建造物の一角、雷光と剣戟が響き渡る戦場を使い魔の視覚共有で把握した切嗣。
そう、セイバーが戦場に向かい、ランサーに発見される事は彼のシナリオ通りの展開だった。
「……始まったか」
妻であるアイリスフィールを欠く事態となったが、それでもセイバーは単騎で十二分に目を引く。
ランサーのマスターが発見した物か、単にランサー自身が嗅ぎつけたのかは切嗣の知るところではない。が、両者が全力を尽くして相手を打倒しようとしている事は、その光と轟音からして明らかだった。
『――切嗣、内部の方に動きがありました。どうやら、自らも出向くつもりのようです』
ヘッドセットから聞こえる声、舞弥のものに意識を目標である建物内部に向ける。
声があるといっても、舞弥が此処にいるわけではない。彼女には城に残してきたアイリスフィールを警護するという大切な役目がある。その為、この情報はあくまで彼女が操る使い魔によるものだ。
「確認した。上部の熱源には動きが無い」
『こちらでも視認しました。一瞬ですが、資料と一致します。間違いないかと』
手に持ったワルサーのスコープの一つを覗けば、建物の上階に人と思わしき形の光源が一つ。
本来、建物越しの透視ができる程今の技術は進んではいない。彼等が拠点に構えた建物が廃墟であったことも今回の襲撃に踏み切らせた要因であり、壁が薄い部分、硝子の無い窓や破損状況がその視認を可能にしている。加えて、使い魔を複数使った結果、内部には二人の熱源を捉えていた。
その内の一つはランサーのマスター、ケイネスのモノだろう。もう一つは彼が冬木に現地入りした時に伴っていたとされる彼の許嫁、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリのモノとみていい。
そして内の片方が動かず、もう一方が移動している。
「なら話は簡単だ。僕はこのまま、ランサーのマスターを撃つ」
戦場に姿を見せる頻度からいって、下に移動している方がケイネスと見ていい。
壁の厚さからいって、一定の間隔で反応が途切れるが、位置が下っている事から階段を移動中と予想される。
建物も新規のモノではなく建造途中に放棄されたものだ。内部の見取り図も頭に入れた。つまり、一階に彼が降りて出口の扉に手を掛ける瞬間が狙撃の好機。
「舞弥。君はセイバー達の戦いに動きがあれば教えてくれ」
短く了解の胸を伝える声を聴いて気持ちを切り替えようとする切嗣。マスターを撃つという事はそれだけ彼にとっては大きなことで。英霊二体が散った今、その指に感じるトリガーは重く、同時にそれは彼の事情を知らない者にとって察する事の出来ないものだ。
故にそれを改めて自覚したからだろう。
「舞弥―――」
言うつもりの無かった言葉が口からこぼれる。
銃身が僅かにぶれる。
戦場に臨む、“魔術師殺し”らしからぬ様を晒しているが、それがそのまま彼の心の底を表していた。
「……アイリを頼む」
ターゲットを殺すという認識はぶれていない。
衛宮 切嗣にとって相手を殺す事と自身の感情とは別物だ。如何にそれが親しい者であっても、かつての恩人であっても、それが万人を害するなら迷う事無く切り捨てる。
だからそんな彼が零してしまうのなら、今彼はその自身中の歯車を狂わせているという事に他ならない。そして、それを理解できたからこそ、通信越しでも感じ取れた舞弥は短く、ただ武運を、と一言だけ送って通信は終わる。
今の彼に必要なのは守るだとか待っているだとか、安心させるような安い言葉ではない。戦場にいる彼の意識を戦いに向かわせる、寧ろ突き放す言葉だ。
そしてその言葉に乗せられた信頼の通り、彼は意識をワルサーのスコープ越しに捉えるターゲットに集中する。
もともと余計な事に注意を割いて行える程、狙撃というものは容易ではない。寧ろ全神経を注いでようやく舞台が整う所謂綱渡りに近い。
だからこそ、呼吸を一つ置いて意識をターゲットを殺す為だけの機械として切り替えた切嗣は、今度は戸惑う事無くトリガーを引き絞り―――
「―――ッ」
手に残る感触と、サイレンサーから洩れる硝煙が漂う。
対象を確認すれば、粉微塵に吹き飛んだ扉の先に、コンクリートの地面に倒れ伏している男の足が見える。その足元に流れる赤い血だまりから死亡は確実だろう。
「舞弥、ターゲットへ命中を確認した。セイバー達の方はどうなっている?」
そしてマスターが倒れればランサーの変調は必至。
単独行動といったスキルを持っていれば話は別だが、少なくとも注意を逸らす事は可能だし、魔力のバックアップが途切れた以上隙は出来る。
そうなれば結果としてセイバーの勝機は上がる。また、マスターが消滅したサーヴァントも他のマスターと手を組む可能性もある。ここで切れるならそれに越した事はないのだから、
『――切嗣ッ!』
「? どうし―――」
突然耳につんざくような声がノイズ交じりに聞こえ、視線を僅かに正面から切った瞬間―――
「―――っ!?」
戦場を渡り歩いた経験からか、切嗣は反射的に身体を横へ転がすようにして飛ぶ。
すると一閃、銀色の光が窓から走ったと思えば、手にもっていたワルサーの銃身の先が綺麗に輪切りにされていた。
「ふむ。狩人気取りのネズミかと思えば、中々に勘は利くようだな」
「ケイネス・エルメロイ、アーチボルトっ」
その足元に銀光の絡繰りと思わしき球体に乗って上昇してきたケイネスは、悠々と窓から中へと降り立つ。
狙撃による手応えは確かにあった。センサー、使い魔の視界に問題はなかった。今までの彼が倒してきた魔術に驕った輩なら問題なく処理できたはずで、実際切嗣側でそろえたデータから分析するに、ケイネスは典型的な血統至上主義。これまで倒してきた魔術師の中でも比較的相手取りやすい部類の相手、だったはずだ。
「なるほど近代兵器か。奴の言葉で言うなら戦場の勘。知恵だったか、中々に勉強になったよ」
しかし、ターゲットがこうして無傷で姿を晒している以上デコイ、網を張られていたのは覆りようのない事実だ。
故に思考を回転させ、銃身が切断されて役に立たなくなったワルサーを投げつけ、切嗣はコートの下からキャリコを取出し狙いも乱雑にフルオートで撃ち放つ。
一分間に数百発の弾丸を撃ち放つ性能はそれだけに反動も相当であるが、その不可能を可能としているだけにその弾幕は本来避けようもない死の壁となる。
だが、
「――なかなかの手前をお持ちのようだが、種が割れた手品ほど滑稽なものはないな」
「自立防御、物理防壁かっ」
立塞がったのはその足元に展開されていた白銀の物体。それらが切嗣の射撃に反応して即座にケイネスの眼前に防壁を展開したのだ。
「我が秘術を、その程度と思ってもらっては困るな――」
そして、その銀幕は、主であるケイネスの手の一振りで形状を球体に戻す。
その状態がいわゆる待機状態なのか――いや、そもそもこの場に現れた斬撃は何だ。あの時光った銀光、今ケイネスが刀剣のような鋭い攻撃用途のある礼装を持っていないという事はつまり、
固 有 時 制 御
『time alter――』
滾 れ 、 我 が 血 潮
『Fervor,mei Sanguis』
間にあえと即座に術式を起動させる切嗣。背中に刻まれた刻印が熱を持ち、持ち主の
二 倍 速
『――double accel!!』
その刹那に彼の居た場所を襲うのは無数の銀槍。ケイネスが球体にして待機させていた物体から幾つもの槍がコンクリートの床と壁を軽々と貫きくり貫いている。
加速した時間の中で、奇襲ではなく距離を置く事、現状の把握だ。
ケイネスの武装は攻防に優れ、その展開力から並みの速さでは突破は不可能。
今行使する切嗣の魔術なら可能性もあるかもしれない。
「――っ、グ」
その加速が急速に衰える。
一見時間の流れを操る魔術も、彼の
強襲に踏み切らなかった要因の一つがそれだ。
「ホウ――機械の玩具に頼る様な半端ものかと思いきや、中々に高尚な魔術をお持ちのようだ」
“固有時制御”
切嗣が戦場で切り札の一つとして編み出した、彼が使う数少ない魔術の一つだ。
体感時間ではなく、空間の時間を引き伸ばし、或いは停滞させる。だがそれは言うまでもなく魔術の領域を超えるもの。大魔術でありもはや魔法だ。
切嗣が単体で儀式として手順を踏まず、たった二節の呪文で行使できるような代物ではない。
「が、それだけに捨て置けぬ。理解に苦しむな。これほどの魔術を習得し、生す事がただの人殺しとは――魔術師として、貴様は徹底的に矜持が足りないと見た」
「ハ、――ァ……確かに僕は君らのような魔術師とは縁遠い存在だろうさ――だけど、それで構わない」
即座にこの場での形勢の不利を悟った切嗣は、円筒上の物体を投げつけて撃ちぬく。
「煙幕っ、どこまでも小癪な真似を」
後ろで空気と共に煙が薙ぎ払われる気配がするが、僅かでも視界を遮れれば問題はない。英霊相手では刹那ほども稼げない小細工であろうと、魔術師、つまりまだ相手が人間であるなら有効だ。例え行使する魔術がどれほど性能を誇ろうと、それを手繰るのが人である以上その初動さに遅れが発生するのだから。
そうしてケイネスから距離を大きく空けた切嗣は、物陰から使い魔の視覚を共有して息を整える。
自立起動の銀幕。
まずい事に非常に相性の悪い礼装だ。
切嗣の攻撃手段とは一部を除いて近代兵器による物理的な殺傷である。
その速度と実用性。魔術による成否の不安定さと天秤にかけた結果、選んだ物であるが―――敵の防壁はその速度において銃弾を上回る展開速度を見せつけたのだ。
銃を取り出してから呪文を唱えた様子もない事から、アレは展開している限り主に対する防御が自動で行われるよう術式が組み込まれているのだろう。襲撃に対していくつか供えをしてあるが、その悉くを防がれるのでは手の打ちようがない。術式を組み込んでいる以上、そこには穴があるだろうが、相手の性格を鑑みればそうやすやすと手札を晒すとも思えない。
故にいま必要なのはその分析であり、中でも重要なのが―――
「――その性質。正体とまではいかなくても耐久力が分かれば」
あるいは、徹底的に優位だと思い込ませて煽れば、全力で臨まざるおえなくなる程怒り狂わせる事が出来れば勝機は跳ね上がる。
切嗣は懐に備えた相棒を確認し、行動に移る。
「勝つと決めた。救うために切り捨てる事を選んだ。あの時からもう―――目を背ける事はしないと決めたから」
逃げる事はない。
舞弥からの情報からセイバー達の動向を把握し、勝負を投げ捨てるにはまだ早すぎると自分の相対すべき敵を攻略する為に。
雷光が瞳を焼き切らないばかりに周囲を圧倒する。
一日に3度も夜の帳が街を覆い、その濃度を凶悪的に高める空間で局所的に、その場だけは闇を切り裂く雷光が轟音と共に顕現する。
『
二人の英雄が互いに切った手札は、その顕現だけでも周囲を歪める。
片方は文字通り歪に、己の方こそ正しいと世界を侵食する。
片方は世界を切り離して乱れを正し、導く一条の光となって暗闇を突き進む。
互いに相容れぬ程反発しあう吸魂と聖雷は、鞘から抜き放たれる前に鬩ぎ合い、
『Donner Totentanz―――Walküre!!』
先に抜き放ったのはやはりというか、当然の流れか――正しく剣の英霊であると見せつける様に抜刀して見せたのはセイバーだった。
「は、ぁぁあああ!!!」
秘剣を抜いたセイバーの姿は全身が雷を纏ったように青白い輝きに包まれ、その疾走は間合いとして十分に開いていた距離を刹那の間にゼロにする。
剣と槍の英霊。両者にとってはもともと一息でつめられるものであろうと、この時のセイバーの脚力は常軌を逸していた。元々、最速の英霊という特性を持つランサーを軽々と超える速度を誇っていたが、その走りは一線を画しているといってもいい。
「――っぃ」
故に、彼女がランサーの脇を巻き起こる突風も置き去りぬけたころ、振り向こうとしたランサーが己の身体が傾いたことでようやく自身に起こった異常を知覚した。
「ッァ―――」
右足を綺麗に輪切りにされ、振り向く動作にようやく傷口が開いて重心が崩れる。
斬線に淀みが無く、正確な一閃が痛覚すら遅延させていたのだ。
これまで腕を切り裂かれようと貫かれようと、セイバーは見ていないが自身で腹を切り飛ばした男だ。この対処は間違っていない。ただでさえ野性的勘が働くこの男に初手から必殺を見舞えば防ぐなり躱される確率が高い。
故に隙を作り出す為にまずは動きの機転を潰す。
道理として間違ってはいない。
だが―――
「―――ハ、この程度でしまいか、よっと!!!」
「―――!?」
膝下から輪切りになった右足で、大地に突き立てるように――彼は自身の足だったものを傷口で踏み締めた。
途端に飛び散る筈の血は、予想に反して一滴もなく。代わりに異物が肉を抉る不快音が鼓膜に届く。
つまり、
「―――っと、やっつけだが問題はねェな。テメエも芸がネェ……正面切って殴り合いが出来なければ細切れだあ? 笑かしやがる。この程度で隙晒すくらいなら―――俺らは“英雄”になんざなれちゃいねぇし呼ばれねえよ。戦場の星なんざ夢のまた夢だ」
何度か確認するように足踏みを繰り返すが、つくづくこの男の感覚が異常なのだと見せつけられる。
狂喜に染まった顔をしているが、その音から察するに自身の杭を切断された足に突き立てて無理矢理接合しているのだろう。
確かに、杭そのものを地面に突き立てても砂地に立てる様に沈むだけであり、立ち回りには便を失する。自身の肉体だったものに刺すならその点の心配はないだろう。
完全に癒着するまでの間、簡易的な義足のようなものだが、仮に思いついても実行するなど、その感性は端的にいって狂っている。
「ってわけでだ。今度は、俺からいかせてもらうぜ」
ゆらりととったその構えは嫌になる程見覚えのあるもの。
ランサーの秘技の深部、彼の根幹を表し事象を侵食する宝具だ。
確かにセイバーの展開の方が早く、実際に詠唱の中断には成功している。だが、中断した程度で霧散するような脆弱性はないのか、構えた状態から紡がれる呪詛によって周囲は完全な闇に包まれる。
当然即座にセイバーが阻止に走ろうとするが、その体に踏込みを阻害する重圧感がのしかかる。
『
見上げる頭上に上る深紅の月。
見ようによっては美しくも不気味に映るそれは、彼の心象風景の象徴であり、空に月が輝いているという事は――
死 森 の 薔 薇 騎 士
『Der Rosenkavalier Schwarzwald』
彼の世界。
紅い月が支配する魔性の闇夜が顕現する。
白蝋に灼眼の男。その犬歯が口から伸びていく様はまるで物語にでてくる西洋の鬼を表すようであり、吉兆の月夜に君臨する姿はまさにその名を表しているといえた。
「―――フッ!」
月の顕現に比例して増す重圧に対して体に鞭を打ち、セイバーは一息にランサーに駆ける。が、それも当然の選択というもの。
ランサーのこの“夜”は対象を呑込んだ状態で展開し続ければその生命力、活力を吸い上げ、得た物の性質に問わず己の糧とする。つまり、この能力相手の長期戦など下策中の下策。
故に、まだ義足擬きである右側面ならば反応に遅れる筈だと、よしんば防がれようとも僅かでも隙をつければ己の速力で十二分に踏破できると、それは彼女が戦場を駆けてきた故の自負だ。
「ア? 舐めてんのか、テメェ」
「く、ァッ」
だが、その一撃にランサーは普段と同じく、いや、普段以上に鋭敏な動作で鍔迫り合い、空いた腕で短槍の暴風を見舞う。
「今のはっ」
速度に関してはランサーの能力の上昇も推察以上であるが、それ以上に、今の動きは負傷した筈の硬さが無かった。
ランサーの膂力はもとより高いが、それにしても健康体以上の動きであり、杭で繋がっただけの足の踏込みで打ち返されるほどセイバーの剣は軽くない。
「あ? ああ、これか。別に不思議でも何でもネェだろう。手品じゃねぇんだ。種もあれば絡繰りもある。そもそもだ、一段階能力が上がってんだ。このくらいどうにかできない道理があるかよ」
持ち上げられた右足はあろう事か足首も機敏に動いている。
宝具の能力は元の槍の能力から吸魂の吸い上げと自己への転化を高めた能力と判断していたが、これだけの短い間に神経を接合させ、彼の踏込みに耐える接着――いや、この場合はもう自己再生のレベルだ。彼の能力はこれまでの能力からより人を逸脱した、文字通り化け物染みているといえよう。
「つくづく、人間離れしてますね。アレですか、貴方もしかして吸血鬼とかに憧れちゃう性質ですか?」
「おお、いいねそれ。似たような言葉は最近聞いた覚えがあるが、ああ、その手の言葉は褒め言葉にしかならねェよ」
彼自身肯定的で、一見すれば人を小馬鹿にしたような応対だが、あながち間違った指摘ではないだろう。
月夜に自己を強化し、他者の血(命)を吸い上げる魔性。
驚異的な膂力に再生能力。
どれも人の領分を超える魔技。
加えて、昼間に実際に見て体験した濃度が外界の時間が夜を迎える事で力の強度が増しているようにセイバーは感じ取っていた。
いうなれば間が悪いのだろう。
「―――だったらどうだっていうんですか」
条件としては初めから劣勢。
接近戦を主体とする者同士の戦いだが、ランサーの能力はその汎用性を高め、より凶悪に、より対応力を増している。接近せずとも相手を貶める等反則じみているといってもいい。
だが、仮にその能力がどんなに理不尽であろうと――
「仮に貴方の能力が闇に覆い喰らう力だとしたら、私は一条の光となってその夜を切り裂くだけです。それに言ったはずです、舐めないで!!」
彼女の選択はひた走ること。
鍛え駆け抜け、大火に焼ける戦場で先陣を切ってきたのは策を弄する為じゃない。
後に続く仲間が、守るべき人々が、生きる為の道を見失わないよう自身が輝く導になりたい。
故に握った剣もその気概に応える様に、彼女の信念の輝きに応え一際眩い雷光を迸らせる。
「――クハッ、そうだそれだよその目だ! あの時見せた胸糞悪いその面、俺はグシャグシャに磨り潰してやるって誓ったんだからよォ! オラ、もっと猛ろ魅せてみろ!!」
対して、正面から避ける風でもなくランサーは嬉々として迎え撃つ。
振り上げた腕を切り裂かれ、胴を貫かれようと彼は戸惑わない。
急所を殺し切らない限り、その体は止まる事はない。痛覚というものを認識していないのか、彼はその驚異的な再生力にモノをいわせて拳を、杭を振りつづけ、時に短槍の弾雨を撃ち続ける。
「く、ァッ―――ァァアアア!!」
当然、速力にモノをいわせようと面を制圧する波状攻撃にはセイバーも対処せざるおえない。
十やそこらの弾幕なら彼女の剣舞の前に容易く散るだろう。だが、数の暴力で言うなら彼の弾雨はたった一人で機関銃並みの火力と速射力を誇る。そうなれば当然被弾は免れないが――セイバーもここにきて高々被弾程度で足を止める程安い覚悟で戦場に臨んでいない。
「オラオラオラオラァアアアア」
そうなればこの勝負は単純に削り合いだ。
セイバーの速度にランサーの再生能力が徐々に引き離されてきている、ダメージは蓄積しているのだ。
無論、吸魂の杭は直撃でなくとも、掠るだけでその魔性が対象を蝕む。
「そっ、こ!!」
「ぅおっと!」
ダメージの割合で言えば被弾率は低くとも、総体的な量はセイバーが多い。その疾走に躓きでもすれば、瞬く間にこの“夜”がセイバーの余力を喰いつくすだろう。
「オラどうしたよ。動きが鈍って見えるぜ!」
故に気力を途切させるわけにも、歩みを止めるわけにもいかない。
もとより止まるつもりもない。
「ぁッ、まだ、まだァ!!」
走り続ける斬線。
引き絞った弓から放たれる様に体が、その延長である剣がランサーに傷を増やす。
ランサーが短槍を打ち出すよりも早く、原理的に言えば放たれた弾丸を後ろから追い越すような行為。
はっきり言って出鱈目だが、それを可能にするからこそセイバーの剣技はランサーの魔技に鬩ぎあえている。
「っこのアマ――いい加減にっ」
ランサーの笑みに余裕の色が薄くなる。
依然として戦に悦を見出す狂った色に変化はないが、駆け回るセイバーの姿が鬱陶しいのか、はたまたこれだけの猛攻に堪えないその愚直さが腹立たしいのか、ランサーの攻撃は次第に大降りに、より激しさを増していく。
「―――に落ちるのは貴方の方ですっ」
より速く。
相手より早く深く多く。
穿ち斬り飛ばされた血肉が、闇色の世界にその延長を赤い線で彩る。
両者のぶつかり合いは既に二桁を優に超え、三桁の数字を駆け抜ける。
セイバーの一撃一撃が目にもとまらぬ故に、ランサーの一撃に間隙というものが無いが為に。
いずれどちらが倒れる筈の戦いであるのに、終わりの見えない攻防は見る者にとって焦燥感を抱かせる。
これが問答ではなく、刃と刃による命の削りあいであると解っていても、固唾を吞まずにはいられない程に。
そして―――終わりの見えない、見えなかった勝負の行方は唐突な幕切れを引き寄せる。
「!?」
幕切れとしては呆気ない。
幾重にも繰り返せば、英雄といっても所詮は人、エラーはつきもの。であれば、セイバーが僅かに態勢を崩した隙を、ランサーが見逃すはずがない。
「ハ! これで、終い――――」
見れば周囲は荒れに荒れ、疾走した舗装は砂と瓦礫の山。つまり、ランサーの吸血とセイバーの疾走に環境が耐え切れなかったという事。そして運動量において、どちらが大きく締めているかなど比べるまでもない。
故にセイバーが苦し紛れに返す刃で反撃を試みようと、踏込みの甘い剣で防げるほどランサーの一撃は生易しくないとくれば―――そう一撃を覚悟した時だ。
「え―――」
視線は逸らさなかった。
騎士の矜持として、受ける一撃はしかと留める。僅かに視界を閉じて反撃の好機を逃すなど脆弱にも程がある。
女だろうと、戦場に出た以上半かな気持ちで立っているわけがない。
「消え、た……」
だからこそ、目の前で起きた敵の消失に、思考が停止する。
誓って見逃す事はない。
だからこそ不意打ちに上空や地中を取られるという事もない。
そもそも、あのランサーがそんな搦め手を好むとも思えないというのが一つ。
そして、この戦場で戦っているのが自分達だけでない事に思い至ったのが脳裏に浮かぶ。
「―――いや、この方角は」
そしてその懸念が間違いでない事を裏付けるように、僅かに離れた場所で槍兵の気配が起こった。
今年もあっという間に二月だよということで唖然としているtontonです。
いや、なんだかんだで本当にこの話投稿し始めてもうすぐ一年がたちますね。果たして腕は上がっているのか落ちてるのか(震え
えー今回はいろいろ参考に戦闘の描写で緩急をつける事に挑戦してみました! うまく表現できてるかな(焦
ともあれランサーのセリフ回し考えるのが楽しくてしょうがない。Fate陣営も今回は活躍させられたしバランスはいいかな、と個人的には満足。
ですが、ともあれこの章完結させないとですよね!
てわけで今回は此処まで!
二月中ちょいと忙しいですが、もう一話上げられるよう頑張りますのでまたよろしくお願いします!