和を嫌い正義を為す   作:TouA(とーあ)

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アンケートの結果、3番に決まりました!思った以上の御投票有難うございます!

此の話を読み終わった後に・・・
サブタイを現代の読み方で“おつごころ”と読むか、昔の読み方で“おとめごころ”と読むか読者の皆さんが判断してください。

時系列は前の番外編“距離”が終わったあと、と云うことで。

3番が大半だったという事はおそらく今年の読者の皆さんはクリぼっ・・・ゴホン。読者の皆さんが恋愛に飢えているって事なんですかね。アハハ!

※2018年9月8日、編集済を投稿。約3000字追加。


それではどうぞ!!




乙心

 

 

 休日。

 読んで字の如く、休む日の事である。『休』の漢字からは、人が木に躰を預け、心身共に寛いでいる様子が見て取れる。此れこそが『休む』ことの在り方なのだろう。

 然し、こと日本に於いてはブラック企業やらブラックバイトやら『休日』と云う単語を戦後の教科書みたく墨で塗り潰している存在が多数在る。

 過労死、など笑えない死亡原因が連日連夜メディアで流れる中、俺の勤め先である、横浜の市民の安全を最優先に掲げる“武装探偵社”は超絶怒涛のブラック企業である。

 休みは殆ど無いわ、手元に来る仕事は多岐にわたるわ、サボタージュを決め込む後輩がおるわ…其の仕事も命懸けのものが多い。労組やら厚労省は何してるのん?探偵社は国から正式に許可された組織だから目逸らしですか、そうですか。まぁ潜入していたポートマフィアは 馘首(クビ)になったので、仕事が激減したのは事実ではあるのだが。それにしても俺を含めた日本の社畜の方々は働き過ぎだと常々思う。プレミアムフライデーって何?何がプレミアムなの?プレミアムなのはモルツだけで十分です。と云う訳で、俺はプレミアムフライデーに代わるエターナルサンデーを提案します。語感似てるから良いでしょ?…駄目?駄目ですか……。

 今云っても何ら変わらない社への愚痴は置いておいて、今日は一年に数回在る全休の日である。

 

 

 

「布団最高〜もう出たくない…」

 

 

 季節は冬。十二月の中旬である。街がもう時期訪れる降誕祭(クリスマス)で賑わっている中、俺は久方振りに取れた全休を自室で過ごしていた。布団の中でだけどね。此の季節は、谷崎兄妹みたく布団と人は引き離せない存在へと相成っている。(いや)まァ、彼奴(アイツ)らは鬱陶しいから離れて欲しいンですけどね、慣れたから良いンだけど。鏡花と久作(こ ど も)の目に毒だ。

 

 プルルルルル…もそっと顔だけを布団から出し、音源へ向けると携帯が祁魂(けたたま)しく鳴り響いていた。表示されていた名前は『与謝野晶子』。厭々(いやいや)ながら、渋々耳に携帯を当てる。

 

 

「………()()し」

 

『遅いじゃないか。若しかして(わざ)と遅れて取ったのかい?諦めてくれるの期待して』

 

「…滅相も御座いません。要件は?」

 

『何だい今の()は…まぁ善いか。仕ご』

 

「断る」

 

『せめて最後まで云わせないか。まぁ予想通りの答えだけどサ…はぁ』

 

「俺が今日休みだって知ってるだろうが。」

 

『知ってるサ。だから電話したンじゃないか』

 

「休む日とかいて休日だ。今日俺は自室で過ごすと心に決めている。意地でも仕事してたまるか。電話されたって何されたって今日は働かん…俺は俺だけの有意義な時間を過ごすと決めたンだよ(布団の中で)」

 

『そうかい…判ったよ』

 

 

 ツーツーツーと無機質な機械音と電話の後の静謐な自室に安堵を覚える。まぁ其れもそうだ。

 

 晶子の誕生日以来、気不味いンだよなぁ…。

 十二月八日、晶子と松方デパートにお出掛け。

 元はと云えば晶子が八月八日の俺の誕生日に、芥川との戦闘(あ の と き)紛失した“万年筆”を誕生日贈呈品(プレゼント)としてくれた件だ。俺の中では其のお返しの心算(つもり)だった。

 だが俺の心の中で起こった変化と整理出来ていない感情が、贈呈品(プレゼント)を送る其れ以上の意味を(もたら)した様に感じさせる。

 ハッキリ云えばぎこち無い。周りも何かしら感じている事だろう。あの気遣いの塊である敦ですら俺に突飛でぶっ飛んだ提案をしてきたのは今でも思い出せる。

 

 

 + + + + +

 

 

『八幡さん』

 

『何だ敦、太宰が抜けた穴を埋める為に手を動かしながら話せ』

 

『は、はい!えっとですね……一緒に怪我しませんか?』

 

『はいぃ?何其の逢引(デート)の誘い。喜ぶのは仕事を()っぽり出した太宰ぐらいだぞ。あの太宰(バカ)()てられて自殺願望でも出たか?疲れてんだよ、先に休憩は入れ』

 

(いや)、そうでは無くてですね…』

 

『じゃあ何だ。そんな酔狂でトチ狂った娯楽に付き合う心算(つもり)最初(ハナ)から無いぞ』

 

『怪我をすれば与謝野女医(せんせい)に診て貰えるじゃないですか』

 

『まぁ…医者だからな』

 

『そうすれば与謝野女医(せんせい)ともっと話せるでしょう?』

 

『そういう事か…未成年がいっちょ前に大人の問題に首を突っ込むンじゃねェよ。て云うか其の計画、御前“白虎”の治癒で必要無くね?俺だけ一方的に肉体言語(話 す)事になるだろ』

 

『駄目…ですか』

 

『駄目に決まってんだろ。逆に何で良いと思ったんだよ』

 

『そうですか…』

 

 + + + + +

 

 

 今思い出しても意味が判らん。

 敦なりの気の遣い方なのだろうが、斜め上過ぎる。それなりに探偵社に馴染んできた結果と云う事だろう。全く以て喜ばしく無い。

 

 カチャカチャ…

 

 布団に(くる)まり、思考に(ふけ)っていると俺の耳が不快な音を拾った。其の音は金属を無理矢理何かしようとしている様な音だ。

 厭厭厭(いやいやいや)、幻聴幻聴・・・幻聴だよね?

 

 カチャカチャ…

 

 云い逃れ出来ない音を耳が拾った為、俺は布団の中に潜り込み、耳目を閉じた。勘違いでしょ?空耳でしょ?誰かそうだと云って!あ、矢っ張り云わないで!(いら)えたら其れが答えになっちゃう!

 

カチャカチャカチャガチャン!

 

 明らかに何かが開いた音がした。恐る恐る布団から顔を出して玄関の方を見てみると…玄関は開いてなかった。

 

 

「ふぅ。心臓にわ」

 

 

バタン!!!

 

 

「来ちゃった」

 

 

 玄関が勢い良く開いた。其処には二人の見知った女性と少女が犯罪行為を行った事をまるで勝ち誇る様に威風堂堂と起立していた。

 女性は、ボブカットに(のこぎり)を肩に掛けた白の外套(コート)を着ており、首元には既視感満載の───深紅のマフラー。

 少女は、小さな髪帯(リボン)が三つ付いた白い毛革(ファー)を首に巻き、薄茶色(ベージュ)外套(コート)を羽織った二つ結びの黒髪……手には折れ曲がった細長い金属。

 

 

「こンなに恐ろしい“来ちゃった”は俺が初めてだろうな…」

 

「遠い目するのやめな」

 

「なら刑法130条の『住居侵入罪』と刑法261条の『器物破損罪』を犯さないで下さい」

 

「よく法律(そんな)の覚えてるねェ…素直に感心するよ」

 

「感心じゃなくて安心をくれ…」

 

 

 探偵社の女医“与謝野晶子”と今やマスコット的な存在に成りつつ在る“泉鏡花”である。

 二人は外の寒さに頬を紅潮させていた。寒いなら来るンじゃねえよ。

 玄関から全く動かない二人は、布団に(くる)まる俺に視線を飛ばすだけ。本当に何しに来たの?何も無いなら即刻回れ右して欲しいンだけど。

 

 

「何でこうなった…」

 

「私が解錠(ピッキング)で貴方の部屋の鍵を開けたから」

 

「そこじゃねェ…俺の私事(プライバシー)仕事してないの?」

 

「貴方と一緒に休んでる」

 

 

 どうやら日本国憲法第13条も美人二人を前にしては見て見ぬふりを決め込む様です。可愛いって正義、ハッキリ判んだね。判りたく無かったよ。

 其れよりも気に掛かる事柄を二人に問う。

 

 

「…俺の部屋は晶子にさえ教えてない筈だが何で知ってる?」

 

「太宰に聞いたら躊躇(ちょうちょ)なく教えてくれたよ。」

 

「また彼奴(アイツ)か、俺の個人情報駄々漏れじゃねえか……!」

 

 

 国が守ってくれても仕事仲間が守ってくれないから意味を成してない。友人のSNSに載った人物紹介(プロフィール)の顔写真から身割れした気分である。

 同情してくれまいかと二人を見ると、晶子と鏡花は呆れ顔だった。まぁ多分、未だに布団の中に居るからなんだろうけど。

 

 

「仕事だよ八幡」

 

「晶子はそうでも俺は休みだ。御前が(のこぎり)で脅そうが鏡花が小太刀で脅そうが二人が来ようが動く心算(つもり)はない」

 

「そうかい…此の依頼は社長の御友人からでねェ」

 

「だぁかぁら行かないって。梃子でも動かんぞ俺は」

 

「社長がお得意様の着物屋の店主が依頼主だよ」

 

「働いたら負け働いたら負け働いたら負け……」

 

「社長が責任者を八幡に指名したってサ。“頼まれてくれ”って伝言も貰ってるよ」

 

 

 パワハラに該当しません?其れ。

 社長が人に何かを頼む事なんざ数える程しか無いから危急の案件ではあるンだろうが、何分やる気が出ない、起きない。どうも、リアルヒッキーです。

 其れでもまァ散々迷惑掛けてきた事に関する償い、此の云い方は悪どいな…恩返ししなくてはならないのは事実で。

 俺が行く事で社長の顔が立つのなら、行くしかあるまい。

 

 

「はぁ…行くか」

 

 のそのそっと布団から出ると、晶子は満足気に笑みを浮かべた。

 鏡花は其の晶子の笑顔を見て、何故笑顔なのか疑問符を浮かべている。其の反応で鏡花も未だに仕事内容を教えて貰ってないのだと気付いた。

 

 

「良し!鏡花、朝御飯作るから手伝いな。八幡台所借りるよ」

 

「ん、手伝う」

 

「…御自由にどうぞ。もう知らん」

 

 

 二人が台所に並ぶ姿は、何処か懐かしい感慨と郷愁を抱かせる。小町と紫苑(しをん)(たし)かこンな感じだったなと…其れでも、二人が仲睦まじく調理する姿は心温まるものであったのは云うまでも無い。

 

 

 (ちな)みに滅茶苦茶美味しかったです。まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《松方デパート 老舗ブランド 着物店》

 

 

 俺、晶子、鏡花は最近出来た松方デパートに来ていた。

 俺は、晶子の誕生日以来の来店だが、相も変わらずの人の多さと人(いき)れに疲れ目半分、呆れ目半分で目の前に蔓延るリア充に呪詛を唱えていた。

 

 

「何もかも降誕祭(クリスマス)が悪い」

 

「まぁそう云うンじゃないよ。こう云うイベントに(はしゃ)がなきゃいつ(はしゃ)ぐンだい?」

 

「此のイベントに(はしゃ)いでいる奴等は大体年中ウェイウェイ云ってる奴等ばかりだろうが」

 

降誕祭(クリスマス)って何?」

 

降誕祭(クリスマス)はねェ────」

 

 

 見事にスルーされましたね、はい。

 鏡花は降誕祭(クリスマス)の事について何も知らない様で、話を聞く内に敦も知らないンだろうなぁと此処に居ない奴に思い馳せる。

 晶子が鏡花に降誕祭(クリスマス)について教えているうちに目的の場所が見えた。

 

 

「あ、やっと来ましたわ」

 

「だからと云って僕に抱きつく必要ないよね!?ナオミ!」

 

「八幡さん、お早う御座います!」

 

(いや)、何でいんの?」

 

 

 店の前では敦、谷崎、ナオミがいた。

 谷崎兄妹の過度な触れ合いは何も知らない敦と鏡花(お子様達)にとっては大変目の毒なのだが動じていない二人を見て“慣れって怖い”と変な感想を抱いた俺ガイル。

 つい早急(さっき)(御前)が此処に居ないンだろうなぁと思い馳せたばかりなのに。阿呆らしい。

 

 

 

「まぁ其れは追々話すよ。取り敢えず中へ入ろうじゃないか。」

 

 

 晶子に何かはぐらかされた気がする。なんか猛烈に帰りたくなった…睨むなよ、怖いだろうが。

 

 

「いらっしゃいませ。武装探偵社の御一行様ですね。お待ちしておりました」

 

 

 俺達を迎えに来たのは艶やかな髪をまとめ上げ、落ち着いた雰囲気を纏う婦人だった。着物を着て穏やかな笑みを浮かべる姿や所作は育ちの良さが(うかが)えた。

 

 

「比企谷様は…」

 

「私です。其れで依頼の内容を教えて欲しいのですが」

 

「そうですね。先ずは中へご案内しましょう」

 

 

 俺達六人は依頼主の『林真理子』さんに案内され店内へと足を踏み入れた。

 店内は訪問着、小紋、紬、振袖、留袖、などの着物をはじめ、帯、足袋、肌着などの着付けに必要な小物、(かんざし)などの和装小物が飾られていた。

 まぁ男性陣はぽけーっとしているだけだったが女性陣はうっとり見惚れていた。

 

 

「依頼の内容は模型(モデル)の撮影です」

 

「…はい?」

 

 

 そんな俺達を現実に引き戻したのは凛とした林さんの声だった。女性陣は目を光らせてる…君達ノリノリなのね。

 

 

「福沢様から武装探偵社の女性の方の写真を()()()()()()時にピンッときましてね」

 

「はぁ、そうですか…」

 

「是非、私の店で模型(モデル)をやって頂きたいと思いましたの。あの三人は男性の目から見てもお綺麗でしょう?」

 

「……ノーコメントで」

 

「うふふ。綺麗だ、と云わせて見せますわ。男性の方の意見も参考にさせて頂くので」

 

 

 そう云って、林さん、晶子、ナオミ、鏡花は奥へと入って行った。

 置いていかれた俺達は何もする事がなく、かと云って店を出る訳にもいかなかったので暇を持て余した。神々の、遊び。

 

 

「其れにしても色々ありますねぇ。僕はお着物とか着た事ないです。谷崎さんは?」

 

「ん〜七五三くらいかなぁ。あ、袴まで有るンだ此の店。八幡さんは?」

 

「俺は社長に勧められて少しだけ。めったに着ないが」

 

 

 若しかしたら其の着物も此の店かもしれないな。なんか途端に身近に感じてきたぞ。初詣には其れで行くか。

 

 

────三十分後。

 

 

 林さんが奥から出てきた。山本さんの話によると一人一人主題(テーマ)が違うンだと。俺は兎も角、敦と谷崎は楽しみにしているのが雰囲気で判った。

 

 

「では先ずは泉鏡花様からです。主題(テーマ)は“夏祭り”ですわ」

 

 

「……どう?」

 

 

「「おぉ〜」」

 

 

 俺と谷崎は感嘆の声を上げた。其れも其の筈で鏡花は何時もの 冷静(クール)な雰囲気とは一風変わって、薄桃色の浴衣を着ていた。其の浴衣は所々に小さな花が咲き、朱色の帯が鮮やかに映えていた。長髪の時とは違い、結い上げられた髪で見える(うなじ)は、年相応の少女とは違って色気を醸し出していた。

 

 結論、超可愛い。

 

 敦は未だに口を開いたままだ。まぁ無理はないかもしれない。孤児院に居た頃はこんな経験はなかった筈だからな。身近にいた女の子がおめかしして雰囲気をガラリと変えた経験なんて。

 鏡花は下駄に慣れたもので敦の傍に駆け寄った。敦の顔は真っ赤だ。

 

 

「えっ、えっと!其の───」

 

「うん」

 

「とても可愛いよ、鏡花ちゃん。何時もの雰囲気と違って本当に・・・可愛い」

 

「…有難う。嬉しい」

 

 

 まぁこんな雰囲気を見せ付けられたら、からかいたくなるのが先輩と云う性分で。

 

 

「矢っ張り同棲している奴は云う事が違うなぁ…ね?谷崎君」

 

「アハハハハ…」

 

(いや)ちょっ!八幡さん!揶揄(からか)わないで下さい!」

 

 

 鏡花は相変わらず目を伏せているが頬は林檎の如く紅潮している。

 敦は俺に何か云ってくるが無視。其の反論さえ惚気(のろけ)話に聞こえてくるのが腹が立ったりするのだが。まぁ口には出さないけど。

 

 

「続きましてはナオミ様です。主題(テーマ)は“若者の成人式”ですわ」

 

 

「如何ですか?お兄様♡」

 

 

 ナオミは白地に淡い桃色の段階的変化(グラデーション)が綺麗な打ち掛け、牡丹と桜の上品さと鶯の柄の可愛らしさが合わさった女性らしく、且つ年相応の美麗さを顕にしていた。結い上げた髪から見える(うなじ)は大人になる一歩手前の若さを最大限に引き立たせていた。

 

 まぁ其れ等は(すべ)て実兄に向けられているのだが。世の男たちの不憫な事よ。勿論事情を知っている俺は含めません。

 

 

 

「綺麗だよナオミ。見間違えた程だ。兄として鼻が高いよ」

 

「ぶぅ〜なんか普通の反応ですわ」

 

「じゃあどう云えば()いのさ?」

 

「其れはお兄様が考えてください♡」

 

「…お嫁に貰いたいくらいだよ。ナオミ」

 

「お兄さま♡♡♡!!」

 

「グハッ!!」

 

 

 物凄い速度で谷崎に抱き着いたナオミは其の儘、実兄の胸に頬擦りをした。まぁ(はた)から見ればイチャイチャしている男女(カップル)なのだが…事情を知っている俺達はただ其れを白い目で眺める事しか出来なかった。

 

 

「あの八幡さん…本当にあの人達、兄だ」

 

「云うな敦。其れ以上云うな」

 

 

 敦が俺と同じ疑問に辿り着いたのは必然と云えるだろう。だが其れを口に出すと探偵社に天変地異並みの出来事が起きそうなので敦の疑問を封じた俺は悪くない筈だ。

 少しすると、ナオミが兄から離れ俺に駆け寄ってきた。

 

 

「八幡さん、如何(どう)です?」

 

「俺より()い言葉を発してくれた兄がいるだろう?」

 

「私は大人の殿方の意見も聞きたいのです」

 

「おいおいそんな事したら俺が御前の兄貴に嫉妬の炎で焼き殺されるぞ」

 

()いですから、早く」

 

「何一つ良くねえよ。はぁ…俺は似合ってなきゃ似合ってないってハッキリ云うし、可愛くないなら可愛くないとハッキリ云う。まぁ其れが云えなくて残念だ」

 

「…うふふ。有難うございます」

 

 

 ゴゴゴゴゴ…と云う擬音が近くから聞こえた気がするが気の所為(せい)だろう。現実にそンな音を出す人間は居ない。俺の意見に納得したのか違うのかナオミは駆け足で兄の元へ戻った。其れと同じくして林さんが声を掛けてきた。

 

 

「最後は与謝野晶子様ですわ。主題(テーマ)は“結婚式”。比企谷様…(いや)、言葉は無粋ですわね」

 

 

 林さんの言葉に反応する事は出来なかった。店の奥から、晶子が出てきたからだ。

 

 

 

 言葉が見つからない。

 

 

 

 晶子は光沢のある赤い生地に白と薄紅で図案化した牡丹(ぼたん)を描いた着物を身に纏っていた。白粉(おしろい)など必要ない白皙(はくせき)(おもて)に、色鮮やかな紅を指した唇。

 髪に揺れる枝垂れ(かんざし)が少し子供らしいが、其れが見目麗しい美貌の中で可憐さを醸し出す魅力箇所(チャームポイント)となっていた。

 

 下駄に慣れていないのか晶子はゆっくりゆっくり俺に近づいて来た。恐らく、晶子の格好は神前式などでする引き振袖ではなくて、現代で流行っている“お色直し”での格好なのだろう。

 

 俗に云うモテる男はこんな時、気の利いた言葉の一つや二つ思い付くのだろう。女性が喜び、仲合(なからい)が深まる様な言葉を。

 

 同時に、ナオミが俺に何故、感想を求めたのかに気付かされる。

 恐らく、俺が晶子の姿を見て固まる事を予測していたからだろう。少しだけ免疫を付ける為に近づいて来てくれたのだ。結果は御覧の有様であるが。

 

 普段は捻くれた発言やどうでも善い美辞麗句を並べる事だってできるのに、こんな時に思考が止まる俺が情けないし、嫌気が指す。

 

 本当に伝えたい言葉など言葉に出来ないのだといい大人が今更になって気付く。

 

 

「…」

 

 

 晶子が俺の前まで来て立ち止まる。上目遣いで俺を見つめる。言葉を求めているのだと理解した。でも見つからないのだ。不甲斐なさを覚えた俺は思わず目を逸らしてしまった。

 

 店に流れていた和風BGMが消えた様に、店外の雑踏が消えた。そして周りの音も消え、俺と晶子の二人だけの空間に陥った様な感覚を覚えた。

 

 逸らした目を戻した。晶子と顔が近くにあった。冬の雪化粧の様に白く抜ける肌。しっとりと濡れた黒い瞳。(しばたた)くと儚げに揺れる長い睫毛(まつげ)。吐息がこぼれる(ほころ)んだ紅の口元。

 

 俺を見つめる目は『貴方の言葉でいいよ』と優しく問いかけていた。晶子の右手は自然と俺の胸元を握っていた。

 

 俺から絞りだされた言葉はたった一言────。

 

 

 

 

 

「綺麗だ」

 

 

「うん」

 

 

 

 

 

 止まっていた空気が、躰が、時間が、弛緩し動き始めるのを感じた。晶子の手は依然として俺の胸元にある。微かな温もりと少しだけ甘い香りが鼻をついた。俺と晶子は其れ以上の言葉を発することは無かった。お互いに目も合わさなかった。

 

 

 林さんが“撮影に入る”、と云うまで其の儘だった。どのくらい其の儘でいたのか知らなかった。知りたいとも思わなかった。

 

 

 晶子がゆっくり手を離し、俺から離れると一度だけ目を合わせた。晶子は何も云わず、口元に笑みを浮かべた。

 俺は鼓動が急速に早くなるのを感じた。

 

 

 遠退いて行く後ろ姿の晶子を俺は、ただ、ただ、見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は、敬慕する先輩方の二人の仲の進展を強く望む者だ。

 此の場に居る誰よりも、若しかすると当の本人達よりも強く望んでいるかも知れない。

 理由は、と問われると難しい。何かに対して頑張っている人を見ていると自然と応援したくなる、そんな感覚が武装探偵社に入社して暫く続いている。月日が経つにつれ、其の気持ちが強まっていった結果だと思う。

 互いに惹かれ合う先輩方の背中を押してあげたい、そう思うのは当人達からしてみれば余計なお世話であるかも知れない。(いや)、男性の先輩は必ず要らぬ世話だと愚痴を零すだろう。其れでも僕は居ても立ってもいられなかったのだ。

 

 話は少し変わるけど、僕には自身よりも世界よりも大切な存在がいる。彼女を護る為ならば世界を焼くことさえ厭わない程だ。大言壮語でも何でも無い、()()()()()()()()()()

 そんな彼女と女性の先輩は良くウィンドウショッピングへ行く。二人で行く時は其処まで酷くはないのだけれど、僕が連れ添いで行く時は山の様に衣服を買う。僕は謂わば荷物持ち。

 別に其れは慣れた事だから良いンだ。愛すべき彼女の笑顔は其れはまた素敵(こンなこと本人には云えないけど)で、其れに追随する形で笑顔を浮かべる女性の先輩も大層幸せそうだ。でも僕が居る時に必ず先輩は、

 

 

「此の服、八幡好きだと思う?」

 

 

 恋する乙女の、少しでも良く見られたいと思う純粋な想いが入り混じった不安気な笑みを浮かべて僕に問うのだ。

 もう必死。僕も彼女も頭を悩ませて服や帽子、装身具(アクセサリー)を選ぶ。男性の先輩の趣味や嗜好もお酒を頼りに聞き出すのがここ一年の僕の裏の仕事だった。あ、未成年だから勿論僕は呑んでないよ?

 週明けや休み明けの日、男性の先輩への披露は朝の一発目、通常業務が始まる前に行われる。其処で男性の先輩が、

 

 

「良い…んじゃねェの」

 

 

 と、頬を掻く所作と遠回しの褒め言葉、彼女を直視する事が出来ずに目を逸らす照れ隠し、こうなれば十分どころか十二分な成果だと云える。其の反応を確認し終えると僕は其処で肺から一気に空気を吐き出すのだ。其れまで気が気でないからね、本当に。

 

 そンな日々を繰り返して、大きな抗争も終わって、後輩が二人も入社して、はや数カ月。

 十二月の初め頃、男性の先輩から相談を受けた。相談…と云うより、お願いの様なものだった。

 

 

「其の…買い物行くから付き合ってくれ。俺一人だけだと店員から怪しまれる」

 

 

 其の時は気付けなかったけれど、十二月八日を過ぎてから女性の先輩の首元には真紅のマフラーが巻かれているのを見て、そして幸せそうにマフラーを優しく握るのを見て「あゝ、そう云う事だったのか」と思わず呟いてしまった。男性の先輩もチラチラと瞥見しているのを僕は何度も見ている。

 

 だから今日、僕は此の林さんの依頼に男性の先輩を巻き込んだ。

 巻き込んだと云うより、事務員である彼女に手回しして貰って依頼をして貰った。着せ替え人形と化して良いから…と、多少強引に進めた。

 男が一人だと怪しまれるので、折角だからと後輩も一人引き連れて、此の依頼に臨んだ。勿論、僕が彼女の晴れ姿を見たかったと云うのもある。て云うか其れが大・本・命

 

 

 今回の結果は…如何(どう)だろう。

 抑々(そもそも)の依頼は完遂したけれど、個人的な御節介は成功か失敗か判らずに終わった。でも前進した事だけは誰が見ても判る。

 いつも返答を濁してばかりだった男の先輩が「綺麗だ」と愚直な感想を本人を前に洩らしたんだ。其れはもう…若気(にやけ)てしまうのは(ゆる)して欲しいところだった。

 国木田さんも太宰さんも社長も、そして二人を密かに応援している乱歩さんも、僕と同様にこう思っている筈だ。

 

 だから僕は、後輩として先輩方の意を汲み取り、心から願う言葉を僭越ながら口にする────二人に幸あれ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《駅前の歩道》

 

 

「報酬は今日の写真と之から探偵社を贔屓して貰えるって事か」

 

「まぁ善いンじゃないか?(アタシ)は満足だよ」

 

 

 俺は晶子を駅まで送っていた。多少のぎこちなさは残っているが其れ以外は元通りになった…気がする。

 

 

「若しかしたら之が社長からの降誕祭贈呈品(クリスマスプレゼント)だったのかもねェ」

 

「あー其れあるな。あの人、不器用だから」

 

 

 御前が云うか!と云う意見は無しの方向で。云われなくても隣から目線で訴えられてます。

 

 

 

「社長と云えば…林さんとどんな関係なんだろうな」

 

「ん?普通に店主と客の関係なんじゃないかい?」

 

「俺達の写真を見せる様な関係が、其の程度に収まると思うか?」

 

「…真逆、あの社長が?」

 

「其の真逆かも知れないな。社長にも春が来てくれた様だ」

 

 

 林さんの店は曾祖母から続く老舗で、新しく出来た松方デパートに新店舗を進出する事になったそうだ。そこを母親から任されたのが晶子たちの世話をしてくれた林さんなんだと。

 駅が見えてくる。家路を急ぐサラリーマンと仲睦まじく話す家族連れが駅前になって増えている。

 其の熱に充てられてしまわないよう、俺は何時の間にか視線を下に落としていた。誕生日の時みたく、伸びそうになる手を引き留める為に。

 

 

「其のマフラー…使ってるンだな」

 

「え?あ、あぁ。折角八幡が()れたんだ。使わなきゃ勿体無いよ」

 

「そうか」

 

「うん」

 

 

 会話が続かない。沈黙が続き、駅に着いてしまった。

 

 

「此処までで善いよ」

 

「あぁ」

 

「また探偵社で」

 

「おう」

 

 

 互いに背を向けて歩き始める。数歩進んで振り向きたい衝動に駆られる。だが彼女の跫音(あしおと)が止まる気配はなかった。なら俺も止まる理由はない。

 

 

 

 不意に裾を引かれて立ち止まる。

 

 

 

 俺は振り返ることは出来なかった。だが晶子だと確信する何かがあった。

 

 

 

「……何も、云ってくれないのかい?」

 

 

 

 晶子の声は震えていた。振り向いてきちんと話さなくてはならない事は判っている。でも俺は…出来ない。

 

 掛けるべき、云わなくてはならない言葉を探したが思いつかなかった。

 

 其れは恐らく、云ってしまえば関係が変わる事を判っていたからだ。

 変わって、失ってしまえば嘆き悲しむ事が判っていたから、取り返しが付かないほど壊れてしまうのを俺は恐れていた。

 

 思った気持ちを正直に吐露してしまえば何もかも楽になるだろう。だが其れを俺自身が許さなかった。人に甘える事を。他人に心を許す自分を。

 

 人間は存在するだけで無自覚に誰かを傷つける。生きても死んでも、関わる事で傷つけるのだ。関わらないことで傷つけることもある。

 

 

 結局、俺は晶子が傷つく姿を見たくないのだと自覚する。傲慢だと、既に其の繋がりは超えている事を自覚しながら。

 

 

 自覚しているからこそ大切に思ってしまうのだ。

 

 

 判っている。言葉を思い付かないのは目を逸らしているからだ。“異能”で何度も相手の思考や人生を見てきた。だが其れは理性であって感情ではない。俺が人の気持ちを判ると云う確証はない。

 

 ふとした時に、紫苑(しをん)や小町の姿が(よぎ)る。今日もそうだった。

 俺だけ前を向いて良いのかと、臨死の時に小町が云ってくれた言葉は、俺が楽な方へ逃げる為の虚像で方便では無いのか…と。

 そンな云い訳を、御託を並べる内に気付く。気付かされる。

 俺は何時まで経っても俺で在り、誰か一人を愛せるほど器用でも何でも無い。虚弱で脆弱で矮小な儘、何一つあの時から変わっていないのだと。

 

 俺は言葉を漏らした。だが晶子が求めていた言葉ではないことは判った。

 

 

 

「もう少しだけ…待っててくれないか」

 

 

「……判った、待つよ」

 

 

 

 晶子は裾から手を離した。跫音(あしおと)が、駆け足で遠退いて行く事を知覚させる。

 其れでも俺は一度も振り返ることは無かった。振り返れなかった。

 

 俺は。

 

 ただ、天を仰いだ。

 

 雑踏も喧騒も遠くなる事はなく、依然として俺を包み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 





あと一話、あと一話です。

なるべく早く投稿出来るよう頑張ります。

二人の行く末を、二人の恋路を見届けて下さい。

感想評価お待ちしております。

ではまた、最終話にて会いましょう。

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