和を嫌い正義を為す   作:TouA(とーあ)

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タグ追加しました。『オリキャラあり』・『自己解釈あり』です。

では第二章七話どうぞ!


食卓

 

 

《とあるヨコハマの河川敷・PM19:00》

 

 

「其れ、何も判ってないって云わない?」

 

 

 市警の要請により、遺体発見現場に江戸川乱歩と中島敦は赴いた。遺体発見現場は探偵社から電車で数十分の河川敷だった。遺体発見現場に着くなり事件の概要を聞いた乱歩は現場の指揮を執っていた刑事・・・箕浦(みのうら)を嘲った。(箕浦は安井の後任※第二章1話“人虎”参照)

 

 

 事件の概要はこうだ。

 

 事件の被害者は“山際”と云う女性刑事で、箕浦の部下である。服装は私服、化粧はしておらず、海外銘柄(ブランド)の腕時計をしている。今朝、川を流れているところを発見された。胸部を銃で三発。其れ以外は不明だと云う。其れ以外とは、殺人現場、時刻、弾丸である。弾丸は貫通している為、発見出来ていないそうだ。年は若いので交際関係を疑ったが職場で見る限り、特定の男性は居なかったそうだ。

 

 乱歩が云った様に市警には何も判っていなかった。だが殺されたのが部下である為、ケリは自身らで付けたいと思っているのが箕浦だった。其れを含めて乱歩は箕浦を含め、市警を嘲ったのだ。

 

 

「おーい、網に何か引っ掛かったぞ!・・・ひっ人だぁ!人が掛かってるぞ!」

 

「何だとっ!?第二の被害者か!?」

 

 

 市警は事件の証拠が川に流れてないか網を張っていた。が、掛かったのは人だった。敦と乱歩、刑事の箕浦は駆け足で網の元へ向かった。

 

 

「やぁ、敦君。仕事中?お疲れ様」

 

「ま、また入水自殺ですか?」

 

「いや、之は単に川を流れていただけ」

 

「な、なるほど?」

 

 

 網に掛かっていたのは有ろう事か太宰だった。少しだけ動揺した敦だが慣れてしまったのか太宰の事を其のまま流してしまった。慣れとは怖いものである。

 敦は網から外された太宰に事の顛末を話した。太宰は『華麗なる御婦人が若き命を散らすとは・・・悲嘆で胸が破れそうだ!どうせなら私と心中してくれたら良かったのに!!』と失礼極まりない事を云っていたが敦を含め乱歩も何も云わなかった。

 

 

「乱歩さん、早く解決を!御婦人が哀れで哀れで・・・」

 

「そうしたいのは山々なんだけどねぇ・・・僕は()だ、市警から依頼を受けていないのだ」

 

 

 殺人事件、其れも迷宮入りになりそうな事件が発生した場合、市警から探偵社の乱歩に要請が入る。だが“要請”であって“依頼”では無いのだ。探偵は“依頼”でなければ動かない。乱歩の自論である。

 乱歩は一人の若い巡査の肩に手を置いて問いかけた。

 

 

「君!名前は?」

 

「え?じ、自分は杉本巡査です。殺された山際女史の後輩であります」

 

「よし!杉本くん。今から君が名探偵だ!六十秒で此の事件を解決しなさい!!」

 

「へぇっ!?幾ら何でも六十秒は!?」

 

「はい、後、五十秒」

 

 

 杉本はあたふたした。当たり前である。敦はあたふたしている杉本を見て『何時も僕はこんな感じなンだろうなぁ・・・』と同情の念を抱いた。

 

 

「そ、そうだ!山際先輩は政治家の汚職疑惑とマフィアの活動を追っていました!そう云えばマフィアの報復の手口に似た殺し方があった筈です!もしかすると先輩は捜査で対立したマフィアに殺され──」

 

「違うよ」

 

「え?」

 

 

 杉本の推理を遮ったのは何時もの雰囲気とは少し違う声色を出した太宰だった。

 

 

「マフィアの報復の手口は身分証と同じだ。細部が身分を証明する。マフィアの手口は、先ず裏切り者に敷石を噛ませて後頭部を蹴りつけ顎を破壊する。其れで激痛に悶える犠牲者をひっくり返して胸に三発撃ち込む」

 

「確かに正確にはそうですが・・・」

 

「つまり之は犯人の偽装工作か」

 

「そんな・・・偽装の為だけに遺骸に()()も撃つなんて・・・非道い。」

 

 

 太宰の解説で箕浦は偽装工作と見抜き、杉本は被害者を思い悲痛な言葉を漏らした。結局、六十秒経っても杉本は事件を解決できなかった。乱歩は笑いながら杉本の肩をバシバシ叩いた。

 

 

「駄目だねぇ杉本くん。名探偵の才能無いよ!」

 

「先刻から聞いていれば・・・やれ推理だやれ名探偵だなどと通俗創作の読みすぎだ。事件の解明は即ち、地道な調査、聞き込み、現場検証だろうが」

 

「はぁ?まだ判ってないの?」

 

 

 乱歩は箕浦に先程以上に莫迦にした笑みを向けた。箕浦は青筋を立てたが堪えた。

 

 

「名探偵は調査なんかしないの。僕の能力『超推理』はひとたび経始すれば犯人が誰で何時、如何(どう)殺したか瞬時に判るンだよ。のみならず、何処に証拠があって如何(どう)押せば犯人が自白するかも啓示の如く頭に浮かぶ」

 

「ふ、巫山戯るな!貴様は神かなにかか!?そんな力があるのなら俺たち刑事は全員免職だ!」

 

「まさに其の通り。漸く、理解が追い付いたじゃないか」

 

「──ッ!?」

 

 

 箕浦は莫迦にされた事により乱歩に掴み掛りそうになったが太宰が仲裁に入った事により冷静になった。

 

 

「まぁまぁ落ち着いて。乱歩さんは始終こんな感じですから」

 

「僕の座右の銘は『僕がよければ全てよし』だからね!」

 

(座右の銘聞いてこんなに納得したのは初めてだ・・・)

 

 

 因みに敦の座右の銘は『生きているならいいじゃない』、太宰は『清く明るく元気な自殺』である。・・・二人も大概である。

 

 

「其処まで云うなら見せてもらおうか!其の能力とやらを。」

 

「おや?其れは依頼かな?」

 

「失敗して大恥をかく依頼だ!」

 

「あっはっは。最初から素直にそう頼めばいいのに」

 

「なんの手掛かりもない、此の難事件を相手に大した自信じゃないか。六十秒計ってやろうか?」

 

「そんなに要らない」

 

 

 乱歩は懐から眼鏡を取り出した。

 太宰は敦に『探偵社を支える能力だからよく見てい給え。』と耳打ちした。其の後、乱歩は眼鏡を掛け呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“異能力”『超推理』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺に沈黙が訪れた。敦は本当は乱歩の力を疑っていた。何故なら敦にとって乱歩は子供より子供っぽく、電車でさえ一人で乗ることが出来ない我が儘で常識の欠けた先輩だったからだ。其れに『事件の真相が瞬時に判る能力』について懐疑的であった為だ。

 

 

「・・・・・・な・る・ほ・ど・ね」

 

「犯人が判ったのか?」

 

「勿論」

 

「くくっ。どんな牽強付会(こ じ つ け)が出るやら。犯人は誰だ?」

 

「犯人は・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君だ。杉本巡査」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっおいおい!貴様の力は笑いを取る能力か!?杉本巡査は俺の部下で警官だぞ?」

 

「杉本巡査が、彼女を、殺した」

 

 

 箕浦は乱歩の突飛な推理を笑い飛ばし、乱歩は杉本を犯人だと譲らない。箕浦は笑いながら乱歩の推理に言及した。

 

 

「大体、こんな近くに都合よく犯人がいる筈がないだろ」

 

「違うよ。犯人だからこそ捜査現場に居たがる。其れに云わなかったっけ?『何処に証拠があるのかも判る』って。杉本くん、拳銃貸して?」

 

「ば、莫迦云わないで下さい!一般人に官給の拳銃を渡したりしたら減俸じゃ済みませんよ!」

 

「其の通りだ。探偵って奴は口先だけの阿呆なのか?」

 

「其の銃を調べて何も出なければ僕は口先だけの阿呆って事になる」

 

「ふん・・・貴様の舌先三寸はもう沢山だ。杉本見せてやれ」

 

 

 乱歩の奔放な態度と言葉を箕浦は莫迦にし、杉本は混乱し抵抗した。部下を中傷から守る為に箕浦は乱歩の推理に口を出した。そして無実を証明させるために杉本に乱歩に拳銃を渡す様に催促した。だが・・・杉本は一向に乱歩に拳銃を渡さない。寧ろ顔色はみるみる青くなっていた。

 

 

「お、おい・・・杉本?如何(どう)した?何を黙ってる杉本」

 

「彼は考えている最中だよ。減った三発分の銃弾についてどう云い訳するのかをね」

 

「杉本!御前が犯人の筈がない!だから早く銃を渡せ!」

 

 

 杉本はゆっくり腰に手を伸ばし拳銃を取り出した。杉本は()()()()をワンノックし、推理に動揺したのか銃口を乱歩に向けた。

 

 

「行け、敦君」

 

「へぇ!?」

 

 

 太宰に背中を押された敦は背後から杉本の手首を掴み、国木田に教えて貰った通りに組み伏せた。其の鮮やかな手並みは太宰が感嘆の口笛を吹く程だった。

 組み伏せられた杉本の傍に乱歩は腰を下ろした。そして事件について追求した。

 

 

「放せ!僕は関係ない!」

 

「逃げても無駄だよ。却説(さて)()ててみせよう。犯行時刻は昨日の早朝。場所は此処から百四十(メートル)先の造船所跡地だ」

 

「な、何故それを・・・」

 

「其処に行けばある筈だよ。君と被害者の足跡、そして消し切れなかった血痕もね」

 

如何(どう)して・・・バレる筈ないのに・・・」

 

「行くぞ、杉本。お前にとっての元職場にな」

 

 

 箕浦は元部下に手錠を掛けた。事情聴取に敦、太宰、そして乱歩も立ち会う事になり箕浦の後を追った。警官でさえ手を汚す事が起きてしまうのが此のヨコハマと云う魔境である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《警察署取調室》

 

 

「撃つ心算(つもり)は無かったンです」

 

 

 杉本元巡査の自供から取り調べは始まった。取調室には此の事件の被告人である杉本、事件を仕切っていた箕浦、そして此の事件を解決まで導いた乱歩が三角形を作るように座っていた。敦と太宰はマジックミラー越しに杉本の事件の顛末を聞いていた。

 

 

「彼女は政治家の汚職事件を追っていた。其処で予想外のある大物議員の犯罪を示す証拠品を入手した様なのです。然し、議員も老獪(ろうかい)。警察内の間者(スパイ)を使って証拠を消そうとした。」

 

「其の間者(スパイ)が君だね?」

 

「えぇ・・・。三度試験に落ちた私を議員は拾ってくれて其の議員の力で警官になりました。其の見返りに指示に従っていました」

 

「其れで・・・御前は議員の飼い犬として山際を殺したのか!?」

 

「違いますっ!私は彼女に警告を・・・此の儘では消されるから証拠を手放せと・・・」

 

 

 

 杉本の口述はこうだった。

 

 杉本は昨日の早朝に造船所跡地に山際を呼び出した。杉本は山際に証拠を手放す様に説得した。でなくては議員が殺し屋を使って全て消し去るとそう云った。だが山際は頑なに渡そうとしなかった。だから杉本は“銃”を山際に向けた。だが()()()()()()()()()()。いや、()()()()()()()()()()()。だから杉本は自分の側頭部に銃を突き付け、脅し方を変えた。其れを止め様とした山際が拳銃を取り上げようとした瞬間、間違ってトリガーを引いてしまったそうだ。

 

 

「此の儘では警察も馘首(クビ)になる。混乱した君が頼れる人物は皮肉な事に1人だった。議員だね?」

 

「はい・・・議員に証拠隠滅の方法を教えて貰い実行しました。マフィアの仕業に見せ掛ける為もう二発撃ち、川に遺体を流しました」

 

「ねぇ杉本君。彼女の最後の言葉、()ててみせようか?」

 

 

 

「『ごめんなさい』・・・でしょ?」

 

 

 

「本当に(すべ)てお見通しなんですね・・・証拠は机の抽斗(ひきだし)に・・・」

 

 

 杉本は悔恨に苛まれ涙を流した。取調室には彼の自責の念による慟哭が響いた。彼の後悔の念が消える事は此の先ないだろう。乱歩も箕浦も声を掛ける事もなく、只、杉本の嗚咽を静かに聞いていた。

 

 

 

 

「凄いですね、乱歩さん。全部判ってしまうなんて。一瞬で事件の真相を見抜くかぁ・・・凄いなぁ」

 

「私も半分くらいは判ったよ」

 

「へ?」

 

 

 別室で敦は乱歩の『超推理』を心の底から感激していた。だから太宰の言葉に疑問を持つのは当然であった。何故なら事件の真相が判ったのは乱歩が“異能”を使ったからだと思っていた為だ。異能を使っていない太宰が半分も判ったと云う事は、即ち───。

 

 

「乱歩さんは“異能者”じゃないのだよ」

 

「へっ!?」

 

「乱歩さんは能力者揃いの探偵社では珍しい何の能力も所持しない一般人なんだ。あ、あと年はああ見えて二十六だよ?つまり比企谷さんと同い年だね」

 

「ええっ!?!?」

 

 

 太宰の口から出る驚愕の真実に目を見開いた敦だったが、其れよりも気になったのが何故、太宰が事件の真相を半分も判ったのかと云う事実だった。

 

 

「敦くん。『偽装の為に遺骸に二発も撃つなんて』と云う言葉を彼が云ったのを覚えているかい?」

 

「は、はい。覚えてます・・・あ!」

 

「気付いたかい?普通、三発撃たれているのなら誰だって“三発同時に撃たれた”って思うよね。バンバンバンって」

 

「つまり一発目で被害者が死んだと知っていた杉本さんが犯人・・・」

 

「其の通り。先ほどの体術といい中々探偵が板に付いてきたじゃないか」

 

「あ、有り難うございます」

 

 

 敦は其の後、犯行時刻は何故判ったのかを太宰に聞いた。

 

 

「遺体の損壊が少なかったから川を流れたのは長くて一日。平日だね。なのに遺体は私服で化粧もしていない。激務で残業の多い刑事さんが平日に私服、且つ化粧無しとくれば死んだのは早朝。まぁ一応推理できるね」

 

 

 未だ疑問は沢山あるが敦は一番気になっていたことを太宰に聞いた。太宰はゆっくり語った。

 

 

「最後の言葉・・・『ごめんなさい』でしたか。あれも乱歩さんは()てましたよね?」

 

「あれはね・・・彼女には交際相手はいないって云ってたよね?でも彼女の腕時計は海外銘柄(ブランド)ものだった。独り身の女性が買う様なものじゃない。其れに巡査も同じ機種(モデル)の紳士用だった」

 

「じゃああの二人は・・・」

 

「うん。早朝の呼び出しに化粧もなしに駆け付ける。そして同じ機種(モデル)の腕時計。恋人同士だったのだよ。彼らは。職場にも秘密のね」

 

「だから彼女さんの顔を傷付けたくないから・・・」

 

「そうだね。だから蹴り砕けなかったのだよ。そうしなければマフィアの仕業に見せ掛けられないと判っていても・・・ね」

 

 

 話が終わると太宰は笑顔を浮かべて敦に問うた。

 

 

「之で判っただろう?敦君」

 

「何がです?」

 

「探偵社の誰もが乱歩さんの態度を咎めない理由が・・・さ。あ、御免。比企谷さんは別だ」

 

「あぁ・・・八幡さんは探偵社のお兄さんみたいな感じですもンね」

 

「お兄さんか・・・そうだね。的を()ている」

 

 

 そう云って太宰と敦、乱歩は探偵社へ帰路についた。乱歩が途中でお菓子を求め、ごね出した。だが敦に予めお代を八幡は渡していたので困った事にはならなかった。敦は八幡が“探偵社のお兄さん”だと改めて感じた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+ + + +

 

 

 

『今日はここ迄にしておきましょうか』

 

『はぁ・・・はぁ・・・はい』

 

 

 道場・・・だろう。廃寺に隣接している古びた道場には大の字になって息絶え絶えになっている道着姿の少年と汗一つかいてない袴姿の壮年の男性が居る。

 

 壮年の男性が大の字になっている少年に背を向けた時、少年は最低限の動きで起き上がり、“縮地”で距離を詰め、音も無く飛び、右手の手刀を壮年の男性の頭上に落とした。完全な不意打ちになる・・・筈だった。

 

 

『終わりと云ったでしょう?仕方ありませんね』

 

 

 少年が落とした手刀を壮年の男性は躰を反転しつつ、左手を頭上にかざした。パシッ、と云う鈍い音を立てて手刀は腕に防がれた。

 

 

『!?』

 

『甘いですよ。音は無くとも気配が漏れている』

 

 

 左手で少年の右手を巻き込みながら壮年の男性は右の突きを放つ。

 少年は右手を八の字に振る事で極め技を逃れ、拳を包むように受けて其の儘、脇に抱え込む。

 

 

『其れは悪手ですよ。八幡』

 

 

 流れに逆らわず前転した壮年の男性の足が少年の後頭部に襲い掛かる。

 意識外からの攻撃に少年は反応出来ず、蹴りによって後方に吹き飛んだ。何度か転がり止まった時には少年は目を回していた。

 

 

『やり過ぎてしまいましたか・・・。でも修行を初めて三年。ここ迄よく、強くなりましたね。()()・・・()に教えを乞うた私もここまで急速に成長はできませんでしたよ』

 

 

 壮年の男性は少年・・・八幡を抱きかかえて道場を出て行廃寺へ向かった。誰も居なくなった道場は一段と不気味さが増していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───いた──!』

 

『──の海───れるよ!』

 

 

 少年・・・八幡は大きな声が頭に響いてのっそり起きた。辺を見渡すと、或る部屋から光が漏れ出ていて大きな声は其処から漏れているのだと判った。

 

 

『痛っ・・・頭の後ろが痛むなぁ。あぁ確か先生に蹴られたのか』

 

 

 謎の鈍痛の正体が判ると八幡は光の方へ歩き出した。光が漏れ出ている部屋の障子を勢いよく開いた。

 

 

『あっお兄ちゃん!』

 

『八君、おそいよぉ〜』

 

『八幡お兄ちゃん、先食べてます・・・』

 

『はちにい!おきるのがおそかったから、えびたべてあげたぜ!』

 

『起きましたか、八幡。先に頂いてますよ』

 

 

 一つのちゃぶ台に男の子が1人。男性が一人。女の子が三人座っていた。眩しく思える何時もの光景。八幡は定位置に座った。

 

 

『小町、俺の飯は?』

 

『今取ってくるから待ってて』

 

 

 よく出来た自分の妹の手料理は八幡の力の源だった。今日の夕飯は“ご飯”“味噌汁”。他のに比べて大きな皿には“大盛りのサラダ”・・・八幡は他の子達の皿を見ると“海老フライ”、若しくは“海老の尻尾”がある。

 

 

『俺の海老フライは?小町ちゃん』

 

 

 小町は何も言わず、目線を逸らし自分の食を進めた。先程まで騒がしかった食卓が急に静かになった。其の中に明らかに不自然な口笛を吹いている奴がいた。

 

 

尚樹(なおき)・・・お前か?そう云えば先刻(さっき)、海老がどうとか云ってたな?』

 

『お、おお、おれじゃないよ!』

 

『じゃあ御前の皿にある海老の尻尾は何だ?』

 

『えっ!?ばれないようにぜんぶたべたのに!・・・あ!!』

 

『矢っ張りお前じゃねえか!』

 

『ごめんなさい〜!!』

 

 

 八幡は尚樹の頬をつねった。十秒ほどつねった後、女の子の一人から声が掛かった。

 

 

『八幡お兄ちゃん。弟を許してあげて?私の海老フライあげるから』

 

『いいよ。奏恵(かなえ)が食べろ。俺が怒ってるのは尚樹が嘘をついたからだ。素直に欲しいって云えばあげたのによ』

 

 

 奏恵は弟思いである。其れは八幡の小町を思う気持ちと同等ぐらいだ。八幡が心の中で奏恵を褒めていると八幡の皿に赤い物体が隣から置かれた。

 

 

『じゃあ私がトマトあげるね〜八君』

 

紫苑(しをん)さん?俺が嫌いなの知ってるよね?』

 

『私も嫌いだよぉ?でも此のトマトは私が切ったの。だから八君に食べて欲しいなぁ』

 

『何その理論・・・』

 

 

 八幡が躊躇っていると小町から絶対零度の視線が飛んで来た。視線は“折角、お兄ちゃんの為にしーちゃんが切ってくれたのに食べないとか有り得ない”と伝えて来ている。八幡は自分の皿に盛られた山盛りのサラダと紫苑(しをん)から貰ったトマトを一気に口に流し込んだ。

 

 

『こ、之で・・・いいか?』

 

『おぉー八君やるぅ〜〜〜!』

 

(今度からトマトはしーちゃんに頼もう)

 

 

 小町が密かに決意する中、八幡は口の中に残ってるトマトの風味をお茶で流し込んだ。其れを見た壮年の男性・・・八幡から先生と呼ばれた男性は静かに微笑んだ。

 

 

『小町と奏恵の料理はとても美味しいです。紫苑(しをん)も早く、上達するといいですね』

 

『うん〜。上手くなったら八君は紫苑(しをん)をお嫁さんに貰ってくれる?』

 

『・・・やなこった』

 

 

 因みに八幡と紫苑(しをん)は十四と同い年。小町と奏恵は十二。尚樹は八歳である。八幡と小町が兄妹。奏恵と尚樹が姉弟である。

 

 

『今、間があったよ?お兄ちゃん』

 

『気の所為だ』

 

『じゃあおれが、こまちちゃんをおよめさんにもらうね!』

 

『良し、表でろ尚樹』

 

『お兄ちゃんの愛が重すぎる・・・。かな』

 

 

 何時もの光景。消える事の無い眩い思い出。紛うことなき“本物”の関係。()()()()()()()()()()()()家族と変わりなく大切で尊い弟と妹たち。

 

 

『其れに紫苑に料理は無理だろ。食材で木炭を錬成する特殊能力の持ち主だからな』

 

『お兄ちゃん、云い方・・・事実だけど』

 

『酷いよぉ〜みんな。料理なんて()()()()で良いんだよぉ』

 

『良くないから木炭が出来たんだろ・・・』

 

『でも八幡お兄ちゃん、紫苑さんが捨てようとしてたご飯、美味しそうに食べてた』

 

『・・・先生、座学を始めましょう』

 

 

 話変えたな・・・と皆が皆思ったが口には出さなかった。小町と奏恵は皿洗いを始め、八幡と紫苑は先生の座学の為に座学室へ移動した。座学室と云ってもちょっとした小部屋であるが。「────」

 

 

『では始め「──さん」うか。』

 

『お願いします。先「─幡さん」』

 

『おね「八幡さん」ま〜す。時任(ときとう)先生。』

 

 

 

+ + + +

 

 

 

「八幡さん。起きてください」

 

 

 八幡はゆっくり目を開けた。先ず(くすぐ)られたのは鼻だった。鼻にツンと消毒液の匂いが刺さってきた。

 

 

「起きたか。谷崎妹」

 

「えぇ。真逆、起きると隣に八幡さんが居るとは思いませんでしたけど」

 

「悪かったな、兄貴じゃなくて」

 

 

 八幡は谷崎妹・・・ナオミの見舞いに来ていた。ナオミが寝ているベットの隣の椅子に腰を掛けるとそのまま寝てしまっていた。睡眠時間が極端に無いためである。

 昨晩、八幡は不動産屋に探偵社の見取り図を嘘を含めて書いてもらったり、作戦の細かい修整を行っていた。何の作戦かは八幡以外に知らないが。

 

 

「寝てしまってたみたいだな・・・」

 

「其れはもうぐっすり。何時もとは違う顔が見れて新鮮でしたわ」

 

 

 そう云ってナオミは静かに笑った。マフィアからの攻撃・・・兄である谷崎潤一郎を庇っておった傷は与謝野晶子の“異能”によって完治していた。

 

 

「八幡さん。要件は何ですの?」

 

「お見舞い・・・だとは思わないのか?」

 

「其れもあるかも知れませんが・・・強いて云うなら勘ですわ」

 

「女の勘ってのは莫迦に出来ないンだな・・・。まぁいい。要件と云うよりお願いだな」

 

 

 ナオミは八幡が改まっているので小首をかしげた。其れと同時にお願いが何であるか気になった。

 

 

「マフィア・・・正確には“芥川”と“樋口”だな。樋口が路地裏で銃を乱射した時、御前は身を張って兄を守ったな?」

 

「当たり前ですわ。私にとって兄様は此の世で一番大切ですもの」

 

「其れだけが理由じゃないだろ?」

 

「・・・」

 

「樋口が正体を顕にした時、御前は咄嗟に判断した筈だ。戦闘員ではなくとも“異能”を持った兄と制御出来なくても異能者である敦を守るのが先決だとな」

 

「・・・」

 

「其れは間違ってない。間違っては無いが御前が死にかけて如何(どう)する?俺が来なかったら間違いなく死んでいた」

 

「其れでも私は・・・」

 

「死んで悲しむのは兄だけじゃない事を頭に叩き込め。御前は“異能”があれば兄よりも優秀だと云う事は周知の事実だろうが。少し考えればあの場面は逃げるが勝ちだった筈だ。違うか?」

 

「……違いませんわ」

 

「『細雪』を使えば間違いなく逃げれた筈だ。冷静さ欠いた御前の兄には晶子の治療の後、お灸を据える。良いな?」

 

「はい…」

 

 

 ナオミは八幡から遠回しに『兄の轡は私が持て』と云うお願いなのだと理解した。本気で心配してくれて、且つ最も安全な最適解を八幡は与えてくれたのだ理解した。そう、之は兄妹仲がいいからこその八幡の忠告だった。そしてナオミは思った事を口から漏らしてしまった。

 

 

「八幡さんって探偵社の兄様・・・みたいに感じますわ」

 

 

 八幡は其の言葉に大きく目を見開いた。何がナオミに返そうと言葉を探すが見つからなかった。やっと絞り出した言葉は余りにも切ない声になった。

 

 

「お兄ちゃん・・・か。暫く呼ばれて無いな・・・」

 

「妹か弟が居ますの?」

 

「あぁ。四人も居る。弟が一人、妹が三人だ」

 

「・・・今はどちらに?」

 

 

 八幡は目を伏せた。山高帽(ポーラーハット)を抑えてナオミから顔を見えなくして呟いた。其の声は今までナオミが聞いた事の無い声で、切なく、悲哀に満ち溢れた声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何処、だろうな。多分、兄妹四人で・・・いや先生も入れて五人か・・・仲良く暮らしてる。俺の知らない遠い場所で・・・な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二章 七話終わりました。

子供たちの“当時”のプロフィールをまとめておきますね。


◎比企谷八幡《11歳》

◎比企谷小町《9歳》 八幡の妹。

◎紫苑(しをん)《11歳》
能天気で天然。口癖は“なぁなぁ” 。11歳の割にグラマラス。

◎奏恵(かなえ)《9歳》
大人しく、とても優しい。弟に甘い。小町と親友。

◎尚樹(なおき)《5歳》
超元気。小町大好き。将来の夢は“パイロット”。奏恵の弟。

◎先生(時任◯◯)《43歳》
謎が多いが比較的優しい。訳あって孤児を育てている。孤児院では無く、友人に譲ってもらった“廃寺”で六人暮らし。


こんな感じです。これから色々明かしていきたいと思います。子供の名前の由来は現代さっ・・・ゲフンゲフン。
先生も一応、由来はあります。多分、小説好きは一発で判るような・・・。はい。


毎度恒例謝辞。

『影邪』さん、『鮭ふりかけ』さん、『ironmanfk』さん、『とし1024』さん。高評価ありがとございます!これを励みに頑張ります!

今まで気づかなかったのですが、高評価つけてくれた人は一言感想してくれている人もいるんですね。見つけてニヤニヤしてしまいました。

ではまた次回。『蒼の使徒編』乞うご期待!


(2016/11/20 14:23)編集。

活動報告をご覧下さい。投稿遅れます。

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