和を嫌い正義を為す   作:TouA(とーあ)

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本篇も是を入れて残すところ後二話。

※前々回の話を投稿し終えたあと、前回の話の最後を変えました。そちらをお読み頂いて、この話を読んでくださると幸いです!すみません!

では楽しんで下さい!
最後までお付き合い、よろしくお願いします!!






覚悟

 

 

 

「ハッハッハッ!僕に掛かればあんな謎、一瞬だよ!」

 

「はい!流石は乱歩さんです!」

 

「然し…白鯨攻略法(此の情報)は凄い情報ですね。値千金だ」

 

 

 晩香堂。

 既に陽は沈み、無数の星々と下弦だけが宙に浮いている。

 其処には乱歩、国木田、太宰が集っていた。

 乱歩は駄菓子を貪り、国木田は乱歩の発言に高揚しつつ相槌を打ち、感嘆の声を漏らす太宰はぺらぺらと積み上げられた書類を(めく)っている。

 

 

「国木田、作戦通りに各所に通達」

 

諒解(りょうかい)です、乱歩さん」

 

「太宰」

 

「はい」

 

「此処からが正念場だ。谷崎と“Q”が来次第、直ぐに取り掛かる」

 

「判っています」

 

 

 国木田が駆けて行き、乱歩と太宰の声だけが室内を木霊する。

 乱歩が手に入れた“白鯨(モビーディック)の攻略法”は組合(ギルド)設計者長(マスター・アーキテクト)の『エドガー・アラン・ポオ』から得たものだ。つまり先日の推理遊戯(げぇむ)に勝利した結果の報奨なのである。

 

 

「……乱歩さん」

 

「な、何だよ太宰」

 

「そんなに間誤付(まごつ)かなくても比企谷さんなら大丈夫ですよ」

 

「ぼ、僕が八の事を心配してるとでも云うのかっ!」

 

「其処まで云ってませんが……」

 

 

 先程から何処か落ち着かない雰囲気の乱歩に、太宰は到頭(とうとう)口を開いた。

 多種多様な菓子を何時も食べている乱歩だが、今は普段と食す速度がかなり速いのだ。太宰でなくとも察する事は十分に出来る。

 

 

「谷崎戻りました!」

 

()し、谷崎は予定通り間断無く動いてもらう。太宰は最後を詰めろ」

 

「「はい!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜《白鯨(モビーディック)・内部》

 

 

「やァ虎人(リカント)の少年、体調は如何(どう)かね?」

 

「…」

 

 

 白鯨(モビーディック)の客間。

 向かい合うは組合(ギルド)の団長であるフィッツジェラルドと両手に錠を嵌められている敦だ。

 フィッツジェラルドは敵愾心剥き出しの敦の眼光を流し、手に持つワイングラスをスワリングし、口に運ぶ。舌で転がし、風味を楽しみ、喉に通す。

 

 

「睨むのは止めて欲しいところだが」

 

「………僕を使って何をする心算(つもり)だ?」

 

「私の家族を救う。其れだけだよ」

 

「結論を訊いているンじゃない!手段を訊いているンだ!」

 

「ふむ…そうだな、そろそろ話しても良い頃合いか」

 

 

 敦がフィッツジェラルドに(かどわ)かされ、二日が経つ。

 顔を合わす度に敦はフィッツジェラルドに噛み付いていた。(すべ)て流されているが。

 観念したのか、若しくは計画の為か、フィッツジェラルドは立てられている計画を口にする。

 

 

「我々は或る『本』を探している」

 

「『本』……?」

 

「世界に一冊のみ存在する本だ。どんな炎や異能でも傷付かないとされている。其の本が此の横浜の地に封印されていると、或る予言異能者が予知した」

 

「其の『本』と僕に何の関係が……」

 

「君が文字通り“道標(タイガービートル)”だからだよ。君を空の上(こ こ)にお招きしたのは眼下の街と一緒に灰になられては困るからだ」

 

「な、に……」

 

「既に其の作戦は動き始めている。横浜の街を灰と化せる異能を持つ()()()()()()()()()()はもう直、此処に到着する」

 

「ポートマフィア!?何でポートマフィアと組合(ギルド)が!?」

 

 

 敦が声を荒らげる。

 マフィアと組合(ギルド)、三社鼎立の中で其の内の二社が組まれる事は探偵社にとって最悪の場合(ケース)だ。其の場合(ケース)が自身の所為(せい)に依って成り立っているのだとするのなら、叫ばずには要られない。

 

 

「とは云え個人的に、だがね。マフィアの幹部である『羊』と組んだだけだ。首領(ボス)も含め、他のマフィアの連中は『本』を探すのに邪魔だからな」

 

「────ッ!」

 

「所詮、此の世は“金”と云う“力”で動くのだよ。“金”で()えない物がある、其の言葉は“貧乏人(弱者)”こそ良く使うが本質は違う。“金”さえ有れば手段が増え、手札が増え、未来が展望する。何よりも“自由”が増える」

 

「違う…!」

 

「何がだね?“自由”とは“金”で()えるのだよ。つまり人間が持つ(しがらみ)(すべ)て取り除ける。逆に“金”に依り自分から(しがらみ)を増やす事も可能だ。人間関係、仕事、社会的地位……人間、無意味な事も有意義だと想う生物だからな」

 

 

 フィッツジェラルドの云う『羊』とは、ポートマフィアの幹部である『中原中也』の事だ。

 無論、()()()()()()()()()()()()()()。何故ならフィッツジェラルドと契約を結んだポートマフィアの幹部である“A(エース)”は既に八幡に依って“忘却”され、此の世の森羅万象から消え去ったからである。今では八幡しかA(エース)を覚えていない。

 世界の辻褄合わせ、所謂(いわゆる)“世界の整合性”として、フィッツジェラルドと契約したのは『中原中也』となったのだ。理由は至極単純、幹部であり、前回夢野久作(Q)が暴れた時、何人もの部下を殺された恨みを多少なりとも持っていたからである。

 

 二人の会話が途切れた時を見計らってか、部屋の隅から機械越しに情報が伝わる。

 

 

『フィッツジェラルド様、客人が二名、到着致しました』

 

「御苦労。此処に来る迄にかなりの時間を要した様だな。其の二名の身元は情報通りか?」

 

『はい。“Q”と思われる少年は不気味な血深泥(ちみどろ)の人形を所持しており、片や“中原中也”と思われる青年は黒外套を身に纏っています。間違い有りません』

 

「此処にお連れしろ」

 

諒解(りょうかい)致しました。直ちにお連れします』

 

 

 プツンと通信が切れた音が室内に響き、静寂が支配する。

 敦は此の状況を打開させようと思考を巡らせるが、良い答えが出ない。

 コンコンッと此の部屋をノックする音がして、フィッツジェラルドだけで無く、敦も顔を向ける。

 入り給へ、とフィッツジェラルドが云うとゆっくり扉が開いた。

 

 

(………あれ?)

 

 

 敦の頭に疑問符が浮かんだ。

 何故なら少年が持つ人形は、(たし)かに不気味で血深泥だった。だが人形では無く、何処か見覚えの有る()()()()()()()だった。

 少年かと思われる人物も背丈は通信通りなのだが、服こそ可愛らしく何方(どちら)の性別でも似合いそうなものであり、帽子を深く被っている為、性別は人目では判断出来ない。

 

 

(……鏡花、ちゃん?)

 

 

 敦が其の答えに辿り着くのに時間はそう掛からなかった。

 何せ、目の前の人物が持つ“兎の縫いぐるみ”は鏡花と出逢って間も無い頃、遊戯店(ゲームセンター)でかなりの出費で取った物であったからだ。血深泥なのは其の直後に芥川に襲われ、自身の血の池に浸されたからだと当の本人から後日聞いた。今の今まで捨ててなかった事に驚いてはいるが。

 入室した人物は一言も喋らない。煮え切らないのか、不機嫌そうにフィッツジェラルドが口を開いた。

 

 

「少年、君と同伴した『羊』は何処だ?」

 

「……」

 

「黙り、か。緊張でもしているのか?安息(リラックス)すると良い。之から君は私達と共に歩むのだから」

 

 

 嘘吐き、と敦は怒声を飛ばすのを堪える。

 少年の正体が“鏡花”だと判った今、無闇に感情的になってはならないと流石に理解している。何かを悟る為に頭を回す事に集中する。

 だがそんな思考を吹き飛ばす様に少年が声を漏らした。

 

 

「私はもう逃げない」

 

「……『私』だと?」

 

 

 そう口にして少年(もとい)、少女────泉鏡花は抜き身も見せぬ太刀筋で敦の手錠を一刀両断した。

 開放された敦の左手に、右手をそっと重ねる。驚いた敦が鏡花を見て、鏡花は敦を見上げている。

 

 

「其の太刀筋…思い出したよ。君はあの時の少公女(リトルプリンセス)か」

 

「……」

 

 

 沈黙は肯定。

 フィッツジェラルドは計画が狂い出した事を認識する。だが余裕綽々の笑みを崩さない。絶対的強者の余裕がフィッツジェラルドにはあった。

 

 

「“Q”では無かったと云う事は同伴した人物も『羊』とは異なるか」

 

「然り」

 

 

 扉を黒獣が喰い破り、黒衣の青年が現れる。

 兇悪(きょうあく)と云っても差し支え無い恐ろしく鋭い目を持つ禍々しい狗がフィッツジェラルドを射抜いた。

 

 

「芥川ッ!?」

 

「吼えるな人虎、耳に障る」

 

 

 声を張り目を剥く敦とは違い、芥川は冷静其のものだ。

 芥川の躰から滲み出る殺気をフィッツジェラルドは笑顔で受け流す。強者の余裕、(まさ)しく額面通りだ。

 

 

「鏡花、貴様の役儀を果たせ。此処は(やつがれ)だけで事足りる」

 

「…ん」

 

「えっ!?」

 

 

 鏡花は敦の手を力強く掴み、其のまま手を引いて駆け出した。

 崩れ落ち積み重なった扉を飛び越え、壁塁の如く並んだ機械の通路をひた走る。

 

 

「見す見す、逃がす訳ないだろう…!」

 

「貴様の相手は(やつがれ)だ、成金背広」

 

 

 一条の黒鎌がフィッツジェラルドの首筋に掻き斬ろうと襲い掛かるが、躰を反る事で回避する。

 フィッツジェラルドの目に芥川が映る。敦と鏡花は既に視界から消えていた。

 敦は鏡花と芥川が繋がっている事に驚き、突然走り始めた鏡花に引っ張られ、何があって何をしているのか理解が及ばない。

 為されるが儘に任せていた敦だったが、かなり離れた事を機に足に力を入れて鏡花の動きを止めた。

 

 

「きょっ鏡花ちゃん」

 

「何?」

 

「色々判ンないよ!説明してくれないと…!」

 

「説明する暇は無い。組合(ギルド)の目的は貴方。私が此処に潜入したのは貴方を此処から逃がす事と組合(ギルド)の幹部を捕らえること。既に後者は済んでる」

 

 

 話を切り上げ、再び駆け始める鏡花。

 敦は困惑の表情を隠さない。だが何が正解か判らない現状で鏡花の行動に背く事は、選択肢として論外である事は理解していた。

 

 

「敦さんっ此方(こっち)です!」

 

「賢治くん!?」

 

 

 二つの大きな回転羽根(プロペラ)の付いた直昇飛機(ヘリコプター)に、縛り上げた組合(ギルド)の団員を次々と運び込む少年────宮沢賢治は敦を視認すると花咲く様な笑顔と共に喜色に富んだ声を上げた。

 此の直昇飛機(ヘリコプター)────と云うより“タンデムローター”は全長二十(メートル)ほど有り、組合(ギルド)の所有物だ。A(エース)と契約を結んだ際、“Q”を迎えに行く為に使われた物である。何せ“Q”と“A”が居た場所は横浜湾を航海する豪華客船の中だったからだ。

 八幡と谷崎の功績でタンデムローターを手に入れた探偵社は其れを使い組合(ギルド)の本拠である白鯨(モビーディック)へ潜入。

 搭乗員には八幡と直接契約を結んでいた芥川、白兵戦で無類の強さを誇る賢治、万が一の『細雪』とタンデムローターを操縦出来る谷崎、Qと容姿が似ている鏡花が選ばれた。

 

 

「敦くんッ鏡花ちゃんッ!早く乗ってくれ!」

 

「うん……」

 

 

 谷崎の切羽詰まった叫びが警鐘を鳴らす。鏡花は先に乗り込んだ。既に大型のタンデムローターは二枚の回羽根転(プロペラ)を回し、今にも飛び立たんとしている。

 

 敦は────何か引っ掛かりを憶えた。

 

 敦は何かに気付けそうで気付けない。重大な事を見落としている。そんな感覚。

 探偵社の必死な形相、組合(ギルド)の面々の悲痛な表情や歓喜の表情…何か足りない。何か、忘れてはならない、誰かが居ない。

 

 

 

────彼奴(アイツ)も俺や御前と同じ、孤児だった

 

 

────俺の声は届いたと思う。だが芯には響いていなかった

 

 

────若しかしたら敦、御前なら…

 

 

 

「あの()が居ない…」

 

 

 

 敦は気付いた。想起した八幡の言葉と共に。

 自分と同じ様な孤児で、白鯨(此処)に収容されてからは何度か言葉を交わした彼女がタンデムローターの内部に居なかった。

 

 

 ルーシー・モード・モンゴメリ───彼女が居なかった。

 

 

 交わした言葉こそ数少ない。

 だが其れは(たす)けない理由には成り得ない。

 敦は孤独を知っている。独りを知っている。身が引き裂けるほどの苦痛と悲哀を知っている。

 考えるよりも先に、四肢が爆ぜる様に動いた────敦は武装探偵社の一員だから。

 

 

「僕は()()り残した事が有るからッ────!行ってきます!!」

 

「────まッ待って…!」

 

 

 閉まり始めるタンデムローターの乗口に声を飛ばし、敦は殺到する視線を背に受け、自分を呼び止める声を背後に押しやって、機械の通路を駆け抜ける。 振り返る事は無かった。

 

 そんな後ろ姿を見る鏡花は『待って』の後の言葉が続かなかった。伸ばした手は空を切り、力無くして落ちる。

 如何(どう)して如何(どう)して如何(どう)して────そんな言葉が延々に反芻する。其の疑問は敦になのか、自分になのか、両方か、判らない。

 

 

「ほいっと」

 

「え…っ……きゃっ!」

 

 

 突然、躰が浮いたかと思うと、次の瞬間船内へ投げられた。

 受け身を取り、振り向くと投げた張本人であろう賢治が親指を立てて檄を飛ばす。

 

 

「伝えたい事は伝えなきゃ!言葉にしないと判りません!牛さんだって人だって其れは同じです!!」

 

「…………うん!」

 

 

 力強く顎を引いた鏡花は、もう見えない敦の背中を追って疾駆する。

 

 何時だったか。

『生きたい』と切望する一人の少女を(たす)く為に一人の少年が死力を振り絞り、拳を奮った。

 今、此処で起きている事象はあの時の再演なのかも知れない。演じる演者(キャスト)こそ違えど其の根幹は酷く似ている。

 

 誰もがReason Living(生きる理由)を探している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

「此の程度かな?口八丁(ビッグマウス)は仕事に於いて一番損をする気質(タイプ)だ」

 

「『羅生門』!」

 

「其れ依り礼儀知らずが仕事相手は最悪だ。礼儀(マナー)を憶えると良い」

 

 

 殺到する黒獣を両掌で握り潰すフィッツジェラルド。

 再び芥川は黒獣と黒刃を飛ばすが容易くいなされ、地に叩き付けられた。

 

 フランシス・スコット・キー・フィッツジェラルド。

 異能力『華麗なるフィッツジェラルド(The Great Fitzgerald)』。

 消費した自身の財産の金額に比例して、身体能力を強化させる事が出来る。フィッツジェラルドは幾つもの企業を有する大富豪である為、強化に際限が無いように思えてしまう。

 今、フィッツジェラルドが支払った額は十万ドル。異能力を使うと翠玉(エメラルドグリーン)の模様が躰中に浮き上がる。其れは支払った額に応じて増え続ける。

 

 

「『羅生門・(ムラクモ)』!」

 

 

 芥川の黒外套から巨大な腕が発現する。其の漆黒の腕は手先は尖爪で、フィッツジェラルドを切り裂かんと肉薄する。

 

 

(たし)かに“握手(ハンドシェーク)”は礼儀作法の一つだ────だが」

 

 

 左脚を軸に旋回し、右足刀を肉薄する黒腕に叩き込む。

 身体強化された蹴りは瞬時に黒腕を向かいの壁まで吹き飛ばし、壁に打ち付ける。

 すかさずフィッツジェラルドは芥川に肉薄し、強化された拳を腹に振り上げた。

 咄嗟の『空間断裂』で迎撃を防いだ芥川だったが、フィッツジェラルドの拳の風圧と衝撃に、黒腕と同じ壁まで繰り返し跳ね、叩き付けられた。

 

 

「ガ……ッ!」

 

「其れは対等な者同士が行う作法だ。目上の人間に求める事は不遜極まりない」

 

 

 見下すフィッツジェラルドと見上げる芥川。

 奇しくもフィッツジェラルドの云う様に芥川が下だと位置付けられた。物理的に、ではあるが。

 

 

虎人(リカント)の少年を追わねば…狙撃手(スナイパー)のトウェイン君が居るとは云え無駄な時間の消費(ロス)は避けたい」

 

「………フッ」

 

 

 思わず笑い声が漏れる。

 訝しむ様に眉を顰めたフィッツジェラルドの視線が芥川を射抜く。

 

 

少年(リトルガイ)、何が可笑しい?」

 

「貴様の云う狙撃手は既に捕縛されているぞ」

 

「…何だと?」

 

「奴は(やつがれ)の衣刃を首筋に当てただけで屈服した。畢竟(ひっきょう)、金貨で雇われた従者に過ぎぬ」

 

「私は────」

 

 

 壁に寄り掛かる芥川の胸倉を掴み、フィッツジェラルドは壁に叩き付ける。

 標本の蟲の様に縫い付けられた芥川だが嘲笑の笑みは崩さない。胸倉を掴むフィッツジェラルドの手首を掴み返す。

 

 

「雇われた従者は貴様に附随(つきしたが)っているのでは無い。貴様の持つ金貨に屈服しただけのこと。絶対的忠誠より“死”を(おそ)れただけのこと。欲深い人間として至極当然の反応よ」

 

「……」

 

「無様だな成金背広。貴様が唯一神の如く信を置いていた“金貨”は天之暦数の“死”には抗えぬようだ。貴様の云う“自由”は()えるが“生”や“死”は()えぬ」

 

「────ッ!!」

 

 

 芥川の胴体にフィッツジェラルドの強化された拳が突き刺さる。

 又も(すんで)のところで黒衣の異能で(ふせ)いだ芥川だったが、フィッツジェラルドは機関銃の連射の様な拳の雨は、防禦を突破し、衝撃が駆け抜け、背中側の壁に亀裂を走らせた。

 

 

「そんなもの……」

 

「ガハ!ッ……が────ッ」

 

「私が一番知っている!」

 

 

 憤怒と悲哀と哀切と自戒と────。

 フィッツジェラルドは激情を顕にした。入り混じった複数の感情が顔を醜く歪めていた。

 云われなくても、云われずとも…そんな言葉を吐きながらフィッツジェラルドは芥川に拳を奮った。己を痛め付ける様に放つ拳は芥川の異能障壁に放射線状に亀裂を走らせた。

 

 

「妻ゼルダは娘の死を受け止めきれず心を病み、今も尚、妄想の中に逃げ込んでいる」

 

「娘……」

 

「金で生死は()えない、だと…?知っているさ、知っているとも!だからこそ私は『本』を探し出し、娘を此の世に呼び戻す!其の妄想を現実にする為に!其の為に!!」

 

 

 其れは、何時も金で物を云わせてきたフィッツジェラルドの新たな『覚悟』だった。

 横浜を阿鼻叫喚の地獄へと化そうが、自らの資産を(すべ)て失う事になろうが、家族を取り戻す為、あの刹那の幸福のひとときを取り戻すと云う『覚悟』だった。

 

 

 

─────風の切る音。

 

 

 

 芥川の胸倉を掴むフィッツジェラルドの助骨に、白毛が生え揃う虎の左脚が突き刺さる。

 

 

「ガッ……!」

 

 

 声にならぬ呻き声を上げたフィッツジェラルドは幾度と跳ねながら地を滑って行く。

 フィッツジェラルドが顔を上げた先、芥川の前に悠然と佇む少年────中島敦は壁に背を預けている芥川を一瞥する事もなく、フィッツジェラルドに虎眼を向けた。

 

 

「借りは返したぞ芥川」

 

 

 敦の云う“借り”は先程鏡花と共にフィッツジェラルドを含めた組合(ギルド)から解放してくれた事を指している。

 芥川は敦の横顔に視線を飛ばしながら、怒気を滲ませた声を漏らす。

 

 

「何故戻って来た人虎…!」

 

「勘違いするな。僕は僕の為に戻って来ただけだ。御前を扶ける為じゃない」

 

「そうでは無い!貴様を此処から出奔させる事が危急の目途だと何故判らぬ!」

 

道標(タイガービートル)ゥゥゥゥヴヴヴヴ!!」

 

 

 躰の翠玉(エメラルドグリーン)の紋が更に広がったフィッツジェラルドは地面を抉る様に蹴り、加速。逃したと思っていた標的(ターゲット層)が態々戻って来たのだ、敦を見る目が血走るのも無理は無い。

 

 

「ぅ、ラァッ!」

 

 

 だが────。

 敦は気合の声を漏らすと、肉薄するフィッツジェラルドの勢いに逆らわず、手首を取り、躰を斜めに引きながらフィッツジェラルドの肘を支え、其のまま躰を後方に引き、フィッツジェラルドを向かいの壁に叩き付けた。

 

 

「グッ────ハッ!」

 

 

 幾ら身体強化されているとは云え、身体強化に依る加速された勢いに依る全体重が乗った衝撃はかなり(こた)える。

 フィッツジェラルドは壁に叩き付けられた衝撃で肺から空気が吐き出された上に、五臓六腑が揺れ動き、胃酸が責め登った。奥歯を噛み締め、其れを呑み込む。

 

 

「貴方が…(すべ)てを投げ捨ててでも為し遂げたい願いの為に、僕を狙う“覚悟”は理解した。でも、納得は出来ない」

 

「別に……理解は求めていない、がね」

 

 

 国木田の足捌き、鏡花の殺気感知、八幡の御技。

 敦がフィッツジェラルドに掛けた技伎(わざ)は、探偵社で培ったものを踏襲し、形を為したものだ。経験、と云っても差し支えない。

 そんな敦に、射殺す様な、憎悪に満ち満ちた眼差しを芥川が向ける。口から飛び出したのは罵倒だった。

 

 

「人虎!此の策に逆らう事は(ゆる)さぬ!」

 

「何で…!今は其れ処じゃないだろう!!」

 

()だ気付かぬのか…ッ!───出逢いに恵まれ、幸福に身を浸し!運だけであの人に認め讃えられる貴様の様な愚者を!(すべ)てを持つ貴様を!あの人は……()()()()は!」

 

「太宰、さん?如何(どう)して、今、太宰さんの名前が出るンだ……?」

 

「太宰さんは!此の世の誰よりも敬慕する(やつがれ)に貴様を『扶けよ』と命じたのだ!躰が張り裂けんばかりに煮え滾る憤怒と寂寥を殺し!其れを…其れをッ!貴様の身勝手で策を気泡へと化す事は(ゆる)さぬ!決して(ゆる)されぬ!」

 

「あの人って…真逆(まさか)、御前…ずっと……」

 

 

 唖然とする敦と怒りに(たけ)る芥川。

 敦も芥川も孤児だった。

 太宰に拾われ、他者を護る事を選んだ敦。

 太宰に去られ、殺戮者と成った芥川。

 皮肉なもので、相反する二人を繋ぎ止めているのは太宰だ。

 切なる想いを聞き、漸く敦は芥川の憎悪の理由(ワケ)を知ったのだ。

 芥川の持つ苦悶が敦の胸を()く事で、敦の身勝手さに怒りが込み上げたのを理解した。

 

 そんな二人を、身を起こしたフィッツジェラルドが哄笑する。

 

 

 

「────面白い、君達は実に似た者同士だ」

 

 

 

「こんな奴と────」

 

 

「一緒に────」

 

 

 

「「するなッッ!!」」

 

 

 

 フィッツジェラルドの言に激昂する敦と芥川。

 彼が云う様に、二人は似た者同士なのだ。

 敦は他者の為に血を吐いて闘えば、誰かが『生きる価値有り』と許可を呉れるのだ、と。

 芥川は誰よりも強く在り続ける事、そして戦果を上げ続ける事で太宰から認めて欲しいのだ、と。

 二人の抱えている孤独感と寂寥感、そして────他者からの承認を得たいと云う欲求は酷く似ている。

 けれど同質のものでは無い。だからこそ二人は吼え猛るのだ。

 

 

 

「そうか────では、聞こう。道標(タイガービートル)Mr.(ミスター)芥川、君達にとっての“覚悟”とは何かね?」

 

 

 相容れない其の想いが、(すべ)てを捨て去る“覚悟”を持つ者が、たった一つの想いを捨て切らない彼等に問う─────己が持つ“覚悟”とは何か、と。

 

 

 

「……貴方の“覚悟”が(よろず)を捨てて壱を救う為に在るのなら、僕の“覚悟”は(よろず)(たす)く為に虎の爪を立てることだ」

 

 

 

「……其の様なもの、持ち合わせておらぬ。(やつがれ)が望むのはただ一つ、()の人からの言葉のみ。其の為ならば心が血を流そうが、躰が砕けようが、構わぬ」

 

 

 

「では、何方(どちら)の“覚悟”が強く在るか……(くら)べるとしよう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ…ハッ……」

 

 

 息を切らし、少女が疾走る。

 少女が目指すは此の白鯨()の操舵室。全長数百(メートル)はあろう船の先端だ。

 

 

『鏡花ちゃん、聞こえるね?』

 

「ん」

 

 

 インカムを通して小さく返事をする鏡花。

 相手は作戦の総指揮を取っている太宰だ。太宰は切羽詰まっている事を念頭に置くように、鏡花に云う。

 

 

『君達が乗っている白鯨(モビー・ディック)は現在、横浜の市街へ墜落しようとしている。操舵室に制御端末が有る筈だが、其れには警備(ガード)が居る筈だ。恐らく、()()()()()()()()()()()()()()だ。心当たりは……有るね?』

 

「…うん」

 

 

 賢治に背中を押され、と云うより投げられ敦と合流した後。

 鏡花は敦にある事を頼まれていた。

 

────赤毛の少女を扶けて欲しい

 

 太宰からの報告で、此の船が横浜の市街へ墜落しようとしているのは知っていた。そして其れは、フィッツジェラルドの()()()()()()()()()()()()()()()のだ、と。

 つまり、裏の首謀者が居るのだと太宰はそう云った。其の首謀者に心理操作(マインドコントロール)されている者が居ると、其の人物が船に残っている人物であり、船を横浜の街へ墜とそうとしているのだと。

 

 芥川や探偵社の面々が此の船に乗り込んだ際、捕縛した中に心理操作(マインドコントロール)された者が居なかったのは、異能で隠れていたからだと太宰は結論を下した。そして其の人物が────敦が探し、扶けようとした女性であるのだと。彼女の異能とも太宰の予想は見事に合致していた。

 

 

『鏡花ちゃん』

 

「……」

 

『君は君自身を信じる事が出来ないと思う。判るさ、君の才能は暗殺に長けている。人を救うより、余程ね。生き方の選択肢が光の当たる探偵社では間違っていると、だから探偵社員には成れないと、君はそう思っている」

 

「……ッ」

 

「だけどね、誰もが生き方の正解を知りたくて、誰もが闘って居るンだ。答えは誰も教えては呉れない、だから君は、君の事を信じなくて良い。でもね、敦君が信じる、君を信じる事は出来る筈だよ』

 

「─────!」

 

「じゃあまた、()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラヴクラフト、そう呼ばれる人外の者は『旧支配者(グレートオールドワン)』と呼ばれる異能に扮した何かを有していた。

 軟体生物の様な形状に、不気味に蠢く触手、其れには吸盤も付いており、蝙蝠(こうもり)の様な翼も生やしていた。質量保存の法則を無視し、自在に姿形を変えた。

 

 先に戦闘した禍狗は、触手を幾ら切り、破壊したとしても瞬時に再生すると、そう云っていた。故に最初から“忘却”する心算(つもり)だった。

 

 そして、奴の触手が躰に触れた時、八幡は悟った。

 

 

───奴の持つ触手の一つ一つが、一つの“神”である、と

 

 

 何が其れを悟らせたのか判らない。

 人外の力を持つ、若しかすると世界に干渉する二つの“異能”だからこそ、互いに互いが共鳴し、影響し合った結果なのかも知れない。

 

 此の現象を有識者はこう呼ぶ事がある────特異点、と。

 

 世界の契約に依り、生み出された化物が────。

 世界から其の契約さえも忘却させる化物に────。

 相反する二つの“何か”が、互いに交わる事で、世界に特異点が生まれ墜ちたと結論付けるのは至極正当では無いか?

 其れが両方の“記憶”に流れ込むのは、世界に干渉し過ぎた故の弊害か、報奨か。

 

 

────あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!

 

 

 然し、片やただの人間。

 世界の(ことわり)其のものを受け止める器は無い。破裂するかの様な頭痛、張り裂けそうな五臓六腑、燃え盛る血潮…尋常では無い量の情報が脳に雪崩込んだ。

 

 再度記す、奴の一つ一つの触手は、一つの“神”である。

 

 つまり、“忘却”するには此の特異点を幾度と経験し、通過し、耐え切らなければならない。そして其の選択肢は───八幡(人間)には無かった。

 

 責苦・苦痛・惨痛・憂悶・心労・懊悩・患苦・悶え・痛苦・悩乱・苦悩・苦患…懊悩煩悶とした絶叫が延々と木霊していた。

 

 

 轟々とした声が途絶えた時、其れは何かが終わった事を意味していた。

 

 

「…………ァ」

 

 

 明滅する視界の中で、名状し難い化物は既に消えていた。

 世界から、記憶から、現世から、因果から、消えた、(いや)、消えたのでは無い。忘却させられた────異能力『本物』によって。

 

 感覚が揺り戻った時、八幡の全身は生温かいものが包んでいた。

 其れは自身の血だ。目、鼻、耳、口…穴と云う穴から、血が流れ落ち、八幡の躰を朱殷(しゅあん)色に染めていた。自身の血溜まりに膝を付き、躰を支える。

 

 

(か、い…じょ…しない、と……)

 

 

 飛び掛ける意識を心で留める。明滅する視界を、破砕し掛ける脳を、沸騰した血流を、限界に痙攣する躰を、気を抜けば、ただの肉塊へと成り果ててしまいそうな己を。

 手に入れた居場所を、護りたい仲間を、信じてくれた親友を、伝える事がある彼女の所に帰るのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目ですよ、貴方には()だ踊って貰わなければなりませんから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────バンッ

 

 

 

 

 飛び掛ける意識を、強引に引き戻したのは烈々な痛覚。

 小さな衝撃の後に駆けるは内臓が裏返るような鈍痛。思わず支えていた手を、鈍痛疾走る助骨に当て、認識する───撃たれたのだ、と。

 支えが無くなった躰が血の池に沈む。“忘却”の状態(モード)であるのに、通常の銃弾が八幡に通じる筈が無い。そんな事を考えながら、自身の血の池の微かな温かさが心地良いと、自嘲気味に口を歪ませる。

 

 

 

 

 

却説(さて)、私からのささやかな贈り物として、種明かしでもしましょうか」

 

 

 

 

 

「貴方の異能『本物』や今の貴方の忘却(じょうたい)に、()()()()()()()()。其れは判っていました。然し、此処で疑問が生まれます。それならば何故、貴方の身に付けている衣服は影響されないのか」

 

 

 

 

 

「簡単な事でした。貴方は其の衣服の繊維の“記憶”を弄っていますね?ですから、今の状態でも貴方の衣服は影響を受けていない。此の結論により、異能攻撃が貴方に最も有効であると確証を得ました」

 

 

 

 

 

「貴方を撃った此の銃、見覚えありますよね?」

 

 

 

 

 

「ラヴクラフト、彼と契約したのは私です。武装探偵社が箱根で組合(ギルド)と衝突した際、私の目的は此の銃でした。そうです、此の銃は武装探偵社の()()()調()()()()()です。お判りだと思いますが、事務員の人質なんてどうでも良かったのです」

 

 

 

 

 

「ラヴクラフトには此の銃の回収だけを命じていました。其れさえ叶えば後は場を整えるだけですから。あァ、彼は私の事を“フィッツジェラルド”と誤解していた様ですね。まァそうさせたのは私ですが」

 

 

 

 

 

「貴方は今、人外の類であるラヴクラフトと邂逅し、世界の(ことわり)を知った。世界の真髄に触れた。世界に与えた神の寵愛を受けました」

 

 

 

 

 

「貴方の“罪”は世界を改変するかの如き、神さえ亡き者にさせる『異能』を発現させたこと。ですから、其の“罪”を貴方の手で贖いなさい。貴方自身が貴方に“罰”を下しなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────世界から“異能”を消し去るのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、ここまで。
まず謝罪です。3月中に終わらなくてすみませんでした!本当にすみませんでした。

四月には終わらせます。絶対に!ほんとに!

では毎度恒例謝辞。
『美沙』さん、高評価有難うございます!残り少ない、この小説でもてもとても励みになっています!有難うございます!


ではまた近日中に。
次回、本篇完結。乞うご期待!

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