黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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装飾曲
「小迫リ」


 

 

 

 聖杯戦争において勝者は一組のみ。

 これは聖杯降霊初期から決まった――いや、決まっていた決定事項。

 万能の願望器たる器も、その所有者が一人となれば争いは必然である。そしてなればこの聖杯戦争というシステムが取られるのは当然の流れである。

 そして、その聖杯戦争というものは召喚した使い魔を使役した7組の魔術師と使い魔(サーヴァント)による闘争だ。7組という数字は半端ではあるが、奇数である方が闘争としてより立体的に縮図を組めるため、勢力さというものが出やすい――が、ここで一つ考慮しなければならないのは、その使い魔が下級どころか歴史に名を残す英雄たちであるという事だ。

 通常、使い魔というものは自身の力量以下の生物、或いは無機物を己の足の如く使役するモノ。例えばそれは猫であったり、カラスであったり、或いは生物の死体であったりと、およそ手足の領分を出ない事が最低条件だ。考えればわかる話ではあるが、己の力量以上の存在を従う術など存在しない。魔術は魔法のように摩訶不思議で便利なものと勘違いされやすいが、いたって合理的なものであり、所謂科学に近いものがある。この場合は“科”よりも“化”に近いかもしれないが―――

 

 要するに、歴史に名を残す英傑となれば、現代にいる人間より遙かに高みにいる存在。そんな者達を“使い魔”として使役し、あまつさえ戦闘を強要するとなれば、それは領分を超えるどころか、逆に召喚主が消されてもおかしくはない。

 おかしくはないが―――それが履行されないのにはこの聖杯戦争のシステムの巧みさがある。

 

 聖杯という万能の器とはいえ、その召喚には応じる選択権は英霊側にあるという事が第一。

 聖杯戦争の謳い文句は、その名に冠するように“万能の聖杯を勝者が勝ち取れる”という所にある。つまり、召喚に応じる英霊達は皆聖杯に掛ける願いをもって召喚されるのだ。となれば多少の不満が抑え込まれるのも窺える。

 

 第二に、英霊とマスターは相性がよい者が組まれるという側面を持つ。

 例外的に、英霊ゆかりの品を触媒に、召喚する英霊を特定する方法もある。実際はこの方法が主流ではあるが、その方法を選んだ場合、英霊とマスターの相性というものは度外視されるので、傾向的に擦違う主従というのも少なくはない。

 故に、そういった摩擦を起こさないよう、聖杯戦争のシステムにはマスターと英霊の相性というものが考慮される。例で言うのならキャスター組のように猟奇的に気が近い、といった具合だ。

 

 そして第三に英霊に対する絶対命令権、“令呪”が存在する。

 各魔術師(マスター)に与えらる3画の証。それはただの印などではなく、己のサーヴァントの強化が可能なハイエンチャントだ。

 例えば離れた従者を一瞬で呼び出す事も可能にできるし、満身創痍の状態から渾身の一撃を問題なく叩き込ませる補助も可能である。

 逆に、不遜な使い魔にルールを課す事も可能であり、マスター達にとってある意味生命線とも言えた。

 

 

 ―――で、あればだ。そんな“令呪”を討伐報酬とする今回の教会側の通達が他の参加者にとって無視できないものであったのは言うまでもないだろう。

 

 よって、聖杯戦争に臨む参加者の多くは皆この茶番に付き合わされることになる。

 所詮教会が真に中立であればの話であるが―――そう、勝者の決まっている戦いが幕を上げようとしていた。

 

 

 

 

 

 冬木の街を二分する未遠川、その分かたれた新都の一角、ごく一般の家庭だろうそこで一人、思考に没頭する少年がいた。

 

「――あら、教会から呼び出しがあったのでしょう? こんな所で唸ってどうしたのかしら」

 

 そんな少年の背後、締め切られていた一室に音もなく表れたのは妙齢の女性、サーヴァントであるライダーだ。

 

「別に、ただ唸っていた訳じゃないさ。教会の件も、使い魔を代わりに出してるし問題ない。そもそも――」

 

 ライダーの質問に何を当たり前のことを、と若干鼻を高くして説明を始めるウェイバー。

 曰く、いくら裁定者である教会からの正式な呼び出しであろうと、自らの素性を明かすのは非常識であると。また、身元を特定させる要素を晒すのも愚行である。

 だからこそ、急場で作った使い魔を教会――もとい、指定の場所へ飛ばしたのだから。

 

「……教会にキャスターが襲撃して占拠したらしい」

 

「あら、教会が占拠されるの?」

 

 ライダーの疑問はもっともだ。

 いくら英霊に名を連ねるサーヴァントが相手とはいえ相手は教会。それも魔術師が起こす荒事の裁定という事もあって選ばれたのは第八秘蹟会に席を置く璃正を筆頭に、教会内で荒事に従事していた者達である。いくら英霊相手とはいえ、“最弱のサーヴァント”であるキャスターに襲われるどころか占拠されるというのは穏やかではない話だ。

 

「ああ。だから、全マスター及びサーヴァントは全ての戦闘行為を中止、即刻キャスター組討伐に参加せよ、だとさ」

 

 ウェイバーの言葉によると、使い魔を通して教会員、監督役である璃正が自ら説明に立ったことにより真実味はある話らしい。

 そして、件の彼はキャスター襲撃の際に負った手傷なのか痛々しい傷を包帯で覆っていた。司祭服を身に纏っている為全容は知れないが、相当激しい戦闘だったのは想像に易いという。

 

「それは、また思い切った介入ね。本来、教会は中立じゃなかったの?」

 

「――今となっては、それも怪しい話だけど……」

 

 ライダーの発言にボソリとこぼしたウェイバーの言葉は小さすぎたために彼女の耳には届かなかったようで、ライダーは思わず聞き返してしまう。が、そこは独り言の様な条件反射だったようで、咳払いと共に仕切りなおした。

 

「――兎も角、他の勢力もこれでキャスター組を無視できなくなった。何しろ、討伐報酬が“令呪”

一画の譲渡だからな」

 

「成程……でも、教会を襲ったから討伐、というには今回の件はちょっと無理があるんじゃないかしら」

 

「ああ、これは教会側が調査した事らしいけど……どうも、冬木の街で起きてる“失踪事件”にキャスターのマスターが関わってるらしい。それも、キャスターを召喚してからその行動に拍車がかかってる。世間には足を掴ませるへまはしてないみたいだけど―――ここまでくれば今回の討伐騒ぎの大義名分が立つ、ってわけさ」

 

 近頃冬木の街を騒がしている“連続失踪事件”。

 女子供を中心に、ある日突然何の前触れもなく行方不明になり、犯人からの通知は一切ない怪事件。通常身代金なり、加害者の衝動的に死体が発見されたりとその手の事件には何かしらの痕跡が残るのだが、この事件は大掛かりな対策本部が組まれるも一向に動向をつかめずにいた。

 いたが――教会の話を聞く限り無理からぬ話だった。

 キャスターはその名の通り“魔術師”のサーヴァント。現代の魔術は科学に後を追い付かれてきているが、古い時代の魔術師なら、その腕は魔法に近い秘術を持っていても不思議ではない。

 早い話が神隠しに近い魔技が駆使されているという事であり、いくら警戒網を敷こうと、警察関連の機関が後手に回るのは無理からぬ、という事だ。

 

「じゃあ――私達もこのゲームに参加する。ということでいいのかしら」

 

 そう、そして大義名分が立ったのは教会側だけでなくマスター達にも同じ話。

 魔術師は“根源に至る”所謂知識の求道者だが、その秘術が漏れないよう秘匿に努めるのは彼等の世界では常識に等しい。だが、キャスター組の行為は明らかにその範疇を超えている。

 秘匿という意味では確かに痕跡を残していないが、如何せん被害数と速度が尋常ではない。肝心の手口を秘匿しようと、事件性を色濃くにおわせている時点で危険極まりないのだ。

 

「まさか。こうなれば勇み足で教会に飛び込む馬鹿の一人や二人は出るだろうし、教会はまずキャスターの“陣地作成”で間違いなく周囲一帯が魔改造されている。そんなところに何の装備も用意も無しに行ったら相手の思うつぼだろ」

 

 だが、ライダーの意見に何を馬鹿なとその考えを一蹴するウェイバー。

 キャスターが教会を牛耳っている以上、その霊地としての特性を十二分に引き出しているだろう。

 いうなれば“水を得た魚”か。

 マナの豊富な土地を牛耳ったも同然の彼女にとって、それは限りなく尽きない魔力炉を得たに等しい。ならば、こうしている間にもその燃料を貯蓄しているとみて間違いなく、そんな所に飛び込めば魔弾の雨に晒される―――もとい、拷問器具の餌食になりに行くようなものだ。

 そこまで説明し終えたウェイバーにライダーはなら静観するのかと彼に問うが―――

 

「それこそありえないね。教会側が仕向けたってのは気にかかるけど、他の陣営に態々令呪を与える機会を指加えてみてるってのも馬鹿な話だ。だから―――行くぞライダー」

 

 意外とこれで正義感というものがあったらしい。

 扉に向かってリュックを片手に顔だけ振返ったウェイバーの目には怒りの色が揺らめいている。

 どうやら、件の“連続失踪”事件に対しては彼も思う所があるようだった。

 

「教会周辺を探りに行く。最悪戦闘もあるだろうけど――そういう身を隠すのは得意だろ」

 

 扉を開ける彼は若干肩をいからせており、不謹慎だがある種の微笑ましさを思わせる。

 そうして、その感慨に琴線が振れたのか、入り口を潜ろうとした彼の背後で笑い声を抑えたような声が漏れ聞こえた。

 

「な、何がおかしいっ」

 

 至って真剣だった彼は顔を赤くして背後を振り返って噛みつく。

 この家には本来の持ち主を除いてウェイバーとライダーしかいないのだから誰の、と問うまでもない。だからこそ、事の意味が分かっているのかというウェイバーの問い詰めに、ライダーは目尻に涙を溜めて申し訳程度に手で諌める。もっとも、その目に溜まった涙が笑いを堪えた涙であったのは言い訳しようがないだろうが。

 

「いえ、やっぱり男の子なんだなって――ああごめんなさい。貴方を低く見たつもりはないのよ。寧ろ……」

 

「な、なんだよ」

 

 改めて顔立ちの整った長身の女性に見下ろされていると、怒り捲し立てていた筈のウェイバーは今度は急に怯んでしまう。

 付け加えるなら、見下ろす形になっている彼女の瞳に主を責めたり、軽んじた色が無い事もウェイバーの焦りを深いものにする一役を買っている。

 

「ううん。頼りにしてるわよマスター」

 

 そう言って扉からライダーに問い詰め、思わぬ反撃に固まっていた主を置いて先に部屋を出ていくライダー。

 と、そこでようやく再起動を果たしたウェイバーが、先行する従者に主を置いていくなと、これまた騒がしく彼ら主従は彼の目的地に歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 教会という人が営む場所において、そこは静か動かと言われれば間違いなく静に属する場において、空間を支配していたのは静は静でも不気味なほどの静寂だった。

 

「……なんだコレ」

 

 教会を前にし、本拠地に踏み込む前に慎重に周囲を探っていたウェイバーはその奇天烈さに驚愕した。

 探ってみた結果、結界の類は確かに目の前の空間に広がっている。が、結界とは外敵を拒むためのものであり、目の前のモノはその用途に従うのなら、根本的にその役目を否定している。

 そう、端的に言って侵入者を拒んでいないのだ。

 

「――侵入者をおびき寄せる罠か。いや――」

 

 まず考え着くのが罠の類。

 ウェイバー達はキャスター組と直接相対していないが、それでもあの手のモノが陣地に施す魔術に穴をあけるとは考えられない。十中八九、誘い込むための罠だろう。

 だが、そうした場合誘い込んだ先に何が待ち受けるのだろうか。

 陣地を構えるという事は襲撃される事を考慮しなくてはならない。まして、御三家のように長い間構えた居ではないからして、その防備は随時建設中と見ていい筈。ならば、ここはその防備が整う前に叩くべきであるが―――

 

「こんなに早く防御を整えたのか……いや、ハッタリという線もなくは……」

 

 教会側の知らせでは襲撃からまだ一夜も経っていない。

 その僅かな時間で環境を整えられるはずもないが――それを可能にするのがキャスターのクラススキル、“陣地作成”なのだ。環境を整備し、自らに有利な工房を作成し最適化する。

 そう考えればこの霧の様な結界の不定型さも頷ける。もっとも、それもまだ推察の範疇を出ないが。

 

「いいえ、そこまで深く考える事はないわマスター。おそらくだけど、貴方の考えはあっているはずだから」

 

「解るのか、ライダー」

 

 横から思わぬ合の手が入る。

 整った相貌により真剣な深さが加わり、吟味する為なのかウェイバーの視点と近くなっていた。

 

「これでも、魔道にはそれなりに精通してるつもりだから―――そうね、やっぱり行きはともかく、脱出はかなり手間取りそうね。うん、術者の性格のねじ曲がり具合がよく出てるんじゃない?」

 

 思わぬ接近に一歩引いてしまったウェイバーは、ここが敵陣前だという事を思いだし、崩れてしまった表情を引き締めて一歩前に出る。

 確かに、あのキャスターの言動からして、出られない者を追い立てるという、えげつない趣味で仕掛けを施していても不思議ではない。その点を踏まえ、脳内の倉庫から結界に関する資料を引っ張り出す。

 ウェイバーは歴を重ねた魔術師に及ばないというのは自覚している。しかし、そこは魔力の運用や術式の効率化で並べる、或いは打倒も可能だという持論を持つ。そうした発想から知識面に関しては豊富であったりした。

 

「……なら、この手の結界は入れば破壊は難しい。けど、外側からなら対処のしようがある。結界の綻びを探すぞライダー」

 

 脳内での検索から大凡の道筋を立て、彼は結界から距離を取りながら周囲をもう一度散策に出る。

 キャスターほどの術者であれば、結界の起点というものは通常内部に位置する。勿論彼女の性格を考えれば道中にあるなどという幸運は望めない。まず、自身の近く、或いは起点そのものを自身に組み込んでいる可能性もある。

 だが、そうした場合、術者から離れるにしたがって結界の強度は薄くなるのが常だ。これだけ周囲一帯を覆う範囲は規格外であるが、入りを制限せず、脱出のみを防ぐ事によって要領をカバーしている。

 可能性としては肝心の綻びも針の穴の如き小ささかもしれないが、内部に入れば選択肢として外界との干渉が立たれる事を考えれば今打てる手を考察するのは無駄ではない。

 

 そう結論づけ、慎重に結界を観察しつつ迂回するウェイバーだったが――――

 

 

 

「―――おや、ネズミを追って出向いてみれば、何ともこれは……懐かしい顔をした盗人に合ったものだ」

 

「! あ、ぁぁ」

 

 背後に聞こえた声にバネ仕掛けのブリキ人形のように反射的に振り向く。

 不意を突かれた、気配に気づいかなかったといった驚愕ではない。寧ろ、その声の主を知っているからこそ、振返った彼の目には沁みついた恐怖の色が滲んでいた。

 

「久しいな、ウェイバー君。また会えてうれしいよ。何せ―――」

 

 短髪の金色の髪をバックに撫で付け、疑う事を知らない自信に満ち満ちた碧眼。

 シンプルな様で凝った装飾を施したコートが特徴的な男。

 

「――私の経歴に泥を塗ったお礼を、こうして直々に返せるのだから」

 

 それは、ウェイバーにとって時計塔で講義も受けた事もある魔術師。

 稀代の天才と謳われたケイネス・エルメロイ・アーチボルトその人だった。

 

「アーチボルト、先生っ」

 

「ほぅ―――まだ師と呼ぶか盗人風情が」

 

 驚愕の念から思わずこぼれたウェイバーの言葉をケイネスの耳が拾い、彼は眉をひくつかせたように見えたが―――それ以外表情には変化が無い。一見穏やかな表情にも見え、かつての教え子との再会に感じいている様にも見える。

 ―――が、二人の間には教師と教え子という間柄以上に深い因縁がある。

 そう、ケイネスが聖杯戦争に臨むにあたって最初に取寄せた聖遺物が紛失するという事件がある。

 時計塔内で事務の手違いにより消失した、というのが原因である。だが、そうであるなら肝心の聖遺物はどこへ言ったのかという問題が浮上し―――ただちに捜索された結果、手違いを起こした人間の証言により、一人の受講生が捜査線上に浮上した。

 紛失事件から間を置かず、時計塔より姿を暗ませた人間、即ちウェイバー・ベルベットである。

 無論、件の職員に容姿その他を記憶を魔術で探って照らし合わせていたので確認には抜かりはない。当初、彼が持つ持論――ケイネス曰く妄想・虚言の類――を抗議の場で一蹴したりと、不仲であったことから嫌がらせの類だと彼は断じていたが―――

 

「ああ、そうしてみれば君が聖杯戦争に自ら参加するのは予想外だったが、誠に喜ばしい天の采配と言える」

 

 蓋を開けてみれば、何を血迷ったのか盗人自ら渦中に参加している。

 そしてその混沌の舞台は魔術師が殺し合う闘争である。ゲームなどと、学生が夢見て馳せるには過ぎた舞台であるし、掛け値なしの戦場で慈悲など乞えるわけもない。

 そう、ここでは殺し殺そうと殺されようと、非難が通るような生易しさとは無縁なのだから。

 

「ああ本当に、教え子と殺し合うのは私自身心苦しいよ―――が、こうなれば致し方ないだろう……よろしい。ならば君には私自ら直々に課外授業を受け持とう。魔術師同士が殺し合うという本当の意味……その恐怖と苦痛、全てを余すことなく教授してあげよう。光栄に思いたまえ」

 

 実に愉快だと口角を釣り上げ、抗議に立つ講師さながらに一歩、教壇に上がる様に踏み出したケイネス。

 しかしここは教室ではなく戦場。日常が色濃く残る夜の街で行われる常軌を逸した恐怖劇だ。

 

「……マスター?」

 

 そして、主を守る様に前に出ていたライダーがここにきて言い返しもしないマスターの反応に不信がり、視線の端にその姿を確認する。

 傍から見ても分かるように、その姿は恐怖で縮こまっていた。余程の因縁か、ともすれば彼普段の大業な言い回しの要因は、目の前の師ともいうべき男との関係によるものだろうかと勘ぐってしまいそうになる。

 だが、戦いものにならないという事実には変わりない。ここに赴くまでは勇んでいたが、その真逆、恐怖に怯み竦んだそのさまでは戦況の変化に対応するなど酷以外の何物でもない。

 そんなところへ―――

 

「―――よう雇い主」

 

 追い打ちをかける様にして擦れた声と共に白髪の男が浮かび上がる。

 長身の、痩躯ではあるが、服の上からでもわかる隆起した肉体が脆弱さとは無縁の態を誇っている。

 コートにサングラスと、全体的に黒い居出立ちはこの男にしてある種の不気味さを演出しており、白髪色白な肌がまるで首だけ浮いているようでいて、その印象に拍車をかけていた。

 

「ランサーっ」

 

 まだ太陽も真上に上らないような時間に動き出す組がいると話思わず、即座に進退移せずにいるライダー。

 状況はライダー達にとってあまり思わしくない。ケイネスが単独でキャスター討伐に足を運ぶはずはないとは理解しているが、如何せん今は間が悪いというほかない。

 

「いい気分で講釈ぺら回してるとこわりぃがよ、俺はこんなガキボコる気なんか更々ねえぞ」

 

 がしかし、現れたランサーの口から洩れた言葉は予想に反して非好戦的な意見だった。

 彼の言葉に従うならしかし、何の事はない。端的に言えば“そそらない”、であるそうだ。

 容姿なり性格なりと、そんなこまごまとしたものではなく、“殴りがいがあるか”、“そうではない”かというより単純な二択の問題である。

 より状況に当てはめるのなら、この場で因縁がある相手だろうケイネスに脅え――あまつさえ、使い魔とはいえ女の影に隠れている様なヤツは殴る価値も無い、とそういう事らしい。

 そして、ケイネスはランサーの不遜な対応に最初こそ青筋を浮かべていたが、彼の説明を聞けば納得したようである。

 

「フム――――確かに、お前のいう事にも一理ある――いや、確かに、こうしてコソコソと根回しに勤しむ程度の輩なら後でいくらでも料理できよう。それよりもこうしている間にキャスター討伐の機会を逸する方が問題だな」

 

 因縁はあるしそれは許しがたい。

 それは認めよう。だがここで大局を見失っては後々の聖杯戦争で後手に回ってしまう事になるのは明らかだ。キャスター討伐報酬というのはそれほどの旨みを持っている。

 故に、いくら確執があるとはいえ、目の前で震えるコドモなど相手にするまでもないと、彼は切って捨てる事にしたのだ。

 

「命拾いしたなウェイバー君。今の私は君に割く時間も惜しいが、然る後に今回の件、存分に教授しよう。なに、遠慮する事はないさ」

 

 むろん、平時の彼ならここまで冷静な対応はしなかっただろう。

 なのにこの対応はと問われればそれこそ愚問。

 態々この地に設えた工房を強襲し、備えた防備の悉くを蹂躙した魔性の女―――それもソレは彼の婚約者の前で恥をかかせたのだ。それほど、魔術師が工房を攻め落とされるというのは重い。

 彼に対する怒りはあるが、それは言ってみれば時計塔側の不手際だ。間接的な恥に比べれば目の前で泥を塗られた嘲笑の方が彼の耳に残っていたのは言うまでもないだろう。

 

 故に、無様なと嘲笑う様に鼻を鳴らして教会周囲に張られた結界に足を向けるケイネス。

 自信の表れか、件の結界に対して何の対処もしようとしない。あるいは、如何なる結界だろうと打ち破るだけの秘術、ないしランサーの力を信用しているのか―――どちらにせよ、彼等にとってウェイバーとの邂逅は既に埒外だというのは明白だった。

 

 そしてなればこそ――――

 

「――――待ちなさい」

 

 背後に凛と響いた声に不快感を抱き足を止める。

 そこに何らかの強制力があった訳ではない。ただ単純に、戦前の高揚に水を差されただけである。

 だがそれだけに、普段なら耳に心地いだろう柔らかい独特の声色も、この時ばかりは胸に不協和音を響かせた。

 

「随分と、いい気分で言ってくれるじゃない」

 

 そう、この場でウェイバーが従者を押しのけていくほどの勇気が足りないのは明らか。となればそう、その声の主とは当然一人しかいない。

 

「……ライダーっ」

 

 力なく、所在なさげな手を震わせる彼の姿はだれの目から見ても情けない者ではあるだろう。

 ――だが、ことこの場において彼女は違う。

 確かに頼りない、幼い印象の彼ではあるが、彼女は知っている。無知で無謀であるが故に、彼は時に誰よりも勇敢であると。

 誰にでも相性というものは存在する。

 単純な力関係であったり、頭の出来であれば単に気が沿わないという事もあるだろう。

 だから、大事なのはその場から逃げない事だ。己の未熟さを認め、目の前の壁に立ち向かう事――彼女自身その葛藤にひどく馴染みがあったからこそ、彼にはその道に迷ってほしくはない。

 そう、故に迷い子には導が必要なのだ。

 

「呼び止めておいて相手を蔑ろにするなんて、マナーがなってないわよセンセイさん」

 

 見上げるように縋る視線に笑みで応え、切り替える表情と共に彼女は思考を戦闘態勢に整える。

 らしくないのは自覚している。

 単純に彼女は戦を好む性質ではない。だからきっとこれは戦いなどという野蛮なものとはきっと別のもので、それ故に彼女は謳い上げる言葉に迷いはない。

 

 ライダーの手に握られていたナニカが黒い霧を巻き上げて急速に散っていく。大気を覆うそれらは容易に陽光の干渉を否定し、その場を昼間にして闇に染める。

 そして―――

 

『―――形成(イェツラー)

 

 隠していた宝具の開放をもって、夜を待たずしてここに開戦の祝詞が謳い上げられた。

 

 

 

 

 






 ども、何とか間に合いましたtontonです。
 今回で久々に大きな戦闘を迎えていくお話となります。いうなれば中盤の序、という所でしょうか? これから派手に演出を盛り込んでいきますので、どうかご期待ください。
 まあ、勘の良い人――ならランサーさんが出ている時点でなんとなく察しはつくのでしょうが、どうか席を離れず、最後まで鑑賞いただけるようお願い申し上げます。

 えっと、ライダーさんがちょっとキャラ違うって? ハイ、それは作者も自覚しております。ですが、彼女をウェイバーに絡ませていくと――多分彼のヒロイン力に引っ張られて、だんだん■■なりの筋ってものが出てきてしまったという感じです。傍で懸命に生きてる人って眩しいですよね―――と、そんな解釈で進めております。
 おかげさまで、ランサーVSライダーという原作にない組み合わせを実現する事になりましたが――その点もただいま執筆中なのでお楽しみに!

 では×②
 本日もこの辺で失礼をばっ、また感想、指摘、疑問、誤字報告等でも構いません。頂いたお言葉を励みに精進していこうと思っておりますので、些細な事でもお声をかけて頂けるとありがたいです。
 それでは今度こそ、お疲れ様でした!

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