黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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「殺陣」

 

 

 

 腐臭がした。

 何を敷き詰めたらそのような臭いが形成されるのか、形容しがたい異臭を放つ空間は異様に湿気が立ち込めている。大凡生物が住まうには行き過ぎた空間―――そう、こんな場所を好むのは菌糸か蟲か、日陰を好む忌物で、どこか蠱毒を連想させる場所に、まさか生物の形を保った者がいる等誰が思うだろうか。

 

「―――っ、がぁ、あっ」

 

 いや、仮に存在はしたとして、正確にはソレは生物というより死に体に等しい。

 階段を上ろうとしているのか、ずり落ちながらも這い上がろうとしている。何故そうまで必死に、その死にかけた体に鞭を打つのか――それはその階下に広がる床の蠢きが全てを物語っている。

 

「呵呵呵―――本に、無様な姿よな。のぉ雁夜よ」

 

「臓、硯―――っ」

 

 そして、その様を嘲笑うかのように蟲で覆われ底から表れたのは、この"蟲蔵"の主"間桐 臓硯"に他ならない。見た目は年老いたただの翁だが、その実聖杯戦争の始まり、彼の“御三家”が始めた大儀式、“聖杯降霊”の生き証人、その一人が彼である。

 優に500年を超える年月を変わらず生き続けている様は、既に生きぎたないなどという領域を超えている。端的に言えば人の面を保った怪物だ。その延命法も、他者の魂を糧に生き延びていたのだとしたら――その様を身内として知っていたのなら、雁夜の嫌悪の眼差しも納得がいくものがあった。

 

「ハ――、なんじゃ仮にも“親”にあたるワシに向かって。お主がそうして地べたを這いずるのも自業自得だろうに―――呵、だとすると案外その姿も似合いかもしれぬのぉ」

 

 ゆっくりと杖を突きながら、ひたひたと階段を上り、かんらからからとその声を蟲部屋に響かせていた翁の足は牛歩のそれだ。だが、体を蟲に"蝕まれ"地を這う雁夜に追いつくのは十分な早さである。その表情を窺えば、這いつくばる彼の姿が翁の趣向に沿っているのか、傍を通る際にはその相貌が殊更愉悦に歪む。

 そして―――

 

「のう雁夜?」

 

「が! ―――っ、ぐぅ」

 

 手に持った木製の杖でその体に突き立てるように体重を乗せた。

 無論のこと、臓硯の重さは健常な人に比べると遥かに軽いが、階段という位置と接地面の悪さ、虫食いだらけの身体には余計苦痛が響く。

 錐を捩じるように念入りに、漏れる苦痛の音を心地よさそうに目を細める様はまさに外道だ。互いに血縁ながら憎い、目障りな相手と切って捨てていた関係であるが、この状況を作り出したのが今嘲笑っている翁の手管によるものなのだから、醜悪ここに極まれりだろう。

 そしてだからこそ、雁夜が素養を持ちながら魔道を捨てたのはこの人外の翁の悪辣な人柄によるところが大きい――が、何の因果か、彼はこうして聖杯戦争に身を落としている。それも彼自身が嫌っていた"親"である臓硯の魔術である"蟲"によって身を削ってまで。

 

「―――約束通り、あの小娘は今夜は蟲蔵(ココ)には降りぬ。ワシも可愛い孫娘の教育にいそしみたいところではあったが」

 

 その苦痛の声にひとしきり満足が行ったのか、杖をひいた臓硯。が、彼の面には依然として悦に染まった笑みが残っている。これまた何か糸を引こうとしているのは明確だったが――痛みに呻いていた雁夜に知るよしもない。

 

「何やら、今日は久方ぶりに面白い催し物が起こるようでな。ワシも手をあけられなんだ」

 

「……催し、だと?」

 

「なんじゃ? お主は知らなんだか。参加者がその有様では、間桐の名もいい笑いものじゃろうて」

 

 その言葉のに反応を返してしまう雁夜。

 顔を上げた彼に翁は事の進みにより口元を釣り上げる。

 

「ああ、教会がつい昨夜キャスターに襲われたのよ。誠、愉快な話ではあるが―――その討伐が参加者全員に通達されてな。報酬は確かに旨みがある話ではあるが……お主にはこちらの方が興が乗ろうて」

 

 そう、既に臓硯の手練手管は次の網を張っている。自身の血をわけた戸籍上の息子を死地へ追い立てる、その道筋を思い浮かべていた。

 

「雁夜よ―――此度の聖杯戦争、教会と"御三家"の遠坂が裏で手を組んでいたとしたら、お主、どうする?」

 

 端的に行って、雁夜の感想をそのまま言葉にするのなら、“理解できない”という言葉が相応しいだろう。

 魔術を疎んじていた彼にとって、魔術のなんであるか、その心得なぞ知ったことではない。が、それでも教会と時計塔、魔術師が犬猿の仲だという事くらい知っている。魔術師の戦いに仲介役としてこの地へ来ることを渋っていたとしたら、仮にだが、この戦争に“聖杯”の二文字が掲げていなければ今の構図は成り立たなかっただろう。

 

「なっ、あの、遠坂と、監督が?」

 

「おおよ。彼奴等、どうやら数年前から盟約を交わしていたようでの――洗えば出てきおる出てきおる。いや、ここまで隠蔽し、入念に備えた手並みは古き盟友にして見事よのぅ。此度の遠坂は、余程血と縁に恵まれたと見える」

 

 だからこそ理解が追いつかない。

 教会が聖杯戦争介入したのは前回、第3次からと耳にしている。たった二回目の派遣で、ルールを順守させる存在が裏で暗躍しているなどだれが認められるものか。

 

「巧みも巧みよな。天は二物を与えずというが―――なかなかどうして、聖杯も粋な計らいをしおる。まさか監督の実子をマスターに選ぶというのじゃからのぉ。ああ、考えてみればおかしな話よ。そうは思わぬか――――」

 

 どこまでも楽しげに言葉を投げる臓硯。聖杯の所有、この戦いに勝者になることが“御三家”の悲願であるのならばだ。この翁もその成就を切に願い、今日まで生きながらえてきたはずである。だというのに、不正が起きているというのにそれが些末事であるかのように老人は笑う。いやむしろ、それすら当然というように。

 だが、思えばマスターとして未熟だった雁夜を、急造の魔術師としてサーヴァントを召喚できるようになるまで苛め抜いた(きたえた)のはこの間桐の主である。その手段が秘術者にリスクを負わせることを誰よりも理解していた男が顧みず施したのだ。今の雁夜の状態を承知したうえで―――はっきり言って、この男は老害を超えたナニカだ。歪みきっているといってもいいだろう。

 

 もっとも―――

 

「――るなっ」

 

「――ほぅ、既に耳に入らんか」

 

 そんな翁の術中にいる雁夜にとってはそこに思考を割けるはずもなかった。

 何しろ、その時彼の頭の中、心を満たしていたのはドス黒い怒りと怨鎖であったのだから。

 蟲蔵という魔道の鍛練場という名を持った地下から臓硯は満足げに笑いを隠す事無く去り、続いて怒りで痛みを麻痺させた雁夜がその後をゆっくりと登っていく。

 

 細い階段を登れば、そこは豪奢な様式の内装で整えられた洋館の中だ。ここにあの陰湿極まる空間があるなど誰も信じないだろうし、そもそも部外者が踏み入って無事に出られる程生易しい場所じゃないのだあそこは。いや、臓硯という他人の悲鳴と苦痛を趣向とするあの化外が、そんな恰好の玩具を易々と手放すとも思えない。

 

 ―――だがまあ、そうした有象無象に気を避ける程、今の雁夜には余裕が無い。その身は魔術師としては半人前で、自覚はしていたが人としても半端な人間であると自負している。そんな自分が抱えあげられるモノなどタカが知れていて、彼の腕には既に先約がある。

 そう、全てはその為に。

 復讐という怒りと泥に塗れても見失わない、それが彼にとって唯一の輝きなのだから。

 

「雁夜おじさん……怖い顔してどうしたの?」

 

「――っ」

 

 だから、間桐の家を玄関に進むかたわら、突然の声に驚いたのも無理はない。

 

「さ、桜ちゃんか」

 

 目の前の淡い紫色の髪を持つ幼子。

 かつて雁夜が恋心を抱いていた女性の実子、その片割で、魔道の探求を掲げる家柄から盟友である間桐に引き渡された哀れな少女。

 その地で、引き受けた臓硯が真面に扱うはずがないと、翁を知る者なら考えるまでもないというのに。

 

 声を掛けられて身構えたせいか、咄嗟に筋細胞が死んでいる半分の顔を歪めて相対してしまった。昔馴染みで、この家において臓硯の虐待ともいうべき扱いを受けているだろう彼女と会うときは、せめてといつもフードを目深に被っていたというのに――どうやら気が抜けていたようだ。

 

 雁夜は、驚かせてしまったのならこれ以上取り繕えないかと、殊更表情を柔らかくしようと努める。その顔は中心線から綺麗に半分動かないので奇妙且つ不気味さしか描けない。だとしても、それが今の雁夜に出来る限界で、幸か不幸か、彼女もそんなことは気にせず、目の前でしゃがみこんで手を伸ばす彼にされるがままだった。

 

「いいかい桜ちゃん。おじさんこれから出かけなくちゃいけないんだ。此処を留守にしなくちゃいけないけど――――」

 

 この時ばかりは、彼女と過ごす時間だけが雁夜を過去、正常に人であった頃に戻す。それは所詮気持ちだけであり、今は彼も目の前の少女もその面影を霞ませているが、だからこそ決意が尚固くなる。

 

 そうして、彼が自分の中の行動原理という内側を再認識していた時だ。

 その中核である彼女の少し後ろで、ありえない物体を知覚する。

 

「っ、バーサーカ! お前なに勝手に実体化してっ」

 

 それは死人。

 “狂戦士”のクラスで第5次聖杯戦争に呼ばれた雁夜のサーヴァントだ。

 だが、彼の疑問の叫びは単に従者の単独行動による憤慨ではない。単に、バーサーカーのクラスで呼ばれた者が自分の意思で行動するなど原則有り得ないからだ。

 

 “狂戦士”のクラスは、もともとマスター、或いはサーヴァント事態の貧弱なステータスを強制的に引き上げるクラスだ。そのクラス固有スキルは一面から見れば優秀だが、えてしてそういう上手い話には裏がある。そうデメリット、意思疎通が不能になる。バットステータスが追加される。強化・宝具・スキルの類が仕えなくなる場合があるなどだ。意思疎通ができないという事はマスターの命令に従いやすくし、余計な暴走を誘発しないよう取られた処置であるが―――これだけでも諸刃の剣であるのはよく解るだろう。

 加えて、雁夜のバーサーカーは魔力をとんでもなく喰らう、燃費が悪いサーヴァントだ。むろん、戦闘行動などの激しい運動を行われればマスターである雁夜に身を削ぎ落すような苦痛を与える筈だ。

 

 「―――ご、ごめんなさい。私が階段から落ちそうになった所を、助けてくれたの――叱らないで上げて」

 

「助けた――って……」

 

 咄嗟に口をついて出そうになった反論を呑込む。

 ありえない―――が、事実こうして現界している以上、何かしらコレが反応する事があったのだろう。桜を守るためならマスターである雁夜の希望するところだし、それに関しては文句はない。先程蟲蔵に歩織り込まれて散々血肉ごと魔力を喰われていたのだ。その苦痛から、多少であればバーサーカーの行動に気が付かなかったとしても不思議はない、か。

 

「いいかい桜ちゃん。おじさんこれからバーサーカをつれて出かけなくちゃいけないんだ。此処を留守にしなくちゃいけないけど、アイツには約束させたから……おじさんが戻ってくるまでお留守番頼めるかな?」

 

 そう自己完結をし、瞳が曇ったガラス玉のように光を移さない彼女の表情は痛ましく、尚更に雁夜を責立て、戦地へと追立てる。彼女はコクリと頷いてくれたが、時間が無いのは彼女も――雁夜にも言える事だ。

 もって一か月。バーサーカーに戦闘行為をさせれば1週間と持たない虫食いの身体。

 

 ……だが、それだけあれば十分だ。

 

 もとより半人前で、参加資格を得れるかもわからなかったこの身は、“令呪”を宿し、従者である“狂戦士”を引き当てた。幸い、このサーヴァントは一定以上の強さを誇っているらしく、戦闘自体はまだ一回であるが、その強さには信頼がおける。

 だからこそ、雁夜は単期でこの戦争を終わらせる。その為に力が必要なら、あえて寿命を縮めるこの英霊の力を借りる事も厭わない。

 

「じゃ行ってくるね―――」

 

 それだけが、間桐 雁夜という人間が擦り減っていく中でも確かに残った輝きだから。

 

「行ってらっしゃい。雁夜おじさん、バーサーカー」

 

 少女の声を背に受けて、無様を晒すかと尚の事ふらつく体に鞭をうち、重い門を開ける。残念ながら扉を開けたのはバーサーカーによるものだが―――彼が霊体化して待機したのを確認した後、扉が閉まり切る前に、もう一度振り返って笑顔で行ってくると、一言だけ返す。

 今度はちゃんと、生身の顔だけが見える様にして――――

 

 

 

 

 

 

『悼む胸懐の摩擦に 私は夕暮れの岸壁に佇む』

 

 それは此処にいる皆にとって聞き覚えの無い詩だった。

 いや、仮にも英霊が秘奥として放つ手札なのなら“知らない”という事象も無理はないのかもしれないが―――これは、コレばかりはそういう次元の話ではない。

 言葉にし辛いが、そう、一言でいうのなら“未知”だ。

 

『黄金色の櫛に髪梳かし 沈む心は波音攫われ遙か向こう』

 

 未遠川の中腹、その中ほどで水面から6m程上昇したところだろうか、天を見上げて謳い上げるソレはキャスターだ。

 一見して隙だらけ、上昇したといっても接近戦が主である“セイバー”や“ランサー”にとってはないも同然の高さ。だというのに、この時ばかりは足が地に縫い付けられたかのように動けずにいる。

 

『悲哀に暮れた私は 巌へ腰掛け口吟む』

 

 いや、此処にいるサーヴァントはもとより、マスターすらも、皆聞き惚れていたというべきか。

 手が届く、アレを晒させてはならないと頭では理解しながら体がその危険信号を拒絶する異常。

 

『舟諸共 夢現のまほろらばへ』

 

 川という流れを中央に陣取り、浮かび謳い上げるさまは歌姫のように堂に入っていて、一種の魔的な引力があった。

 

『霧海に響くは 水底へ誘う乙女の妖歌』

 

 故に、無防備な態で謡い続けるキャスターという構図が出来上がる。その周囲の異常に、自身は何某かの心当たりがあるのか、憐れむように、嗤うように目を細め―――

 

『――――謡えローレライ』

 

 最後の言葉を吐き出す。

 その瞬間に宝具の開放を待たずして周囲に充満していた魔力が一気に消え去る。

 

 

Briah(創造)――』

 

 力の開放。その前兆。

 そして、これそこが彼女の新たに自己に科した(ルール)、その渇望の形だ。

 

gespielt von den Rhein Undine(急流響く 嘆きの謡)

 

 咒が紡がれ、謡う女の周囲を霧散したはずの魔力が取り巻き覆う。その様子は本来実体のない魔力を視覚させる程に濃密であり、球体状に渦巻いていた魔力の奔流は川へと降下し――――水面に触れた瞬間吹荒れる突風と共に爆ぜた。

 

「―――っ、……何アレ」

 

 皆が突然の強風に視界を薄め、風が凪いだそこには、一体の巨大な怪物が鎮座していた。

 そう、怪物としか表現のしようがない大質量。

 彼女の牙をはやした影がそのまま実態を持ったように、人を易々と丸呑みできるのではという大蛇が水面から顔を上げる。それも、一匹や二匹の話ではない、水面に顔を出した蛇の群れは十を優に超え、尚も水面に色濃く影を蠢かせている事から全容を把握するのは困難だ。

 

「ホウ、これは―――」

 

 加えて、キャスターの宝具の開放と同時に、この場にはあるルールが化せられている。

 停止や拘束といった、これまで彼女が得意としていた魔術とは異なり、ある意味ではそれより凶悪な理。

 

「すいませんアイリスフィール、無礼をっ」

 

「え、ちょっ、セイバー!?」

 

 その変調をいち早く察知したセイバーの行動は速く、アイリスフィールを抱えあげて土手の上、川に現れた怪物から大きく距離をとる。その速度は常人の視界を歪ませる程凄まじい運動速度であったが、可能な範囲でセイバーも配慮したのだろう。土手に下ろされた時には足元が少しふらついたアイリスフィールだったが、視線の先に取り残されていた事を思えば些事に等しい。

 

「結界宝具、とでも言うべきでしょうか。サーヴァントはともかく、魔術師とはいえ、あそこにいるだけで危険です」

 

 ランサーの“死森の薔薇騎士”のように、周囲一帯を紅い月夜に染め上げるほど変化が著しい訳ではない。だが、その場に留まっていたランサーには遠目から見ても変化が見られた。

 客観的にみて、英霊本来の全ての動作、初動が遅いのだ。

 それだけを見るならキャスターお得意の“影”の魔術と何ら変わりはない。が、どこを見てもランサー達が影に捕捉されているようには見られない。その変異とも思われる大蛇に触れていないというのに、アノ周囲だけは異界に変じていると、セイバーには何故か確信できた。

 

「ええ、一瞬だけど感じた虚脱感……あれってランサーの宝具と同じ原理だとしたら――」

 

「――いや。此方も中々のものだと思っていたが、どうやら醜悪さではあちらに軍配が上がるようだ」

 

 そして、変化という意味でならこれは聖杯戦争が始まってから、ある意味でかなり大きい珍事だ。

 

 

「ケイネス、アーチボルトっ」

 

 身構えるセイバーとアイリスフィールを前に、暗闇から姿を晒したのは彼の神童、“時計塔”から外来のマスターとしてこの聖杯戦争に参加したケイネス・エルメロイ・アーチボルトだった。

 

「おやおや、自分の従者にそれを言いますか」

 

 そして、異界と化した大蛇の周囲に姿も影もないと思えば、神出鬼没か、この英霊はいつの間にか剣の主従の背後をとって実体化する。

 

「ふむ、そう身構えられては困るなセイバーのマスター。アーチャーも、無用な挑発は避けてもらおうか」

 

 不利か有利かで言えば、単身この場に姿を晒しているケイネスこそ劣勢の筈だ。だが、彼は余裕の笑みを崩さず、寧ろ確信している観を表し、アーチャーの出現にも堂々としている。

 読めない。混沌と化しているといえば“最初の夜”に起きた混戦程ではないが、キャスター討伐を前にしてこの組み合わせは偶然な筈がない。戦闘に関してなら十全の判断が下せるセイバーであるが、策を用意しているからこそ臨んでいるだろうケイネス。策謀を好みそうなアーチャーと、如何せん分が悪い。

 

「回りくどい事は好かない性質でね―――単刀直入に言えば、私はあくまで共闘を提案しに来ただけだ」

 

「共闘、だと?」

 

 だが、開口をきったのはセイバーでもアーチャーでもなく、三組目、ケイネスだった。

 

「然様。物理的な問題だ。あの質量を削り切るには現象、サーヴァントの力を持っても難しいだろう。加えて、あの領域に入れば問答無用で弱体化を強いられる。アレがこの河川に留まってくれるならやりようはあるだろうが―――」

 

 そう言いつつこちらを視界にとらえたまま、顎で背後のキャスターと思わしき大蛇の群れをさすケイネス。見れば彼の言葉通り、ランサーの“杭”を打込まれ、倒れ枯死しかけていた蛇が脱皮して新生している。物は試しか胴体に大穴を開けられた大蛇もどういう体内構造か、千切れた傷口から新たに頭部を生やし、その頭数は減る気配が無い。

 だが―――

 

「……再生に加えてあれだけの巨体だもの。維持するには相当の魔力を必要とするはずよ」

 

 体が大きくなれば、燃費が比例して嵩張るのは想像に容易い。キャスターはもともと大量の魔力をその身に貯蔵していたが、避けるでもなくランサーの猛攻にされるがままになっていればいずれ底をつくのは明白だろう。

 そして、魔力が枯渇する事態になれば、アレは躊躇う事無くソレを補給しだすだろう。

 

「そう、ならばこそ早期の討伐こそ望ましい。周囲へ異常を悟らせないよう術を張り巡らせようと、あれだけの大きさをおおうとなれば限界がある。被害が出てからでは手が付けられない―――が、幸いにして我らの目的は一時的とはいえ共通のはず。大義はある、悪くは無かろう?」

 

 つまりは一般人からの搾取。もともとが殺人や誘拐を厭わない彼女が、これだけの騒ぎを起こして今更歯止めをかけるとも思えない。故にアレをここから出す事無く、かつ、人目に触れさせる事無く処理するのであればなるほど、確かに共闘の大義はココにある。

 

「―――待ちなさいランサーのマスター。そうまで共闘を申し立てたからには、アレを止める算段なりに心当たりがあるのかしら?」

 

 だがそう。大義があろうとアレを屠れなければこの共闘に意味はない。

 今も尚交戦中のランサーを見るに、劣勢という訳ではないが、あの状態が続いて討伐できるようにも見えない。

 

「……白状するなら、残念ながら私のランサーの宝具とアレは相性が悪い。倒すのなら、再生しきれない程微塵もなく消し飛ばすか、核となっているだろうキャスターへ一撃を叩き込むしかないだろう」

 

 そして、この男は渋るどころか素直に自陣の内情を白状する。その姿には共闘を申し出た身として下手にでる器を思わせるが―――その顔を僅かに吊上がった口元から言葉通りに信用するのは危ぶまれる。

 なら、此処でセイバー達が取りえる選択肢というものは決まっていて、セイバーの目配せに、阿吽の呼吸か、アイリスフィールは言葉にすることなく僅かな動作で同意を示す。

 

「……ランサーのマスターとやら、悪いがその申し出――」

 

「―――分かりました。その要望、私が応えましょう」

 

「アーチャー!?」

 

 だが、ケイネスの提案を真向から切り捨てようとした主従に冷水をふっかけたのは、静観していたアーチャーのものだ。

 

「なんです? 別に不思議はないでしょう。現状、我等がそれぞれバラバラに当たるよりははるかに勝率は高いのはたしかだ」

 

 言葉にするそれはひどく正論だ。反論のしようもなく、キャスターの討伐、無関係の一般人の安全を優先するなら迷う事無く手を組むべきだろう。だが、現状、ケイネスが提案したキャスターを屠る方法とは強大な一撃が必要不可欠であり、即ち宝具の開放が絶対条件だ。

 つまり、彼の主張は暗に秘奥を晒せと言っているのと同義であるのだ。

 

「それにですね。私もあえて告白するなら、そのキャスターに対する一撃に心当たりがあるのですが如何せん初動に手間がかかりまして」

 

「……その間、私達に盾となれと?」

 

 そして、自らの秘奥を秘匿し、この討伐に参加しながら大義を果たせるのなら迷うことなく手をとるべきだろう。下賤な話しだが、教会が掲げている報酬を受け取ることを考えれば尚の事に。

 

 迷った末、アイリスフィールも切嗣との今後の情勢を天秤にかけたのだろう。今ここにいる面子が報酬の令呪を手に入れたとして、自陣との間に生じるだろう差は小さくはない。ならば、この提示に対する選択肢など、既に決まっているような物だった。

 

「おお、やってくれますか! ああ、有難い。いけます、いけますよ必ず」

 

 小躍りでもしそうなほど大げさに喜びを表すアーチャー。2mはあろうかという丈夫がはしゃぐ様など怪しいの一言であるが、彼の提案によって良いか悪いかはともかく、大凡の方針は固まっている。

 

「――となれば、まず問題はあのランサーがこちらに協力してくれるかどうかですが……」

 

「あぁ、それならば問題ない。アレは加減や協力等視野にも入れないが、逃した獲物が思いのほか活きがよくて今は猛っている。射線を遮るか間に入りでもしない限りそうそう奴の感心は移らんよ」

 

 一番の懸念はアーチャーの言葉通り、あの本能に実直なランサーであったが―――確かにアレが目標に向かっているなら対処のしようがある。

 こちらの目標はあくまでキャスターを討伐する事であり、その一撃を持つアーチャーに手はずを整えるまでキャスターを引き付ければいいのだから。前線でランサーが立ち回るというのならこの布陣で問題はないと言える。

 つまり、ランサーがキャスター本体の動きを押し止め、こちらに迫る余波、攻撃をセイバーが迎撃。然る後にアーチャーの宝具を発動させれば勝利条件が整うという事だ。

 

「流れは承知した―――ランサーのマスター、私はまだ貴方に気を許した覚えはない。もし、我が主に危害を加えるのなら、その時はこの剣がお前の咽元を貫くっ」

 

「それはそれは、よく肝に銘じておこう」

 

「では、手筈通りに―――」

 

 そして、いざと土手の上で皆がそれぞれの配置に着こうとした時だ。

 

 

「■―――■■―――ッ!!!!!!!!」

 

 

 ―――獣性に狂った狂戦士の咆哮が、その濃密な殺意と共に頭上より降り注ぐ。

 

 

 






 ども! キャスターさんに作者解釈で新しく宝具を設定してしまったtontonです。
 出典はDies原作で使われていない『ローレライ』です。ドイツのライン川で有名なスポットであり、探せばすぐに直訳の謡は出てくると思います。
 作者解釈で能力を決めましたが、彼女の渇望からはそれほど外れていませんし、この物語の根底に気付いた彼女への作者風のサービスというやつです。到ったその末に発現するのが大蛇というのは、作者なりの皮肉なんですがねー。技の名前はドイツ語で、直訳ではなく、作者風にアレンジした物ですが、元の技ともそこまでかけ話してはいません。逆に、この変わり具合が彼女らしさを表しているのですが―――そこは次回のお楽しみですね(笑
 肝心の能力に関してはぼかしていますが、口上の内容と、出典をご存知、あるいはお読み頂けれれば察せられる方もいると思います。が! 次回で明らかにしていきますので、そこの聡い貴方、どうかお口チャックでご協力をお願いします。

 さて、それでは――ようやく中盤、大きな戦いに移り、戦局は混沌としていきましたが、今のペースを維持していけるよう頑張りますので、今後もよろしくお願いします。
 また恒例ではありますが、感想、意見、指摘、その他にも些細な、それこそ一言でも構いません。頂いた一つ一つが作者の活力になりますので、よければお声を頂けると嬉しいです。

 それでは長々となりましたが、本日はこの辺で!
 お疲れ様でした!!

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