黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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「幻燈」

 

 

 

 速く。

 風を纏い切り裂き、彼女は冬木の街を駆け抜ける。

 その思考に神秘の秘匿などという御題目を全く考慮しない全力疾走。

 だが実際、この時の彼女においては秘匿の心配は欠片もなかった。寧ろ思考を他に割くような雑念は障害でしかなく、文字通り高速で駆ける彼女を、一般人の目が捉えること等不可能に等しかったのだから。

 

 「っ、切嗣」

 

 その彼女が合流地点前で、目的の一つである主の姿を捉えて急停止する。声を掛けられた男も主従の繋がりか、彼女が急制動をかける前にその姿を認識していた。

 

「その様子だと、道中で手がかりはなかった、か」

 

 バイクを停止させて二三の言葉で委細を把握する二人。彼等を駆り立てる目的、アイリスフィールという大きなピースを失って初めて共闘が成り立つというのは皮肉な話かもしれない。

 

「となると――」

 

「ああ、襲撃者本人を除いて、現状手がかりは遠坂 時臣だ」

 

 それも外れた場合、いよいよもって手当たり次第に探索の手を広げる他無くなる。

 残った勢力の内、不明なライダー陣営を除けば有力候補。最有力だと思われた教会で確認を取れなかったのは痛手だが、手が無い事はない。今は少しでも早く言峰 綺麗にたどり着く事が先決なのだから。

 

「では、まずは私が先行します。多少手荒になりますが、混乱をついて切嗣は内部を」

 

 サーヴァントに拠点を襲撃されれば、穴蔵を決め込んでいた時臣も行動にでざるおえないだろう。場合によっては、いやまず間違いなくアーチャーが障害となる。が、こちらの目的は勝つ事ではない。綺礼とつながりがあるだろう時臣を拘束、ないし情報が引き出せればいいのだ。ならば手はいくらでもあるし、切嗣としてもセイバーの提案に異はなかった。

 故に、目的地へ踏み込むべくタイミングを計る。

 

 刹那、

 

「危ないっ!!」

 

 先行しようとしたセイバーが身を返し、切嗣に飛び掛るようにして抱え、バイクを蹴り飛ばすようにして横に飛ぶ。

 何をと思考に疑念が走ったが、彼の問いは即時に回答が目の前に現れる。

 

 騎手を失ったバイクが、空間に走った断線に従い二つに分かれ、背後で爆発四散したのだから。

 

「っ、バーサーカーか。こんな時にっ」

 

 振り続けていた雨を糧に生み出されたような濃く重い靄を纏い、ランサーのそれとは違う幽鬼のような冷気を宿した狂戦士が、その手に握る長大な大剣を大地に叩きつけていた。

 聖杯戦争で敵対することは何かと多い相手だったが、今まで、コレが第一目標としてきたのは常にセイバーではなかった。彼女が彼と相対する時は常に第三者。巻き込まれ、結果として剣を交えてきたというのがこれまで。

 しかし、この攻撃には明確な敵対行動の意思が見て取れる。

 

「切嗣、周囲は」

 

 即座に戦闘態勢に移行する彼女は、傍らで体勢を立て直した自身の主に確認を取る。

 バーサーカー陣営の行動は一貫して単独行動。そも通常よりワンランク上の力を得る代償に、大量の魔力を消費するのが“狂戦士”であるのだから、言ってみれば莫大な魔力消費にミイラになりかねない状態を鑑みれば、確かに姿を現さないのは得心がいく。

 となれば、強大な力を持つバーサーカーに正攻法を挑むというのは本来下策。確実に正面から打倒できるなら兎も角、力で劣るセイバーにとってはソレは論外。よって、バーサーカーに対する常套手段、考えてみれば単純な話、狂化の維持に勤しむマスターを倒せば事は済む。故の確認だったのだが、小さく首を横に振る切嗣の様子からして、敵のマスターは余程慎重な性質らしい。

 

「■■■▬▬■!!!!」

 

 ならばとアイコンタクトを取ろうとしたところに、狂戦士の突撃が見舞われる。

 突撃といっても、それは人単体の体当たりとは訳が違う。

 例えるなら、走り迫る重機に等しい。身体は巨人のそれだが、だとしてもあくまで“大きな人”に収まるレベルだ。加え、その速度に関してはセイバーに遠く及ばない。がしかし、その一撃は果てしなく重いのだ。

 受け止める等論外。その進撃ですら舗装は踏み砕かれ、避けられた先に立ちはだかる筈の壁鉄柱高木ですら、木の葉が触れたが如く吹き飛ばす。その様はまるで馬力の知れない粉砕機のようであり、得物である大剣を振れば皆例外なく寸断される。

 強大な破壊力と武人のように狂いの無い剣舞が、荒さと正確さを備えた冗談のような暴風となる。

 こうして改めて目にして、その出鱈目としか言えないバーサーカーの行動を再確認すればするほど、剣を合わせる敵わないという現実を認識させられる。未遠川の戦いで身に染みている事とはいえ、歯痒い事には違いなかった。

 

「この場所では不利かっ、セイバー!」

 

 だからこそ、主の短い言葉に、セイバーはそれだけで彼の狙いを理解する。そもそも、速度が勝る以上、逃げに徹すればセイバーがバーサーカーに負ける道理はない。勝てもしないが、現状の優先事項を考えれば撤退も考慮すべきだ。そして、彼女がそれを実行しないのは偏に切嗣の決を待っていたからに他ならない。

 であるなら、その主の意向が撤退ではないのなら、彼女の行動は決まっている。

 

「は、ぁぁああああ!!!!」

 

 迫るバーサーカーを避け続けていたセイバーは、体にかける急制動で緩急をつけ、スピードを殺しきらず目の前にした街灯を足場に垂直に駆けあがる。

 

「■■■ァァ!!」

 

 そして、背後に迫っていた狂戦士の突撃を確認し、

 

「っ、フ!!」

 

 街灯の頭頂部を踏み台にする様にして真下に跳躍した。

 狙うはがら空きとなった背後。回避から反転、跳躍まで一呼吸での行動を可能とするが故に、理性の無いバーサーカーには対処が半歩以上に遅れる。

 故に必中―――の筈の奇襲は、

 

「――■ル■ァ」

 

 背に刃が食い込むより早く、体を回転させたバーサーカーが“戦雷の聖剣”に己の得物を合わせてきていた。

 

「っ、ぁ!」

 

 当然踏ん張りの利かない空中ではバーサーカーの強力にセイバーが対抗できるはずもなく、その体は容易く弾かれる。

 だが、この場合は受け切れない空中という状態が彼女の命を救った。もし、両足を地面に置いた状態で受けていれば、剣は今頃砕けて彼女の身体も胴が泣き別れしていただろう。もっとも、一生を得たところで状況は好転せず、彼女は空中で錐もみをうっている状態。そして、理性を失っているとはいえ、そのような好機をバーサーカーが見逃すはずがない。

 

「■■▬▬!!」

 

 無論、セイバーもその程度が隙になる様な柔な英霊ではなかった。

 

「クっ、この程度」

 

 いつかの光景を辿るように、彼女は何もない筈の虚空で跳躍をする。そこに目に見えないブロックがあるかのように、バーサーカーが迫るよりも前に飛んだ彼女は狂戦士の射線から逸れる。

 そして、そうなれば先程の状態は反転する。

 空中で身動きが取れないのは当たり前。その常識は当然バーサーカーにも当てはまるのだから。

 

「もらったっ」

 

 二度目の空中跳躍。いくら人外の膂力を持とうと、空中でとれる行動など限られている。セイバーの斬撃は今度こそ、バーサーカーの背後を捉え、その首を引き裂いた。

 

 絶叫が響く。

 獣の雄叫びのようであり、まるでそれ自体が聴覚に対する攻撃であるかのように地に降りるセイバーの膝をつきにかかる。

 戦闘開始から初めての有効打。初撃を入れたのはセイバーだったが、首に攻撃を入れて絶叫を上げているという事は、ソレは絶命する事なく生きているという事。人体で脆く、急所ともいえるべき首に見舞う一撃は無論必殺を誓って剣を走らせた――にもかかわらず起こった不可解な事態、ではあるが、事はバーサーカーの身体が固かったという単純にして人外の論理だった。

 

「――っ、問題ありません。切嗣、移動を」

 

 剣を握る右手に、まるで鋼鉄を殴りつけたかのような痺れが走る。対して、バーサーカーはセイバーの一撃をもらって墜落こそしたが、その負傷は首に刻まれた浅い裂傷のみ。ハッキリ言って割に合わない事この上ない。

 が、前提条件として、セイバーも切嗣もこの場でバーサーカー組に勝とうなどとは思っていない。

 

 セイバーの速力を生かすためには、市街地などの入り組んだ場所は非効率だ。故、切嗣が下したように、有為の取れるフィールドを整えなくてはならない。そして、こちらが引き込む以上、ただ撤退するだけでは獲物はつれない。追わせるだけの餌と、執着させるだけの見栄えが必要だ。この場合は分かりやすく怒りを買うでもいい。

 そして、バイクが無い為、切嗣の移動する時間を稼ぐ必要もあった。入れた一撃が軽かったのは納得しかねるが、狙いに沿った方向に軌道修正できる範疇と言える。

 

 よって、セイバーはバーサーカーの余波が切嗣に、周囲に必要以上の被害が及ばないよう気を遣いながら撤退、に見せかけるよう自分を餌にして駆ける。

 

 そんな中、彼女には漠然とした予感はあった。

 まず間違いなくと強く、この激突の結末に胸騒ぎを訴える心中を感じながら。

 

 

 

 

 

 獣が吠える声が聞こえた。

 薄暗く狭い通路の中、男は逃げるように覚束ない足取りで暗闇を進む。

 だが、彼は頭上に響く轟音や、それに続く咆哮に脅えた敗走者ではない。なぜならその歪む口元は弧を描くように吊上がっていたのだから。

 

「っ――ぁ、だが戦える。まだ、俺もアイツも十二分に」

 

 脳裏に映る戦闘は狂戦士と剣の英霊が織成す蹂躙劇。だが、被害はどちらか一方が終始劣勢に立たされるものではない。両者の剣戟が作り出す余波が周囲をなぎ倒し、彼等の行く後に瓦礫の山を築くからに他ならない。

 一対一の範疇を優に超える狂闘。

 聖杯戦争において、その戦いが及ぼす周囲への影響は常々甚大だが、両者のぶつかり合いはあくまで剣戟(・・)によるものだ。これまでのように魔技魔術、摩訶不思議な術理による破壊ではなく、純粋な武力の余波のみで圧壊していく街、その外観。端的にいって、常軌を逸しているとはこの事だと、自身の従者が引き起こした事に、彼は笑いを漏らす。

 

「アイツの言葉を信じるのは癪だが……まぁ、いいっ」

 

 その体は今までになく好調を示しているのだから、つい笑いも漏れるというもの。

 だが、間桐 雁夜の身体は文字通り虫食いだ。

 はっきり言って、後三日も持つか怪しい命。だがそこに後悔はない。

 

 望んだ力。

 復讐すべく縋った力。

 祈り、信念を通すためのチカラ。

 

 全力を行使すれば三日どころか一日も経たずに死に体になる命を繋げている。もとより、己が望みは自分の肉体、命のみで完遂しようとしていた雁夜からしてみれば他力に頼るのは甚だ不本意だった。が、現状望みに手を届かせる一助が必要になったのだ。その手にした欠片が本懐を遂げる為に必要なのなら――是非もない。

 

「迷ってる暇なんてない、か」

 

 左半身が麻痺しているため、辛うじて動く右手に握っている筈の感触を確認する。

 上で繰り広げられている戦いは膠着状態を保っているが、言ってみればそれだけ、このまま持久戦になれば消耗して倒れるのは雁夜の方だ。つまり、勝利を手にするにはあと一手が必須。

 そして、打つべき一手はこの手にある。

 コレを渡してきた相手の狙い等雁夜に推量る事は出来ない。だが、どうせ三日と持たない命。ならば他人から見て命をチップにする行為が論外であろうと、彼にとっては今更、秤にかけるまでもなかった。

 

「――てやるさっ」

 

 雁夜の決意に従い、彼の魔力とは別の色が右手に纏わりつくように渦を巻いている。

 不快感を催す感覚に、思わず顔をしかめる。彼の右手に纏わり付くという事、つまりこの靄は、令呪の行使を要求していた。

 手を貸してやる代わりに、こちらの札を然りと切らせる。抜目の無い仕組みは狡猾にも思え、逆に信頼がおけた。

 上等。肉がほしいならくれてやると、魔術師に与えられた三画の呪印、その一角を惜しげもなく捧げ――

 

「“纏え、バーサーカー”」

 

 ここに契約が履行される。

 

 

 

 

 

 火花が散る。

 一合、二合。

 交じりあっては弾き、辺りを照らす光は大地を打っていた雨をかき消すように力強く、その足跡を表すように咲き乱れる。

 

 そして、遠坂邸から、街の中心から離れるようにたどり着いた終着点。

 

 廃墟と化した洋館。所謂幽霊屋敷と化しているこの場は、敷地面積もさることながら、周囲の噂も相まって人気は皆無。この時間なら尚更であり、これだけの音と光が散ってもしばらくは持つ。

 

「■■▬▬―ァ!!!」

 

 先に到達して構えを取ったセイバーに、バーサーカーは臆する事無く襲い掛かる。もともと、罠だ謀略などといった企てを考慮するような輩でないだけに、その突撃は彼我の距離を一息に縮める。

 

「このっ」

 

 だが、バーサーカーの一撃を受けるという選択肢が無いのは重々承知している。即座に上に躱し、何度目かになるかわからない空中跳躍で背後を取る。

 此処にたどり着くまでに交わした剣の数は十やそこらではきかない。となればそう、これも幾度となく繰り返した攻防の一つ。

 

「――ァァ■■アア!!!」

 

 正しく獣という獣性のままに、されどセイバーの奇襲に反転して対応して見せた“狂化”にある筈の無い機転だ。

 それこそが攻め崩せない要因。

 あろう事か、この狂戦士は相対する毎に対応力が増しているのだ。

 

「もう、この状態でもキツ、イですね」

 

 未遠川で相手取った時はまだ優勢だった。場所を整える為の逃走とはいえ、それでも剣を交えるからには彼女も真剣に刃を取っている。混じり気の無い殺意を、障害を屠る事に躊躇などしてない。

 

「■■■!!」

 

「でも!」

 

 セイバーとてこの状態で勝ちに届かない事は承知している。故にもう、加減もしていられないしこれ以上長引かせるのは下策。先の戦いで彼女は狂戦士に秘奥を開放して優位に立てた。だが、それすら学習しているだろう。まだ攻略されている訳ではないと、楽観はできない。

 故に、

 

『――私が犯した罪は』

 

 恐らく、この戦いを有耶無耶に済ませれば、次は確実に劣勢に立たされるという予感があっただけに、彼女の決意が決まるのは早かった。

 

『心からの信頼において あなたの命に反したこと』

 

 剣から迸る雷が、まるで構わず飛び込もうとする狂戦士を威嚇するように四方を薙ぎ払う。

 その光の規模はこの聖杯戦争で過去最大の放出量であり、それだけに必殺を誓う心の表れだ。

 

『私は愚かで あなたのお役に立てなかった』

 

 剣から体に纏われる雷。その光景はこれまで見せた工程をなぞるようで、決定的に何かが違う。

 

『だからあなたの炎で包んでほしい』

 

 それは彼女自身これまで培った恐れ不安を内包しながらも、覚悟を固める騎士道ではない。

 どこかに感じてい違和感、迷い。心に漂う不純物を削ぎ落していく溜めの行為で、紡ぐ言の葉が、彼女を戦火に駆ける(ツルギ)として研ぎ澄ます。

 

『我が槍を恐れるならば この炎を越すこと許さぬ』

 

 霞がかる靄の中、胸の内に残った灯こそが譲れぬ彼女の信念だから、

 

  創 造

『Briah――』

 

 己の中の芯を確かめるように最後の言葉を皮切りに、彼女は我が身を刃として鞘から引き抜く。

 

  雷 速 剣 舞 ・ 戦 姫 変 生

『Donner Totentanz――Walküre』

 

 顕現と共に轟く轟音。

 剣を構える姿から清廉とした空気を纏っていた彼女にして、耳を劈く壊音というのは似つかわしくなかった。が、身に纏う雰囲気は寸分たがわない。いや、より純度が高まったという点で、その姿は凄烈に、輝きを放つ。

 

「フ――行きますっ」

 

 そして、その変化は一目瞭然。

 “戦雷の聖剣”の効果はあくまで雷を纏う剣。そしてその上位となる能力の開放がどうなるか、現状が明瞭と物語る。

 

「■■■ァァ!!」

 

 対して、それは見えていると言わんばかりに正面からの迎撃へと構え、迸るバーサーカーの得物を、

 

「遅いの、よ!」

 

 セイバーは避けるでもなく真向からぶつかり、透過する。

 

 両者が交差し、弾ける雷光。後に残るのは変わらず光放つ彼女と、雷に焼かれ無数の傷に血を流す狂戦士がいた。

 

 物質透過。

 それはセイバーの願いを体現し、“己を戦火を照たし導く導”となるべく懐き続けた渇望が、肉体を雷へと変換する事によって可能となった能力。

 

 雷になった彼女には誰にも触れられないし、文字通り半端な剣や銃弾は透過し剣舞を見舞う。

 その様はまさに死の舞踏(トーテンタンツ)だ。彼女の走破した後には敵が輝きに焼かれて血を流す。清廉な輝きは見る者を魅了しようと、魅入られた者はその剣姫の舞に切り捨てられる。

 

「ガ、ァ■■■!!!」

 

 なにより、追いすがろうとしても彼女の速度は音の領域を凌駕している。

 いくらバーサーカーが狂戦士特有の破壊力に異色の芸達者な武を見せようと、その程度で対応できるほど速度の壁は優しくない。

 

「まだ、いける。このまま」

 

 だが、焦りを見せるのはむしろ攻めているセイバーだ。

 対応できない状態であるならば、場は一方的な蹂躙劇となる筈である。しかし、バーサーカーは致命傷に至る傷の殆どを、その他の部位を盾にすることで致命傷を避けている。といっても、幾ら頑強で驚異的な再生力を誇ろうと、これは手数が話にならない。現に再生に対して傷が増える速度が目に見えて増しているのだから、バーサーカーの選択は所詮延命でしかない。

 そしてそれ故に、彼女は勝利を、決着を急ぐ。

 

「決めさせてもらいます!」

 

 圧倒的な手数で、速度も雷による付加で上がった攻撃で決めきれない。耐えられ時間が引き延ばされるという事は、この狂戦士は必ず対応してくる。前回の戦いは早々に終えた為か、技との相性なのかは彼女には知れない。だがいずれ追い付かれると確信している。何を根拠にと言われればそれは本能。女の勘。所謂第六感によるもので確証などない。

 だが、

 

「―――■■■」

 

 偶然か、いやそれはない。バーサーカーの得物によって僅かに狙いを逸らされた数ある剣線の内の一つ。間違いなく、やはり目の前の敵は対応しだしていた。

 

 時間が無い。

 

「切嗣はっ」

 

 思考に過ぎった主の暗躍の行方を即座に切り捨てる。

 戦いの場で他力を頼るのは下の下だ。己が成し、彼が成し、大勢に戦果を成すのが戦いだ。彼女自身が駆け抜けてきた地獄だ。少なくとも、導になろうとした人間が抱く感情ではない。

 故に彼女は即座に距離を開け、もっとも自身が信頼している一撃を見舞うべく構える。

 

 敵を数多屠ってきた刺突は至高の域に昇華している。

 単純故に必殺。余計な動作を徹底的に省いたそれは単なる技を秘剣とする。

 

「ハ、ァアアアアアアアア!!!!!!!!」

 

 そして、狙い通りバーサーカーの腹を貫き、勢いそのまま押しやり続ける慣性という力に、彼女は極大の雷でその肉体を焼き払う。生物としてはばかげた話だが、感電そのものに耐えたとしても、膨大な熱量はそれだけで体内の水分を蒸発させる。モノが雷どころか、単体で界雷もかくやという規模を発生させる光は過剰攻撃というのも生易しい。

 

 無論、ただ受けるままなのを良しとせず、驚異的にもセイバーを振り切った彼ではあったが、仮に人外の肉体を誇るバーサーカーであろうと、その体は炭化寸前かをいう様に黒焦げていた。

 

「いけるっ」

 

 今の一撃で攻めきれなかったのは痛い。あれだけの規模の雷を束で開放するにはそれなりにタメが必要だ。しかし、それを考慮してもバーサーカーのダメージはおつりがくるといえる。回復する筈の肉体が追い付かず煙を上げている様など特に、このまま攻めかかれば勝機は見えたといえる。

 

 だからこそか、勝気は色に出る。

 勝利への手応えに確信した瞬間であり、僅か、刹那の域で緩んだ攻めの手。だが、それだけで十分であるのが聖杯戦争の常。

 よって、一際異様な態でいたこの狂戦士もその例に洩れず、彼が纏っていた魔力と“色”違うソレが突如その体を渦巻き――同時に大剣の表面がひび割れ、中から黒曜の輝きを放つ剣が現れる。

 

『■■―――形成』

 

 黒焦げた体表に血が通う。

 痩せこけ骨肉の態だった肉体が隆起する。

 つぶれている筈の声帯が空気を震わせ言の葉を紡ぐ。

 

ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス

『 黒 円 卓 の 聖 槍 』

 

 ありえない。

 その驚愕に足が止まってしまったセイバーを前に、獲物を構える成人と思われる人間。

 

 “青褪めた仮面(デスマスク)”を被った男が対峙していた。

 

 






 去年の今頃考えていたシーンをこうして形にしていくと何とも感慨深いなとしみじみとしているtontonです。ようやくこのシーン書けたよ!! いや、バーサーカーがかれと知った人は予想済みですよね( あとは彼女をサーヴァントとして選択した理由の一つですなこれも。
 出したいと我慢してきただけに楽しいです!

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