黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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夜宴
「狂笑」


 

 

 

 一つの魂が散っていく。

 

 その光景はその輝きに反して儚く、見る者に悲しみを訴える何かを伴った響きがあった。

 彼女が、彼女達がしてきた悪を思えば同情の余地などない。

 

 だが、何故だろう。

 

 その時、その光景を見ていた者、皆に例外なく共通の思いが伝播したのは。

 

 本来なら共通の敵を討ち、休戦などただの飾りに成り下がったこの状況で、ただ傍観しているのならただの拙劣としか言えない。

 キャスターの消滅を確認してすぐさま像を解いて霊体化したライダーの反応こそ正常である。だが、その伝播した影響は、あのランサーですら何がしか思う所があるのか空を眺めていた程。

 

 

 よって、もし、この場に一石を投じるなら、それはこの感傷とは無縁の悪鬼か―――

 

「いやはや、これでようやく一つ目の座が埋まりましたか――」

 

 そもそもその手の感傷に鈍い者となる。

 

「アサシン……まさか、この場で戦う気ですかっ」

 

「いえいえいえいえ、そんな滅相もない。私はあくまで間諜の英霊。戦火煌びやかな渦を駆け抜けた英傑とは、本来肩も並べられぬ矮小の身であれば―――」

 

 セイバーが主を庇うかのように前に出て剣を構えるが、その矛をまるで意に止めず、彼は笑って彼女の殺気を受け流す。本来、人一倍臆病であるが故に隠密に長けていた英霊としては、異様な雰囲気を纏っていたと言えよう。

 

「そう、私は一つ確認したいことがあってこの場に姿を現しました――ライダーは早々にマスターの元に戻ったようですが、まあ、これだけの人数が揃っているだけでも僥倖というものでしょうか。それにそもそもです。私の能力などは姿を晒した時点でないも同然、そのあたりを組んで頂ければ、私としてはありがたいですな」

 

 物言いは癖があるが、その話に筋は通っている。

 アサシンがサーヴァント中、キャスターと並んで最弱と呼び称されるのはそのステータスの脆弱さだ。キャスターが唯一魔術にたけている長所があるのに対し、アサシンは戦闘においてアドバンテージというものが基本的にない。

 だが、そんなクラスがマイナス面だけを抱えている筈もなく、7騎いる英霊に選ばれた以上、その能力には何某かの旨みがある筈である。

 

 そしてそれがアサシンのスキル別能力、“気配遮断”である。

 

 通常、霊体化した英霊は魔術師ですら感知が容易ではないのに対し、同じ霊体(アストラル体)であるサーヴァントには感知できるという面が存在する。そして、“気配遮断”とはこの感知の網をかいくぐる例外、サーヴァントの眼すらも欺くまさに忍ぶ秘技であるのだ。 

 

 無論、隠れるに特化されれば厄介極まりないスキルであるが、聖杯戦争のルール上、基本的に1騎だけが突出しないように性能が設定されている。よって、このスキルもその例を外れない。

 一見万能じみたスキルであるが、攻撃態勢に移行した際にその隠蔽が薄れるという側面を持つ。

 これらの要素により、奇襲に強いサーヴァント持ちにはさして脅威でないように見えるのだ。もっとも、サーヴァントに対して効力が望めないというだけであり、神秘が劣化している今代の魔術師程度ではその凶刃を交わす事なぞまず不可能なのだ。

 

 つまり、アサシンが言葉にしたのはこの点の事である。

 その場にいるとわかっている間諜ならば、警戒のしようなどいくらでもあるだろうと、そういう交渉の札をチラつかせているのだ。

 

 だが、

 

「御託はいいんだよ。ああそうだ。テメェの言うとおり一人目がおっ死んだ、ただそれだけのことだわな――ならよ」

 

 そんな空気等取り合わない輩というのは存在する。

 先程こそ似合わぬ感傷に浸っていた彼だが、その空気を塗りつぶされればそこには通常通り、ただの戦闘狂がそこにいる。

 

「……態々首晒しに来てくれたんだ、お前―――俺に狩られる覚悟があると見ていいんだよなァ!」

 

 静の状態から刹那の間も置かず突撃し、その腕に瞬時に禍つ杭を生やして討って出るランサー。

 もともと、彼は仕留め損ねたキャスターを討ちにここに来ていたのだ。現状、それをアーチャーに横からかすめ取られた形になり、今現在彼は消化不良。端的に言うなら酷く苛立っていたのだ。

 

 

「おやおや、ランサー。それは些か情緒に欠けるでしょう」

 

「っ、またテメエか」

 

 だが、その矛先を押し止める者がある。ランサーの突撃による衝撃はサーヴァント中でも群を抜く。その衝撃を受けてものともしないとなればその相手はバーサーカーくらいだが、例外としてこの男、アーチャーもまたその凶刃を受け切る身体を持っていた。

 

「非礼は詫びましょうランサー。ですがこの場は一つの命が散った場だ。今一度矛を収める事もまた必要でしょう。それに、彼が危険を承知で話があると出てきたのですから、一考する価値があるかと思いますが?」

 

「――チ」

 

 またしても、またしても彼の宝具である“闇の賜物”はアーチャーの肉体を貫けずに終わってる、それも今度は投射した杭ではなく全身を使った一撃であったにもかかわらずにだ。足元を見れば、アーチャーが踏み締めた後か、ブレーキ痕の様に溝が刻まれている。だが、それはアーチャーが力技にも対応して見せたという事。

 固いだけではなく、邂逅時に見せた妙な体術の賜物か、それは彼の不透明さをより怪しげに彩っていた。

 

「助かりましたよアーチャー。ええ、相も変わらず、彼の狂犬ぶりには取る手綱も一苦労でしょう」

 

 そんなアーチャーに向かい、アサシンは信頼しきった歩調でその横を歩く。その位置はサーヴァントとマスター達を相手取る中央。この場にいる皆の注目を集めるにふさわしい立ち位置だった。

 

「ほう? 察するにアサシン。貴方は彼の素性に心当たりがおありで?」

 

「ええそれは無論のこと、此処にいる皆それぞれ紛う事無く言い当てられますよ。……今にして思えば、彼女の奇行も納得がいくというもの。ですが、私はその行動に理解を得られても賛同は出来ませんがねぇ」

 

 ランサーの追撃が無い事を確認して更に饒舌に語り出すアサシン。

 アイリスフィールの傍に控えるセイバーも場を窺っているのか、攻勢に出る様子が無い。加えて、ランサー以上に不確定要素だったバーサーカーが退場している事も大きいだろう。本来魔力を大量に消費するクラスであれば、あの大立ち回りだけでも異様極まるのだから。

 

「なるほど。彼女とは――キャスターの事か……どうやら、今回の“暗殺者”は殊の外情報収集に長けていたようだ」

 

 そして事が弁舌を尽くした舞台に移行するのなら、彼がその舞台に上がらないわけはなかった。

 ランサーのマスターであるケイネスは、アサシンの含みのある物言いに興味をひかれたのか、その誘いに乗ってきたのだ。

 

「ええ。ハッキリ申し上げるなら愚行の類ですよ、アレは。まったく、私には思いついても考えに起こそうとは思いませんね。事に至って自棄になったとしても、その先に自滅が待ち構えている事くらい彼女なら理解できたはずでしょうに」

 

「ああ、キャスターと言えばアサシン。先の戦では助力に感謝します。あの場で姿を晒してくれた事は誠に行幸でした」

 

 アーチャーが切り出した助力というのは、恐らく軍の介入妨害から蛇の進行を防衛した事だろう。

 分裂した蛇の群れは然程耐久も能力があるわけでもなく、ライダーの屍兵でも手傍は足りたかもしれない。が、量が量である。首を飛ばす、胴を穿つたびに無数の蛇が現れる戦場では貴重な戦力だったのは間違いない。

 加えて、彼の得物が特殊なワイヤーを自在に手繰る特殊な武技を持つ。こと防衛線においては手数の有為があるライダーに勝るとも劣らない活躍を見せていたのだから、キャスター討伐に関する彼の功績は決して低くはない。

 

「なに、それをいうなら先程の彼の凶刃に対する手並み……ひいては先程の秘奥の開放を含めて、感謝したいのは私も同じですよアーチャー」

 

 故にアーチャーの賞賛は掛け値なし、偽りの無いものであり、その証拠に再度姿を晒した暗殺者に場の空気は猜疑心に包まれていると言っていい。

 だが、渦中の当人であるアサシンはそんな空気を知らぬと言うように、浮薄を装ったような、人の神経を逆なでするような笑みを顔に張り付ける。

 そうしてこれまた皆の中心で大業そうな動作で――思えば初めから彼は皆の視線を集める様に道化然とした動きだった。であれば、そうまでして注目を集めたのなら、彼のこれからの発言は―――

 

「ああ……いえ猊下(・・)とお呼びした方がよろしいですかな?」

 

「いえいえ、そんな大層な呼ばれ方は委縮してしまいますよ。それにしても、確認とはやはりソレ(・・)の事でしたか……いや、私も貴方に用がありましたから、こちらとしても渡りに船でしたよ」

 

 そう、とても重要で、恐らく彼、彼女等にとって無視できない事実だったはずだ。

 

「ほう。それはいった――――イ゛ッ!?」

 

 ――痩躯の男を、弓兵がその腕で貫く光景に上塗りされるまでは。

 

「ァ、ガ――何故、貴方が、私をっ」

 

 大概的に同盟はなかったものと謳っていた彼等だが、それでもアサシンの顔を見る限り、これは彼の中のシナリオにはなかった事態だというのは想像に易い。

 対して、その胸を貫きいたアーチャー。いくら長身とはいえ、彼が戦士然とした力を持つようには見えない。が、その細腕に釣り上げられたアサシンの姿は幻ではない。

 仮に一度目の死亡が巧妙や擬装であろうと、今目の前にいる英霊達がその擦り減っていく魂を見間違える筈がない。

 

「何故? ククク、何故と? ―――これはこれはおかしなことを言いますね」

 

 そして、同盟相手、であった筈のアーチャーはいつか浮かべた凶悪な笑みでその困惑の声に答える。

 それはもう活き活きと。その見開いた目が滑稽でたまらないと。

 片手が肉に塞がっていなければ、腹を抱えて笑いあげるのではと思わせる程に愉悦に相貌を歪めている。

 

「私も、貴方も、此処にいる彼彼女等全員、我々は本来聖杯を賭けて戦う敵同士。強大な障害を前に一時の休戦は否応もありませんが――の目的を果たしたのなら、それは隙を見せた方が悪いというものでしょう」

 

 不意打ちを悪びれもせず正当化する姿は、確かにこの殺し合いの参加者としては正しいのだろう。

 だが、仮にも聖職者を装い、“聖致命者”名乗った男が浮かべる笑みだろうか。

 

「第一、あなたは自分で仰ったではありませんか。自身は『矮小の身』だと。そしてならばならば、戦場にのこのこと現れた敵を前に矛を収める等三流以下のすること。ましてやその交渉材料の種が割れているのあら尚の事……どうです? 私は何もおかしなことはしていませんよ」

 

 まるで真逆の、手に伝う血の暖かさも心地よいと歌う悪鬼のように、その口元を三日月に歪めていた。

 

「―――ええ、悪鬼結構。悪逆結構。例え邪だと誹られようともこの願いは必ず成し遂げる。私が成し遂げる。故に、貴方は大変役に立ってくれましたよ――■■■■■」

 

 最後の一言はその場にいたマスター達はおろか、居合わせた英霊達の耳にも届かない小さな声。

 だが、それが示すところは十分だったのだろう。油が切れたブリキの様に軋むように振り向き、その目が捉えた弓兵の顔を見て彼は絶望の色を濃くした。

 

「っ、あなた、ま゛さか―――」

 

「ではさようならですねアサシン。貴方をこうして討つ事。既に主の道から外れていようと、ええ、これには私も運命めいたものを感じずにはいられませんよ」

 

 そうして呆気なく、間諜の英霊は石を投げ捨てられるように宙に投げ出され、地に着く間もなく粒子となって霧散する。

 

 この世ならざる彼等の末路とは例外なく“無”。

 いくら凶悪な部位を誇ろうと、聖人の様に尊い心を持とうと、彼等の最後はあっけなく散る。

 夜を待たずして、此処に二つの英霊が散った瞬間だった。

 

 ことの展開に場が静寂に包まれる。

 アーチャーの行動はそれほど淀み胃が無く、虚をつくという意味ではお手本染みているほど無駄が無い。

 いうなればそれはランサーの獣性剥き出しの獣性と真逆の殺意。

 危険察知には並々ならぬものがあるだろうアサシンの警戒を直前まで悟らせぬ足運びに息遣い、ともすればこの男こそアサシンではないのかと思わせる程である。

 

 そうした中、誰が行動を移すかと期せずして三竦みの状態になったこの場で、一番に沈黙を破ったのは――

 

 

「アイリスフィールッ!?」

 

 

 剣の主従、その仮初の主が倒れる音だった。

 

 今大戦で英霊随一と言わしめるセイバーは、その俊敏さに違わず地面に頭を打ちつけそうだった主を受け止めて大きく距離を開ける。

 三竦み、三つ巴の状況では弱みを見せた相手から落とされる。この状況を見れば速やかな離脱はいい判断と言える。

 そして距離を話し、警戒を解かないのは迎撃の為であるからして、彼女は視線を外さず、腕に抱えたアイリスフィールを見やり、驚愕することになる。

 

「――っ」

 

 彼女は医学に所縁があった訳ではないが、それでもその表情、血の気という血、生気の薄れた顔というのはある意味で見慣れたものだ。そう、戦場で命の炎を途切れさせる直前の、遠い記憶の同胞達と変わらない顔だ。

 服越しに感じる体温もどこか頼りなく、どうしてここまで無理をさせたと後悔の念が襲ってくる。

 

 が、そんな暇を許す筈もなく、目ざとい彼がその変化を逃す筈がなかった。

 

「ほう、これはこれは――なるほど」

 

 それは興味深いと、臥せたアイリスフィールを見て邪な笑みを深く湛える。

 

 ここにきて状況は芳しくない。

 この混戦で弱みを見せる痛手は先の通り、これだけの癖がある面々を前に主を抱えて応戦するというのは、いくら最優と呼ばれるセイバーであっても難しい。離脱などもっての外だ。

 

「――クッ」

 

 腕の中の彼女は依然として冷たく、反応が微弱な状態といいただ事ではない。

 アーチャーはまず間違いなく逃がすつもりはないだろう。アレの興味は今こちら側に移っている、

 ランサーは、即戦闘に移るつもりではない様子。だが、そのマスターであるケイネスが見逃すはずがないだろう。

 そう思うとライダーが離脱したのは幸運だったが、状況が悪いのは変わりがない。

 

 冷たい汗が背を伝う緊張の一瞬―――そこへ、

 

「これは!?」

 

 複数の投擲物が飛来する。

 

「煙幕、だとっ」

 

 一つは周囲一帯をおおう程の煙幕を放出している缶が5個。空中で炸裂して勢いよく周囲を覆う。

 そして視界を完全に大きる刹那に、セイバーの雷光に勝るとも劣らない閃光と爆音があたりに響く。

 当然、それらが英傑たるサーヴァントを阻害させるのかと言われれば微々たるものだろう。

 だが、

 

「チッ」

 

「――面倒なものをっ」

 

 明らかに殺傷を目的としただろう弾幕、そして煙幕に施された魔術か、魔術による探知を妨害している。

 そしてその程度にランサーが庇うはずもなく、ケイネスは自前の魔術での防衛を余儀なくされる。

 

 だが銃弾程度ならサーヴァントに利くはずもない。所詮一時のその場凌ぎであり、当然その場にいたセイバーも瞬間的に視界を奪われる。

 

『――動くなセイバー。アイリを抱えたまま城の方角へ離脱しろ』

 

「――! キリツグっ」

 

 この状況を作り出したのが彼の手による物だと分かれば彼女の行動は速い。

 念話の内容を理解した彼女は“主”の指示に忠実に、一目散に駆ける。

 セイバーの全速ともなればアイリスフィールに負担をかける事になる。容態を考えれば加減するべきだが、現状は離脱・安全が最優先だ。

 となれば事の是非を問う前に即断即実行であること、何よりいくら隙が出来たと言っても英霊の目をそう誤魔化せるものではない。アイリスフィールには負担をかけるが、謝罪を短く、煙幕の中を飛びずさった。

 

 

 

 そして、

 

「チ、逃げ足の速い奴め」

 

 彼女の足が英霊中最速であれば、その僅かな間でさえ撤退の好機となる。

 ランサーの一振りにより切り裂かれた煙幕の先には、剣の主従は既に遙か彼方に気配を感じられる程度に離脱を果たしていた。

 

 よって、現状のこっているのは――

 

「おやおや、彼女も流石英雄という所でしょうか。もう感知の外へ行ってしまいますよ」

 

 槍の主従と、司祭姿の弓兵という組み合わせになる。

 見たところ、アーチャーに敵意というものは感じられない。が、アレは降りかかる火の粉には躊躇の無いタイプだろう。キャスターを屠る瞬間に見せたあの“笑み”をケイネスは忘れていない。

 キャスター討伐にあたって、一番消耗しているのはランサー組だ。

 その追い詰める過程で二度の宝具の開放。加えて、マスター側も少なからず戦闘行為を行っている。主従共に連戦を強いられていた以上、此処は素直に退きたいといのがケイネスの心情だが。

 

「それで、どうします? 私は別にかまいませんが―――」

 

 聡い彼の事だ。

 ケイネスの心積もりなど百も承知だろう。よってその問いかけ、細められた視線の先は彼ではなく、その右前方、ランサーに向けられたものだ。

 

 この提案も当然かと内心嫌な汗を感じながらケイネスはランサーの背後を窺う。

 後姿からもその闘気を納める事はなく―――いや、そもそも彼はこの地に召喚されたからこのかた闘気を納めた事が無い。戦場でこそ色濃く、それこそ見境なく撒き散らすランサー。それは日常でも常に周りに喧嘩を振りまくように当たり前に纏っている。そして、そんな彼だからこそケイネスは懸念しているのだ。

 現状、今までは彼にとって明確な敵対者、ないし興味の対象を提示する事でどうにか思惑に沿わせた行動をとる事が出来たのだ。そして、今彼の最高レベルで獲物となっていたキャスターは彼の目の前で散っていった。自滅ではなく他者の手、つまり目の前の弓兵の手によって。

 これで彼が次に誰を己の得物とするのか、知恵の足りない者でも察しがつくのは容易というものだ。

 

「……白けた。クソがっどいつもこいつも」

 

 だが、どういう心境の変化なのか、彼は戦闘をすることもなく像をぼやけさせる。

 即座に霊体化しない事からも一応警戒はしているのだろう。

 

「ああ、アーチャー覚えておけ。次は手前の首をもらいに行ってやる……逃げられるなんて思うなよ」

 

「おぉそれはそれはおそろしい。貴方とは、出来れば最後まで相対したくはない者ですが――」

 

 その軽口にランサーは鼻で笑返し、ゆっくりと姿を消す。マスターであるケイネスにはランサーが近くにいる事を察知している。当然、同じ英霊であるアーチャーにもそれは知られているだろう。だからこそ、ケイネスは余裕を崩す事無く相対する。

 

「この場は退かせてもらおう。ランサーの気紛れに救われたな、アーチャー」

 

「ええ、それは承知していますよ。私といたしましても、日に連続での戦闘は避けたい所でしたので」

 

 どこまでが本気かわからない笑みを浮かべ、実際手出しする素振りなくケイネスを見送るアーチャー。

 だが、忘れてはいけない。

 彼はセイバーとランサー、そのマスター等がいる只中で苦も無く自然にアサシンを殺して見せた所作。キャスター戦やこれまでに見せた神出鬼没さといい、いまだに絡繰りが不明の頑強さ。

 加えて――恐らく現状最高レベルの破壊力と貫通力を持った宝具。

 攻守ともに隙が無いという凶悪極まりないサーヴァントである。その性質を見れば、確かに回数制限や燃費の問題もあるだろうが――ことこの弓兵相手には額面通りに言葉を受け取るのは危険極まりない。

 短い会話と邂逅であるが、それでも気を許していい類の相手でないのはケイネスとて承知だ。

 

 故にここは態勢を立て直し、十全の準備を整える事こそ肝要だと“月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)”を足元に展開して随伴させそのまま場を後にする。

 

 一度振り返れば、その間言葉通りに場を動く事なくにこやかな笑みでこちらを見送るアーチャーの姿がある。

 それは“あの時”浮かべていた歪な笑みではないが――それを見たからこそ作り物めいていて不気味なのだ。

 

「―――ピエロめ」

 

 一言吐き捨てる様に、今度は振り返る事無くケイネスは堤防を後にする。

 戦場跡に残ったのは弓兵の英霊である彼のみ。破壊の爪痕が真新しい人気の無い場所でクツクツと一人嗤う神父の姿は酷く異彩だ。

 その姿は消えたはずのキャスターより不気味であり、暗殺者より油断ならない。

 残った他のサーヴァントたちもいずれも一癖も二癖もある猛者揃い。これからの戦いは皆様子見もなく、一つの戦闘が苛烈を極めるのは必至だ。今日夜を待たずして二つの霊魂が散ったのは事実であり、今まで保たれていた均衡がこうまで崩れてしまった以上、此処からの戦争は急展開を迎える事になるだろう。

 

 そう、聖杯戦争はこれより退路の無い転換期に入るのだろうと、ケイネスはもちろん、この夜を生き残ったマスターとサーヴァントたちは誰もが理解していたのだから。

 

 

 

 






 ドーモ=tonton です。
 お久しぶりです。年末死にそうですが、とりあえず一話上げられて首の皮一枚繋がって一息です(震え

 前回今回で大分急展開を迎えましたね。
 ええ、中には今までアサシンがいつ脱落するのかと思っていた方もいるでしょう……


 …………お待たせしました。まさに今回だよ!!(ゲス顔


 一度してみたかったので作者的には満足です!
 いや、実はこの話、1話目が始まる前の某屋敷を襲撃する際、そこでアサシン脱落も考えていたので――いま読み返すと結構出番ありましたね彼。
 死にざまは呆気ないですが、これでも多分にキャラに対する愛は注いでいますから!!

 さて、話中でも散々触れましたが、今回でターニングポイントなので、此処からはバッタバッタと死にます。いや、話数はかけますが(笑
 具体的には38~45話内で終わる予定です。あくまで予定ですよ!
 年内は時間的にも今回の更新で最後ですね。年末年始は今回イベントがたくさんあるので書き溜められないのですが、また一月から頑張りますので今後ともよろしくお願いします。
 では、また最新話か活動報告で―――最近書いてなかった(白目

 いえいえ、その内書きますので!

 えーでは、長くなってしまったのでこの辺で、お疲れ様でした!!!
 皆さまよいお年を、です!



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