黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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「器ノ底」

 

 

 

 馬鹿な。

 それがその場にいた二人が初めて共感した感情。

 空から大質量の物体が落ちてくる。言ってみれば隕石の様なものなのか。その意味はつまり圧倒的な破壊力、質量にモノをいわせた圧壊だ。

 だが、これがそんな生易しいモノではないと、この時二人は誰よりも理解していた。

 それは二人の内の片方、男の方が顕著だったかもしれない。何しろその“質量をもった魂”の落下点は彼が立っている場所であり、その体のいたる所に“亀裂”を走らせるという異常を体現していたのだから。

 

「馬鹿、な。私はまだ―――」

 

 そうまでして壊れ、魂を擦り減らしながらも縋りつく狂気とも言うべき妄執。なにが彼をそうも駆り立てるのか、いつから彼はそうも壊れてしまったのか。彼を浅からず知る人間として、その経緯をしる人間としてセイバー、ベアトリスにも思う所はある。

 だがそれ以上に、

 

『いいや。卿の敗北だ聖餐杯。“用済みの役者は舞台から退場する”べきなのだろう? 指揮者を気取るのなら、卿も引き際を弁えるべきだ』

 

 彼の“内側”から響く声。その声を知る人間、“黒円卓”に名を連ねた者なら何よりも先に浮かび縛られる感情がある。

 

 “恐怖”

 

 その人間を前に、正気でいられる者などいはしない。いたとしても、それは致命的に壊れている事が大前提。“彼”を主君と仰ぐ“黒円卓”の一員であった彼女も、そうした意味ではどこか異常があるのかもしれない。

 

「キルヒ、アイゼン卿……」

 

 だが、今目の前で嗄れ摩耗ながらも救いを求めるのか、それとも警告を伝えるかのように手を伸ばす男の姿に、これから起きる事をこの場で誰よりも理解しているのに、彼女は動けない。

 それこそがこの存在の異様。際立つ狂気。

 

 今、器であった“聖餐杯”より代替の魂が砕け―――

 

「巡礼、大義であった。報奨をつかわそう。我が城で、永久に安らぐがいい」

 

 真の主が顕現した。

 

 身近な言葉でで表すなら、白い軍服に身を包んだ黄金の鬣を持つ丈夫。

 芸術家があらゆる、持てる技巧全てを結集しても肩を並べないだろう黄金比によって形作られた美貌。だがそれは単純に美しいというより、寧ろ魔的に人を狂わせ破滅させる魔貌。

 

 破壊公。

 髑髏の処刑人。

 愛すべからざる光。

 

「久しいな、中尉」

 

「……お久しぶりです、ハイドリヒ卿」

 

 聖槍十三騎士団・黒円卓第一位。

 

 首領、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。

 

 彼の“黄金の獣”が、眼下に残った最後の“サーヴァント”に視線を合わせた。

 

「なるほど、カールとの賭けはどうやら私の勝ちらしい」

 

「賭け、ですか」

 

 その視線は喜色を滲ませているが、彼のそれは人がごく自然に浮かべる喜怒哀楽のどれでもない。

 

 “愛すべからざる光”

 

 その名と通り、笑っているように見えるのに、何処から見ても、誰が見ても笑っているように見えない矛盾した風貌。事実、彼は“勝利”と口にはしたが、その事柄に何の誇りも抱いていない。

 あるのはごく単純。無聊の慰め、言い換えれば暇を潰せた程度というもの。八人の“仲間”同士の殺し合い、その悲哀悲観悲愴悲嘆悲劇を目にして懐く感情がそれ。ラインハルトという男はそうした怪物(にんげん)である。

 

 一演者とされたベアトリスも、主の物言いとはいえそれには憤りを隠せない。竦み強く出れなくとも、それでも自我は折れないと喰いつこうとした彼女に、彼は何を勘違いしたのか事の顛末を説明しだした。

 

「例えば仮定の話。もし黒円卓が脆くも崩壊し、死後の卿等をアレが見つけ施した術に当てはめた場合に誰が生き残るか。所詮気紛れの演目、然して期待などしていなかったが……悪くないぞヴァルキュリア。やはり卿は魅せてくれる」

 

 ああつまり、なんだそれはふざけるな。

 

 戯れで起こされた“聖杯戦争”。

 彼と、“彼”が巻き起こしたというのなら、それは歯車が狂うどころの話ではない。決定的に、この理は噛みちがえている。彼等が自分達の退屈しのぎの為だけに、望みの為に自分達のみならず、七人の魔術師を取り巻く世界が狂わされている。

 彼等が心理を探求するのは望まれたからではない。

 彼女が産まれたのも彼等に仕組まれただけの筈がない。

 その策略の為だけに彼と彼女が出会ったのだなど――認めていいわけがない。

 

「そんな事の為に、貴方達はっ」

 

「何を憤る? 他ならぬ卿の望みだろう。この世界で、“(ゾーネンキント)”は既に成熟している」

 

 決定的だった。もはやその一言で、“彼女”がこの舞台でどのような役割を背負わされたのか十分に理解できたから。

 

「っ、ぁああぁああ!!!!!!」

 

 それ以上は我慢がならないと彼女は無茶を承知で走る。その手に信頼する己の剣を持って。

 

「だが、こればかりは少々手間取るな」

 

 必殺にして最速の殺意。

 全サーヴァント中誰よりも速く、そして捕らわれない、故に必殺。だが、それでも彼女に不安はある。如何に自分が最高のコンディションで最高の剣を振れたとしても、彼女はこの男に勝つ光景を思い浮かべる事が出来ない。

 この瞬間、彼の興味は彼女から逸れ、他の事柄に向いていた。そうだとしてもおそらく。

 

「――っ」

 

「やはり、この“体”は些か窮屈に過ぎる」

 

 真の臓。その肉体を刺し貫かんと放たれた彼女の剣は、彼の肌を傷つけるどころか、その軍服に僅かの傷すら負わせていない。

 同じような現象はあった。アーチャー、ヴァレリア・トリファが見せた強固さだ。だがあれもこの絡繰りを思えば何ら不思議はない。ヴァレリアが纏っていたのはあくまでもこの男の(からだ)なのだ。器を運ぶ者、故に“聖餐杯”。

 その器に本来の魂が注がれた今、彼の肉体に傷をつける事は蟻が象に噛みつくようなもの。それも比喩ではなく、真実彼と彼女では文字通り次元が違う。彼に常時懐いてしまう根源的な恐怖とはまさにそれだ。

 個にして大群を圧する質、そして魂の総量に万人を喰らい尽くした人食い(マンイーター)。規格と推量るのも馬鹿らしくなる程に彼我の差は歴然だ。

 

 だがしかし、でもと、彼女はその絶望を知って尚折れず、剣を捨てない。

 彼に立ち向かおうと無謀で、万に、いや億に一欠片も生残れない。

 それが分からない彼女ではない。生前その人外の力に押しつぶされた“恐怖”は身に染みている。

 だけど、それがなんだというのだろう。

 

「そうだ。その瞳、そうであるからこそ、私は卿に興味を抱く。思えば、黒円卓においても卿だけが違った」

 

 畏敬であり畏怖であれ、形は違えど黒円卓の面々が主に抱く感情の根底はその“恐怖”。恐ろしく、知ってしまったが故に目を離す事が出来ない逃れられない。だからと皆頭を垂れるしかない中―――彼女、ベアトリス・キルヒアイゼン。だけが変わらず違う。

 “戦乙女(ヴァルキュリア)”という魔名、烙印を押されても、彼女は決して折れる事無く自身の信念を見失わなかった。もしその恐怖に屈したとしたら、自分は誇りに抱くべきものなど何もなくなるから。例え稀代の殺人者であったとしても、いやそうだからこそ、根底を違えば物言わぬ人形だ。殺し、魂を献上するだけの機械と変わらないと知っているが為に、彼女は剣を握り続けた。

 

「私にはコレしかありませんから。主である貴方にこうして剣を向ける。これは不敬かもしれませんが」

 

「いや、他ならぬ卿の、最後に残った勝者への褒美だ。私が許そう」

 

 ならばと、存分にかかってくるがいい。

 全身全霊をもって私を楽しませてくれ。

 この私を失望させてくれるな。

 

 言外に、だが瞳は狂喜に爛々と輝き、満たせぬ飢えを、渇きを癒す為に高ぶっている。

 勝ち負けというなら既に絶望的な状況。だが、ただ負けるつもりはないと彼女は覚悟を決めた。

 敗北を認め、彼から逃げれば楽にはなろう。だが、それは何の解決にもならないし、寧ろ事は悪化する。彼の望み、その“渇望”がどれだけの狂気を孕んでいるのかを知っているが故に、彼には“抜かせて”はならないのだ。

 七騎存在した最後の英霊。そして最後の騎士として、この魔人を相手にできるのは自分だけだと知っている。

 

  雷 速 剣 舞 ・ 戦 姫 変 生

『Donner Totentanz――Walküre!!』

 

 だからこそ膝を折らないと誓う様に、纏っていた雷に対して再度謳い上げるのは自信を鼓舞する為であることが大きい。纏い周囲を蹂躙する雷も、彼女の粋に従って勢いを増した。

 

「ああ、この感覚、酷く懐かしく心地よい。挑まれるというのもいつ以来か。だが、惜しむらくはこの身は十分の一にも満たない有様であるという事か」

 

 だというのに、その彼女の鼻先を折るように、勢いづいた雷を地に叩きつけるような事実を、彼はここで明らかにした。それはなにも彼が彼女の精神的なダメージを狙っただとか、タイミングを見計らっていたという訳ではない。彼はその手の計略を疎うし、そもそも相手をただただ貶めるのは彼の“望み”に反する。

 

「―――だがしかしそれも悪くない」

 

 彼の抱く渇望とは即ち、

 

 “全力の境地”

 

 終ぞ振るえなかった自身の全力を、思うがまま望むままに壊し合える場と相手を。

 頼むぞ壊れてくれるな我は全てを愛し、この愛は全てを破壊(こわ)すから。

 

「十全ではないからこその全力。今私は堕落を強いられている」

 

「そんな――っ」

 

 この存在するだけで万象を揺るがし、平伏させる魂の質量でさえ彼の全霊には程遠い。そもそも、生前から今まで、彼が一度も本気を出せないままだとしたら、かつて彼女達が恐怖した彼の威光でさえ、それは片鱗でしかなかったという事になる。

 そしてだからと、彼は己に科せられた枠が堪えきれず壊れ弾けるまで、持てる力の限り振るうだけ。そこに加減など一切存在しない。器への考慮などありはしない。

 

「故、今こそ私は持てる全てをもって―――」

 

 そも態々こうして整えられた舞台に、手心を加える等それこそ無粋だろうと笑いながら――

 

Yetzirah(イェツラー)――』

 

 彼の狂気の塊、魂の形を具現化する。

 

ロンギヌスランゼ・テスタメント

『 聖 約 ・ 運 命 の 神 槍 』

 

 聖者の生き血を啜った槍。

 神を滅ぼす盟約の神器

 

 “偽槍”ではなく紛う事なき“聖槍”。

 ヴァレリアのように器を纏った仮初の魂ではなく、本来の魂を内包した事で制約の無くなった宝具は、その本来の威光を示すように極光と共に現れる。その柄を彼は右手一つで持ち――真横に、無作為に凪いだ。

 

「っ――!?」

 

 瞬間、音もなく周囲が消し飛んだ。

 

 壁も天井も、外に立ち並び広がっていた木々や家屋でさえ、皆焼かれ砕けて灰塵と化している。

 その先、遠く離れた残り火が現実離れした光景が夢幻ではないと証明していた。

 実際、その刃が切り裂いた風を身に浴びたセイバーですら自身がなぜ生きているのかと、その瞬間まで生を実感できない程、辺りには死と無が溢れていた。

 

「これで、少しは立ち回りもしやすかろう」

 

 つまりはおそらく、ここには、正確にはこの辺り一帯には“彼が許した者”しか生きていない。直感ではあったが、本能の域で疑いようもなかった。そうでなくては彼女が生きている事に説明がつかない。

 

 そしてこの悪夢を作り出した元凶、これが“黒円卓首領”の実力、その一部に過ぎないのだという。

 嘘偽りではなく、彼等が頼みにする“力”の段階。4つのギアがあるうち、全力であるサードに入れているベアトリスに対し、ラインハルトが未だセカンドだという事実からもよく解る。

 彼女には余力がなく全力全開。対して彼が未だ限界の見えないという断崖にも見える絶望的な差。

 

「さぁ――では、参ろうか」

 

 ベアトリスに優位な障害物の無い広い空間。立ち回る床を残し、障害物の無い場を作り出した事でさえ、彼がより楽しむ為に作り出したに過ぎない。

 我に見果てぬ“未知”を、未だ知らぬ境地を味わわせてくれと飢えた獣が刃を抜く。

 

 これが最後の戦い。

 

 聖杯戦争における、本来ありえない八騎目のサーヴァントを相手取る戦いは周囲を巻き込む絶望の業火が開戦の号砲となり、ここに終幕へ向けた物語が描かれる。

 

 






 まず始めに、今回のお話には原作を参照にするにあたり、一切の誇張をしていません(作者解釈)。ですが実際誇張とかいらないと思う。と、そんな訳でまずは初めて登場したラスボスっぽい正体不明な彼(棒読み)を紹介しつつ、セイバーさんに絶望させてみた。いや、彼女必死に食らい付いてますねーガンバ(ry
 そして気付いた方もいると思いますが、ラインハルトさん、まだ“戦って”すらいないのに町の一角吹き飛ばしてます(白目
 これからいったいどうするってかどうなるんだ(
 一応、今後はこんな感じで前回の様な長文にはならない予定です。予定ね!

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