「君さぁ、スタッフじゃ無いでしょ?」
そう、八幡に声を掛けたのは警察学校の制服に身を包んだ八幡と同じくらいの男だった。隣に居る壮年の男性は
八幡は内心かなり動揺したが日頃の訓練の賜物で顔に出る事は無かった。
「いえ、私は此所の劇場のスタッフですけど…」
「またまたぁ、そんな直ぐにバレる嘘をどうしてつくのさ?何処にでも居る一スタッフが此の劇場の硬い床に足音一つさせない程の足運びができる訳ないでしょ?其れに全く重心がぶれてない所から見ても相当の武術の達人だとわかるし…。まだまだあるよ。例えば…」
「もうよせ、少年」
壮年の男性が少年の肩に手を置き、少年の言葉を遮る。それでも少年は止まらない。
「何で叔父さん止めるのさ?叔父さんだって分かってるでしょ?此の人が唯の劇場スタッフじゃ無い事ぐらい」
「…其れでも止めるのだ少年」
「判ンないなぁ。何で大人はいつも本心を隠すのさ!自分の都合が悪ければ平気で見を瞑るし、かと云って僕が其れを指摘したら憤怒する。意味が分からないよ!」
何だ此奴…と言うのが八幡の思う所だった。世間知らずに加え傍若無人、自由奔放。だからと云って邪険に扱うことはできない。何故なら此奴の観察眼は非凡だと理解したからだ。八幡は二人の会話に割り込む様に声を掛ける。
「若しかして江上さんが仰っていた用心棒の方ですか?」
「あぁ。其れは私の事だ。此奴は求職希望でな。今は訳あって面倒を見ている」
「はぁ……其れで何か異常は見つかりましたか?」
「
「叔父さん!目の前に有るじゃないか!最も怪しい奴が!之程、目を腐らせるには裏社会に生きていないと無理だって!」
(此奴、一発しばこうかな……)
八幡は心の中で目の前の少年を既に投げ飛ばしていた。生憎、八幡は壮年の男性と同じく日頃の武術の賜物により手を出す迄には至らなかったが。
「福沢さん。比企谷に何か不手際でも?」
「否、悪いのは此方だ。謝罪する」
江川が八幡の擁護に入る。異能力を解除しなくて良かったと心底安堵した八幡であった。
「ねぇおばさん。この人ってホントにスタッフ?」
ピキッ
「…えぇ。
眉間に青筋浮かべる江上を八幡と福沢は見て見ぬふりをした。其れがお互いに幸せだと感じたのだろう。少年は気付いてないように吹っ掛ける。
「成程ねぇ〜。おばさんの話に可笑しな点は無い、か……」
「行くぞ少年。江川殿、時間を取らせてしまって済まなかった。比企谷君…と云ったか。済まなかった」
「いえ、此方こそ」
「早く仕事に戻って頂戴」
江川は福沢に対して辛辣に応対し、少年に対しては今にでも人に噛み付きそうな
スタッフルームに戻り元の服に着替え、江上と名の知らぬスタッフにバレぬよう慎重に漱石の元へと戻った。漱石は目を閉じていた。八幡が近付くと右目を開け人懐っこい笑みを浮かべる。
「
八幡は
「金之助さん。市警の手は薄いですが“銀狼”が居ました」
或る男を紹介しよう。
横浜に、恐ろしく腕の立つ用心棒が在るという噂があった。
刀を持たせれば百名の悪漢を斬り伏せ、槍を持たせれば一個軍勢と渡り合う。居合、柔を修め武芸百般、休日には書物と囲碁盤を供とし教養も高い。仕事ぶりは冷静沈着、狼の様な冷静さで確実に依頼を守り抜く。
弱点を敢えて挙げるなら、決して誰とも組まず、唯一人で護衛をこなし誰にも心を許さぬこと。
即ち、一匹狼。
周囲の人として『奴が誰かと組むなど絶対に有り得ぬ。ましてや組織に属し、誰かの上司になる事など天地がひっくり返っても有り得ない』と云わしめる孤高の無頼人。
まつろわぬ銀髪の狼。付いた二つ名は“銀狼”
男の名は“福沢諭吉”
現在、子連れの一介のボディガードである。
「ほぉ?ホッホッホ。彼が居たと?政府の“五剣”と呼ばれた剣客が政府の犬を辞めた後何をしているのかと思ったが…。之も何かの巡り合わせかのォ」
「其の“銀狼”ですが……子連れでした」
「む?子連れじゃと?」
「えぇ。その子供は世間知らずの餓鬼の様ですが…。観察眼と記憶力、真実を一瞬で見抜く目を持っておりました。私の正体も一瞬で看破されました。まぁ
「年頃は?」
「私と同じくらいでしょう。警察学校の制服に身を包んでいましたし」
漱石は
「成程のォ!かッかッかッ!何の因果か、貴殿等が作った“透明な繭”から放たれた未成熟な
漱石によれば少年の父親は警察関係の界隈では知らぬ者はいない伝説的な刑事だったそうだ。
首無し将校事件、月光怪盗事件、牛頭事件、国内を震撼させた幾つもの難事件を解決へと導いた『千里眼』の名で呼ばれ尊敬と称賛を集めた刑事らしい。
そんな刑事も妻の尻に敷かれていたらしいが…。かかぁ天下は伝説的な刑事でさえも同じ様だ。
館内放送で予鈴が鳴った。開演五分前を告げる予鈴だ。漱石は腰を上げ、八幡は漱石の三倍近く感じる重い腰をあげた。
暗い劇場ホールへと入る。四百人近くを収容する此のホールは既に半数近くが埋まっていた。漱石の直ぐ後ろを歩く八幡は漱石の背広を見て訝しげな視線を送る。
「比企谷君。君は一度此のホールへと入ったじゃろ?」
「えぇ。異常は全く有りませんでした」
「ふむ。そうか…」
「君は
漱石は静かに笑った。
三話目です。
どうでも良いかもしれませんが此の作品を書く時、
ラックライフの『名前を呼ぶよ』を必ず聞いています。(文豪ストレイドッグス1クール目のed)
太宰が敦の頭にに手を置く場面とか何か深いですよね。
ではまた次回!!感想待ってます!