黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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「鍍金」

 

 

 

 あるべき場所に還る、それは魂の流転とでもいえばいいのか。いや、輪廻を回るようでこれらの魂は絡まれ捕らわれている。いってみれば忌避する類の物。だがしかし、それもこの男の目からしてみれば――

 

「なんと禍々しくも美しい。いやはや、ここまで来ると神秘的にすら思えてきますね」

 

 新たにくべられた魂。器に満たされていくその量は半場を越え、後一塊でも収まれば満ちるだろう。そして、さらに一つくべる事で中身は溢れ出し、真に“願望器”として完成された“聖杯”が降誕する。

 そう、完成の一歩手前であり舞台は大詰め。これより終幕を迎える為、最後の戦いが始まろうとしている。その先に起こるだろう結末如何によって、彼の望みはようやく成就する。事の正否を疑う事無く、彼はその瞬間を夢想している。

 

「おっと、いけませんいけません。大事なお客様がそろそろご到着だ」

 

 客人。

 つまり、彼にとって望みを叶えるために必要不可欠な重要人物。誰でもいい訳ではなかったが、彼女でなくてもよかったというのは矛盾した話。だがそう。彼は誰よりも彼女の勝利を信じていた。

 その愚直さ。一度目にすれば確信するのには十分だった。故に整えたこの大舞台、期待に応えてくれた姫騎士にはそれ相応の感謝を込めてと、相応しい催し物を用意してある。無論、彼流の歓迎を。

 

 歩むその足は舞台より離れて地上へ。主が待ち、敵を打ち倒さんと迎え入れる。その様はまるでーーー

 

「クッーーああいけませんね。らしくはないと承知でしたが、やはり笑いを堪えられませんよ」

 

 まるで彼のように、彼女のように、騎士らしく凶戦士らしく、戦に望むこの高揚は自分になど似つかわしくないというのにーーなんとも心地よいと思ってしまうのだから不思議と笑が漏れてしまう。

 

 だが役者が揃ったこの舞台は既に幕へと手がかけられている。演目は決まっている。例えるのならそう、"悲劇の"と名がつくような陳腐なもの。であれば故に、幕上げを控えたこの段階、いかに抗おうと変わりはしないのだと、誰よりもそれを知る男が壇上に上がる。

 

 

 

「アーチャーか」

 

 音もなく像を結んだ従者に、これまた視線を向ける事無く把握する時臣。

 家臣の礼を取り首を垂れるアーチャーを雰囲気の身で察し、眼前に迫る強大な圧力に構える。だがそれは脅威(セイバー)に脅えている風でもなく、あくまで堂々とした佇まいだ。

 

「準備はいいかい」

 

「万事、整えております」

 

 迎え撃つは最良にして最速の英霊。備えあればという言葉もあるが、魔術師が英霊相手に備えたところで程度は知れている。時臣という人間の根底は真実魔術師然として確立されており、彼はそうした領分、認識を弁えているし間違えない。悪く言えば面白みのない人間と評されるのかもしれないが、“遊び”と“余裕”がある人間というのは大きく違う。

 

「さあ、では始めようか」

 

 故に彼は驕らず、焦らず、自然体でいられる。勝利とはそうした平常心で客観性をもって臨めば揺るがないと知っているが為に。それこそが彼の血脈が受け継いできた家訓。

 彼は常に自身ができる事を踏まえ、想定し万全を尽くしている。

 

 なればこそ、

 

「―――アーチャーのマスター、ですね」

 

 雷鳴を轟かせ纏い現れた剣の英霊の威風に、気圧される事無く受け止められた。

 

「お初にお目にかかる姫騎士よ。まずは態々ここまで足を運んでもらった事に謝罪しよう。先客が少々粗暴な輩でね。おかげで、客人を家に通す事も憚られた、という次第だ」

 

 事実、ライダーの襲撃によって遠坂邸は自慢の庭、屋敷に施した魔術をこれでもかと蹂躙されている。アーチャーが抜かったという訳ではなく、ライダーが魔に精通していたというだけで、これは彼女の手際こそ称賛するべきだろう。

 こうして時臣自身の言葉通り、最後に残った魔術師として相応しい戦いを整えられなかったと詫びる姿勢に虚偽はない。そして嘲りもない。謝る姿勢を取りながら卑屈になり過ぎず、かと言って尊大なわけではない。相手を迎えるにあたって嫌味にならないその所作は、彼の教養の高さを物語っているだろう。

 

「御託はよしてください。私はそちらの都合なんて知りませんし知るつもりもありません。私があなたに聞くべきことは一つ」

 

 だが、目の前の女騎士はその貫録に敬意を示すどころか不躾にも質問を投げつける。いや、敵味方の関係ならこれもまた普通。時臣の例が特殊なだけである。まして、彼女がかられる焦燥感を思えばそれも当然というもの。即ち彼女が主と仰ぐ人間の一人、その女性の情報。

 

「アインツベルンの?」

 

 だがその質問には想定外だったのか、時臣は余裕の笑みを崩して怪訝に眉をひそめる。

 遠坂の、この冬木のセカンドオーナーとして、また御三家に名を連ねる者として情勢には殊更目を光らせていた彼だ。教会とのパイプという表ざたには出来ないバックアップもある。それほどの大きな変動があれば耳に入ってない方がおかしいのだ。

 

 その姿勢に虚偽はないと思ったのかは知れないが、セイバーは纏い警戒していた雷の勢いを治める。その焦燥ぶりから余程奔走していたのだろう。立場、或いはこの状況でなければ情報提供くらいは彼もしたかもしれないが、そう、この状況で手を差し出すなどそれこそありえない。

 

「まぁ、仮に私がご婦人の居場所を知っていたとしよう。だが、最後の二組である我々の間でその手のやり取りはあまり建設的ではないだろう」

 

「最後?」

 

 彼の言葉に疑問符を浮かべた表情で応えるセイバー、先程の戦いでバーサーカーは彼女の手によって屠られた。残るは消息の知れないランサーとライダー。都合四組が残っている筈で――しかし、目の前の男がこうした場面で虚偽を言うようには見えないとセイバーの直観は訴えている。ならば、そうつまり。

 

「ああ、君が知らないのも無理はない」

 

 纏う雰囲気を先程セイバーを迎えた態に戻し、時臣は彼女の予感を確信に還るものだ。

 

「先刻、バーサーカーとライダーの消滅を確認したおり、こちらの伝手でランサーの消滅を確認した。コレで残る英霊は私のアーチャーと、セイバーとなる」

 

 その言葉に嘘偽りと疑う事はない。そもそも、今まで慎重な姿勢で中々姿を見せなかった彼がこうして表に立っている。加えて、態々隠匿に長けていたアーチャーを餌に招いて見せたのだ。それだけでも確証というには十分事足りる。

 

「なるほど、些か不本意ですが―――是非もない」

 

 ならばこちらも否応もないと再度雷を猛らせて構えを取るセイバー。彼女の質問に対する答えにはならなかったが、それでも事を解決するには何が早いのかは論ずるまでもない。彼の言葉を信頼するというのなら尚の事。他の陣営が皆敗退したというのなら目の前のこれ以上の手がかりはない。そして主達が掲げる本懐の為にも、彼女の矜持を察するに背を向ける事はありえないのだから。

 

 彼女を迎え撃つため主の前に立つアーチャー。その頑強さを誰よりも信頼している時臣にとって彼に対する信も揺るぎない。必殺の一矢もあるのだからそれは尚更に。だからこそ、大勢を見据える為に前に出る従者と換わる形で後退した時臣。

 

 そこへ一発の銃声が響く。

 

「これは、切嗣っ」

 

 来ていたのかと思う間もなく迫る銃弾。問うまでもなく狙いは時臣だ。

 雷速を誇る彼女には劣ろうと、人一人を屠るのには十二分な速度と殺傷力。

 

 だが、

 

「なるほど。聞いていた通り、空気が読むのが中々に上手いようだ」

 

 銃弾は真直ぐ描いていた軌道を不可思議に逸らし、明後日の方に飛んでゆく。明らかな魔術であり、つまりは奇襲の失敗。そして狙撃という選択を選び、外した以上、この結末は揺るぎない。

 

『Intensive Einascherung――』

 

 時臣の杖がさした藪の向こう。辺り一帯を眩く照らす大火が燃え上がり、彼の元へ道を開けるように障害物を駆逐していく。その火力は凄まじく、藪はもとより生きた木ですら一瞬に炭化させ風に散る。自然に起きた、或いは人為的に起きた火の規模を大きく凌駕する蹂躙は、襲撃者の姿を月明りの下に晒す。

 

「――っ!」

 

 狙撃の失敗から存在の露呈、即座に機関銃に切り替えて速射へ移る一連の動きは磨き上げられた腕によるものだろう。魔術師でありながら、その動きは銃器の扱いに熟達している事を窺わせるが、結果は変わらない。鉛の雨は悉く時臣本人に掠める事すら敵わない。

 

「だが少々無粋だろう。それとも、“魔術師殺し”としてはこれが常套手段なのかな?」

 

 その一つ一つが時臣の周囲一定の範囲に侵入した瞬間に起きる小さな火花。恐らくは摩擦によるもの。つまりは彼の魔術であり属性。単純な相性において、遠坂 時臣と衛宮 切嗣の相性は相克する。この場は事前に情報を得ていた事により片方に軍配が上がったという話。そしてならば、切嗣も現状を愚かに硬直させる性でなければ――彼は手にしていた機関銃を放り、懐から古めかしい一つの銃を取り出す。

 熟達していたというのならその動作こそこれまでになく淀みない。つまりはこの一連の流れ、狙撃、反撃、硬直ですら慣れ親しんだものだという事。終始興味深く見極めていた時臣はその凶弾をつぶさに観察し――

 

「いけませんね。貴方の悪い癖ですよ」

 

 その眼前に、アーチャーが放ったと思われる障害物が割り込む。

 魔術ではなく物理的に軌道を逸らされた弾丸。それが誇る速度を鑑みて、庇うでも自ら弾くでもなく投擲という第三の選択を選んだ事実は目を見張るものがある。そも射撃の速度に手で投擲した物体を割り込ませるなど人間業ではない。

 

「相手も銃火器を扱えどあの身は魔術師、何かしら手があると見るべきです。相手を侮っている訳ではないでしょうが、それで見限るのは思考停止といっしょです」

 

 だが、人知を超えているからこその英霊。如何に戦闘において直接的な攻勢を見せないこの弓兵であっても、それは例外ではない。

 

「たしかに、忠告は受け取っておこう。だが、女性の相手をしている君がこちらに気を割くのはいささか礼に欠くように見えるが」

 

「おや、老婆心とも思いましたが」

 

 投擲という手段を選んだ事にしてもそう。セイバーを前にしながら守備に回らなかったのは、主を庇う為とはいえ明確な隙を晒すのを彼が嫌ったからだろう。彼女がその隙を好機と勇んで切り掛かるかは論点ではなく、彼の捉え方によるものだが、碌に目を向けずに事を成すあたり面目躍如には十二分すぎる。

 だがセイバーを相手にという時臣の言葉にしても、裏を返せばこの場では戦闘に余計な手間を被せてしまうという事。そしてならば、

 

「ならアーチャー、この場は任せよう」

 

 己は自らの役割に忠実であろうと彼は切嗣に向けてゆっくりと歩みを進める。状況の悪さを悟ったのか、それともより優位に立つためか、建物内へ駆けて行くその姿を追う形だ。

 

 残るアーチャーも彼の言葉を受け止め、意識を目の前の敵に集中させる。

 

 余計は気を使う必要はない。そもそも気を使う必要などない。

 なぜなら舞台上全て彼の台本通り。事は彼の口元が三日月を描くように順調極まりないのだから。

 

 そう、この舞台においてもはや救いなどありはしない。

 

 

 

 

 

 剣を握り、彼女は苛烈に責立てる。

 目の前の弓兵は依然として直立不動。如何な絡繰りだろうと常時頑強不敗というのはそもそも英霊という枠組みとしてありえない。逆説的な捉え方だが、彼も生前というものがあり、英霊として聖杯に手繰られたという事は死をもって至ったという事。つまりはその生に敗北、ないし死を受けた存在である。難攻不落であろうと無欠ではないという事だ。

 

「っ、しかしこれほどとは」

 

 だからこそ攻めの手は休めない。

 事はタイミングなのか穴があるのか、針の穴のように小さなものであるのかもしれないし、限定的な条件があるのかもしれない。故にその瞬間を逃すものかと、攻めあぐねながらも彼女は一時も休まず走り続ける。

 

 戦いの場は屋外から屋内へ。速さが神速であるセイバー相手に広い空間で立ち回るというのは悪手だ。この男もそう判断したからこそ徐々に屋内に後退したのだろう。如何に俊足を誇ろうとも限られた通路では活かしようがない。

 

「フム。大分中まで来ましたか」

 

 よって背後を取られないよう警戒しつつ、必殺の札を切れるだけの好機を窺うというのがアーチャーの狙いだろう。

 セイバーから見ても理に適っているし、最善手であるのは間違いない。だが同時に、それは誰であれ考える頭があれば思いつく手である。であれば、己が“渇望”へ狂信するセイバーがその程度の対策を施していないわけがない。

 

「内部なら私の足が鈍るとでも? でしたら申し訳ないですね」

 

 アーチャーが通路の角を曲がり、視界からセイバーが切れた刹那、壁伝いに細い稲妻が走る。

 

「生憎この程度壁にもなりません!!」

 

 まるで壁をないものと直進して来たように、剣が壁から突出し彼女が現れる。

 

「これはっ」

 

 咄嗟に彼が取ったのは防御の構え。これまで捌きただ受けていた事から考えれば間違いなく反射の行動であり、それだけに虚をついたタイミングは完璧――だった。

 

「やはり、通りませんか」

 

「いえいえ、今のは心底肝が冷えましたよ」

 

 “雷化”による透過伝達による奇襲のタイミングは完璧。だがそれをもってしても彼の鎧は刃を通さないという現実。斬って刺して殴打した数は両の手など疾うに超えている。

 加えて付加した雷撃にもこたえる様子が無いとなると、いよいよ欠損を見つけるのが困難になってくるという事実を受け止めなくてはならない。のだが、その姿にこらえきれないと笑いを零す敵の姿にはさしもの彼女といえど怒りを隠せない。

 

「何がおかしいっ」

 

「ああいえいえ、貴方の姿があまりにもらしくある物ですから。失礼、決して馬鹿にしている訳ではありません。寧ろ私如きには眩く見えますよ本当に」

 

 心の底からそう思うのだろう。セイバーの剣をいなし、時にその身で身に受けようと彼の視線は彼女の真直ぐな姿勢に引き付けられるように逸れる事が無い。

 斬り捨てて無傷、突き付けようと通らず。状況は膠着しようと一向に彼は攻勢にでようとしない。セイバーからしてみれば一貫して舐めて掛かられるような行為に等しいが、不思議とそのこと自体に憤りを覚えない辺りその点は真摯なのだ。

 だが仮にそうだとしても、彼女が彼自体を好意的にみる事など、それこそ来世があろうと有り得ない。

 

「どうですセイバー? ここは一つ最後まで生き残った縁だ。我等二人で聖杯を分かつというのは」

 

 このように真剣勝負の場でさえ嘲るその姿勢など特に唾棄すべきもの。その強さに理解はあれど、両者の性質とは水と油だ。

 

「戯言をっ、いつまでもそう戯れていられると思わないで下さい!!」

 

 よってそのような空論に意味はないと返礼代わりに切り捨てににかかった彼女に対し、

 

「ええ、確かにその通りだ」

 

「っ!?」

 

 ここにきて初めて攻撃の手を出した彼の掌が、彼女の顔面をつかみその背後へと打ち付けた。

 

「中々に堪えるものですよ」

 

「が――!! ぁっ」

 

 のみならず、彼の歩みは止まらずそのまま壁を圧壊し、彼女ごと壁の向こうに押し込んだ。

 

「芯のある様が美徳だとしても、あまりに愚直であるのを見せ続けられるというのは考え物だと。ええ実感させられる思いですよまったく」

 

 痛みに眩む思考が逸れる中、牽制に雷化を強めて縛を脱する。今の攻防は先程まで猛攻に出ていた彼女が距離を置かざるおえない程。だがそれは弓兵が攻勢に出た事によるものではなく、彼女が真面に攻撃を受けたという事実に対しての驚愕故にだ。

 セイバーの“雷化”においてもっとも特質すべきは物理透過というその特性。簡単に言うのならこの状態の彼女に直接攻撃は通らない筈なのだ。

 先にセイバーと戦ったランサーにバーサーカーでさえ秘奥の特性でもって相対していた。その彼等でさえ攻撃の何割かは透過されていた事実を鑑みれば、たった一撃で、それもただの“掴む”をいう攻撃ともいえない動作を成すこと自体が理にそぐわないのだ。

 

「ええ妬ましく輝かしくも愚かしい。思えば、貴方は昔からそうでしたねぇ」

 

「くっ、この期に及んでまだ――」

 

「いいや、この期に及んでいまだ無知でいようとする貴方こそ己を恥ずべきですよ“キルヒアイゼン卿”」

 

 戯言を弄するのかと激を飛ばそうとした彼女に対し、覆い被せるようにして彼は否定する。

 のみならず、彼が口にした最後の名は、見過ごせるはずの無いモノ。

 なぜ、目の前の男は誰も知らない筈の彼女の“家名”を知っているのかという一点。

 

「無知とは罪ではありません。ですがその免罪符が許されるのは幼子においての話だ。考えてもみなさい。字も読め、言葉も聞き口も利ける。そして貴方も私も、共に戦場に立って相手を打倒すべく思考を巡らす。ここまで成熟した人間に、まさか知りませんでしたの一言が立つ筈もないでしょう。故、だからこそ貴女はいつまで経っても馬鹿娘(ブリュンヒルデ)なのですよ」

 

「馬鹿に、するな! 私は私が歩んできた戦場(みち)を忘れないっ、多くの人を自分たちの奉ずる信念の為に殺めたからこそ、それは許されません!」

 

 導にならんとした彼女の願いとはそういう事。戦場で先駆けとなり邁進するという事は、それだけ死と隣り合わせであり、同時に誰よりも戦火と血をその身に浴びてきたという事。

 仲間たちの無事を祈ることが尊い?

 馬鹿を言ってはいけない。仲間を生かすというという事は敵を多く効率的に殺すという事だ。当然、その歪み、望みに陰る負の面も理解していると彼女は自身に刻みつけている。剣が鈍る事はない。だが、それでなにも感じなくなれば獣と同じだと知っているから、彼に言われるまでもなく重々承知だと吠える彼女。

 

「違うと? その侮辱許さぬと牙を剥きますか? ええええ、それもいいでしょう。ですがその前に一つ問いたい。そもそも貴女は先の私の問いをどう捉えになったのかを」

 

 だがその姿勢すら哀れだと、そういわんばかりに彼はため息をつき、説き伏せるように手振りを添えて事実を一つ一つ述べていく。

 

「率直に申し上げましょう。貴女はその望みがかなう最後の手段を棒に振ったと気付いていますか?」

 

 先の問い。

 自らと手を組まないかという最終局面でのそれこそ荒唐無稽な問答こそ、彼女における分岐点であったというのだ。

 

「なにを」

 

「おりますまい。敵の問いだ最後の戦いに余計な思考を入れ込む計略だと切って捨てる。短慮が過ぎるといえばそれまでですが、いい加減そろそろ真剣に目を向けるべきだ」

 

 なればこそ、此処で互いの認識が、言葉の一つ一つが噛み合わなかった真実が、不協和音を響かせてあるべき形に嵌ろうとしていく。それはまるでパズルのように、張り合わせていく絵画が一つの作品に仕上がっていく様に組み上がる。

 

「私が、盲だというつもりですか」

 

「いえいえそうではありません。が、例えばそう。根本的な質問です。まず一つ目、あなたは何を望んで聖杯の召喚に応じたのですか?」

 

「それは―――」

 

 難しく難が得る事はないという彼の言葉。だがそう、これは言葉通り裏を仕込めるような類ではない。彼も彼女も英霊として招かれ、サーヴァントとして限界している。その使い魔として収まる筈の無い魂をクラスという枠に収める為、召喚という契約に応じる為に英霊側が提示する自らの望み。つまりは行動原理、己が根幹。

 

 そう自分は、

 

「私は、軍人だ。亡き後祖国が辿った憂いを思えば、その無念を晴らそうと志すのも」

 

「祖国の為? 勝つまで戦を? おやおや一体いつから貴方はそのような悪夢に陥ったのか。手頃な言い訳にもっともらしいと落ち着くのはさぞかし楽なのでしょうが、経験者として言わせてもらえばそれは後悔しか残りませんよ」

 

 その居出立ち、司祭服を身に纏うのは伊達ではないと、アーチャーは正確に彼女の心の内を看破して見せる。別に彼が独身の心得を持っている訳ではない。ただ単純に、彼女の葛藤、現状の不可解さを知っているが故に、彼は誘導し、舞台の檀上。その処刑台へと姫騎士(ヒロイン)を祭り上げる。 

 

 例えばこれまでの戦いに一度でも違和感――彼風に言えば既知感――を覚えた事が無かったか。 

 自身の知る歴史と史実は本当に辻褄が合っているのか。

 なぜ召喚された英霊のその実6騎が同じ国を出身としているのか。

 悲哀慢心不運とその結末は彼等それぞれであれ、各々が見せた散り様に何も感じなかったのか。

 

 さらに突き詰めれば根本的に、英霊として召喚された“セイバー”という女騎士が迎えた生前の最後。その唯一無二である“死”とはいつどこでどのように迎えられたのか。

 

「…………っ」

 

 答えはそう、空白。

 疑問はあった、だが何故か思考がそれ以上の論議を途絶させていた。考えてみればおかしいありえない。なんだそれはと我が身を疑う。

 仮にも霊体として受肉したのならばこの魂は一度死を迎えたという事。なのになぜ、自分は己にとって欠点、いわば弱点でもある死に様を考え検めなかったのか。

 矛盾しているのだ。それは望みがないどころの話ではない。

 

「フム、これでもダメとなると……そうですね、では質問をもっと解りやすく変えましょうか――ああいやなに。如何にあなたと言えども忘れようがありませんよ。何しろつい今しがたの出来事ですから」

 

 その言葉を耳にした彼女は脅えるように、肩を震わせた。

 予感がした。

 自身の中で急速に何かを形作られている。それは多分忘れてはいけなかったモノで、けど思い出せば最後、正気ではいられないような、そんな不吉な色を漂わせている記憶。

 だからこれはだめだいけないと、心が逸り警鐘を鳴らしたが、時すでに遅し。

 

「キルヒアイゼン卿、貴方が先程屠った男は、一体どんな最期を迎えたのですか?」

 

 “ベアトリス・キルヒアイゼン”が必死に蓋をした景色が、記憶が巻き戻される。

 

「あ、ぁっぁぁ――――」

 

 違う違うそうじゃない。

 

 自分が倒したのは剣を貫いたのは倒すべき敵だ。

 

 ■井 ■などという男は知らないし見てもいない。

 

 

「私はその場にはいませんでしたから端的に申し上げれば興味があるのですよ」

 

「それ以上っ」

 

 なのに手の震えが止まらない足がすくんで視野に思考に陰りが掛かる。

 

 聞くな聴くなと心が、魂が痛いほど叫んでいるのに、

 

「セイバー。貴方が殺した“櫻井 戒”はどういう顔をして死んでいったのですか」

 

「口にするなァ!!!!!!!!」

 

 心が、己が身を引き裂く音をどこか遠き聞きながら、彼女は絶叫して遮二無二剣を叩きつけた。

 

「おやおやおやおやらしくありませんね。いかがなされました? 二度も同じ人間を手に駆けるというのはさすがの貴方でも身に堪えましたか?」

 

 それ以上無駄口を叩かせるものかと振るう聖剣は、これまで彼女が振るってきた剣技を否定するように粗暴であり、そのまま彼女の心の内を表している。

 違う。何故自分が二度も彼をこの手で――いいや違う己が倒したのは倒すべき敵だ。この“聖杯”をめぐる“戦争”というルールにおいてそれは絶対だと彼女は自身を欺き信じ込ませようとする。

 だがやはり、そんな彼女の姿こそ己の望んだ姿だと愉悦に笑みを深めるこの男は、ここぞとばかりに手を緩めない。

 

「ああ、ですが安心してください。何しろ貴方は何も知らなかったのですから、悪かったのはこの世界そのものであり、決して貴方に落ち度はありません」

 

 そう、この瞬間こそが彼が望み描いた“好機”なのだから。

 

「そのような世迷言をっ」

 

「ええ、ですから言ったはずだ確実に聖杯を得る為に、私は共に手を組むべきだと。故に我らはの望みを叶えるとしたらそれは“万能の願望器”たる聖杯において他にありますまい」

 

 核を貫かれ、散ったバーサーカー、櫻井 戒は聖杯にくべられている。つまりさほど時間のたっていない今この時でなら、まだ一縷の望みはあったという奇跡にも等しい事実。聖杯にくべられた魂が純然たる魔力に還るのだとしたら、時間がたつという事はそれだけ生存確率が下がる。あれから、いったいどれだけの時間がたったのか。

 

「手がかりはいくらでもあったでしょう。気付けなかったのは貴方の落ち度だ。同じ女性でもキャスターにライダー、マレウスにリザも気づいていましたよ」

 

 故に愉快だと彼は既に声を抑える素振りもなく笑いだす。セイバー、ベアトリスですら自身の事を滑稽だと自重したくなる程だ。

 彼女の中で靄がかかっていた自身の最後、その時の光景。最後の最後で、自身が守りたかった人をこの手で殺め、自身も持たず散るという相討つ幕切れ。その二人がこうして受肉し、何の因果かもう一度互いに殺し合う。そして決定的に違うのは、彼を殺して彼女が生き残っているという現実。

 まるで悪夢のようだとは陳腐な言葉だが、これをそれ以外に形容でき言葉が何処にあるだろう。

 

「……ならばせめてもの慈悲だ。黒円卓の首領代行として、“聖餐杯”たる私が此処に引導を渡してあげましょう」

 

 打ちひしがれ、真実を知った彼女は膝から崩れ落ちる。その状態になっても剣を手放さなかったのは彼を屠ってしまった絶望から抜け切れない事の所作なのか。いずれにしろ、茫然としている今の彼女に何ができるとは思えなかった。

 

 虚ろな視界に眩く開く十字の極光。それが“聖餐杯”が持つ切り札の開帳と知って尚、立ち上がれる寄る辺を見失った彼女はただ眺めるだけ。

 

『―――ゴットフリートが偲ぶよすがとなればいい 』

 

 望みを叶えられず、流されるままに貶められ、最後に悲劇の幕を閉じる。言葉にすればなんとも自身に相応しいく道化な末路に思えて自嘲の笑みを浮かべていた。

 

“――かあきらめないで”

 

 そんな彼女の脳裏に、彼から受けた最後の言葉が呪いのように甦り――

 

  神世界へ   翔けよ黄金化する

『Vanaheimr――Goldene Schwan Lohen――』

 

 その十字架より、今必殺の一矢が顔を覗かせた刹那。今まさに放たれようと門が開いたその先に、彼女は無心で剣を突き立てていた。

 

「……馬鹿なっ、何故立て」

 

「私は、彼をこの手にかけたから――だから、こんなところで立ち止まれないんです」

 

 今の彼女に愛だの騎士の誇りだの口にするつもりは更々ない。ただ自身は罪人として、愛する人をこの手に賭けたという咎を背負い、禊ぐ為にただ歩み続けると誓っただけ。

 そしてだからこそ、自分はこんな場所で負けるわけにはいかないのだと深く、深く更に剣を抉る。

 彼が最後に残した言葉も、自分にこんな選択をさせる為に残したのではないのだろうと想像はできるが、所詮そういう妄想は生きた人間が縋る願望でしかない。死んだ人間の真意は永遠に知れない。故に自身はこの咎を忘れるわけにはいかないと、この日、初めて有効打を与えた感慨に何一つ思う事無く、彼女は剣をようやく引き抜いた。

 

「お別れです“猊下”」

 

 “聖餐杯”は砕けない。その言葉の通り、彼は無敵の鎧を身に纏っていた。だが、今はその輝きは鍍金となって剥がれ落ちている。今ならこの手が放つ一撃で屠るのにも十分だと確信を得ていたが故に、彼女はよろけている男へ向かい、必殺――いや、殺す為に刃を取った。

 

 

 そして、

 

 

 

『―――その奮闘や見事。その輝きを寿ごう』

 

 

 

 マスターでもサーヴァントでもない。第三者の声があたりに響き渡り、室内にいながら、何かが空より“墜ちて”きた。

 

 






『聖餐杯は砕けない(震え』
 な心境でありますtontonです。思えば一年前の今頃、四苦八苦しながら第一話を書いていたと思うと感慨深いな―――とか私事はこの際どうでもいい、と。
 分けようか悩みましたが、最後の一行まで入れたかったのでこんな量になった。久々です。
 ともあれ、彼が次回より出てくるという事で物語は否応もなく終盤、私なりに絶望を始めようと思います(


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