黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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「夢幻泡影」

 

 

 

 “偽槍”と“聖剣”がぶつかり合う。

 纏う“腐食の毒”と“浄化の雷”が鬩ぎあう。

 互いに対極に位置する属性であればこそ、二つの色は相克する。

 既に切結んだ回数は両の手では数え切れない。そんな桁は等に超えていた。

 

「は、ぁあ―――!!!」

 

「相も変わらず早い、が!!」

 

 両者の力は天秤を傾けない。つまり、互いに身を削りあう消耗戦。そう、彼女の雷は彼の毒の鎧を越え、彼の毒は彼女の雷の衣を犯している。撃合えば討ち合う程に、互いに距離が近く、ゼロになればそれだけ身を削る。

 

「ぃっ、そんなもので!」

 

 バーサーカーがセイバーの攻撃を防ぎ、返す刃で反撃を浴びせようとするが、その時にはもう彼女は有効範囲外に飛んでいる。一方的に切りあっては離脱する。時たまバーサーカーの反撃が際どい線を描くが、それがセイバーを掠める事はない。それが二人の戦いが始まって永遠と続く流れだった。

 

「まだ上がるのかっ」

 

 そしてなお回転を上げる速度にバーサーカーの速力が追い付くはずもなく、死合は攻守一方通行。

 それが何合目になるのか。此処に至って、バーサーカーの左手の触覚が死んでいた。既に彼は右手一つでその長大な偽槍を取り回しているだけに過ぎず、動かせはするが左腕は沿えているだけ。刻一刻と身体が偽槍に喰われていく現状に、彼は気力のみで戦い続けている。

 対するセイバーの体も、解放時の輝きに比べ今は陰り出していたといえる。有機無機どころか、セイバーの雷すら腐らせる、事象すら影響を与える毒だ。セイバーの持つ剣が聖剣として核を持たない鈍だとしたら、瞬く間に朽果て棒きれほどの役にも立たなかった筈だ。

 

「っ、剣よ!!」

 

 故に死力を振り絞り、セイバーもまた魂を燃焼させたかのように、手に握られた聖剣から眩い稲妻が顕現する。

 

「ぐっぁ、ぉおおおお!!!!」

 

 体を焼く大質量のエネルギー。感電を感じる神経が既に死んでいようと、そのエネルギーがもたらす熱まではどうしようもない。彼の身体は既に毒の塊、つまり汚濁。熱消毒というには常識と比較するにも甚だしいが、それだけに有効であるのは論ずるまでもない。

 だが、それでも彼は膝をつかず動き続けた。

 

「まだ動けるんですか」

 

 痛みは既にない。感じれない。だが現実問題削られていく体に戦闘行為に支障は出る筈だ。

 故に解せないとセイバーが訝しんでいる表情を浮かべ、

 

「――戦いの中で考え事かい? 余裕だね」

 

 その構えられた剣ごと、首を刈るべく放たれた豪剣がうねりを上げた。

 

「っ、――あッ!!」

 

「それじゃあさすがに僕も意固地にならざるおえない。あまり舐めないでくれ」

 

 姿勢が間に合わなかったセイバーは吹き飛ばされる。力は狂化が解けた事で衰えたとはいえ、依然としてセイバーより上だ。

 

「それは、失礼しました。ここからは」

 

 無論、バーサーカーもこの一撃が有効打になるとは思っていない。いや、そもそも彼は決定的な一撃を得れる必要などないのだから。

 

「けっこうだ。なら――」

 

「ええ、余所見なんかしませんっ全力活かせてもらいます!」

 

 故に神速の踏込みを見せるセイバーに、彼は危なげなく、急所のみを外して弾き、時にはその斬撃刺突を身に浴びながら立ち続ける。

 戦闘開始から終始攻撃を当てているのはセイバーであり、バーサーカーは一度たりとも攻撃を彼女の肌に掠らせる事も出来ていない。ならば、道理に従えば焦るのは彼であり、優勢は彼女、の筈である。だが、両者の表情を見比べ、客観的に見ても焦燥感に駆られているのはセイバーだ。

 

 傷の多さで言えば、圧倒的にバーサーカーの方が負傷している。だが、セイバーは攻撃の度に、いや、彼の攻撃を回避、ないし防ぐ度に腐食の毒に侵されている。表面的な損傷こそ少なくとも、体を蝕む病毒は常人ならとっくに発狂している。

 

 その為、この戦いは消耗戦を強いられている限りセイバーに勝ちはない。同時に、あまり長引けばバーサーカーとて自らの得物である“偽槍”に魂を喰い尽くされる筈である。

 

「―――気付いたようだね」

 

 ならば、戦況は硬直するものと思いきや、セイバーの攻撃に対し、バーサーカーの剣が防ぐ為の迎撃ではなく、反撃を目的とした斬線を描く回数が増えてきている。彼女が疑問に感じたのはそういう事。

 自分が負傷しているのなら、相手も同等。程度の差はあれ消耗している筈だという当たり前の考察。だが、現実にセイバーは攻撃よりも回避に割く行動が増えてきている。それは彼がセイバーの速度に対応してきたというこれまで彼女が危惧していた事態ではない。彼の心境を明かすなら、今もセイバーの最高速は目で追い切れていないのだから。

 となればつまり、

 

「その仮面ですか」

 

「御名答」

 

 考えればすぐ行きつく事。そもそも、彼女は一度、目の前でその“仮面”を見ている。その本来の所持者である“彼女”が屍兵を呼び出し、使役しているという所を。

 

 そも死体を操る上で一番重要な事は何か。

 頭の先から爪先までを意のままに操る魔術理論。

 自分の身体に加えて異物(シタイ)を運用する指揮能力。

 器だけを操り、魂を排斥する強制力。

 

 いやそれよりも、何よりも大前提となる素養が必要であり、それは努めれば誰にでも習得できる能力。即ち、“人体”へ対する知識。それも教科書で知れるような綺麗事ではなく、倫理が忌諱する類の物。

 そして宝具級の能力ともなれば、人体に対する影響力は推して余りある。見たところ回復するわけではなさそうだが、彼自身に及ぶはずの“偽槍”の侵食を遅らせるているのだろう。よって、この攻防の絡繰りとは、単純に消費するスタミナに開きがあったという事。

 

「く、削りきれない!」

 

 最低限の攻撃を弾いていただけなのは、時間が経てば経つほど彼女の方が体力を消費していくことを悟ったから。本来ならセイバーの攻撃と“偽槍”によるダメージで劣る筈の彼が、ライダーの宝具にて均衡を破っているのだ。

 

「解るかい? つまり、僕が能力を開放した時こうだと至れなかった時点で、勝負は決まっている」

 

「何を、まだ私は――」

 

 戦えると続けようとした彼女にバーサーカーの剣が叩き込まれる。剣戟の重さは変わっていない。ここまでの消費で、絶えず同質の攻撃を繰り出す彼の胆力は驚愕ものだが、咄嗟に受け流せずセイバーが防御を取ったという事は、ここにきていよいよ均衡が傾きだしたという事。

 

「こ、のっ」

 

 加えて、セイバーの方が力で劣るのはこれまでの通り、鍔迫り合いを続ければより敗色が濃厚になり、死神の鎌が彼女の首元に迫る。だからこそ、まだ勝ちは譲れないと、彼女は纏っていた雷を放出してバーサーカーを吹き飛ばす。

 

「っ、はやり、その放電だけは厄介だね」

 

 近距離からの雷撃。如何に毒がその脅威を陰らせるといっても、及ぶ効果時間が短ければどうなるか、肌の一部を黒く変色させている彼の姿が物語っている。つまりは有効打だが、それだけの放電を叩き込むのは相応の為が必要な事は先の通りだ。仮に溜めきったとしても、ゼロ距離――いいや、それより先の、直接叩き込んでようやく勝ち目が舞い戻る。

 

「は――ぁ、く! どうしました? 先程より肌が焼けてみえますよっ」

 

 剣を急所、霊核に突き立て、溜めた雷撃を解き放たれれば如何にバーサーカーとて危うい。そして、それを理解しているからこそ、彼はその一撃だけは入れさせていない。急所を避け、被害を最小限に押し止める。言葉にすれば簡単だが、雷速を誇るセイバー相手にここまで立ち回れるバーサーカーの戦闘センスはもはや天才の言葉ではすまない。

 

「強がりは―――いいや、よそうか。その気概、素直に尊敬するよ。君みたいな人が戦場にいたら、さぞ多くの人を救って導いてきたんだろう」

 

 その言葉は嘘偽りはない。繋ぐ端々に滲む羨望の念もそう。彼女のあり様を誹るのではなく、ただ純粋に眩しいと羨んでいた。故に彼は理解できない。彼女が自身の何に憤っているのかを。

 自分にはこれしかない。これしかできない。

 ■■ 戒は屑だ。

 誇れるところなどなにもない。何かを守るために、大切な少数の為にその他大勢の犠牲を良しとする。例え世界が滅びに瀕しようと、自分は彼女等を助けるだろう。聡いと言われても、肝心な時にその思考が回らない程役立たずな事はない。

 だからこの身が発現させ能力は、そのまま“■井 戒”という男の内面を表していると、まるで十字架を背負う様に彼は自覚している。即ち、自分は腐っているのだと、こんなにも醜いのだと。

 今、こうして目の前の騎士と刃を交えているときでさえ、

 

「だからっ、負けられない! 私はァ――!!!」

 

 勇敢にも責立てる姫騎士に、彼は纏う腐毒の暴力によってその鎧を削り取る。

 その輝きを羨みながら、彼が取る手段がつまりこれだ。正攻法などとは程遠い。勝つ為により効率的に、守りたい人たちへ火の粉が振る事の無いよう惜しみなく、躊躇う事無く相手を腐らせる。その姿は傍から見て、いや、自分で見ても卑怯者のそれだと侮蔑する程なのだから。

 

 そして―――

 

「わかっていたろう。こうなることくらい」

 

「まだ、まだっ」

 

 騎士の疾走が、ここにきてようやく停滞する。

 走り、繰り出した刃の数は十やそこらの数ではきかない。自身の毒に侵されながらも、そうまでして果敢に攻めた彼女の姿を眩く思い、同時に、その無意味さを画面越しに見るように、彼の思考は冷静だった。

 

 雷は纏ったまま。だが逆手に持った剣を地面に突き立てて倒れまいとする姿はどこからどう見ても、誰がどう見ても満身創痍だ。

 勝敗はもう見えている。彼女に勝利はない。

 

「何故そうまでして戦うんだ。君の主だって、所詮は自分の死後の世界、仮初の主従だろう」

 

 だというのに、何故、どうして彼女の瞳は戦意を失わないのか。

 疑問に思った心は勝利の機会に止めを制止させ、その口から問いを投げさせる。

 仮初の主従。それを言うなら彼についても同じことだ。だが彼の願いはそもそも主の願いに共感したから。それぞれ思惑があって使い魔(サーヴァント)という枠を甘んじている。ならこれほどの窮地に立たされてなお、自分と同じく主の為にと戦い、願い、なのにこれほどまでに抱く輝きが違うのかと、鈍感でいたはずの彼の心が正面を向いた。

 

「私が、そうしたいと、願ったからです」

 

「自分の、為?」

 

 だというのにふらつく姿で、それでも力強く吐き出されたのは彼の想像を斜めにいく答えだ。

 自分の為、そうしたいから。自分と違い、さぞ高尚な信念があるのではと、いやそうであってなくてはならないと思い込んでいただけに、彼女が発した言葉の理解に、彼は遅れていた。

 

 その姿に、突き立てていた剣を引き抜いたセイバーは自身の心を恥じる事無く、悲鳴を上げる身体を押し込めて真直ぐと立つ。

 

「他の、誰がどう思ったって関係ないじゃないですか。私、頭は悪いって、よくバカ娘って上司に怒鳴られましたけど……それでも」

 

 不可解だと、自身の中で何かが強く違和感を訴えてくる。それは無視できない大きさへと膨れ上がり、自分の中に当たり前の疑問という一石を投じた。

 

「事の分別はつくつもりです。だって、私、あの人たちの事が好きだから、嫌いになれないんですよ」

 

 自己の夢はどうでもいいと、目の前の女は彼に言う。既に死人である自分が願う事よりも、今を生きる彼等の輝きがあまりにも眩いから、それを眺めている内にそんな選択も悪くないと思ったのだと。今も間違いじゃないと胸を張る姿は、その真摯に愚直なほど芯の通った瞳を、かつてどこかで見た事がある気がして、下がっていた“偽槍”の矛先が地面に着いた。

 

「ただ、それだけだと。君はそんな事で自分の夢を捨てられるのか」

 

「それだけって、いいじゃないですか。難しく考えなくても単純だって。なくさせたくないって、そう思ったんです」

 

 笑って見せた彼女の顔に、彼は握った柄を取り落しそうになった。

 なんだこれはばかげていると、心の中の自分は鼻で笑っているのに、もう一人の自分はどこかで、これが“彼女らしい”と安堵していた。■■■■■はこういう人間だったと、既に思い知っていた事を突き付けられて、頭を鈍器で殴られたような痛みに、思わず右手を振り上げる。そう、既に“触覚を失っていた”右腕をだ。

 

「ええ、ですから。私は勝ってみせますよ」

 

「―――ぇ」

 

 つまり、彼女から見て、彼が振り上げた右腕には、彼の武器である“黒円卓の聖槍”が握られている。

 

 反射で起こした行動。故に今更取り繕う暇もなく、そうだと解釈した彼女は一息に必殺の体勢に移る。

 乾坤一擲。文字通り死力を振り絞った一撃は、これまでの疲労を感じさせない程の走りを見せ――それだけに、彼に考える余裕を与えない。

 身体に染み込んだ経験は考えるよりも早く“偽槍”を持つ右腕に力を入れさせ、最後の激突がきまる。

 

 

 

 

 

 我武者羅に走った。

 その直前に何かを語って吹っ切れたというのもあった。

 だから、その時何を話したのか、彼女にはよく覚えていない。ただ真直ぐに、心に思った事を隠す事無く話しただろう事は辛うじて覚えていた。

 身体が本能に突き動かされ、文字通り全力全身全霊で走りきったその先で、まず感じたのは体に走った衝撃。そして、手に癒着するように握られた剣越しに伝うアカイ何かだった。

 

「ぇ、は?」

 

 口から洩れてきたそれが、自分のものだと気付くのに半瞬遅れた。気付けば体中が軋みと悲鳴を上げている。これ以上剣を振り続けるのは少々億劫だった。だが、主を助ける為にはそんな事を言っている暇などない。

 そうだ自分はこんな所で呆けている暇などない。と思い付き、同時に、自分が今まで何と戦っていたのか、此処に至ってようやく思い出した。

 自分の身体に寄りかかる別の物体。つまりそれは、

 

「バー、サーカー?」

 

 漏れた言葉に質問など自分は馬鹿かと後になって思ったが、この時はそんな簡単な事さえ思い至る余裕がなかった。それは寝起き特有の思考が鈍っている状態に似ているかもしれない。まるで夢に霧がかっていた思考が現実に追い付かない。不透明なヴェールが視界からずれ、目に入る違った視界に脳内が情報処理に奔走していた。

 

「っ!」

 

 そして、ようやく彼女は現実に至る。頭には絶えず痛みが走るが、目の前で“急所を”刺されている男が先程まで戦っていた敵なのだと理解して体が拒絶を示したのだ。しかし、極度の疲労からか身体が思うように動かず、振りほどきかけたと思った次の瞬間には膝の力が入らず地面に崩れる。当然、持たれていた彼もソレに追随する形になり、意図せずして先程と同じくもたれる様な形になってしまった。

 

「――っ、よかった。まだ、意識が」

 

 その時の衝撃からか、もたれかかった男が目を覚ました。瞬間、彼女の思考が完全に覚める。体勢を崩し、倒れないように踏ん張った彼女はそれで手一杯。

 対して、彼は気を失っている間も手放す事無く握られていた“偽槍”がある。加えて、死力を尽くしたぶつかり合いの結果か、両者の“雷化”、“毒化”の法も霧散している。つまり互いに超常の理を纏わない、普通の人間よりも腕が立つだけの実態を持った幽霊。ならばそう、先に一撃を見舞われれば、例えただの一振りとて致命傷だと思い至り、彼女が慌てて自らの剣に手を伸ばした時、既に男は武器を持つ“右手”を動かしていた。

 神速を誇るといっても健常時の話であり、至近距離という事、剣の位置を把握するのに混乱していたこともあってどうしても間に合わない。気が動転していた彼女に対処する術は、無かった。

 

「へ?」

 

 その彼女の頭上、そこに、柔らかく、微かに暖かくも大きな感触が、まるで忙しない彼女を落ち着けるように置かれた。

 

「ああ、やっぱり。君は強いなベアトリス」

 

 頭を撫でられている。

 なんで、今。相手は今の今まで鎬を削りあっていた敵だという状況が、思考を停止させ、結果として彼女をされるがままにしている。

 

「な、あなた、な、何を――」

 

 口がパクパクと金魚のように開閉し、ついて出てくる声は言葉をなさない。

 まるでそんな姿に、よく見た知人の愛くるしさに安堵するように彼の手は頭に乗せられたまま。決して力強く押さえつけている訳ではなかった。彼女がそうしようと思えば、または本当に拒絶すればその“拘束”を振り切り、その顔を睨み返してやるくらい訳もなかったはずだ。

 

「悔やむ事はないよ。君は君の心に従って、当然の選択をしたんだ。確かに、この状況なら、こうなってしまうんだろう」

 

 だけど、まるで知った風に上から降る言葉の雨に優しく晒され、彼女は顔を上げる事が出来なかった。かけられた声は、“偽槍”の展開を解いたためかより通って聞こえ、その声が不思議と心を落ち着けたせいだと信じたい。

 

「あなた、は私を知っているんですか」

 

「……ああ、よく、知っているよ。君がどうして日本に来たのか、別の場所にきて思いも変わっても―――ああやっぱり、君は昔から変わらないね」

 

 話すたびに頭痛がひどくなる。何かに心が急いて鼓動が早くなる。

 これは間違っている。致命的に。違和感が勝手に膨れていくのを、彼女は自信ではどうしようもなく、その重さで心が軋みを上げていた。

 既に自身ではどうしようもない重みと痛みに視界が薄れかけた時だ。彼女をなだめるように、彼女の名前を呼ぶ声と背中にその左腕を回されたのは。

 

「ちょっ」

 

 こんなことに慌てて自分は生娘かだとか、戦っていた仲で不謹慎だとか支離滅裂な事が次々と思考を流れる。だけど困った事にそれは決して不快ではなくて、頭に浮かぶ雑音が全て照れ隠しに見えてしまったあたり救いようがない。

 

「どうかあきらめないで。君ならきっと―――」

 

 背後で、陶器が落ちるような澄んだ音が響いた。

 次いで、頭の上に上っていた手が力なく頬流れて肩へと落ちていく。

 

 その手を握ろうとしたのは、彼女がそうしようと思ったのではなく単に体がそう動いたから。だが、握ろうと上げた手は空を切り、甲高い音共に、地面に彼女の剣が落ちた。

 

「勝った、の」

 

 疑問の声に、答える者は誰もいない。

 下を向けば、彼女の“戦雷の聖剣”と、“青褪めた死面”がそこにある。さっきまで傍に、体温が感じれるほど近くにあった彼の姿はどこにもない。あれほど強大だった独特の魔力も周囲四方には感じられず―――答えは解りきっていたのに、その時の彼女は何故かその答えに至るまでに数分を要した。

 

 気がつけば、何に違和感を感じていたのかも忘却していた。いや、その感覚を今この瞬間にも忘れていく。

 “彼”が消滅した影響か、それとも記憶の異常がそうさせるのか軋みを上げていた身体が徐々に活力を取り戻し、血が通いだす。

 

「そうだ。切嗣……アイリスフィールも」

 

 だから、心が立ち直る身体に追い付かない事実を無理矢理蓋して、彼女は敵を追っているマスターと連絡を取るべく端末を取出し、その魔力を追う。

 その時の彼女は覚束ない瞳に、進む足取りさえ力が無かった。だが、確かに感じた一つの魔力の消失。近く、視線を向けた先で散るその魂の形、色に余計な思考を取り除かれる。それだけの大きな消失。魔術師ならまず気付かない者はいない。

 ようやくつながった通信と彼が発見したという情報から、その四散した発生源で合流する事に決め、彼女は最後の戦場へ向けて身体に鞭を打って走る。まるでそうしなければ見たくないモノを直視させられる気がして。

 

 彼女は、冬木における“聖杯戦争”その最後の役者の一人を決める舞台に向かった。

 

 






 地味に時事ネタ(神座万象的に)などを考えてサブタイを選んだ今回。解る人いるかなとちょっとドキドキと。多分今後は今までのテーマを絞った回と違って好き勝手暴れます。主にキャラクター的にそうなってしまうんです(白目
 さて、次回から最終章いよいよ突入しますよーとお知らせしてみたtontonです。
 いや、彼の見せ場という事で一話丸々使って戦闘とかひっさびさな気がしますの。ええキャラなのになー(どうしてこうなった→大体〇〇の所為

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