黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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「観月」

 

 

 

 宝具とは、即ち英雄たる彼、彼女達が人の身でありながら神秘の域に達した象徴、奇跡の結晶である。

 その解放ともなれば当然その力は現代の魔術など霞む領域である。そして、彼と彼女。ランサーとキャスターの宝具もその例に洩れず、神秘を内包していたが―― 一つだけ共通点があり、それだけに大きく異なる。

 一つは―――

 

『ものみな眠るさ夜中に 水底を離るることぞうれしけれ』

 

 秘奥の開放、それに伴う祝詞とは単に真名を明かすという以外に、自己の深層心理を表す行為だという事だ。言い換えれば、それは侵食といってもいいのかもしれない。

 

『水のおもてを頭もて 波立て遊ぶぞたのしけれ』

 

 己の周囲、世界を己の(ルール)で染め上げる。己を起点に、或いは周囲一帯を魔境と変じて世界を騙す大禁忌。彼等の法とは理こそ違えど、実にその根底は相違ない。ただし、二つの宝具は自己の深層心理を根とするだけに、その法が同じものである筈がないのだ。

 その証拠に、ランサーの謳い上げる詩は仄暗さこそ同じ域にあるが、そこに込められた残虐性のベクトルがまるで違う。

 

『――私の望みは 日の陰る戦場 彼の爪牙であるが故に日の輝きは不要』

 

 例えるなら、キャスターのそれが罠を張り、手ぐすね引きながら謀る妖狐の術理であるのなら―――

 

『修羅の道を歩み続けるため 私はこの穢れた血を組み替えて変生する――』

 

 暴虐と殺戮に染まる闇夜に苛烈に咲き誇る化身、その爪牙をもって自ら襲いかかる獣の法に他ならない。

 そして両者が互いの法と法をぶつけ合うというのなら、それ即ちこの勝負は陣取り合戦の態を表す。この場の空間が100という許容を持つとして、両者はその空席を己の色で染め上げていく。

 

 となれば、より多くの色に塗り替えた者がこの場で優位に立つのは想像に易く――――

 

『澄める大気をふるわせて 互に高く呼びかわし 緑なす濡れ髪うちふるい 乾かし遊ぶぞたのしけれ!』

 

 速度という面において、この場は“魔術師”の英霊である彼女が遅れる筈がなかった。

 

Briah(創造)―― 』

 

 魔道の神髄、ここに示さんと高らかに歌い上げる彼女は、先制を得た好機からか、翡翠色の瞳に艶色を濃くしていた。

 故に、これからその可憐な口元から発せられるのは極大の呪詛に他ならない。必殺を誓い、目障りな目の前の幽鬼を屠る一撃。彼女の深層心理、その根底にある渇望が此処に像を結ぶ。

 

Csejte Ungarn Nachatzehrer(拷問城の食人影)

 

 刹那、場に変化をもたらし、支配したのは魔女の魔術、影の隆起だ。

 轟と唸りを上げる様なその疾走は、質量の無い虚無である筈の影が生き物のように錯覚させるほどだ。

 ―――いや

 よく見れば、舗装を駆ける影の断面が、ありえない事に波立っている。

 

「よし―――っ」

 

 そして瞬きの間も置かず、その影は地より起き上がる(・・・・・)

 変化というにはあまりに異端。本来質量の無いものを錯覚させるのではなく、文字通り地面という常識の拘束を振り払うように起き上がったソレは、鎖の切れた獣の如く割けた口状の先端に獰猛な牙を生やす。

 発現こそ彼女お得意の魔術と酷似していたが―――凶悪さという面において、コレは度を越している。

 

「―――私の、勝ねっ」

 

 そして、その咢が荒ぶる野獣の態を表しているかのごとく、影の群れは詠唱に構えていたランサーへと次々に食らい付いていく。

 仮に今までの戦いでみせた影の魔術がこの宝具によるものだとしよう。その真名を開放しない状態で英霊3体を拘束し、その自由一切を奪う。ただでさえ強力な捕縛術が、“真名解放”に伴って殺傷力を宿し、数倍に値すると思われる膂力を得たのだとしたら、なるほど。確かにキャスターの勝利宣言も頷ける。

 この拘束に囚われて逃れられる者など、英霊と言えどそうはいないだろう。

 

 

 

 ―――無論、並みの英霊ならばという話である。

 

 

 

「いいーや、残念。あと一歩足りねぇよ」

 

「――っ、驚いたわね。私のナハツェーラーに捉まっておいて喋れるとか、人外極まり、といったところかしら」

 

 既に聞きなれた、クツクツとした嘲りを漏らし、影に噛まれる傷跡から今も尚血を垂れ流す男はしかし―――やはり、この状況も愉快だと堪えきれないというように笑いあげていた。

 

「クカっ、んな大層な話じゃねえよ。もっと単純に―――そう強度と速度の問題だ。その点じゃぁちょっと遅かったぜ、オマエ」

 

 この状況で何ができると訝しむキャスター。

 だが、考えてみれば状況がおかしい。キャスターの“食人影”は捕縛を基にする術ではあるが、この解放状態の影は行動はおろか発生に始まって息や動悸といった生命に不可欠なものですら縛る魔術だ。

 だが、現にランサーの喋りは滑らかだ。いや、健常時と比べれば幾分不自然な感覚があるが、それだけだ。つまりある筈の効果が無いという不可思議な現象。

 ――ありえなくは、ない。

 現にこれまで、正確にはキャスターの生前の記憶には、そうしたキチガイじみた連中とて合わせをしたことはある。目の前のランサーをみるに、この男が強者か弱者はともかく、常識の域を超越しているのは数何度もこの目で見ているのだから間違いない。

 

「っ!」

 

「あぁ、そんな顔するなよ別に貶してるわけじゃねぇ悪くない宝具だテメェに落ち度があるわけじゃねェよ。簡単な話だ―――」

 

 だからこそ油断ならないと睨み据えるキャスターに、もう限界だと吹き出す人が口元を抑えるように――いや、衝動を抑える人間が抑制するかのようにその蒼白の面を同じく死霊のような手で覆う。

 

『故に この闇夜に無敵の魔人となるために 愛しい恋人よ枯れ落ちろ』

 

 言葉どころか、緩慢ではあるが動作を許した事態にキャスターは一層の魔力を込めて抑え込みにかかったが―――

 

Briah(創造)――』

 

 瞬間、ただの言葉の羅列であるそれを聞いてキャスターの心臓が軋みを上げた。

 アレは良くないものだ出させてはいけない。外的要因を受けない筈のキャスターの陣地で、鳥肌を抑えられない凶兆がみえかくれしているのだ。

 だがそう、もしあの愉悦に歪んだ顔が想像通りなら既に手遅れで、その構えは彼の法が形を成したという事だと、彼女は頭のどこかで理解していた。

 

Der Rosenkavalier Schwarzwald(死森の薔薇騎士)

 

 彼の言葉、彼の(ルール)が形作られた途端、この場を夜が支配する。ライダーの黒霧だとかキャスターの魔術という呪術的な要素によるものではない。いや、呪術という点でくくればランサーの宝具とて根本は同じなのだからその理屈で言えばここまで規模が違うはずがない。

 

「―――俺を殺(や)るつもりなら、後、千倍の圧で締め上げナァ!!」

 

 だが、キャスターがその異変に思考を割く暇を与える程、飛び込むランサー甘くない。

 その全身に生やすのは相変わらず吸魂の杭だが、この教会という空間を一息に支配したこの“夜”を展開するかれの“秘奥”がこの程度とは思えない。

 故に、大事をとって回避に回るのは当然であり―――その判断は真実間違いではない。

 

「っ!?」

 

 偶然の産物ではあるが、キャスターは出だしの足を躓かせ、結果としてランサーの突撃を回避して見せた。結果としては単なる偶然、幸運であるが、渦中のキャスターはそれよりも深刻な事実に指をかけて驚愕に思考を染めていた。

 

「ほぅ。よく避けれたもんだ――が、こんな程度で終わるわけねぇだろ。オラ立なァ」

 

 態々緩慢な動きで振返るランサーの動きはその実、相手を軽視している行為ではない。彼は戦場こそ己の華となる舞台だと願っている。そんな大舞台で、しかも望んだ獲物を前にしてこの男が手を抜く筈がない。ただ、闘争そのものを楽しむ為に、意図的に自身に枷を当てる事はあるかもしれないが。

 

「……っ、随分悪辣なのね。この“夜”が貴方の心象風景とでも?」

 

 そう、彼等の頭上、日の上りも真上と行かないような昼頃に、如何なる絡繰りか夜の帳が落ちる。その世界を象徴するように血色に染まった赤い月がその怪しい輝きを真昼の空を飾っていた。

 

「おおそうさ。悪くねぇだろ? この街で初めて展開したが、煮え湯を毎回飲まされた割にはイイ夜なんだ。クククッ、どうよ、高ぶるだろう興奮するだろう」

 

 ランサーの言葉に、キャスターは舌打ちを零す事で返答を返す。

 そう、目の前の男の宝具は彼の心象風景を具現化するだけではない。それだけの魔術、己の理に世界を染めるという事は常識外の付加がなされているという事だ。

 そして、ランサーの第一の宝具、“闇の賜物(クリフォト・バチカル)”の特性は“吸魂”―――となればだ、第二の宝具であるこの“夜”が、只の帳を張るのみである筈が無い。

 

「範囲内の対象からエネルギーとなるモノをを問答無用で吸い上げる――いうなればコレは敵を弱体化させる宝具といったところかしら? 好戦的な割には、随分と狡い神秘だことっ」

 

「ハっ上辺だけで解った気になるなよ魔術師ィ、俺の渇望はそんなみみっちいわけあるかよ。が、まあアレだ。テメェはこの戦争で夜に捧げる最初の獲物だ。じっくり味わってけよ……もっとも―――」

 

 そして大気の妖気にも似た男の魔力が魔性を伴ってより濃密になる。

 彼の“夜”に囚われたモノは容赦なく吸い殺される。そこには槍を介してだとか接触する必要もなく、凶悪という意味においては先のカインの“腐毒の鎧”といい勝負と言えよう。

 そして、ともすればそこらの魔術師よりよほど魔術師らしい理で周囲を塗り替えたランサーは、姿勢を低くとる。全身をバネ仕掛けの機械とする様に、再度突撃の構えを取り、その狂性の発露とも取れる深紅の瞳を悦びに爛々と輝かせて――その獣性を爆発させた。

 

「―――テメエがコレでくたばらなければの話だがなァアア!!!」

 

「っ、冗談! そんな只でさえ物騒な物、女に向けるんじゃないわよこの獣!!」

 

 只でさえ強制力を持つ理に周囲を染め上げる“夜”なのだ。それに加えて生身での接触をあの槍に許せば瞬く間にミイラになるのは問うまでもなく明らかだ。

 故に迅速に、地面に手を当てたキャスターは二人の交点に分厚い棘付きの壁を幾重にも出現させる。それは彼女の第一の宝具、“血の伯爵夫人(エリザベート・バートリー)”が展開した拷問具の一つだ。どうやら二つの宝具を併用でけるようであり、同一の器具を展開できなかった点が改善され、第二の影響かその強度は比べもにならない、筈だが。

 

「クハ、めでてぇっ、めでてぇぞ女!! 頭軽いのかよ魔術師! 魔力が籠った程度の土壁でェ、俺が止められるわけねえだろうがっ」

 

 あのビルの焼き増しであるかのように、その程度張子とさして変わらないと嘲笑うかのように突き破るランサー。

 見た目は変わらない杭ではあるが、キャスターの拷問器具が宝具開放によって性能を増したのだ。彼の得物が依然と変わらない道理は彼の言葉通り確かにない。

 

「っ、ええこの程度ならそうでしょうね。けど、それが何? 触れて終わるというのなら、近づけさせなければいい話でしょう!!」

 

「おお、悪くねえぜその手。頭軽いとか言ったのは訂正してやるけどなァ、飛び道具くらいこっちにある事も承知のはずだぜ?」

 

 そしてその程度が分からない女ではないキャスターは、これまた同じく殺傷を目的とした大きな針、短刀や刃物という刃物を、毒液という付加を乗せて容赦なく飛ばす。

 ――だが、その程度は想定の範囲だと生やした杭を短槍にして大量に撃ち出すランサー。

 彼の宝具が間合いを選ばないのは依然として変わらない。近づけなかろうとその凶刃は飛刃と変わり、加えてこの吸魂の理に染まった“夜”が接触せずとも容赦なくキャスターから生気を奪う。

 唯一の救いは強度と共に殺傷力の上がった拷問具が飛来する短槍を弾けるように昇華されている事だろう。キャスターのそれと違い、使用者の身体から離れればその狂性は途端に薄まる。むろん、この理の中ではその弱体化も目に見えた効果という訳ではなく、弱まるといっても僅かに等しい。

 だが、キャスターにとってその程度の事は織り込み済みであり、この場合はその僅かにでも軌道を逸らせることこそ肝要なのだ。

 

「-思った通り、体から離れれば大したことはないわね。如何かしら? 止められなくても千日手なのは変わりなくてよ」

 

 この“死森の薔薇騎士”内ではキャスターが如何に対魔の結界を展開しようと問答無用で吸い上げる凶悪な性質を内包している、だから彼女の弱体化はこうしている間にも刻一刻と進むはずであり、そうした意味でコレは天秤が傾くのが早いか遅いかの話でしかない。

 しかしそれでも、キャスターの言葉は強がりではない。

 他のサーヴァント、そこらの英霊なら結果はそう変わらないだろうが、彼女は魔術師のサーヴァントである。己の気力、魔力が不足すればそれを補う手段など幾つも習得している。加えて、彼女は今巷を騒がせている誘拐騒ぎの張本人であり、そうしたモラルに拘って手段を渋る性質でもない。

 故にこの勝負、勝は薄いが早々に負ける戦いとはならないという事になる。そして、魔術師である以上長期戦とは望むところであり、それだけ思考に割ける時間があれば打開策の一つや二つ導き出して見せる。いや、彼女なら問題なく割り出し実行するだろう。

 

「―――ハ! その程度で攻略したつもりかよ! 悪ぃが、この“夜”はそんなお行儀よくないんでな――オラっ、次行くぜェ!!」

 

「ちょ――っ!?」

 

 だが、何度目になるかわからない大番狂わせがその場で突き上げる。いや、驚愕という意味でキャスターが素で驚きの声を漏らすあたり、この技は常識外れにも程がある。

 

「っとに! 次から次へとっ、人外にも程があるのよ!」

 

 文句を漏らしながら無様にもひた走るキャスター。だがその後ろから迫る凶刃を思えば誰も非難できないだろう。

 

 その刃は、ランサーを介する事無く―――あろう事か地面を突き破って出現したのだから。

 

 それも一つや二つの話ではない。視界の端に捉えたランサーはさして魔術を行使した動作は見られないのに、背後、キャスターが先程まで立っていた場所を紅い極太の杭が教会の舗装を突き破りながら現れる。

 その凶悪さは幾分禍々しさと共に増強されている様に見え、この宝具がただ弱体化させるだけでなく、吸い上げた力をランサーのものに変換していることをうかがわせた。

 

「ソラ、避けろ避けろ避けろ避けろォオオ―――!!!! この程度で万歳くたばっちまうような敵なんざに用はねぇ! そうさ、ハチの巣になりたくなきゃ俺を満足させてみろっ、この俺を絶頂させて見せろやァ!!」

 

「自己満したいなら余所でやりなさいよ! ていうかちょっとっ、いくら討伐が目的だからって、こうまで土地を破壊してもいいわけ!?」

 

 よって、解放前から悪辣な能力、吸魂という特性を持つ凶悪な刃は、ランサーが直接実体化させたわけではなくともその性質を衰えさせることはない。つまり、こうしてキャスターが避けて回る以上そこには無残に蹂躙された舗装群が砂となって土に還っている。よく見れば飛散した杭

の影響か、建物の一部や周囲の樹木が崩れていたり枯死している。

 とてもじゃないが、教会の命を受けて参上した割には粗暴すぎる振舞いと言えよう。

 

「バカが、そんなこと俺が知るかよ。それに、俺達に下されたのは“魔術師に有るまじき振舞いを取るキャスター陣営を討伐せよ”だぜ? 教会の為に態々足を運んでやってる俺が、なんでそこまで気ィ使う必要があるんだよオイ」

 

「――っ確かに、ね!」

 

 周囲を窺いながら、飛来した杭を打ち落として走るキャスター。遠慮は無しに“夜”を展開し蹂躙するように、やはり周囲にマスターがいる様子はない。仮にいれば――効果があるは解らないが――人質に取るなど使いようもあるというもの。だが当然ケイネスはこの理の内側にはいない。それはこの結界が敵味方の区別が無い広範囲の結界宝具であるという事の証明だ

 

ろう。

 となれば非難しても始まらない。キャスターは時に横に飛んだりと足元だけではなくその進行方向や、まるで遊ぶ様に杭を地面から生やすランサーの攻撃に、彼女は全神経の集中を余儀なくされる。打開策を模索しようにも、その猛攻を前に思考を割く暇が僅かにも取れない。

 受けることなどもってのほかな銃弾剣山の前には、後退を余儀なくされる。そしてだからこそ―――彼女が勝利と敵の撃滅を誓うからこそ、これ以上の後退は選びえなかった。

 

「なら、貴方の望みどおりに踊ってあげる―――」

 

 彼女の札の中で最上位の殺傷をほこるのがなんであるのか、それを考えればこの手は当然の帰結と言える。そして、先の開幕で宝具の発露で解かれた以上、通常の練度では役不足であるのは間違いない。そしてならば、練り上げる魔力の質を限界まで高めるのは当然と言えた。

 

「――喰らいなさい、ナハツェーラーッ!!」

 

 それは魔力を溜めに貯めた彼女だからこそ使える手だ。ランサーの夜を前に限界間際の魔力消費は自殺行為に等しい。だが余所から魔力を引っ張ってこれる分、彼女は即座に吸い殺される事はない。

 強度にしておよそ先程の50倍。

 それだけの魔力を練り上げるのに、これまで吸い上げた魂の総量は数万をくだらない。むろんその全てを魂が枯渇するまで吸い上げはしないが、確実に衰弱はしていただろう。そうした背景からも、いずれ教会のターゲットとなっていたのは避けられなかったもしれないし、それだけの魔力を消費する手は温存したいだろうが――目の前の男をそれで屠れるのならキャスターが躊躇する筈がなかった。

 

「――っぉ、く、ククっアーッハハハ――!! いいぜ解ってるじゃねぇかっ、追いまわすのなんてまどろっこしい真似いつまでも付き合ってらるかよ。あぁ直接力技か、それも魔術で来る辺りまるっきり考え無ってわけでもないみてぇーだな」

 

「――っあまり、バカにしないでくれるかしら」

 

 直接力に依存した手段で押さえつけるなら、それではいつかの夜と同じ結果になる。しかもこの法の中でランサーに触れるという事は、腹を空かした獣に無警戒で素手のまま餌を差し出す行為に等しい。だから彼女の選択は鎖による引き合いではなく、触れた相手を停滞させる“影”を選択した。これなら拘束・停滞という特性から純粋な力勝負という訳でなく、元が虚無であるだけに実質的な力の影響を受けにくい。この魔術に対抗するには純粋に彼女の宝具と相性がいいか、対魔力で弾くほかにないのである。

 

「ああ、ワリぃワリぃ。あまりに嬉しくて脱線してたわ」

 

 故に、ランサーの規格外さが窺えるのだ。

 彼は三騎士のサーヴァントではあるが対魔力が特段高い訳でもなく、見たところ彼女の宝具と似通った特性を持っているが、相性がいいという訳ではない。どちらかと言えば五十歩百歩、強度の強さはともかく相性はそれほど差があるわけではないのだ。

 つまり、ランサーは全力ではないとはいえ、その拘束を第三の要素、吸い上げた魔力を一気に噴出する事によって無理矢理拘束を緩ませただけに過ぎない。逆を言えば、吹き飛ばすだけの魔力が溜まっていなければ脱出は不可能という事になる。時間を置けば置くだけ自身が不利になる厄介な宝具というのがキャスターの分析である。

 

「何がおかしいのか私にも分かるように説明してくれるかしら? この状況で、今貴方が逆転するにはいろいろ手札が足りない筈だけど」

 

「ああ―――そうさな。それは認めるぜ。確かに今の俺じゃ抜け出せないかもなぁ……」

 

 そして――そんな拘束に囚われて、先程の放出から時間も僅かにしか経過していないにもかかわらず、彼は笑いを堪える様子もなく謝罪を口にする。当然、その言葉が形だけのものであるのは問うまでもない。

 何が彼の笑いの琴線に触れたのかは解らないが、その口車に乗ってやる必要もないだろう。何しろこの男の能力は時間が経てば経つほど己が不利になり、ランサーが優位に立つ。故に余分な無駄もここまでと彼女がさらに練り上げた魔力を影に込めようとした時だ。

 

「―――この“夜”の内側、敵味方を区別しないなら中にいる人間はどうなるんだろうなぁ」

 

 絶望を、キャスターにとって思考から外れていたソレを突き付けた。

 

「? 何を言って―――――――!?」

 

 一瞬何のことか理解できなかったキャスターも次の際には即座に思考がその事態に気付く。何故その事に気付かなかったのか、ランサーの能力を鑑みればそうなる事解り切った事だろうに――いや、この場合思考の暇を与えなかった彼の猛攻が見事であるのかもしれないが、既にそういったプロセスの追う事なぞキャスターは投げやって焦っていた。

 その様は狂乱や錯乱といった表現が適しているのだろうが、彼女の心情を考えれば当然だ。

 ランサーの吸魂が触れる必要もなく、魔術の防壁も関係なく範囲内のものを吸い上げるなら―――――

 

 ―――範囲内、教会の地下という閉鎖空間にいる己のマスターはどうなるのか。

 

「りゅーちゃん!!!!」

 

 それは答えなど見え透いている。

 

 あれからどれだけの時間が経過しただろうか?

 魔術師としてその技を教えたが未熟な彼の対魔力でどれだけ抗えるか?

 そもそも本当にこの夜の効果が地下までおよんでいるのか?

 

 頭の回転が速いだけにいくつもの疑問が頭の中を駆け巡るが―――もはやそんな事を考えてる間も惜しい。

 無事かどうか、皮膚に刺さったとげの如く、その不安は容易に拭い去れるものではなく、彼女は戦闘中であったにもかかわらず、その集中を背後の教会へと向けてしまう。

 

 

「悪いが気の緩みを突かせてもらうぜ」

 

 

 そしてそう―――その集中、魔術にとって何よりも大切な生命線を手放すということは、この結果になるという事など、彼女にはわかり切っていたはずだ。

 

「―――あっ」

 

「不意打ちなんざ俺の好みじゃねえが、もう十分に満足させてもらったしよぉ。何より―――――俺はテメエの顔にもうみ飽きてるんだわ」

 

 幽鬼のような表情をさらに死人のように、無感情に告げる様はその熱の冷め具合を表している。獲物と戦闘に対する執着は並みならないものがある彼ではあるが、その分熱が冷めた場合の豹変とは別人のように冷たく、まさに刃を振落す断罪者のように今はその目も冷え切っている。

 

「じゃあな。テメェの死にかけのマスターも直ぐに後を追わせてやる」

 

 その凶刃が迫る気配、彼の言葉をようやく理解できたのか、自身のマスターの安否で思慮を占領されていた彼女が慌てて振り向くが―――時既に遅い。

 迫る禍つ杭は既に避けようがない間合いであり、鮮血が、生存において致命的な血飛沫を教会を前に噴き上げた――――――

 

 

 






 どうも皆様、突然最新話投稿いたしましたtontonです。
 実は某所にて
『更新しないの?』
『み、三日待って(焦り』
 というやりとりがあり、それが今日なのでしたよ!
 ハイ、理由としてはしょーもないですが、そんな感じで今出先から初のスマホ投稿です(笑)

 さて、今回で進展を迎えました本作、戦闘回はいつも途中で区切ってしまうのでまとまって作者的には満足!

 作中、ランサーの詠唱が出典と彼の渇望をもとにした作者解釈ですが、分かりづらいかもしれないので、二人のを個別に活動報告で上げとこうと思います。
 ただ、帰宅が今回遅いと思うので明日になるかもしれません。その際はご容赦を(焦
 では、今日もこの辺で失礼します。
 毎度お馴染みですが、感想など頂けると作者的にはありがたいので、気が向いたらお願いします。
 それでは、お疲れ様でした。

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