黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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「独奏者―魔女狩り」

 

 

 

 河川を所狭しと疾走する青白い雷光。

 ぶつかり合う黒い深淵の如き靄を身に纏わせる巨躯との競り合いは、その速度差から見て一方的である。

 

「はぁ、ぁああああ!!!」

 

 セイバーが縦横無尽に、上下の三次元すら制覇して刃を振るう殺陣は必滅の領域だ。その前には例えどれだけの強度を誇ろうと、いずれ削りつくされると錯覚させるほどの勢いがある。が、なにも特別な絡繰りがあるわけではなく、極々単純に、セイバーが常識外れに早いのだ。

 彼女の剣の輝きから見て、その能力は明らかだ。“雷を操る”、その力を秘めた剣という所だろう。まさに字の如く“戦雷の聖剣”とはよくいったものというべきか。しかし、その能力はあくまで事象を操る能力であり、彼女の速度に結びつくものではない。水面の反発や、空中でステップを踏むなど手品じみた小技は出来るだろうが、その速力の説明には弱い。つまり、彼女は個人の技能、或いは魂の域で超常の域にいるのだ。

 

 だがしかし、事が一方的なら等に勝負はついている筈であり、こうして応酬が幾重に続くのは妙な話であるが――それも単純明快だ。

 

 なぜなら、バーサーカーはセイバーの高速で振るわれる剣戟、その全てに己の黒剣を合わせてきていたのだから。

 

「――コレ、本当に狂戦士なんですかっ」

 

 思わず彼女がそう愚痴を零すほどに、“彼”の剣は堂に入っていた。先ほどまでの荒々しい、眼中にない有象無象を掃う為の剣ではない。確実に、セイバーを排除すべき障害と見据えて構えた剣筋。

 

「―――ァアア!!!」

 

「っ、まだまだァ!!」

 

 一度か二度ならまぐれもあるだろう。だが、それは剣術、ないし武道を納めた戦士特有の切り替えであり、理性を失って強化されるバーサーカーのクラスにはありえない事態だ。

 手数、そして何より高速の斬捨てがそのまま回避行動に繋がり、セイバーはバーサーカーの反撃を受けないが、同時に現状では削りきるどころかその肌に剣を触れさせる事も出来ない。

 

「――マダ」

 

 だが、なにより厄介なのは狂戦士の剣戟が徐々にセイバーの剣に合わせてきていることだ。彼の剣が剣士と真っ向から渡り合えるだけでも異常極まる事態。だというのに、剣を合わせれば合わせるだけ、打ち合う程に競り合いかける回数が増えてきている。

 

「人をついでみたいに――ク!」

 

 それも残念ながら気のせいではない。まるで旧知の敵が相手の手の内を把握しているかの如く、それこそ他のことに気をとられたような半端な剣を振るえば今のように弾き返される事態も起こる。

 加えて、反撃にでようもならまず間違いなく、セイバーはその豪剣を受ける術がない。故にこの疾走は当然の流れで、緩めようものなら容易く捕捉されて切り捨てられるだろう。いや、セイバーでなくてはそもそも回避も難しい筈だ。

 

「さっきからっ、邪魔だ退けだと好き勝手、言ってくれますね!!」

 

 だがその程度、彼女が退く理由にはなりえない。

 速度が劣れば切られるというのなら、今の速度より高次元の疾走に昇華すればいい。もとより彼女の武器とは早さであり、全身運動を剣の鋭さに活かした剣戟。そしてこの状態が、宝具による身体強化ではなく、彼女本来の基礎ステータスによるものだとしたら――

 

『唄謳う。兵の導たらんと 私は空を駆ける――』

 

 ――短い口上の刹那、剣に纏っていた雷がその仕手、セイバーの全身を包む。

 一見自殺行為に思えるが――その効果は劇的だ。雷独特の指向性ではなく、セイバーが望む指向性を与えられたそれらは的確に彼女の細胞を促し、人単体を越えた運用を可能にする。端的に言えば、速度上昇だ。

 

「余所見なんかさせないっ、私を見ろ! 貴方の相手は――」

 

 急制動が残像を生み出し、止まらず緩急をつける事で彼女の像が6つに分裂したような錯覚を与える。遠目で見ているアイリスフィール達ですらその姿がとうに追えない域にいたのだから、常時接近戦を挑まれているバーサーカーが視認するのは容易ではない。

 そしてならばこそ―――

 

「――この私です!!」

 

 返す刃がセイバーを捉えるより早く、その刃はバーサーカーの胸を貫く。

 本来なら致命傷。聖杯により受肉した英霊であろうと、その核である真の臓、もしくは首を断たれて現界し続けられる者はいない。

 ただし、何事にも例外があるように、たしかに胸を貫かれても死ににくい、死なないサーヴァントもいる。

 

「――ッ、――ァァ」

 

 そして、どうやらこのバーサーカーもその例外である人外、ならぬ文字通りの怪物である――が、セイバーもそうなることは織り込み済みだ。その証拠に、体を纏っていた極光が、柄を伝い、再度刀身から放出されて刺し口からバーサーカーを焼き貫く。

 

「――!!!」

 

「ッ!!」

 

 予想通り、バーサーカーは“戦雷の聖剣”による雷撃を気にも留めずその暴威を振るう――が、この攻防に収穫が無かったわけではない。極僅かであるが、バーサーカーの挙動は雷撃によってその初動を遅らせていた。つまり、彼の行動を制限させることが可能という事だ。もちろん完全にスタンさせるには至らなかったが、英霊ともなればその僅かな隙が好機を生む。

 

「―――いけるっ」

 

 そして、雷撃が生み出した収穫とはそれだけではない。セイバーの剣が刻んだ切り口、その雷撃によって焼かれた刺し傷のみが他のヵ所に比べて修復が遅いのだ。

 これまでの戦闘から、バーサーカーの脅威はその圧倒的な膂力、損傷を無視した耐久力、再生能力と上げれば厄介極まりない相手だ。だが、セイバーの一撃はその能力の内の二つに有効打を上げている。結果的にではあるが、バーサーカーとの相性はさほど悪くはないのだ。

 がしかしそれも―――

 

「ッぅ、今のは危なかったですね」

 

「セイバー、今治癒をっ」

 

 彼の豪剣が生み出す嵐を完全に躱しつづければの話であるが。

 黒い大剣を寸でで回避したのにも関わらず、セイバーの服、そこを透過して肌に裂傷が走っている。傷を見るに深手ではないようだが――避けてコレとなると対処は競合いで押し返すか、剣圧が届くよりも早く範囲外へ避けるしかなくなる。セイバーであれば前者は選びようもなく、残る後者しか手段はなくなる。

 

「助かりますアイリスフィール。処置の方は?」

 

「一般人の侵入に関してはしばらくは持つわ。対岸もランサーのマスターが対処してくれている。ただ――」

 

 駆け寄ったアイリスフィールの術が傷口に作用する。傷口とはいえそれは剣圧によるもの、深手ではないが――それでも患部に触れずに離れた場所から作用するあたり、彼女の魔術の腕は相当だ。その彼女が“しばらくは持つ”と言ったのだからそちらには問題ない。

 

「■■ァァアア!!!」

 

 そう。そちらには、だ。

 

「クッ、話す暇もありませんねっ」

 

 アイリスフィールが近寄らなかったのではない。近寄れなかったのだ。

 文字通り、セイバーの周囲は死地とも言うべき殺陣だ。バーサーカーに依然として止まる気配は見れず、牽制に放った雷撃はその身に浴びようと堪える様子も避ける仕草もなく猛進する。見たところダメージは蓄積してはいるようだが。

 

「……速度で勝ってるのが救いですね。あんなのに抱きつかれた日には夢見が悪くて堪ったもんじゃないです、よっと!」

 

 それでも、一定でも効果が望めるのなら手を休める筈もない。そもそも、彼女の目的はバーサーカーの注意を退く事、勝つ事ではなくアーチャーから意識を逸らせればそれでいいのだ。

 バーサーカーの突撃を交わし、擦違い様に雷撃を浴びせる。斬撃を当てないのは不用意に近距離を狙えば豪剣の暴風に斬殺されるから。むろん彼女とて最大速度なら剣圧程度、軽く置き去りにする自信があるが――単にこの状態ではそのトップスピードに枷があったという話。

 そして、徐々にだが、パーサーカーの剣戟は無視できない高みへと登ってきている。最初の乱雑な振りが今では嘘のように、次第に構えらしい構えをとり、間合いが最適化されているのがいい証拠だ。

 現状は膠着状態から徐々に天秤が傾きだしている。

 ここまで張り合えるのなら問題はない。彼女はよく難敵を抑えている。

 

 だが―――それは戦場を客観的に見れる者、所謂軍略に寄る者の目だ。

 セイバー、彼女は戦場を駆けども指揮を執るものではない。彼女はあくまで騎士として生きた英雄。自身が囮であり、その程度しかできないと認識されるのは易々と容認できないものがある。

 

「―――致し方ありませんね。現状ランサーもキャスターも秘奥を開放していますし、此処で出し惜しみして退場しちゃったら、恰好がつきませんからね」

 

 加えて、彼女自身がこの状況に苛立つというのなら、彼女が取るべき手段は一つ。

 言葉は正論だろうが、それは自己弁護に過ぎない。

 つまり、彼女も、この混戦でただ耐え忍ぶ事を良しとしないのであれば、それは当然その剣に秘めた奥義を開放する事に他ならず――

 

『私の願いは 戦火に曇る戦場を先駆けとなって照らす事』

 

 その第一句を紡ぎ、剣の雷光が収まり彼女の身体が淡く瞬く。

 

『愛する彼等の矢となり剣となる為 半可な仕手は認めない』

 

 そう。彼女の渇望、その形とは、ランサーやキャスターの心象心理、己の色で世界を侵食する魔技ではない。

 自己を一つの世界とし、周囲から隔絶した不変の理を纏う。

 彼等が自身を中心に世界を塗り替えるなら、彼女の理は自身を起点に世界と己を切り離す。

 

『嘗て夢見た刹那こそがヴァルハラだと信じて』

 

 一見ランサー達と比べれば見劣りするように見えるが―――他者を範囲に取り込まない分、その純度とは比べ物にならない。自身を塗り替えるのも、世界を侵食するのも己が理に対する狂信こそが肝要。

 

 そして、彼女の願いに奉ずる思いは並大抵のモノではない。

 

『この身は如何なる炎も突き破る刃となる―――闇を切り裂く閃光』

 

 その証拠に、詠唱の区切り、最後の謳い口上に呼応して淡い輝きが一際眩い稲妻を彼女の身体から迸らせる。

 

Briah(創造)――』

 

 つまりこれこそが――

 

『Donner Totentanz―――Walküre』

 

 彼女の最奥義、その渇望の形に他ならなかった。

 

 

 

 

 

 対岸の雷光。極光に包まれるバーサーカとセイバー。光源がセイバーだったっことから、彼女が何かしら宝具の一つを開放したのだろう。

 だが、それはいい。セイバーがバーサーカーを抑えているのには間違いなく、こちらが役目を果たすのに支障が無い事には変わりない。

 そしてこちらも―――

 

「流石、彼の時計塔に神童とまで謳われた御方だ。見事な手前、感服いたします」

 

「……世事はやめてもらおうかアーチャー。それよりもだ、こちらはお前の要求通り舞台を整えた……あとは、わかっているだろうな」

 

 対岸をアイリスフィールが、こちら側をケイネスが魔術で一般人を遠ざける処理を施している。アーチャーから見てもその手際は見事。ホムンクルスであるアイリスフィールなら魔術の腕が立つのは想像がつくが、ケイネスはその精度、速度ともに遜色がない。加えて、さして手間取った様子もなくこなすともなれば、それは両者が優れた魔術師であることを示しているだろう。

 彼も彼女も皆それぞれの役割を果たしている。ライダーも、アーチャーの要望どあり、場は整っている。キャスターが邪魔であるのは皆の共通認識だ。アレはこのまま放置すれば聖杯戦争の基盤そのものが崩れる危険性がある。

 

 よって、此処に断罪の斧が振り下ろされるのだ。

 

「ええ、ええ。これだけお膳立てをされれば腕の振るい甲斐があるというもの。直ぐにでもご覧にいれますとも」

 

 現実に足掻こうと狂乱の舞台に上がった魔女に、聖職者が主の裁定を下す。

 配役は整っているのだ、問題はない。

 期は今こそと諸手を広げ、アーチャーはキャスターを仕留めるべく、その最適のポイントに向かう。彼は“弓兵”の英霊であれば、それはつまり狙撃ポイント。己が最奥義たる宝具を振るうにふさわしい場所へ―――向かおうとして、その前に痩躯の男が浮かび上がった。

 

「―――失礼。ああ、別に私の手は不要でしたかな?」

 

 とぼける様に浮かび上がったのは暗殺者の英霊。だが彼がこの場において情報を知らぬはずがない。蜘蛛を名乗ったこの英霊がそんな不足した状態で戦場に姿を現す事はないだろう。

 そもそも、キャスターの騒動で有耶無耶に流れかけていたが、彼は本来消滅を“擬装”したサーヴァント。皆を欺いたという事で程度に差はあれ、良い印象は持たれていたい。そんな彼がこの場に現れる理由、それなりの提案があると見るべきだ。

 

「アサシンか。なるほど、既にその身を隠す意味はなかったな」

 

「まあ、この際“その話”は置いておきましょう―――いえいえ、私自身が言えた事でないのは重々承知しています、ええ。ですが、この場に私が姿を晒したのは、それなりに重要な情報を持ち寄った次第。どうかお耳に入れて頂きたく」

 

「ほうそれはそれは」

 

 彼に対する反応は両極端。

 好奇の目で促すアーチャーに、冷ややかな目で見つつも警戒の色が濃いケイネス。この場で正常な反応というのなら、ケイネスの反応が普通だ。それはライダーでさえ、離れた場所にいるセイバーも変わらない。キャスターと殴りあってるランサーなら、知ったことかと気にも留めないだろうが―――

 

「先程……この国に駐留する空軍に出動要請がかかりました」

 

「な、ンだと?」

 

 それはこの場にいる皆を驚愕させるには十分な知らせだった。一般人が紛れこむというのは想定していた。だが、こうも早く公の機関が動くとはだれが予想できただろうか。加えて、空軍が確認に飛んだとなればこの異変が公になる事に時間が無いという事だ。

 事故処理なら教会も隠蔽のしようがあるだろうが、事を処理する前の情報が流れれば今後の支障が出るどころの話ではない。

 だが、そんなこぼれた驚愕の言葉に、アサシンはなぜ顔を笑みに歪める。不謹慎であろうと思わずケイネスが咎めようとしたときだ。彼はその追求を遮るように、浮かべた笑みの種明かしをする。

 

「――がしかし。まあ、私も流石にこの段階で世間の目の介入は好ましくありませんでしたので、少し機体に“細工”をさせて頂きました」

 

 だったが、続くアサシンの言葉はその懸念を断つものだった。いってみれば事後報告か。確かに、現代兵器とはいえ、小さな極東の島国でスクランブルでもかかればその到達など妨害のしようがない。精々空に見た対象を物理的に始末するぐらいだろう。

 

「なに、少々エンジンにトラブルが起きるよう弄っただけです。鉄屑に還るのは我等英霊にとって造作もありませんが――撃墜の記録が残れば後々我々の首を絞める事態になりかねません。まあ、もって1、2時間という所ですか」

 

「なるほど、この世界の軍というのも馬鹿ではありませんからね。いや、よい再拝ですアサシン。制限時間が掛かったのは大事ですが、その妨害が無くては今後にきたす支障は少々看過できない事態ですからね。いや、実に鮮やかですええ、本当によく事前に防げましたね」

 

 故に問題は、その伝達をどうアサシンが察知できたかという疑問が際立つのだ。

 

「いえいえ、もともと私は“間諜”の英霊。加えて、召喚時期が殊の外早かったのもあります。そこはまあ、他の方々より筋力も耐久も劣りますから――やはり知恵くらいは働かせないと、ねぇ?」

 

 此処にいる誰よりも召喚が早い、なるほど。それもあるだろうが、如何に早いとはいえ、国家レベルの情報を盗み取るまで中枢に入り込める諜報力とは如何な手腕なのか。しかも英霊とはいえ、基本的に彼等は過去の英霊。例外もいるが現代の情報網に順応できるとはにわかには信じがたい。加えて、破壊、ではなく妨害工作を的確にこなしてきたとなれば、この痩躯の男は戦闘はともかく、忍ぶものとして優秀だという事の証明に他ならない。

 つまり、彼が当初の予定通り死んだ者とされて気配遮断のスキルに専念されて暗殺に従事していたのなら、此処にいるマスターの二、三人は確実に脱落していたとしてもおかしくはなかった。

 

「――であるならば、アーチャー早々に貴様の宝具を晒せばよかろう? 猿芝居はその辺にしてもらおうか」

 

 が、そんな流れを男は下らないと切って捨てる。

 アサシンが姿を晒したのは自陣営のミスだ。隠蔽の手際は見事、だが晒してしまった以上たらればの話をしても詮無きこと。その男が有用な働きをしたのだ。今後に障害となる能力を有していそうだが、今は確実にキャスターを仕留める時、大事の前に目の前の小物に気をとられて取り逃すという事態だけは御免こうむると、そういう次第。前線のライダーとの戦いでは自身の心情を優先して戦闘に及んだが、あれで消費した魔力も少なくはない。この大きな戦いで、今すべき余分はないのだ。

 

「おやおやこれは手厳しい。ですが、時間が無いのも事実――いいでしょう」

 

 そして、アーチャーもソレに関しては同じ考えのようだった。

 現状、彼がどのような宝具を有しているのかは不明だが、その秘奥を自ら晒すと宣言したのだからその“手間”に関しても嘘はないのだろう。むろん、鵜呑みにはしないが、

 

「では……アサシン。ライダーと共にあぶれた蛇の対処をお願いします。なに、過剰に刺激しなければランサーも彼女も牙を剥く事はないでしょう。私は、当初の予定通りキャスターを討ちます」

 

「……いいでしょう。私としましても三騎士の秘奥を拝めるまたとない機会、精々特等席から見学させて頂きますよ」

 

 一拍の間を置き、遠くで戦闘を繰り広げるサーヴァントたちを眺めて彼は快諾した。

 現れる時がフラリと突然現れたのなら、行動をに移す時も突然、虚をつくように消えたと思えば土手の手前をよじ登っていた蛇達の首が宙を舞う。その鋭利な刃物で輪切りにされたような胴は復元される事はなく、地面に散って黒点を残す。

 どうやら、あの大蛇から分かれた蛇達に関しては再生能力が適用されていないらしい。もとっとも、あの数全てが再生と分裂を繰り返していたら、今頃この街は地獄絵図になっていただろう。

 

「さて――では私もまいります。蛇達の耐久力は然程ではありませんが、くれぐれも前線には出ませんよう、セイバーのマスターにもそうお伝えください。私もまだセイバー達には殺されたくはないので」

 

 そしてアーチャーも今度こそ移動を開始する。その進行方向から川に渡る大橋の方角か、歩みは決して早いものではなかったが―――翻した刹那に見えた男の表情、それを見たケイネスは思わず声もかける事もなく見送った。初めて見た、悪魔の男のような笑みに。

 

 

 

 

 

 ゆっくりとした歩み。だが苦も無く湾曲する大橋のアーチを登り切ったアーチャーは視線の先で起きる武闘を眺めて感嘆の息を零す。

 堤防の両岸で無数の蛇達を屠るライダーとアサシン。

 時に地上で、空中、水面を駆け巡り、この戦場で一際激しい激突を繰り広げるセイバーとバーサーカー。

 そして―――

 

「――――なるほど。見れば見る程、この世界の貴女の変化には驚かされます」

 

 彼は最後に対する巨体に怯む事無く喰いつくランサーと、大蛇と化したキャスターを眺め、彼女に賛辞の言葉を送った。それは偽りも嘲りもなく、彼の心からの賞賛だ。

 恐怖ゆえ抱いた反骨心の発露、キャスターの新たな力の開放はアーチャーの目からしても見事しか言いようがない。むろん、彼の慧眼をもってしてもその経緯は知れない。が、その経験、過去の体験が彼に告げるのだ。先程目にした彼女の表情、その心境の表れを。

 

「だが、それ故に貴女はやはり役不足だキャスター」

 

 そして、故に彼は断ずる。その程度で挑むには事も期も早計であったと。

 

「己が信念を押し通す狂信、なるほど確かに。そうした面であなたが示したものは真実主演級の輝きを放ったでしょう」

 

 キャスターの宝具、その効果は変われど、心象心理を具現化させている事には変わらない。

 

 “力の突出を認めない”

 

 “自分を含めた者を等価にする”

 

 つまり、これは置き去りにされる自分を恐れた結果である。確かに、ランサー程の強者相手なら弱体化を望めるが、先程現れたアサシン等の格下相手では寧ろ逆効果、範囲の対象を“己と同格に引き上げる力”となる。そして、こういった矛盾は能力的穴でなく欠陥品という。

 

「ですが、その核が恐怖に彩られたものなど、役者違いも甚だしい。超越者としてその資質は二流であるし、なによりそうした一時の発露など単なるハリボテだ。言ってしまえば酷く脆いのですよ」

 

 心象風景、自己の願望の具現とは本来自分ありきの能力。つまりは己の強化、望みをルールとして限定的に世界を侵食する技だ。一部には望んで自信を貶めるルールを課す者もいるが……彼女だからこそ否と断言できる。あれは、そこまで世界を楽しんでいない。いってみれば恐怖に震える幼子と変わらない、それがキャスターという間所の本質だ。

 しかし、だからこそアーチャーには解せない。本来、彼女一人ではこんな能力は発現のしようがないのだ。自身の根底、心象を糧にしているのならば尚更に、人はそうたやすく自己を塗り替えられる生物ではない。

 そしてそれ故の賞賛。それ故の失望だ。

 

「もし、あなたが真にこの世の理に挑むというのなら、それは恐怖による自己防衛ではなく、恐れを踏み倒す別の輝きこそ糧にすべきだった……」

 

 本来乗り越えられるはずの無い人の根底を塗り替える偉業。それがどれほどのものか、もし、彼女が後ほんの少しの勇気をもってこの場に立っていたら、この結果は訪れなかっただろう。寧ろこの戦争は早期に決着がついていたかもしれない。それほどに、彼女の変化というのは驚異的で眩い、心の色が色濃こくでていた。

 だが、そうであるからこそ、

 

「まあ、これから退場する貴女にたらればとIFの話はありえないし、奇跡は都合よく起こりえないからこそ奇跡。そう、ならば―――」

 

 その程度で終わるのなら、これ以上の演舞はむしろ醜態をさらす行為でしかない。

 悲劇のヒロインが足掻き続ける様は確かに人々に哀愁の念を誘うだろうが、舞い続ければ飽いるもの。

 

「コレはせめてもの手向けだ。我が秘奥にて痛むいとまも与えずに葬り去ってあげましょう」

 

 

 ここ等が潮時と幕を下ろす者が必要だろう。

 

 

 そう、彼女はこの舞台で用済みの役者となったのであれば。

 

 

『――親愛なる白鳥よ この角笛とこの剣と この指輪を彼に与えたまえ』

 

 慈悲をもって一撃で幕を引くのも役目だと男は謡う。

 

『この角笛は危険に際して彼に救いをもたらし』

 

 その声は聖歌をうたいあげる様に戦場に通る声で、憐れみと賛辞を込めて贈られる。

 よくぞ至った。その奮闘は見事と讃える様に。

 

『この剣は恐怖の修羅場で勝利を与えるものなれど』

 

 悲しむ事はない。

 その生き様は私が見届ける。胸に刻み最後まで送り届けると、

 

『この指輪はかつておまえを恥辱と苦しみから救い出した』

 

 それこそ聖杯を得た暁にはいつか必ず貴方の魂も救済するという恩愛を送るように、穏やかな目で変じた彼女の事を捉えていた。

 

『この私のことをゴットフリートが偲ぶよすがとなればいい 』

 

 ――そんな男の顔が、愉悦に、邪悪に色濃く染まった笑みを浮かべるその瞬間まで。

 

Briah(創造)――』

 

 口上の色が変わる。

 ベクトルが慈愛から貶め蔑む様な、そしてその様を愉快だと笑う黒く染まった笑みを、常人が浮かべないような笑みを湛え―――

 

Vanaheimr―Goldene Schwan Lohengrin(神世界へ  翔けよ黄金化する白鳥の騎士)

 誰が止めるでもなく――否、誰にも留める暇などない。

 裁定者が胸元で開いた両の手、その間の空間に刻まれた光放つ十字架の紋様から、極光に輝く裁きの矢が放たれる。

 結果など誰が見るまでもなく、それはこの長い戦いに終焉を告げる一矢だった。

 

 

 

 

 






 黙祷――は次話まで取っておいてください。ええ、タイトルでお察しだと思いますが、どうもtontonです。
 キャスターの宝具を新たにだし、その強み弱みも晒して――やはりこれは散る定めか――当初の筋書きに沿って御退場願います次第。ファンの方には申し訳ない。ですが、私なりに力の限り彼女にスポットライトを当てたつもりです。願わくば、彼女に日の光が当たる様な話が書かれる事を。




 え――続きまして、この度は申し訳ない。難産というか、ハイ。言い訳嫌いなので正直に言うと集中力が切れていました。いざ書こうにも他の事に気をとられてかけない悪循環、今まで執筆に間を開けるのは明確な予定があっただけに、今回は意志の弱さを痛感しました。のめり込むと先月みたいに5更新とかできるんですけどね。私って結構波が激しい達のようですハイ。猛烈に反省しています。
 つきましては、次回更新は通常の速度で行えるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。
 それでは、駄文で長くなるのもこの辺で失礼させて頂こうかと。
 お疲れ様でした!!!!


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