和を嫌い正義を為す   作:TouA(とーあ)

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不吉なサブタイだけど仕方ないよね。
感想待ってます。


殺人

 演劇が始まった。

 八幡が行ったのは先ず、整理だった。

 漱石に未熟だと云われ頭に来たのも在るが、若し“V”による脅迫が()()で在ったのならば確実に殺人は起きる。

 其の場合、之は()()()()()()()()()()()。漱石が何を考えているか分からない現状で、八幡は鍵となる物は舞台上にしか無いように思えていた。

 

 舞台の役者は全部で拾弐人(じゅうににん)。男が伍人。女が七人だった。小冊子(パンフレット)によると主役は男優の『村上』と云う男だった。この劇の脚本家である『倉橋』と幾度と打ち合わせを交わし最高の娯楽業(エンターテインメント)になったと書かれてあった。確かに『村上』の演技は他の者と比べ頭一つ二つ抜けていた。

 

 

 

 この演劇の醍醐味は不可侵領域(アンタッチャブル)である“異能者”を堂々と演劇に用いた事だ。

 

 

(ひる)は夢 ()(うつつ)

 

 

 と云う題目(タイトル)が付けられた此の劇は、天界に追われ人間になってしまった元天使達が、神の許しを得る為に古い劇場へ集まると云う筋書きだ。それと同時に登場人物たちを一人一人殺していくのは天使か、それとも拾弐人の内の一人なのか、その謎を登場人物たちが解き明かしていく一種の推理物語(ミステリ)としても観る事が出来た。

 加えて、異能者について懇切丁寧に説明していた。勿論、空想(フィクション)として…だが。

 

 話が展開していく。

 劇中では異能者=天界に戻る事を(ゆる)された天使の姿とされた。其の異能者は彼らの罪を唯一赦す事が出来る存在だった。つまり、贖罪を終え、無限の力の一部を取り戻した新たな天使が異能者である設定になっている。

 其の異能者を舞台上の登場人物は探していた。一人また一人と仲間が欠けていき、誰も信じられない疑心暗鬼に駆られていた。それでも一縷(いちる)の希望を求めて劇場をさまよった。

 

 

 ここ迄の内容で分かる事は二つ。

 

一、殺人は演劇に乗っ取って成される事。

 

一、脚本家である『倉橋』は何かで異能者について知り得ている事。

 

 

 胡散臭い。八幡はそう思った。横目で漱石を見てみると演劇を鋭い目線で見ていた。俳優の内面まで見透かす様な、今にも獲物に飛びかかりそうな豹、肉食動物の様な視線をしていた。何処から如何(どう)見ても演劇を楽しむ目ではない。

 

 

(福沢さんが見られてたら終わりだな…。(いや)、時すでに遅し、か…)

 

 

 何故なら此方を注視する視線を八幡は感じたからだ。視線に気付き意識すると、圧迫感に加え絶対的強者に対する恐怖心を感じた。全身から汗が吹き出るような視線であった。行動を起こせば喉笛を掻き切られるであろうと簡単に予測出来た。

 

 

 その視線がふと消えた。それから福沢がいるであろう席から慟哭のようなものが断片的に聞こえた。隣の席には迷惑千万だろうが八幡は何故か気になった。

 

 

「これより拾伍分(じゅうごふん)の休憩とします。後半の上演は…」

 

 

 八幡は耳をすまし始めた頃に館内の放送が観客席に響いた。舞台が暗転し、ポツポツと観客席の照明等が灯った。八幡は心の中で舌打ちをした。

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷君。一つ遊戯(げぇむ)をしよう」

 

 

 周りの一般人が居なくなり、漱石は八幡に顔を向けずに呟いた。八幡の言い分は勿論、否。(しか)し状況が状況なので無下には出来ない。

 

 

「…何をするンです?」

 

 

 顔を向けてないが笑っている事だけは理解した。八幡は遊ばれていることに気付き心の中だけで憤慨する。

 

 

「君も気付いているだろうが之から事件が起こる。其の()()()を捕まえ給え。さすれば君の勝利だ。敗北は…云わなくても分かるじゃろう?」

 

 

 八幡にとっての敗北は()()()()()()()、加えて()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

「君は敏いが()だ未熟。一番理解しているのは当人じゃろうがな…」

 

 

 確かに八幡は未熟だ。小冊子(パンフレット)を見るだけで読み取れる情報はかなりあった。漱石は既にタネを見抜いているのだろう。比べて、八幡は何が起きるかさえ理解していない。唯、事件が起こるという確信を持っているだけだった。

 

 

 そして漱石は八幡に助言(ヒント)を与えようと云った。

 

 

「儂は最初から持つ情報量が違ったからのぉ。不公平じゃろうと思うてな。先ず、此の演劇のチケットを儂に渡したのは脚本家である『倉橋』じゃ」

 

「なんとなく予想はついていました…」

 

「もう一つ、()使()()()()

 

「……ッ!?」

 

 

 ここまで。と云う様に漱石はそれっきり黙ってしまった。観客も徐々に戻りつつあった。八幡は漱石の助言(ヒント)を頼りに思考に沈んだ。そして一つ、先まで明らかに疑問に思っていなかった事を見つけた。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 犯行予告は外部犯のように見せる書き方であった。然し良く考えてみれば漱石は此のホールへと足を踏み入れた時、何かに気付いたようだった。漱石の足跡を辿るようで気に食わないが、若し此のホールに仕掛けを施すのならば()()()しか有り得ないではないか。若しくは犯人が()()()の場合だ。関係者という内部と観客という外部による犯行だ。どちらか?と聞かれると五分五分としか答えられない。何せ八幡はまだ事件の全貌を掴みきれてないのだ。

 

 

 

 ホール内の照明が落ち、舞台上に光が映える。後半の演劇が始まった。

 舞台上の『スクリーン』に投影された映像は背景の役割を果たし、時折歪む事により舞台効果の一部を担っていた。

 主役の『村上』は『スクリーン』に映し出された虚空に向かって殺戮を繰り返す天使に嘆き、訴えた。

 

 

「我らを赦せ!光輪の戦天使!さもなくばその姿を下界に表せ!僕の命など惜しくはない、だから裁きを代行するならばまず僕の胸を貫け!嘗て僕のものであった其の天剣で!」

 

 

『村上』の演技は観客の(すべ)ての心を掴み掌握していた。魂が破けたような慟哭と今にも血の涙を流しそうな瞳。嘆く声には色気があり、台詞(セリフ)よりも台詞(セリフ)台詞(セリフ)の間を持って観客に訴えていた。八幡も彼の台詞(セリフ)に魅了されていた。殺人予告を忘れてしまう程に。

『村上』は両手を掲げ叫ぶ。

 

 

「判っているぞ、お前が姿を顕さない理由を!お前は僕だけを殺さず残すつもりなのだろう?(たお)れていく仲間が互いに猜疑(さいぎ)し、人間の持つ醜さで憎しみ合うのを、僕に見せたいのだろう?ならば暴いてやる!お前の罪を!天界へと至る鍵を見つけ、辺獄(へんごく)の氷河より醜きその嫉妬の罪を白日の下に晒っ─────」

 

 

 

 

 

 音が消えた。

 

 

 

 

 

 台詞(セリフ)が途切れた『村上』は胸を刃物に貫かれていた。そう、理解出来たのは()()()()では福沢と漱石、遅れて八幡だけだろう。

 腕程の長さの白い刃物は、胸板から突き出している。衣装が捻れるように貫かれて裂けている。

 刃が引っ込み、ごぼっ、と音がして『村上』の胸から鮮血が吹き出した。

 

 他の観客は之も一つの演技だと思い注視している。それを掻き消す様にホールに銀の風が吹いた。

 

 福沢は『村上』が倒れると同時に動き出していた。真っ直ぐ舞台へ疾走し、段差を軽く飛び越え、照明が輝く舞台上へと躍り出て『村上』の元へ駆け寄った。

 

『村上』の鮮血が舞台の床へと広がり、服を朱に染めた。そして福沢の声がホールに響く。

 

 

「之は演出ではない!!全員席から離れるな!隣の人間を確認しろ!逃げる者、身を隠す者があれば報告せよ!!」

 

 

 観客に混乱が伝播し、ホールが狂騒に包まれる。事態に気づいた人間から恐怖に声を上げ、恐怖が伝染するように一人一人と出口へ向かって走り出した。日常が非日常へと変転(シフト)した瞬間であった。出口へ殺到する客を福沢は薙ぎ倒し、床に伏せさせていく。

 

 八幡は観客よりも事件現場を見ていた。否、見ていたと云うより見るしか無かったと云う方が正しいのかもしれない。そして隣の人間を見るのを忘れていた。何をしでかすか理解出来ない人間を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ遊戯(げぇむ)の始まりじゃ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り向くと()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 


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