黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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緞帳
「引割」


 

 

 

“冬木市”とは中心を流れる未遠川に大きく二分され、山と海に面した自然豊かな地方都市だ。

 そして二分された片方、旧家を中心に繁栄しその街並みを色濃く残すのを“深山町”、近代的に発展し現在も開発が進むそれを“新都”と呼ばれている。

 そんな冬木の土地は日本でも有数の霊地とされている。この霊格と極東という地に目を付けたのが彼の“アインツベルン”、“始まりの御三家”を担う一角であり、此度の第四次聖杯戦争において“セイバー”のクラスをもって参加している。その他に、件の土地の管理者である“遠坂家”、そして三竦みの形が“聖杯”を招くにあたって理想的と招かれた“マキリ”―後の“間桐家”とあるり、以上の御三家が聖杯戦争の根底を生み出し、現在の7騎のサーヴァンを用いた殺し合いを形作り、今日まで誰も所持者のいない聖杯の所有権を争っていたのだ。

 

 そして此処にも一人―――

 

 御三家に属さない外来の参加者、その一人である彼の神童、“ロード・エルメロイ”が新都に構えた居城で一人、高層のホテルの一室からワイングラスを片手に眼下の街を睥睨していた。

 ホテルでワインを傾けるその姿は通常、優雅さを見る者に思わせるが、彼の表情を見ればその心が雅さとはかけ離れている事を窺わせた。高価と思えるワインも、この時ばかりは彼のささくれ立つ心を静めるには些か荷が勝ちすぎている。

 

 それというのも―――

 

「言い訳があるのなら聞こうか――此度の失態、それに対する申し開きがあるというのなら、だがな」

 

 硝子に映り込んだソファーの上に浅く座るソレに対する怒りが要因した。

 この部屋、高級ホテルの一室を借りているのは目の前のロード・エルメロイ、ケイネスだ。その主人を前にして尚正す事の無い不遜極まりない姿勢は、無礼と糾弾されても申開きのしようもないだろう。だというのに、依然と姿勢を正さない彼、ランサーはこれまた不快な顔をして自身の主を気だるげに見返す。

 

「――とか言われましてもねぇ……そもそも、聖杯戦争におけるサーヴァントの実力を図りたいっつう名目で、俺の“槍”を禁じたのはアンタだろ。それに、だ。令呪の使用にしたって小娘の口車に乗せられた責を俺に弁明しろと言われましてもねぇ」

 

「っ! 貴様どの面下げてそのような―――」

 

 そう、件の撤退に際してケイネスが取った手段は令呪による強制退去。

 その責任はサーヴァントであるお前の身勝手によるところだろうと、思わずその手に持つグラスをランサー目掛けて投げつける程に彼は怒り心頭のご様子。

 だが、そんな彼の投擲を片手で難なく受け止めて見せるランサー。しかも、手首の捻りで加えた遠心力でグラスの中身を雫とて零さないという顔に似合わない芸を披露してみせるというオマケ付きだ。

 

「っと、勘違いするなよ雇い主。舞台を整えるのはアンタの仕事だ、そこに文句は言わねえ。だが矢面は俺に任せるのが契約にあたっての盟約の筈、撤退を命じるのは協定違反だろうが。言ったろ、俺を無理にでも従えたけりゃその令呪でも使えってな――お? 中々イケル酒じゃねえか」

 

 しかもだ、その酒を脇に置くでもなく中身を無遠慮に口に運ぶあたり、彼の辞書に礼儀というものがあるのか怪しいというもの。だが、先程の不遜な口調からしても、彼は一応の敬意は払っているのだ、コレで。恐ろしく分かり辛いが、聖杯戦争を巡るこの時代に呼ばれ中で、このマスターはまだマシな方だというのが彼の認識である。

 もっとも、彼流の誠意がマスターに伝わるかは不明だし、彼の言う協定違反が際立つというのならおそらくこのサーヴァントは主すら切って捨てるだろう。

 

「―っ、だが、あれはどう説明する! 宝具の開帳、もう一段階上の秘奥の解放まで認めた覚えはないぞっ」

 

 度重なるサーヴァントの介入に腹を据えかねていたランサーにとって、やはり撤退の二文字は承服しかねたのだろう。その心情はケイネスとて解る。一対一という尋常の勝負を瞬く間に野蛮極まりない乱痴気騒ぎに変えられたのだ。特にバーサーカーと赤い長髪の少女、あれらに舐められるのが屈辱極まりないというのは程度の違いはあれ、ケイネスとて同じだ。

 だが、それで無許可に宝具を放とうとした事実まで容認できるはずもない。実際は解放間際で少女の乱入により、その全貌が明らかにならず、結果としてランサーが脅威を秘めている事実を周知するに終わったが……

 

「ああアレ、スンマセン俺が悪うございました――いいじゃねぇか、あのまま“闇の賜物”で戦っていようと膠着は崩れ無かっただろうしよ」

 

 論点はそこではないと訴えるケイネスに対して、ランサーの対応は依然として変わらない――というのも、こうして時間を置いて鑑みればみる程あの事態が彼自身不可解だという事に起因する。

 彼風に一言でいうと、『らしくない』のだ。

 戦場で熱くなる、故に宝具を無断解放する暴挙に出る。それは短慮な英霊ならあり得る事態だが、このランサーに本来その手の暴発は不適用だ。彼は自他共に認める激情家だが、己の愉悦、つまり戦闘に関してはとことんシビアな性格だ。宝具、真名解放によるリスクは十二分に承知しているし、戦場ではまず名乗りこそ常道としている彼がその秘匿を従事している点もその証明であろう。

 であれば、尚の事後ろ髪を引かれるのだ。

 なぜ、あの場であそこまで自分は己を律する事が出来なかったのか。何にそれほど湧立ち、据えかねる程憤ったのか、そもそも何にこんなに引かれるのか見当がつかない。

 得体の知れない――それでいて見過ごしてはならぬと深いところで何かが警鐘を鳴らしているのに、それが何か解らず、結果として思考の淀みが憤りとして言葉の端々に表面化してしまうのだ。

 

「それに、結果として宝具自体は伏せられたし、その余波だけでもアレは威嚇くらいにはなったろ」

 

「それは―ッ、私はそういう結果論の話をしている訳では――」

 

 故にそんな過ぎた事を聞かれても困ると面倒くさげにワインを飲み干すランサー。中身はやはり上物だが、愚痴を肴に飲む酒程味の解らない物もない。

 いい加減ここはハッキリと告げるべきかとテーブルにグラスを置いたランサーは主を睨み上げながらそのソファーから腰を上げようとして―――

 

「――そこまでにしておきなさい二人とも」

 

 ――現れた髪色の赤い女性に、口論に水を差すどころか出鼻を挫かれた。

 燃えるような赤髪に反して、冷たい氷を連想させる女帝じみた佇まいの女性。この人物は何を隠そう、隣に立つケイネスの婚約者であり、此度の聖杯戦争の協力者に他ならない。

 

「チッ、もう一人のマスター様か……ぁあ、口うるせえのがまたよぉ――」

 

 ランサーの言葉はぼやきに近いものがあり、傍にいるケイネスでさえ聞き零すレベルだったが――何よりもそう、聞き逃せない単語が耳に入った。ここに現れた女性、その人物を彼は自身のマスターだと言ったのだ。

 これは極めて異常である。聖杯戦争において一人のマスターにおいて従えるサーヴァントは一騎、これは大原則でもなく、膨大な魔力の塊であるサーヴァントの維持、それを二騎でも賄おうとすれば途端に自分の魔力が枯渇する。生命力といってもいい魔力が枯渇すれば――それ自体が命の危機に直結するのは言うまでもないだろう。

 

「ランサー、ケイネスは間違った事を言っていないわ。今回の戦いにおいて、彼は比較的速やかに宝具の開帳を許可している。その上で更なる無断解放は指示の曲解でしかない。限られた戦力で戦場を生き残るのが戦士の条件、じゃなかったのかしら?」

 

 だが、この事態はその逆、一人のサーヴァントに対して二人のマスター異例の事態だ。

 一組の主従に与えられるマスターの証である令呪は三画、そのマスターの選別基準は曖昧だが、8人目のマスターというのは原則存在しえない。誰かが脱落し、その令呪を譲渡、或いは略奪したというのなら話は変わるが。

 

「それに……貴方は私の魔力を糧に現界している。ケイネス程の魔力は生成できなくても、他の主従と違ってマスターに配慮する事無く、ほぼ全力で力を行使する事が可能よ。そのアドバンテージ、まさか二度も説明しなければ理解できないの?」

 

 そう、つまり、この主従達が行った絡繰りはサーヴァントとの変則契約。

 マスターとしての命令権である令呪を持つ者、サーヴァントの現界維持に必要な魔力を提供する側と、本来二つの役割を一人で担う必要のある代償と恩恵を二つに分ける。それにより、令呪を持つマスターは戦闘において自身の魔力をサーヴァントに裂く事無く戦闘に専念する事が可能になる。また、サーヴァントもマスターの余剰を気にすることなく戦闘に集中しやすくなる。

 本来ある筈のルールの曲解、その抜け道を押し通す発想と技量、まさに鬼才と言えるそれは“ロード・エルメロイ”と謳われた彼の神童の名に劣らぬ実力の証明と言えよう。

 

「チ――ガタガタ小理屈ぺら回しやがって―――」

 

 そうして彼女の述べるものは結果であり、出陣に際してランサー自身が零した言葉でもある。それが正論であればあるほど反論のしようなどないが、あまりに舐められるというのも腹に来る。

 少々虫の居所も悪かった事もあり、灸を据えてやるかと立ち上がり――――

 

「そこまでにしておけよランサー」

 

 ―――今度はケイネスの声をもって押し止められた。

 

「その手を収めろ、ソラウは私の擁護をしてくれただけだ。今回の件に関してはお前自身自分の落ち度に自覚しているだろう。物にあたるなとは言わん、だが、彼女に手を上げる事はこのケイネス・エルメロイ・アーチボルト、断じて許さんっ」

 

 ランサーに向けて構えた手にはサーヴァントに対する命令権である“令呪”がある。つまり、彼は自身の婚約者に手を上げるのなら令呪による強制も辞さないと暗に示している。

 ケイネスとソラウの婚約は名家である両家の政略結婚的な意味合いが強いとランサーは見ていた。だから両者の間柄は冷めたものがあるとみていたが―――こうして見せつけられ、ケイネスの情熱に燃えるような目を見る限り、あながち満更でもないのだろう。

 というか、なんだこれは。まるで自分が恋仲を引き裂く悪漢のようではないかと一人ごちるランサー。

 

「……うっぜぇ」

 

 端的にいってやっていられるかと吐き捨てる様にその心情を吐露し、ランサーはその場で霊体化した。

 彼が哨戒と称した戦略的撤退を実行したのは、まあ仕方ないのかもしれない。

 そして、彼が去った部屋で政略で婚約を強いられた二人の内、片割れが顔を赤らめたり、ツンツンして素直じゃなかったりしたとかしないとか、この場から撤退したランサーに知る由もない―――というか知る気も無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場痕の真新しい埠頭――と形容していいかどうか、そこは既に元の様を留めている所を探すのが難しい。勿論、広大な面積を誇る事を踏まえれば50mも離れれば真面な状態を保ってはいるが、その境に立てば非日常的な破壊の爪痕、半歩戻れば静寂な日常。これだけ克明に被害の差が出るのが聖杯戦争だ。もし、戦場が街中だったら、それも深夜でも人が点在しうる新都で火蓋が落とされていたら、そう考えるとぞっとしない。

 

「―――ふー……」

 

 そんな場で一人煙草を吹かす人物はやはり真面な人間ではないと言ってもいいだろう。

 彼、名を“衛宮 切嗣”という魔術師は、もともとフリーの魔術師専門の殺し屋である。そんな彼が偶然この場にいるはずも無く――であれば、そう、彼もこの戦いの関係者に他ならない。

 

「……アイリ達は無事離脱したか――舞弥、ターゲットの現在地は」

 

 “アイリ”というのはおそらく愛称であり、先程この場にいた確たる名を明かしていた者。即ち、“アイリスフィール”の事であると予想される。その撤退を案じているという事は、つまり彼はセイバー側の協力者の一人という事なのだろうか。

 一見して独り言を呟いている様に見えるが、日系人独特の中性的な顔立ちに黒髪黒目の男の耳からコードのようなものが見える。恐らくはもう一人の協力者と通信を取っているのだろう。

 で、あれば、彼らが追うターゲットとは何者なのか。

 サーヴァント、というのは考え辛い。人の脚力、騎馬――現代の車等の移動手段――に頼ったとしても、撤退に専念したサーヴァントの足に追いすがるというのは容易ではない。何しろ霊体化したサーヴァントを察知するする術は魔術師側にはもちえない。同じく霊格であるサーヴァントが彼等の傍にいればあるいは追跡も可能だろうが―――となれば、その協力者が追うターゲットというのは当然、敵性マスターであると予測するのは容易だ。

 

『――ハイ、先程、使い魔からの情報で無事郊外に出た事を確認しています。念の為、使い魔は変わらず付けていますが―――目標は現在新都から未遠川を北上しています……どうやら深山町方面に向かっているようですが』

 

「……上出来だ。最低限の処理をして僕もそちらに向かう。後の事後処理は“監督役”に任せるさ」

 

 そう手早く通信を切った切嗣はざっと辺りを見回して目につく残留物を回収していく。それは例えばランサーが切りつけた構造物の断片やアーチャー、バーサーカーの出現、戦闘時にその発露する魔力を色濃く受けた舗装の破片等がある。

 当たり前だが、戦場跡地というのは情報の宝庫だ。

 キャスターやアサシンといった己の秘術に秀でた者、穏行を生業とする彼等ならそうした証拠も可能な限り伏せるだろうが、苛烈に攻防を繰り広げていたランサーは無論論外として、サーヴァントというのは存在するだけで影響を及ぼしうる神秘の塊、ましてやその力を行使したのならその証拠は残る。

 そしてそれは何も物的なモノばかりではない、残留した魔力というのも立派な証拠だ。何しろ住み着くような長期間潜伏する周辺では気配や魔力というのは色濃く滲み出す。もともと霊地として名高いこの地では魔の色が濃いが、それでもサーヴァントほどの異色の気が見えるならその根城を特定する判断材料にもなる。

 

「フ――こちらも人様のことは言えないか」

 

 もっとも、今回の様な即時撤退が強いられる状況ではセイバー達もその痕跡を抹消する暇などないだろう。そもそも、魔術師というのはこうした火事場泥棒的な地道な作業を軽視する気が強いのも要因だが――そうして彼は苦笑しながらセイバーに用意した剣を収めていた筒と鞘を回収し、アイリスフィールが倒れた時のものだろう、彼女の持ち物と思われる品を回収し、コートのポケットに押し込む。

 筒に鞘を入れて肩に背負い、改めて眺める戦場跡地に目ぼしい痕跡が無い事を確認する。

 袖を振ってその下にある時計を見れば夜明けまであまり時間が無い。魔術師、いや、聖杯戦争の戦闘というのは人目を忍ぶのであれば、当然夜半が好まれる。となればこの時間帯に撤退する以上寄り道というのは考え辛い。つまり、端的にいってこれはチャンスなのだ。

 

「……さあ、鬼が出るか蛇が出るか、拝見といこうか―――6体目のサーヴァント――」

 

 その素性の一部でも判明すれば上々、隠れ家を突き止めたのなら場合によっては即座に叩くと方針を脳内でまとめておく。

 そうして埠頭を早々に去る彼の足取りは、予想されたランサーのマスターが撤退していった方向とは逆方向だった。

 

 

 

 

 サーヴァントは魔術師では追跡不能、その為、この場にその存在を明示されたランサーのマスターが狙われるというのは当然想定されたし、ケイネス自信今夜、ないし近日中に敵が攻めてくるだろうと踏んでいた。

 だがしかし、結果として“魔術師殺し”の異名を持つ切嗣がターゲットにしたのは彼ではなく、戦場にその身を晒す事無く去った6体目のサーヴァントだった。

 その発見は偶然によるところが大きい。もともと、そのサーヴァントもケイネスの確認が目的だったのか、戦場視察のついでに彼を視界にとらえたのか。どちらにせよ、そのサーヴァントは戦場付近にはいたのだ。

 その位置というのが二方向からケイネスと戦場を確認していた切嗣、そしてもう一人の協力者である“久宇 舞弥”の目に留まったのだ。実際、舞弥の位置から死角だったケイネスだが、その場から件のサーヴァントを偶然捉えたのはのは大きい。その場でケイネスを射殺するという手は封じられたが、戦場に姿を現さないサーヴァントの正体を掴めるチャンスというのは天秤が迷う程だった。

 何しろケイネスを殺せばその場で異変を悟られ、場合によっては切嗣たちの存在を知られてしまう。それでは今後の行動に制限ができてしまう。が、この場でまだ誰も知りえない敵の情報を得れるのなら仕切り直しをする価値はある。そして結果として、セイバー達は何とか窮地を切り抜けてくれた――なら、今度は自分達が動く番である。

 だが――ここでもう一度考えてみてほしい。

 常人、それは魔術師であったとしてもサーヴァントを追う行為は不可能に近い、その事実は覆りえないのだ。例え切嗣達が通常の魔術師と違い、銃器機械等を使い、手段を択ばない戦場の手練れであったとしてもだ。

 で、あるならば、此処に追跡を可能にする要因が不可欠になる。

 そう、まずありえないが、サーヴァントが霊体化せずに撤退するという霊格であるサーヴァントの優位性を否定する状態であった場合なら、その追跡の成功率は跳ね上がる。

 まして―――その傍にマスターと思われる人物が付随しているとなれば決定的だ。

 依然として姿を隠す素振りの無いあれは、マスターの安全を確保するまで消える事はないのだから。

 もちろんその人物がマスターでないという確率も少なからずあるだろうが、事前に参加しうるマスターの情報を集めていた切嗣達がその手の読み間違えをする事はない―――いや、7人中1だけ不明なマスターがこの聖杯戦争には存在するが……ともかく、アレは資料で確認もした、マスターでなくとも関係者であるのは間違いない。

 

 

「待たせた、目標は?」

 

「ハイ、当初の進路から変更したのか新都側に大きく東にそれましたが、その後は概ね変更ありません」

 

 新都のビル群の脇の先、影になって人通りも少ないだろう路地に止められていたバンに、周囲を警戒しながら乗り込んだ切嗣はそのまま立ち上がっていた機材を一通りチェックする。

 その車の中に所狭しと押し込められた機械群を見れば、普通の魔術師は卒倒するだろう。

 生来、魔術とは人の手で到達しうる現象の事を言う。例えばライター等がそうだ。切嗣がポケットに忍ばせるそれもお手軽に火種を提供してくれる便利アイテムであり、魔術師がその手の発火現象を起こす事に比べれば遙かに低コストで賄える。

 つまり、歴史的に昔には摩訶不思議な現象も、現代ではその多くを科学的に行使可能な程に迫られているのが現状だ。勿論神秘とされる以上、科学的に証明不能、到達不可能とされる術等はある。その為か、大抵の魔術師は近代的機器の利便性を認めない者が多く、機械音痴ともいえる程その手のモノを考慮しないし嫌う。だからこそ、その道に精通した魔術師である切嗣は魔術師達の思考の外から想定外の一撃を叩き込め、“魔術師殺し”という忌避される異名を付けられるようになったのだ。

 

「……妙だな。舞弥、地図を」

 

 その切嗣が目の前のモニターに点滅する光点を見て違和感を覚える。

 現在の進行方向は新都に戻る道であり、その進路を取るのならわざわざ未遠川を北上する必要もない。寧ろこれでは遠回りであり、戦場を終始静観していた程慎重なものが身を隠す素振りも無いまま進路を変えるというのもおかしな話である。

 であれば、その進路の先には―――

 

「――!?」

 

「切嗣?」

 

 その時彼が見せた驚愕の表情は隣に立つ舞弥ですら見た事が無いものだ。いや、その種の表情が珍しいのではない。彼の戦場で“生”を感じさせるというのが異常だったのだ。

 そしてその視線の先にある地図を見て彼女も悟った。己はなぜこの事実に気付かなかったのかと。

 

「この進路……マダム達の進行方向とほぼ一致します」

 

「ああ、呪術の起動に時間がかかるのか、或いは単なる気まぐれか―――どちらにせよ、これは余計に見過ごせない」

 

 埠頭から離脱したアイリスフィール達を載せた車は既に市街地を抜けて郊外に出るという所だ。

 彼女の仮初の主人であるアイリスフィールは一応、切嗣から運転の手ほどきを受けている――その腕が達者かどうかは兎も角――その彼女も先の戦闘で疲弊している為にハンドルを握らせるのには些か心許無い。それ故、車を操るのは固有スキル“騎乗”を持つセイバーとなる。騎乗とはいえ、現代の乗り物まで乗りこなせるのだから聖杯戦争のシステムとは末恐ろしいものがあるが―――それによってセイバーはまだ現界し続けなくてはならない理由が出来てしまう。

 つまり、“サーヴァントを追跡するのは容易ではない”その例外、霊体化できない状態に彼女達があるという事になる。

 

「どうします? セイバーにこのまま応戦させてみますか?」

 

「そうだな―――いや、セイバー達の現在地を見てくれ舞弥。現状、この位置ならこのまま“城”まで駆け込んだ方が早い。一応彼女等にも追跡の件は知らせた方がいいだろうが、あそこは彼女にとって庭同然の場所だ。防衛に回るのならより守りやすいところを陣取った方がいい」

 

 セイバー達の進行方向、“城”と称されるこちら側の根城、この冬木の地で聖杯戦争に備える為、聖杯戦争が起こった代から建造されたものだ。その魔術防備はそこらの怪魔どころか、魔術師ですら半端なものは城を拝む事すら敵わない。周囲の森一帯を含む土地そのものが要塞と化す居城、それが目の前だというのなら確かに、このまま郊外で戦闘行為に及ぶより勝算は遥かに高い。

 だが――

 

「ですが、敵勢力の速度を見ますと“城”に到着前に会敵される恐れがあります。整備されているとはいえ山道などの足場の悪い戦闘は出来れば避けたほうが」

 

「――ああ、だからこちらから討って出る」

 

 そうして、舞弥が示す懸念に地図を一指しして答える切嗣。

 その指をたどれば敵とアイリスフィール達との予想到達地点、その前に広く開けた空白が地図上に存在する。

 

「―――冬木市民会館、確かにそこなら、今から回り込むにしてもベストな位置です。ですが――」

 

 市民会館は現在開発途中で、当然この時間帯に人気は皆無となる。無論、周囲に密集する住宅群は捨て置けないが、街中を戦場にするとなればかなりの好条件が出そろっている場所といっていい。

 だが、彼はセイバー達はそのまま向かわせると言ったのだ、応戦ではなく。ならば、その途中で抑える以上殿の役目は不可欠――だが、それを容認できない事実が立ちはだかっている。

 

「……ですが、切嗣、こちらにはまだ対サーヴァント戦の備えがありません。現状、サーヴァントに対抗しうるのはセイバーというのが実状です。その彼女もマダムの傍、となれば待ち伏せといっても手に余るのは目に見えています」

 

「ああ、だからサーヴァントには僕がご対面してくる」

 

 対サーヴァント用の用意が無い彼らにとって、唯一対抗できるのはサーヴァントをぶつけるという札を切るしかない。故に令呪というサーヴァントの強制召喚が可能な切嗣が適任というのは理解できる。理解できるが、従者を守って矢面に立つ主人が何処にいるというのだ。

 彼等の方針はこうである。

 “敵勢力に切嗣達の隠匿する為にセイバー達が表舞台を飾り、その背後に出来た隙を捉えて駆逐する”

 ならばこの様な早期に自身の身を晒すのは策を根底から否定する事態であり、そうであるのなら目の前の女兵士、舞弥を足止めに使えばいい。そう抗議する彼女に対し切嗣は首を振って否定した。

 

「……舞弥、僕はこんな序盤で君を捨て駒にする気はない。それに、僕も死に行くつもりはないさ」

 

 ――ああ、だからこの人は卑怯だというのだ。

 

 現状それが最善だと冷静な部分で彼女も理解している。だから、それでも否というのは彼女の中で譲れぬものがある事の所作である。

 精神面で彼を支えるのは妻であるアイリスフィールの領分だ。

 だけど、せめてと思う乙女心、彼女にしては今日は珍しく取り乱してしまったのは、久々に彼と戦場を駆けた興奮からだと自己に言い訳をしておく。

 そもそも彼女はあまり感情の起伏を見せる性質ではない。

 幼い頃に戦場で切嗣に拾われて以来、彼と共に駆けた戦地の記憶が彼女の全てだ。彼がアインツベルンに招かれたその間も彼の指示で世界を渡り歩いた。そこに余計な感情が無かったとは言わない、のではなく言えない。これは秘めるべきもので不要なものだ。

 久宇 舞弥は彼の銃、その理想を体現するための道具で、理解者だ。それだけはアイリスフィールにも劣らないと自負している。

 

「現状、サーヴァントに対抗するにはセイバーが鍵だ。だから君にはアイリ達に連絡をした後直ぐに彼女達と合流してほしい。もし強制召喚という事態になれば途中でアイリが無防備になる……だから状況に合わせて君が彼女を送り届けてくれ」

 

 単身敵に臨むという彼に迷いという感情は見えない。

 もはや止める手段を取ろうにも、戦場における彼は頑なだ。それは濃く、短くもない付合いの舞弥とて承知している。だから彼女は即座に思考を切り替え、全力で彼をサポートする。

 

「じゃあ、行ってくる。舞弥は用心の為にアイリ達に連絡を入れえたら直ぐに彼女達の元に向かってくれ」

 

 結局、最後までこちらの反論を取り合わなかった彼は外を警戒してからドアを開け、近くに用意していたバイクに跨ってすぐさまこの場を離れる。

 現状、バンの方が速力はあるが、敵に回り込むためには速力に伴う小回りも重要になる。テールランプがもう見えなくなった暗い路地裏を一瞥してバンに戻った舞弥は沈黙していたモニターを立ち上げる。そこから切嗣のバイクに取り付けてある発信器から送られてくる信号を確認し、手持ちの端末に周波数を転送して例のサーヴァントとの距離を確認する。切嗣の言うとおり、目的地が市民会館なら予想会敵まで15分も掛からないだろう。

 彼が出てもう3分は経っている事を考えればもう時間が無い。

 この聖杯戦争の為に脳内に叩き込んだ地図に素早くルートを選択し、後部に設置された設備群を後に運転席に移る。

 マフラーとエンジンに細工してあるバンはその稼働音も静かにガソリンを燃焼し、彼女の要望に沿って気持ち早足にアスファルトを駆けて行った。

 

 

 






 ……愛を課題にした筈がどこか歪んだ感じになっちゃったよ獣殿! 
 ランサー陣営のマスター二人が共通の悩み(サーヴァント)のお蔭で生み出される桃色空間な――リア充爆ぜろぉぉおおお!!!
 ん、まあ、ケイネスさん達はサーヴァントが違えば幾分かマシになると思うんだ……それがいいのか悪いのかは今後に!
 そして、謎なサーヴァントさんのおかげで冬木ハイアットホテルは延命、作者なら云百億の負債なんて表現するのも恐ろしくて御免こうむりますよぉ(焦

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