和を嫌い正義を為す   作:TouA(とーあ)

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再考、記述、消去、再考、記述、消去……ずっとその繰り返しでした。
息抜きに別の二次小説書いたりとかしましたが、それにしても時間がかかり過ぎました。

感想欄で応援、そして叱咤激励してくれた読者の皆さんへ感謝を。

お待たせしました。年内最後。お楽しみ下さい。


※3月6日に後半を大きく改変しました。
混乱させるかもしれませんが、お楽しみ下さい。








終局

 

 

「フルハウス」

 

「もぅ〜〜!強過ぎるよ!」

 

 

 地下の一室。とは云っても清掃が行き届いており、塵一つ無い。

 其の中心では札遊戯(ポーカー)が行われており、(テーブル)を挟んで一人の紳士風の男と勝敗に口を尖らせている子供が暇潰しに札遊戯(ポーカー)(たの)しんでいた。だが紳士風の男は純粋に愉しんでいるのでは無く、何かの狙いがあって札遊戯(ポーカー)をしている様だ。

 

 

「ねぇねぇ(エース)さん」

 

「何だ“Q”」

 

「何時まで此処に居るの?」

 

「もう直ぐ迎えが来る。其迄の辛抱だ」

 

 

 “(エース)”と呼ばれた其の男。

 子供に対して物腰はとても柔らかいが(カード)で隠された其の口は弧を描き、醜く歪んでいた。

 そんな様子に“Q”と呼ばれた子供は気付いた様子は無い。ただ勝負に負けた事を嘆き、変わらぬ現状に不満を漏らすだけだ。

 

 

「僕は早く“狂気”が見たいんだよ!」

 

「“狂気”?」

 

「そ!愛し合う恋人が醜怪に踊り、正義を掲げる人が正義の名のもとに罪無き人に強靭を振るう!そんな血と苦痛が入り混じる人の狂態が見たいんだ!」

 

「ほぅ」

 

 

 人間が息をする、そんな生きる上でしなければならない行為であるかの様に、Qは人が狂う姿が見たいのだと嬉々として語った。

 Aは其の話に感嘆の声を漏らす。中々に興味深い言葉の羅列であったからだ。

 

 

「私達が今している札遊戯(ポーカー)は、と云うより(すべ)てのギャンブルは君の持論に良く響く」

 

「…?如何(どう)云う事?」

 

「此の遊戯(あそび)も突き詰めれば人の狂態が見えると云う事だよ」

 

「此の沢山の紙切れで?唯の遊びで?僕みたいな異能を使わなくても?」

 

 

 首を傾けながらQはAに尋ねる。

 Aは首肯し、口元に笑みを(たた)えながらトランプを切る。時間を掛けてゆっくりと熱を持たせながら語り始める。

 

 

「最初に私は君との勝負で負けたね?」

 

「うん、今になって(わざ)と負けたんだなぁーって思うけど」

 

「其の通り。私が経営している店では札遊戯(ポーカー)はディーラーと客の一騎打ちでやっている。丁度、私と君の様にね」

 

「ふーん」

 

札遊戯(ポーカー)は五枚のトランプを定められた役を揃えていくだけの単純且つ簡潔な遊戯(ゲーム)なのだが奥が深い。“チェック”・“フォールド”・“ベット”・“コール”・“レイズ”…言わば人と人との騙し合いで成り立ち、虚偽と真実の入り混じる人間の思考の奥深くまで垣間見える物だ」

 

「其れのどこが狂気と通じるのさ?」

 

「Q、そう答えを急かさないで()れ給へ」

 

「むぅ…はぁい」

 

「続けよう。単純且つ簡潔、つまり君と同じ様に半刻もすれば規則(ルール)を覚える事が出来る。規則(ルール)が多い雑多な遊戯(ゲーム)よりも一心不乱になる人間が多いのは此の理由が大きい。まァ海外では札遊戯(ポーカー)のプロフェッショナルが政府で認められていると云うのも大きいがね」

 

「へぇ〜!」

 

「故に一攫千金を目論み、此の札遊戯(ゲーム)にのめり込む人が多い。Q、私が君に負けた時、君は私に何と云った?」

 

「え?えっとねぇ……『Aさんってば弱いんだ!もう一回しよ!』だったかな?」

 

「そう、君が云っていた様に私は君に態と負けた。すると君は味を占めた様に私に何度も何度も勝負を吹っ掛けてきた。私の勝数が多くなり、君が此の札遊戯(ポーカー)を飽き始める機を見計らって私は負けた。するとたった一度の勝ちを、絶対的強者を負かした一勝を、抗いようの無い勝利の美酒を、延々と欲深く引っ張るだろう?」

 

「う、うん……」

 

「私と君との間にはチップ…要するに賭金は無かった訳だが君は徐々に此の札遊戯(ゲーム)に夢中になっていた……之に“金”が絡み始めると人間と云う醜い生き物は歯止めが効かなくなり札遊戯(ポーカー)を、賭博(ギャンブル)を、狂った様に卑しく愉しむのさ。其れがディーラー(私 達)の術中の中だと知っていてもね」

 

 

 Aは耐え切れず哄笑する。

 “欲”と云う貴賎(きせん)の別無く備わる醜悪な物に賎陋(せんろう)される人間を。

 “賭博(ギャンブル)”と云う人間の性根を淵源から(あだ)する下卑た“遊戯”を病的な迄に尊崇する強欲な人間を。

 Qは目の前の男の賭博(ギャンブル)への歪んだ狂愛に、自身に近しい何かを感じた。言で形容する事は出来ない“何か”を感じた。

 再度、遊戯(ゲーム)が始まろうとした時、一室の扉がノックの後に開き、巨漢の男が入室しAへ頭を垂れた。

 

 

「A様、組合(ギルド)からの訪客が到着致しました」

 

(ようや)くか。Q、支度し給へ」

 

「うん!」

 

 

 Qは何処か冒涜的な風貌をした片足だけの人形を大事に抱え、何時もの背丈に合う肩掛け鞄(ショルダーバッグ)を頭から通し、笑顔でAに駆け寄る。

 巨漢の男に続いて入室して来たのは山高帽(ポーラーハット)を右手で押さえ顔を隠している中肉中背の男だった。

 

 

「Qを此方(こちら)に」

 

「…Q」

 

「はーい!」

 

 

 男は呟く様に声を発した。

 Aの呼び掛けに快活に返事をしたQは其の男の隣に並ぼうと一歩踏み出した。Aは其の小さな背に声を掛けることも、悲痛に顔を歪める事もない。ただ顔に浮かべているのは欲望だけを煮詰めた様な(おぞ)ましい笑みだ。

 

 

「Qは引き渡した。さァ“森鷗外”の首を()る計画でも練ろうじゃないか」

 

 

 Aは()()()()、ポートマフィアの首領(ボス)である“森鷗外”の殺害が目的であった。

 マフィアの首領(ボス)である森鷗外に忠誠の欠片も持っていない。幹部に成り上がったのもポートマフィアへの忠誠ではなく、偉大な功績を残した訳でもなく、多額の上納金に依ってである。

 本来、敵である組合(ギルド)に協力体制を敷いたのも(ひとえ)に此の目的の為だ。其れ以上、其れ以下でも無い。Aがポートマフィアの首領(ボス)の座に就く、ただ其れだけがAの目途であった。

 

 

「ハッ」

 

 

 Aの目途の言に対しての男の返答は嘲笑。

 僅かな瞬刻、Aは呆気に取られ凝然と目を丸くする。嘲笑されたのだと脳が理解に追い付いた時、憤怒へと表情が変貌した。

 膨れ上がった激情に身を任せ、Aは男に右の拳を振るう。札遊戯(ポーカー)のディーラーとは云え、マフィアの幹部。体術は其処らの一般人より優れている。

 男は其の拳を避ける事なく、Aと同じく右手で正面から受け止めた。高く重い音が一室に響き渡る────が。

 

 

「がぁ…!あ゛ぁっ……!」

 

 

 単純な握力。純粋な力。圧倒的な力量差。

 Aは両膝を震わせ、苦痛の声を漏らし、其の場に崩れ落ちる。憤怒に染まっていた表情は苦悶と激痛に歪んでいる。余裕な笑みの一切は消え、其の顔が表しているのは恐怖のみだ。

 

 

「─────ッ!」

 

 

 声に成らぬ気合の声を漏らし、山高帽(ポーラーハット)の男を此の部屋へ連れて来た巨漢の男が上司を(たす)く為に腰の入った拳を振るう。

 男は冷静に(かぶり)を振るだけで其の拳を躱し、Aを掴んでいた右手を離す。其の儘、右入身体(いりみたい)で懐へと一歩踏み込み、流麗な(からだ)捌きで、流れる様に巨漢の男の鳩尾(みぞおち)に肘鉄を撃ち込んだ。

 

 

「────ッッ!」

 

 

 人間の構造上、“鳩尾(みぞおち)”と云う躰の一箇所は鍛える事が出来ない。とは云え痛みに慣れる事、耐える事は経験を積めば可能である。故に一撃必殺であるとは云えないのだが、一撃で沈めるには十分過ぎる弱点箇所だ。

 巨漢の男は其の躰からして鍛えてあるのは明白だ。人体の弱点である鳩尾に貰ったとは云え、一撃で崩れるほど(やわ)な鍛え方はしていない。

 飛び掛ける意識を足腰に力を入れる事で(こら)える。自身の足下を映す明滅する視界を引き上げ、正面の山高帽(ポーラーハット)の男へ殺意の視線を飛ばし────。

 

 

「ガ────ッ!!」

 

 

 無理矢理引き上げた後の視界は“黒”に埋め尽くされていた。

 直後、鈍痛が鼻頭を襲い、刹那の内に全身へと広がる。視界の“黒”が男の革靴の(かかと)であるのだと気付いたのは壁側に吹き飛ばされ、幾度と転がり、体重を壁に預けた後だった。

 Aは男の握力で破砕されかけた右手を(さす)りつつ、地に臀部を着け、後退りながら、其の光景を男の腐った瞳と共に記憶に焼き付けられた。

 

 

「おっ御前達!構えろ!!」

 

 

 Aの直属の部隊は五十人。此の一室に居るのは十人だ。一人は既に意識を刈り取られているので実質九人の部下に銃を構えるよう命令を飛ばしている。取り繕えていない声は震えている。

 男は其の命令を意に介した様子も無く、後退るAに足を向ける。恐怖を刻む為か(わざ)と踵から足を降ろし、一室に革靴の音を響き渡らせる。

 

 

「………()めとけ。俺の目的は“A”だ」

 

 

 向けられる銃口を恐れた様子は無い。ただ男はそう呟いた。

 無論、其の男の一言で銃を下げたAの部下は居ない。機関銃(マシンガン)こそ持っていないものの、小口径拳銃を全員が右手で(しっか)りグリップを握り、左手を添えている。

 

 

「構わんッ!!撃てッ!!」

 

「はァ…忠告したからな」

 

 

 引き金が引かれ、撃鉄が自動的に稼働し、何十もの弾丸が男に向かって射出される。火薬が炸裂し、薬莢(やっきょう)が跳ね、轟音が一室を満たす。

 

 

 

 ───────。

 

 

 

 沈黙が一室を支配したのは刹那の間だけであった。

 空が降ってきたような轟音が止むと、次に部屋を支配したのは阿鼻叫喚の嵐だった。

 

 

『あ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』

 

 

 部下達から血煙が噴出する。血液が濃霧の様に其の部屋ごと包み込み、地獄と化した。()()()()()()()()()のである。

 云うまでも無いがAの部下は銃火器について訓練は受けている。即ち射線上に味方は居ない筈なのだ。

 

 

「────ぇ」

 

 

 其の血の池の如し地獄絵図に加わらなかったのは、腰が抜けて地に手を付いていた“A”と男に意識を刈り取られた巨漢の男、そして背丈が大人の平均にまで達していないAの直属の部下でたった一人の少年だった。

 Aは見ていた。何発かは眼前まで迫っていた山高帽(ポーラーハット)の男の頭を撃ち抜いていたと云う事実を。だが男は頭を撃ち抜かれたと同時に()()()()()()()()()と云う真実を。

 

 

「……有り得ない、有り得ない有り得ないッ!私は生まれ(なが)らの王だ!こんな…こんな結末で善い筈が無い!!私は…私は……私はァァァァァァァ!!」

 

 

 目も当てれない惨憺(さんたん)たる光景にAは狂乱する。Qが見れば破顔しそうな醜態である。無様、其の一言に尽きた。

 山高帽(ポーラーハット)の男は扉の傍に立っていた。其の瞳は変わらず濁っており、表情の機微は一切無い。地獄絵図の此の部屋を流し見するが何一つ呟かない。男はAに向かい今一度前進するのと同時に呪文の様な何かを唱えた。髪が白に染まり変わり、全身を朱殷(しゅあん)色の光が包み込んだ。

 

 

「御前は王だ」

 

「………あ゛?」

 

「裸の、な」

 

「貴様ァァァァァァ!!」

 

 

 Aに男が触れる。男を包む朱殷の光がAにも移り、やがて存在其のものを此の世の(ことわり)から消し去った。誰の彼の“記憶”に“A”と云う存在はもう無い。

 死屍累々の一室に現存するのは足下を浸す程の血溜まりと生き残りの少年、意識を刈り取られている巨漢の男、そして血深泥(みどろ)札遊戯(ポーカー)の台だ。

 

 

「おっおい!」

 

 

 男が踵を返し、此の一室から去ろうと扉に手を掛けた時、Aの部下である少年が声を震わせながら問うた。目尻には涙が浮かんである。

 

 

「こ、此の場所はマフィアの首領(ボス)でさえ知り得ないンだ!Qの取引の為だけに組合(ギルド)が用意してくれた豪華客船の一室なんだ!!何で此の場所が判ったんだよ!?…(いや)、御前は一体誰なんだ!!」

 

 

 もう此の少年の“記憶”にAは存在しない。其れは此の少年に限らず、だ。

 “A”と云う存在の“記憶”があるのは此の世でたった一人、Aに対して“異能”を使った山高帽(ポーラーハット)の男のみ。

 男は少年に背を向けた儘、山高帽(ポーラーハット)を押さえ、呟く。

 

 

「“(シャドー)”……(いや)、武装探偵社が一隅“比企谷八幡”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕

 

 

 

 豪華客船から出た時にはさざ波を立てる入江に、既に月影は其の姿を浸していた。

 横浜の湾口をのぞむ雑踏は潮の音と宵闇の喧騒とぶつかり、弾け、月光は街の(あかり)と入り混じる。何時もは心地良い其の情景が今では心中を掻き立てる要素にしか成り得ないのは皮肉なものだ。

 

 

「…終わったンですね、八幡さん」

 

「あァ」

 

 

 瞳を揺らす谷崎は続きの言葉を発さない。谷崎の隣には俺と谷崎を交互に覗き込むQが首を傾げている。

 

 

「谷崎、後は頼む」

 

「はい」

 

 

 谷崎とQの背中が小さくなっていく。其れを見送り、俺は月光が反射する横浜湾を眺める。

 

 

 

「………そう簡単に感傷に浸らせては呉れない、か」

 

 

 

 濃密な“死”の気配。

 闇夜に準じ、長身痩躯の男が虚無の瞳を覗かせ距離を詰めてくる。其の瞳には虚無と同じく瞋恚(しんい)が宿っている。芥川からの此の男の情報では()()()()()、ならば人外の類だろう。

 

 

 

「フィッツジェラルド君との契約に、従い……眠い…面倒臭い、が……君を、捕らえ」

 

 

 

 「欺瞞に溢れる“和”を嫌い 汝の誇大する“偽善”を滅ぼさん 故に“本物”を求め 正義を為す」

 

 

 

 もう俺には()()()()()

 だが、(すべ)てを語り、曝け出し、其れでも受け入れてくれた探偵社の皆を…(いや)、仲間を護る為なら。

 

 欺瞞では無い。

 自己犠牲でも無い。

 偽善だなんて云わせやしない。

 

 俺は他者を救うと云う行為に酔っているンじゃ無い。

 今迄はそうだった。自分の存在価値を、他者や世界に必要とされる事で見出し、満足感や安心感に浸っていた。

 そんな仕組みを取っ払ってまで、俺を受け入れてくれた。何を云っているのかと、そんな事を気にしていたのかと、彼等は笑い、呆れ、そして────或る人は泣いてくれた。決して其の姿は見せては呉れなかったけれど。

 

 

 其の強さを。

 自身を強く魅せようとする其の勇壮さを。

 

 

 此の気持ちが、理性では無い“感情”が、恐らく“答”で。

 

 

────小町、先生、紫苑、漸く踏み出せた。

 

 

 墓前に添える言葉は、そんな使い古された陳腐な言葉になりそうだ。

 

 

 だから俺は居場所を────“本物”を。

 

 

 

 

「契約を……………果たそう」

 

 

 

 

「終局、か……」

 

 

 

 

 二度と失いたくないから────護ろう。

 

 

 

 

 目の前にある今を─────。

 

 

 

 

 そして何時か訪れる未来を────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一応先に報告しておきます


この作品、この章で終わらせるつもりなんです。

この章で自分が書きたいことはきちんと盛り込むことが出来てますから。後は執筆時間と疲労次第です。


では皆さん、良いお年を!
迷ヰ犬怪奇譚を楽しみましょう。感想、評価お待ちしてます!!




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