黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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「混戦」

 

 

 

 剣戟が響く度に蹂躙されるコンクリートヤード。

 その余波だけで吹き飛ぶコンテナ群。

 既に喧騒というには過ぎた惨状と変貌した埠頭において、野次馬というものは存在しない。

 マスター同士、またはサーヴァントによる戦闘は苛烈を極めれば小さな町など消し飛ぶ、が、そうはならないのは彼らにとって秘術は秘匿こそ命題であり、数十年に一度という周期で行われるこの戦いを、まさか一般人、もしくは世論の常識が介入しておしゃかなりかねないとなれば、当然その事態は勘弁願いたいだろう。

 であれば、自身が秘匿の為に労するのは当然だが、如何に万全を期す為に取られた処置だろうと、大きすぎる規模のモノを隠しきるのは中々に困難だという障害がある。加えて、サーヴァント自体が神秘の塊とくればその衝突である“聖杯戦争”がどれだけの規模を誇るのか、語るまでもないだろう。

 つまり、その秘匿にも限界があり、一般人を遠ざけるにも限度あるという事になる。故に、この戦闘にも早期の決着が望まれるのは当然の帰結であり、その為に両者が手札から切った秘奥の解放だったが―――

 

 

 

「ハッハー!!」

 

 相対する男、ランサーは此処に至っても武器らしきモノを手にしていない。繰り出されるものは相も変わらず徒手空拳、その腕力には衰えというものを知らないのか、寧ろ時と共に上昇しているようにすら思える。

 もっとも、掌から生える杭という常識を度外視するソレを武器と分類するのなら話は別だが。

 武器というにはあまりに原始的、剣の様に相手を叩き切る刃があるわけでもない、槍の様に鋭利とはお世辞にも言えない代物だ。だが、それがどんな凶器よりも凶悪なモノだというのは、相対するセイバーとて重々承知している。

 

「っ! ぁ、あぁあああ!!」

 

 故に、接触は最小限に、弾き、往なし、時に切り伏せる。

 振れる事も出来なかった力の暴雨は拮抗するまで持ち込めなくても、弾けるまでに昇華している。それが彼女が持つ剣が並みの名剣を凌駕する逸品だという事の証明だ。そも、通常なら枯れ落ち灰塵と化す吸生の得物を前に触れる事さえ敵わないという前提を覆しているのだから、宝具の名に恥じない名剣であるのは間違いない。

 

「つうおらあああぁぁぁぁっ!!」

 

 それに対してランサーは怯む事無く腕を打込む。

 吸魂の杭を切り伏せるセイバーの剣の冴えは見事であるが、間を置かず新たな杭を尖らすその絡繰りは如何なるものか、尽きる許容があれば話は変わるが、まるで意に反さないランサーの猛攻を見るにその期待は薄い。

 

(いや、死角を取ればあるいは――)

 

 実際、ランサーの挙動は攻撃こそ苛烈だが、そこには武人の様な巧みさが無い。

 セイバーの剣に対する立ち回りといい、間合いの取り方こそ絶妙だがそれは土に塗れた様な、生き残る為に培われた術の延長である事を匂わせる。だからこそ、刹那であろうと綻びさえあればそれはセイバーの勝機となる。が、さばき損ねれば容易く逆転される状態であるという事実が付随するが。

 つまるところ、この戦いは僅かな隙を晒した方が敗北するという綱渡りのような駆け引きが繰り返されているという事だ。

 

「くっ、バカの一つ覚えみたいにっ」

 

 セイバーが零した悪態と共に、切り飛ばされた赤黒い杭は遥か後方で突き立ち、根を断たれた植物の様に徐々に土に返る。

 既に両の指では足りない程の数は優に飛ばしているだろう。ここまでくれば銃器のマガジンのように底を尽くといった消耗戦は望めない、もとより、その様な悠長に構える時間が残っているかも怪しい。

 打開策として、被弾覚悟の特攻ならランサーの懐に飛び込む自信がセイバーにはある。だが、一瞬にして剣を灰に変える凶悪さを目にすればおいそれと試す訳にもいかず、こうして両者とも歯がゆい思いを続ける破目になる。

 

「いいぜもっとだ、もっと早く強く深く―――こんなちんけな討合いなんぞで満足できるかよ。気張れよオンナァ、騎士の誓いを見せてみろっ!!」

 

 杭付きの掌底を躱し、擦違い様に刃を立てる。

 基本的にランサーの挙動は大振りだ。その速度と力によって一撃一撃が真正面から受け止める事を許さない。加えて―――

 

「――フッ!」

 

 擦違う右肘の関節部、そこから突き出ていた杭が向きを変えてセイバーを捉えにかかったのだ。

 置いた剣を瞬時に走らせて飛ばした為にその杭はセイバーに触れる事はないが、互いに宝具を解放しての攻防は新たな問題点を浮上させる。

 

「どうしたどうした! 軽すぎるぜ、誇りごと叩き折られてえなら止めはしねえよ。グシャグシャにしてやるっ」

 

 切り伏せられるし弾ける、これは確実に今のセイバーが地力において並んだ、または近づいた事を意味する。

 そして技の冴えと速度においては既に彼女の方が数段上を行く、それは解放後も変化はない。となれば状況は好転する筈である。それが現実とならないこの現状、その要因、即ち、ランサーの宝具の汎用性の高さによるものだ。

 ランサーの宝具は全身に生えた杭だ。その脅威は十分に承知しているが、肝心なのはその威力でも強度でもない、獣の様な彼の振る舞いにあつらえた様に変幻自在に穿つ柔軟さだ。

 基本的に腕や足の延長に杭を突き出すのならさしたる脅威ではない、それは槍などの間接武器の驚異の範疇であり、それだけならセイバーは問題なく対応できる。問題なのはその体のいたる所から生えるという事、それは攻撃線に制限がないという事に繋がるからだ。つまり、攻撃において刀の様な表も裏もなければ一撃を躱した後の間隙もない、寧ろ死角がないと言った方がいいかもしれない。

 攻防自在、言葉にすれば簡単だが、此処まで技の無い術で体現するその技量は喧嘩慣れという領域を確実に飛び出ている。

 聖杯に招かれた英霊、彼もまた己の武で戦場を駆け抜けた一人の戦士なのだ。

 

「貴方に言われなくてもっ、それに私の剣は―――」

 

 だからこそ、この勝負は尚の事退けないときつく剣を握る。

 信念といった魂のあり方は違っても、戦場を生きる為に駆け抜けた英霊なのだ。例え相容れない思想だろうと軽んじていい相手ではないし、この有様では確かに敵に対して不義だろう。

 互いに制約はある。だが、それがどうした?

 己の出せる力が全力の半分でしかなくとも、最善を尽くすのが戦士だ、その誠意は戦場を駆ける輝きだ。

 軽んじてはいない、誓いを忘れた訳ではない。ただこの一時の戦いを鮮烈に輝き駆けて見せる。

 だから――

 

「――軽くありません! 甘く見ないでっ」

 

 これが今出せる私の全力だと叫ぶ様に硬い舗装を踏み貫き駆ける。

 その軌跡は正に閃光の如くだ。

 既にまっさらだった面影も無く、無残な舗装群を更に無慈悲に削り飛ばし、舞い散る塵が地に落ちるよりも早く、その煤が頬に触れるよりも速く駆ける彼女を目視で捉える事は目の前の男でも難しい。

 だというのにランサーは口元を釣り上げるが――関係ない。彼女にとってこの姿が相手にとって愉快だろうと不快だろうと、示す結果は白刃のもとに晒すと心に、主に誓ったのだ。

 そう――

 

「――主と剣に立てる誓いは騎士の誇りです。それを貴方如きに愚弄される謂れはありませんっ」

 

 勝利を、誓いの証を立てるというその言に従い、ランサーの腕が宙に舞う。

 それに対してランサーの苦悶の声は聞こえない。むしろ、高らかに宣言したセイバーの表情の方が若干の陰りがある。

 だが、それも無理からぬ話だ。何しろこの結果は彼女にとっても予想外だからである。

 彼女の狙いとは首を落とす必殺を誓う一撃だった。それも視認も困難な一撃――事実ランサーはセイバーを目で追えていない――、それを腕の一つの犠牲に墜とされたのでは彼女の顔も不快に歪むだろう。

 そして件のランサーは、

 

「く、くく―――アーッハッハッハッ!! 誓い、愚弄、ねぇ―――貴方如きときたか、そらそうだろうよ。誇り高い騎士様に、畜生の罵倒なんざ癇に障るだろうさ!」

 

 吹き飛んだ腕の断面を一目して顔を手で覆う。

 その様は断じて悲観してるだとか可愛いものではない、あれは挑んだ獲物が想像以上に上物だとわかって舌なめずりする獣と同じ、肩を震わせる彼のそれは隠しきれない喜びの表現に他ならない。

 

「―――っても、まあ謝罪する気なんか更々ねえがよ。オラ、俺の首は落ちてねえ、死んでねえなら俺はまだ負けてねえっつう事だ……なぁ、お前、軽くねえと言ったなその矜持。舐めくさりやがって、気合入れたくらいで俺をやれると思ったかよオイ……なあ、言ったよなぁ? この程度で――」

 

 来る。

 膨れ上がるランサーの魔力に比例するように空気が鋭利に、凍る様に急速に温度を奪われていく。

 防御――は、下策だ。相手の魔力の上昇率はこれまでの比ではない。間違いなく会敵から至大の一撃だ、これまで以上に比類ない膂力を発揮するだろう。だからこそ――

 

「――俺をやれると思うなぁあああ!!!」

 

「クッ、ハァァアアアッ!!!」

 

 一呼吸で遅れたが、事この戦いにおいて間合い、タイミングにおいてアドバンテージはセイバーにある。相手がどれだけ力を籠めようと、その踏み込みが最高域に達する前にこちらの間合いに侵略する事が彼女には可能である。

 故に、瞬時に相手の腕を掻い潜り、横に逸れるのでもなく狙うは正面、下段から全身をバネにした刺突。

 視界で捉えられなくなったのなら剣山と化して防御の構えを取るランサーだ、正面を捉えるのは確かにリスキーだが、踏み込んだ着地の反動を利用して引き絞った半身は既に次弾の装填を終えている、後は引き金を引き放てばこの体は弾丸の様に相手を貫く――所謂賭けというやつだったが、この勝負勝ったのは彼女――そのはずが、剣先に芯を捉えられた男の顔が喜色に染まる。

 

「信じてたぜぇ―――」

 

 腕は伸び切り、懐にいるセイバーの剣を止めるのには間に合わない、その両足も必殺を誓う一撃に込められた足取りはセイバーの目をもってしても疑いようもない。蹴り上げようにも踏み込むという工程を終えない限り次手には一拍遅れる。

 終始無手であり、杭という特殊な攻撃法ではあるが―その攻撃手段をとった彼にこの場で振り下ろす刃はもう―――

 

「っ!?」

 

 思い立った瞬間、彼女は全力で離脱する。

 そも、彼の杭が何色をしていたのか、その原始的な力が何を糧に生み出されたものだったのか、思慮の外だった点が高速で頭を巡り繋がっていく。

 その間にランサーの姿勢から変化したのは僅かな上半身の動き、その程度なら確かにセイバーの動きにも間に合うが、それは決して回避でも防御の為の行動ではない。始まりから野生じみた直感を見せた彼らしい、相手の咽元に食らい付く為の行動だ。

 

「逝けやヴァルハラァァアアアッ!!」

 

 その叫びと共に向けられたのは、なんと肘から先を切り飛ばされた腕だ。

 まるで正気を疑うような行動だが、直感に従ったセイバーの行動は間違いではなかった。次の瞬間、おぞましく蠢いていたその断面から無数の槍が生え伸びたのだ。

 

「っ、ぉォオオオ!!!」

 

 被弾覚悟で急所を避ける為に数本の杭を切り飛ばす。が、セイバーの剣の一振りに対してその数は膨大であり、いかに彼女の動作が光速を誇ろうと全てを打ち払うのは至難だった。

 加えて――

 

「よお、イイ色じゃねえかテメエの血も……」

 

 抉られた肌が焼かれた様にじくじくと痛みを主張する。

 杭はいくら先が鋭利だろうと切り飛ばせばただの棒だ、そうでなくとも切り飛ばせばその空白分回避の幅は広がる。つまり、今までの攻撃なら彼女は回避できたという事である。

 それがこうして膝をつく痛手を受けるという事は、彼の一矢は間違いなく彼女の予想を上を行くものであったという事。

 

「どうしたよ、何呆けてやがる。ランサーが飛び道具持ってちゃ悪いかよ」

 

 その正体は腕から伸びた長大なそれではなく、膨大な杭の群れ、短槍の様な形状のものを打ち出すという、これまで彼が主としていた体術を否定する飛び道具、その弾幕によるものだ。

 

「……随分と、多芸なんですね。いっそのこと、アーチャーのクラスの方が性に合っていたんじゃないですか?」

 

「まあ、たしかに? あのクラスも中々に魅力的な特典があったがよ。品切れじゃあ俺にはどうしようもねえ、それにどちらかといえばまあ殴り合う方が性に合ってるしな」

 

 彼の攻撃、終始その手足のみで相対していたのも、全てはこの一撃の為の布石であり、どうやらブラフだったようだ。

 彼のスタイルとはその杭によるものであるのは疑いようもないが、その特性とは攻防自在の汎用性の高さだけではなく、オールレンジという間合いを選ばない対応力でもあったのだ。

 まさに反則じみていると言えよう。

 攻撃と防御を兼ねる事が可能であり、近距離だろうと遠距離だろうとその一撃は相手に届く。更には触れれば確実に相手に致命傷を与える一撃となる――当初この杭を吸魂の杭と呼称したが、どうやらあながち間違いではなかったらしい。

 

「…………」

 

 その証拠に、ランサーを視界の端に収めつつ確認した傷口はまるで癒える事が無い。

 セイバーは自身が持つ特性から大抵の傷は修復することが可能である。それがこうして忌々し傷の深さを自己主張しているという事は、あの杭の禍々しさがただ“吸う”だけではないという事であり、傷口から身体を漂う倦怠感は体の生気を奪われている事の証明だ。

 

「思慮が長いぜお前。戦じゃ冷静さは大事だろうが、そうやって二の足を踏むのは三流のやる事だ。オメエは違うだろう。なぁ、もっとさらけ出せ―――よっとお!」

 

「くっ!」

 

 先程の杭より幾分太いそれを弾く、だがランサーはセイバーの視界が一瞬途切れた間に接近を果たし、既に次撃に備えた構えをとっていた。

 彼の言葉に従うのならその性に合うという殴り合いの間だ。

 その振り被る腕には既に無数の杭がこちらを捉える為に牙を剥いている。傷口から生えたという性質上、その源は大凡予想できるが、アレだけの大量生産と放出による物量はある筈の有限性を真向から否定しいる。予想がはずれとは思はないが、どうやらその発生源に限りはほぼなく、特定するには早計だと判断してもいいだろう。

 現状攻め手に欠く―――ならば。

 

「―――仕方ありませんね」

 

 切結んだ杭と刃が拮抗する点が青白く発光する。その光は彼女が自身の剣を発現させた時と同じものだ。

 変化を察したランサーがこの戦いから二度目の後退をする。

 放たれた光は変わらない清廉としたものだが、最初のものと違い、剣を中心に今も瞬いている。

 その光こそ彼女の剣、“戦雷の聖剣”の特性だ。“戦雷”を冠するその聖剣の真名は伊達ではない。

 

「なるほどなぁ……いいぜ、そう来ねぇとなあ!」

 

 更なる札を切るセイバーに愉快でたまらないと猛りを放つ様に前に出るランサー。

 吸魂の魔槍と、雷纏う聖剣、両者の特性の色は真逆ながら強力であるのには違いない。その激突が必至ならば予想される被害もこれまでの比ではなく甚大という事になる。

 なればこそ、この一撃で叩き伏せると必殺の構えを取るセイバー。

 周囲の被害など知った事か、己の立つ戦場に弱者は不要と無頼に構えるランサー。

 両者の特性の様にその心根も違う両者、ここまで違えるのならどちらかが舞台から消える以外ありえないと、互いに思う過程は違えど、その一戦に踏み込む。

 

 

 

「チッ―――」

 

 そのまさに踏み込んだ地鳴りに大気が鳴いた瞬間、そこに漏れ聞こえた舌打ちは――ランサーのものだ。

 先程までの研ぎ澄まされた殺気は霧散――はしていないが、先程に比べて、どこか雑味が出ている。有体に言って関心が移ろいでいるように見えた。

 そしてその様子に違えず、低く飛び込む姿勢からゆらりと幽鬼のように体を起こし、杭を生やした腕を――セイバーにではなく横のコンテナ群に向けた。

 

「―――っきからコソコソハイエナみてぇに……ウザッてンだよテメエェ!!」

 

 怒号と共に放たれる杭の連射。

 轟音を響かせコンテナを一つ、また一つと次々に引き裂き灰塵に帰し、尚も止まらず突き進むそれらは只管に蹂躙という獣性をもって障害を食い尽くす。

 それに対して、セイバーはランサーが晒す隙を突く事はせず、刺突の構えを解き、有事に対応できるよう自然体を取る。

 なぜならば、ランサーの発言は第三者を匂わせるものだったからだ。

 彼の性格は僅かな邂逅とはいえ、セイバーはある程度察しているつもりだ。

 ランサーの振舞いは戦闘狂のそれだが、こと戦闘に関する認識は冷静であり、その直感は歴戦の勇士すら唸らせるものがあるといえる。だが、その直感に素直な為か、あまり深く思慮するタイプではないという印象があり、小細工は労するよりも正面から叩き潰す側というのが彼女の感想だ。だからこそ、突然のこの行動が虚をつく為のものであるとは思えない。

 なら、今この瞬間まで自分達は第三者にその秘奥の開帳までを目撃されたという事実に他ならない。

 

 

「―――これはこれは、まさか見つかっていたとは」

 

 

 弾幕による土煙の中から出てきたのは2mはあるかという金髪の大男。

 カソックに身を包み、柔和な笑みを顔に張り付けたその姿はそこらにでもいそうな神父といえるが、戦場に笑みを浮かべて現れる聖職者など、率直に言って胡散臭いにも程がある。

 

「誰だテメエ……」

 

 あのランサーの弾幕の後から軽い足取りで現れるとは、彼の精神が真面であるとは言い難いだろう。

 加えて、ここに一般人が紛れる要素は限りなく低い。そもそもこの場に陣取って挑発してきたのはランサー陣営だ。そのマスターが自らを徹底して身を隠している以上、この場の人払いには信用してもいい。と、くれば彼も―――

 

「私ですか? 見ての通り、天におります我らが父に仕え---」

 

「誰が手前の職なんか聞いたよ阿呆が、この場でお惚けが通じるなんて目出度ぇ頭でもねえだろうよ。真名明かせとは言わねぇが、見物料だデバガメ、名乗れよそのクラス―――」

 

 当然、その手の冗談も時と場を選べと腕を向けるランサー。その延長である杭がどういうものなのか、彼の言うとおりこの場を盗み見していたというのなら知らない筈がない。

 だが、その魔槍を向けられた男は、心底心外だと言わんばかりに困惑顔をし、両手を上げて降参のポーズを取りつつ口を開く。

 

「やれやれ、人の話に関心が無いというのはこの時代の人間の業なのかと、主に嘆きもしましたが―――まあ、いいでしょう。私は、この度“アーチャー”のクラスをもって現界しました……そうですね、名を、クリストフとでも名乗っておきましょうか。見ての通りしがない神父ですが、以後お見知りおきを……」

 

 仰々しく、いっそ態とらしい程に深く頭を下げるアーチャーと名乗る神父服の男、見た目は血や硝煙といった戦場とは無縁の様に見える――見えるが、アーチャーを名乗り、サーヴァントとしての気配を確かに発していた。

 この距離でその存在を感知させなかった気配遮断はまるでアサシンの様であり、そう思わせる程に暴力という属性を持ちえない風に装っているが、あの事実は見過ごせない。

 

「ハッ、貴様が聖致命者(クリストフ)なんざ殊勝な性質の人間かよ」

 

 次弾を装填するように新たな吸魂の杭を腕に生やしたランサー。

 初見ではセイバーにおいても防ぎきれなかった弾雨、その蹂躙は障害となるコンテナ群を垣根程の価値も無いと紙同然に吹き飛ばし、アーチャーを名乗る男の遥か後方まで蹂躙している。

 そう、魔術で付加した剣すら灰に変える凶刃の嵐に晒されて尚、悠然と現れた男は傷どころか服が敗れた形跡すらない。あの杭も尋常な能力ではないが、その嵐を前に柳の様に立つ男も真面とは言い難いという事になる。決してその見た目から弱者と切って捨てられる相手ではない。

 

「まあ、確かに私自身大業な名を頂いたと思ってはおりますが、授かる名というモノには拒否権がありません。偉業然り、悪名然り、その善悪、事の大小を判断するのは何時であれ第三者であり、その判断も後の世の仕事であれば……我々自身が忌もうが好もうが、それは些末事というものでしょう」

 

「ケ、説法なんざ間に合ってるんだよ……んなことよりだ、てめえ、人の楽しみに水を差したんだ、風穴開ける程度じゃ済まさねえぞっ」

 

 新たな乱入者の実力の程は兎も角、だ。これが第三者による介入には違いなく、その姿を晒す以上はどういう意図があれ交戦は不可避という点はセイバーもランサーと同じだ。彼女の場合それが即戦闘行為に繋がるほど短絡的ではないというだけの話、見方を変えれば慎重すぎるとも取れるが、三つ巴というのはふとした事で戦況が一変する、慎重であるのに越した事はないと言えるだろう。

 

「さてはて、私は貴方達と違って正面切っての殴り合いというのはあまり好きではないのですが――ほら、私、この通り神に誓いを立てる身ですし」

 

「なら―――両の頬差し出せよっ、エセ神父!!」

 

 だからこそ、いの一番に飛び出すのがランサーであるという結果はもはや予想すら必要ない。

 彼はセイバーの様な高速を誇る訳ではないが、それでも常人を遥かに超える速度であるのは間違いない、加えて障害物は先程の彼自身の凶刃の乱射によりものの見事に全て土に返っている。

 遮るものも無く、視界も良好となればあの速度以上、あの物量以上の地力が無くては生存は不可能。となれば、先程の無傷が能力によるものなのか、技能によるものなのか、これで全てがはっきりする―――

 

「―――やれやれ、見た目通りに、やはりこの杭に触るのは少々、俗に言ってしんどいですね」

 

「テメェ……」

 

 その光景を目の前にしたランサーも、セイバーとアイリスフォールですら驚愕する。

 吸魂の杭による一撃、それを正面から対峙したアーチャーの行動は単純だ。

 迫る凶刃に手を添える(・・・・)事で逸らす、技巧も何もない有り触れた防御による回避、それをもって先程の顛末を物語ったのだ。

 

「バカな、いったいどうやってっ」

 

「高速回復? いえ、あれはむしろ―――」

 

 そう、あの対処は前提からおかしい。

 禍つ杭は触れえぬ悪食ともいえる吸魂の性質を持つ魔器だ。セイバーですらその宝具である“戦雷の聖剣”の抗魔力によってその特性を弾いているに過ぎない。

 だが、アーチャーがその杭を弾いた手はどう見ても素手だ。その手が接触時に魔力を纏ったり、特殊な発光をしたりといった変化も見られない。

 

「それで、まだ続けますか? 私としては無駄に戦う事はあまり好みませんし……ああ、では、こういうのはどうでしょう?。私はこのまま去りますので、そこの彼女と先程と同じくどうぞごゆっくり戦を堪能して見るというのは」

 

 仮にアイリスフィールの言うように高速回復する手段であったとしても、この杭の特性は触れている限り正常な気を食らい続ける。効力にいたっては祓おうにもその手の能力を持つセイバーが回復に手惑う程である。

 第一、回復とは傷を負った状態を正常に戻す作業だ、その速度が如何に速くとも傷を負う事をなかった事にはできない。となれば、仮に高等治癒術を収めていたとしても、正面切って受けに行くには些か頼りなく思えてしまう。

 

「人をコケにするのも大概にしやがれ……テメエが頑丈なのか、この杭に対処する術があるのかなんざ知った事かよ。取りあえずブッ潰すっ、舐めくさりやがったその面ァ穴だらけにしてやるよ―――オラッそこ動くなよ!!」

 

 セイバー達がアーチャーの考察に気を割いている内に、ランサーも己の一撃が不発に終わった事態に一時距離を置いていたが、アーチャーの口上がよほど腹に据えかねたのだろう。無事な手でだけでなくもう片方にも長大な杭を生やし、飛び込む彼の目には既にセイバーは映っていない。

 その宣言通り作戦というものは皆無なのだろう、彼はその杭の特性通り、障害となって目の前に立塞がるのならお前から枯れ落すと己が刃を惜しみなく晒して駆ける。

 

「―――これは、致し方ありませんね」

 

 対するアーチャーは先程の様に無防備に立つのではなく、今度は拳法のような構えを取った。

 ただし、それはあくまで素手だ。指を軽く握りこんだそれは掌底を主体としたランサーに近いものがあるが、武術らしさを醸し出す分アーチャーの方がらしくは見える、もっとも、ランサーの杭の特性を前にすればそれは蛮勇にしか映らない。

 だが既に両者の激突は避けようがない段階に突入しているとなれば、如何に蛮勇に見えようともはや交戦は避けようもない。

 アーチャーの力は不明慮なままだが、セイバーにとってランサーの凶悪さは身に染みている。そうでなくともサーヴァント三体による混戦など四度目となる聖杯戦争でも稀だ。要は予想がつきづらいという事に他ならない。

 こうなればセイバーも方針云々より、この場での主の安全を優先せざるおえない。

 無論、その身は彼女の刃であり、相手を前に退くつもりは毛頭ないが、片方に気を取られてもう片方にマスターを落とされるという事態は避けたい。見たところ二人のサーヴァントのマスターは近くにはいないのだから。

 そうしてセイバーがアイリスフィールに確認を取ろうとした、その時―――

 

 

「――GuA,a▬▬▬▬―――!!!!!!」

 

 闇色より濃い、深淵を思わせる冷気の爆散と共に黒衣の巨人が現れた。

 

 

「新手!?」

 

 白い長髪を雑に後ろに流したソレは突然発現し、まるで己が狂性を放つような叫びを解き放った。その咆哮ですら空気を伝播し、この場で月を除く唯一の光源だった街灯を絶命させていく。

 露出した髪以外を外套とマスクで覆っている彼、或いは彼女にその表情はおろか、その性別すら窺う事は出来ないが、その存在感だけでも何のクラスをもって現界したサーヴァントなのかは明白だった。

 

「この感じ――バーサーカーかっ」

 

 誰かがそう叫ぶと同時にそれは次の瞬間に地を蹴っていた。

 見た目から愚鈍なイメージを与えたバーサーカーらしきそれは陥没した大地を残して視界から消失した。

 その現象に場へ一様の緊張が走るが――それはまさに一瞬の出来事でしかない。そも、あれだけの速度を持った踏込みだ、突然の出現である以上その行動が離脱や回避の筈はなく―

 

「ほう――まさか私をご所望ですか……此度のサーヴァントは、どうも酔狂な性質の方が多いようですね」

 

 その疾走は獲物を討つ狩人の強襲だ。

 響く轟音に目を向ければどこから取り出したのか、黒衣の巨人の手には身の丈を優に超える大矛とみられる武器が握られており、アーチャーを狙って放った一撃は彼の横の舗装にその刀身の半分近くが深く抉り込んでいた。

 

「▬▬▬▬◛◛▰▰■!!!!」

 

 そしてそれは如何なる腕力をもってなしえる技なのか、深く抉るという事はつまり地面に突き立ち食い込んだという事であり、次の攻撃に移るのにまずそこから刃を抜き放つ必要がある。

 だというのに、巨人は食い込む大地を砂同然に力任せの一振りにてそのままアーチャーを強襲した。

 

「……力自慢をご希望なら、あれと勝負したらどうですか、ランサー?」

 

 ランサーの剛腕でさえ真面に討ちあうのは避けたいセイバーが、思わず冗談めかして言葉を零すほどその光景には現実味がない。

 目の前で硬い舗装をバターを切り出す断材機の様な嵐を前にすれば、思考が霞むのも無理はないかもしれないが。

 

「ハッ、バカ言え。あんな敵も碌に認識してねえ木偶を相手にして何が楽しいかよ」

 

 しかし、意外と律儀な性格なのか距離を置いているはずの男はバーサーカーの出現に冷静だった。その言葉を受けて成程と思わずうなずきかける程に、場の流動する変化を柔軟に受け止めている。

 現状、バーサーカーの乱舞はまさに嵐といった災厄の様に猛威を振るっている。がしかし、一様にその被害にアーチャーの犠牲が無いという点は無視できない。

 力を抑えるという事を知らない風体なバーサーカーに対し、大きく避けるアーチャーの所作は巧みとは言い難い。言い難いが、あの剣舞を前にすれば剣圧だけでダメージを負いかねないとなれば最良の手段なのだろう。

 ならば何が異常なのか、答えは明白、その動きに籠る殺意が如何に強大だろうと、その筋があまりに実直だったのだ。

 

「確かに、あれでは戦に狂じるというより……“狂化”の副産物と言えばそこまでですが」

 

 実直な事はある側面から見れば美徳だろう。だが、事戦場において、通常の価値観とは逆転、ないし、淘汰されるのが常だ。

 戦場における殺意と理性というのはその最上位であり、如何に相手に気取られず、効果的に手傷を負わせるかというのは尽きない命題だ。ランサーにしても、セイバーにしてもそれは例外ではなく、バーサーカーも英霊として招かれる格である以上その例に漏れるはずはない、のだが、その剣筋はお世辞にも虚がある様にも見えず、殺意の対象が明確過ぎる為に読まれてしまっている。有体に言って児戯の様に見えてしまうのだ。

 

「ま、乱入する気概は買うがよ……どいつもこいつも人の獲物に横槍入れやがって、気にくわねぇなぁ」

 

 アーチャーに続き、バーサカーの乱入、困惑するどころか、その殺意に明確な怒りの色を籠めるランサーはその禍々しい気を更に色濃くする―――

 

「「!?」」

 

 驚愕の念は理性のないバーサーカーを除き場の共通だ。

 何しろランサーが漂わす魔力の放出量はその杭の出現時の比ではない。そう、つまりあの時以上の力の解放が行われるという事に他ならない。

 英霊の根底である宝具の解放は真名を知らしめる行為だ。己の名を知られるという事はその出自から死因まで、何が不得手で得手とするのかを知られるという事、だからこそ宝具解放にはどのマスターも慎重になるのだが―――あろう事か、ランサーは四体のサーヴァントが集うこの場で二つ目の宝具を解放しようというのだ。

 

『……あぁ―――日の光はいらねぇ』

 

 その気と大気の収斂は周囲のありとあらゆる生を強制的に搾取する。

 彼の杭に触れてもいないというのに、こうして対峙するだけでセイバーもあの怠惰感を強めた感覚に襲われる。

 それはこの時も戦闘を続けるバーサーカー達にも例外ではないらしい。あれほど猛威を振るっていた剣舞が僅かに鈍っている。この禍がつ気に晒されて尚嵐の様に振るわれる膂力には驚愕するが、ランサーの新たな宝具はまだ真名の解放すらされていない、となればその全貌が明らかになった時、此処が如何なる魔境に変貌するのか……

 

「クッ、アイリスフィールッ!」

 

 だからこそ、セイバーが優先するのはこの場で真実ただ一人、生身である主の安全だ。英霊の身でもこの悪影響、いくら対魔の力が平常装備された魔術師であろうとその規模(スペック)は比べるべくもない。

 

「わ、私は大丈夫よセイバー、それよりランサーをっ」

 

 気丈に振る舞い、何とか膝に手を付かんと胸に手を当てる姿は見るからに痛々しい。瞳を見ればその奥に疲労の色は濃く、無理をしているのは明らかだ。

 彼女を優先する離脱、逆説的に原因を根絶すればいいのならその主因であるランサーの即滅。騎士の誓いは彼女の中で譲れぬ道だ。だが、彼女の核である騎士道、主の命はこの矜持より遙かに重い、ならば迷う必要などどこにあろう。

 思考は時間にして五秒もかかららず強制的にカットし、主である彼女を抱えにかかる。

 

「!? アイリ――」

 

 だというのに何を思ったのか、騎士の主はその手を自身の胸に抱えていた手でもって押しとどめた。

 

「私は大丈夫だから、見た目より、人より頑丈なんだからっ、アインツベルンのホムンクルスを甘く、見ないでねっ」

 

 どう見ても強がりなのは明白だ。その証拠に最初に押しとどめた手にはもう然程の力も無い。 

 

『――俺の■が汚ねえなら―――』

 

「ッ、やはり容認できませんっ、申し訳ありませんアイリスフィール!」

 

 背後で高まる気の収束と詠唱に、はっと思い留まるセイバーは主に詫びを入れて無理矢理に抱える。

 その脳裏に浮かんだのは雪の古城での約束、僅かな時間の出来事だったが、今生で身を受けて守り通すと誓ったそれを、こんな事で裏切る事だけはしたくない。

 素早く振り返った戦場に大きな変化はなく、殿もいない以上せめて目暗ましはと剣を振り上げて―――セイバーはその場の変化が無いという事実に下ろしかけた手を止めた。

 ランサーの暴挙に対してアーチャー達の対応が静かすぎる。こちらが視線を切ったの僅かな間だ、その間に起きる変化など―――

 

「ハーイッ! みんなちゅうもーくっ」

 

 耳に響いたのは魔術によって拡張されたとわかる独特の音声、それが先程聞いたランサーのマスターと違うのは声の座標を示す自己主張、聞き手に対する暗示ともいえる誘導。まるで本来の用途に無用であるその術はしかし、有用な呪術に想定外の系統を付け加える高等であることの所作だ。

 

「――女、だと?」

 

 その驚愕の声はランサーによるものだが、それはセイバーも二つの意味で同じだ。

 一つは驚愕の声の主、ランサーだ。先ほどまで禍々しい気を無遠慮に高めていた筈が、どういう意図か今は欠片も窺わせない程形を潜めている。

 これまでのランサーの性格を思うに、抜きかけた剣を躊躇う性分と思えないだけにその異常性が目立つ。

 そしてもう一つは―――

 

「もーっ、折角四人そろってるんだから大人しく仲良く潰し合っていればいいのに、どうしてこう、脳筋な男って単純なのに思い通りに動いてくれないのかしら」

 

 頬を膨らませて私ご機嫌斜めと言わんばかりに足を揺する赤髪の少女が、その長髪を風に晒してセイバーの横に立積むコンテナに腰かけていた。

 

「……五体目の、サーヴァントっ」

 

 

 

 セイバー、ランサー、アーチャー、バーサーカー、そして五人目の正体不明の少女。

 誰もが息を飲み、新たな少女の出現に緊張を走らせる。

 第四次聖杯戦争―――

 歴代において未だ正統所持者のいない“聖杯”を巡る戦争は一筋縄ではいかない。その事実を何よりも雄弁に物語る様に、その開幕は五体の従者が出そろうという前代未聞の事態をもって、混迷を深めていく。

 

 

 

 

 






 AUO「解せぬ」


 弓兵枠は黄金どころか鍍金さんでしたとさ!
 ランサーさんは安定の幸運値:c 以下という……兄さんの前途に幸あれ。具体的には来世くらいで報われるよ、キット。



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