黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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※グロ注意


「欄間」

 

 

 

 それぞれの戦場が幕を下ろし、戦乱と化した街ももうじき夜明けを迎えるかという頃である。

 冬木市の空でまさに暁に染まり始めようとしている仄暗い空を行く奇怪な影が一つ存在した。

 大凡隠匿が常とする聖杯戦争において、人目が増え始めるこの時間にこのような奇怪な光景を晒す行為は排斥されるべき行為の筈であるが―――件の影に包まれた主従、ウェイバーとライダーはまるで気にする風でもなく空を駆けていた。

 

「なぁ、ライダー……本当にコレ、見えてないんだよな?」

 

 二人を包む巨影、人の形を模したように漂うソレに抱えられていた片割れ、ウェイバーは眼下の街にチラホラと見え出した人を恐恐と覗き見る彼であるが、人目を避けるのが魔術師の常道であるのならその反応こそ正常と言える。

 

「な、なんだよっ」

 

「いえ、別に――ただ、この質問ももう6回目よ? いい加減私の能力を信じてくれてもいいと思うのだけれど」

 

 寧ろ、目の前で苦笑交じりで微笑ましげに主を窺う従者の性根が異端なのだ。

 まるで愛でられている様なこそばゆさと違和感を感じると共に、主人として有るまじき認識だとウェイバーにとっては甚く腹に据えかねる様子だ。

 そしてそんな様も彼女にとっては余程好ましく見えるのか、ライダーはクスリと笑いを漏らし、やはり一言謝罪を述べる。

 

「……別にお前の実力を疑う訳じゃないけど、こんな時間に一体どこに行くっていうんだよ? 僕はまだ行先も聞いてないぞ」

 

 もちろん、ウェイバーもサーヴァントの態度に一々目くじらを立てる程狭量ではないつもりだったが、このサーヴァントの反応は何故か捨て置けないというのが彼の持つ印象だ。

 彼としても撤退の理由には一応の納得はしているが、やはり徒労感は否めない。そもそもあの場で戦わずに滞在場所に戻ったとしたら既に今頃はベットの中だ。異国の地で大魔術の戦争に臨む興奮とサーヴァント召喚の疲労で寝不足も助力するとなれば、それは多少も腹を立てるだろう。

 

「ああ、それはごめんなさい。ちょっと戦力増強にね」

 

「戦力?」

 

「そう。貴方の提案で戦場を様子見に徹したおかげで、ね」

 

 ライダーには何か考えがあるのだろうが、依然として答えを明示しない態度には疑問点というか懐疑心が余計に募ってしまうというもの、が、そんなやり取りを繰り返していればそれなりに時間が経過していたようで、気が付けば冬木市の郊外の一角に影が降下していく。

 

「――山?」

 

 そこは何故こんなところにと魔道を納めたウェイバーにしても余計に疑問が浮かぶ場所だった。

 冬木市は自然豊かな地方都市であり、内陸を山に囲まれている。

 そして本来、山や川といった不動の人の手が入りにくい場所は霊的物質が溜まりやすく、前者は霊脈として、後者は溜り場として昇華されている場合が多く、霊地として位の高い冬木市もその例に漏れない。

 

「いや、確かにここの霊格も相当だけど……何かしらの儀式をするにしても向こうの山の方がいいんじゃないか?」

 

 そう、確かに冬木の地は類稀なる格を有するが、より高位とされる土地のほとんどは御三家、もしくは監督役である“教会”側に抑えられている。例外は後天的に霊脈が吹き溜まりとなった市民会館。そして、ウェイバーの視線の先、山の上に寺を構えた“円蔵山”だ。

 

「確かに、あそこは聖杯戦争について知っていれば――いえ、魔道の知識があれば誰から見ても好立地よ。けど、それだけに周囲の監視は強いわ。多少穏行に類するスキルを持っているとはいえ、今の段階であの場所を陣取るとしたらリスクが高すぎるもの」

 

「ふ、フン。それくらい僕にだって解ってるさっ! ただ、向こうの山から離れるにしても中途半端な距離だと思っただけで――」

 

 言われて気付いたのか、ウェイバーが慌てて捲し立てるが、その様は所謂墓穴を掘る状態である。

 そんな彼に対して、従者としてはこれ以上追及するのもなんだと苦笑を一つ漏らしてライダーは目的地に着地した影を霧散させ、後ろで騒ぐ主が追えるようゆっくりとした速度で歩き出す。

 降り立った山は朝焼けを待つ息吹の静寂さも相まって粛然としている。加えて、もうじき早朝を迎えるとあって山の空気もどこか引き締まっており、見る者に厳かな印象を与えた。

 そんな中を行く身長差の激しい男女の一組、女の方が頭一つ分は高いく、また見目麗しい為に、他人が見ればどこか不似合だという感想を抱くかもしれないが、こんな時間に山中で活動する者は皆無である為に無用の心配と言っていいだろう。

 ――いや、例え動物であったとしても、主従の片割れが醸し出す雰囲気を感じ取れる野性味があれば、まずここには近づく筈がなかった。

 

「――着いたわ。これなら丁度よさそうね」

 

「着いたって……何にもないぞここ?」

 

 そして、そんな一組が山道を外れて歩く事数分、先を歩くライダーが足を止めた先は山の頂上の一角なのか、木もその数を減らして開けた場所だ。

 その散在した樹木も硬い岩場に根を張っている様であるからして、見るからに、ものの見事に余計なモノは何もないという有様である。

 いや、全くをもってなんの目的だと頭を捻るウェイバーに対し、場を見渡して何かを吟味していたライダーがその目に留まったそれに近づき、ウェイバーも慌ててその後に続く。

 

「ねぇマスター、改めて質問するけど、貴方、強化の魔術は得意かしら?」

 

「なっ、バカにするな! そんな初歩の初歩な魔術朝飯前さっ」

 

 そうしてライダーが手を当てた目的のものだろう物体を除き込もうとして、ウェイバーは彼女の質問が余程癇に触れたのか彼女に対して猛然と抗議する。が、それも魔道を納めた魔術師としては甚く真面な反応である。

 件の“強化”の魔術とは魔術を研鑽する上でも初歩中の初歩とされている。その本質は対象を解明し、不足を補う、或いはより高位に高めるといった魔術だ。

 また、元々が完成している物に手を加えるだけに、その構造の解明を見誤れば途端に瓦解させてしまう。故に、初歩ではあるが極める程高等な魔術ではないというのが魔術師の認識である。

 

「そういうつもりじゃなかったのだけれど、気分を害したのならごめんなさい」

 

 その為、ウェイバーは甚く憤然としていたが、返す様に頭を下げたライダーに気を削がれたようで、彼の抗議を表していた手が所在なさげに揺れていた。

 そしてライダーはライダーで、主の気が静まったのを確認すると彼を手招きして目的のものを改めて彼に見せる。

 

「コレを―――して欲しいの、出来るかしら?」

 

「いや、出来るけどそんなもの……第一用意したとしてもそれがなんの役に立つっていうのさ」

 

 密やかに呟かれた声は彼のすぐ傍から落とされたものであり、その顔をまじまじと目にして改めて彼女の容姿に見惚れてしまっていたウェイバーは、一瞬反応に遅れつつも事の内容をすぐさま自分の中で租借した。

 ……租借したが、改めてその内容を鑑みれば奇妙の一言であり、出来るかできないかであれば間違いなく、不足もなく可能である。が、ではなぜそれが必要かと考えれば疑問符が頭上で踊っている。

 

「ふふ、まぁ、それは出来てからのお楽しみという事で―――大丈夫、マスターの力は無駄にはしないから」

 

 そんな主の様子を、ライダーはやはり愛でるような視線で捉え、顔に笑みを浮かべる。

 依然としてその考えは思い至れないウェイバーだったが、この短時間でも彼女の事はそれなりに信用している彼である。

 用途の不明な要求ではあるが――それが自身の力を必要としているのなら是非もない。期待に見合う仕事を見せてやると、彼は袖をまくって体内の魔力回路を駆動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、そこは夜の暗さというより、作られた雰囲気のある冥さに支配されている空間だった。

 具体的には空気が淀んでいる。

 日の、或いは月の光の暖かさも淡さとも無縁の闇が広がっている。

 腐食を思わせる鼻につく臭いなど、大凡生物の営みとは縁遠い場所であると言える。

 そんな場所にだ、まるで解放感に満ちた陽気リズムが響いていた――

 

「――♪」

 

 それは闇色の空間唯一の光源によって色を与えられていた一角で、嬉々とした表情で手を忙しなく動かしている男のものだ。

 顔立ちは日系のそれだが、ブリーチの利かせた頭髪、服装はシャツにジーンズと落ち着いている様に見えるが、着崩した格好に装飾で着飾るその様は今時の若者、といったところだろう。

 だが、そんな普通の若者がこんな普通とかけ離れた場所で、ましてや好奇の表情でいるなど異常以外の何物でない。故に、その忙しなく動く手の先、それが世にある遊びとかけ離れたモノであると想像するのは容易かった。

 

「あ――しんどーぃ、りゅーちゃんお茶出してー」

 

 そんな場所にこれまた珍客、ならぬ乱入者はこれまた場の暗さにそぐわない陽気さと気安さを窺える少女の声だった。

 

「お? 姐さんおっかえりーっと、オーケ、今用意するからっ」

 

 が、言葉の通り両者既知の間柄なのか、少女に呼ばれた彼は作業を中断し、暗い中を危なげなく動き、手に取った液体の入った容器を手渡した。

 

「――ん。ふーっ、ありがとねりゅーちゃん」

 

「いいっていいって。それより見たぜ姐さん! ビルごとペシャンコなんてやる事のスケールが違うってっ」

 

 興奮気味でどこからか取り出された椅子に腰かける少女に詰め寄る青年。

 それに答える少女、キャスターは件のホテル倒壊に至る経緯を反芻しているのか、若干唸るようなポーズを取ってみせる。

 

「いやまぁ、本当はもっとスマートに行きたかったんだけどね。りゅーちゃん的に言うならcool? ってやつ? まあ、あれだけ立派な墓標立ててあげたんだから大人しく召されてほしいんだけどねぇ」

 

「ぷっ、あれが? 墓標? ―――くくっ、イイ! 最高っ、あれだけのビルと人を巻き込んでおいてそれが立った一組の敵を滅ぼす為だけっていうんだから――あぁ、やっぱ魔術ってスゲェよ!」

 

 まるでその場の光景を実際にその目で見た様に語る彼が如何なる術によって詳細を知ったのか、手段はおそらく魔道によるものだろうか。いやしかし、それにしてもキャスターの所業をスゴイの一言で済ますあたり、この青年も参加者の例に漏れず真面ではない。いや、ある意味では誰よりも狂していた。

 

「まあ、それは一先ず置いておきましょ。アレが墓場のゾンビよろしく這い出てくるのならまた埋め戻せばいいんだし――それより、出る前に考え付いたっていうイイ物は出来たのかしら?」

 

「ああ! そうそれそれ! 見てくれよ姐さん俺の渾身の作だっ」

 

 話を変えようとキャスターが尋ねた事、彼女がランサー陣営の拠点を襲撃する前の事だ。

 彼、龍之介もついて行こうとはしていたのだが、いざ出陣という時になって彼が待ったをかけたのである。

 曰く、とても面白い事を思いついたという事で現在彼女等が拠点としているこの地下空間にとどまったのだが、それが何か解っているのかキャスターも喜び勇んで作品とやらをお披露目しようとする龍之介を喜色の表情で見つめる。

 そして、その作品とは――おおよそ非道徳的であり、この世の感性を真向から切り捨てた、醜悪の一言だった。

 一見するとそれは棺桶の様な様をしている。

 それが通常と違う点とは桶の上部、遺体の顔が収まる蓋の部分に人の顔を模した細工が施してあるという点と、何より、死人を納める桶に生き人が二人も納めているという異常だ。

 

「――!! ――っ!」

 

 生の証明か中に拘束されている女達は必死に助けを求める様に叫んでいるが、その口は縫い付けられてでもいるのか、果たして二人の叫びを伝える役を果たせずにいる。

 確かに、棺桶に生きた人が放り込まれればそれは困惑もするだろうが、その声に出来ない叫びは何より真剣みが尋常ではない――が、それもその筈、彼女達の周囲を覆う桶の内面、その様相は木目独特の柔らかさあるそれではなく、無慈悲なまでに肌に冷たさを与える鋼鉄、そして、その命を危地に晒す凶悪な針の群れに囲まれていたのだから。

 

「姐さんから借りた道具、流石に今時じゃお目にかかれない代物だからさぁそれはこうしてお目にかかりたくなるじゃん? でもさ、流石にそのままじゃつまんないだろうから――量を増やしてみました、っとこんな感じ、どう?」

 

「うーん――……残念っ60点!」

 

「うっわ、まじかー姐さん厳しいって」

 

 それを恐怖に染まった目で見る棺桶、鉄の処女(アイアンメイデン)の中に収められた二人の少女にはどのように映ったのか、おそらく同じ人であるなどとは思えないだろう。

 いや、寧ろまるで好みの作品を前にした喧しい観客の様に喋り散らす二人は悪魔の様に見えたとしてもおかしくはない。

 

「――でもさあ、りゅーちゃんなんでこの二人は生きてるの? 折角貸してあげたんだから5人10人はもう試してるって思ってたんだけど」

 

「あーうん。姐さんに無理言って貸してもらったからさ、伝わるかどうかは分かんなかったけどその感動は一緒にあじわいたいっつうか……なんていうの、気持ちの共有? みたいな」

 

「――っ、ああもう。可愛いなコイツめ」

 

 ましてやそんな異常を作り出しておいて、じゃれ合い始めている二人にどんな慈悲を乞えばいいというのだ。

 既に恐怖で心が先に死にかけていた二人に尚も重い絶望が押しかかる。が、身じろぎをすれば途端にその肌を痛みが感覚と共に恐怖を呼び起こし、只の木偶でいる事を許さない。

 本来一人を納め、苦しめる事を目的とした物に人二人を納める。その容量的問題も龍之介の考案で解決し、無理矢理に詰められているだけに逃げ場がない。

 そして――

 

「んじゃ、さっそくお披露目と行きますかっ」

 

「おーっ!」

 

 二人を前に龍之介とキャスターが左右に開かれていた鉄の処女の扉をそれぞれ手にした。

 その主従の顔を見れば慈悲など乞いようもなかった。

 この世のどこに、人の懇願を聞く悪魔がいるのだろうか。

 

「1っ」

 

 なぜ自分が、自分たちがこんな所でこんな目に合っているのか、少女たちには理解できないし、そこを考察する余裕もすでにない。

 

「2の―――」

 

 僅かに動く首を動かして目に移った針付きの扉が軋みを上げる。

 まるで現実味のない光景、もし、これが本当に夢だったらどれだけよかっただろう。

 

「――3!!」

 

 だが、そんな逃避を許さぬ揚々とした掛け声に、とうとうその絶望の扉が動きだした。

 一瞬の間を置いて響く絶望の叫びがあたりに響き渡る。

 雨生 龍之介、世間を恐怖に陥れる連続殺人鬼であり、偶然第4次聖杯戦争に参加する事になった最後のマスター、それが彼だった。

 

 

 






 ……反省はしています。がやはり後悔はしていません。最後のマスターを出す以上入れ無い訳にはいかない表現だったので、あえて描写に踏み切りました。いや、キャスターと龍之介というキャラを理解してもらう上では自分の中ではこれ以上ないと思ったのですが。
 余談ですが、私、キャスターさんが使用する道具の数々の知識保管の為に先週はもっぱらソレ系の具々を調べまわっていたのですが―――もう、お腹一杯で気分悪っ! あれです、作者基本的にチキンハートなんで、もしくは豆腐メンタル(え
 ゴホン!
 えー、そしてライダー陣営は何やら準備を着々と進めております。彼らが用意する“物”がなんであるのか、それは近いうちに明らかになるのでお楽しみに!

 まあ、文章の方は短いですが、これも件の推敲のお蔭ですね。詳しくは活動報告の方で書きますが、元は1万1千とんで16文字ありましたww えらく削れましたハイ。
 それでは、また長くなると申し訳ないので、またです!


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