10巻から特に思うけど、樋口が可愛い。もうね、ヤバイ。
是非一読してみては如何でしょう?
『真犯人は三田村 杖を捜して』
乱歩による稚拙な鉛筆書きは重要なことだけが著されていた。犯人と犯人に繋がる手掛かり。犯人に繋がる手掛かりが漱石の持っていた“杖”なのだから皮肉な物だ。容疑者を捕まえる為に巻き込んだ被疑者の持ち物を頼らなければならないのだから。
福沢が杖の切り欠きを押さえながら握りを捻り、装飾を外して内部を見た。杖の中にはまるで
円筒の裏側が
要するに抜けた壁面こそが真の情報運搬装置だったのだ。そしてこの手の装置を使う機関は一つしかない。
“内務省 異能特務課”
つまり漱石は異能者なのだと、福沢がそう気付くのに長い時間はかからなかった様に見える。そして八幡を見て云った。
「私は今から乱歩が攫われた場所に検討がつくであろう者の元へ向かう。協力感謝する」
「私も連れて行ってくれませんか?」
「…何?」
福沢の疑問は
「私なら…俺なら死なない。福沢さんも判るでしょう?」
八幡の目は確固たる決意を宿しながらも、福沢でさえ図りきれぬ酷く冷えた心を覗かせていた。
福沢は乱歩と共に八幡と初めて邂した時、気付いてはいたのだ。八幡が只者ではない事を。今の八幡は何処か過去の自分に瓜二つだったのだから。だが此の形で返ってくるとは想像してはいなかった様だが…。
「…判った。今から市警の地下拘束所に向かう。情報を聞き出してから乱歩の捜索へ向かう。良いな?」
「はい」
八幡は警察署の少し離れた場所で福沢を待っていた。地下拘束所は警察署に隣接しているからだ。
福沢によると地下に拘束されているのは“異能者”であり凄腕の殺し屋らしい。福沢の目の前で目を布で塞がれたまま裏切った依頼人を殺したらしい。
(マフィアの
少しだけ面識の有る八幡は過去の記憶を振り返っていた。赤みがかかった短髪に感情が消滅した鳶色の瞳をしていた男は漱石が書いていた小説をよく読んでいることを見かけた。まぁ会ったときは大抵、作者自身が目の前にいたのだが。
「比企谷君、場所が判った。虱潰しで行く」
福沢は顔に焦りが浮かびつつも、目は狼や鬼そのもので八幡が一瞬萎縮する程だった。女性が見たら絶叫の上に失神だろう。
二人は駆け出した。
〜〜〜〜〜
八幡と福沢が最後に辿りついた場所は
三田村巡査長…三田村は外国の腕っ節に自信のある軍人を伍人雇っていた。此の情報も八幡のマフィアの顔見知りによる情報だった。
「私が乱歩の救出へ向かう」
「俺は外で見張ってますよ。逃げてきた敵を捕らえますから」
「頼む」
二人は一瞬だけ視線を交わし、無言で離れて行った。八幡は会社の少し離れた恐らく敵が逃げ込んでくるであろう場所に潜んだ。
福沢は足音を立てず、古流武術の一つで達人が放つ『遠当て』で窓
その殺気と『遠当て』は八幡の恐怖が限界を超え呆れ笑いが出る程だった。 何故なら要塞のような分厚い壁に囲まれた建物を軽々と越え、殺気が外まで漏れ出ているからだ。
少しして乱歩の明るい声と骨が折れる音や敵の悲鳴、『
(俺の目的は敵の指揮を取っていた『三田村』を捕らえること。最悪、殺害。金之助さんの情報が漏れぬように始末する)
慟哭や悲鳴が途絶え、辺が沈黙に包まれる。暫くして“V”に雇われたボロボロの軍人伍人が散り散りに会社から出てきた。三田村は警察の制服に身を包んでいたが福沢にやられたからか意識を刈り取られ軍人の一人の肩に担がれていた。
八幡は軍人の前に立ち塞がった。
軍人は右手に万年筆が刺さっていたり、手首が変な方向に折れ曲がっていたり、顎が砕かれていたり、口から大量に吐血している者もいた。
「俺が用があるのはお前の肩に担いでいる三田村だけだ。後はとっとと消えてくれ」
日本で警備してあるだけあって、日本語は多少理解しているようだった。然し
其の殺気に当てられ三田村がゆっくり目を覚ました。
「……ッ骨、何本か折れましたね。あの化け物め…」
三田村も福沢にやられた様だった。三田村は苦痛の表情を浮かべながらも八幡をゆっくりと見た。そして目を見開き静かに云った。
「何故、
「云わなくても判るでしょう?」
「チッ。そうですね。貴方は標的の一人ではありませんが…。彼の側近なら異能者でしょう?どんな異能なんです?」
「さあ?試してみますか?」
「やめておきましょう。私にとっては何の利益もない」
軽口を叩き合いながら互いの心を探る。疲弊している軍人達は一歩も動かず三田村と八幡の会話に耳を傾けていた。
「と云いますか、辺はついているんでしょう?俺がなんの異能者か」
「えぇ。報告書には確か
そう云うと三田村は腰にある回転式拳銃を手に取り八幡に向けた。それに伴い周りの軍人達も短機関銃を構える事が出来る者は構え、構えられない者は三田村の前でせめて肉壁になろうと構えた。
「
「はぃ?」
「お前の分析力だよ。お前が無能なお陰で
「糞ガキがぁ!!」
咄嗟に判断した軍人が八幡に向かって銃ではなく“手榴弾”を投げつけた。銃では心許ないと思った上での判断だった。三田村は銃撃しようとしたが軍人の独断の行動に驚き何も出来なかった。
その後直ぐに軍人達は大きく一歩下がり“手榴弾”の爆発から逃れようとした。
「異能力『本物』」
八幡は右手を突き出し“手榴弾”を手掴みした。
爆発は起きなかった。八幡はその後“手榴弾”から手を離し地面に落とした。勿論、“手榴弾”は爆発しなかった。
三田村と軍人達は驚愕に目を見開き、暫く呆然としていた。
「理解出来ないって顔だな…。
「人や生き物、全ての物質に始まりと終わり、つまり、“生”と“死”が必ず有る様に
「俺は足下にある“手榴弾”を
三田村と軍人は全く動かなかった。否、動けなかったと云う方が正しいのかもしれない。今敵対している
そう八幡は起こり得る此の世界の“事象”を無視する異能を所持しているのだ。記憶を改変したからと云って“手榴弾”の内部は変わらない。衝撃を与えれば爆発する。其の此の世の“事象”を捻じ曲げているのだ。
八幡は足下に転がっている“手榴弾”を手に取り、軍人達の方へ放り投げた。
気付いた軍人は担いでいた三田村を後方に投げ飛ばした。反応出来た軍人は三田村と同じ様に後方に飛び、福沢によって半生半死の者は動けなかった。限界がそこまで来ていたのだ。
直後、爆発音が周囲に響き渡る。
軍人伍人の内、肆人(四人)、死に絶えた。三田村は茫然自失としていた。目の前で何が起きたのか理解が追い付かなかった。唯、爆発を挟んだ向かい側に此の世の理を離れた者が居る事だけは理解した。
「今のが“再生”。判り易い様に云えば“
三田村は八幡を見て震えた。八幡の目は修羅が掬い、全てを拒絶した様な濁った目をしていた。三田村は本能的に拳銃を八幡に向けた。生き残った軍人も短機関銃を八幡に向けた。
八幡は嘆息し、肩をすくめ、見え見えの呆れを見せた。そして周囲を凍えさせる様な声音で呟いた。
「欺瞞に溢れる“和”を嫌い 汝の誇大する“偽善”を滅ぼさん 故に“本物”を求め 正義を為す」
八幡の体を
三田村と軍人からの銃弾が
銃弾は八幡の服を貫通し、八幡の体に直に届くと同時に
雨の様に襲う銃弾は服を突き破るだけで八幡の体には傷一つ付けることが出来なかった。やがて弾が無くなると八幡はゆっくり近づいて行った。軍人は座り込み、三田村は失禁していた。
「之は“忘却”と云ってな。
八幡は軍人の元へ向かう。そして問うた。
「
軍人は口を開いた。然し声は何も出なかった。八幡の存在は軍人の中で“恐怖”其のものとして植え付いていた。
「…
八幡は軍人に触れた。軍人を
「
八幡は“忘却”を解除し、三田村に質問をした。三田村はゆっくりゆっくり言葉を紡いだ。目の色は死に絶え、反抗する意志はなく唯機械の様に八幡の質問を答えるだけだった。
「じゃあ最後に俺に云いたい事は?」
「…お前、は…人、間、じゃない…。
「
八幡は三田村に手を当て異能力『本物』を発動させる。三田村の中にある八幡の“記憶”が消え失せる。三田村の首に手刀を入れ気絶させ、立ち上がった。
八幡は之で終わりと帰路につく。
能力の過剰行使により脳が割れる様な頭痛に、足取りも覚束無い。其れでも漱石を守れたという達成感と自分の秘密が守られたと云う安心感を頼りに歩を進める。
横浜の街に沈黙が再び舞い降りるのはそう遠くない。
〜〜〜〜
あれから数年後。
巷ではある探偵
我が儘で制御不能だが、天才的な推理力を持つ探偵少年“江戸川乱歩”
無口で無愛想だが、近接戦闘では超人的な強さを誇る壮年の武人“福沢諭吉”
二人に見抜けぬ陰謀はなく、逃げおおせる犯罪者はなく、解決できぬ事件は無かった。犯罪者は彼等の足音に怯え、富豪たちはこぞって頭を下げつつ日参し、警察すらも難事件にこっそり助力を請うた。
そんな裏事情が聞こえる程、乱歩達は“異能探偵”として有名になっていた。
遁世した漱石について行った八幡の耳にも届くほどに。
八幡はあの事件の後、漱石と合流すると直ぐに力尽きた。
漱石は八幡を抱え『晩香堂』へ遁世した。八幡は三日三晩眠りについた。脳への負担が大き過ぎたのだ。
事件の主格である“V”は結局捕まらず、三田村は
漱石は自分の情報が漏れぬよう外出を無くし、代わりに八幡が様々なことをこなしていた。然し、事件と云う事件にはあれ以降関わらなかったが。
或る日、晩香堂に来客があった。
「ようこそ、晩香堂へ」
「君は…」
「…矢張り、君か」
来客二名を迎えた八幡は地下通路を通り、漱石の元へと案内した。漱石は笑って出迎え二人を手近な椅子を勧めた。
来客は“江戸川乱歩”と“福沢諭吉”。漱石があの事件ので残した“杖”を辿って此処へ辿り着いたそうだ。乱歩の推理力が無ければ有り得ない話だった。
福沢は手近な椅子に腰を掛けたが、乱歩は漱石を見つめたまま動かなかった。
「よく此処を見つけれたな」
「乱歩の推理力の賜物です。私だけでは此の手杖だけでは辿り着けませんでした」
「うそ…あの時は気づかなかった。この人…こんなに…」
「その節は助かったぞ坊主」
福沢は漱石に手杖を返し、乱歩は漱石を見て固まっている。八幡は来客二人と漱石に茶を出した。乱歩はカラカラの声のまま痺れた様に云った。
「そうか。貴方は最初から劇場の罠も、絨毯の接着剤も見抜いていた。それで敢えて罠に掛かったンだ。何故?敵をあぶりだす為…いやそれならほかに方法も…」
「お前の父親には少々借りがあったものでな」
「まさか…最初から、僕に力を…」
漱石は薄く笑い、乱歩は雷に打たれた様に立ち尽くした。福沢が乱歩の言葉を遮る様に云う。
「御願いがあって参りました。御存知とは思いますがここの乱歩は異能探偵として名を馳せ始めております。ですが本来、異能者が表立って看板を掲げる事は世の御法度。そこで貴殿にお力添えを頂きたく」
「…
「はい。大それた望みかもしれません。正義の歌を、この荒々しくも美しい街を守るためには
「ふむ」
漱石は悩む恰好をしながら福沢の瞳をじっと見た。短い時間の筈だが長い時間の様に感じた。
「金之助さん。私からも御願いします。私も福沢さんが興す会社をこの目で見たい」
八幡から出た言葉に漱石は目を見開いた。そしてゆっくり穏やかな顔になり、頬を緩め、呵呵と笑い始めた。
「かっかっか!そうか!君も福沢君に影響されたか!いいじゃろう!福沢君、彼を君が興す会社に置いてくれるか?」
「勿論です。彼の“正義”を私も見てみたいと思いましたから」
「比企谷君。之から自分の“正義”を見つけよ。強く為るではない。強く在るように日々精進せよ。良いな?」
「はい」
漱石はにっと笑い、八幡、福沢、乱歩を見た。そして彼らに云った。
「楽な道ではないぞ?」
その瞬間が。
その瞬間が全ての始まりだった。
横浜にこの組織ありと云われ、海外までその名を轟かせる武装組織の。
正義を為し、悪を震え上がらせ、ずば抜けた才能の異能者を要する薄暮の異能者集団の。
武装探偵社の第一歩だった。
第一章終わりました!
いやぁ長かった。
八幡の異能はチート臭いですが弱点もあります。異能についてわかりづらい時は感想欄でお願いします。まぁ次回、乱歩様による解説が入りますけど。
自分で作って思うけど凄い便利だなこの異能力…。
閑話を挟んだ後、いよいよ原作開始です。
感想、評価待ってます。
ではまた次の話で…。