黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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狂葬録
「香盤」


 

 

 

 ランサーの襲撃から敗退し、辛くも逃げ切ったキャスターはひどく焦慮に囚われていた。

 自己のこれまでの認識、この“聖杯戦争”で“冬木”に降り立ってからの認識が、本来の知識と摩擦を起こしている。ともすれば、今襲撃されようとも、用心深い彼女がその起こりに気付かないくらいには混乱しており―――自己の世界に陥っていた彼女が、そこで初めてマスターである龍之介を認識したのがいい例だろう。

 実際、自身が彼をこの場所に引きずってきた事など、忘れ去ったと言わんばかりにその表情は虚を突かれた態だ。

 

「あれ、ここ、は―――」

 

「ま、すたーっ」

 

 思わず口をついて出た主をさす言葉にハッとなった表情で固まるキャスター。それもその筈だ。彼女にとってはこの世界全てが虚構の色に染まっている。今まで自身が何をしていたのかを忘れたわけではないが、彼に対する気持ちが変わらないかといえば否、即答できる。

 彼女の視線をそのままに表すのなら、この世界がひどく歪んで見えるのだ。

 

「なんで、そんなに怒ってるの?」

 

 だが、そんな彼女の心境など知る筈もない龍之介は、ココはどこだと呟きながら重たげな瞼をこすって辺りを見回す。その姿がキャスターの擦り減った心にささくれ立ったが――彼に罪があるという訳ではない。もし本当に目障りならあの教会にそのまま放置している。現状、マスター不在でも3日は全力戦闘が可能だ。

 

「―――っ、教会を襲撃されたのよ。」

 

 本来の彼女であれば、答える間の無く邪魔だと影の底に沈ませるなり、目の前から退場させるだろう。

 現界できるだけの魔力を保有している彼女からすれば、魔力供給が役割のマスターなど不要でしかない。むしろ“令呪”という強制力のある手札を持つ“魔術師”という存在は彼女にとって害悪でしかないのだ。

 

「襲撃――って、じゃあ俺たちの作品は!?」

 

 そして彼女の胸の内、渦巻く苛立ちを推量れなかった龍之介がいの一番に心配したのは、自分達が築き上げてきたアートだった。“これまでの彼女”なら、その点に同調できたせあろうし、共感もできただろう。

だが今の彼女にその余裕がある筈もなかった。

 

「―――っ! そんなに“作品”が作りたいなら、一人でやってなさいよっ」

 

「ね、姐さん? 何そんなにイラついて―――」

 

 流石にその姿には困惑したのか、龍之介も臥せっていた身体を起き上がらせ、彼女に向かって手を伸ばしたが―――その手は最も信頼していたパートナー自ら叩き落とされる。汚らわしいものを見るような、憤怒の瞳で睨みつけるというオマケ付きで。

 

「何って、わからないのよ! なんで私が此処にいるのかもっ、なんでそれが当たり前だったのかも!」

 

 叫び散らす彼女は感情のままに、ここが下水道ではなく雑多に物が溢れかえっていたのなら、その悉くに当り散らしていたと思わせる程の豹変ぶりだった。

 口を開けば呪詛のように、何々が憎い。この世界は腐っている。悍ましい汚らしい見るに堪えない。断片的で、龍之介の耳には正確に聞き取れない言葉が多々あったが、彼女がどうしてこうなったのかは幸い察せられた。

 

「あのさ、非常に言いにくいんだけど―――姐さんはさ、そんなに怖いの? 神様が?」

 

 そう、何に恐怖しているのか。

 言ってみれば子供の癇癪に似ているかもしれない。その印象が逆に龍之介を納得させている。

 見た目以上に大人振る――もしくはお姉さん振る口調が多かっただけに、普段からミスマッチさを感じていた。勿論、彼女との触れ合いには些細な事だし、そんなことを気にして遠ざける彼ではない。

 

「……はぃ?」

 

 だけどだからこそ、今目の前で子供のように泣き腫らし、縮こまる姿にどこか安心してしまったのだ。同時に、“聖杯戦争”で出会う英霊達を前にしても斜に構えていた彼女に、そんな感情など無縁だと思っていた感情を恥じた。

 

「俺は神様がどんな奴だか知らないし、信仰心なんて大層なモン持ってるわけじゃないけど……こんな世界を作った奴がいるかもしれない。そう思ってる」

 

 思えば彼女との出会いが劇的すぎて、その生活が刺激的すぎて、自分は彼女の事を碌に知らないんだと苦笑が漏れる。けど、多分それこそこの場では些末事だ。

 そんなこと、この場で言葉を紡ぐことに何ら障害にはなりはしない。

 ――だから、体がまだ休みを欲して悲鳴を上げるが、それすらさしたる事ではないとはらわれて締まらない態勢から彼女に向き合う。

 

「人の個性に飽きないし、血や臓物だってバラバラで、死ぬ瞬間なんか俺にとって一番生きてるって感じれる。そういう世界を作ってくれたやつがいるなら感謝はしてたさ」

 

 たぶんきっと、この時初めて、真剣に神の存在を信じたと思う。

 勿論、それはこの手でぶん殴ってやるために。基本的に享楽主義で刹那主義であった彼が自身以外の為に抱いた感情がそれだ。

 

「――俺は姐さんと作る作品以上に興奮した事ってないんだ。あの瞬間、二人で何を作るのか構図やテーマを考えて、材料を選定して試行錯誤して……完成しなくてもいい、その過程が俺にとって何よりも一番だって思ってた。けどさ――」

 

 恐怖とは生き物だと、それを感じない生命は存在しないと教えてくれたのは彼女で、そんな姿に惚れ込んだのが“雨生 龍之介”だから――

 

「もし、姐さんを苦しめるのがその“神”ってやつなら俺はそいつを許さねぇ。仲間だとか、親愛だとか師弟だとか、言葉はいろいろあるけど、そんなんじゃなくて――短い付合いだけど、俺達の関係ってささ、パートナーみたいなものって思ってる。なくしたくないし邪魔されたくない。頼りないかもしれないけど、力になりたいってスゲーマジで思ってる」

 

 きっと自分は頼りないし、今の自分もキマってないと彼は重々承知している。

 でも、彼女もこちらの言葉に理解が追い付かずに呆けているから、きっとお相子だろうと思いつつも、大業そうに手を掲げて空を見上げ、少々熱が上がっている顔を彼女の視線から隠す。

 

「それにさ。もし、神様が天辺でふんぞり返ってるなら、何も役者な俺達がその脚本通りに動いてやる必要はねぇーじゃん? たまには奇天烈な行動で慌てふためかせてさ、そのふんぞり返った椅子から引きずりおろしてやればいいんだよ」

 

「……できると、本気で思ってるのそんな事っ」

 

 たぶんそんなにおかしくはなかったよなと、自分の中で確認する事数秒。言葉にする決意が固まったのか、それとも彼女が不安げな顔で、けど顔を、視線を合わしてくれたからか。コレで応えなくてどうすると顔を彼女に向けて、笑顔で応える。

 

「オウ! きっと二人ならソイツの度肝を抜かせるようなスゲーのができるって確信してる。だから邪魔すんだったら、一緒にぶん殴りに行こうぜ姐さん――ううんキャスター」

 

 頼りないと自覚している自分を、精一杯大きく見せる為に表情はそのまま、立ち上がった彼はその手を彼女に差し出した。

 

「だって俺達――――“共犯者”だろ?」

 

「マスター……」

 

 言うべきことは全て伝えたと、彼の心の大部分を満たしていたのは達成感だ。同時に、少々の不安もあったが――彼女に伝えて言葉に嘘はないし、力になりたいと思ったのは本当の事だから、視線だけは逸らさず見つめ返す。

 

 そして――――

 

 

 

 とても長い時間が流れていたように思う。

 あとで思い返してみれば、その時の自分はなんて間抜けだったんだろうと、柄にもなく床を転げまわりたくなるが――たぶん、いろいろな事が頭を駆け巡り過ぎて真面じゃなかったのだろう。

 気がつけば彼女の頭を悩ませていた頭痛の様なものは消え去り、心なしか体が軽かった。

 

 だから、ちょっと不安げな顔の目の前の少年を悩ますのは、これくらいにしてあげようと内心の苦笑を隠して、彼の手をそっと握り返す。

 

「まったく……どこの誰に影響されたのか―――ううん、成長してくれたのか」

 

「ははっ、やっぱ生意気?」

 

 でもやっぱり微笑が漏れてしまう事は隠せず、おどけてくれた彼の助けもあって、立ち上がった時には思考に霞かかっていた靄も晴れていた。

 

「ええ、ほんとにね」

 

 記憶を取り戻す前、時間にすれば数日に満たない短い時間。

 でも、とても掛け替えの無い眩しいものだと今なら胸を張って入れる気がした。

 生前から足を躓き、冥府魔道に墜ちていたこの身が、この世界で同じ“魔女”でありながらこのような幸福にあれるのだから、中々に皮肉が利いている。

 楽しい事、苦しい事、二人で悩んだことと短いながらたくさんの記憶がある。この世界が何かの手によるものでも、偽りの夢物語だとしても、こうして手に触れて言葉を交わせるのだから――案外悪いものではないんだと、涙がこぼれそうになった顔を上げ―――

 

「ねぇ、りゅーちゃん」

 

「ん? なにねえさ―――ぇ?」

 

 気合を入れていた彼の意識を少しだけ刈り取る。

 

「ごめんね。前にも言ったけど……ううん、もう一度言うね。貴方の気持ちはすっごく嬉しかったよ、マスター」

 

 倒れてもう目も虚ろな彼に嘘偽りの無い気持ちと、申し訳なさから謝罪を伝える。今彼が欲している疑問への答えがこれではないとしても、この決意に彼を伴う事は出来ないから――コレでいいんだと名残惜しむように、キャスターは膝を折って彼の体勢を仰向けにし、楽な状態に変える。

 

「でも、コレは私の業みたいなものだから、貴方みたいなボーヤには300年早いのよ。いい機会だから、目を覚ましたら新しい事でも始めてみなさい。これ、年長者からの有難いアドバイスだから、真剣に考えてみてね」

 

「――な、んで……」

 

 その際に頬についていた汚れを手で拭い、必死に意識を保とうとしていた姿に胸に来るものがあったが――師でもある彼女がかけた魔術が彼に自力で解ける事は筈もなく、ゆっくりと意識を落としていった。

 

「……ほんと、なんでこうなっちゃうのかしらね。今更……巻き込めるわけないじゃない」

 

 そんな彼の頬を一撫でし、まるで大切な宝物であるかのように、今一度視界に焼き付ける様に眺めていた彼女。

 そして、心の内が今一度固まったのか、瞬きをゆっくりと解けば、その瞳に怒りの色を宿して上を睨みつける。そこに広がるのはコンクリートで覆われた天井があるだけだったが、当然彼女が怒りの矛先を向けるのはそんな有象無象ではない。

 

「―――聞こえてるんでしょ■■■■■■っ、コレで満足かしら! いいわよ、道化がお望みなら、希望通りに踊ってあげるわよ! けどね―――この街ごと、アンタの脚本はぶっ壊してあげるっ」

 

 その瞳に映る怒りに、恐怖の色は微塵もない。

 心に受け取って確かな熱を胸に、彼女は一人で戦地に赴く――――だが彼女の顔に死地に赴く悲壮感はなく、その表情は久方に見える存在に震える心を乙女のように、されど、猟奇的な笑みを取り戻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 冬木市を二分する大きな流れ、未遠川。町から見て中ほどの河原の上、堤防のアスファルトに、乱暴に乗り付ける車が一台。

 高級車と思われるそれは、運転が乱暴ならマナーという常識から外れているのか、車に乗っていた人物たちはアイドリングストップなど知った事かと乱暴に扉を開け放ってそのまま河原に躍り出る。

 

「―――ここか」

 

「セイバー、キャスターはっ」

 

 それは、切嗣から連絡を受けて急行したセイバーとアイリスフィールだった。

 彼の連絡に寄れば教会に襲撃したのはライダーとランサー。

 まずはじめにライダーが離脱し、その後敷地内に侵入した後、結界宝具の類と思われる空間を展開した。その内部は切嗣と舞弥の持ち得た魔術・機械を持ってしても窺い知れる事は出来なかったが、その帳がはれて存命していたのはランサーだった。が、アイリスフィールがまだキャスターが脱落していない事を確認したので街中を捜索しまわることになったのが数刻前。

 そこから、舞弥の連絡から未遠側に急行したのが半刻にも満たない時間だ。

 

 そして、今冬木を騒がせている凶悪犯、教会から討伐命令が下った人物は――

 

「はぁーい。どもどもーキャスターちゃんでーす!」

 

 とても自然体に、残り全ての陣営を敵に回しているというのに変わらない笑みを湛えながら水面を踊るようにクルリとターンを決めて出迎えていた。とことん嘲るつもりなのか、スカートの裾をつまんで恭しく頭を下げるキャスターだったが、上げた顔に張り付けた凶悪な笑みがその所作全てを台無しにしている。

 

「貴女は―――っ」

 

「落ち着いてセイバー」

 

 尚もふざけた対応と取るキャスターへすぐさま切り掛かりかけたセイバーに、アイリスフィールが待ったをかける。言われてみれば、ここは彼女が陣をひいた教会ではないが、少なくとも逃走してから数刻の間全く準備もなくこんな開けた場所で姿を現しているのも妙な話だ。十中八九、何か狙いがあって罠を張っていると見るのが常道。

 後ろに控えた彼女は多くは語らないが、それでこの従者は事足りる。似たような関係は他の主従にも見られる事だが、この組に関してはその“信頼”の厚みが特に強い。誠という言葉がこれほど似合う二人というのも珍しいだろう。それもこの短期間である。

 故に、見誤る事が無いよう、彼女はその宝具たる“戦雷の聖剣”を発現させる。

 

「私達が此処に来た理由は分かっていますね……」

 

「あら、ずいぶん強気なのねー今日は。でも今私って忙しいのよねー生憎と素の状態で付き合ってあげる程付合いいいわけじゃないしー」

 

「貴女は、多くの人を害した行為は、既に教会を通じて全参加者に伝わっているわ。此方も、“始まりの御三家”としてその蛮行はもはや見過ごすわけにはいかないのよ」

 

 ケタケタと壊れた人形のように嗤いを振りまいていたキャスターだったが、戦闘態勢をとる主従に思う所があったのか、その眼光により冷たい光を宿し、辺り一帯に魔力を湧き立たせる。

 

「ふーん、けど――別に誰も、見逃せなんて頼んでないわよ」

 

 それは彼女がこれまで集めていた魔力のほんの一部だろうが、水面を逆巻き暴風となるその中心、それがただの発露であるのだから、彼女が蓄えた魔力とはどれほどであるのか。まさかはったりで大半を使い切る様な性格ではないという事は理解している。だからこそ、いつでも踏み込めるよう、身体にもっとも馴染む刺突の構えをとる。

 

「寧ろ、最初に来てくれたのが貴女達でちょうどよかったわ……私も初めてだし、ちょっと感覚掴むのに手間取ってたのよ」

 

 そして、その姿を確認したキャスターは、咢を生やした影の獣を水中から無数に出現させる。それは彼女が教会でランサーに使用した物で、直後に闇色の帳に遮られて切嗣達は詳細を確認できなかったが――それでも大凡の効果は察せられる。

 あれに捉まれば、如何に最速を誇ろうがその瞬間に敗北を決定づけられると。

 

「――っ、コレは!?」

 

「あの時の魔術――っ、セイバー全力で“動いて”! アレに捕まればあとが無いわっ」

 

 故に構えを切り替え、即座に疾走を開始するのは当然と言える。そして、アイリスフィールに目標が移らないよう適度に敵対心をあおる事も忘れない。

 

「解りました。アイリスフィールは距離を置いてください!」

 

 河原という限定された空間では、最速を誇るが故にセイバーにとっては足枷でしかない。川の中央に陣取った以上、最優の名を誇ろうが接近戦主体のサーヴァントにこの距離は絶望的な筈だ―――

 

「―――舐められたものですね。この程度でっ」

 

 が、あろう事かセイバーは水面を地面と変わらず踏み締め、速力を殺さずキャスターとの距離を詰める。よく見れば、彼女の走破に飛沫を上げさせられた雫も、どういう訳か彼女を避けるようにして散っていく。

 

「なるほど、斬ったり捩じ伏せるだけの脳筋かと思ったけで、案外馬鹿じゃないのね。ごめんなさい、貴方の事正直舐めてたわ」

 

セイバーとはそのクラス別スキルから高い“対魔力”が与えられるが、このように自然相手に作用するような能力を標準するわけではない。つまり、この摩訶不思議な光景は彼女固有のスキル、もしくはその能力によるものであるという事だ。

 

 だからこそ、その程度でどうにかなると思われるのは心外だと、行動で示すようにひた走る。駆ける。飛沫が衣服に付着するよりも早く――でなければこの水面下で蠢く怪魔達は容易く絡め捕りにかかるから。

 

「確かに、正直言うと貴女とこの子は相性悪いし、接近されれば勝ち目はないわ。それに、あなたに“創造”を使われたら尚の事勝ちが薄くなるもの―――だから、使わせてなんてあげないけど、ね!」

 

 故に、捉えられないなら次手を即座に講じるのはキャスターのこれまでの戦術を鑑みれば想像は容易だ。そしてその読みを裏付けるように、その手に見慣れた魔方陣を描いて展開した魔力を収束させていく。

 瞬間、間を置かずにキャスターの背後に展開する小さな魔方陣の群れ。そこから射出される無数の銀光、だがこれも馴染みがある。

 

 ―――そう毒針だ。

 

「貴女こそ、この程度でっ」

 

 

「ええ、だから―――」

 

 言の葉に続いて噴き上げる飛沫、それはセイバーの疾走によるものではない。

 水底に揺らめく影。月明かりから伸びたキャスターの影の延長は、如何なる絡繰りか、いつぞやの戦意でみせた比ではない数をほこる。なればこそ、如何にセイバーが突き放す事が出来ても、数の暴威の前に一定距離から踏み込めないのが実状だ。

 

「ク―――っ、まだまだ!」

 

 そして、キャスターの宣言通り、彼女はセイバーに近づかせないだけでなく、その聖剣の秘奥が解放されないよう適度に嬲りにかかる。

 まるで彼女の能力を知っている風な口ぶりだったが、その言葉に嘘偽りはないのだろう。顕現した状態の聖剣の雷光を伴う一閃で影の動きが鈍っていたのはその証明に他ならない。

 故に攻防は一進一退。

 風を追い越す筈の速力で攻め上がるセイバーはその実離脱を織り交ぜるのを余儀なくされ、陣を構えるキャスターは引き摺り込めば勝ちの目はあるが見誤れば容易く咽元を穿たれるだろう。

 よって、この勝負に膠着状態に流れるのは明白であり、この流れを打ち砕くには第三の要素が不可欠だったと言える。

 そう。どちらに天秤が傾こうとも―――

 

 

「なんだ―――もうおっぱじめてるのかよ」

 

 

 しかし、よくよく考えてみればその介入は必定であった。

 

「ランサーっ」

 

「よぉ、セイバー。元気そうじゃねぇか―――ああそんなに警戒するなよ、俺も今回ばかりはマスターの方針に従ってな……食い損ねた獲物を手前で始末しに来ただけだ」

 

 英霊でありながら妖魔と見間違う禍々しさ、ランサーは猟奇的な笑みをセイバーに返し、獲物はオマエではないと信用度が皆無の言葉を吐き出す。

 依然と肌を舐められるような嫌悪を催す殺気はセイバーにも向けられていたが、その視線がキャスターに向けられたことで幾分かが軽減される。

 

「久しい――ってほど時間は立ってねぇーな。こんな目立つ場所で胡散くせぇ臭いプンプンさせてるんだ―――自殺希望かと思ったぜ」

 

「私もアンタの顔拝むなんて正直ごめんだけど―――そうね、アンタには借りがあったわ」

 

 だが、対するキャスターの感心はセイバーからランサーに重きを置いている。が、それもそうだ。キャスターは教会から敗走したのなら、その場の勝者はランサーという事になる。取り逃がしたという点でランサーは不満げであるが、因縁深いという点では全参加者中最も根深いだろう。

 そして、ランサーとセイバーが共闘できるかといえば否だ。というより、ランサーが手をとり合うなどという、他力を良しとする手段をとるイメージがてんで湧いてこないのだ。つまり、一対一の状態から、この構図は単に三つ巴になったに過ぎない。ランサーとセイバーの狙いはキャスターと共通であるが、その射線に入ろうものなら、彼は躊躇なくセイバーを穿つだろう。

 故に、状況はより悪化の一途をたどっており、ともすればいつぞやの夜を彷彿とさせ―――虫の知らせともいうべきか、この時のセイバーは非常に嫌な予感が働いたのだ。

 

「――ですね。ああ、借りというなら、私も貴女にありましたね」

 

 そう、この混沌とした戦場で、自称聖職者のこの男が放っておくはずがない。引っ掻き回さない筈がないという、一種の信頼にも近い確信であり。事実その通りに彼は現界する。

 

「アーチャーっ」

 

「おやおやこれはこれは、皆さんお揃いのようで……なんです? 今日はあの夜の続きでも始めるのですか?」

 

 相も変わらず戦場の空気を意に介さないマイペースさ。その自由人の態は戦に真剣に望む者にある種の苛立ちを抱かせるが―――油断ならないという意味で、この男が最も厄介である。そしてその点には同意なのか、キャスターも、あのランサーさえ一発触発の状態から即時対応できるよう体勢を切り替えている。

 

「意外ねー貴方の事だからもっと戦闘が激化するか、硬直してから現れるかと思ったのに……何かしら、鞍替えでもしたの?」

 

「いえいえ、そんな大層な話ではなくもっと単純に―――なに、簡単な話ですよ。率直に言って、今のあなたの“影”には魂が籠っていない。言い換えるなら透けて見える、つまり張りぼてだ。そんな程度で英霊たる我等を三人を相手取れるなど、まさか慢心してはいますまい」

 

 まさかと視線が集中するキャスターの真下に蠢く影が注視される。たしかにセイバーは対魔力こそあれ、本人に魔術の心得があるわけではないのでその手の判断はつかないが――あれほどの質量を顕現させてあ彼女が本調子ではないと切って捨てるのは早計に思える。

 ――が、今一度見直せば彼女の影はランサーの出現からアーチャーの現界に合わせてその活動を緩めている。

 

「つまりだ。テメェは俺達が集まるのを影でコソコソと窺ってたわけだ――良いように使ってくれるじゃねぇかよ弓兵さんよォ」

 

「まあ、推論の実証に協力して頂いたのは申し訳ないですが、おかげさまで彼女の術の穴が明確になりました。詳細はつかめませんが、どうやら彼女は何らかの理由で今は全力ではありません。もっとも、一対一で捕まれば後はないですが―――幸いにして今我らの敵は共通な筈だ。違いますか?」

 

一見すれば出方を窺い慎重になっているように見れるが、言ってみればこれはあの夜の再現であり、3陣営のターゲットである彼女は窺うのではなく闘争に移らなくてはならない筈だ。となれば、彼女は逃げれないのか、逃げないだけの理由があるのか、どちらにせよ彼女の瞳に映る色はその手の悲愴を窺わせていない。

 だが、仮にそうだとしても、決意において、この場にいる誰よりも強く地下っているとセイバーは自負している。だからこそ、無為な睨み合いを始めた男二人に仲裁に入る。共闘は出来なくとも、ようは互いに害が呼ばなければいいのだから。

 

「御託はいいでしょう。重要なのは共闘を結ぶか否か―――」

 

「あー……なんかまとまりそうなところ申し訳ないんだけどさー」」

 

 しかし、状況に変化を望んでいたのは、他ならないキャスターも同じである。

 

「残念だけど、時間切れね。」

 

 変化は――異常な事に、その展開していた影を戻し、周囲に浮かべていた魔方陣を全て霧散させる。ハッキリ言って無防備極まりなく、敵に囲まれたこの状況では本来下策なのは言うまでもない。

 だが、異常であるからこそ、それが際立つからこそ浮き上がるものがある。

 

 そう、新たに噴き出した魔力。この場にいる3人の英霊、その総和を軽く凌駕する濃度と質量に、誰もが次の行動に移れなかったのだ。

 

「サービスタイムは終了――今から舞台(ココ)を作り上げるのも主演もこの私。貴方達はその他まとめてのオーディエンス。だから―――」

 

 故に、彼女は舞台上がる女優のように優雅に、そして蠱惑的な笑みを浮かべてゆっくりと水面から上昇していく。

 歌姫が謳い上げる様に胸に手を当てて空を仰ぎ、膨れ上がった魔力に、一つの(タクトで)で形を与える指揮者のように――――

 

「―――せいぜい舞台を盛り上げて、一緒に壊しましょう」

 

 ―――今一度、彼女の理が戦場を包み込む。

 

 

 






 後悔はしていない!(キリッ
 嘘ですめっちゃ不安ですtontonです(焦
 はい、今回で新章を迎えました拙作、宣言をしていましたので今回のお話は切らないようにと意識していたので大筋は変更していません。寧ろ字数が大変オーバーしてしまったので、削る作業の方が多かったですが―――うん、キャスター陣営純愛(だよね?)してるなーとちょっと大きく両原作から乖離しています。大筋はFate/zeroに沿ったものですが、キャスターが戦地に単身で臨むのは実はDies観点で見れば結構大事なのですよ。そこら辺をうまく表現できればと思って書いていますが――うん。■■■■■■チョーウザい! と作者も思う始末(笑) 文章中には一言も出ていない筈なのに、皆さんよく読んでくれているようで作者的には大変ありがたいです。まあ、参考にしたのが彼の人物の『愛=マッドネス』なのは――うん表現できてたかなー
 っと、長くなりそうなのでこの辺できりますね。
 今後も超展開、というか、次回でドイツ土産のアイデアを投下するのでそこらへんもお楽しみに!
 つきましては、毎度おなじみとなりますが、感想、意見など、些細な事でも頂けると作者にとって大変励みになりますので、気が向かれたら頂けると非常に嬉しいです。
 では、今度こそ、お疲れ様でした!!


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