和を嫌い正義を為す   作:TouA(とーあ)

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遅れてすみません。

どうにかプロットを書き終えたので投稿します。

ではどうぞ!


理想

 “理想“とは何か。

 

 

 その問い掛けは無数にある。

 曰く言葉、曰く思想、曰く知識、曰く人間関係、曰く死と生。だが“国木田独歩”に云わせてみれば、其の答えは明確だった。

 

 

 手帳の表紙、其処に書かれた単語である。

 

 

 国木田にとって手帳は万能であり、其れは指針として、主君として、預言者として国木田を導く。時に武器にも鍵にもなる。

 

 理想。

 

 其の手帳には国木田の凡てが書き込まれている。何時も持ち歩く其の手帳が国木田にとっての未来だった。

 

 夕食の献立、五年後の引越し計画、明日の業務目録から大根の地域最安値まで。

 

 そう、大袈裟な云い方をすれば“理想”と書かれた手帳は国木田にとっての未来予言書なのであった。

 

 手帳の計画に従う限り、国木田の未来は国木田自身の支配下にあるのと同等であった。

 

 

 未来の支配───。

 

 

 なんと輝かしい言葉だろうか。

 

 然し、幾ら理想が輝かしかろうと、其の実現に至る道が杏々(ようよう)として遠く見えざれば、輝きは拵物(イミテーション)に等しく、理想は寝言に等しい。

 

 其れ故に国木田と手帳の第一(ページ)には理想へと至る最短の心得が書かれてある。

 

 

 

『すべきことをすべきだ』

 

 

 

 つまり国木田独歩と云う人物は、現実を往く理想主義者にして、理想を追う現実主義者である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「国木田さん!助けてください!!」

 

 

 武装探偵社事務所のドアを開けると、困り果ててげっそりしている新人・・・中島敦の姿が国木田の目に飛び込んで来た。

 

 

「何だ?」

 

「だ、太宰さんが!」

 

 

 国木田が探偵社の事務所に入ると、殺人事件で不在である江戸川乱歩の業務机に上がり、奇声をあげている太宰治の姿があった。

 

 

「クニキィダくぅぅん!見給えよ!大変なんだ!」

 

「俺には御前の阿呆面しか見えんが」

 

 

 国木田は太宰が朝からこんな調子なのだろうと察した。太宰は何も無い所を指さして高らかに、狂った様に云う。

 

 

(つい)に私は辿り着いたンだ!なんと芳き世界だろう!これが、これが死後の世界!黄泉比良坂(よもつひらさか)!想像した通りだ!見給え!青煙地に這い、月光窓に砕け、西空に桃色の象が舞踊る!」

 

 

 太宰は大仰な身振りを交え、乱歩の机で踊り始める。迷惑極まりないが誰も止める者は居ない。

 

 

「うふふふふふ、矢張り『完全自殺読本』は名著だなぁ!裏の山道に生えている茸を食するだけで、こんなにも楽しく愉快な自殺の道へ逝けるなんて!」

 

「何とかして下さい!国木田さん!」

 

 

 太宰の目の焦点は合っておらず、黒瞳が小刻みに痙攣している。涙目で敦が助けを求めるが国木田は無視し、何時もと寸分変わらぬ動作で机に鞄を置く。其の後に太宰の机の上に目を遣った。

 

 太宰の机の上には『完全自殺読本』なる瀆神的(とくしんてき)書帙(しょちつ)が、ある(ページ)を表にして置かれていた。頁の表題は『中毒死──キノコ』。横の皿には齧かけの(くさびら)が一片。よく見ると書に描かれている茸とは微妙に色が違う。

 

 

「ねぇねぇ国木田くん!君もお出でよ黄泉の国!ご覧、酒は飲み放題!ご馳走は食べ放題!美女の寝顔は見放題!」

 

「国木田さぁん!!」

 

「出勤後の書類整理だ。少し待て」

 

 

 要するに“あっちに逝っちゃう系”の茸なのだろう、と国木田は事態を重く考えず、自分の業務へ取り掛かった。国木田とってはそんな事よりも一日の最初の行動を計画通りに進める事の方が大切であった。

 

 

「クニキィダくぅん♪窓に大きなイソギンチャクがいるよ!バナナを!バナナを食べている!周りの白いぴろぴろを丁寧に取り除いている!」

 

国木田さん(モ ガ モ ガ モ ゴ)!!」

 

 

 敦は何時の間にか太宰の手によって包帯で椅子に縛られていた。モガモガと聞こえるが無視し、国木田は前日の業務で出た不要書類を廃棄した。太宰が頭を抑えながら近付いてくる。

 

 

「声がする・・・ううっ、私の頭の中に小さいおっさんがいる!そして囁くんだ!京都にいけと、京都でひと味違う本場の味噌田楽を喰ってみ──」

 

「やかましいわ!!ダァホ!!」

 

 

 国木田は跳び廻し蹴りで近付いて来た太宰の後頭部を蹴り飛ばした。太宰は衝撃で入口まで転がりうつ伏せの状態になった。だがまだ意識はある様で・・・

 

 

「こ、之が美女との心中の痛み・・・此の痛みも癖にな──」

 

「黙れ、迷惑自殺性癖(プロペンシティ)

 

 

 丁度、通勤して来た八幡から後頭部に拳骨を落とされた太宰は目を廻し意識を失った。探偵社にゆったりとした空気が流れ始め、各々自分の仕事に取り掛かり始めた。

 

 

「おはよう御座います。八さん」

 

「おう」

 

おはよう御座います(も が も ご も が も ご ご)八幡さん(も が も ご も が)

 

「・・・おう」

 

 

 探偵社は今日も通常運転である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さざ波を立てる入江に月影は其の姿を浸している。

 横浜の湾港をのぞむ雑踏を国木田、太宰、敦は歩いていた。目的地は港の倉庫街だった。

 

 

「あの・・・僕が付いて来て良かったンです?」

 

「之も新人教育の一環だ。今回は『()()()()()()()()()()()』を追う」

 

 

 三人は他所よりも一回り小さい古い倉庫へ足を踏み入れた。国木田が倉庫についている呼び鈴を鳴らすと鉄を叩く様な音が響き、電子錠が解除された。

 

 

「入ンな」

 

 

 室内より甲高い声があり、三人は室内へと入って行った。

 其の部屋は二十畳にも少し足りぬ程度の広さで、光電素子(ダイオード)の明滅が薄暗い室内を照らしていた。幾つものサーバーで囲まれた部屋の中央には机や床の上にPCモニターが無造作で置かれている。其の机の後ろには熱帯魚の水槽が置かれている。

 

 

「イヨオ眼鏡。今日も手帳の言いなりかい?」

 

「偉そうな口を叩くな情報屋。社にある証拠品を然るべき筋に回せば、お前は十年は獄舎暮らしだ。そうなればお前の亡き御父上が泣くぞ」

 

「父上の話は出すンじゃねえよ。」

 

 

 机にふんぞり返る情報屋は()()()()()()だった。散切り頭に大きな目。夏でも冬でも、一張羅の白い編上衣(セーター)を着ている。躰こそ小さいが、眼光は爆ぜた硝子の様に鋭い。

 

 

「それよりも遅刻なんて珍しいじゃんか。何?コレと逢引(デート)?」

 

「断じて違う。逢引(デート)とは結婚を決めた女性とするものだ。そして結婚予定は六年後と手帳の“将来設計”の頁に書いてある」

 

 

 少年が小指を立てて若気(ニヤケ)るが、真面目に国木田は返した。其の答えに驚いたのは敦だった。

 

 

「国木田さんは結婚を決めている女性が居るンですか!?」

 

「其れが出来るのは四年後の予定だ」

 

「は、はぁ・・・」

 

 

 呆れた表情を浮かべているのは太宰と少年だった。少年は気づいた様に敦に向かって問い掛けた。

 

 

「おや?新顔?」

 

「あっはい。中島敦と云います。宜しくお願いします」

 

己等(おいら)は田口六蔵。十四歳。職業は電網潜士。宜しく」

 

「其れで“タレコミ”の主は判ったか?」

 

 

 国木田が六蔵に聞いた“タレコミ”とは今朝、武装探偵社宛てに届いた電子書面だ。実に回り(くど)い文章だったが、省略した内容はこうだ。

 

 

()()()()()()()()()()()の被害者が監禁されている。場所は××の廃病院。至急救出願う』

 

 

 この文面が届いて直ぐ、書留で依頼料が探偵社に届いた。中を調べると、予定経費を差し引いても相場依頼料の倍ほどが入っていた。断る理由は探偵社は無かった。だが──懸念が一つ。

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

 罠の疑いもあるので国木田は電網潜士である“田口六蔵”に依頼した。依頼内容は『この文面の依頼人探し』である。

 取り敢えず、此処で『横浜来訪者連続失踪事件』について記しておこう。

 

 

 

 

 “横浜来訪者連続失踪事件”

 

 一見何の関連もない被害者が、或る日ふらりと居なくなり、そのまま戻らないと云う失踪事件である。失踪者の数、実に十一名。

 捜査本部が出来て早ひと月。被害者同士の共通点は僅かに、横浜外の人間である点、()()()()()()()()姿()()()()()()()という点しかない。

 其のうちの一人を紹介しよう。

 約一ヵ月前、出張で横浜を訪れていた四十二歳の男が突如消えた。足跡を追うと、港からホテルにチェックインし宿泊、翌日に街へ出た事までは判明した。だが男が仕事の会合に現れる事はなく、家に戻ることもなかった。宿泊施設な荷物を残したまま、自らの足で何処かへと消えたのである。

 他の失踪者も同じで、単身の旅行者、展示会の参加者など合計十一名。失踪者に年齢、居住地、職業の共通点は無く、単独で横浜を訪れていたと云う点のみが類同している。市警が聞き込みを行なっているが目撃情報は皆無。煙が霞の如く、忽然と消失しているのだ。

 

 市警が最も可能性を強く見ているのは、誘拐。然しこの大都会で目撃者も無しに人一人攫える様な場所はそう存在しない。(ついで)に記しておくが失踪者の家族に身代金などの脅迫の類いは一切ない。目的も不明の難事件である。

 

 

 

 

 

「其れで判ったか?」

 

「あぁ・・・名は“蒼の使徒”」

 

 

 六蔵は呟くと同時に()()()()()()()()を取り出した。加えて“蒼の使徒”と云う名前に聞き覚えがある者はこの場には一人も居なかった。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「でも此奴は悪者じゃ無いンだろ?犯人のアジトを教えてくれた訳だし」

 

「さぁねぇ。蓋を開けたら誘拐犯の一味でした…なんてことないと良いけど」

 

「そ、そうですね・・・」

 

「六蔵、引き続き調査を頼みたい」

 

「気が向いたらな。己等(おいら)は熱帯魚の世話で忙しいンだ」

 

 

 国木田は軽く礼を云い部屋を出た。続く様に太宰が出て、敦が出た。国木田は此の事件の裏には悪魔が蔓延っている様な気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 国木田はタクシーを一台呼んだ。顔なじみの運転手のタクシーであり、“横浜来訪者連続失踪事件”の手掛かりを持ったひとりでもある。全く関係ないがタクシーの運転手は転職する前は舞台役者だ。

 

 

「××廃病院まで頼む」

 

「かしこまりました。国木田調査員」

 

 

 国木田、太宰、敦はタクシーに乗り込んだ。国木田は懐から先ほど六蔵から貰った被害者の写真を取り出し、運転手へ見せた。

 

 

「この写真の人物で間違いないか?」

 

「えぇ。この方達で間違いありませんよ。服装も写真の通り。僕がホテルまでお連れしました」

 

 

 此の運転手は事件の被害者十一名のうち、二名をタクシーで乗せている。それも失踪直前の姿だ。だが運転手の証言でも犯人につながる手掛かりは無いに等しかったが。

 

 

「ねぇ国木田くん。此の事件って私達しか追ってないの?」

 

「市警が動いている。が、手掛かりは無しだ。あと八さんが個人で動いている」

 

「へぇ〜比企谷さんがねぇ・・・比企谷さんは何か云って無かったの?」

 

「何も云ってなかった。然し『別ルートで探るから気にするな』とは云ってたがな」

 

「ふ〜ん。ふふ・・・貴方の手並み見させてもらいますよ。

 

 

 太宰の相槌の後の言葉は誰も聞こえなかった。暫く走るとタクシーは如何にも怪しい雰囲気を醸し出す廃病院へと就いた。

 

 

「着きました」

 

「御苦労。また頼むかもしれん」

 

「私でよければ何なりと。調査員の皆さんもお気をつけて」

 

 

 三人はタクシーを降りて廃病院に足を踏み入れた。国木田を先頭に太宰、敦と続いた。

 廃病院は壁は腐敗して崩れ、配線は朽ち果てて天井より垂れ下がっている。窓枠は外れており、備品は粗方盗まれており病室は虫の住処へと成り果てていた。

 

 

「国木田くん・・・ビビってる?」

 

「お化けとか怖いンですか?」

 

「びびびび、ビビってなどいない!大体この手の映画は軽率な行動をした者が先に犠牲になるのだ!」

 

「怖いなら懐中電灯でも付ければいいのに」

 

「其れは駄目だ。犯人がいれば明かりで逃げる恐れがある。月光を頼りに進むぞ」

 

 

 暗闇の中を三人は進む。風で建物は軋み、何処かで水滴の音がする。廃病院の周りは民家どころか建物一つなく、ただ渺茫(びょうぼう)たる林と山野が広がるばかりだった。吹き荒ぶ風邪に煽られて黒い木々たちの隊列がざわざわと啼く。国木田は其の音の度に躰が跳ねるのを必死に隠しているが、太宰も敦も口には出さないが判っていた。

 

 

「出たァッ!!」

 

「ギャァァァァァァ!!」

 

 

 太宰の言葉に心臓が飛び上がった国木田は目の前にいる太宰を睨んだ。太宰はそんな国木田を見ても深くにやぁと笑っていた。

 

 

馘首(クビ)にするぞ!」

 

「いやぁ国木田くんがあんまりに緊張している様だったから気紛らわしにね」

 

「もう御前など知らん!」

 

 

 国木田は二人を突き放すようにズカズカ進んだ。先ほどの件で目の前の闇の中に何か居るのでは無いかと錯覚してしまう。虚空に吐息があるのだと勘繰ってしまう。

 

 

「『独歩吟客』──懐中電灯ォォォォォ!」

 

 

 我慢の限界を迎えた国木田の声は廃病院中に響いた。辺が明るくなった。

 国木田の懐中電灯で足元を見ると革靴の足跡や服の屑が落ちているのが判った。即ち誰かが近頃入ったと云う痕跡である。三人が辺を見渡しながら慎重に手掛かりを探していると廃病院にある声が響いた。

 

 

 

「助けてえええぇぇぇっ!!」

 

 

 

 突如響いた生きた人間、其れも甲高い女性の叫びに国木田は二人を待たず、声のした方へ駆け出した。二人も慌てて国木田の後を追う。三人は階段を駆けおり、廊下を渡り、瓦礫を蹴立てて悲鳴のした方へ走った。

 地下には“給湯室”、“医薬管理室”、“放射線管理室”、“霊安室”があった。声のした部屋は“給湯室”だった。

 

 

「何だこれはっ!」

 

「国木田さん!鉄格子を壊さないとっ!」

 

 

 広い衣類洗浄の水槽の水面から、女性の右手が突き出て必死に藻掻いていた。水中には水底に肌着姿のわかい女性が片腕に手錠を掛けられ、水底の把手に繋がれていた。鉄格子の蓋は重く女性の脱出を阻んでいた。鉄格子の蓋は三人がかりの膂力(りょりょく)でも外れそうになかった。

 

 

「今助ける!水槽の端に寄れ!」

 

 

 国木田は手を振って動きを指示した。女性は気付いて水槽の壁に背中をつけて身を縮めた。国木田は拳銃を取り出し、安全装置(セイフティ)を外し、水槽の外壁に向かって構えた。

 

 

「下がってろ!太宰、小僧!!」

 

 

 国木田は中の女性に跳弾が飛ばぬよう角度をつけて外壁に三発撃った。撃ち込まれた水槽の壁に穿孔痕(せんこうこん)と亀裂が刻まれた。壁に(ひび)が入り、内部の水が溢れる。

 国木田はその罅に向かって、全身を旋回させた回し蹴りを放った。

 回転力を得た国木田の踵が外壁に突き刺さり、陶器とモルタルの壁素材を一撃で破砕した。大穴が穿たれ大量の水が溢れ出る。

 

 

「げほっ・・・げほげほっ!」

 

 

 大穴から水が噴出し、漸く水位が顔より下になった女性が貪るように呼吸を再開した。何とか間に合ったと国木田を含め三人は安堵した。

 太宰が大型の蛇口を捻り水を止め、国木田は鉄格子と手錠を破壊した。敦は女性に手巾(ハンカチ)を手渡した。敦が渡した手巾(ハンカチ)を女性は震える指で受け取った。太宰はそっと女性に自分の外套を掛けた。

 

 

「誰かが溺れさせようとしたようだけど・・・犯人を見たかい?」

 

「私──誘拐されたのです。仕事で横浜を訪れた日、急に意識が遠のいて──気が付いたら此処に」

 

 

 女性の名は“佐々城信子”

 

 長い黒髪のやや痩せた女性である。年齢は国木田と同じくらいだ。衣服は誘拐された時に奪われたのか極僅かな下着と肌着のみだ。今現在は東京の大学で教鞭をとっているそうだ。

 佐々城は寒気に震え、自らの腕を抱える手も、床に投げ出された足も恐ろしく細い。肌に張り付いた衣服が艶かしい曲線を描いている。肌は透けるのではないかと思えるほど儚く白い。(うなじ)に張り付いた水髪が胸元に雫を滴らせる。太宰を除いた二人は何となく目を逸らした。

 

 

「そう云えば此の建物には同様に捕らえられた方が居る筈です!声を聞きました!」

 

 

 佐々城はふらふらと立ち上がり、国木田たちを案内しようとする。だが其れを止めたのは国木田だった。

 

 

「待て。太宰、此の状況をどう見る?」

 

「佐々城さんの恰好がエロい」

 

「真面目に!」

 

「・・・上手く行き過ぎてるね。水の(かさ)から推測するに、佐々城さんが目を覚まし、叫ぶ五分前には蛇口を開いた事になる。市警に尻尾さえ捕まえさせなかった犯人がこんな初歩的なミス・・・つまり私達が廃病院に訪れる事を知らなかったと云う事実は考えにくい。幾ら何でもとんとん拍子で進み過ぎている」

 

「となれば周到な罠・・・だな。だが此の建物に失踪の被害者がおり、監禁されている目算が強いとあらば助け出さない訳にはいかん。太宰、小僧。彼女を警護しながらついてこい」

 

 

 国木田は銃を構え直し、声の聞こえたと云う“霊安室”へ向かった。

 霊安室は盗難を防ぐため、扉は頑丈、鉄扉は掛金で施錠されている。生きた人間を幽閉するには好条件だった。

 国木田は罠のないことを確認して、掛金を破壊し、部屋へ駆け込んだ。両手首を交差させ、銃口と電灯を同時に前方へ差し向けた。

 “霊安室”は十(メートル)程度の奥行があり、恐ろしく暗かった。殆ど何も無いが、遺体担架と遺体袋、鉄棺桶だけが存在していた。

 

 

 

「た・・・助けて呉れ・・・」

 

 

 

 壁際の鉄檻に四人。佐々城と同じ、簡素な肌着姿をした男性がいた。国木田は近付いて状況を確認した。怪我人はいないようだった。入口とは逆側の壁に猛獣を船舶輸送する際などに使う金網檻が打ち付けられていた。檻自体、造りが単純なだけに頑健で破壊には時間が掛かると国木田は悟った。

 

 

「ふぅん。電子端末式の施錠(ロック)だね。合言葉か、暗号か、生体認証か・・・壊すしかないかな」

 

 

 太宰が錠前に近づき、端末に触れようとした瞬間。端末に紅い(ともしび)(とも)る。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 檻の中に乳白色の噴煙が撒き散らされる。国木田は思わず駆け寄った。其のせいで国木田の目と喉に刺すような激痛が襲う。其れと同時に檻の中にいる失踪者達が魂消(たまぎ)える絶叫をあげた。

 

 

「下がれ敦くん!毒瓦斯(ガス)だ!国木田くんも疾く!」

 

「被害者を見捨てるわけにはいかん!」

 

「近づいては駄目です、もう手遅れです!」

 

 

 国木田は檻に手を掛けた。だが国木田の腕を掴み背後に引っ張る誰かがいた。国木田は瓦斯(ガス)により世界が滲み、視界が覚束無いため誰が引っ張っているか判らなかった。

 

 

「俺は助けねばならん!被害者は死んではならん!其れが“理想”だ!」

 

「駄目です!」

 

 

 佐々城が国木田を抱き締めて止める。太宰が国木田を無理矢理、引き摺り部屋を出た。国木田は何かを叫んでいたがなにも覚えていなかった。

 

 

 

 監禁されていた四名は全員死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、報道は大変な騒ぎになった。

 

 

  映像も。

 

  電網(ネット)も。

 

  新聞も。

 

 

 

『横浜連続失踪事件の被害者、発見さるも死亡』

 

 

『民間の探偵会社が独断に踏み込んだ為、死亡か』

 

 

 

 探偵社の信頼が地に落ちた瞬間であった。




第二章 八話終わりました。

どうでしょう?アニメしか見てない方は少しは背景が見える様になったと思います。


毎度恒例謝辞。

『シグナリオン』さん高評価ありがとうございます。励みになります!



そしてお知らせ。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=133359&uid=106761

上記のURLを読み込んでいただくか、私の活動報告にお知らせがあります。是非読んでいただきたい!この作品を好きになってくれた方には特に。


ではまた次回。お会いしましょう!



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