和を嫌い正義を為す   作:TouA(とーあ)

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今回の話は伏線を散りばめます。以上。


物騒

 

「遅かったな。何でも屋」

 

 

 “何でも屋”と呼ばれた男・・・青年は眉ひとつ動かさず、山高帽(ポーラーハット)を押さえて口を開いた。

 

 

「集合は14:00(ヒトヨンマルマル)と訊きました。現在は13:30(ヒトサンサンマル)です」

 

「そうだったかぁ?俺は13:00(ヒトサンマルマル)と云った筈だが?」

 

 

 そう云った遮光眼鏡(サングラス)を掛けた黒背広(スーツ)の男を中心に十数人の屈強な男達は笑い始めた。

 “何でも屋”と呼ばれた青年は此の笑いに対しても眉ひとつ動かさず、呟いた。

 

 

「では・・・既に・・・!」

 

「んん?既に全員殺し終えたよ。ポートマフィアの荷を横流しにするなんて命知らずはな。後は御前の仕事だぜ。な・ん・で・も・屋!」

 

 

 そう云って男達は口を大きく開いてまた笑った。“何でも屋”と揶揄されても青年は反論もせず、男達に軽く会釈し、仕事へ向かった。

 

 

 

 

 

 其処は一つの倉庫だった。ポートマフィアの荷を横流しにしたとされる裏の職員達は無惨に死んでいた。弾丸で全身を蜂の巣にされた者が殆どだったが、中には全身をぐちゃぐちゃに掻き混ぜた様に殺されている姿の職員もいた。

 

 周りは血の海で鉄の匂いが充満している。青年は此の仕事を長く続けているが此の匂いには一向に慣れなかった。

 

 

「殺された職員の中には・・・ポートマフィアの荷だと知らずに運んでいた人も居た筈だ。知っていたのは極一部の人間だけ。時間さえ、正確なモノを教えてくれればこんな事には・・・糞ッ」

 

 

 青年は歯を食い縛りながらも倉庫の至る所に“檸檬”を置いていった。一通り置き終わり、血の海と化した倉庫を出た。青年が外へ出ると葉巻を咥えた紳士然とした初老の男性が声をかけた。

 

 

「御苦労」

 

「いえ、仕事ですから」

 

「君の噂は訊いている。()()()()()()()()()()()()()、淡々と仕事をこなす・・・・・・“黒蜥蜴(くろとかげ)”に来る気は無いかね?」

 

 

 ポートマフィアの“黒蜥蜴(くろとかげ)”と云えばメンバーは特殊部隊並みの戦闘技術を持ち、上からの命令があれば楯突く組織や裏切り者を容赦無く皆殺しにする武闘派の部隊である。此の組織を動かす権限を持つ者はポートマフィアの首領の他に遊撃隊の隊長である“芥川龍之介”、そして其の補佐官である“樋口一葉”だ。

 

 

「広津さんに目を止めて頂けるとは恐悦至極、光栄に存じます。有り難いお言葉ですが・・・申し訳ありません」

 

「・・・そうか。其れは誠に残念だ」

 

 

 

 “広津柳浪”

 

 ポートマフィア武闘派組織“黒蜥蜴”を仕切る百人長。白髪に葉巻、黒外套も背広も、残らず(のり)を利かせた紳士然としたポートマフィアの最古参の一人である。兇悪な“異能力”を所持し、其の行動は過逆で残虐であるが部下を簡単に切り捨てたりしない事から部下からの信頼は厚い。

 

 

「広津さん、之を」

 

「起爆(ボタン)か。軍警に嗅ぎ付けられる前に終わらせよう」

 

 

 広津と青年、そして青年を“何でも屋”と莫迦にした広津の部下達は距離を取った。広津は起爆(ボタン)を押した。

 倉庫が爆発する。爆炎が立ち上り、“檸檬”型の爆弾は中にいた死体ごと焼き尽くした。“檸檬”型の爆弾は特別性であり、爆薬成分が一切検出されない。即ち、誰が何を行って火事が起きたのか誰にも判断付かなくなるのだ。

 

 

「仕事終わりの一服は格別だ。そうは思わんかね?()()()くん」

 

「えぇ」

 

 

 

プルルルルルルルルル・・・ピッ

 

 

 

「私だ。ふむ。・・・ふむ。諒解した」

 

 

 広津は電話に出た後、部下たちに命令を下した。

 

 

「明日、“武装探偵社”を強襲する。私と十人長、二人に命令だ。そして上は皆殺しと仰せだ。各々、武器を点検の後、明日へ備えよ」

 

 

 部下たちと青年は胸に手を掲げて敬礼を行った。部下達は解散したが青年だけは其の場に残り、広津に声を掛けた。

 

 

「広津さん。私が“武装探偵社”の間取りと明日の人員の把握をしておきましょう。其の代わりと云っては何ですが私も作戦に加わらせて頂きたい」

 

「ほぅ・・・。一晩で其処までの情報を掻き集める事が出来ると?」

 

「必ず。“黒蜥蜴(くろとかげ)”に情報が加われば獅子に(ひれ)です」

 

「ふふ。では任せよう。作戦の決行は17:00(ヒトナナマルマル)だ。遅れるなよ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日《武装探偵社・近隣のある路地裏》

 

 

「遅い、二分遅刻」

 

「ジィさんは神経が細かくっていかんね」

 

 

 広津が注意した男は反省の色を見せる気配は無かった。

 男の名は“立原道造”。武闘組織““黒蜥蜴(くろとかげ)”十人長の一人である。鼻にある絆創膏がトレードマークで粗野な口調と攻撃的な外見の若者だが仲間に対する思いは強く、部下からは慕われている。

 

 

「何だ?陰気臭い“銀”の野郎も遅刻かよ?」

 

「もう居る。後ろだ」

 

 

 立原が振り向くと、マスクで口を隠し、長い黒髪を後ろで束ねている素顔不明の“銀”と呼ばれたマフィアが気配を露にした。

 名は“銀”と云い立原と同じく十人長である。銀が喋った姿を見た者は居らず、潜入や暗殺など隠密任務で多くの業績を上げている。

 

 

「・・・」

 

「相変わらず鬼魅の悪い男だぜ」

 

 

 其の言葉を合図に銀は一瞬で立原との間合いを詰め小太刀を首に突き付けた。立原は余裕の表情で銀の心臓に“トカレフ TT‐33”(安全装置無しの立原の愛銃)を突きつけた。二人は挨拶替わりだが周りの部下からしたら心臓に悪い事この上なかった。

 其の二人の牽制を止めたのは圧倒的な圧を持った殺気だった。

 

 

「止めろ愚図ども。二人とも『襲撃に際し戦死』と報告されたいか?」

 

「わ、判ったよ。喰えんじーさんだ・・・」

 

「・・・」

 

 

 互いに小太刀と拳銃を引き、佇まいを正した。長年、ポートマフィアに仕えた広津の貫禄は無視出来ない程巨大だ。

 

 

却説(さて)、ヤハタくん。報告を」

 

「ヤハタァ?あの“何でも屋”の?」

 

「・・・」

 

「はい。先ずは之を見て下さい」

 

 

 “何でも屋”と云われた青年“ヤハタ”はある見取り図を広げた。広津、立原、銀は其れを囲む様に中腰になった。

 

 

「こりゃあ“武装探偵社”の見取り図じゃねぇか」

 

「其の通りです、立原さん」

 

「本当にこなすとは・・・恐れ入るよヤハタくん。続け給へ」

 

「はい。“武装探偵社”は五階建てですが主な主力は四階に集中しています。四階へは階段、若しくは昇降機(エレベーター)で行けます。主力と云っても大半は事務員で非戦闘員です。今日いる戦闘員は主に三名。其れは各自で写真で確認して下さい」

 

 

 青年は三枚の写真を取り出した。一枚目の写真は眼鏡をかけたインテリな風貌とスリムな外見の男。二枚目はボブカットに蝶の形をした髪留めをしている若い女。三枚目は如何にも“探偵”な恰好をしている童顔の男だった。

 

 

「・・・」

 

「善くやったヤハタくん。首領には私から褒美を与えるよう、報告しておこう」

 

「こっりゃたまげた。御前、俺の所に来いよ!」

 

「有難い申し出なのですが・・・私は()()()()()()()()()()()()()()・・・・・・銀さんも私の肩に手を乗せないで下さい」

 

 

 立原は目に見えて表情をし、銀は微かに残念そうな表情を見せた。其れをみた青年は、女みたい反応するンだな・・・と場違いな感想を抱いた。

 

 

「差し出がましいかも知れませんが私から作戦の案を提案させても宜しいでしょうか?」

 

「構わん」

 

「此処まで来たら訊いてやろうじゃないの」

 

「・・・」

 

 

 銀は喋りこそしなかったものの賛同する様に頷いた。周りの部下達・・・計五名も青年の案に耳を傾けた。先日の様な莫迦にした様な雰囲気は一切無くなっていた。

 

 

「先ず、先行隊を組みます。先行隊は広津さん、立原さん、銀さん以外の皆さんです。皆さんは先ず()()へ行って下さい」

 

「何故、三階なのかね?」

 

「三階は物置です。物置の一室には直接、()()()()()()()()()()()()が有ります。其れは此の見取り図を見て貰えば判ると思います。先ず、全員で事務員を制圧して下さい。女性が殆どなので人質にしましょう。人質を取れば此方のもんです。道徳家(モラリスト)の探偵社社員は迂闊に手を出さないでしょうから。皆殺しの命なら事務員を殺すのは其の後でも遅くはありません。何なら人身売買で売りさばいてもいい」

 

 

 広津、立原、銀の部下達は頷いた。青年は続けた。

 

 

「広津さん、立原さん、銀さんは先行隊が突入した十分後に正面から突入し制圧してください。情報に拠れば“武装探偵社”の“社長”は不在だそうですから問題ないと思います」

 

「・・・」

 

「じーさん、此の案でいいだろ?」

 

「ふむ。見事な策だ。事前予約(アポイトメント)は無いが構わないだろう。では行動に移したまえ」

 

 

 広津たちの部下、精鋭五人が武装探偵社の事務所へ向かった。残ったのは青年を含めた四人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広津達の部下、五人は昇降機(エレベーター)に乗って、指示された三階へ向かった。銃を構え、遂行すべき任務の内容を頭で繰り返した。“何でも屋”と揶揄した青年の策ではあるが先程の業績により莫迦にする事はなくなった。

 

 

チーン・・・!

 

 

 昇降機(エレベーター)の無機質な機械音が聞こえ、扉が開く。三階へ出て、訓練され統率された動きで周囲を見渡した。

 

 

「あっ皆さんがボクと力比べしたい人達ですか?」

 

「「「「「「は?」」」」」」

 

 

 声を掛けられた方向へ銃を構えながら向くと、天真爛漫な笑顔を浮かべた金髪の少年が居た。部下達は三階に“事務員”が居る可能性は考慮していたが十代前半の男の子がいる可能性は予期していなかった。したがって行動が遅れた。

 

 

「では行きますよ~」

 

「へ?ガッッ!!!」

 

 

 少年からの突きは人体の急所である水月を抉り、掌手で顎を砕き、上段蹴りで側頭部を蹴り飛ばし、金的を蹴り上げ、取り上げた銃を頭の上に振り下ろした。

 

 掛かった時間・・・僅か十秒足らず。

 

 

「もう終わりですかぁ?えっと次の指令は・・・『全員を縛って窓から捨てろ』かぁ。よし!之が終われば『牛丼一ヶ月分のチケット』だから頑張ろう!おー!」

 

 

 

+ + + +

 

 

「何か物音がしませんでしたか?乱歩さん」

 

「んー?与謝野女医(せんせい)が谷崎くんを解体してる音じゃない?」

 

「あぁ・・・そう云う事ですか。強く生きろよ谷崎」

 

 

+ + + +

 

 

 

「よーし出来た。せーのっほいっ!ほいっ!」

 

 

 ドッーンドッーンドッーン・・・!

 

 

 金髪の少年・・・宮沢賢治は笑顔で部下達を三階から落とした。其の後に携帯に届いた差出人不明のメールを読み直した。

 

 

「えっと・・・『武装探偵社の宮沢賢治様、噂はかねがね訊いております。急な御要件で失礼かと思いますが明日の17:00(ヒトナナマルマル)に貴方に挑戦したいと云う屈強な男たちを武装探偵社にお送りしたいと思います。勿論、勝ち抜けば報酬で“牛丼一ヶ月分の券”を差し上げたいと思います。では御武運を』」

 

「あっ昨日のメールだった。えっと今日のメールは・・・『武装探偵社の宮沢賢治様、非常に申し上げにくいのですが屈強な男たちに“四階”ではなく“三階”と指示してしまいました。御手数ですが“三階”まで降りてもらえないでしょうか?・・・それと貴方が勝てば“牛丼一ヶ月分の券”を差し上げると私は申しました。其の確認の為に屈強な男たちを退けたら“三階”から其の男達を縛って捨てて下さい。其れが確認され次第、後日、武装探偵社宛にに“牛丼一ヶ月分の券”をお送り致します。』・・・かぁ。楽しみだなぁ♪」

 

 

 賢治はスキップしながら四階の武装探偵社へ戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「銃の音がしねぇなぁ・・・」

 

「任務が順調に進んでいるンでしょう。善い事じゃないですか」

 

「まぁな。俺の分の楽しみとっとけよ~あいつら~」

 

「・・・」

 

却説(さて)、時間だ。我々も向かおうか」

 

 

 広津を先頭に立原、銀と並び、其の後ろに“何でも屋”の青年が控えた。

 

 

「おい、銀。どっちが多く殺れるか勝負しようぜ。おい・・・銀?」

 

 

 立原が隣を見ると銀は倒れていた。呼吸はしている様だが意識が無くなっていた。其れを立原が確認した瞬間、立原の顎に強い衝撃が襲った。顎から脳が揺れ、立原も意識を刈り取られた。

 

 

「貴様ら、何を・・・ヤハタくん。何をしているのかね?」

 

 

 静かになった背後を不審に思った広津が振り向くと部下二人が倒れており、此方に向いている“何でも屋”の青年は何事もなく立っていた。然し、其の青年は黒の山高帽(ポーラーハット)を片手で押さえ、顔を見えづらくしていた。

 

 

「何って・・・仕事ですが?」

 

「二人の意識を刈り取る事が・・・かね?」

 

「違います。()()の意識を刈り取る事が・・・です。」

 

 

 青年は広津へ向かって飛び出した。広津は一瞬狼狽したが直ぐに立て直し、青年に向かって右手を差し出した。広津の指先に“紫色”の光が集まる。

 青年は急激に速度を落とし、広津の右手から逃れる様に躰を捻った。反応に遅れた広津の右手を腕から掴み、青年は体重移動を使い、広津をうつ伏せに投げ落とした。

 其の後、青年は右手首を掴み関節をきめ、肩口を膝で抑え込ンだ。

 

 

「貴方の“異能”『落椿』は()()で触れたものを斥力で弾き飛ばす能力だ。なら指先に触れられなければいい」

 

 

 青年は其のまま、広津の右手首を捻り、強引に肩を外した。

 

 

「ッ!?グッ・・・そうか、君が(シャドー)か。何が目的かね?」

 

「備品の始末に階下からの苦情、近所にお詫びの菓子を持って行くお金と時間の削減」

 

「そうか・・・君は・・・」

 

「時間も無いのでお喋りはここまでです。では広津さん。()()()()

 

 

 青年は絶妙な力加減で広津の首の延髄に手刀を入れた。広津は意識を刈り取れた。青年は気絶している広津、立原、銀の頭部に手を当てた。三人が一人ずつ朱殷(しゅあん)色の光に包まれる。

 

 

「捏造して終了っと。之でひと段落・・・・・・・社に戻りますかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~

 

 

「何してる?新人」

 

「は、八幡さん・・・」

 

 

 新人・・・中島 敦は風呂敷に大きな荷物を入れ背負っていた。二人が出会ったのは“武装探偵社”の目の前だった。

 

 

「えっと・・・大きな音がして探偵社に戻ってみたら屈強な男たちが山のように重なってまして・・・」

 

「そうか。あー此奴ら“黒蜥蜴(くろとかげ)”だな。ポートマフィアの」

 

「え!?黒蜥蜴(くろとかげ)ってマフィアの武闘派で・・・特殊部隊並みの・・・へ?え?」

 

「簡単な話だ。黒蜥蜴(くろとかげ)より“武装探偵社”の方が余っ程、物騒だったって事だ」

 

「え!?」

 

「こんなので驚くなよ・・・日常茶飯事だぞ?新人」

 

「“武装探偵社”より“物騒探偵社”の方が似合いますね・・・」

 

「俺もそう思うよ。で、だ・・・新人」

 

「な、何でしょう?」

 

 

 

 

「御前が思ってる程、武装探偵社がヤワじゃない事は判ったか?」

 

 

 

 

「!?は、はい・・・!」

 

「谷崎が傷ついたのはアイツの状況判断が疎かだったからだ。人の傷を自分の傷だと勝手に思い込んで悲劇に浸るンじゃねえよ。此のヘタレ」

 

「うぅ・・・」

 

「生きてる限り次がある。生きる理由が欲しいのなら“理想”と“信念”に真っ向から向き合え。善いな?」

 

「は、はい・・・」

 

「判ったなら善い。探偵社に戻るぞ・・・・・・“敦”」

 

「はい!」

 

 

 八幡は柄にも無い事を口走った事を少し反省した。何故、敦にこんな事を云ったのか自分自身にも理解出来てなかった。理解出来てなかったが・・・なんとなく理由は判っていた。

 

 

(昔の俺と重ねてしまってるのか・・・金之助さんに拾われる前の俺に・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+ + + +

 

 

『おや?()()はお昼寝の時間の筈ですが・・・』

 

 

 宇宙まで突き抜けているのかの様に深く青い晴れた空の上に鮮やかな白い積雲が漂っている。

 

 廃寺の縁側に座っている一人の壮年の男の隣に十もいかない年端の少年が腰を下ろした。蝉の声と風鈴の音が風情を感じさせ、刺すような暑さを和らげてくれた。

 

 

『あぁ、君の()が寝付いたンですね。君は本当に善いお兄ちゃんだ。子供たちの最年長がこんなにしっかりしているから私も助かってます』

 

 

 壮年の男はそう云って少年に向かって微笑んだ。

 あ、蜂・・・と少年が零した。一匹の大きな雀蜂が縁側から五mほど離れた所に飛んでいた。

 

 

『ん?本当だ。アレは子供達が怖がりますね』

 

 

 

ヒュッ────!

 

 

 

 少年が瞬きをすると雀蜂は既に飛んでいなかった。幾ら探しても見つからない。廃寺の中に入ったのかと後ろを振り向いても見つからなかった。少年が壮年の男に雀蜂は何処に行ったのかを聞くと・・・壮年の男は微笑みながら縁側の向かい側にそびえ立つ“木”を指さした。

 

 少年が木を見てみると“()()()”が刺さっていた。壮年の男がよく仕事で使っている()()()だ。其の()()()の刺さった木の下に頭部と胸部・腹部が分断された雀蜂の無残な死骸があった。

 

 少年は壮年の男に、何故雀蜂を殺したのかを問うた。

 

 

『命は等しく平等だ・・・と皆が皆、云うけれどそんな事は無いンですよ。絶対に罪人の命は軽ンじられ、小さな子供の命はより一層尊く感じられる。何人もの人を殺した極悪人が死刑になると表には出さなくても喜ぶ人は大勢いる。判りますか?』

 

 

 少年は曖昧に頷いた。壮年の男は少年の頭に手を置き、撫でながら続けた。

 

 

『私はね、あの雀蜂の命より、孤児(君達)の命の方が大切なンですよ。刺されでもしたら確実に命を落としますからね。其れで君はお昼寝をせずに何故、私の元に?』

 

 

 少年は強くなりたい・・・と小さな声で呟いた。

 

 

『そう云う年頃になったのですね・・・。月日が経つのは早い。そうですね。先程の“手裏剣投擲術(しゅりけんとうてきじゅつ)”でも教えましょうか』

 

 

 しゅりけんとうてきじゅつ・・・?少年は聞き返した。

 

 

『えぇ。(あらゆ)る日用具を暗器に変える古武術の一つです。子供達が起きるまで教えてあげましょう。でも一つだけ、約束です』

 

 

『“弱気を助け強きを挫く”・・・“武士道”と云うものです。此の言葉を頭に置いて鍛錬に臨みなさい』

 

 

 少年は力強く頷いた。壮年の男は満足そうに微笑んで立ち上がった。

 

 

『では、始めましょうか。八幡』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二章 六話終わりました。

最後のワンシーンは後の物語に大きく影響します。八幡が漱石と出会う前の物語です。ちょくちょく挟んでいきます。今回はこんな感じですが次回はちょっと違う感じで・・・。

毎度恒例謝辞。

『向野 達晋』さん、『継承者』さん、『拓摩』さん、『Same L』さん、『繰り園』さん、『G‐555』さん、『氷霞』さん、高評価有難うございます!!(同じくらい低評価ついて凹んでますが・・・)


次は乱歩さん活躍回ですね。ではまた次回お会いしましょう。

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