和を嫌い正義を為す   作:TouA(とーあ)

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前回の後書きも書きましたが一応。

【報告】
番外篇の二人の恋路は三章終了後、リメイクし再度投稿します。プロットが変わったので…すみません。

今回は書きたかった一話です。急ピッチで仕上げたので後で書き直します、多分。


ではどうぞ!!


相棒

 

 敦が組合(ギルド)の団長であるフィッツジェラルドに連れ去られた時と同じくして。

 太宰は今の探偵社の本拠地である晩香堂へと駆けていた。其れも周りに視線を飛ばしながら、である。其の眼光は太宰の奥底に燻る深淵を覗かせていた。

 

 

「────ッ!」

 

 

 太宰が捉えた視線の先には、大凡(おおよそ)目の焦点が定まっていない狂乱者が横浜の無辜の民を襲っていた。其の狂乱者も服装から推測するに元は無辜の民であった事が見て取れた。

 

 

(矢張り“Q”か……!)

 

 

 太宰は乱歩からの着信から“Q”が野に放たれていたのだと推理していた。そして其れは太宰が予期していた最悪の事例(ケース)が横浜の街の各地で同時多発的に起こっている事を意味していた。

 太宰は携帯電話を取り出し、或る人へと掛ける。

 

 

「比企谷さん…!」

 

『太宰か』

 

「ポートマフィアの異能者が無差別に精神干渉系の異能を掛けていっています、軍警と市警を横浜の街に配置して────」

 

『既に済ませてる。私服で一般人と偽ってな』

 

「…流石ですね。其のポートマフィアの異能者…とは云っても子供ですが無差別に精神干渉の異能を発動しています。精神汚染された住民は躰の何処かに手型の痣が浮かんでます。発見次第、拘束し隔離する様に指示を御願いします」

 

『判った。そう指示しておく……御前は如何(どう)する?』

 

「今直ぐに“Q”を見付け、心臓を()()きたい処ですが……やるべき事が出来ました。其方(そちら)を優先します」

 

『俺も一度晩香堂へ戻る。其の時に』

 

「判りました」

 

 

 ブツッと無機質な音が耳朶を抜け通話が終わると太宰は晩香堂へ急いだ。

 駆けながらも視線を巡らせてみれば“Q”の異能に精神を侵されていた者は次々に私服警官に依って拘束されていた。だが其れは根本的な解決へとなっていないのは太宰が一番理解していた。

 

 

「………」

 

 

 太宰の進行の矢先に花開く様に微笑む子供が一人。

 橙のマフラーを巻き、白と黒が入り混じった髪の子供は太宰に近寄る事なく只、嬉々として微笑んでいた。

 

 

「久し振り、太宰さん!」

 

「……“Q”」

 

 

 朗らかな笑みを崩さない“Q”は募った想いを陶然として口から漏らす。

 相反する様に太宰は目の前で(わら)う子供を見る者を底冷えさせる様な瞳で見つめた。

 

 

「また一杯いっっっっぱい遊べるね!太宰さんを如何(どう)やって壊そうか悩んでるンだけど……」

 

「安心し給へよ。君が私を壊す依り速く、私が君の心臓を()()くから」

 

「うふふっ楽しみだなァ!」

 

「其れは良かった」

 

 

 Qと太宰の暗く濃厚な狂気が周囲の空気を席巻する。

 今此処に喧騒とは縁の無い生活を送っていた者が立ち会えば、内臓を剣先で掻き回される様な違和感を覚えるに違い無い。其の感覚は此の空間が常軌を逸していると云う一種の強迫観念でもあった。

 

 

「あ、そうそう!僕の異能で初めて壊れない人を見付けたんだよ!」

 

「………?」

 

「僕を傷付けて何かを察したのかな?痣が浮かび上がったら直ぐに人目の付かない裏の廃屋に逃げ込んで内側から鍵を閉めてさ。人形を破壊しても幻覚に囚われた時の狂った叫び声が何も聞こえなかったの」

 

「………」

 

「気になって其の廃屋を窓の外から見てたらね?其の()()()、“(ベロ)”を噛み切ってたんだ!普通は死ぬと思うんだけど何と、何とね!血はドバドバ出てるのに死なないの!」

 

「……真逆(まさか)

 

「僕、気付いたんだ!あの女の人って“異能者”なんだね!狂う前に“(ベロ)”を噛み切ることの“痛み”で正気を保って、自分の異能で“(ベロ)”を治す。破壊回復破壊回復破壊回復破壊回復破壊回復破壊回復破壊回復破壊回復ずっっっっと繰り返してたんだ!凄いよね!!」

 

「彼女は何処だッ!」

 

「此処を曲がって真っ直ぐだよ!僕の人形が目印だからねっ!」

 

 

 太宰はQの言葉を最後まで聞く事無く駆け出していた。

 Qは其の太宰の反応と行動に満足した様でキャッキャッと声を上げながら笑った。そして徐々に小さくなっていく太宰の背中に大きな声で呼び掛けた。

 

 

「太宰さぁぁん!僕を追い掛けたかったら太宰さんが来てね!!他の人だと()()になっちゃうから!!」

 

 

 其の言葉を背に受けても太宰は振り返る事は無かった。

 裏道を抜けた先には暗澹たる廃屋が座しており、其の入口にはケタケタと世界を嘲笑した様な嗤いをあげる、何処か冒涜的な形をした片脚だけの人形が置かれていた。

 

 

「─────消えろ」

 

 

 太宰治の異能力『人間失格』。

 其の人形に込められた呪いを打ち消す様に太宰は“異能無効化”の異能を発動させる。人形は終始ケタケタ嗤いながら塵へと消えた。

 近くに有った尖鋭(せんえい)の石を拾い、窓へ振り下ろす。割れた窓へ手を伸ばし内側から鍵を開け、廃屋へ侵入する。

 

 

「与謝野女医(せんせい)!」

 

 

 Qが云う女性は探偵社の専属医である与謝野だった。

 口からは多量の血が流れ落ちており、黒の短洋袴(スカート)と白地の襯衣(シャツ)は真紅に染まっている。血の量からしてかなり危ない状態である事が判る。

 

 

(外傷は無い…異能で精神力を使い果たしただけ、か。だけど予想以上に出血が多い)

 

 

 太宰は与謝野を運び出し、晩香堂で待機している調査員へ連絡を取った。

 其の時には既にQの姿は其処には無くて、数十の宝石が散らばっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《晩香堂》

 

 

「………国木田は?」

 

「病院で検査を受けています。与謝野女医(せんせい)が目醒めて国木田君の腕を治したとしても後遺症が残るかも知れない、と」

 

「─────」

 

 

 八幡が晩香堂へ戻ると、其の中は静寂に包まれていた。

 唯一乱歩だけがマイペースを貫き通しており、御菓子を食べながら電子遊戯機(ゲーム)で遊んでいた。

 

 

「太宰」

 

「はい」

 

「Qについて詳細を教えろ」

 

「判りました」

 

 

 太宰は全員に伝わる様に話し始めた。其の声からは憤怒が入り混じっていた。

 

 

 

 “Q”─────本名“夢野久作”。

 異能力は『ドグラ・マグラ』。最も忌み嫌われる“精神干渉系”の異能である。

 Qを傷付けた人間は、手形の痣が浮かび上がり、呪いの『受信者』となる。呪いの根源はQが何時も持ち歩いている不気味な人形で、呪いを発動させる契機は、人形が破壊される事だ。『受信者』は幻覚に依って精神を破壊され、周囲の人間に襲い掛かる。呪いが発動すると敵味方関係無く精神汚染を受けてしまう為、忌み嫌われているのだ。

 

 

 

「つまり“Q”の異能の媒体は人形であり、其の異能が発動した場合は太宰でしか(ふせ)げないと」

 

「はい」

 

 

 Qの異能の実態を聞き、且つ今現在探偵社が置かれている立場を冷静に見て取れば最悪であることが判る。

 国木田は戦闘不能に陥り、与謝野は異能で精神を擦り減らして目覚めない。敦は組合(ギルド)(かどわ)かされ、鏡花は自分の余りの力の無さに膝を抱えて意気消沈している。

 

 

「喫緊の任務は“Q”の始末か」

 

「そう…ですね。然し“Q”の背後にはポートマフィアの幹部の姿が在ります。私の予想が合っているのなら私以外では対応出来ない」

 

「だが敦の件も有る。太宰には其方(そちら)に当たって貰いたいのが本音なんだが」

 

「……同時に進める他無いでしょう」

 

 

 今現在動ける人員、主戦力として八幡・太宰・谷崎・賢治。動ける、と云うのならば福沢と鏡花である。

 其の限られた人員の中で最善手を選び続けなければならない。想像以上に過酷である事は誰しもが判っていた。そして誰かの犠牲を容認せねば成し得ない程、追い込まれているを判っていた────が。

 

 

「八…………幡」

 

「…晶子?目ェ覚めたのか。お、おっと」

 

 

 医務室と繋がっていた晩香堂の扉がゆっくり開き、壁にもたれ掛かりながら与謝野は本堂へ入室した。

 八幡は与謝野に駆け寄り、肩を貸して身近に有る椅子に座らせた。

 

 

()だ寝とかねェと」

 

 

 八幡の言葉に与謝野はゆっくり首を横に振った。

 朧気な意識をどうにか強靭な精神力で保たせる。与謝野は八幡の胸にもたれ掛かりながらゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

「御願い…が有るンだ」

 

「何だ?」

 

 

 恐らく舌に違和感が残っているのだろう。喋り辛いのか、舌が上手く回らないのか、一言一句が血の滲む様な呟きだった。

 

 

「……あの、子に…もう一度……遭わせて」

 

「あの子って“Q”か?」

 

「……あァ」

 

 

 聞く者の心を震わせる悲壮な想いを八幡は然と受け止めた。其の深奥に有る与謝野の想いを八幡は窺おうとした。

 

 

「アイツは……“Q”は御前に」

 

「違う………違うの。あの子、は…望んで、あの力を…得た訳じゃ、無い」

 

「────ッ」

 

(アタシ)は……あの力を、受けて…判ったのサ。あの力は、あの子が…ただ、寂しくて、ただ…ただ…寂しくて………」

 

「………」

 

(アタシ)は、あの子、を、見捨てたく…無い。見捨てちャいけ無いンだよ………」

 

 

 其れは与謝野晶子を、彼女を彼女たらしめる一つの矜持であった。他でも無い、片時も忘れる事無く、医者として、其の想いに身を浸していた。

 

 

「────判った」

 

「────ぁ」

 

「だから今は寝とけ」

 

「……ん」

 

 

 八幡の言葉に安心したのか、与謝野を繋ぎ止めていた糸がプツンと切れたのか、与謝野は其の儘、八幡に身を預ける様に意識を失った。

 八幡は与謝野を抱えると晩香堂の医務室へ運んだ。医務室の寝台(ベッド)に優しく寝かせると、少しだけ頭を撫で、堅固な意志を目に宿した。

 

 

「乱歩」

 

「ん?何だい八」

 

「力を借りたい」

 

「えぇ〜〜〜〜〜面倒臭ーい」

 

「頼む」

 

 

 八幡は乱歩に頭を下げた。

 恐らく其れは、其の場に居る誰もが見た事の無い光景であり、誰もが驚愕の表情を浮かべた。乱歩でさえも八幡をみて目を丸くした。

 

 

「八が僕に頭を下げたのは初めてだね」

 

「そう……だな」

 

「与謝野女医(せんせい)に触発されたからかい?其れとも君と太宰や他の面々だけでは力が足り無いからかい?其れとも別の何か?まァ僕が云いたいのは()()()()()()って事だ」

 

「……確かに俺らしく無い。俺は何時も独りでやってきた。信を他人に預ける事をしなかった。自分でやった事は、やらかした事は、全部自分の所為(せい)に出来るから。でも今の俺は────」

 

「─────ハ、顔上げなよ」

 

 

 八幡はハッとなって顔を上げた。

 乱歩の瞳は誰よりも真っ直ぐで、八幡を射抜いていた。其の瞳は確かな温もりを持っていた。

 

 

「僕はね、ずっと待ってたんだよ。八が僕を頼ってくれる時を」

 

(いや)、前から俺は────」

 

「うん、頼った。頼ってくれたよ、僕を。其れでも真に“信頼”を僕に預けてくれた事は一度も無かった」

 

「─────ぁ」

 

「でもね僕は怒ってる訳じゃ無いンだよ。其れが君の在り方であると判っていたからね。でも其れを今日、君は変えようとした。何故だい?」

 

 

 乱歩からの問いに八幡は言葉を紡ごうと口を開いた。だが上手く言葉が出ない。

 八幡が乱歩に伝えようとする想いは既に乱歩には見透かされているのだろう。其れでも乱歩は八幡の答えを待った。八幡の口から紡がれる言葉を待った。

 

 

 

「もう居ない友との約束を果たそうとした」

 

 

 

 ────たった一人の織田作(友人)との約束を。

 

 

 

「もう居ない家族との約束を果たそうとした」

 

 

 

 ────たった一人の小町(家族)との約束を。

 

 

 

「もう居ない女の子との約束を果たそうとした」

 

 

 

 ────たった一人の初恋の紫苑(女の子)との約束を。

 

 

 

「でも────逃げていただけだった」

 

 

 

 与謝野の“Q”に対して自分の在り方を見て。

 八幡は約束から逃げていただけなのだと知った。

 

 “Q”は異能を持っている事以外は普通の子供なのだ。

 

 

─────迷い犬(ストレイドッグス)を救ってくれ。

 

 

 見捨てていた。八幡は既に“Q”を見捨てていた。戦争での必要犠牲である事を容認していた。織田作との約束を知らない間に反故していた。

 

 

─────お兄ちゃんは何時までも優しく在ってね。

 

 

 犠牲を容認して何が探偵社員だ。子供を見捨てて何が優しく在ろうだ。鷗外に云われた通りだ。正真正銘の偽善者では無いか。

 

 

─────八君、私を忘れないでね。

 

 

 忘れた事は一度も無かった。何度も何度もあの“記憶”は八幡を苛んだ。其の度に心が軋んだ。心が悲鳴を上げた。理性の化物が暴れ狂って保身の為にあの“記憶”を消去しようとした。

 

 

 其れが八幡が異能を使う際の()()()()()()()()

 

 

 だから八幡は此の言葉を口にする。

 決して見つからないのだと判りながらも。決して探し出せないのだと判っていながらも。決して届かぬ甘酸っぱい葡萄だと知りながらも。

 交わした“約束”を果たす為に。其の為に────。

 

 

 

 

「俺は欲しいものが有る。でも其れは俺一人じゃ見付からない、絶対に」

 

 

 

 

「うん」

 

 

 

 

「其れでも追い求め続けずには要られない」

 

 

 

 

「うん」

 

 

 

 

「だから手伝って欲しい。乱歩に…そして探偵社の皆に」

 

 

 

 

 全部は伝えなかった。でも乱歩は(すべ)てを見通していた。判っていた。理解していた。何故なら稀代の名探偵であるからだ。

 

 

 

 

「じゃあ其れを手に入れる前にさ」

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「手始めに横浜を救おうよ、相棒」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうでしたか?八幡の在り方、与謝野の在り方、乱歩と八幡の関係……詰め込んだ一話でした。
今回はある意味、この章の大きな分岐点とも言えます。これからどうなるかを楽しみにしてくれたら嬉しいです。


皆さん知ってましたか?
夢野久作が持っている人形の声、アレ『太宰治』役の『宮野真守』さんがやってるんですよ。
つまり一人でケタケタ嗤って一人で『人間失格』って言ってるんですねあの場面……本当に凄い。


ではまた次回!感想や評価をお待ちしてます!!

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