ君、称号とは何かね?」

「称号というのは、フレイムヘイズが持つ固有の呼び名の事です。普通は使う能力などから決められます。また、決めるのはその姿を見た誰かであることがほとんどで、数は少ないですが自分自身という場合もあります。また、契約した王が同じ場合は同じ称号を引き継ぎます。――以上」

「さっき俺が言った『千刃《せんじん》の奏《かな》で手』ってのが俺の称号だ。普通紅世の関係者に名乗るときは契約した王の真名・契約した王の通称・フレイムヘイズの称号・自分の名前って感じで続けて言うのが慣例だ。少々長いがな」

「……なるほど」

 

 つまり、そのフレイムヘイズ特有の二つ名、と言う訳だね。

 

「まあ、お前の称号がなんになるかわからねえが、そのうちいつの間にかついてるもんさ。俺の時も出会って戦った“徒”から聞いたのが最初だからな」

 

 だったら私にもいつかつくのだろう。できればまともなものがついてほしいが。

 そんなことを話していると、ニコルは何かに思い至ったらしく、尋ねてきた。

 

「……ところで、あんたらはつい先日契約したって言ってたな。ってことは、この村はもしかしてあんたの……」

 

 それを聞いて、彼の言いたいことが理解できた。

 

 このあたりには人が喰われたことによる大きな歪みがあり、そこにはなりたてのフレイムヘイズがいた。

 それだけの判断材料があれば、その結論に達するのは容易だろう。

 

「ああ、ここは私が育った村だ。私以外は皆食われてしまったがね」

「……そうか、すまなかったな。知らなかったとはいえ、お前の故郷を荒らしちまった……」

 

 確かに、誤解が原因で彼と私は少しの間戦うことになった(正確には私の防戦一方だった)が、その時の戦闘の余波で村の一角が吹き飛んでしまった。

 ニコルはそのことを謝っているのだろう。……だが、

 

「別に気にしてはいないよ。もとより私が好きだったのはこの場所ではなく、この場所にいる私の家族たちだ。その彼らがいなくなった今、ここは単なる廃村でしかない。……思い出は全て私の中にある」

「……そうかい」

 

 呟くようにそう言うと、ニコルはしばしの間目をつぶり、

 

「……じゃあ、なんであんたはここに留まってるんだ? ここにはもう用はないんじゃないのか?」

 

 と、少々意地の悪い質問をしてきた。

 

 だが、先ほどの答えは本心からの物で、この問いの答えもきちんとある。

 

「なに、私は今自在法の研究に取り組んでいてね。そのための拠点としてここを利用しているだけだよ。ここなら普通の人間は寄り付かないからね」

 

 そう答えると、ニコルは納得したように頷き、

 

「研究ねえ……。そんなことを言ってると嫌な奴が出てきそうだな……。まあいい。それで、お前の自在法はさっき見せた鱗だろう? 俺相手に防戦できたんだから、もう立派なもんだと思うんだが、まだ駄目なのか?」

「まあ、この鱗、『罪片』単体に関してはもう十分だと思うのだが、これからどのように派生させていくか、という段階で行き詰っていてね。正直、そろそろ他の自在法を見てみたいと思っていたところだ」

「へえ、じゃあ俺は良いところに来たってわけか。……んで、何か得る物は有ったかい?」

 

「とりあえず、飛行の自在式とナイフ生成の自在式を見れたことはかなり幸運だった。一応私の『罪片』生成と似たような式だったが、その比較で他の物も作れるようになるかもしれないからね。それに、飛行に関しては今まで考えられなかったアイデアだ。ぜひ自由自在にできるようになりたいね」

 

 その言葉を聞いたニコルは、ずいぶんとおかしな顔をしていた。何かあったのだろうか?

 

「……あんた、自在式が見えるのか?」

「? 集中すれば見えるが、普通は見えない物なのかね?」

「普通に見えたら対策立て放題じゃねえか! 対象に直接式を撃ちこむようなことをしない限り自在式は目視できるようにはならねえ! それが普通なんだ!!」

 

 どうやら普通は見えないものらしい。私の場合は集中するとそのモノの中や周りに浮かんで見えるのだが。

 

「……なんで見えるんだよ……?」

「さあ、なぜだろうね? 私にもわからないよ」

 

 2人して頭をひねっていると、そこに声が響いた。

 

「“(ごう)焱竜(えんりゅう)”、あなたの力ではないか?」

 

 それは、ニコルの腕輪から響く、ガドレエルの静かな声だった。

 

「フレイムヘイズが訓練も無しにできることは、大体が契約した王の『本質』に関わることであることが多い。ならば、その本質を知ることができれば、あなたができることも増えていくだろう」

 

 どうやら彼は無口なのでは無く、必要なこと以外言わないだけのようだ。

 

「……なるほどな、確かにその通りだ。あんた、今のうちにあんたの契約した王の本質を聞いておきな。それに沿っていろいろ考えていけば、あんたのできることもどんどん増えていくはずだ」

「……と、言うことらしいが、レヴィ君、教えてくれるかね?」

 

 しかし、いつもならば私の質問にならばはっきり正確に答えてくれるはずのレヴィ君が、今回は黙ったままだった。

 

「………………。――以上」

「無言にもしっかり『――以上』とつける君の几帳面さには恐れ入るが、どうしたのかね? なにか言いたくない事情でもあるのかね?」

「いえ、そんなことは有りませんが……。――以上」

「ならば、教えてくれないかね? 私の今後に関わることでもあるのだからね」

 

 そう頼み込むと、彼女はついに根負けしたのか、ゆっくりと答えた。

 

 

 

「私の、“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタンの本質は、

 

 

 ――嫉妬です。――以上」

 

 

   ●

 

 

「私の本質は、他者の持つ能力を見て羨み、それを欲し、しかし自分の非才故に良い結果が出せず、また更に羨みを強くする……、その繰り返しにより生まれる嫉妬です。他者の才を憎み、羨み、己の非才を悔やみ、嘆く。常に罪深き炎で己を含めた万物を焼き焦がす。……それが私、“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタンの本質です。――以上」

 

 

   ●

 

 

 私の言葉に、私の半身たるミコト様を含む二人にして三人の沈黙が生まれます。

 当然でしょう。私の本質が、ミコト様の力の源たる私の本質が、そんな醜いものだと知られてしまったのですから。

 

 自分自身、この本質の事をあまり良くは思っていません。

 というより、私には生来良い感情という物がありませんでした。

 

 生まれた瞬間から、私の中にあったのは嫉妬の心のみでした。

 それ以降に得られたのは、周囲からの拒絶と、私が唯一持っていた嫉妬の感情より派生した、負の感情のみ……。

 

 他者の持ち物に嫉妬し、強欲の感情を得て。

 

 他者の境遇に嫉妬し、怒りの感情を得て。

 

 他者に嫉妬する自分に、嫌気の感情を得て。

 

 少しでも自分の嫉妬を抑えるために、虚栄の感情を得て。

 

 

 ――そうしていくうちに、私の心は暗い感情で埋め尽くされて行きました。

 

 

 何度も良い感情を得ようとはしました。

 ですが、いくら良い感情に触れても、それを理解することはできませんでした。

 私には、彼らがなぜそんなあんなふうに考え、行動できるのかが、全くわからなかったのです。

 

 それでも、いろいろな同胞たちと付き合い、様々なことをしました。

 その結果は、彼らの私に対する呆れと異質なものを忌避する感情を浴びせかけられただけでしたが……。

 

 そして、私の中には負の感情のみが、積み上げられて、罪上がっていきます。

 

 いつしかその思考錯誤にも嫌気がさし、自分の中の嫌なものを封じ込め、見ないようになりました。

 それは、自分の中にある唯一の感情を、封じることと同義です。

 

 

 ――そうして私は、感情をすべて押し殺していくことになりました。

 

 

 

   ●

 

 

 思考の渦から覚めてみると、ミコト様は難しい顔をして何かを考えていました。

 

「……失望、しましたか……? ――以上」

 

 違っていてほしいと願う反面、当然の事だとも思い続けています。

 誰も、自分の能力の起源が嫉妬(こんなモノ)だとは思わないでしょうし。

 当の私でさえ好きになれないモノを、いったい誰が受け入れられるでしょうか?

 

「信じられないでしょうが、これが私の本質です。嫉妬とそれから派生した負の感情しか持たない私は、こちらの世界ならばもしかしたら、という思いでこちらに渡ってきました。……ですが、フレイムヘイズの本分ではないそんな個人的なことに貴方を巻き込むわけにはいきません。御嫌ならばすぐにでも契約を解除しますが、いかがいたしますか?――以上」

 

 考え続けるミコト様に問いかけ、しばらくの沈黙の後、ミコト様はこちらを見て、言いました。

 

 

 

「――ああ、すまない。考え事をしていてね、聞いていなかった。もう一度お願いできるかね?」

 

 

 

 ……えぇーーー……。

 

 その瞬間私の中に広がったのは、驚愕とも懐疑とも違う、新しい感情でした。

 正の感情ではないのでしょうが、こんな感情も持てたのですね。驚きです。

 

「いえ、その……、私には嫉妬とそこから派生した負の感情しかないという話をして、そんなのは御嫌でしょうから契約を破棄いたしましょうか、という流れだったのですが……。私の話を完全に無視していったい何をお考えで? ――以上」

 

 ミコト様はそれを聞いて、納得したように頷くと、

 

「ああ、そういう話だったのか。いやね、君の本質である『嫉妬』をどのようにすれば『自在式が見える』能力にできるのか、というのを考えていてね。結局思いつかなかったのだが、君にはわかるかね?」

「……おそらく、嫉妬するためには相手の才能がわからなければなりませんから、私の嫉妬の前段階である『対象の才能を見て』、という性質の発現だと思いますが……。――以上」

 

 そう私が言うと、ミコト様は『ポン』と手を叩いて、

 

「なるほど、そう言う解釈か。確かに嫉妬するにしても相手が有能であるとわからなければ比較できないからね。いやあ、やっと疑問が解けてすっきりしたね。ありがとう、レヴィ君」

「――え? ――以上」

 

 この局面で礼を言われるとは思っていなかったので、私はしばし呆然としてしまいます。

 本来の予定では罵りの言葉がいくつも飛んでくるはずだったのですが、予想外の事すぎて何も考えられません。

 

 私がそんなふうに混乱している間も、ミコト様はさらに何か考え込んでいて、

 

「そう言えば、『他者の持つ能力を見て羨み、それを欲し、しかし自分の非才故に良い結果が出せず』と言っていたが、それはつまり、様々なことに挑戦し、しかし途中で限界を感じた、ということでいいのかね?」

「……はい、その通りです。――以上」

 

 ……ああ、やはり貴方はこんな私を疎ましく思っているのですね。こんな、何の才能もない私を……。

 

 そして、今度こそ罵倒の言葉を覚悟した私に、ミコト様が言ったのは、

 

 

「――それはつまり、様々なことに挑戦するだけの最低限の資質は有る、ということだね?」

 

 

 という言葉でした。

 

 

   ●

 

 

 先ほどから続く私の質問に、レヴィ君は困惑しているようだ。

 

 ……はて、私は何か変なことをきいたかね……?

 

 そう考えつつも、とりあえずは疑問の解決を優先させる。

 

「どうなのかね? 私の推測は、間違っているかね?」

 

 胸元に下がる木製の立方体の連なり、神器『ノア』にそう語りかけるが、彼女は何も返してこない。

 それでも気長に待っていると、十数秒後、つぶやくように言葉が返ってきた。

 

「……おそらく、正しいと思われます。私の契約者である貴方は、すべての技術に対する才能を持つでしょう。――以上」

 

 その答えに、私は歓喜した。

 

「やはりそうか! それならば――」

「――ですが、それは最低限の物です。全くない方よりもある、という程度で、その技術を完成させるには長い年月がかかり、しかも完成させられるかもわからない不安定な資質です。そんな不確かなものは無いも同然、……いえ、ないほうがまだマシなものです。下手な呪いよりもたちが悪い、最悪の――」

「――レヴィ君」

 

 どんどん自分を追い込んで行くように――いや、実際に追い込んでいるのだろう――自分の欠点を挙げていくレヴィ君の暴走を止める。

 

「嫉妬というのが君の本質だというのはよくわかった。それが私の、フレイムヘイズとしての能力の根源であるということも良くわかったし、それを君が忌避しているということも良くわかったつもりだ」

「――ならば! ――以上!」

 

 興奮すると『――以上!』ともなるのか、とどうでもいいことを考えながら、私は意地っ張りな彼女へ諭すように言う。

 

「――だが、その事と私がこの力を忌む事とは全くの別物だ」

 

 息をのむように黙り込んだ彼女に、『いいかね?』と私は続け、

 

「君がこの力の事をどう思おうと、私は私の判断を下す。それは君と同じ判断かもしれないし、全く逆かもしれない。――だから、私のすべき判断を、君がするのはやめてくれないか?」

 

 見かたによっては拒絶にも聞こえる言葉を、私は口にした。そして続けて言う。

 

 

「そして、君がどう思おうと、私はこの力を素晴らしい物だと思う」

 

 

「――え……?」

 

 もはや『――以上』をつける余裕もないようで、彼女はただ呆然と私の話を聞いている。

 

「数日前、君との契約を果たした後に、私はこれからの事をこう言ったね? 『新しい興味の対象ができたらそれに取り組む。要は楽しみながら遊び歩く、ということだ』、と」

「……はい。 ――以上」

 

 なんとか自分を取り戻し始めたのか、かすかながらも反応が来た。

 そのことに楽しさを感じながら、私は優しく語りかけていく。

 

「私のフレイムヘイズとしての生き方は、とにかくいろいろなことを体験し、習得して楽しむことだ。そしてそれは、寿命ある人の身では決してなしえぬことであり、才能に偏りのあるフレイムヘイズでも行えない生き方だ」

 

 そして、

 

「そして、その生き方にとって、まんべんなくすべての才を持つことができる君の本質は、最高の贈り物となるのだよ。不老のフレイムヘイズならば、才能がなくとも努力で何とかできるモノも多いだろうしね」

 

「……それでは……。――以上」

 

 すがりつくような弱々しい声に、私は少々おかしみを感じながら答える。

 

「――ああ、私は君との契約を破棄しないし、後悔もしていない。……もとより君に救われた命でもあるし、簡単には捨てられんよ。それに――」

「――それに、なんですか? ――以上」

「私は君の嫉妬の力で君と出会い、“徒”と戦うための力を得て、そしてこの先の生き方も支持してもらえている。私は、この力に出会えて幸運だと思う。……だから、君がその嫉妬を嫌っているのは構わない。だが、君の嫉妬のおかげで救われ、君の嫉妬に感謝している者がここに一人はいると、そう覚えておいてほしい」

「……わかり、ました……。 ――以上」

 

 先ほどから、彼女の反応に感情が感じられない。

 先ほどまでは、己の本質を嫌い、忌避する嫌悪感が如実に表れていたのだが、あるときを境にその手の感情が一切なくなった。

 これは――

 

「どうかしたのかね、レヴィ君?」

「……いえ、どう反応すれば良いのかわからないもので……。――以上」

 

 ……ふむ、やはりそうか。 ならば――。

 

「レヴィ君。君は今、感情を動かしているかね?」

「……いえ、私の中の感情は、一切動いていません。 ――以上」

 

「そうかね。先ほど君は、『私には嫉妬とそこから派生した負の感情しかない』と言っていたね。つまり君は今、負の感情を得ていない、ということになる」

 

 だから、

 

「その感情を動かしていないのならば、それは君がそんなものを動かさなくとも良い状態にある、すなわち喜んでいるということだ」

「――っ! ――以上」

 

 先ほどから驚き続けているね。こういう反応もなかなか面白い物だ。

 

「君は『正の感情を持っていない』と言った。だが、負の感情が動いていないということは、正の感情が動いているということでもある。それを君は感じ取ることができていないというだけで、君の中にもきちんと正の感情は有る。だから、これから君は負の感情を動かさないことに腐心したまえ。そうすれば君はいつか、望んだものを手に入れることができるかもしれないよ?」

「……はい。……ありがとうございます、ミコト様。――以上」

 

 全く感謝の感情が見えない礼の言葉だったが、彼女にとっては最上級の感謝だったのだろうし、私にはそれが何となく伝わってきたように感じた。

 

「なに、気にすることはない。これから長い間一緒にいることになるのだ。この程度の事などいくらでもあるだろうしね」

 

 『だから』、と私は続ける。

 

「だから、私と一緒にこの世界で遊びまわろう。いろいろなことに手を出して、手が届かなくとも、成し遂げられなくとも、無様を晒そうとも、それらをすべて笑い飛ばしながら、私は歩いて行く。君はそれを最も近くで見て、ともに体験していくのだ。そしていつの日か、数少ない成功を共に喜び、笑って行けるようになって行こう。……どうかね? 我が友、“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタン君?」

 

 彼女はしばらく何も言ってこなかった。どうやら、何を返せばいいのかわからなかったようだ。

 だがその沈黙も、すぐに彼女自身で打ち破ってきた。

 

「……はい。それはきっと、とても楽しいことになると、そう予測できます。――以上」

 

 その言葉は、今の彼女ではただの言葉でしかないのだろう。

 だが、いつか本当にその言葉の意味を実感できるようになりたいと、そう言う思いは強く感じられた。

 

「そうかね。ならばお互い腹を割って話したことだし、改めてよろしく頼むよ、レヴィ君」

「はい、よろしくお願いします、ミコト様。 ――以上」

 

 こうして、新たな思いの基、私たちの新しい宣言がなされた。

 

 

   ●

 

 

 その同時刻、一人にして二人のすぐ近くで、

 

「……なあ、俺たち、ここにいちゃまずかったんじゃねえか……?」

「しかし、出ていく機会もなかっただろう? あきらめろ」

 

 そんなことを言う、別の一人にして二人がいたとかいなかったとか。

 

 

   ●


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