和を嫌い正義を為す   作:TouA(とーあ)

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えー字下げを行いました。
読みやすくなったと思いますが、逆に読みにくくなった可能性もあります。すみません。


ではどうぞ!


白黒

《ポートマフィア 地下監獄》

 

 

「……ぐッ」

「最後に教えろ。態と捕まったのは何故だ」

 

 太宰は中也に依って獄舎の壁に叩き付けられ、胸座(むなぐら)を掴まれ、喉にナイフを突き付けられていた。

 挑戦的な挑発をしていた太宰だが、中也の体術を前には為す術がなかった。

 其れを知ってて尚、挑発する様な真似をした()()()に中也は猛禽(もうきん)の様な眼を向け、射抜く。

 

「…一番は敦君についてだ」

「敦?」

「君達がご執心の人虎さ。彼の為に七十億の章典を懸けた御大尽が誰なのか知りたくてね」

「身を危険に晒してまで? 泣かせる話じゃねぇか……と云いたいが、其の結果が此の(ザマ)じゃあな。麒麟も老いぬれば駑馬に劣るってか? “歴代最年少幹部”さんよ」

「…………くくっ」

「何が可笑しい?」

 

 普通ならば此の状況の中で笑いが漏れるのは頭が狂ったとしか考えられない。

 だが、中也は若気(にやけ)る太宰を見て言葉に出来ない何かが胸中に靄を掛けた。

 

「良い事を教えて上げよう。明日、“五大幹部会議”がある」

 

 “五大幹部会議”とは数年に一度だけ、ポートマフィアと云う組織の超重要事項を決定する時だけ開かれる会議である。

 幹部である中也に連絡が行ってない時点で明らかに荒唐無稽な話である。……が、そうだと感じさせない迫力が太宰にはあった。

 

「あるなら()っくに連絡が…………」

「理由は私が組織上層部に或る手紙を送ったからだ。で、予言するんだけど…………」

「あ?」

 

()()()()()()()()。どころか払い主に関する情報の在処(ありか)を私に教えた上で此の部屋を出て行く。其れも()()()()()()()()()調()()()

 

「はぁっ!?」

「私の予言は必ず(あた)る。知ってると思うけど」

巫山戯(ふざけ)る…………手紙?」

 

「あぁ、手紙の内容はこうだ」

 

 

 + + +

 

 

 太宰

 

 死歿(しぼつ)せしむる時

 

 汝らの(あらゆ)る秘匿

 

 公にならん

 

 

 + + +

 

「…………ッ!? 真逆(まさか)手前(テメェ)!?」

「元幹部で裏切り者の私を捕縛した。だけど上層部に『太宰が死んだら組織の秘密が全部バレるよ』って云う手紙まで付いて来た。検事局に渡ればマフィアの幹部全員百回は死刑に出来るだろうね。幹部会を開くには十分な脅しだよ」

 

 薄笑いを浮かべる太宰。

 中也は其の薄笑(にや)け面を厭と云う程見てきた。太宰が此の笑みを浮かべた時、其れは中也にとって面倒な事が起こる予兆であった。

 

「そ、そんな脅しに日和(ひよ)るほどマフィアは(ぬる)くねぇ。手前(テメェ)は死刑だ」

「だろうね。けど其れは幹部会の決定事項だ。決定よりも前に私を勝手に私刑に掛けたら独断先行で背信問題になる。まぁ罷免か、最悪処刑だね」

「そして俺が諸々の(しがらみ)を振り切って(なり)振り構わず手前(テメェ)を殺したとしても……手前は死ねて喜ぶだけ?」

「ってことでやりたきゃどうぞ♪」

 

 今直ぐにでも(くび)り殺したいと顔に振り上げた拳。

 唇が大きな弧を描く太宰に中也は─────。

 

「……………………ビキッ╬」

「ほォらァ早くぅ」

「ギリギリギリ……╬」

「まーだーかーなー?」

「……一寸(ちょっと)待て、太宰」

 

 握った拳を緩めて頭に(よぎ)る疑念をぶつける。

 

「ん? なぁに?」

「俺ではなく()()()()()()()()()()此の計画は破綻していた筈だ。違うか?」

「……はぁ。変なところに気付くね。ちっちゃいくせに」

「し、身長は関係ねぇだろ!」

 

 太宰は種明かしとばかりに滔々(とうとう)と話し始める。

 

「まぁ姐さんは兎も角、(エース)さんなら私と云う存在(カード)を使えるだけ使うだろうね────でも中也の疑問の答えは簡単さ。中也以外の幹部は()()()()()()()()()()()()()()()()

「はぁ? そんな莫迦(バカ)なことあってたまるか!」

「中也だけじゃない。私が捕らえられている事実を知っているのは極僅かだ」

 

 情報統制、太宰の十八番だ。

 其れにしても、捕まっている癖に手際が良過ぎる。太宰がポートマフィアを去って早数年……其処までの人脈がある訳が無い。

 ポートマフィアは恨みと恩讐の組織だ。裏切った太宰は元幹部だろうが其の最たる対象……中也は眉を顰める。

 

「確かに手前(テメェ)に個人的に怨みを持っている部下が居るかもしれねぇ。私怨に駆られ報復に来る部下も居ないとは限らねぇ。だが────」

「まぁ一つとして脱走した時の行動を制限されない為だね。隠れながら資料を探すの面倒だもの。あと一つは……中也、君は誰から私が捕らえられたって情報を聞いたかい?」

 

「誰ってそりゃあ…………()()? 俺は()()()()()()……?」

 

「むふふ♪」

「“聞いた”と云う記憶は有るのに“誰から”と云う記憶がない……だと? まるで其の“記憶”だけがすっぽり抜け落ちている様な………………」

「其れが答えだよ中也。プププッ!」

 

 太宰は堪え切れない笑いに破顔する。中也は未だに答えを出し切れていない。まぁ無理な話ではあるのだが。

 要するに最初から2()()1()の土俵だったのだ。非凡な才を持つ二人が人間一人騙す事など朝飯前である。

 

「因みに二番目の目的は中也に“嫌がらせ”する事でしたぁ。久し振りの再会の善い仕込(サプライズ)になって良かったよ。驚いた? ねぇ? 驚いた?」

「死なす!! 絶対こいつ死なす!!」

「おっと(たお)れる前にもうひと仕事だ。鎖を壊したのは中也だ。私がこのまま逃げたら君が逃亡幇助(ほうじょ)の疑いが掛けられるよ?」

 

「…………ビキッ╬」

「君が云うこと聞くなら探偵社の誰かが助けに来た風に偽装してもいい」

「其れを信じろってのか?」

「私はこう云う取引では嘘は付かない。知ってると思うけど」

 

 其れこそ厭と云う程、知っていた。

 

手前(テメェ)ッ!? …………はァ、望みはなんだよ」

先刻(さっき)、云ったよ」

「“人虎”がどうとかの話なら芥川が仕切ってた。奴は二階の通信保管所に記録を残している筈だ」

「あっそう。予想はついていたけどね」

「てッ!? …………用を済ませて消えろ」

「フフッ、どうも」

 

 中也は黒の上着を手に取り、太宰に背を向けて歩き出した。

 中也の顔には疲れが滲み出ている。太宰の相手をする事は其れだけで体力を消耗するのだ。何処かの理想主義者も同じ様な顔をよくしている。

 そんな中也を太宰は最後に呼び止めた。

 

「でも一つ訂正。今の私は美女と心中が夢なので君に蹴り殺されても毛程も嬉しくない。悪いね」

「あっそう…………じゃあ今度、自殺志望の美人探しといてやるよ」

「……中也ァ、君は実は良い人だったのかいぃ?」

「早く死ねって意味だよ莫迦(バカ)野郎ッ!!!」

 

 激情に堪えられなくなった中也は太宰に向かって吠えた。

 太宰は其れに対してもへらへらした態度を改めない。(いや)、寧ろ楽しんですらいた。

 

「善いか太宰。之で終わると思うなよ。二度目はねぇぞ」

「違う違う。何が忘れてない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二度目はなくってよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《横浜湾 密輸船》

 

「来て」

(ひょっとして……僕を助けに?)

 

 芥川の手に依って毀傷され、貨物自動車(トラック)に運び込まれた敦は暫く気絶していた。

 敦が目を覚ますのと、貨物(コンテナ)の扉が開くのは、殆どズレは無かった。

 扉から見えるのは無表情の“泉鏡花”。

 敦は覚束無い足取りで扉へと進む。回復しきっていない躰に鞭を打ち、朧気な意識を現実へと引き戻す。

 

「なっ!? ────グッ!!!」

 

 敦が貨物(コンテナ)の扉にさしかかろうとした時、敦の足首に黒布が巻きついた。

 黒布は其の儘、敦を外へと強引に引っ張りだし、向かいの貨物(コンテナ)に叩きつける。

 肺から半ば強引に空気が吐き出される。顔を上げてみれば其処には────漆黒の禍狗。

 

「殺す(つも)りで刺したが……成程。部下の報告に有った通り、不完全(なが)ら虎の治癒力が()されているか」

「此処は…………海?」

「密輸船だ。武器弾薬の類いを運ぶ。今日は貴様の為に貸切だが。引渡しまでもう数刻も無い。人生最後の船旅を楽しめ人虎」

「断…………る……」

 

 漆黒の禍狗────芥川龍之介は自身の異能である『羅生門』で敦を地面に叩きつけ、横たわる敦の腹を踏み付けた。

 敦は抵抗を試みるが『羅生門』により拘束され、手の自由を奪われる。此の状況で反撃の手段はなかった。

 

「貴様の意志など知らぬ。弱者に身の振りを決める権利など無い」

 

(此奴と戦っても勝てる訳が無い……隙を見て逃げないと……探偵社の助けが来るまで何処かに隠れられれば…………)

 

「弱者は死ね。死んで、他者に、道を譲れ!!」

 

(何だ? 之は……敵意?)

 

 向けられる敵意に、憎悪に満ちた醜悪な感情に敦は疑問を感じると共に最大級の身の危険を感じた。

 其の時────チャキン、遊底(スライド)を引いた金属音が響く。

 振り向くと、芥川の背後に控えていた鏡花が銃口を芥川に向けていた。

 

「武器庫から持ち出したか……」

「彼を逃がして」

「外の世界に触れて心が動いたか?」

 

 芥川は黒外套を蠢かし、鋭利な刃物を形成。

 鏡花の持っていた銃の先端部分をいとも簡単に切り捨てる。銃はもう使い物にならない。

 芥川は敦から足を退けぬまま、鏡花の首を掴み、持ち上げた。

 鏡花の顔が痛苦に染まる。芥川は其の表情を見ても表情一つ変えない。

 

「鏡花よ。『どん底』を知っているか?」

 

「其処は光の差さぬ無間(むげん)の深淵だ。有るのは汚泥、腐臭、自己憐憫。遥か上方の穴から時折人が覗き込むが誰も御前に気付かない。一呼吸(ごと)に惨めさが肺を()く。外で御前に待つのは其れだ鏡花」

 

「ぐ……かはッ…………」

「『夜叉白雪』は殺戮の権化。そんな御前がマフィアの外で普通に生きると? 人虎教えてやるがいい」

「な……に、を…………」

「誰にも貢献せず、誰にも頼られず、泥虫のように、怯え、隠れて、生きるのが如何(どう)いう事か」

「────ッ」

 

 敦の記憶に蘇るのは孤児院での凄惨な日々。

 穀潰しだと、生きる意味を見いだせず、生きる価値など無いのだと、そう云われ続けた日々。

 今となっては過去の記憶だが敦にとって切り離す事の出来ない忌まわしき記憶だ。

 

「殺しを続けろ鏡花。マフィアの一員として。でなければ呼吸をするな。無価値な人間に呼吸する権利など無い」

「そうかも……しれない。でも────」

「……」

 

「クレープおいしかった」

 

 トクン、と敦の躰を何かが打った。

 ()ぎるのは目の前の少女と過ごした温かく、二人を包み込む優しい光の時間。

 闇に呑まれた少女が年相応の女の子の表情を見せた掛け替えのない記憶。

 

「小僧ォ! 無事かッ!!」

「く、国木田さん!?」

「……もう、嗅ぎ付けたか探偵社」

 

 探偵社の高速艇で密輸船に追い付いた国木田は敦救助の為に声を張り上げた。密輸船は大きく、高速艇では内部の状況が判らないのだ。

 

「纏めて(なます)切りに────」

「今の内に逃げて!」

「ッ!? なんで!」

「此の船は取引場所には行かない」

「ならば何処へ行く?」

「どん底」

 

 鏡花は隠し持っていた(ボタン)を押した直後、爆発音が轟き、船が大幅に揺れた。

 

「真逆、武器庫の爆薬を────自決する積りか!!」

「君…………!」

「逃げてっ!」

 

 鏡花の自身を犠牲にした策と何かを訴えかける必死な声に敦は戸惑いながらも船の端へと駆けた。

 芥川は敦を再び捕らえようとするが、爆発による爆炎が其れを阻む。

 船の端に辿り着いた敦は国木田を見つける。国木田も敦の姿を捉え、早く此方に来るよう催促する。

 

 ────だが。

 

「爆発でこれ以上近付けん!! 早く跳べ! 船が沈むぞ!」

 

(助かる……之で僕は…………)

 

「此の怒阿呆(どあほう)!! どれだけ社に迷惑を掛ける気だ!」

 

 国木田の声が届く。

 耳には入るが……意識の中に在るのは一人の少女の────。

 

「彼女は────」

「あの娘は諦めろ! 善良な者が何時も助かる訳ではない!! 俺も何度も失敗してきた!! そう云う街でそう云う仕事だ!!」

「彼女は……助からない?」

 

 + + + +

 

『貴方は……どこか、()の人に……似ています……どう、か……理想に、殺されぬ、よう……私は……好…………』

 

 + + + +

 

「そうだ! 俺達は英雄(ヒーロー)では無い!! そうなら善いと何度思ったか知れんが違うんだ!!」

 

 探偵社で最も高潔で(つよ)く、自身の手から零れ落ちた命を何度も見た国木田だからこそ云える言葉だった。

 

 其れでも……其れでも────敦は。

 

「彼女は────僕と食べた『クレープ』を美味しかったと……無価値な人間には呼吸する権利も無いと云われて────彼女は『そうかもしれない』と…………」

 

 蘇るのは鏡花の表情。

 誰も殺したくないと云った時の悲哀の表情。

 花を愛でていた時の年相応の優しい表情。

 クレープを食べている時の幸せそうな表情。

 横浜の景色を一望した時の柔らかい表情。

 

 そして敦を救おうと決意した時の悲痛な表情。

 

「僕は違うと思う! だって太宰さんは────」

 

 蘇るのは探偵社の思い出。

 探偵社と云う大事な“居場所”をくれた太宰。

 自身の理想と云う正義を示してくれた国木田。

 命を懸けて敵から守ろうしてくれた谷崎兄妹。

 天真爛漫な笑顔で優しく気に掛けてくれた賢治。

 探偵社として心構えを教えてくれた与謝野。

 探偵の名に恥じぬ姿を見せてくれた乱歩。

 自身の不安を見抜き諭してくれた八幡。

 何時も遠くから温かく見守ってくれる福沢。

 

 そう、彼らは一人として────。

 

「探偵社は僕を見捨てなかった!! 僕、行ってきます!!」

「おい! ────走れ! “敦”!!」

 

 敦の決意に後押しする様に国木田が声を投げ掛ける。敦は熱い一言を背に受け、一人の少女を救わんが為に駆け出した。

 

 

 ───。

 ────。

 ─────。

 ──────。

 ───────。

 

 

「鏡花、其れが御前の選んだ道か」

「…………ッ」

 

 鏡花は首を掴まれたまま、地面に叩きつけられていた。

 芥川は黒外套を蠢かし、一つの鋭利な刃物を形成する。

 

「是迄の労に報い、楽に殺してやろう。死ね」

 

 鋭利な刃物が鏡花の喉を走ろうとした瞬間。

 鏡花は何者かの手によって芥川の『羅生門』の拘束から逃れた。

 芥川は驚く事も無く、ゆっくりと後ろを振り返った。

 其処には鏡花を片手で抱きしめている“白”を基調とした青年。其の腕は人間の物ではなく、白い毛並みが吹き出した獣の腕だった。

 

「勝負だ芥川!!」

 

 “中島敦” “芥川龍之介”

 “白”と“黒”と云う決して交わる事の無い、似て非なる者同士の戦いが切って落とされた。

 

 

 

 




第二章 十八話 いかがでしたか?

まぁ多分、皆さんは原作通りの内容より早く、八幡の方を見せろボケッ!って思っていると思います。そこは抑えてください。

えっと少しだけ変えたのが、太宰と中也の会話。
僕が原作を読んでいる時に、『あれ?これ他の幹部出てきたらアウトやん。』って思ったのがキッカケです。
其れを此の作風に沿って改変しました。
太宰が捕まっているのをポートマフィアに殆ど知られていないという結論に対しては、『やぁご無沙汰!』って原作で太宰が構成員に話し掛けているのに脱走に気付かれていない事から考えました。まぁ自己解釈ですね。


毎度恒例謝辞。
デイリーランキングに1月21日、22日と乗りました。
有難うございます!!お気に入りが増えてとても嬉しいです!

加えて、『ぺるクマ!』さん、『冷奴先輩』さん、最高評価有難うございます!『林大』さん、高評価有難うございます!!励みになります!


第二章も佳境です。応援のほどよろしくお願いします。

感想、評価お待ちしております!

『Twitter』 @TouA_ss

ではまた次回!!

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