戦場で飛ぶ筈の飛沫――
ソコが川の中央で展開される以上、苛烈を極める闘争ともなれば嵐もかくやという程の飛散を見せている。
そう。中央に陣取るこの世ならざる異形の総軍、蛇の群れ。そのいずれも水面から顔を出しているだけでも10mは超え、全長やその総数は知ることができない。陳腐ではあるが、まさに怪獣ともいうべき異様さだろう。
だが、それを前にして哄笑を上げるあたり、この男も大概狂っていた。
「クハッ!! 良いぜ女ァ! ちったぁ食いでがありそうなナリにねってんじゃねぇか――イイゼ……吸い殺し甲斐があるってもんだっ」
足を延長する様に長大な杭を足場に、ランサーは大きく、且つ最大速度で走り回る。
好戦的な言葉に反し、彼が終始動き回るのは実に合理的だ。
巨体といえば動きが鈍いと安易に想像しがちだが、この“蛇”達に関してはそんな枠組みは当てはまらない。まるで鞭が撓るように滑らかに、互いが障害にならないよう統率のとれた動きをする。そんな機動性のある野獣を前に通常のスピードで動き回れば、いい的になるのは当然である。
「■■――ァ!!!!!」
例えるなら、被弾率と有効範囲の問題とでもいえばいいだろうか。
段数はこの場合、大蛇たちの総数であるのは言うまでもないだろう。そして、彼等はいずれも常識外の巨体、速度を誇る。これらが相互干渉しない統率のとれた動きをすると、そこに出来るのは“立体的な網”だ。通常、この手の攻撃を回避するには余程練度の高い“先読み”が必須となるか、単純に力、ないし防御で対処するのが常道。
迫る大蛇は大口を開け、槍兵を呑込まんと迫る。気配を探れば、キャスターの周到な性格か、上下後方斜めと次弾の連撃の気が窺えた。もし、目の前の一撃を迎撃に集中したとしたら、二撃三撃はいなそうと、続く4、5、6撃と、どこかで漏れが出る光景が容易に浮かぶ。それだけに自分より巨大な相手というのは組し難い。
だが、ランサーはやはりというべきか。
彼は後退も防御もせず、あろう事か第一撃である蛇の口目掛けて突撃した。
「―――っぉおラァアアアアア!!!」
そして呑み込まれた瞬間、その勢いを利用するように長大な杭を幾重にも撃ち出し、その胴に風穴を開けて外界に飛び出て見せた。
「ハ、まずは一匹目、っと。どうしたよ。案外軽いぞ? まさかこの程度が新しい力とかいうんじゃねえよな―――興醒めもいいところだ」
興醒めと評した彼であるが、その行動ははっきり言ってネジの外れた、本来は悪手だ。
誰が窮地を脱する為に態々食われるというのか。虎穴に入らねばとはいうが、この場合は虎の胃に入り込む様な物である。規模で言えばクジラに食われた木人形のようであるが、その行動原理が常軌を逸しているのは言うまでもないだろう。
「一匹二匹ご丁寧に吹き飛ばすのも面倒だ……まとめて――――――?」
そんな彼が両腕に大量に杭を顕現させた時だ。ここにきて、彼は事の異変に気付いた。
別に、彼が殊更鈍感という訳ではない。この周囲一帯を呑込む法、その強制力は強力だが、初動で見切るには魔道にそれなりの造詣が必要だ。対魔スキルを保有するセイバー、アーチャー然り、ランサーもそれなりの抗力は備えているが、彼等二柱に比べると低いのは否めない。
いや、そんな些末事はともかく、重要なのはこの肌で感じた異変――ある筈の血のめぐりを、“闇の賜物”が感知できないという事だ。
「――っ!?」
疑念に捕らわれていた彼に、再度蛇の猛襲が執行される。咄嗟に躱してしまった彼だが、そうなれば後は単なるデスレースだ。この連撃にはほぼ間隙という間が無く、対処するなら初撃こそ肝要だ。彼なら次第に順応するだろうが、統制がとれているようで不規則な猛撃はリズムを読み取るのも一苦労であるのだから。
「チ―――っ!」
そして、その連撃が二桁を優に超えて少し、ようやく思考にもまとまりがついたのか、彼は後方から迫った蛇を射殺し、大きく後退する。
この戦闘が始まって以来、ランサーは明確にキャスターから距離をとった。自身の宝具が正常に機能しない、それは彼に間合いを取らせるほど重大な事であるのだから。
“闇の賜物”、その吸魂の力は触れた物を無機有機問わず枯死するまで吸い上げ、己の力に上乗せする宝具。第二の宝具である“死森の薔薇騎士”は触れずとも吸い上げるが――問題は変わらない。彼が直に感じた感触から、吸魂の能力は間違いなく発動している。エラーを起こしているのはその吸い上げた力を吸収してから、彼の“己の血を汲替える”という渇望の根底の一つが作動しない、そこに何らか、キャスターの宝具の力が発動しているのは間違いない。が、彼は魔術に関心があるわけでもなければ、机に向かって学んだわけでもない。己が力を求め、研鑽していった結果得たのが今の形なのだから。
摩訶不思議、皆目見当もつかない。ある意味で窮地だが、不明不透明な壁に当たったのなら―――彼の経験則からいって、その対処法とは一つだ。
「っら―――よっとォ!!」
再三襲い掛かる蛇に対し、彼は両の足で大地を踏み貫き、渾身全力の一撃で迎え撃つ。
そう。
訳も分からないなら、解るまで殴り貫けばいいという、解を求めるうえで、効率等を度外視した選択だ。
がしかし、愚直であるが故に、数をこなせるならこれほどストレートなものはない。事実、地面という足場を得た事で敵は下方からの攻撃が無くなり、より選択肢が狭められる。二度三度も苦も無く吹き飛ばす彼にとって、単純であるが故に性に合うというやつだろう。
「……なるほどな」
そして、その実直な解答式が続けられ、一際大きい杭を一体ではなく、複数をあらかた殲滅させるように放ち、得心がいったと彼はその手で顔を覆う。
「これは俺への当てつけか何かってわけか」
彼の解答。
このキャスターの変容はむしろおまけでしかなく、恐らくこの空間を侵食している事象こそ本命だという直感。
相違点を上げるなら、“得る筈の力を奪えない”のではなく、“得た筈の力を等分された”という事だ。
彼女本来の能力は“停滞”、要は相手の足を引く行為だ。そこに至る渇望はランサーの知るところではないが、この理の筋は理解できる。単純に、彼女が作り出した世界では“突出した力が認められない”のだ。
力の上限に関係なく、領域にいるすべての対象の力を大凡均等に等分する。弱体でも強化でもなく、並ばせる事こそがこの宝具の力だ。だが、違うようでこの新たな宝具はその根底の色を変えていない。
“血の伯爵夫人”の上位、“拷問城の食人影”の能力は“停滞”、つまり足を引くのは対象に追いすがろうとする力。
そしてこの“急流響く 嘆きの歌”は、一言でいえば“堕落”。力で及ばない相手を貶め、引きずりおろす能力だ。
二つとも過程と頼りにする形こそ違うが、“相手の歩みを妨げる”という点で共通している。
そして本来、力量では上である筈のランサーを対象にすれば、いくら新たな力とはいえその効力は減じる筈である。が、彼女自身も対象に含む事でその効果範囲と術理の強度を底上げしている。
ランサーから受けた負傷から、新たに得た力は、元の形より彼に似通っているという皮肉。相手を堕落させる一方で、己の昇華すら図れるのだから。
「ま、どっちでもいいけどよ―――殴り合いがお望みならはなっからこっちも望むところなんだよ。回りくどいのは無しで行こうぜ」
よって、この勝負は単純に言えば殴り合いの体力勝負となる。
キャスターの力がどのステータスまでを均等にしているのかは知れないが、全ての値を対象としているとみて間違いないだろう。となれば、本来耐久力において大きく差がある筈の二人が、その実差が無いという事になる。
耐久が同じならランサーで蛇を貫けた事に矛盾が生じるが――それもおおよその見当はつく。ランサーとキャスターのステータスを鑑みた場合、明らかに飛び出るのは筋力値だ。確証があるわけではないが、矛と盾がぶつかった場合、より強い方が残るのは問うまでもなく、この領域において筋力値が耐久より高く振り分けられているという話。
――裏を返すと、蛇の攻撃を真面に喰らえば、ランサーとて只では済まないという訳であるが。
「上等だ―――タイマンはろうなんざ、所詮、魔術師如きに、10年早いってことを教えてやるっ」
その程度で怯むわけもないと、寧ろ同等の戦場、互いにしのぎを削る衝突とは己の望むところだと彼は猛り吠え―――
『枯れ墜ちろ恋人 死骸を晒せ―――』
この日、冬木の空は二度目の夜を迎えた――――
「■―――■■―――ッ!!!!!!!!」
頭上からの強襲。
皆川の向こう。巨大な怪物と化したキャスターとランサーの動向に気を使っていただけに、それは予想外の襲撃だったと言える。
事実―――
「ク―――やはり来ましたかっ」
「アーチャー!」
絡繰りは不明であるが、理不尽な鉄壁を誇るこの弓兵でなければ、今頃バーサーカーの持つ黒剣に斬殺されていただろう。
「――ィ、――ォス!!!!!」
不可解な防御力を誇る彼であるが、それだけで防げるほど狂戦士の一撃は生易しくない。故に、直撃を防ぐ為に沈みかけた体勢から体術によるものか、奇怪な動きで刀身を地面に受け流す。やはりあの頑丈さは彼の能力であり、膂力による所ではないらしい。
その証拠に、アーチャーは続く下段から薙ぎによって吹き飛ばされた。
「く、余計な邪魔が入ったかっ」
「――っ、こんな時に」
「アイリスフィール、下がっていてくださいっ」
よって、その場にはサーヴァントに対して無力でしかないマスター二人が晒される事になる。なぜバーサーカーがこのタイミングで乱入してきたのかは不明だが、こちらに矛先が向かわないとは限らない。それほどに狂戦士の殺気というものは無差別であり、不用意な行動をとれば斬殺される光景が容易に脳裏で再生されるほどだった。
「貴方の目的は大凡察せられますが――これ以上戦場を掻き乱すというのなら、容赦はしませんっ、バーサーカー!」
そしてならば、騎士として矢面に立つのが士官でもあった自身の役目。その心の表れだろう。宝具である“戦雷の聖剣”を構え、稲妻を纏わせるその様は油断も侮りもない。
それもその筈、このバーサーカーの力はあの夜の乱戦に参加していた者なら誰もが知っている。膂力においてはセイバーなぞ遠く及ばず、速度に関しては及ばずともランサー達を凌駕する。こと戦闘においては間違いなく最凶のサーヴァントだ。
「■■―――ゃま、だ」
だが、マスター達を前にその刃を構えたセイバーに対し、彼はにべもなくその黒剣を乱雑に見舞う。
「く、ァ―――っ」
咄嗟に体を受け流したのは見事。アーチャーの様に地に足をつけて受け流そうとすれば腕ごと持っていかれている。あれはアーチャーの頑丈さがあって初めて成功する行為であり、ランサー程の力もないセイバーでは到底受けにはまわれない。
「―――っ、また、まだァアア!!」
だが、それで折れる程、騎士のプライドは安くない。
弾き飛ばされる空中で、彼女は全身を使って態勢を立て直し、剣を地面に突き立てる事で無理矢理踏み止まり、即座に突撃に移る。本来なら、このまま距離をとるのが常道であるが、今バーサーカーの周囲は間違いなく死地だ。自らの主を、そうだと心に定めた主君をそんな場に晒すなど断じて容認できない。
「■■――ァアアア!!!!!」
そして、飛び込んできたセイバーにようやくまともに討ち合う気になったのか、それとも単に目障りだったのか、彼はその巨体を彼女に向け、黒剣を肩に背負うようにしてとる構えから一気に振り下ろす。
その剣に添えられる手は片手だが、この狂人においては両手だとか片手だという定義は当てはまらない。そもそも先程セイバーを吹き飛ばした一撃ですら技巧もない、それこそ羽虫を掃うに等しい雑さだ。
よって、彼が片手とはいえ、剣を振り下ろすという事は先程とは比べ物にならない程の力が込められているという事だ。本来なら過剰迎撃、弾丸となったセイバーを打ち払うどころか斬殺圧殺にはあまり余る一撃、の筈だ。
「っフ! ―――あまり舐めないで!!」
だが、最優のサーヴァントはココでもその予想を裏切る。
これこそ魔術ではないかと目を疑う光景――だが彼女はマグではなくリッター、つまり騎士だ。
故にそれは魔術というより彼女の技能の一つであり、この程度の狂刃で彼女の剣が鈍る事はなく―――彼女は空中でステップを踏む事によって狂戦士の一撃を見事に回避して見せた。
「頭上―――もらったっ!!」
奇術といえば摩訶不思議な光景。だが彼女がバーサーカーの頭上をとったのは紛う事なき事実だ。
そして摩訶不思議、というより彼女より常識を度外視するのは―――バーサーカーだ。
「な!?」
彼は頭上から振り下ろされた彼女の聖剣に対し、素手で掴み取るという暴挙に出たのだ。
「■――■ァァアアッ」
切れ味なら現存する剣など足元にも及ばず、実際狂戦士の掌には深い裂傷が刻まれていた。が、彼はその損傷に気を留める事無く、その理不尽なまでの暴力で刀を持つセイバーごと投げ飛ばした。
「セイバーっ!」
「――大丈夫ですアイリスフィール、これくらい大したことはありません」
方向的にアイリスフィール達の傍に着地するセイバー。二度目ともなれば慣れてきたのか、その着地に危なげがない。
だが、狂人的な反応速度、加えて、恐らく痛みを感じていないという事実はバーサーカーの脅威度をより上げているといっていい。
「―――ですが、アレをどうにかしない事には私もキャスターに集中できません。加えて――」
水面から顔を出す大蛇の数が増している。
ランサーが善戦し、その首を抉り飛ばすが――その再生力から数を減らすに至らない。基本的に耐久力が高い訳ではないようだが、あれでは千日手なのは目に見えている。
「いくらなんでも数が多いわ。アーチャ、ーあなたのマスターは?」
「ええ、あのお方はバーサーカーが現れた時からどうやらそのマスターを探しに回っているようです。現状、あの狂犬もどうにかしなくてはならないのですから、確かにこっち等も外せない案件です」
確かに、現状でバーサーカーを対処するのは大前提だ。
キャスターを倒すのにはアーチャーの宝具解放が絶対条件であり、バーサーカの狙いはそのアーチャーだ。彼等の間に過去、どんな確執があったのかは余人にはわからないが、キャスターを放置すれば確実に周囲に被害が及ぶ。バーサーカーに手を患っている場合ではない。が、
「となると―――」
「■■ィイイイイ」
「また――っ」
この狂犬はアーチャー以外に興味が無いのか、キャスターには目もくれず突進してくる。
マスターに危険が及ばないという事には安堵できるが、アーチャーがフリーにならない事には事態は好転しない。
だからこそ、セイバーは単身バーサーカーに向かって跳躍しようとするが―――
「待ちなさいセイバー。現状、手が不足しています。ここはキャスターの迎撃に当てていてください」
「■■―――ッ!!!!」
アーチャー自身から静止の声をかける。
狂戦士の速度はセイバー以下だが、殺傷という意味では比べるべくもない。追いすがるのには苦もないが、背後の戦況の変化に踏み出せない。
「――我が主がバーサーカーのマスターを見つけられればまだっ」
「それこそ悠長なっ」
例えるなら、セイバーが銃弾の貫通力を持つとしたら、バーサーカーのそれはトラックの衝撃に近い。つまり、殺傷には問題ない一撃でも、その破壊が及ぼす規模が違うという事。規模が違えば用途、使う場面もおのずと違う。要は戦い方次第で相性はそう悪くはないだろう。だが―――
「チィっ」
「もうあんなところまでっ」
対岸を眺めれば大蛇が数頭、土手に腹を乗せてその巨体を持ちあげている。
「させませんっ、はァアア―――!!」
即座に体を弾丸と化してその巨体を貫き、柄が傷口に触れる前に振り貫く。そして返しの刃でもう一体の蛇の首を飛ばす。
「このまま押し止めるには限界があるな……堤防を越えるのも時間の問題、か」
打開するにはもう一手、札が必要なのだ。が、打開するその一手、そこに至る道を悉く塞ぎにかかっているのが実情だ。
ランサーが、セイバーが切飛ばし、吹飛ばした首が黒く炭化するように崩れ、その山から2m程の蛇の群れが侵攻を開始しだしたのだ。十中八九、魔力補充の目的はぶれず、進行方向は依然として川の外に邁進していた。
当然、迎撃に剣を片手に疾走するセイバーだが、如何に彼女が光速を誇ろうと、この河川をすべてカバーするのは不可能というもの。
「くっ、カバーが、間に合わない―――っ」
となれば内の数匹、明らかにセイバーの処理速度を超す数、次第に漏れが出るのは必然だった。
まるで餌を前にした野犬が猛るように、
セイバーは言うに及ばず、ランサーは本体たちを相手に対処に回る筈もなく、アーチャーはバーサーカー相手に膠着状態。そう、この場に彼等の進行を止める者はいない。
「――! しまっ―――」
だがしかし―――
『――
それは小さい呟き。されど、その戦場に身を置いて尚耳に響く美声。
この場でキャスター討伐の旗を掲げるのが“三騎士”だけな筈もなく、続く屍の群れが蛇の大群を圧殺する。
「――この死人達はっ」
死兵を使役する独特の戦法。召喚・操術を得意とする英霊は数入れど、この聖杯戦争においては彼女しか該当者はいない。
そう、川を挟んで向かい側に佇む艶麗で――且つこの状況を打破しうる一手を携えた英雄。
「ライダー!」
「っ、あの女狐かっ」
「またあったわね。まあ、間に合ったようで何よりだけど」
その“また”が誰に向けられたのかは定かではないが、この場においては心強い事には変わりない。彼女は確かに、この戦争においては互いに聖杯をかける敵同士だが、利害が一致していれば早々に裏切ることはないというのは短い接触ながら信じられる。その点で言えば、あのアーチャーより余程組し易いだろう。
一通り堤防付近の蛇を蹂躙した後、彼女は足元から出現した一体の死兵に抱えられ、こちら側に跳躍して着地する。
「いえ、助かりました。口惜しいですが、ああも数で来られてはっ」
「その気持ちは分からなくないけど――反省もおしゃべりもお預けね。あまり悠長に話させてもくれないらしいわね―――
彼女の掛け声で死人の群れが統率される。本来意思の無い、魂の無い器が躍り出す。
数対数であるのなら、より質の高い方が勝るのは自明の理。死人であるが故に生物的な制限は存在せず、そこにライダーが的確に指示を飛ばす事で効率的に殲滅している。また、大蛇から蛇に分裂した事で一匹一匹の力が薄まっている事も大きいのだろう。
「――いやまったく。このタイミングで現れるあたり……流石ですね、ライダー」
「……アーチャー」
そして、またしても浮き出る様に背後をとるアーチャー。
手を組むとしたら、やはりこれほど信頼のおけない相手もいないだろう。というよりかは、本当に手を組む気があるのか怪しいほどに神出鬼没だ。
「バーサーカーは?」
なにより、彼は狂戦士を相手取っていたはず。その彼がいう“宝具”開放を妨げる要因であったバーサーカーは容易な相手ではないのだが―――皆の疑問の指摘に、アーチャーはあちらにと細めた視線を投げる。
「―――、―――ッァ、ァア!」
そこには如何な戦闘があったのか、護岸の舗装に抉りめり込んでいるバーサーカーの姿があった。動きが鈍い事から、そうとう巧く嵌っているらしく、その膂力で無理矢理コンクリートの拘束を振りほどきにかかっていた。
なるほど、倒すには至らなかったが、往なす程度ならできたという事。あの分では直ぐに復活して再度襲い掛かってくるだろう。アレはライダーの死人程肉体的制限が無い訳ではないが、それでなくとも頑強で力も桁違いだ。
「―――ご覧のとおりですが、参りましたね。彼は刃を納めるという事を知らない。マスターの方針か、その狂化こそがなせる技なのか……いずれにせよ、アレに対処するのは一苦労です」
「ならば私が――」
「いえ、それなら私が行くわ」
故に、手札が増えたのなら、接近戦でもっとも心得がある自分こそ矢面に立つべきだと前に出たセイバーに対し、ライダーは手を伸ばして待ったをかける。
「現状、蛇達が増えても、セイバー単体での全力疾走、それもバーサーカーを気にすることなく戦えるのなら十二分に抑え込めるはず。寧ろキャスターが第二第三の手を打ってくる場合に、対応力がある手が残っていた方がいいわ。その点、貴女は速力において問題ない。不測の事態にもいくらか余力を残して対処できると思う」
つまりは対応力の問題か。汎用性という意味においてはライダーの死人達に軍配が上がるだろうが、此処の練度においては当然比べようもない。思えば、いつかの彼女との初邂逅、その時に一度だけ全力開放で“走って”駆けつけたのだから、彼女があの時の事を差しているのなら、確かに、バーサーカーの横槍を気にせず、キャスターの蛇達のみに集中できるのなら対応できる自信が彼女にはあった。
だがしかし、アイリスフィール等マスター組も異論なく、場が一応に納得しかけていた時だ。
「――いえ、ここはセイバー、あなたにバーサーカーのお相手をお願いします」
「アーチャーっ」
意見を提示しながらも、基本的に反論を述べなかった彼がここにきて異を唱える。
その発言に予想外だったのか、ライダーが険の強い表情で捉えるが―――
「なにもおかしなことは言っていません。では聞きますがライダー、あなたはどうやってあの狂戦士を相手取るおつもりですか?」
続く彼の発言でより驚愕の色が濃い表情に歪まされた。
「まさか自ら、という訳はないでしょう。これまでの戦闘から見ても、あなたの戦い方は一つの筋道がある。第二に、そこな死兵で相手取れるとも思えない。少なくとも蛇は相手取れても、あの狂戦士は荷が重いでしょう」
順序立てて反論する行為は彼の服装と相まって堂に入っているが―――その表情、時たま強張ったような、笑みを堪えるような僅かな違和感が言葉通りの解釈を阻害する。有体に言えば、胡散臭いのだ。
「そして何より―――貴方は確か、その秘奥である宝具を負傷しているはずだ。正確には彼、或いは彼女が」
「……見ていたのね」
「ああ、失敬。この街に現界してからというもの、街を練り歩くのは半場私の趣味の様なものでして―――がしかし、あれから幾らかも経っていません。いくらあなたの操るそれらが耐久を無視できようと、あれほどの損傷を癒すのは、そう容易ではない筈だ。ここにきて出し渋る様な性分でも無いでしょう……私の予測では、そのあたりが原因とみていますが」
よって、説き伏せるというより、追い詰めるような説法を展開するアーチャーの言葉は、いよいよその怪しさを色濃くする。件の負傷とは、切嗣から報告のあった、教会前におけるランサーとの戦闘だろう。セイバー達は直接目にしたわけではないが――少なくともこの弓兵の姿を見たという話は聞いていない。
「確かに、でも、勝てる算段が無い訳じゃないわ」
そう告げるライダーの言葉は強がりではないが、アーチャーに対する不信から幾らか主張が弱い。
セイバーとしてはどちらかを信用するかと言われれば、迷う事無くライダーに味方するが、目の前の状況の変化は静観を許さない。
「……話し合いはそこまでにしておいてくださいアーチャー、ライダー。アレが起きます」
彼女の視線の先、爆ぜるコンクリートの塊と粉塵。日常的に起きる筈の無い壊れ方をする護岸の哀れな姿、その惨状の張本人であるバーサーカーが自由の身を取り戻して雄たけびをあげている。
加えて、ランサーの奮闘か、新たな蛇の群れが進行する気配を背後から感じる。既に話し合う時間は僅か程もないのだ。
故に―――
「ライダー。今は事が小規模ですが、キャスターが本格的に捕食に入ったら面で対応できるあなたの方が有用だ。彼の言葉に従うのは些か険が立つかもしれませんが、ここは私が行きます」
ここはもともと主張していた通り自分が表に立つべきだと主張する。異論はこの際聞く耳持たない。既にバーサーカーはこちらをその狂眼に捉えている。迎え撃つなら兎にも角にも猶予が無い。
「―――いいのね?」
再度護岸を踏み砕き、粉塵を巻き上げながらこちらに一直線に走り出した狂戦士を視界に収め、事を承認したライダーが一応に確認をとる。形としては不作法だが、視線も言葉も交わす事無く、首肯することで示す。それほどに、目の前の敵を相手取るなら他に割ける余裕が無いから。
「行くぞ、狂戦士!!」
握った“戦雷の聖剣”を刺突の構えで、待ちではなく迎え撃つ、寧ろ切り伏せる意気込みで彼女は己の領分を全うする為に疾走する。
能力説明したらランサーVSキャスターが戦闘とは思えない回に……どうしてこうなったっ
ども、10月も終わりですなーハロウィン? ワタシャ無縁な人生ですtontonでーすよ。
はい、前回から明かしているキャスターの宝具(オリジナル)設定公開! みたいな回と、久々な出番でわんわんお! なバーサーカーさんなお話です。
キャスターの宝具に関しては―――いろいろ意見が飛ぶと思いますが、後日、この賞が終わり次第久々に活動報告でまとめますね。
一応、文章でも上げていますが、ちょっと文章を変えて表現するなら、ここで彼女がいたった渇望は
『共にあれるように並び立ちたい』
です。
もとの渇望である『追いつけないなら~』という願いを作者解釈し、大本の追い付きたいという渇望をそのままに、手段を変えた物です。が、結構えげつないですね。尖った解釈するなら『追い付けないから、引きずりおろす』という物騒極まりないものです。まあ、マイナス面もあるんですが、それはこの場では発動しませんねー組合せ次第ですが、ランサーと戦うと吸い上げても総和にされて強制的に割り振られるので変化の無い戦いになってしまいます。加えて、大蛇の群れという数の暴威を振るうのですから、中々に恐ろしいのではないかと。
そしてまあ、アーチャーの暗躍回part2.何が暗躍なのか、わかっている人は恒例のお口チャックで(苦笑 分からない人にも今後で明らかになるのでお楽しみに!
では、長くなりそう、というか確実に長くなってきたので、これらの説明もこの辺に、今回はコレで失礼します。
11月も更新頑張るので、また手に取っていただければ幸いです。
お疲れ様でした!!!