黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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「根源」

 

 

 

 冬木に魔人が墜ちてきたその少し前、アーチャーがセイバーを絶望という真実に落とし込めていた頃。同時刻、戦場を室内、その地下へと移していたマスター達の戦いも佳境に差し掛かっていた。

 

『Von fünf bis sieben――』

 

 懐から取り出され投擲される、一目見て高価だとわかる宝石達。その数は三つ、だが煌びやかさとは別の角度で、内包する魔力の純度、火力への転用の効率と速度は凶悪だ。

 本来大火力、大規模の魔術を行使する場合はそれなりの用意が必要になる。仮に高度に術式を組んだとしても、ケイネスの“月霊髄液”のように用途が固定化される。拳銃が弾を撃ち出す事しかできないように、ミサイルで弾丸を防ごうとする人間などいない。要は殺傷力、その定めた能力を高めようと、反して汎用性が失われるという事。

 

『Es flammt auf.』

 

 だが、この時臣が行使する“宝石魔術”に関してはその理から解脱する。

 

「っ、time alter――」

 

 自己を加速させる切嗣が立っていた場所を、灼熱の業火が焼き付ける。

 瞬間的な火力は生物は灰にかえるのには十分すぎる。そして、それだけの規模を行使したにもかかわらず、彼が行使した術は僅か二工程。用いる規模に対し効果が反する矛盾はしかし、彼の魔術の特性を思えば不思議ではなかった。

 つまり、言ってみればバッテリー、切嗣にとっての弾倉だ。自身の魔力を保存、純度を保つことに適した宝石に一定量を溜め続ける事によって即時展開を可能とする。更には属性を固定化すればより速く効率的に術を発現できる。

 

「逃げてばかりではどうにも」

 

 加えて、溜め重ねた年月が1年2年そこらを軽く凌駕する累積だ。それが名家が積み重ねてきた重みであり、遠坂 時臣が研磨してきた年月の証明である。

 よって優勢に構えていた時臣に、離脱に見せかけた奇襲を仕掛けようとも、

 

「ならないだろうなっ」

 

 固有時制御の発動限界を考慮しての奇襲。体感速度が戻ろうと、時臣に切嗣が移動していた事を認識するには僅かなロスがある。

 

「いい魔術だ。だが私の相手は皆そう思うらいい」

 

 だが、その鋭利なナイフで突くはずの死角を、この魔術師はその手に持った“杖”で防いでいた。

 

「どこからどう見ても典型的な火力特化の魔術師だ。懐に入ってしまえばどうという事はない。とね」

 

「くっ」

 

 失敗したのなら次の手を、一閃二閃と続けざまに振るうナイフ捌きは実戦に裏打ちされた合理的なものだ。理論を突き詰め、実戦闘など縁の薄い魔術師が対応できる者ではないが、状況は僅かに後退させた程度。

 だがこうして攻めあぐねているのも事実。そして状況が変化しない膠着を強いられているという事はつまり、

 

「そして私もそれを否定しない。“火力”、砲台である事を選んだ魔術師なのだからね」

 

 彼の宝石魔術、その煌びやかな輝きが炎となって切嗣に襲い掛かる。

 当然その程度で素直にやられてやる切嗣ではない。ないが、此処にきて彼の予定は大きく狂いだしていると言っていい。なぜなら彼が調べあげた“遠坂 時臣”という男はここまで苦戦を強いられる男ではなかったのだから。

 

「……なるほど。当代の遠坂は魔術以外にも腕が立つようだ」

 

「片手間で見苦しいだろうが、君のように魔術師専門の殺し屋がいる時代だ。魔術師も、魔術一辺倒に修める時代ではない、という事だよ」

 

 接近戦において、切嗣を凌駕するほどの腕があるわけでもない。だが、易々と倒される様な素人という訳でもない。ただ殴りあうだけなら圧倒できる腕だっただろう。しかし、時臣は魔術師であり、織り交ぜる宝石魔術は一級品だ。加えて、捕捉できないとわかっていて広域を面で焼きにかかるその思考の柔軟さと切り替えの早さは厄介極まりない。

 

「なら――」

 

 だがそう。なら、“衛宮 切嗣”に負けはしない。そう思わせたこの状況はむしろ、切嗣にとって望んで引き寄せた状況に他ならず、彼は懐に忍ばせた切り札に手を掛ける。

 

 “トンプソン・コンテンダー”

 

 単発式のその銃は弾倉や装填機構はなく、一発ごとに銃を折り開いて手ずから排莢・装填しなければならない。だが、単純故の構造は銃身などを交換する事により様々な弾を撃ち出し、多様な状況に臨める。この銃も切嗣の手によって改良されたピーキーな銃だ。当然、常人が引き金を引けば当たり前と言わんばかりに肩が壊れる出鱈目なカスタマイズ。

 そして無茶や意外性を狙ったものではなく、合理的に、彼が望む結果を出す為にその改造が施されているのだとしたら。

 

「散々その目にしただろう。高々弾丸如きでは―――」

 

 その撃ち出された弾がただの弾丸である筈がない。

 

 これまでの焼き増しであろうと炎による結界、空気密度を操作する事によって像による虚実と物理的な壁を作り出す。彼の言う様に、これまでの弾丸であれば、ただの鉄の塊である限りその壁は超えられない。

 

 そう、ただの鉄の塊には。

 

 “起源弾”

 

 それが衛宮 切嗣のみに与えられ許された切り札。

 触れた対象の“魔術回路”をズタズタに“切”りさき、その後即座にデタラメに“嗣”ぐ。魔術師にとって“魔術回路”とは己の神経そのもの。生来持ち得た物をそう簡単に増やせるものではないし、捨てる事などできない。故に、もしそれが外的要因によって一時的に寸断されたとしたら。そして適切な手段ではなく、繋いだとしたら。再生ではなく接続、つまりは一度切ったモノを繋ぐ。紐であれ血管であれ筋肉であれ、一度切れた物を繋ぎ直した場合、それは決して元の状態には戻らない。

 変えのきかない神経を切り裂かれ、正常な状態から歪なものへと代えられる。死にはしないだろう。一命を取り留める事は理論上可能でではある。だがつまりはそれは逆に、魔術師にとって死を意味するのを何ら変わりない。

 そしてそれは何も術者本人に喰らわせる必要はない。もちろん本人に叩き込む事程確実な事はないが、術を行使し、回路を活性化させている状況というのは弾に込められた効果が発揮されやすい状況である。よって、時臣の魔術が作用しているというのは切嗣にとって格好の獲物。

 

 故、敗北はないと余裕の表情を崩さない時臣に迫った凶弾は死に神の鎌となって彼の生命線へと喰いかかり―――宝石のみが砕けた。

 

「馬鹿なっ」

 

 思わず言葉にしてしまう程に、彼にとってその事実は受け入れがたい。それほどまでに“起源弾”の抗力とは一方的で暴力的なまでに強制的だ。瞬間彼の思考が意識的な空白に陥りかけた。

 

「どうやら、アーチャーの指摘通り、私は君の事を見くびっていたらしい。そこは素直に謝罪しよう」

 

 だが、砕けた杖の宝石を眺める彼の姿を見れば疑問は氷解する。

 彼の宝石魔術の特性。魔力を宝石にストックする。そして戦闘時に宝石に込められた魔力を引出し、普段行使できる以上の魔術を可能にする。回路を回し、魔術を行使している状態が恰好の獲物だというのなら、逆に言えば魔術とのつながりの弱い状態は効果が薄まるという事に他ならない。そして命中したのは時臣本人ではなく彼が起動させた魔術による物理的な空気の壁。どれほどの威力を与えたのかなど論ずるまでもない。また、その腕より血を一筋流している姿からも、切嗣の仮説を裏付ける一因だ。

 

「ク――っ」

 

「残念だが、次はない」

 

 そして時臣の言葉通り、奇襲の失敗は勝敗の決定を意味していた。

 “起源弾”はその効力こそ凶悪だが、タネがわれればこれほど対策の容易いものはない。無論弾丸を対処できるだけの手段がある事が必須条件だが、

 

『Von acht bis dreizehn――』

 

 取り出される六つの大粒の宝石達。

 コストがかかり、一度使い切ればただの“石ころ”となる魔術は、切嗣にとって相性が悪すぎるのだ。

 

「さぁ、コレで―――」

 

 よって、切嗣に残された最後の頼みは“固有時制御”の魔術のみ。それも連続使用の出来ない制限付き。それをこの日何度使用したか、この戦闘でどれだけ使用したか、今発動したところで碌な効果時間も望めないそれは、彼に敗北の二文字を突きつけるのに十分すぎた。

 

 煌く宝石が大きな火の玉になり、獲物に喰らいつかんと構える猟犬のように時臣の前で揺らめく。

 

 そして勝敗を決する最後の激突の火蓋を下ろそうと、その結果に確信を持った時臣が号令を発そうとした刹那、宝石の輝きすら霞ませる極光が辺りを包み、主が示す覇道に従い、全てを灰塵に変えて呑込んだ。

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 時臣が気が付いたのは先程まで決戦に臨んでいた会館、ではなく。その頬にざらつく感触は砂の物だった。

 

「波の、匂いにこの感覚……幻でない」

 

 自問自答しながら覚醒していく意識、耳を撫でる波音が此処がどういう場所なのかを教えてくれる。

 目の前の黄昏に彩られた浜辺という現実感の無い光景の変化を、夢幻ではないと五感が、何より本能で彼は悟っていた。

 

 ありえない。だがこの状況の説明がつかないと彼は思考の海に埋没していく。

 自分は今の今まで戦い、鎬を削りあい――そして光にのまれた。

 

 その光景を思いだし、事の絡繰りに指を掛けようとしていた彼の五感が、この時とある異音を拾ってしまう。

 

―sang, sang, sang, et sang.

 

「これは、歌、なのか?」

 

 それは澄んだ音だった。

 穢れを知らない無垢な乙女が捧げるただ一つの歌。

 鍛練をしたわけでも、誰かに教わった訳でもないだろう。この歌声にはそうした情熱や羨望といった感情が欠如している。いや、正確にはたった一つの感心。歌に込められた望み以外に知らないし思う事が無い。

 故にこの歌に汚れはない。

 どの国の名のある聖歌隊すら裸足で逃げだすだろう美声。一種の神聖さにも思えるような調べは、時臣を虜にするのには十二分すぎた。

 

 

 ■■■■の渇きを癒す為。

―Pour guerir la secheresse de la ■■■■lot■■■.

 

 

 そして彼も知らず知らず音のする方へと歩みを進めていた。

 言ったどのような人物が謡っているのだろう。

 こんな音を生み出せる人間はそれこそ天使のように、女神のように清い人間なのだろうと彼は先程まで囚われていた一世一代の戦いへの思いすら失せかけていた時だ。

 

 

『血 血 血 血が欲しい』

 

 

 音の中身を、その言葉の意味を理解してしまった。

 

 

『ギロチンに注ごう飲み物を』

 

 

「――っ、ッハ―ァ! な、んだこれはっ」

 

 過呼吸に陥ったように肺が正常に酸素を取り込まない。思考にノイズが走って認識しようとする意志を邪魔する。

 

 これが清い?

 

 天使のようだと?

 

 先程まで酔狂していた自分の脳天を力の限り殴り倒したかった。これはそんな高尚な人間性の作り出す代物ではない。

 

 

『ギロチンの渇きを癒すため』

 

 

 確かに混じりけのない無垢な性。その汚れの無さは本当に“それしか”知らないから。

 彼女にとってはそれが当たり前で、そういうものだと、その意味に疑問を持たないが為に度し難い。

 なぜ誰も咎めないのか。なぜこうなるまで周囲は放置していたのか。

 答えは単純だ。

 

 誰にも彼女には■■られないのだから

 

 脳裏に走った自身の声ではない異音に瞠目しながら、しかしそれが真実なのだとどこかで確信し、体は意思に反して歩み続けていた視界の端が何かの影を捉えた。

 

 

『欲しいのは――』

 

 

 見るな駄目だ耐えられないと。

 それが何に対してで何を指しているのかもわからず、いや理解している筈なのに彼の身体は意思に反して顔を上げてしまう。

 

 その先を――

 

 その視界を大きく、撚れた外套が覆った。

 

 

「ああ、そこまでにした方がいい御客人。好奇心は時に猫をも殺す、というのは知っているかな。今の君がまさにそれだよ。何もかも知らぬまま絶えるというのもある意味不幸で、同時に幸せな事だとは思うが、偶には親切心で動くのも悪くはない」

 

 

 酷く見ずらい、不可解な男が視界を塞いでいた。

 

 不思議というより不可解。街で見たとしたら目を引くだろう物乞いのように薄汚れた外套に身をすっぽりと包み、雑に流された長髪と印象には事欠かない。だというのに、今この瞬間、目の前にしている筈の男を、時臣はどうしても記憶から抜け落しそうになっていた。

 

「仮にも貴方は伴侶を持ち愛娘を抱いた身だ。彼女の美声美貌、美々しい魂の有りように心奪われるのは私としても大いに理解はできるが、それでは彼女にも彼女に対してあまりに不義ではないだろうか。私も大概放任が過ぎると言われるが、流石にこれは見過ごせないな」

 

「……何者だ」

 

 茫然としていたが、それでこれほどまでに強烈に警戒感を煽る男を見落とすのは理解に苦しむ。納得できない。必死に体裁を取り繕うとする時臣に対し、ボロマントの男はクツクツと笑い声を堪えながら、まるでその姿が愛しいと愛でるように言葉をつづけた。

 

「これは失礼。あまり警戒させるつもりなどなかったのだが、何しろここに人が来ることなどいつ以来か、それすら彼方へと思い出せぬ珍事。こうして面と向かって名乗る事など稀ではある為、どうかその点ご容赦いただきたい」

 

 先程から男は時臣に対して客人と、相手を敬うような口調で話しかけてくるが、この“人間”がその手の殊勝な心を持っているなどとは欠片も思えなかった。

 一言で言えば諧謔している。

 世に対して斜に構えている。

 だがそれは上辺だけの道化の装いではなく、寧ろ達観した全能性が持たせる威容。天眼をもって内面を覗きこまれているとでも言えばいいのか。この男を前に、初手対面であるにもかかわらず時臣は明確な嫌悪感を抱いていた。

 

「さて、私が誰か? その質問に答えるには少々言葉に窮する。私を形容する記号などそれこそ溢れかえっているし、その一つ一つに意味などない。そも名前とは親より授かった個々を示す為の目印。加えて前提から事が違う私に定まったモノもなければ執着もない」

 

 言葉の一つ一つ。その遠回りな言葉の運び、身振り手振りの所作一つをとっても目につく。警戒しているというのなら確かにそうなのだろうが、この男を前に心許せる人間などいる筈がない。対面すれば心の内をさらけ出されるような相手と望んで話そうと思う人間などいる筈がないのだから。

 

「しかしまぁ、それでは会話に便を失するのも事実。君に解りやすくいうのならこの辺りが相応しいだろう」

 

 だがしかし、男はそんな時臣の思考など知らぬ存ぜぬと好き勝手に言葉を紡ぐ。その口は閉口する事を知らないかのように言葉を次々と垂れ流す。

 

「カール・クラフト=メルクリウス。彼の国ではサン・ジェルマンとも呼ばれていたモノだよ」

 

「サン・ジェルマン、だとっ」

 

 その言葉は時臣をして驚愕させるものだった。

 歴史上において“不死”と呼ばれ、英知を修めたとされる異人。化学、当時で言えば錬金術に精通し、語学芸術、様々な分野に精通していたと言われ、魔術の造詣も深かったと聞く。そんな歴史上の人物との邂逅、本来ならばこれほどの名誉もないと感慨に打ち震えるだろうところで、しかし時臣は欠片もそれらの感情に揺さぶられなかった。

 その名乗りが嘘くさかったという直感的なものに始まり、本能的に、魂のレベルでこの男に気を許すべきではないと確信してしまった。

 そして、メルクリウスと名乗った男は驚愕から立ち直りかけてきた時臣の様子を眺め、コレで役者はそろったと、まるでこの場に他の人間がいるかのように視線を動かし、言祝(ノロイ)を告げた。

 

「改めて祝福させてほしい。ようこそ下界の魔術師達よ。喜びたまえ。世界の狭間に在るとされるその先、君達魔術師とやらが積年願い焦がれた夢の終着(はて)――此処が“根源”と呼ばれる場所だ」

 

 時臣が、“遠坂”が代々に渡って積み重ねてきた悲願を、誓いを根底から引っ繰り返す毒が流れ出す。

 

 






 令呪による使い捨てが有効なら、宝石魔術の使い勝手の悪さってむしろ利点だと思うんだ!!
 固有時制御って便利だね(白目
 なお、かかる金銭的なコストは見ない方向で、切嗣にかかる肉体的な負担も同文で(

 という訳で時臣さん、ラインハルトさんの一撃により“根源”にご招待(巻添え)! なお、当然拒否権はありません。
 根源と書いて■と読んだそこの貴方、気持ちはよく解りますがもう少し御着席を(震え
 しかしあれだけ派手な戦闘(蹂躙とも読む)があった場にいたんですから、まさか無事なわけがない。素直に死ねた方がまし? 水銀さんが言っておられる様に大きな親切ですよ(
 ……あまりに水銀の語りが長すぎて分割したのは秘密です。

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