和を嫌い正義を為す   作:TouA(とーあ)

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長らくお待たせしました。

この作品の終わりまで、あと数話。お付き合い下さい!




一歩

 

 

「『推理遊戯(げぇむ)』への誘い、か」

 

「ハッハッハッ!組合(ギルド)が僕に挑戦状だってさ!こんなに愉快な話があるかい!?」

 

 

 八幡が乱歩、そして探偵社の皆に一歩踏み出した翌日。

 国木田と乱歩は、組合(ギルド)から送られてきた一通の挑戦状に書かれた或る場所へと赴いていた。

 

 ラヴクラフトとの戦闘で左の掌から腕までの骨を粉々に砕かれた国木田は翌日、つまり今日の早朝に回復した与謝野の異能に依り、細部まで全快した。

 

 探偵社の面々は『罠だ』と乱歩を引き留めたが、乱歩の知的好奇心による尋常でない行動力を止める術は持っていない。せめてもの保険として回復したばかりの国木田を同行させる事にしたのだ。国木田のリハビリがてら、と云う理由あるが。

 

 

「罠の可能性があるンですよ?到底愉快とは云えません……」

 

「あ、其の可能性は無いよ。僕の探偵の矜持に掛けて誓って()い」

 

「ど、如何(どう)してですか?」

 

「ほら、これ」

 

 

 二人の前に現れた西洋様式の扉。

 其の扉には『ようこそ乱歩くん』と上文に書かれてある問題紙が貼られてあった。以下は問題である。

 

 

────〇〇〇は△△△である

────〇〇〇は△△△ではない

 

 二つの文が同時に成立する〇〇〇と△△△を入れ、入室せよ。

 

 

 乱歩は眼鏡を掛け、口の端を釣り上げた。

 国木田から万年筆を借りると、勢い良く其の問題に答えを書き殴った。

 

 

────この行(〇〇〇)十文字(△△△)である

────この行(〇〇〇)十文字(△△△)ではない

 

 

(んなっ……!)

 

 

 此の問題の答えを考えていた国木田にとって此の答えは、予想の斜め上であり、そして自分では到底思い付かない答えである事を思い知らされた。

 

 

「じゃっ、入ろっか」

 

「は、はい…」

 

 

 挑戦状に心弾んでいる乱歩は、その歩行にも現れていた。

 護る側である国木田は先駆けるのが普通なのだが、あまりの警戒の無さにその行為さえ忘れ掛けてしまう。

 

 

「ふふ…久方振りだな、乱歩君よ。表の問題は解いて頂けたかな?」

 

「ん!」

 

 

 

 解いた問題を目の前の男性に突き付ける乱歩。

 扉の先には豪華絢爛な装飾など何一つない、ただ部屋の中央に執務を行う様な机が一つあるだけだった。

 その机に肘を置き、肩にアライグマを乗せた男性は、薄ら笑いを浮かべ『流石だ』と、顔に喜色を滲ませ乱歩を褒め称えた。

 

 

「乱歩さん、目の前の男とは相識で?」

 

「いや知らない!」

 

「えっ!?………我輩、憶えられてない?」

 

 

 衝撃を受けた男性は肩を落とし、机に突っ伏した。

 その後、男性は何かを思い立ったのか跳ね起きると、小声で乱歩に向かって(まく)し立てた。

 

 

「何故であるか…我輩この日の為に何年も計画を立て…組合(ギルド)の船便に同乗して海を渡り満を持して挑戦状を書いたのに部屋の準備とか凄く大変だったのに……」

 

「もっと大きい声で喋って!」

 

「ひいっ!」

 

 

 男性は乱歩の剣幕にしどろもどろしつつ、視線を彼方此方(あちらこちら)にやりながら名乗る。

 

 

「我輩はポオ。米国(アメリカ)の探偵にして知の巨人。六年前…君と探偵勝負を行い、敗れた者である」

 

「…」

 

「あの日の屈辱、我輩は一日たりとも忘れた事は────」

 

「あ、眠たい話は()いや!推理遊戯(げぇむ)は?」

 

「ちょっ……!」

 

(少しだけ、少しだけ…奴が不憫だ)

 

 

 自由奔放に振り回される者、其の感覚は国木田にも身に覚えがある。言うまでもない、太宰だ。

 机上にある本をポイポイ投げ棄てる乱歩にポオは慌てふためく。

 

 

「だが!此の勝負には我々の因縁が────」

 

「興味ない!!」

 

「うぅ…辛い。乱歩君は相変わらずなのである。おぉカール、お前だけは我輩の味方であるな。ほら、餌を……あ、痛ッ!」

 

 

 乱歩はポオの発言を一蹴。

 失意の内にアライグマであるカールに癒やしを求めたポオだったが、そのアライグマにも噛まれる始末だ。余りの不遇さに国木田は目を逸らした。

 

 気を取り直したポオは、乱歩らに『推理遊戯(げぇむ)』の仔細を語る。

 ポオが乱歩に差し出した推理小説(ミステリ)を読み、連続殺人事件の真相を的中させるというもの。

 小説では事足りるなら探偵になどなってはいない、と豪語する乱歩の返答を想定済だったポオは探偵社が勝利した場合の報酬(メリット)を提示する。

 

 

────組合(ギルド)の拠点『白鯨(モビーディック)』の攻略法

 

 

 探偵社にとって喉から手が出るほど欲しい情報であることは確かだ。

 だが組織(自身)の弱点を自身の口から教える、と云っても信用出来ない。疑念を抱くのが普通であり、莫迦げた事だと笑い飛ばすのも仕方の無い事だろう。

 其れを問われ、ポオはこう語る。

 

 

───組合(ギルド)の作戦など金と暴力ばかりで退屈極まりない

 

 

───此の世で人類が唯一驚嘆し、刮目すべき対象

 

 

───其れは君の異能『超推理』のみ、違うかね?

 

 

 ポオの目的は乱歩の異能『超推理』を下す事のみ。

 組合(ギルト)の目的、目標など二の次どころか興味も無かった。ただ、同じ土俵に立ってくれれば其れで良い、真意は其れだけだった。

 口の端をにぃっと吊り上げた乱歩は揚々と『乗った!』と声を出し、部屋の隅に設置されてある椅子に腰を下ろし、国木田は壁に(もた)れ掛かった。

 

 

(乱歩さんなら直ぐに解決するだろう)

 

 

 国木田がそう思ってた矢先、ポオが『推理遊戯(げぇむ)の参加枠に上限は無い』と口にしたので乱歩の持つ推理小説を覗き込んだ。

 

 

「ふむ、冒頭はこうである。『或る時代の或る夜、数人の滞在客が吹雪で洋館に閉じ込められた。()む無く宿泊した夜、私立探偵である乱歩くん(主人公)は或る部屋からの奇妙な物音で目を覚ます』」

 

 

 刹那。

 小説から烈風が舞い上がり、二人を包み込んだ。

 体が分解される様な感覚。(いや)、小説に溶け込む様な、吸い込まれる様な感覚が二人を襲う。

 

 

「これが我輩の異能『読者を小説の中に引き摺り込む能力』」

 

 

 ほくそ笑むのはただ一人、ポオだけだった。

 エドガー・アラン・ポオの異能力『モルグ街の黒猫』。

 読者を自身が書いた小説の中に引き摺り込む。引き摺り込まれた者達が解放される条件は『小説内の事件を解決する』こと。

 ポオは渾身の一作を以って、乱歩に推理勝負を挑んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が開ける。

 右手には合鍵らしきものが一つ。

 見渡して見ると、大正然とした回顧的(レトロ)な雰囲気を醸し出す一室に乱歩は身を置いていた。

 ツインの寝台(ベッド)に木製の箪笥(タンス)、異国の装飾が施された全身を写す姿見(スタンドミラー)。紅色の絨毯に焦茶の壁紙。そして────死体。

 胸をナイフで一突きにされた其の死体は目を剥き、虚空を見つめていた。

 

 

(吹雪であるから窓は出入り不能。ドアは二つだけ……)

 

 

 何時もの様に事実を並べ、真実を見極めんとする乱歩。

 だが真実に辿り着くまでに、自身に無くてはならない、(いや)、自身の探偵としての矜持が消失していると云う事実に気付く。

 

 

「眼鏡が…無い」

 

「乱歩さんッ!」

 

 

 茫然自失としていた乱歩の背後から、国木田の迫った声が肉薄した。

 ゆっくり振り返ると、和服に身を包んだ国木田の他に四名ほど入室して来た事が判った。

 国木田は其の四人に部屋に入らないよう指示すると、死体へと駆けた。

 

 

「まだ微かに脈が……!」

 

「ど……ドア…………に……」

 

 

 国木田が手を取った僅かな瞬刻。

 死体だと思われた男性は僅かな命の炎を燃やして国木田達が入室して来たドアとは真逆のもう一つのドアを指差した。

 乱歩は駆け足で其のドアへと近付き、躊躇いなくドアノブを引っ張った。

 

 

─────Welcome Locked Room(ようこそ密室へ)

 

 

 ドアの先には黄土色の煉瓦(レンガ)に被害者の血液で血文字としてこう書かれていた。言うまでもないが、そのドアの先には何も無い事になる。

 つまり、国木田が入室して来たドアだけが別室と唯一の行き来出来るドアであり、乱歩が部屋におり、国木田らが直ぐに駆けつけたところから見ると出口の無い()()()()と云う事になる。

 燃え尽きた男は怒りに支配される事なく息絶えた。其処が現実とは違うところだろうな、とそんな考えが国木田の頭を(よぎ)った。

 

 

「乱歩さん」

 

「……なに」

 

「取り敢えず、遺留品の検分や事件発生当時の状況を調べます。幇助(ほうじょ)してくれませんか?」

 

「無理」

 

「ど、如何(どう)して…」

 

「眼鏡が無い、見たところに依ると君の手帳も無いようだね。異能が存在しない此の空間では僕は何も出来ない」

 

「ですが地道に調査をして行くしか方法が有りません」

 

「地味!面倒!退屈!コツコツとか調べ物とか聞き込みとかは“探偵”の仕事であって“名探偵”の仕事じゃない!」

 

「…判りました。ですが、不在証明(アリバイ)の確認などの為に此の館の者たちを集めます。同伴してくれますね?」

 

「………むぅ、判ったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では是より不在証明(アリバイ)の確認を行う」

 

「俺は殺していない」

 

「私はやっていない。本当だ」

 

「僕は殺してません…」

 

「何故私が疑われなくてはならないの!?」

 

 

 国木田の召集に依り、残りの生存者の六名が一室に集った。

 此処、『惨劇の館』と呼ばれる場所は巷では大層有名らしく、各々が興味本位で訪れていた。中には調査してやろうと躍起になっている者も居るが。

 被害者は此処『惨劇の館』の管理人である。死因は出血性ショック死だ。

 

 国木田の言葉に反応する四人、上から“鬼崎”、“鵜飼”、“礼田”、“御上”だ。

 鬼崎(41)は強面で着流しの男である。額の左には縫い跡があり、何処か堅気(カタギ)の人間を思わせる。恐喝の前科も有ると云う。

 鬼崎の不在証明(アリバイ)は『部屋で一人寝てた』の一点張りである。

 鵜飼(28)は白を基調とした背広(スーツ)にカイゼル髭の男だ。“カストリ”と云う雑誌の記者で、殺された管理人の従兄弟であると云う。

 鵜飼の不在証明(アリバイ)は『炊事室で暖炉用の薪を割っていた』と云う。無論、目撃者は居ない。

 礼田(18)は気弱そうな青年である。書生で、不在証明(アリバイ)としては、此の『惨劇の館』の怨念と云われる『片目の猫“Pluto”』について書庫で調べていたと云う。“Pluto”は血文字と共に煉瓦に描かれていた。

 御上(19)は元華族の令嬢で単身旅行中だと云う。国木田だけで無く、誰にでも高飛車である事から元華族と云う情報に疑いが無いことは明白だった。

 御上の不在証明(アリバイ)は、事件の発覚の三十分程前に『管理人に替えの服を頂きに部屋へ』行ったが返事は無く、自室で過ごしていたと云う。

 

 

(誰もが怪しい…)

 

 

 一通りの聴取を終えた国木田の感想は其れだった。

 何時もの手帳が無い為、其処らに置かれてあった紙に書き込んだ。今一度見直しても何一つとして事件の全貌が判らない。

 

 

「矢張り…事件現場の壁に書かれていた片目猫“Pluto”の怨念では……」

 

「真逆!此の時代に怨念など…」

 

 

 “Pluto”について調べていた礼田がそう云い、事実を基に記事を書く鵜飼が嘲笑した。

 何かを思い付いたのか、鵜飼は指を鳴らし、自身の推理を饒舌に語り出す。

 

 

「私の推理によれば之は糸を使った策略(トリック)!鍵は被害者の服に有り、唯一の合鍵も直前まで使われていませんでした」

 

 

 合鍵は乱歩が目覚めた時に持っていた物である。

 

 

「犯人は管理人を殺し、鍵を奪って外から施錠。其の後、天蚕糸(テグス)を使ってドアの隙間から鍵を管理人の衣嚢(ポケット)に戻す…そして!天蚕糸(テグス)は窓から捨てる!如何(どう)です探偵さん!」

 

莫迦(ばか)か君は」

 

 

 力説した鵜飼の推理を乱歩は一刀両断に切り捨てた。

 乱歩は気怠げに鵜飼を指差し、言明する。

 

 

「いや疑問形は失礼だな。莫迦(ばか)だ君は!ドアの隙間は鍵より細かったし、鍵は仰向け死体の尻衣嚢(ポケット)に入ってた!其の位、一目で判るだろう!」

 

「う…では犯人は窓の鉄格子を外し、外に出た後、工具で格子を元に戻して脱出を────」

 

「景色も見えない程の吹雪なのに?窓の周囲は雪で濡れてもいなかったけど?」

 

「────ッ!」

 

 

 乱歩の正鵠(せいこく)を射た指摘に押し黙る鵜飼。

 流石の国木田でも鵜飼の推理は穴だらけである事は判った。だが、間髪入れずに正論を、真実を突き付ける乱歩には及ばない。

 

 

「乱歩さん、矢張り貴方は────」

 

「違う!僕は…」

 

 

 国木田の言葉を遮り、乱歩は其の部屋を後にした。乱歩は鵜飼に事実を突き付けると同時に、自身にも“真実”と云う諸刃の刃を突き付けていた。

 感情が顕になった其の背を見送った国木田は一息吐くと、四人に一礼し、部屋を後にした。乱歩を追うのである。

 

 

「乱歩さん……」

 

 

 乱歩は貸し与えられた一室に置かれてある寝椅子(ソファ)で横になっていた。

 顔は寝椅子(ソファ)に向けられ、国木田からは其の表情を伺えない。だが国木田は無遠慮に、其の背に声を投げた。

 

 

「薄々気付いてらっしゃるンでしょう?乱歩さんの推理力は────」

 

「違う!僕は異能者だ!だから此の世界では何の力も無い!」

 

「ですが…」

 

()の眼鏡を呉れたのは社長だ!」

 

「────」

 

「社長が僕に嘘を()いてるって云うのか!」

 

 

 乱歩の漏れ出た激情が、耳朶を、肩を、助骨を駆け抜けていく。

 国木田は真正面から其れを受け止めた。吹雪が此の館を覆い尽くしているのだと云うのなら、此の一室は乱歩の引き裂ける様な感情の奔流に支配されていた。

 

 

「武装探偵社は────世界最高の“名探偵”である貴方の“才能”を活かす為だけに設立された組織です」

 

「────ッ!ち、違っ…僕の“推理力”は才能じゃ、才能なんかじゃない!僕の力は“異能”で………ッ!」

 

 

 自身だけでは無い。他者から告げられる、目を背けていた“真実”を否定する乱歩。

 眦には涙が浮かび、面相は“未知”を拒絶し、恐怖を顕にしていた。今迄積み上げてきた何かが崩れ落ちていく、薄氷を自らが割って行く様な感覚。

 

 

(与謝野女医(せんせい)なら口が裂けても云わないだろう…だが八さんなら…違う。俺だ、俺なら………!!)

 

 

 真に“理想”を追求する国木田にとって此の状況は分水嶺と云っても過言では無かった。

 今、国木田は先輩であり、探偵の鏡である乱歩に不条理な現実を、“真実”を叩き付ける覚悟が問われていた。何が正解なのか、正答なのか、至当なのか、判らない。判るのは何を伝えても覆水盆に反る事は無いと云うこと。

 だからこそ、“理想”に愚直な国木田だけの、真の“理想主義者”である国木田独歩だけの“答”を出す事が出来た。

 

 

 

「世界一の名探偵が“真実”から目を背けて善いンですか!」

 

 

 

「国、木田……?」

 

 

 

「貴方は稀代の探偵だ!探偵なら!“真実”のみを語る“探偵”なら!口から“虚妄”を吐き出してはならない筈です!貴方が“真実”を語らなきゃ、誰が此の世に蔓延る凶悪事件を剔抉(てっけつ)するンですか!!」

 

 

 

「ぼく、は…………」

 

 

 

「俺が敬慕する貴方は!探偵社の(みな)が敬服する貴方は!」

 

 

 

「異能者“江戸川乱歩”では在りません!」

 

 

 

 

「世界一の名探偵“江戸川乱歩”です!!」

 

 

 

 

 

 訪れる静寂。

 国木田は、自身が持つ精一杯の言葉で乱歩を敬陽した。

 乱歩は国木田の言葉をゆっくり呑み込み、顔を伏せた。震わせていた肩を鎮ませ、強引に目尻を手で拭った。

 

 

「国木田」

 

「……はい」

 

「僕は。本当は当の昔に知っていたンだ。僕の“力”が“異能”なんかじゃないンだって」

 

「はい」

 

 

 膝を抱え、乱歩はゆっくり言葉を紡ぐ。

 国木田は優しい声音で相槌を打つ。

 

 

「其れを知ったのは、八が切っ掛けだったンだ」

 

「え……?」

 

「今朝、八は僕達に自身の“異能”を語ってくれたよね?」

 

「えェ…」

 

 

 昨日、八幡が乱歩に、武装探偵社と云う組織に一歩踏み出したあの時。

 

 与謝野の懇願により“Q”の奪取が目的に加わった後の話である。

 其の日は策を練る事に費やし、黎明が訪れた。

 故に、今日と云う日が始まると同時に八幡は、自身の能力の()()()()()()()()(すべ)て語ったのだ。

 

 過去こそ語らなかったものの、八幡の常軌を逸した“異能”に驚愕したのは国木田だけでは無かった。探偵社の調査員の殆どが言葉を失った。

 其の中でも平静を保っていたのは、“太宰”、“福沢”、そして“乱歩”だ。

 

 

「僕はね、八と出逢った時の事件を推理し直した事があるンだ。其れは八と社長と三人で暮らしていた時のことなんだけどね」

 

 

 少なくとも“武装探偵社”として活躍する前。

 乱歩と福沢、そして“夏目漱石”から自立したばかりの八幡と暮らしていた頃の時間軸に当て嵌まる。

 乱歩は“比企谷八幡”と云う人物を理解する為、今迄見た事が無い人種であるかの様に思える八幡を把握する為、『超推理』を幾度と使った。

 

 

「僕が出した“答”は何一つ可笑しなところは無かった。八が解決した事件を推理しても其れ以上の事実は何も出て来なかった。だけど僕の中に燻る“違和(何か)”が“真実(其れ)”を認めようとしなかった」

 

 

 過去は変えられない。

 仮例(たとえ)、其れが真実では無く、臨機に応じた“事実”であったとしても、過去を変える事など土台(どだい)無理な話なのだ。現実には“記憶装置(セーブポイント)”も“回帰釦(リセットボタン)”も有りはしない。

─────ならば“答”は一つ。

 

 

 

「八の異能は“現実改変”。其れも此の世界を丸ごと改変出来る“異能”。此の“答”を出したのは、僕が今まで関わってきた事件の中で最長時間を要した────其の時、気付いたよ」

 

 

 

「僕は()()()()()()()。何故なら僕の“推理”は『技術』で、八の“現実改変”は『異能』だから。どんな名探偵でも世界の法則には抗えない」

 

 

 

 乱歩は膝に肘を乗せ、指を組み、其の上に顎を乗せ、国木田では無い遠くを見つめた。

 物語としての因果整合性さえも消去(デリート)可能な八幡の異能力。

 乱歩は八幡の“異能”を推理し終えると同時に、自身が“異能力者”で無い事を頭の中で理解していたのだ。だが、八幡以上の存在である“福沢”の言葉を“嘘”だと切れるほど成熟しきれて無かった為、今になって“真実(現実)”に直面している。

 

 

 

──────そして口にする。“真実”を。

 

 

 

「八は……八は“異能”を使う度に()()()()()()()()。今朝語ってくれた()()()()()()()()()()と云う“最終異能形態”は、過度に精神的緊張(ストレス)を極限まで高める事に依る()()()()に依るものだと推理出来る」

 

「────ッッ」

 

 

 “異能力”は生まれつき持ち得ている者の他に、後天的に目覚める者がいる。

 そして後天的に顕れる“異能”の場合、必ずと云って云いほど、()()()()()()()()()。敦は孤児院、八幡は蟒蛇(ウワバミ)に依る事件や“本物”についての“記憶”に大きい原因を持っている。

 

 八幡の“異能”発現の経緯は妹の小町が目の前で殺されたこと。

 即ち、其の過去に立ち返る、極限にまで奮激した過去に回帰し、自身に過重な精神的緊張(ストレス)を掛ける事で“最終異能形態(消去)”へと相成るのだ。

 

 

「其の“真実”に逸早(いちはや)く気付いたのは……」

 

「与謝野…女医(せんせい)

 

 

 乱歩の中途半端な言葉切れに国木田は想起させられた。

 八幡が自身の“異能”について語り終えた時、一番最初に何食わぬ顔で席を外したのは与謝野であったことを。

 自分自身を含め、八幡の意思に依る初めて見た涙声の告白は、言葉を失わせた。

 だが皆、受け入れた。寧ろ、其の告白で自身の不甲斐なさを痛感させられた。八幡の偉大さを改めて認識した。人前で弱音を吐くことは、酷く勇気のいる事だから。

 

 

 

「国木田」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「八は誰よりも格好いいよね」

 

 

 

「はい、云う迄もありません」

 

 

 

「与謝野女医(せんせい)は何時も強く在るよね」

 

 

 

「はい、誰よりも」

 

 

 

「僕は格好悪いよね」

 

 

 

「………今は」

 

 

 

「ほんっと嫌になる。初めてだよ、こんな気持ち」

 

 

 

「えェ…俺もです。八さんに依存し過ぎていた」

 

 

 

「君だけじゃない。僕も探偵社も、そして世界も、だ」

 

 

 

「………っ」

 

 

 

「だからさっさと僕は戻るよ。探偵社が、世界が、何よりも誰よりも、八が“無敵”だと思ってくれている────僕に」

 

 

 

「はい」

 

 

 

 乱歩は一人で立ち上がる。

 涙はもう溢れはしない。目に迷いは無い。

 初めて自戒し、自立する。自律する。

 克己心に満ちた青年が、今此処に崛起(くっき)する。

 

 

 

 

 

 後世に名を轟かす────世界一の“名探偵”が産まれ落つ。

 

 

 

 

 

 

 

「眼鏡は要らない────“超推理”ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




二ヶ月半振り、お久しぶりです。
如何でしたか?乱歩の成長、葛藤、そして八幡の異能のリスク。
多くは語りませんが、物語の多くが此の一話に収斂しています。

乱歩に国木田を付けたのは、原作でも国木田が乱歩のことを一番敬慕しているからです。ちょっとした事でも信頼が一番伺えるのは国木田でした。ですから、この様に改変しました。彼なら、全部を言ってくれるとそう判断したからです。他は多分、甘やかしますから。


ここで報告。重要です。
この一話は前回投稿した『終局』の前に投稿しています。
間違いではなく、仕様です。この方が物語に整合性が生まれるので。単に私に力が無いだけではありますが。
その次話の『終局』も後半を大きく改変しています。物語の道筋は変わりませんが。読んで頂けると幸いです。


以後恒例謝辞。
『働く引き篭り しぉ』さん、最高評価有り難う御座います!!
『ガノマ』さん、『国春』さん、高評価有り難う御座います!!

そして長らく待たせてしまい申し訳ありません。応援、感想をくれる方、本当に感謝の気持ちで一杯です。有り難うございます!!

あと、本編は二話。
そして八幡と与謝野女医の話で改変が二話と新しいのが一話(予定)。


今月中には終わります。最後までお付き合い下さい。


ではまた次回!
感想、評価、映画の感想(特典小説)などお待ちしています!語り合いましょう!
私の活動報告に映画の感想はビッチリ書きました。そちらでも。

ではまた近日中に。

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