黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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「大迫リ」

 

 

 

 墓地とは、古今東西共通、死者の冥福を祈り、先だった彼等がそこに眠る証である。

 現代でこそ、奇抜なデザインや簡略化等、墓地や類する行事に近代化の兆しが見えてきているが――そう、本来の目的は個人を偲び、祈りをささげるのなら、そこは喧騒と無縁の筈である。

 

 だが―――

 

「ハッハ――!!」

 

 轟音と共に、墓石が木の葉のように舞飛び、塵に還っていく。

 雄たけびを上げるランサー。彼の魔槍にかかれば、墓石程度は砂上を崩すのとさして違いが無い。

 刻一刻と荒される墓地ではあるが、この場合、既に戦闘が始まった時点で静寂とは無縁であるからして、その惨状は必定であったのかもしれない。

 

「ソラどうしたどうした! 軽すぎるぜ、壁がぬりぃんだよ。俺を本気で足止めする気なら、後10倍は持ってきな!!」

 

「ら、ライダー押されてるぞっ、このままじゃ――」

 

「口は閉じて目を離さないでっ、気を抜くと流れ弾に当たるわよ!」

 

 飛来する赤黒い短槍を地面から這い出てきた屍が盾になり、ウェイバーは事なきを得る。

 ライダーの能力は言ってみればネクロマンシー、死者を兵とすることでオフェンスを得ているのだ。

 

「ハ、使い勝手は悪かねえが……お前、この程度の物量で俺を仕留められるとでも思ったのかよ。あまりガッカリさせるなよ。手元が狂って殺しちまったらどうしてくれるんだよえぇ? 主人守る気があるならよぉ、精々気張って長引かせるんだなぁ!」

 

 ランサーの暴雨の如き乱舞は留まる事を知らず、彼の言うとおり、死兵は壁と大差ない。要するに、障害物として成り立っていないのだ。振るえば皆等しく枯れ落す魔槍は数の理、多対一という戦況にまさしく理想的である。

 加えて、ライダーの指向命令によって統率される死兵たちの動きは、率直に言って雑だ。とてもではないが熟練された兵には遠く及ばず、また数が多いいことからその命令はおのずと単純化されている。

 以上の点から死兵はランサーの障害となりえないのは、覆りようのない事実である。

 ―――が、それならなぜ、この状況は覆らないのか。

 

「……どうしたのかしら? まとめて吸い殺してくれるのではなくて?」

 

 ランサーの猛攻に尽きる事の無い死兵の群れ。

 ここがいくら新都に設けられた広大な墓地とはいえ、その数は精々千を超えはしないだろう。だが、その程度の数なら疾うに魔槍の餌食と散っている筈である。

 故に解せないと、ランサーは思考に疑問符を浮かべるが―――

 

「っ、上等だよ。その舐めた口利く面今すぐ穴だらけにしてやらぁっ」

 

 煽りを掛けるような舐めた相手、喧嘩を売る気なら買ってやると食いかかる。

 思考に疑問は残る。残るがそれは些末事だ。

 吹き飛ばす敵は十や二十ではきかないのだから、このまま討ちつづければいずれ尽きるのは自明の理。ならば、この程度の持久戦など、彼にとってはランニングにも比較しえないのだから、勝はゆるぎない。

 よって、詮索は後回しとギチリと歯を鳴らせる獣性を唱える杭を弾き飛ばそうとして、そこで彼は違和感の正体に気付く。

 

「―――吹き飛ばす? っ!」

 

 気が付いたかと苦笑気味に、相貌を僅かに変化させたライダーは一言、先程までのように指向命令らしき号令を死兵にかける。

 そう、彼女の命令とは二つ。

 一つはランサーの攻撃を防ぐのではなく受け流すこと。

 屍をいくら見積ろうと、所詮は中身の無い傀儡だ。その程度が足止めにならない事は、ライダーとて先刻承知だ。だが、屍は痛みも恐怖も感じない、一見無敵の兵ではあるが、反面ひどく脆い。がしかし、裏を返せばそれは正常な人の負傷、または破損が損害足りえないという事である。

 よく見れば死兵の一部は腕や肋など、所々が欠如したモノが見られる。それも真新しい者とくれば、つまり尽きぬ死兵の絡繰りがそれだろう。

 

 そしてもう一つ、単純且つ明快に、その命令はランサーの視界を遮る事だ。

 

「っ、ボケッとしやがってクソがっ」

 

 “将を射んと欲すればまず馬を射よ”

 その例の如く、聖杯戦争の勝ち負けはサーヴァントの脱落が全てでないのならば、だ。この場合、馬、或いは周囲障害であるランサーを足止めし、その間に将を射ると、その為の布石だった。

 

「■■―――■■!!!」

 

 ランサーのマスターであるケイネスはウェイバー達から真反対の位置に姿を晒している。余程かつての教え子などと侮っているのか、それとも己の技量に絶対の自信があるのか―――どちらにせよ、背後からあふれ出る様に出現した死兵を相手取るのは土台無理な話である。英霊であるランサーであるからこそ、雑兵なぞと吹き飛ばせる。が、魔術師とはいえ、ケイネスにそれをもとめるのは酷というものだろう。加えて、ランサーが駆けつけようにもここぞとばかりに死兵の密度と手数が色濃く増している。

 全てはこの一瞬の為。墓場という戦場を選び、ケイネスとウェイバーの確執を考慮して組み立てた作戦は見事に功を成した。

 

 ―――筈であったが。

 

Automatoportum defensio(自律防御)

 

 突如として出現した光沢を放つ金属の様な球体に、飛び掛った死兵の悉くが防がれた。

 

「っ、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)

 

 その形状は固形ではなく流形であることを誇るように波立っている。死兵が持つ武器或いは素手は殺傷力という面では程度が知れるが、それでも人間相手には十分であるからこそ、その強固さが際立っていた。

 

「なるほど、だから貴方は戻らなかったのかしら?」

 

 そして、その光景を確信していたのかというライダーの問いに、ランサーは一言、否と答えた。

 

「アホぬかせ七面倒くせぇ。戦場に出た以上、そいつは手前の力で生き抜くだけの力があるのは当然だろうが」

 

 信頼、という言葉からは程遠いだろう。いくらランサーが己の力に絶対の自信を持とうと、それだけでは勝てないのが聖杯戦争であり、力だけで勝ち抜けるのなら第四次までのこの闘争に勝者が出ていても不思議ではない。

 故に、この主従は通常のマスター、サーヴァントの関係からは異なるといえよう。

 主の安否を歯牙にもかけず、振返りもせずに攻撃に専念する従者―――だが、外れているからこそ、この場合は明暗を分けたとも言えた。

 

「くたばりぞこない共が、いい加減に―――っ、吹き飛びやがれ!!」

 

「っ!」

 

 雄たけびと共に、ランサーの全身から生えた杭が爆雷に弾けたようにして周囲を吹き飛ばす。

 発破される弾丸と異なるのは、その杭の弾数に大凡尽きるという質量に対して制約が外されている事に他ならない。

 

「クハ、さっきのでマスターを仕留められなかったのは失敗だったな。つっても、さっきの木偶と殴りあってもテメエに勝ちが薄いのは解るよなぁ?」

 

 よって、巻き上がる土埃が晴れれば、そこにあるのは墓場に出来た更地に立つ幽鬼の如き白い男が立っている。場所が場所という事もあり、見る者に魔的な何かを連想させる彼の発言は――だが真実的を得ている。

 

「つまりだ、これで万策尽きたってーなら……ああ女、お前の負けって事になるぜ?」

 

「ええ、確かに……万策尽きたのは認めるわ」

 

 ライダーのマスターを直接狙った乾坤一擲の一手が不発に終わった以上、これで詰みという指摘は道理である。また、その一手に出る為大男をひかせたという事は現状、この組み合わせでは勝てないとライダー自身が認めた事に他ならないのだから。

 

「―――おかげさまで、札を切るのに悩む事もなくなった事だし、ね!」

 

「あ?」

 

『起きなさい―――カイン』

 

 勇むように、何かを割断した者独特の目をしたライダーの声。それに続いた言葉は間違いなくこれまで見せた死兵を召喚する為のキーであるのは間違いない。が、現れたのはランサーの期待を裏切り、先程の大男だった。

 外見にこれといって変化はなく、不気味な死面を顔に張り付けている。

 手に持つ石斧は変わらず―――いや、その手に持つ黒色の大剣は先程の荒削りの石剣とは似ても似つかない。得物の形状こそ近しいものがあるが、禍々しさ、殺意を放つという行為に、それ以上ないだろう程洗練されている。間違いなく、急ごしらえの得物ではなく、“カイン”と呼ばれた異形の得物に相違ないと断言できた。

 

「ハ! 今更武器を変えたくらいでどうにかなるとでも――――」

 

 だがその程度、とランサーが馬鹿にするなと吠えた時だ。カインの手に持つ黒い大剣が、周囲の霧を吸い寄せ纏う様にして揺らめく。

 ランサーが思わず言葉を飲み込んだのはまさにその様を目にしたからこそである。なぜなら、黒霧が刃に収斂していく様は、彼の魔槍の禍々しさと並ぶ、或いは、それを上回る密度を形成しだしていたのだから。

 

『――――■■■罪ト――――ケテ、■■断、死■断』

 

 途切れ途切れに聞こえる言葉は、間違いなく術式を展開する類のキーワード。つまりは詠唱で、それだけなら何ら不思議ではないが―――何よりも奇怪なのは、死人と思われたカインが聞き取れる程の人語を話し始めたという事。

 

『――津鳥ノ災、蓄仆シ、■■セシ罪――ノ―事ハ■■■、国津罪』

 

 付け加えるなら、その言葉が次第にノイズが取り除かれている事が違和感に拍車をかけている。

 呪いの塊であるかのように、毒をまき散らすようにして唱えられる一言一言が目に見えて周囲を歪めていく。見ればその中核である大剣にも変化が現れ―――

 

 

『■■■―――――そう、造』

 

 

 ――世界が、死人の腐毒(ルール)に支配された。

 

 

『此久佐須良比失比氏――罪登云布罪波在良自《かくさすらひうしなひて つみといふつみはあらじ》』

 

 

 瞬間、どういう絡繰りか黒い大剣が大太刀に姿を変え、それに引きずられるよう侵食される墓場に、流石のランサーも肝を冷やす。

 

「な、にぃっ」

 

 カインの技の発動と共に、その野性的というべき本能の警鐘に従い、即座に飛び退いたランサーの勘は最早さすがだとしか言いようがない。

 彼の視線の先、先程まで自身が立っていた地面が腐臭を立て、立ち並ぶ墓石ごと、植物いや空気すらも、周囲一帯を巻き込んで崩れ落ちていったのだから。

 

 その要因とは即ち“腐食”。

 

 自然界のサイクルで見られる連鎖の一種であり、万物に訪れる終わりへ誘う一つの形。だが、この現象はあまりに一方的で、驚異的なまでに早く、そしてなによりも無差別だった。

 

「ランサーっ」

 

「下がれマスター。野郎ここにきてとんでもないもん持ち出してきやがった」

 

 マスターにさして気を使わないランサーが言葉を漏らすほどに、目の前の力は驚異的であった。

 万物を芥に還すという点で、ランサーの魔槍と、カインの呪いの太刀は近しい能力を持っているといえる。だが、近しいからこそその危険性はだれよりも理解できる。

 ランサーの杭の魔性は触れるという事が大前提だ。如何に驚異の能力を誇ろうと、その効果が発揮させられる間合いに入らなくてはその能力は無きにひとしい。

 対して、カインの能力は発動から行動が見られない点から見ても範囲系の能力。アレはその域に入った物を問答無用で腐らせる法に他ならない。

 

「つまりは、間合いが圧倒的に不利だという事か。ランサー……仮に、第二の宝具を開放するとしよう。その場合後に控えるキャスター討伐に残す余力はどれくらいある?」

 

「……胸糞悪い話だが、あの女を確実に仕留めるなら俺の“夜”の開放は絶対条件だ。アレは、テメエが不利になれば逃げる事に躊躇しねぇ。が、かと言ってあのカインとかいうデカブツを“闇の賜物”だけで相手するのに分が悪いのは確かだ」

 

 間合いに入れば問答無用という性質上、封じる以外の攻略法とは即ち範囲外からの高速の一撃か、あの腐毒を上回る歪みを纏うしかない。魔術に明るい訳ではないランサーに取れる手段はその二択であり、前者はセイバーの技、後者はそもそも現状不可能。いや、その身に科せられた制約さえ許されれば疾うに第二の選択は取れる――のだが、彼等の目的があくまでキャスター討伐を控えている以上、ここでの秘奥開放は避けたい所だった。

 王手と確信していただけに、ライダー、しいてはカインという死兵の秘奥の反撃は大きい。

 この展開を予測していたのだとしたら、ライダーの戦略眼は見事の一言に尽きるだろう。

 

「――いや、そうか……ありえなくはない」

 

「あ?」

 

 が、そこで一人思考に耽っていたケイネスが顔を上げる。

 そこには咽に引っ掛かっていた違和感が取れたように、憑き物が落ちたかのようにカインとライダーの様子を眺め、確信に至った顔をしていた。

 

「……ランサー、引き続きあのカインとかいう傀儡を引き付けろ。私は、確かめたいことがある」

 

「って、オイッ! ナニ勝手に仕切ってやがる。俺は承諾なんかしちゃいねぇぞ! それよりもだ、お前さんはそれより先にやる事があるだろうが」

 

「―――だからだ」

 

 暗に自身に科した制約を解けば話は早いだろうと苦言するランサー。が、いつになく強く遮るケイネスは従者の怒声気味な声に怯む事無く、周囲に球体の状態で待機させていた“月霊髄液”を足元に展開させていく。

 

「……チッ、上等だ。吹かしたからには何もありませんでしたは通じねェって解ってるよなぁ――あぁ、知っての通り、俺は気がなげぇ方じゃねえぞ」

 

 

 

 

 

「―――どうやら、退く気は無いようね」

 

 ライダーの視線の先、カインを挟んで此方に飛び込んでくるランサーを確認する。

「退くって――、別にこのままあの死人で押し通せばいいだろ? てか、アイツ強いなら出し惜しみするなよな」

 

 幾分か余裕が出てきたのか、ウェイバーはライダーの横に出て刻一刻と荒れ地になる戦場を眺めていた。

 彼の口調はそれこそライダーを責めるものだったが、彼のテンションの浮き沈み、表情が豊かなのは今に始まった事ではない。それに―――なにより、今はその他愛無い苦言に笑みを返す余裕すらライダーにはなかったのだから。

 

「ライダー?」

 

 ライダーの能力とは即ち死人を召喚し、使役する能力であるのは間違いなく。先ほどまで大量の死体を統制した手腕に、カインをランサー相手に互角近くまで持ち込めたのだからその腕は高いものだと判断できる。できるが、同じカインを操っている筈のライダーの表情には疲労の色が濃い。

 同じはずの傀儡を手繰って疲労するというのは即ち、死人(カイン)の能力がライダーの許容水準を上回りかけているという事だ。

 

「ごめんなさい、コレ、ちょっと集中力を使うのよっ」

 

 カインの言葉は聞き取りずらいものだったが――確かアレは“創造”と呼称していたはずだ。

 武器を変化させ、一撃を見舞う事無く発現だけでランサーを一時退かせた脅威は成程、確かに強大の一言に尽きる。

 だが、騎乗兵(ライダー)とはつまり乗り物を手繰り、戦場を駆ける兵、読んで字の如くだ。よって、此度、第4次聖杯戦争のライダーもクラス別スキル、“騎乗”を保持する筈だ。彼女の場合、能力の為か騎乗スキルのランク補正は無きに等しいが、代わりに死体蘇生・操作(ネクロマンシー)に関してはAランク相当のスキルを誇る。

 つまり、逆を言えば大きな補正を持つライダーの操舵を振り切りかけるという事は、それだけ今のカインの力を示しているともいえた。

 

starken allmählich(徐々に強く)!』

 

「■■■―――――!!!」

 

 けたたましい叫びは人であったらしきモノから、既に獣といってもいい荒々しさと共に振るわれる大太刀はしかし、持ち主の狂性に反して研ぎ澄まされた鋭さがある。

 

「ハッ、接近戦が封じられようと戦い方はあるんだよっ、人を舐めるのも大概にしとけや!」

 

 対してランサーが選んだのは跳躍。

 だが、一般のそれとは大きく異なる跳躍だ。この国の物に例えるなら竹馬に似ているそれは、足から生やした長細い杭を足場にカインを相手取る。

 如何に能力的な上下があろうと、戦い方を多次元化すれば話しが変わるは道理。

 

「ちょ、あんなの在りかよっ」

 

「―――大丈夫よ。いくら距離を取ろうと、あの状態のカインに傷を負わせられる相手なんてそうそういないから」

 

 ウェイバーの驚愕に、やはりライダーは視線を向ける事無く集中している。いや、この場合は合の手を返すだけ余裕があると見るべきか―――ともあれ、戦況的にはカインが有利な事には変わりないだろう。

 現状、ランサーが空中を取ったとはいえ、腐食の理を纏ったカインに触れられる者など誰もいない。制空権を取り、距離を取りつつ杭を飛ばす事で攻撃を仕掛けようと、その悉くが腐り落ちていくのだからその言葉に疑いようはない。

 

「―――っ、つぅぉォラァアア!!!」

 

「■■――■■!!!」

 

 そして現状は硬直状態から徐々に天秤が傾く。

 初めはランサーを打ち落とすかのように跳躍しては大太刀を振るっていたカインが徐々に杭を狙いに入れはじめ、時には腐らせた杭の頭頂部を足場にランサーに肉薄すらしてみせた。

 これが死人というのだから驚愕ものだろう。

 死人とは魂が無いからこそ。そしてネクロマンシーとは死体を操り、それを駆使するのがライダーの能力であればつまり、カインが自発的に命令以上の動きをする筈がないのである。

 何故なら、ライダーの命令とは単純なものであり、対象を指定したり攻撃手段を選定するなどはするが――いや、戦場に姿を晒し、視線でランサーの動きを追っているあたり、カインの攻撃には彼女の“視界”というのが重要なのかもしれない。が、それでも同じ命令内容で徐々に攻撃方を変えるのは死兵に有るまじきものだろう。

 そう、それではまるで戦場に生きる人の様な順応性ではなかろうか。

 

「■■■――ッァアアア゛ア゛!!!!」

 

 そして、いつの間にか空中に戦場を移していた彼等の戦いが唐突に終わりを告げる。

 

「ガッ―――クソ、が!」

 

 カインの大太刀の刺突。そこから横薙ぎの連撃をもって腹部を襲う斬撃にランサーが地上に切り飛ばさる。

 

「当たった!」

 

 喜びを隠すどころかガッツポーズまでするウェイバーはこの場では不謹慎に映るだろうが、それも仕方がないだろう。なにせランサーとカインの攻防はそれだけ膠着状態が長く、ランサーの生き汚さも相まって優勢である筈の戦況に焦りを覚える程だったのだから。

 だがしかし、腐食の理の格である大太刀を受けたのならこれで戦況が動くのは確実、最悪傷は浅かろうと一撃をいれた意味は大きいのだ。

 

「いえ――まだよ」

 

 ―――が、喜びに浸っていた主に、従者は冷や水を浴びせるように鋭い言葉を飛ばす。

 

「っ、今のは、いー一撃だったぜ。木偶も大概馬鹿に出来ねぇなぁ……」

 

 腐食と暴食の名残りに砂礫の大地が巻き起こした粉じんが徐々に晴れれば、そこには脇腹を大きくこそぎ落としたランサーがそこに立っていた。

 

「ウソだろっ、なんであんな状態で立ってるんだよ」

 

 夥しい血液出血の跡を思わせる露出した腹部。どれだけ鈍感であろうと、どれだけ強靭な肉体を誇ろうと、腹を吹き飛ばされればそれで人は死ぬ。人でなくても動植物であろうと、体の一部を大きく損傷して変わらず立っていられる者などいる筈がないのだ。

 

「ライダーのマスターか……ぴーぴーぴーぴーうるせぇこった。手前の常識が通じなくて理解できねえって? 生憎だったなガキ。この世には手前の理屈では計れねえことなんざごまんとあるんだよ」

 

 講釈を垂れつつ、腕に杭を新たに装填するランサー。その姿に戦いにくいという言葉は辞書にはないとでもいう様に彼の動きは先程までと変わらない。いや――

 

「――杭で損傷を補う……成程、カインの“毒”をもらって傷がそれだけなのはそういう事ね」

 

 腕の杭に倣うように腹部に生える無数の杭。

 痛みから動きに支障はなさそうだが、それでも動きの軸を損なう事を嫌ったのか、彼は己の杭で損傷を補うという荒業に出たのだ。既にその姿は生き汚いという領域を超えているだろう。色こそ血肉と似通っているとはいえ、あれでは腹に異物を詰め込んでいる事に変わりがない。

 

「おお。アレは見た目以上にえげつなかったぜ? 何せ俺が自分で腹かっさばなかったら今頃半身は腐ってたからなぁ。この程度で済めば傷の内には入らねえよ」

 

「……でしょうね」

 

 そして何より、負傷をもらったという事実に、まるで堪えていない様子だという事が一番厄介だった。

 

「腹を切られても死なないっ、それどころか自分で体を切り落とすようなキチガイどうやって相手しろっていうんだよっ」

 

「落ち着いて、まだ優勢が崩れた訳じゃないわ」

 

 ウェイバーを嗜めるライダーだが。彼女もその気持ちはよく解る。

 彼女にとってもカインに“毒”を使わせることは非常にリスクが高いのだ。それこそ出さずに戦えるならそれに越した事はない。

 だが、利かない事実に変わりはないのだから、ここで目を背けて思考を硬化させるなどナンセンスだ。そして、ウェイバー自身もその点に至れば思考は早い。彼も自分が戦闘自体に無力であることは痛感している――もとより常人が介入する余地などない――だが、力で役に立てなくともまだやれることはあると思ったからこそ彼は戦場に立ったのだ。

 初めはライダーに手を引かれただけだったかもしれない。

 もしかしたら場に流されていただけだったかもしれない。

 見当違いな考えに陥る事はあるだろう。

 ――だが、思考も行動も、立ち止まる事はしてはいけないと彼女に倣ったからこそ、彼は伏せた顔を上げる事が出来るのだ。

 

 

 

「そうだ、一撃は入ったんだ。一回でだめなら心臓――いや、首でも飛ばせばアイツだって――――」

 

 

「――――いや、君たちの負けだよウェイバー君」

 

 

 が、戦場とは常々ままならないモノだった。

 

「マスターっ」

 

「うぉっとォ! よそ見してていいのかよ木偶の動きが鈍いぜ女ァ!!」

 

「――ッ」

 

 背後の声の主、“月霊髄液”を鞭のように展開させ、臨戦態勢を整えたケイネスがそこにいた。

 

「いつの間に――」

 

「ん―――言ったはずだがね『課外授業を受け持つ』と。さあ、では始めようか」

 

 死刑宣告の合図を落とす断裁者のように、ケイネスが腕を振り上げる。

 その動きに連動するように先端をくねらせる月霊髄液に、しかしライダーはランサーの挟撃に文字通り視線を外すわけにはいかない。

 よってここに、狩るものと狩られるものが再度逆転した武闘に開始の鐘が響く。

 鐘の音を鳴らしたのはケイネスであり、対する幼い魔術師に対抗する手段が皆無に近かろうと、戦場とはやはり無情なものだった――――

 

 

 






 ども、お久しぶりですtontonです。
 誰か予測してくれたかな? 今作初めての“創造”はカインさんでした! うん、ランサーじゃないよここ重要!
 いや、もうそろそろ作者も出したい衝動に負けましたよぉ。いやいやまあプロットでどの辺から出すかは決めていたのですが、ようやくDies側の重要キーが出せたので満足。
 今後は皆だんだんと自重がなくなっていきますが、やはり引き伸ばした分後半の派手さはお約束しますのでお楽しみに!
 では、今回はこの辺で失礼します。
 最後に、恒例の――
 作者は感想、意見、指摘等を大変励みとしております。誤字報告、指摘でも構いません。まだまだ未熟な作者でありますが、どうかこれからもよろしくお願いします。


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