黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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「泡沫」

 

 

 その時、少年の心の内に湧いた感情とは、虚無感だった。

 己には目標があった。

 誰彼を、見下す者を見返そうと脇目も振らずに走り続けた――つもりだ。

 そこに至るために、これまで努力は惜しまなかったし、今日までの奮闘は無駄ではない。いや、無駄じゃないと信じている。そう胸を誇れる境地に、いるはずの彼はしかし、抱いた空虚な胸の内に押し黙っていた。

 

「? どうしたのマスター」

 

 そんな彼、ウェイバーベルベットの従者であるライダーは、驚愕の声を漏らして以来、無言で眉間にしわを寄せている自らの主に尋ねた。

 彼女の聞き違えでなければ、先ほどの主の驚愕の声と表情には間違いなく喜色が浮かんでいたはずだ。なのに、今顔をしかめるその色は喜懼したもの、何かを見失って恐れているように見えた。

 

「……先生、ランサーのマスターが脱落した」

 

 そして、その一言で彼女は主の心境を大凡理解した。

 マスターの脱落。死んだのではなく脱落、それは彼自身がランサーのマスターが敗北したという事実を咀嚼しきれていないということの所作なのか。恐らく使い魔からの視覚共有による情報だろうが、因縁深い相手でその実力をこの地の誰より身近に知るだけに信じられないのだろう。

 

「そう、相手は?」

 

 だが、ここでランサーが脱力したのなら、それはこちら側として喜ぶべきことであって、悲観に暮れることではない。因縁深く、一度手を合わせてその脅威を目のあたりにしたのなら尚更に、だ。

 故に、他人から見て、ウェイバーの思考は理解不能のものに映るだろう。

 現に、ケイネスを討った相手がセイバーのマスターだと短く告げる彼の言葉は意気消沈しており、喜びとは程遠い。とても朗報を得た人間が浮かべる顔ではない。

 

「それで? あなたはこの後どうするのかしら」

 

「どうするって、なにをだよ」

 

 無論、ウェイバーとてライダーの言葉が、今後の方針を訪ねているという事くらい理解している。だが、今現在聖杯戦争は7騎いたサーヴァントの3騎が倒れ、戦いは中盤、いや、ここまでくれば各陣営も様子見など静観するような膠着を望まないだろう。十中八九、打って出てくるはずだ。

 となれば、ウェイバーとてここで手を拱いている訳にもいかず、攻勢へ、残りの陣営より優位に立つための手立てを考え出さなければならない。故、此処からは寄り道や躓く手間は些細なものでも命取りになるのだが、そう考えれば考える程、彼は思考の深みにはまってしまうのだろう。

 

 そんな長考に陥っているマスターを眺め、ライダーは視線を一度きり、ベットに腰掛けていたマスターに視線の高さを合わせて新たに問を掛けた。

 

「貴方のパートナーとして聞かせてちょうだい。ウェイバー・ベルベット」

 

 そして、その視線は冗談も混じり気もない真剣そのもの。ウェイバー・ベルベットという一個人の内面を推量ろうとするように深い目をしていた。 

 思わず咽がなる音を彼はどこか遠くに聞いた気がした。

 それほどに、自分の意識が目の前の彼女に吸い寄せられるような錯覚を覚える。魅了されたとか、幻惑されただとかではなく、これほど真剣に、一個人として向き合った事が嘗てあったかと自身に問いかける程に。

 だからこそ、彼は次に投げられる彼女の問いに呼吸を忘れて息を飲む。

 

「貴方にこの先の戦地へ身を投じるか否かを」

 

 それこそが、彼を思考の渦に惑わす原泉であったが故に。

 

「な、そんなの、当たり前に決まっているだろ。聖杯戦争に参加した以上、聖杯を手に入れずにどうするっていうんだよ」

 

 語気がどこか荒々しくなってしまったのは、内心の動揺故か。

 彼の言う言葉は聖杯戦争に参加するマスターとしては大原則の行動理由なのは間違いない。それぞれの思惑はあれ、皆奇跡を可能とする願望器、それを手にするという栄光を求めて集うのだから。

 だが、何事も例外があるように、この聖杯戦争が異例続きの中にあってなお異色な陣営、それは目の前の少年に他ならない。

 

「貴方が聖杯戦争に参加するきっかけで、見下していた象徴ともいえるケイネスが討たれた今、貴方は彼が生き残れなかった聖杯戦争に生残っている」

 

 彼の行動理由。

 その根底にあるのは“劣等感”。

 

 魔術師という他人より優れた英知に触れる機会を得ながら、その渦中にあったのは根深い選民思想。彼自身も一般人と違う利点を得た事に優越感を感じた事がないかと問われれば、首を縦には振れない。しかし、彼が在籍していた“時計塔”に蔓延していたのは、中世の貴族社会に逆行したかにも見える徹底した社会体制。

 積み重ねてきた魔術の研鑽が、より“根源”へ近づいた者の証なのだとしたら、時計塔で見る“血筋こそが魔術師の全て”という答えに至るのは当然といえよう。

 

「ああ。僕自身まだ実感は湧いていないけど」

 

 だが、ウェイバーからみてこの認識はナンセンス。“尊い血統(ブルーブラッド)”なんて何の事はないと捉えている。何が言いたいのかと言われれば、つまり、生まれてくる者が善人とは限らないだろうという話。もしくは優人とも。より効率的に、よりよくと突き詰めれば代は関係なく結果を出せる筈だと。

 故に、その理論を証明する為に、“劣等”に価値はないと決めつけたやつらに間違っていはいないと証明する為に、この戦いに参加した。

 

 つまり、この混沌渦巻く渦中において、彼のみが狂おしく求める“渇望”というものが欠如していた。

 

「つまり、今現在貴方の戦績はアーチボルトより上と証明はできる、ということになるわね」

 

 あの終ぞ聖杯戦争を理解していなかった雨生 龍之介でさえ、尽きる事の無かった探究心。いってみれば一際異彩な欲というものを持っていた。参加者としてはこの二人こそ異例中の異例だろう。片方は魔術師として、片方はマスターとして。

 そして、

 

「……ああ」

 

「そんな望みが思わぬ形で達成された今、貴方はマスターとして最後の一人になるまで戦い続けるつもり?」

 

 再度問いかけられる続投の意思。

 目標の、参加した理由がある程度の結果を出した今、自分に戦う意味があるのかという根本的な問い。繰り返して問うのはこの戦いがより苛烈を極めるだろうことが容易に想像できるから。

 

「そんなの、第一、お前、それで納得できるのかよ!」

 

「この際私はの願いは考慮しなくていいわ」

 

 なにより、他人に縋る様な半端はこの先、生き残れないだろうと、戦時を生きた身として、ライダーはその心の危うさをよく知っている。

 

「ぼ、僕は……」

 

 形はどんなものにせよ、それこそ欲に塗れた願いでもなんでもいい。宙に浮いたような彼の心境を知れば、確たる動機が必要なのだ。

 

 故に、その葛藤にライダーは眺めるだけで助言も手を出す事もしない。

 こればかりは、彼自身が自分の中で積み上げて答えを出すしかないのだから。

 歪でもいい。形が不明確であったとしても、今彼が戦地に立てるだけの寄る辺となれるのか、もしくは背を向ける結果になるのだとしても、ライダーに彼を糾弾するつもりは欠片もなかった。

 

 そして、どれくらい顔を伏せていただろうか。

 息を飲んだ気配は熟考から一つの決断を下した雰囲気を漂わせる。

 剣を取るか手放すか、顔を上げられないのは彼の不安を表しているのだろうが、ライダーには確信が持てた。その少年が膝を力強く握りしめた手の色を見て。

 

「―――勝ちたい」

 

 吐き出した言葉と共に上げた表情、目に宿していた熱を疑う事はなかった。

 

「相手はどれもこれまでを勝ち残った猛者。底知れないという意味で、一番恐ろしい強敵が残ったといえるわ。それでも、なのね」

 

 だからこそ。彼には意地の悪い問いに聞こえるだろうが、それでも導き出した答えをより確たるものにするには必要な工程。

 鉄は熱いうちに打つ。

 今は自信を持てない、粘土のように容易く形を変えてしまう程度であろうと、熱して固めればより強固になる。

 

「お前が言うとおり、今の状態でも僕の望みは敵うのかもしれない。けど、ここで逃げ癖がついたら、たぶん僕は一生臆病者のままだ」

 

 “勝ちたい”という一言は単純で、原始的だが、それだけに混じりけのない動機だ。

 余計なモノを削ぎ落して導いた芯となる物。つまり原動力。これから立って歩んでいくのに必要な寄る辺。

 

「いつか今を振り返って、未来の自分が恥じるような選択だけはしたくない。だから」

 

 それは途切れつつも、彼が言葉にするにつれてゆっくりと、だけど確実に形作られていく。揺れていた目標に、新たな指針を得て、彼は決意を示すように立ち上がる。

 普段は身長差から見上げる事が多かった主従の視線がこの時ばかりは逆転して交わされる。

 

「僕は逃げない。戦って勝ち抜く。その為に、改めて手を貸してくれライダー」

 

 最後の言葉はむしろ、手を貸せぐらいに不遜でも構わないだろうに。だけど、そんなところが彼の欠点でもあり、美徳なのだろう。

 

 だからこそ、これも彼らしいと、自身を頼ってくれた主の手に、その細い手を伸ばす。

 思い返せば、ライダー自身にも聖杯に願うような大層な願いはなかった。いや、たった一つだけ、己の命を捧げても成そうとした願望はあった。あったが、この身は既に■■。今を生きて目標に邁進しようとする彼と比べて、それはあまりにも理から外れた物だ。

 でも、そんな自分でも、今をひた走る彼に道を示す一助となれるのなら、こんな不可思議な廻り合わせも悪くはないと、そう思えた。

 だから、

 

「さ、じゃあ行きましょうか」

 

 立ち上がった彼を導くために歩き出す。

 

「え? は、ちょ、行くってオイっ」

 

 肩透かしを食らったように面を食らった顔は、もう少し眺めていたくなる誘惑に駆られるが――ああ、それは不敬というものだろう。何より、その時笑いを堪えれる自信が彼女にはなかった。

 決して小馬鹿にする類のものではない。微笑ましい、要は眩しいモノであるが故に、自嘲が漏れてしまうのだ。

 

 困惑したまま、されど手を引かれるままの彼を安心させるように大丈夫と、一言だけ返す。

 

 そう。

 主に勝利を。

 

 生来懐いた事の無い感情を胸に、主従は行動を開始する。

 

 

 

 

 

 予感はあった。

 切嗣が感知したエマージェンシーというのは、舞弥と互いの生体活動に異常をきたした場合にのみ、互いに知らされる合図だ。例え高度な暗示や魔術の類であろうと、脳波、心拍に異常を起こさず気付かせないというのは不可能に近い。

 そして、切嗣の経験上、その手の波長の乱れには覚えがある。よって、今回の合図はそれを除外した物、生命への直接的な脅威による緊急事態を示すものだ。

 つまり、今城にいる久宇 舞弥は瀕死の傷を負っているという事。

 セイバーからの連絡で、城にいる筈のアイリスフィールが何処にもいないという事、襲撃者の手によって舞弥が重体である事。そして、彼女がセイバーに託した言葉。襲撃者を差す言葉を聞いて、切嗣は平静ではいられなかった。

 だが現実として、彼女が連れ去られたのは事実。取り乱しそうになった心を無理矢理に落ち着けて、彼はセイバーに指示を飛ばす。

 一つは、負傷した舞弥を彼の伝手でその手の医者の手に預ける事。

 もともと孤児であり、名前も国籍も証明できない彼女を預けられる医者というのはそう多くない。故に搬送中に事切れる可能性もあったが、運ぶのが最速の英霊(セイバー)ならば問題はない。

 そしてもう一つ、彼女には重要な任務を言付てある。

 詳細を聞き、一にも二にもなく了承した彼女。その行動に関して、彼は心配を抱く事はなかった。

 

 優先すべきことは他にある。だからこそ、セイバーと合流しないという選択を取った彼は―――

 

 

「さて、突然の訪問に加えて恐喝紛いの行為。立場上、反逆行為とも解釈できると、わかっていての行為かね」

 

 冬木のとある丘に建てられた教会。既に蹂躙された内部は一応の体裁を保っていた聖堂で、彼は、言峰 璃正に背後から銃口を突き付けていた。

 

「忠告は受け取る。だがこちらにも余裕が無い。要件だけ答えてもらう。簡潔にな」

 

 璃正は未だ全快とはいかなくても戦闘に支障のあるほどではない。が、現実として彼は背に銃を向けられている。豪胆な性質なのか、銃を向けられているように見えない口調で投掛ける言葉は訪れた教徒に投掛けるようだ。

 

「やれやれ、取りつく島もなし、か」

 

 確かに、背後から銃を突きつけながら脅すという事は、切嗣から璃正に問う事があるという証明ではある。が、仮にも冬木の地で“監督”を務める者の長たるものが何も抵抗しないというのはどうにも解せない。

 とはいえ、コレで聞き出す場を整えた事も事実。ならばと抵抗のそぶりを見せない璃正に警戒しつつ、彼は此処に来た目的を果たす。

 

「率直に言う。言峰 綺礼はどこにいる」

 

「綺礼、彼が如何されたのかな」

 

 知っての通り綺礼はサーヴァントを先の戦いで失い、正式に辞退した筈。それは皆目の前にしただろうと、この老父はとぼけた風に還す。確かに、目の前で散ったアサシンの脱落は誤魔化しようのない事実だ。今度はアイリスフィールも確認している事から、その認識は擬装ではない。

 そしてサーヴァントを失ったマスターは無力だという聖杯戦争の大前提。そうだとして切り捨てた結果はいうまでもない。

 

「先程、アインツベルンの城に襲撃にあった。現場に残っていた記録、痕跡から、襲撃者はその辞退した筈の男だ」 

 

 その言葉に、ここにきて璃正の雰囲気が驚愕の色を漏らす。

 言峰 綺礼のマスター権の放棄は教会側からの正式な通達だ。彼が保護を乞う場面も、切嗣達は使い魔を通して確認している。不備、油断があったとしたらその後、ケイネス達を失墜させるべく奔走していた僅かな間、彼はその牙を的確に、衛宮 切嗣という男の急所に突き立てたのだ。

 

「……はて、保護を受諾したのは事実だが、勝手に歩き回るなと拘束している訳ではない。教会にいる間は保障するが、それ以外の場で陥る危機は自己責任、であるからな」

 

 一息で狼狽えるような気配を霧散させたそのメンタルは見事としか言えない。だが、彼が綺礼の行動を把握していない、彼、もしくは彼等にとって綺礼の行動が予定外だというのは、それで確証が取れた。

 もし単に庇い立てする気なら即座に引き金を引いていた。沈黙をもって封殺しようとするならそれも撃っていた。それはつまり事の詳細を知っている可能性が高いから。

 無論、今の自然な間も演技であるという可能性が捨てきれない。

 故に殺すのではなく、ここからは尋問だ。

 

「そうか―――」

 

 銃口を急所から僅かに逸らし、彼は躊躇う事無くその肩に向けて引き金を引いた。

 

「っ!」

 

 筈だった。

 

「なっ」

 

 逸れて引き金が惹かれる刹那、璃正は軸を中心に回した肩で銃口を跳ね上げ、その勢いのまま左の手刀でハンマーを巻き込むように銃を引っかけ、遠心力に任せて弾き飛ばした。

 のみならず、続く右の掌底が切嗣の腹を強打し、成人である筈のその身を易々と扉まで吹き飛ばす。

 

 気功によるものか、腕を前後に突き出していた璃正は一呼吸おいてゆっくりと体制を戻していく。

 

「申し訳ない。謀るつもりはなかったが、武に不慣れな魔術師ならいざ知らず、荒事と俗世に近い分、ワシにはこちらの方がなじみがあってな」

 

 つまり、銃に対する無心は単に脅威足りえないからこその余裕。奇襲なら後れを取る場合があっても、間合いにあって認識をしているのなら容易いと、そう言外に入っていた。

 

 軋む体に、即座に内部を確認する。骨は――幸いにも折れてはいない。日々のように歪な部分もあったが、彼の場合、折れた肋骨が臓器を傷つけるという事は起こりえない。寧ろこれはその内面、臓器に直接通された者だろう。それもある程度手加減されている。寧ろ、ケイネスとの戦闘で魔術行使の連続で起きている体の不具合の方が深刻だ。

 だが、それで頭に上っていた血も抜けた。

 虚をつかれたが、殺しにかかるのならまず切嗣が負ける事はないだろう。言峰 璃正が常人離れした体術を持とうと、倍速以上で襲い掛かる殺意に対応できるとは思えない。だが、彼の目的はここで璃正を殺めることではない。無論暗躍の影が窺える存在を見逃す理由もないが、体のダメージが深刻な以上、積極的に殺しにかかる理由もまたない。

 璃正の注意を引いている間に入らせた使い魔と共有していた視線は綺礼の姿を映す事はなかった。つまり、黒ではないが、白でのない。どちらかと言えば黒よりなグレーだが。

 

 そんな時、彼懐にある通信機が電波の受信を知らせる。その振動回数から、セイバーに持たせたものである事を読み取る。目の前には構えを崩さない璃正がいるが、此処に綺礼がいない可能性が濃厚な以上、優先すべきは現状の確認である。

 

「――どうした」

 

 故に、彼は小声で確認を取り、イヤホンから聞こえる小さな音意識を割く。

 

『間桐邸内部を制圧しました。マスターらしき影も、アイリスフィールがいたという痕跡もありません』

 

 詳細として、不気味な老人を切り倒したというが、手応えはなかったという奇妙な解答。

 だが、放った矢の二つともがコレで不発になった事になる。

 現状で残った勢力は四つ。セイバー達を覗けば三組だが、内ライダー組に関しては、この段階でも切嗣は居場所を突き止められていない。不明の相手を探すよりは今知る敵に当るのが効率的だったという事もある。

 これでもしライダー組が真犯人なのだとしたら、これは全くの徒労であり、見当違いの迷走を見せている事だろう。だが、実際に相対した事による勘なのか、あの主従に関しては積極的にその手の手段をとることはないと思えた。それには以外にもセイバーとも同じ意見という珍事を見せた。が、ともあれ、これで残る場所は絞られる。

 

「さて、ではどうするかね。戦いが望みなら、こちらは相手する事もかまわんが」

 

 加えて、吹飛ばされたのが扉という好条件だ。

 離脱は容易。襲撃に及んでものの見事に撃退された態にはなるが、今は体裁を繕う必要もないし、回復しきれていない状態で無駄に体力を消耗する事態は悪手だ。少なくとも、舞弥を行動不能にするだけの実力を持つ綺礼を相手にするのなら尚更に。

 

 故に、決断は早く。迷う事無く背後の扉をけ破るように飛び出し、外に隠してあったバイクにで次なる目的地に急行する。

 セイバーには既に合流すべく場所は伝えてある。何しろそこに向かうとなる以上、サーヴァントとの相対は必至であると理解しているが故に。

 

 去り際、痛む体を騙しつつ視界の端に捉えた教会からは、どういう訳か、追っ手の気配は終ぞなかった。

 

 

 

 

 

 切嗣が去った教会内では、重苦しい雰囲気が漂っている。何しろ撃退したとはいえ襲撃にあったのだ。明るい、とはいかないだろう。だが、険しい顔をした璃正の樹が集中していたのは去っていく切嗣の方角ではなく、寧ろ近く。礼拝堂の隅に安置されていた像の一つへと向けられている。

 正確には、その像の向こうに隠されている通路の先だ。

 

「これはどういう事か、説明してくれるな。綺礼」

 

 果たして、像の影に隠れた扉を抜けて出てきたのは、切嗣が探し求めていた彼の男だった。悪びれた様子もなく、平常の態で進み出た彼の心情は実の父である璃正でもっても窺い知れない。

 だが、教会内部には切嗣が身を通したはずだ。仮に負傷していた身でその通路自体を見抜けなかったとしても、間近にあった像の裏にいる人間を察知できない程感覚が鈍る筈もない。

 

「どう、と言われますと」

 

「とぼけるな。その通路、ひいてはその先の部屋に待機していたとしても、壁一枚向こうの部屋で聞きもらす事はあるまい。今回の行動、ワシは時臣君から一切を聞かされていないぞ」

 

 故に、それは教会という様式の絡繰り。そこにいればこちらの会話は聞きもらす筈がないという璃正の物言いに、しかし綺礼は表情を崩す事が無い。

 それはまるで先程の切嗣と璃正の立場をそのまま入れ替えたようであり、何かが璃正の心を掻き乱す。時臣との同盟関係も裏でという間柄、密に連絡は取れないが、それでも事をおこす前には事前にやり取りを行っている。その彼が御三家相手に行動を起こすという大事に、何も示さなかったというのは大きな疑問だ。

 そして、璃正が知る“言峰 綺礼”とは清廉な信者。自身が息子に科した訳でもなく、若くして代行者を務めた熱心な教徒だ。自慢の息子だと、憚る事無く言葉にできる。

 

 だというのに、璃正の問いに顔を歪めて近づくその息子は、璃正が今まで見てきたどれとも一致しない顔だった。

 

「ああ、そのことですね。でしたら―――」

 

 父の問いに丁寧に、然したる事はないと、その心配を掃う様に落ち着いた口ぶりで。

 一歩、また一歩と璃正の横に立った彼は、

 

「私の望みを知るために必要だった。それだけの事ですよ、父上」

 

 躊躇う事もなく、その所作に淀みもなく、一本の黒鍵を実父の心臓に突き立てた。

 

 声に出来ない驚愕。

 信じていた。

 なぜこんなことを。

 お前が背信に落ちる筈はないと、首を僅かに横に振るようにして崩れ落ちた璃正は、最後まで息子の内面に理解する事が出来ず、この世からこと切れた。

 

 倒れた彼の顔に、雫がポタリポタリと落ちる。

 この場にいる者を考えれば、それが誰のものであるかは問うまでもない。だが、後に続く忍び笑いが、その異常性を際立たせる。

 

 やがて、教会を狂気彩る窃笑は、続いたもうひとつの哄笑に共鳴し、高鳴る狂気は教会を震わせるように響いていた。

 

 

 

 






 どうも、三月もあっという間ですね。四月の訪れをひしひしと身に感じながら白目ってるtontonです。
 笑い声のみ友情出演(?)な外道神父。
 二話連続で戦闘色の無い話が続きますがもう少しお待ちを――何しろ終盤なので(震え
 ああ、ようやく、もうすぐ書きたかったところをお披露目できるのです。

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