和を嫌い正義を為す   作:TouA(とーあ)

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前回と同じように受け止めてください。

最後にプロフィールを載せます。

◎比企谷八幡《14歳》親を恨む。小町を守るため、時任に教えを乞うた。

◎比企谷小町《12歳》 八幡の妹。父に襲われそうになった所を・・・

◎紫苑(しをん)《14歳》
能天気で天然。口癖は“なぁなぁ” 。14歳の割にグラマラス。
ヤクザの頭領を張っていた両親を先生によって殺される。其のあと先生の世話になる。

◎奏恵(かなえ)《12歳》
大人しく、とても優しい。弟に甘い。小町と親友。

◎尚樹(なおき)《8歳》
超元気。小町大好き。将来の夢は“パイロット”。奏恵の弟。

◎先生(時任謙作)《43歳》前“政府の五剣”の一人。
比較的優しい。孤児を育てている。孤児院では無く、友人に譲ってもらった“廃寺”で六人暮らし。
とんでもない過去の持ち主。かなり前から肺を患っている。


これで大過去編は最後です。

八幡の異能開花の契機。そして────。




記憶

十二年前《廃寺》

 

 

「ん?薬を取りに?」

 

「うん。お願いできるかな?八幡お兄ちゃん。」

 

「まぁ構わねぇが・・・」

 

 

 八幡は奏恵(かなえ)時任(ときとう)の薬の御使いを頼まれていた。 先程、薬屋から時任(ときとう)の新薬が出来たという一報を受けたそうだ。

 前回と同じく、この廃寺で家事を担う小町と奏恵(かなえ)は離れられない。加えるのなら時任(ときとう)の容態が悪化していると云う理由もある。八幡に白羽の矢が立つのは必然と云えた。

 

 

「・・・紫苑(しをん)は来ないよな?」

 

「うん。座敷でお昼寝してるよ。今日は八幡お兄ちゃんだけだよ。」

 

 

 八幡はほっと胸をなで下ろした。

 紫苑(しをん)が居れば碌な事にならないことを全開で理解したからだ。気まずい気持ちもあるのだが。

 

 

「おれもつれていってよ!はちにい!」

 

 

 こうなると我慢が爆発するのが尚樹だった。

 齢が八と廃寺の中では最年少で最も好奇心が旺盛なのが尚樹だ。

 普段とは違う景色を見たいが為に街に行きたいというのも八幡にとっては納得がいった。同じ男同士通じるものがあったのだ。

 

 

「悪いな尚樹。街には遊びに行くんじゃないんだ。また今度な。」

 

「はちにいばっかりずるい!おれもいきたいいきたい!」

 

 

 男同士通じるものがあるからこそ、八幡は尚樹がどの様に云えば云う事を聞いてくれるのかを把握していた。

 

 

「じゃあ尚樹。この家を御前に任せたい。」

 

「え?」

 

「俺は街に行って薬を買ってくる。尚樹は俺が居ない間、この家を守ってくれ。家だけじゃなく、奏恵(かなえ)紫苑(しをん)、そして小町を守ってくれ。これは御前しか出来ない事だ。」

 

「おれにしか・・・」

 

「そうだ。それに────」

 

「それに?」

 

「小町に恰好いいところ・・・見せれるぞ?」

 

「ッ!?わかった!!おれがんばるよ!みんなのことまもる!」

 

「あぁ。頼んだ。」

 

 

 八幡は坊主頭の尚樹の頭を強引に撫でる。

 じゃりじゃりした感触が心地いいものだったが時間が時間だったので早々に発った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八幡が寺を発ち、暫く経った頃。

 小町は時任の看病をしていた。

 

 

「ゴホッ!ゴホッ!・・・八幡が薬を?」

 

「はい。時任(ときとう)先生。お兄ちゃんが街にまで取りに行ってくれましたよ。」

 

「彼にも迷惑をかけますね・・・」

 

「いえいえ。愚兄に構わず(からだ)をよくして下さいね、先生。」

 

 

 時任の容態は日に日に悪くなっていた。

 肌は荒れ、絞りだされる声はか細い。がっちりとしていた体型も痩せ細っていた。

 飛沫感染はしないと云われ、自宅看護をしている小町と奏恵(かなえ)は嫌味ひとつ言わず時任を看病していた。

 

 

「小町ちゃん。交代だよ。」

 

「うん、判ったよ奏恵ちゃん。」

 

「二人とも毎日ありがとう。」

 

「「それは云わない約束ですよ。先生。」」

 

「ははっ。そうですね。では引き続きお願いしますね二人とも。」

 

「「はい!」」

 

 

 三人は静かに笑った。

 優しく、温かい空間がそこにはあった。

 暫くして時任は(おもむ)ろに口を開いた。

 

 

「奏恵。薬は()だありますよね?どうして八幡は取りに行ったのですか?」

 

「新薬が出来たと薬屋さんから連絡を貰ったんです。急かされて八幡お兄ちゃんを向かわせました。」

 

「急かされた?誰にです?」

 

「えっと・・・それが何時ものお爺ちゃんでは無くて、その息子さんからでした。出来るだけ早く、と念押しをされました。」

 

「息子・・・・・・だと。確かにそう名乗ったのですか?」

 

「は、はい。表示される電話番号も同じでしたし間違いないと・・・どうかしたんですか?先生。」

 

「息子は────死んでいます。何年も前の話です。」

 

「えっ・・・・・・ど、どう云う」

 

「判りません。然し、今出たところで八幡にはもう追い付けないでしょう。何事もない事を祈りましょう。」

 

「────ッ。・・・・・・はい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《とある街 路地裏》

 

 

「そういやぁあの人に助けてもらったのもこんな所だったな・・・」

 

 

 八幡は或る医者に助けてもらった過去に思いを馳せていた。何時かお礼を云わなくてはならないと云う思いがあるが会う事は難しいだろうと高を括っていた。

 

 

「すみません。時任(ときとう)の使いで来たのですが・・・」

 

 

 八幡の声が反響するだけで答える声はない。

 薬屋の内部は物音一つしなかった。前回に来た時と全く様子は変わっていなかったが異様な雰囲気だけが八幡を、薬屋を包みこんでいた。

 

 

「えっと・・・お邪魔します・・・・・・」

 

 

 八幡は何故、薬屋の中に入ったのか。

 自然と足を踏み出していたと云うのもあるが、闇に誘われている様な感覚を覚えたのが大きい。

 

 襖を開け、中へと踏み入る。

 一歩ごとにギシッと木が軋む音がする。八幡は一歩一歩確実に歩を進めた。

 

 襖を一つ一つ開けていく。

 各部屋は夕日が照らしているとは云っても、不気味な雰囲気を漂わせていた。

 

 

ビチャ

 

 

「・・・え?」

 

 

 最後の部屋の前に水溜りが出来ていた。

 最後の部屋の前は陽が照らしていないので八幡は気付く事が出来ずに、踏んでいた。

 

 恐る恐る八幡は襖を開けた。

 

 

「────────────あ」

 

 

 最初に飛び込んできたのはうつ伏せに横たわる老人の姿。

 そして背に突き刺さっている小太刀。地面に広がり、池と化している夥しいほどの血。

 

 八幡は其の状況下でも声を上げる事は無かった。(いや)、上げる声を持たなかった・・・の方が正しいだろうか。

 八幡はゆっくりゆっくりうつ伏せに横たわる老人に近付いた。

 

 

「ひっ」

 

 

 老人の顔は恐怖に染まっていた。

 口は限界まで開かれ、目は・・・空洞だった。

 八幡は驚倒した。手を着いた。クシャッと紙の感覚があり、ゆっくり其の紙を眼前にまで持ってきた。

 

 

『人誅』

 

 

 紙には大きく二文字でそう書かれてあった。

 《悪行を行った人間に天が裁きを与える》という意味の『天誅』に対して、『人誅』は《天が裁かないなら人間が裁く》という意味で用いられた表現である。

 

 八幡は脱兎の如く駆け出した。

 躰の中がぐちゃぐちゃになった感覚を覚えた。

 帰らねば、と其の思いだけが胸中を渦巻いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《廃寺》

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

 

 八幡が廃寺に辿り着いた頃には日は殆ど沈んでいた。辺りは闇に包まれ始めていた。

 八幡は玄関へと入った。

 何時もは誰かが玄関まで迎えに来てくれる。だがそんなものは無い。足取りは今までに無いくらい重く、最悪な想像が脳裏を掠めた。

 

 

「誰か・・・居ないか?」

 

 

 八幡の問いかけに答える者など居なかった。声は闇に溶けて消えた。八幡は自分を呼んではくれないか、と救いを求めた。そんな願いは無為だった。

 

 居間からは明かりが漏れていた。

 八幡は心配は杞憂だったのだと思い、ふらふらした足取りで明かりへと手を伸ばした。と、其のふらついた足がふいに何かに引っ掛かり、八幡は無防備に転んだ。

 肩から落ちた事による痛みを無視して、反射的に足を取った原因へと目を向けた。

 

────目を()り貫かれ、空洞となった尚樹と目と目が合った。

 

 

「は・・・・・・へ?・・・・な、おき?」

 

 

 叫ぶ事は無かった。躰を揺すって尚樹に問いかけた。

 

────こんなところで寝るなよ。風邪引くぞ。

 

 尚樹の躰は冷たく、喉笛からは夥しい血が流れ、通路に血溜まりを作っていた。血溜まりを踏んだ感触は其れこそ薬屋の時と同じ感覚だった。

 

 八幡は自然と尚樹を抱きかかえていた。

 何時ものじゃれ合いで持ち上げる事はあったが、今の尚樹は軽過ぎた。流れ出た血の量が多すぎたのだ。

 

 軽くなった尚樹を抱え、居間に繋がる襖を開けた。

 

 散乱する食器。壁に飛び散っている朱の色。

 

 

────目を刳り貫かれた奏恵(かなえ)の姿。

 

 

 奏恵は中央にある卓袱台(ちゃぶだい)にもたれ掛かっていた。喉笛を掻き斬られ、首から下が朱に染まっていた。加えて薬屋の老人や尚樹と同じく、目を刳り貫かれていた。

 

 八幡は奏恵を下に寝かせ、優しく撫でた。

 そして姉弟揃うように尚樹を寝かせた。何故、自分がこんな事をしているのか八幡は自分自身を理解出来なかった。

 

 八幡は立ち上がり、辺りを見渡した。

 八幡が入って来た襖以外に一つだけ開かれていた襖があった。其れは道場に繋がる襖だった。

 

 八幡は其の襖に向け歩き始めた。

 廃寺から道場まで一本の通路がある。其の通路に差し掛かった時、道場から明かりが漏れている事を八幡の双眸は捉えた。

 

 道場の戸を引く。

 

 

「やっと来たか・・・待ちくたびれたぜ。」

 

 

 八幡の視界に入ったのは横たわりピクリと動かない時任(ときとう)の姿と滂沱(ぼうだ)と涙を流す小町の姿。そして────小町の喉笛に小太刀を押し付けている全身を黒に包んだ男の姿だった。

 

 

「御前が時任(ときとう)の一番弟子で間違いないな?」

 

「・・・」

 

 

 何をしているのか、何を聞いているのか判らなかった。

 判っているのは目の前にいる男が尚樹と奏恵(かなえ)を殺した犯人だと云うことと、世界で一番大事な妹が死地に立たされていると云うことだけだった。

 

 

「沈黙は肯定だと受け取るぞ?」

 

「小町を離せ。」

 

「無理な注文だな。おっと動くなよ。御前の妹を殺す事に一秒も要らないからな。おい、やれ。」

 

 

 八幡の躰を男の仲間が縄で縛った。

 其の儘、八幡を男の前まで蹴って転がした。

 

 

「自己紹介が()だだったな。名は蟒蛇(ウワバミ)と云う。まぁ仮だが。」

 

「・・・」

 

「何故、俺がこんな事をしているかを先ず説明しようか。政府の命令だ。」

 

「政・・・・・・府?」

 

「そう。《政府の五剣》と呼ばれた“時任謙作”の暗殺。要するに政府は過去の事実を揉み消したいんだよ。世間の明るみに出る前にな。」

 

 

 政府の犬だった時任を消す事によって行った事実と真実を揉み消すのだと蟒蛇(ウワバミ)は云った。

 

 

「まぁ其れは建前だ。」

 

「────ぇ?」

 

「俺は時任(コイツ)に個人的な怨みがあってね。今は麻痺毒で躰の自由を奪っている。」

 

 

 八幡はゆっくり時任へ目を向けた。

 時任は目だけを動かし蟒蛇(ウワバミ)を睨んでいた。八幡の視線に気付いた様子はない。

 

 

「此奴が政府の犬だった頃、俺の師匠・・・親父と俺以外の家族を殺した。親父は此奴と同じ()()()()()()()()だった。何が云いたいか判るか?」

 

「真逆・・・・・・・・・」

 

()()()だよ。今、正に因果応報の如く此奴の身に訪れているがな。其の仕事が息子である俺に回って来た。之を運命と云わず何と云う?」

 

「・・・・・・」

 

「何も云えねぇよなぁ。そうだよなぁ。末っ子の俺もそうだったからな。先ず親父が最初に殺された。次に兄貴が殺された。俺は震えていたが『お袋だけは助けて』と頼んだよ。何故ならお袋の腹の中には俺の弟が居たからな。」

 

「・・・・・・」

 

「日本刀で刺殺。其処に転がっている男はお袋と弟を纏めて殺したのさ。俺の“記憶”に刻み込まれているよ。一方的に殺された親父、泣き喚きながら殺された兄貴、中途半端に命の灯火を残されたお袋。激痛に叫びながら死んで逝ったよ。俺は何故か生き残された。同情か何たが知らねぇがこの様な形で返ってくるとは運がねぇよ御前。」

 

 

 蟒蛇(ウワバミ)は今回の計画を語った。

 薬屋を襲撃し電話を奪取。八幡を廃寺から切り離し計画をスムーズに進ませるようにする。

 標的(ターゲット)に最悪の結末を届ける為に此の計画を練り上げたとそう云った。

 

 

「因みに御前の妻は殺したよ。此所に来る前にな。」

 

「ッ!?御・・・前、関係・・・あるの、は、私だけ・・・だろう・・・」

 

「おうおう、よく喋れるな時任。安心しろ御前も直ぐに送ってやるさ。用が有るのは其処に縛られている御前の一番弟子だけだ。他は必要無い。」

 

「な・・・ま、さか・・・・・・・」

 

「御前の想像通りだろうよ。御前が俺にやった事を御前の一番弟子にもする。俺以上に残酷な“記憶”を刻みつけてやるよ。」

 

「や・・・めろ」

 

「やなこった。『みんなをまもる』とほざいていた餓鬼(ガキ)も殺したし、殺意に震えていた少女も殺してやったよ。お、連れてきたか。」

 

 

 八幡が寝かせた奏恵(かなえ)と尚樹を男の仲間が運んで来た。依然として二人は血塗られたままだった。

 

 

「奏恵ちゃん!!尚樹くんっ!!」

 

 

 小町の呼び掛けに二人は反応しない。

 時任は双眸を限界まで見開き、殺気を蟒蛇(ウワバミ)にぶつける。

 

 

「ッ!!」

 

「おっと、病で弱っていると聞いていたが・・・殺気は本物だな。」

 

「おい紫苑(しをん)如何(どう)した?」

 

「あぁ?あーあの発育のいい奴か。俺の仲間の一人が()()()()()()()()()()。俺を含めて三人の編成だが・・・彼奴の少女趣味は異常だぜ?ヤった後に必ず殺すからな。オカコロっていったか?」

 

 

 (すべ)てを悟った八幡は激昴した。

 縄を解こうと力を入れるが、外れるどころか縄が食い込む始末だ。

 

 

却説(さて)、役者も揃ったし始めるか。」

 

 

 蟒蛇(ウワバミ)がそう云うと仲間は八幡の顔を地面に押し付けた。辛うじて目だけが動かせる状態だ。

 

 

「今から起こる事に対して目を瞑るなよ。“記憶”に刻め。悪夢となって自分を苛め。後悔と懺悔の海で溺死するまで忘れるんじゃねぇ。」

 

「やめてくれ!小町だけは!!俺の命なら幾らでもやる!頼む!小町だけは助けてくれ!」

 

「お兄ちゃん!!助けてお兄ちゃん!!」

 

 

 蟒蛇(ウワバミ)は小町の喉笛に刃を突き立てた。血が漏れ出す。

 八幡の必死の叫びは届かない。

 

 

「そう云って目の前で俺の肉親を殺したのが御前の師匠だぜ?」

 

「お兄ちゃん!!お兄ちゃ」

 

 

 蟒蛇(ウワバミ)は小太刀を振り抜いた。

 小町の喉笛から鮮血が噴き出し、血霧が舞い、八幡の全身を朱く染める。

 

 

「────────小町?」

 

「なんて・・・ことを・・・・・・」

 

「随分と自分を棚に上げた発言をするな時任。御前がやった事と同じだぜ?」

 

「それでも・・・之は!」

 

「あぁ・・・あぁ・・・・・あぁ・・・・・・・・・」

 

 

 + + + +

 

 

『お兄ちゃん愛してるよ!今の小町的にポイント高い!!』

 

 

 + + + +

 

 

 

「あ"ァぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァ!!!」

 

 

 

 八幡の髪が白に染まり変わる。

 全身の骨が軋む。四肢は燃え上がり、心臓は破裂寸前まで激しく脈を打つ。吸い込んだ空気は鉄の匂いで埋め尽くされ、吐き出した肺の中の空気は喉が擦り切れる程の熱を持つ。

 小町と過ごした“記憶”が脳裏に浮かんで反射し、きらめき、消える。

 

────出会い。

────名前。

────悲しみ。

────触れ合い。

────喧嘩。

────涙。

────声。

────笑顔。

────別れ。

 

感情が壊れる。理性が消滅する。

 

────“記憶”が刻まれる。

 

八幡の躰が朱殷(しゅあん)の光に包まれる。

 

 

「之は・・・“異能”?八幡ッ!!」

 

「はは・・・ハッハッハッ!最高だぜ!!御前の一番弟子はよ!此奴は俺のものだ!!」

 

 

 蟒蛇(ウワバミ)は小太刀を時任の喉笛に向かって振り抜いた。

 麻痺で動く事すらままならなかった時任に為す術はなく、血が噴き出し絶命する。呆気ないな、と蟒蛇(ウワバミ)は呟いた。

 

 蟒蛇(ウワバミ)は八幡に拳を振りかぶった。気絶させて回収しようとした為だ。

 だが────其れが間違いだった。

 

 八幡に拳が触れた瞬間、蟒蛇(ウワバミ)の拳から徐々に朱殷(しゅあん)の光が包み始める。

 

 

「何だこれはよッ!!おい!助けろ!!」

 

 

 蟒蛇(ウワバミ)の仲間は()()()()()()()

 八幡を殺して蟒蛇(ウワバミ)を救おうとしたのだ。八幡の首に手を掛けた仲間は両手から徐々に朱殷(しゅあん)の光に包まれ始めた。

 

 

「うわぁ!!助けてッ!!」

 

「馬鹿野郎ッ!!糞がぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 やがて朱殷の光が二人の全身を包み込むと一瞬にして弾けた。

 否。消えた。此の世の(ことわり)から消えたのだ。

 彼等が存在していたと云う“記憶”も、彼等が廃寺を強襲したと云う“記憶”も、コードネーム“蟒蛇(ウワバミ)”が此の世に産まれ堕ちた“記憶”も消えた。

 

 

「あァぁぁぁぁぁぁァァァァ!!」

 

 

 然し、八幡を包む朱殷(しゅあん)の光は消えない。

 此の世の森羅万象(あらゆ)る物を消し去るが如く光は消えない。

 

────ん。

 

音が聞こえた。何かを呼ぶ音。

 

────くん。

 

何かを呼び覚ます音。懐かしい声。

 

────八くん。

 

ふいに全身が優しさに包み込まれた。

 

 

 

 

「し、・・・・・・お・・・ん・・・・・・」

 

 

 

「八くん。大丈夫だよ。」

 

 

 

「お、れ・・・・・・は・・・・・・・・・」

 

 

 

「私は幸せだったよ。」

 

 

 

「・・・おれの、となりに・・・・・いてくれ」

 

 

 

「ずっと居るよ。傍にいるよ。」

 

 

 

「やめろ・・・・・・いかないでくれ・・・・・・」

 

 

 

「大好き」

 

 

 

「いくなッ!!」

 

 

 

 

 朱殷の光が弾ける。同時に八幡を包んでいた優しさと温もりが消えた。

 八幡の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────奏恵」

 

 

 

『私ね、八幡お兄ちゃんみたいなお兄ちゃん欲しかったんだ。嬉しいなぁ。』

 

『小町ちゃんは私の親友だよ。大好きだよ。』

 

『ありがとう。八幡お兄ちゃん!』

 

 

 

「────尚樹」

 

 

 

『はちにい!しょうぶだっ!』

 

『こまちちゃんをおよめにもらうね!』

 

『おれがんばるよ!みんなをまもる!!』

 

 

 

「────先生」

 

 

 

『“武士道”と云うものです。此の言葉を頭に置いて鍛錬に臨みなさい。』

 

『私は君達と出逢えて本当に良かった。』

 

『君の“本物”は直ぐ傍にあるのだから。』

 

 

 

「────小町」

 

 

 

『お兄ちゃん!!』

 

『小町は此処に来て本当に良かったよ!』

 

『お兄ちゃん愛してるッ!!今の小町的にポイント高い!!』

 

『お兄ちゃんは何時までも優しく在ってね。小町との約束』

 

 

「────紫苑」

 

 

 

『紫苑をお嫁さんにもらってくれる?』

 

『私は八くんが好き。』

 

『好きって気持ちはね。世界で一番、綺麗で純粋で温かいんだよ。之が私の“本物”の気持ち。』

 

『“紫苑”の花言葉は“君を忘れず”なんだ。だから八君。私を忘れないでね。』

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 涙が落ちる。止まる事を知らない。

 目覚めた朝には誰もいなかった。

 ただ、一人。

 新しい朝には少年しか居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は移ろいだ。十数年の歳月が経った。

 

 比企谷八幡はポートマフィアの首領(ボス)“森鷗外”から一枚の写真を渡された。

 

────写真には────

 

 中央に笑顔を浮かべて腕を組んでいる“時任”

 

 右には満面の笑みを浮かべる“尚樹”と“奏恵”

 

 時任の前には笑顔でピースをしている“小町”

 

 左には口元にほほえみを浮かべている“八幡”

 

 

────“紫苑”の姿はなかった────

 

 

 時任流“正統継承者”《時任 紫苑》

 

 “時任謙作”の()()()()である。

 

 

 

 八幡は天を仰いだ。

 決壊しかける涙腺をどうにかもたせる。

 目を閉じると皆の笑い声。

 “本物”は確かにそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




終わりました。大過去編最終話。いかがでしたか?

賛否両論あると思います。高評価が全部低評価になるかもしれません。

しかし之を書かなければ八幡の異能はどうして開花したのか判らない。それに何故こんなに強力なのかも理解出来ない。


伏線を回収しつつ、散りばめてしまった。
これは第三章以降で。

あと一話で第二章は終わります。お付き合いいただき有り難うございます。今後ともよろしくお願いします。

ではまた次回。感想、評価お待ちしております。

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