和を嫌い正義を為す   作:TouA(とーあ)

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今回は八幡と小町の大大過去から触れます。要するにあの日、彼ら兄妹に何があったのか、そして時任たちとどのように出逢ったのかを記します。

多くは語りません。ただ受け止めてください。まぁ之は次回でも言えることですが。ではどうぞ。



恩義

十六年前《とある街 貸家》

 

 

「い、今、なんて・・・・・・・・・」

 

「お、お兄ちゃん・・・・・・」

 

 

 比企谷八幡《齢 十》

 比企谷小町《齢 八》

 彼ら兄妹は目の前に居る女の発言に頭の理解が追い付いていなかった。無理もない。内容が子供たちが理解出来る範疇を超えている。

 

 

「だぁかぁらぁ、私たちの為に死んでくれって云ったんだ。」

 

「じょ、冗談だよな?母さん、(タチ)が悪いぜ?」

 

「そ、そうだよお母さん。何時もお兄ちゃんと小町に大好きだって云ってくれるじゃん。ね?お父さんも。」

 

 

 今、彼ら兄妹の目の前には母親と父親が居る。

 冗談にしては(タチ)が悪い言葉にたどたどしく兄妹は聞き返す。兄妹は自分たちを笑わしてくれる冗談なのだと信じていた。

 小町が父親に言葉を投げ掛けても不敵な笑みを漏らすばかりで何一つ喋らない。其れが兄妹にとって不安を加速させた。

 

 

「はぁ。いいかい?私が御前たちを産んだのは全部借金の返済の為だ。私は心から御前たちを愛した事なんか一度も無いんだよ。私が愛しているのはただ一人だけさ。」

 

 

 そう云って母親は父親に抱きつき接吻を交わす。

 舌を絡ませ、兄妹に見せつける。

 八幡と小町は其の光景に全身を震わせた。異常が異常を呼んでいる様な感覚を覚え、形容し難い悪寒が兄妹を襲った。

 

 

「ねぇお母さん・・・嘘だよね?今日も一緒に寝てくれるよね?大好きって・・・ねぇお母さん・・・」

 

「小町・・・・・・」

 

「「クク・・・アッハッハッハッハッハッハ!!」」

 

 

 子供たちの切実な思いに親が返したの物は嘲笑。

 八幡は目の前の男と女を以前と別だと認識した。そして小町を守るように静かに抱き締めた。小町も八幡の服をぎゅっと握る。

 

 

「ハッハッハ!御前達、本気で私達が愛していたとでも思っていたのかい?御前たち兄妹は私達の借金の“引換券”サ!私達の為に生まれて来てくれて有難な!八幡!!小町!!天国で幸せになりな!」

 

「其れより小町。御前、躰がふっくらしてきたな・・・一寸(ちょっと)来い!!俺が一から教えてやるよ!!」

 

 

 兄妹の父親は妹を兄から強引に引き剥がした。

 八幡が小町を抱き締めたのは父親の目が小町に向けられていたからである。加えるなら其の目は・・・何かを狙っている、見定めている目。

 だが、たかが十の男の子の腕力など大人にとっては無いに等しい。

 

 

「お兄ちゃん!!助けて!!お兄ちゃん!!」

 

「小町ィィィィ!!!!」

 

「アンタ本気かい?じゃあ私は八幡を可愛がろうかねェ・・・・・・」

 

 

 兄妹の母親は八幡を羽交い締めにする。八幡は暴れるが拘束が取れることはない。

 小町は父親に服を引き裂かれる。顔が恐怖に歪み、指も動かず涙を浮かべる。恐怖で声も出ない。

 だが八幡は小町から目を逸らせなかった。小町も親愛している兄に目を向けた。そしてゆっくり口を動かした。

 

 

────『 た す け て 』

 

 

 八幡の中の血液が沸騰した様に感じた。

 八幡は羽交い締めしている母親に向かって思いっきり後頭部をぶつける。

 強烈な一撃に見舞われた母親は八幡を解放した。母親は一撃を鼻に貰い、血が流れだした。

 八幡は其のまま後足(しりあし)を踏むことなく小町の元へ駆け出した。実の父親に拳を振り抜く。

 

 

「うおぉッ!」

 

「あ"ぁ?」

 

 

 父親は八幡の拳を(かぶり)を振るだけで躱した。其のまま八幡の鼻頭に向かって拳を振り抜いた。

 

 

「ッ!?!?!?」

 

「おぃおぃ八幡よぉ。適わない相手に手ぇ出してんじゃねぇよ。決めた。先に御前を躾てやる。」

 

 

 拳によって吹き飛ばされた八幡に跨り、父親は何度も何度も八幡を殴る。

 其の顔はただ嬲る事に快感を覚えた者だ。我が子の顔が変形するほど殴られているにも関わらず、母親は我関せずと傍観している。

 

 だからか、小町の行動に気付けなかった。

 

 

「お兄ちゃんを離せッ!!」

 

「ガアッ!」

 

 

 小町は机の上にあった灰皿で父親の後頭部を殴った。

 鈍い音が響く。 一撃もらった父親は蹌踉(よろ)めき、八幡を解放してしまう。

 

 

「逃げるぞ小町!」

 

「うん!」

 

 

 八幡は小町の手を引いて玄関から飛び出した。勿論、靴など履いていない。八幡は顔の至る所から出血している。だが()()うの(てい)であっても小町を救いたいと云う気持ちが(まさ)っていた。

 

 

「ア、アンタ大丈夫かい!?」

 

「この糞女ッ!早く追いかけろ!!金が逃げる!!」

 

 

 両親は慌てて家を出た。だが其の時既に周りには兄妹の姿は無かった。

 八幡と小町は夜の街を駆けていた。自身らを追う人の皮を被った鬼、(いや)、死神から逃げるように。

 狂騒に包まれる街を駆け抜け、入り組んだ裏路地へと入って行く。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・此処まで来れば大丈夫だろ・・・」

 

「お兄ちゃん、血が・・・・・・」

 

「問題・・・ねえよ。其れよりも小町、足痛いだろ?御免な。」

 

「もうっ!小町の事はいいの!お医者さん探してくる!」

 

「おいっ!待て!小町!」

 

 

 小町は八幡の説得を振り切って路地裏を飛び出した。

 八幡は追いかけようとしたが足に力が入らず、其の場に崩れた。服で血を拭うが止まる気配は無い。

 冷静になって辺りを見回した。そして一つの事実に気付いた。

 

 

「おいおい・・・巫山戯(ふざけ)ろ、此処は・・・」

 

 

 無我夢中に逃げた、が其の場所は両親の通勤する為の道中だった。染み付いた自身の無意識の行動に嫌気が差した。

 母親の仕事は水商売である。父親はホステスで此の路地裏の店で働いていた。八幡と小町は両親のどちらかの店の休憩所に居る事が多かった。

 

 

(今、思い返せば俺達の事を押し付けあっていたな・・・儲からないとか何とか云ってたっけ・・・?)

 

 

 子持ちであれば其の分、人気が下がる商売だ。勿論、八幡と小町は知る由もないが。

 そんな事よりも八幡は逃げたと思った先が袋小路だった事に衝撃を覚えていた。どうにか動きたいが躰が云う事を聞かない。

 跫音(あしおと)が聞こえ、八幡は身構えた。だが現れたのは愛する妹と白衣を着た中年の男。そして金髪で真紅の美飾服(ドレス)を着た少女だった。

 

 

「小町・・・・・・?」

 

「お兄ちゃん、お医者さん連れてきたよ。」

 

「やぁ。君の妹に助けを求められて来たが・・・之は酷い。エリスちゃん、(カバン)から消毒液とガーゼ取って。」

 

「・・・・・・・・・」

 

「後で好きなだけケーキ食べていいから。」

 

「はーい♪」

 

 

 エリスと呼ばれた少女は慣れた手付きで白衣を着た中年の男に物を渡す。

 男は八幡に治療を開始する。とは云っても簡単な処置しか出来ないのだが。

 治療を終えたところで男が八幡と小町に問うた。

 

 

「ところで君達、両親は?」

 

「親は・・・・・・」

 

「ハァハァ見つけたぜ!!八幡、小町!」

 

 

 獣の目をした両親が八幡と小町の前に現れる。

 八幡はゆっくりと立ち上がって両親を見据えた。小町は震えながら兄の背に隠れた。

 其の仕草を見た中年の男は彼らの両親に向かって問うた。

 

 

「此の子達の御両親でしょうか?」

 

「そうだよ・・・返せよ。其奴らは()()()()だ。」

 

「物?」

 

「あぁそうだよ。其奴らの臓器を売るんだよ。俺達の借金と引き換えにな。俺達が居なきゃ其奴らは産まれて無いんだよ。今から産んでくれた御礼を俺達にしてくれるんだ。」

 

「因みに借金は如何ほど?」

 

「あ"ぁ?七千万は超えてるよ。其れが如何(どう)したよ?」

 

「いいえ。何も。確かに健康児が二人居れば七千万ぐらい余裕で、寧ろ釣りが来る・・・と思いましてね。腎臓と心臓だけで五千万は超えるでしょうから。」

 

 

 淡々と語る中年の男が兄妹の恐怖を更に駆り立てた。

 小町は八幡に抱き着いて離れない。八幡は両親を見据えているが躰は震えていた。

 

 

「小町だけでも・・・見逃してくれないか?」

 

 

 震える声で八幡は両親に提案した。

 勿論、強がりだ。其の言葉は自身の“死”を意味していた。────だが。

 

 

「はぁ?駄目に決まってんだろ。」

 

「八幡さぁもう一度云うからよく聞きな。アンタ達を産んだのは私達の為だ。借金返済の為のな。“引換券”だって云ったろ?」

 

「────ッ」

 

 

 無駄だと判ってしまった。“愛”など無かったのだと再認識した。(すべ)て嘘だったのだと理解した。

 八幡は歯を噛み締め、両親を睨んだ。小町の嗚咽が漏れる。

 

 

「やだよぉ・・・誰か助けて・・・・・・」

 

「・・・・・・御両親。私から提案が有るのですが。」

 

「何だよ?アンタ若しかして“裏”の医者か?」

 

「・・・しがない街医者ですよ。其の返済よりももっと良い方法があります。こう云うのは如何(どう)でしょう?」

 

 

 そう云って中年の男は両親に近付いた。

 両親は警戒もせずに中年の男の提案に耳を傾けた。

 

 

「────貴方達の臓器で払う、と云うのは如何(どう)でしょう?」

 

「へ?」

 

 

 瞬間、両親の小指が宙を舞っていた。

 中年の男の片手にはメスが握られており、血がこびり付いていた。男の顔は返り血が付いている。

 

 

「「ギャァァァ!!」」

 

「先ず、子供達の命は子供の物だ。粗末にしていい物では無いし、()してや君達の物では無い。」

 

「ッ!?!?」

 

「其れと君達の負債ならば君達が負うべきだ。其れがOptimale Lösung(最適解)だよ。・・・エリスちゃん、彼らを近くの支部まで運んでくれ。」

 

 

 エリスは兄妹の両親二人を引き摺り、裏路地の奥へと消えた。

 八幡と小町は目の前で起きた現実が信じられなかった。唯、力だけが抜けて行った。

 

 

却説(さて)、君達だが・・・私の患者に孤児を預かっている方がいる。如何(どう)かね?其れとも私と来るかい?」

 

 

 とてもじゃないが目の前の男に付いて行く気はなかった。兄妹は揃って首を横に振り、拒否した。

 男は肩を竦めて、力のない笑みを浮かべた。そして彼ら兄妹に印が入った“地図”と“一万円札”を渡した。

 

 

「靴と服を買うと良い。距離はそこそこ有るが頑張れるね?」

 

 

 兄妹は受け取り、頷いた。

 男は二人に笑いかけ、エリスが消えた路地裏へと歩き出した。

 兄妹はしっかりと手を握り、歩き出した。八幡は黙っていたが、小町は振り返り、大声で叫んだ。

 

 

「ありがとう!おじちゃん!」

 

 

 男は一瞬立ち止まったが振り返らなかった。其の代わり、片手を上げて小町の声に応えた。

 今度こそ、二人は街を歩き出した。だが二人の顔に笑顔は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《路地裏 とあるBAR》

 

 

「幹部になる気はないかね?」

 

「・・・・・・理由をお聞きしても?」

 

 

 八幡は或る旧知の男と真反対の位置に座っていた。

 其の疑問は当然だろうね、と前置きして男は理由を語り始めた。

 

 

「一つは周りの君の評価だ。古株の広津さんからも話は聞いているよ。仕事が早く、(すこぶ)る優秀だとね。組織の情報網から私は君の能力は幹部クラスに匹敵すると判断したのだよ。」

 

「買いかぶりですね。私は組織の末端の“何でも屋”に過ぎません。」

 

「謙遜は止し給え。君が関わった事案は敵味方含めて()()()()()()()()()()()(いや)、此の云い方は語弊があるね。君が()()()()()()()()事案は(すべ)て無駄な死傷者が出ていない。之は驚くべき成果だよ。今では“何でも屋”と揶揄する者も居ないと聞く。上に立つ為の十分な素質を君は持っているよ。」

 

「・・・・・・其れは建前でしょう?」

 

「ん?(さき)の言葉に嘘はないよ。まぁ本心を云えば────太宰君が抜けた席を君に授けたいと思ったからだ。其の頭脳と能力を君は有していると私は判断した。だから君には私の、ポートマフィアが首領(ボス)“森鷗外”の右腕として之から働いて貰いたい。」

 

 

 男────森鷗外の言葉には八幡が密かに行った事、(すべ)てが含まれていた。

 ポートマフィアと云う組織が首領(ボス)を頂点にピラミッド型になっている以上、末端の構成員の力が強く成り過ぎるのは好ましくない。

 其れらを判っていながらも八幡は顔色一つ変えなかった。

 何故なら、最初から答えは決まっていたからだ。

 

 

「お断りします。」

 

「────理由を聞いても?」

 

「確かに私は貴方に()()()()()()()()。其れは貴方に、で有ってポートマフィアに、では無い。其れに私は幹部の肩書きに興味が有りません。意味も見い出せない。私は“()()()()”と云う立場にこそ意味を見い出している。」

 

「君は────()()()()()君の後を継いでいるのだね。“何でも屋”として。“(シャドー)”として。」

 

「・・・・・・私の唯一無二の友の最後の頼みですから。ポートマフィアが無辜なる民を巻き込み、傷つける可能性が有る以上、私は“(ヤハタ)”を張り続けます。」

 

「君は────」

 

“偽善者”

 

否────“愚者”だね。

 

 

 誰も彼も助ける事など出来ない。其れを知っていて尚、そう在り続けようとする八幡を鷗外はそう哄笑し、断言した。

 八幡は()()()()()()()()()。自分が云った答えは唯の綺麗事で、夢物語で、荒唐無稽な絵空事なのだと。其れでも愚かな偽善を張り続けると。

 鷗外と八幡は一度会話を区切り、各々目の前に有る飲料で口を潤した。

 

 

時任(ときとう)殿は君達、孤児を預かり始めてから変わった。たった()()の孤児とは云え、幸せだったのだろうね。」

 

「そう・・・・・・ですかね。」

 

「あぁ。私は今日、幹部の勧誘の他に君にもう一つ要件があったのだよ。」

 

「俺の足止め以外にですか?」

 

「以外に、だよ。」

 

 

 鷗外は胸衣嚢(むなポケット)から一枚の写真を取り出した。其れを滑らせ、反対側に居る八幡に渡した。

 其の写真は時任(ときとう)を中心として()()の子供が写っている写真だった。勿論、八幡も写っている。

 

 

「彼が私の元に診察に来た時に忘れて行った物だよ。君に必要な物だと思ってね。」

 

「・・・有難う御座います。」

 

 

 八幡は胸衣嚢(むなポケット)にそっと写真を入れた。

 鷗外は寂しげな笑みを浮かべた。

 

 

「最後に一つ、聞いても良いですか・・・」

 

「何かね?」

 

「何故あの時、私を助けてくれたんですか?」

 

「君の妹に頼まれたからだよ。『お兄ちゃんを助けて』とね。幼女に頼まれたら断るに断れない。」

 

「相変わらず・・・ですね。」

 

「愛変わらず・・・と云って欲しいかな。」

 

 

 八幡は席を立って、出口へと向かった。

 鷗外もエリスも其の行動を止めなかった。鷗外はワインを口に含み、エリスは店主(マスター)にケーキのお代わりを頼んでいた。

 

 

 八幡の席には何時ぞやの“一万円札”が置かれてあった。

 

 

 




はい、八幡の過去でした。如何でしたでしょうか。

鷗外と八幡、そして時任の関係が判ってくれたのではないでしょうか?

毎度恒例謝辞。
『ライジンググロウ』さん、『ゼン•ノワール』さん高評価有難う御座います。

感想、評価お待ちしております。ではまた次回。

次回・・・八幡の異能開花。そして別れ。

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