黒円卓の聖杯戦争   作:tonton

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戯曲
「下座」


 

 

 

 一面の白。

 ただ単色の混じりけのない色調。

 過度な装飾など混じり込む余地などないそれは部屋というより祭壇を思わせる。

 そして、そこはその印象に違えず、神聖という意味において正しい。

 その根底は不可侵。

 人が介する事を躊躇わせる神聖、見る者に一線を引かせる境界線。

 そう、聖堂であり、所謂教会と呼ばれる場所である。

 

「天にまします我らの父よ―――」

 

 そんな厳粛な場所で、これまた謳い上げる祈りの様に恭順とした男が一人。

 彫の深い、岩の様に角を主張する顔。

 司教服に身を包んだ体は、教義に殉じてきた来歴によって逞しく荒削りされ、衣服では隠しきれない程に逞しさを誇っている。

 だが、そうした硬さを表していながら、男、“言峰 璃正”はその対極にある存在と言えた。

 有体に言って、見る者に安心感を与えているのである。

 長年神職に努めた口元は淀みなく、慈愛を感じさせる声色も合わさって、その双肩は山々に感じる雄大さに近いものがあるかもしれない。

 

「――なく汝のものなればけり――――エイメン」

 

 手に持つ教典を閉じる音が場に響く。

 彼にとって馴染みであるそれは既に目を通して読む必然性はないが――こうした粛然とした場というのには暗黙の了解というものがある。

 教会という神に近い場所というものを求める者にとって、願うものは贖罪であったり懺悔であったりと、大凡がその罪過に対する救済である。

 そして、形はどうあれ、人生という巡礼を科せられた人にとって、その存在を感じれる教会は間違いなく聖なるモノであり、そうした場を取り仕切る役目を担うともなれば――璃正という男にとってこれほどやりがいのある事はなかった。

 

「――神父さまっ」

 

「ん? ああ、アリスか。どうしたのかなこんな時間に」

 

 璃正が振返ってみればそこには自分の丈の半分もない少女の姿があった。

 冬木市は新興が進む新都を中心に西洋の色が強く、そんな中で、丘に臨む教会、それも中々に本格的という事もあって信仰心も高いものが多かった。

 目の前の少女も確か、2年前あたりから親御に連れられて教会を訪れ、教義が肌に合ったのか今年は一人で頻繁に足を運んでくれる。小さいながら熱心な教徒だ。

 

「うん、あのね―――っ」

 

 必死に何かを伝えようとする仕草は璃正の目にも微笑ましく映った。

 特に、“監督役”などという殺伐とした闘争の総括を組織から受けた身としては殊更に、だ。

 付け加えるなら、昨晩は一夜にして大きな騒動が二度も起こされたばかりである。そこからして、目の前の少女を一種の清涼剤的に感じるのも無理からぬ話と言えた。

 

「うむ、そうかそうか。それは良い行いを――主もきっと、君の善行を見ていて下さるだろう」

 

「えへへっ」

 

 得意げに笑う少女の頭を陶器を扱うように優しく、しかし褒められるだけの事をしたと伝わる様にしっかりと頭に乗せた手で撫でる。

 週に一度、多ければ数回はこうして報告に来る彼女の顔を見るのは彼にとって数少ない癒しである。

 

 ――が、今は聖杯戦争という非日常が街を侵食している非常時である。

 

 闘争に参加する彼らが魔術師として、英霊として持ちえる常識を備えているのなら、こんな早朝から進んで異変を起こすものなどいないだろうが――それを抜きにしても、こんな幼子の独り歩きを容認するべきではないだろう。

 

「――さ、早朝からアリスの顔が見れたのは私としても喜ばしいがね。そろそろ御父母が心配されるだろう。帰りは気を付ける様に」

 

「はーい!」

 

 やんわりと、険が無いよう帰りを進める璃正に対して、少女は年相応な素直な返事で返す。

 返事と共に手があげられる点など、言葉と体が一緒に動く姿に胸が暖かくなる心地を実感しつつ、彼は出口に走る少女を見送る。

 

「じゃあね神父さま! 明日もお休みだからまたくるねーっ」

 

 本来なら聖堂で忙しなく走る姿は、あまり褒められたものではないが――いや、子の天真さはそれだけで得難い。

 普段なら、厳粛さを良しとする璃正も、彼らが仕える神も、これくらいの不遜は許してくれるだろう。

 

 ゆっくりと閉じられる扉に微笑を浮かべた璃正は、与えられた聖職を全うする為に振返り、上方に日の光を纏いだしたステンドグラスに十字を切る。

 

「主よ、永遠の安息を彼らに与え 、絶えざる光をもて照らしたまえ―――」

 

 混沌とした日々に、哀れな犠牲者が名を残さぬよう、祈る言葉は彼を除いて無人となった礼拝堂に響いていった。

 

 

 

 

 

 冬木市新都の丘に臨む“教会”は、興業盛んな地方にして大層趣きのある施設である。

 週に一度開かれるミサでは聖祭の名に恥じない参加者が集うが、通常日であるその日、それも早朝から訪れるのは極少数である。

 となれば、在住する神父である璃正の現在の仕事は礼拝堂の清掃、つまりは雑務だ。

 通常時なら教会関係者が副数人務めるのだが、この教会は普通の教会とは異なる。

 故に、そこに努める者等は例外なく“聖杯戦争”の監督役という勤めに今も奔走中なのだ。

 総括である璃正も、先程までは現場に赴いたりと、一夜にして豹変された場所場所へ飛び回っていた。が、人が練り歩きだす時間にもなれば教会を無人にするわけにもいかず、人手の関係もあり、今は拠点となる教会で指示を出すに事に努めていた。

 

 そう、故にこの時間に顔を見せる人物とは即ち、先程の少女の様に余程信心深い信者か―――

 

「はぁーい、神父様。朝のお勤めご苦労様ね」

 

 目の前の童女の仮面を被った、招かれざる客となる。

 

「これはこれは、今日は朝から客人の多い日だ――もっとも、今度の客は客でも珍客のようだが」

 

「あら、こんな美少女をつかまえてご挨拶ねーその分じゃ、この教会の信者もたかが知れるわよ」

 

 カラカラと口元に手を当てて嘲笑うキャスターは見た目丸腰だ。

 

「茶番はよせキャスター……聖杯戦争のルール、まさか知らぬとは言わせぬぞ」

 

「ああ、あーそれね。ハイハイ、暗黙の了解とやらでしょ」

 

 聖杯戦争中、如何なる魔術師も、それに随する従者も監督役の領域を侵す事を許さず。

 誰が、と定めた物ではないが、第四次の前の第二次においてはルールも碌にないまま泥沼のまま勝者を出さないで終了している。

 真面な神経をもったマスターで、教会の存在意義を知っている者ならわざわざ乗り込む者はいない。

 ましてや、マスターが敗北を認めるどころかサーヴァントを仕向けるなど前代未聞である。

 

「ま、それは置いておくとして――ねえ神父様、この教会、私に譲る気はないかしら?」

 

「ここを手放せ、と?」

 

「そ、まあ、教会というより土地だけどね。ほら? 私のスキル、“陣地作成”を使おうにもここの土地って主要な場所は全部抑えられているでしょ?」

 

 “陣地作成”それは“最弱のサーヴァント”の異名を持つキャスターが持つ固有スキル。

 召喚されたサーヴァントの力量にもよるが、一般的な魔術工房から一つの空間を異界へと変容させうるスキル。

 文字通り、自陣営に有利な空間を生み出すスキルだ。

 となれば、この教会を狙うというキャスターの言葉もうなずける。何しろ、この教会の土地は彼の御三家も認める所であるのだから。

 

「だからお山か、広場か――」

 

 先の埠頭での戦闘での他陣営の牽制、共闘提案といい、冬木ハイアットホテルを拠点としたケイネス達を強襲した手管といい、目の前の少女は今まで面と向かっての戦闘というのは極力避けていた。

 その目的、璃正の推察ではキャスターの陣営の方針は自陣の強化、という所だろう。

 一度目の戦闘で大多数の敵の戦力の大凡を図り、同じ外来の魔術師であるケイネスを強襲、その工房を見事に破壊せしめている。

 そして、次に彼女が狙うは自身の拠点の確保、という訳だ。

 

「―――この教会、という訳か。いや、その真意計りかねるが……何故ここを、と聞いても答える律儀な性分には見えぬしな」

 

 御三家を始め、他陣営が互いに牽制しあう御山、“円蔵山”は除くとしても、教会を狙いうよりは御しやすい筈だ。

 冬木市民会館を始めとする一帯も同様である。それがなぜ、御三家ほどの防備とはいかずとも態々監督に手を出すのか――その答えは言葉にしなくても彼女の態度を見れば幾らか察せられた。

 

「ええ、そうね。不可侵? 教会の監督? ――ハっ、冗談はよしてよね」

 

 有体に言って“気に食わない”のだろう。

 何が? と問われれば教会自体か、或いは自身たちにルールを課す監督、ないし聖杯戦争のルールそのものか。

 さしもの璃正も、相手の心をすべて察せられる程悟りを開いてはいない。

 だが、目の前で不遜な態度全開でいる者が自身、或いはその聖職自体に嫌悪しているのかどうかくらいは理解できた。

 

 故に―――

 

「成程……老い耄れ一人の今なら好機、とでも? 随分と、舐めてくれたものだ」

 

 その動作はただのシングルアクション。

 キャスタに向けて手をかざしただけだが――効果は劇的にして場を文字通り一蹴する。

 彼の差し向けた掌、その先にある扉が勢いよく開け放たれ、立ち尽くしたキャスターの足元の絨毯が流動して外へと放り出したのだ。

 

「――っ、やってくれるじゃないっ」

 

 苦も無く着地したキャスターの顔はしかし屈辱に歪んでいる。

 確かに、彼女も己が相手をたかが“現代の人間”と侮っていたのは認めている。だが、それでも魔道に精通した己が足元をすくわれたという事実。

 付け加えるのなら、隙を見事についた手段が相手を追い出す事というのが己を舐めているようで、余計に腹に据えかねるのだろう。

 今の一撃は手段を変えれば確実に彼女に一撃を入れる事が出来たのならば尚更に。

 

「仮にも神の身元である聖堂で流血など認めん。例え、逸脱者であろうとな……さぁ、主に替わって罰を与えよう異端の乙女よ、懺悔は神の御許で乞うがいい」

 

 対する璃正も放り出されたキャスターを追ってゆっくりと扉を潜る璃正神父。

 その姿が建物を出たタイミングで扉が固く閉ざされる。

 教会という組織上、彼等の術、技は魔術氏が使うそれとは少々毛色が異なるが――その背後の扉に何某かの神秘の術とやらが施されているのは間違いないだろう。

 そして、罪人を糾弾すると宣言した神父は正面正眼ではなく、やや上段にその無手を掲げ、呼吸と共にゆっくり正面に下ろし、緩急をつける様に、今度は素早く半身の姿勢を取りながら武錬の賜物と思われる構えを取った。

 

「……話し合いもアリかなって思ってたけど、やっぱやめたわ。アンタ達って、根本から肌に合わないのよ」

 

 対するキャスターも璃正の構えには流石に自生が利かなかったようだ。

 その顔に当初の様に人を小ばかにしたような笑みを浮かべず、目の前の男を倒す――いや、殺す事を目的として周囲に魔術の軌跡を走らせる。

 それも当然だろう。

 彼女自身はキャスターだが、この神父は己の身一つで英霊である存在を害すると宣言したも同義なのだから。

 

「ああ、その意見には同意しよう―――貴様は、悪女の臭いがする」

 

「言うじゃない―――いいわ、力ずくで奪い取ってあげるっ」

 

 途端にキャスターの足元の影が隆起する。

 彼女のスキルと思われる魔術行使、その中であのランサーやバーサーカーすらも拘束して見せた呪術だ。

 であれば、それは監督役という教会組織でも大役を授かった神父にしても彼は人間であり、英霊すら拘束せしめたそれを回避する手段などある筈がない―――

 

「破ァッ!!」

 

 筈が、彼はその道理を見事己の身一つで覆しにかかった。

 力強い震脚によって大地が大きく波打ち、その反動で舗装された煉瓦が吹き飛ぶ。

 

「フっ―――!」

 

 さらに、璃正の動きは止まらない。

 滑らかな動きで目の前に飛び散る大小様々な煉瓦、その一つ一つを軽く握った拳で打ちぬき、飛礫と代えてキャスターを強襲して見せた。

 

「あっぶなぁ――って、何よ何よ。デスクワーク派かと思ったら随分立派な体してるじゃない」

 

 舗装を踏み抜いた衝撃によるものか、一連の動作を終えた璃正の司祭服の上着が弾けている。

 無論それはキャスターの呪術を受けた訳でもなく、璃正の並みならぬ功夫による発露によるものだ。

 見た目の派手さに対して空気を圧する様な音を響かせることはなく、“踏み込む”よりも“踏み締める”衝撃による破壊からの繋ぎ技。

 

「はっ、これでもまだまだ隠居もさせてもらえない身でな。日々の鍛練を欠いたことが無いのが少ない自慢だよ」

 

 そして、その見事な冴えを見せた飛礫の連撃はキャスターの影を手繰る魔術の進行を押し止めた。

 正確には、煉瓦のいくつかが影の拘束を掻い潜ってキャスターに襲いかかった為に、影の動きが一瞬留まっただけだが、璃正にとってはその僅かな時間でも十分であった。

 

「どうやら、こちらの予想も概ね外れてはいないようだ」

 

「あら、この程度で首を取ったつもりになるのは早いのじゃなくって?」

 

 無理に追撃はせず、璃正はキャスターと、その影から距離を取る。

 迎撃という面もありながら、確証を得る為に取った手法により、彼の中の推論が組み上がっていく。

 無論、相手は英霊、“最弱のサーヴァント”であるキャスターであろうともその実力はあの影の魔術のみではない。が、強大な相手を前に神聖な教会に背を向ける等、神父として許される事ではない。

 故に、この戦闘の勝利とはキャスターに強襲を断念させる事であり、各地に散った構成員を呼び戻すまで耐えきればいい。

 幸いにして、ここは教会側の陣地、迎撃用の細工は当然用意されている。もし窮地に立たされるような危機があろうと、そうなれば構成員を伝って時臣のサーヴァントに救援を頼るという手も取りえる。

 

「だろうな。お前の首を取れるとまで驕るにも、この老骨には少々きつくてな――悪いが、付き合ってもらうぞっ」

 

「えー……また肉弾戦とかまったく、冗談じゃないわ、よっ!!」

 

 丹田に込めた気を発露させる璃正は依然と無手ではあるが、その体術は間違いなく高みのもの。

 対するキャスターは面倒とため息を一つ、吐き出すと共に戦意を迸らせ、胴体周囲に新たな魔方陣を輝かせる。

 静寂に澄んでいた朝の空気を一変させる激突は周囲を戦慄かせ、大気の鳴動に鳥達が一斉に飛び立ち離れる。

 現代人対英霊という異例の組合せは、教会襲撃というこれまた異例の事態を加え、朝の正常さに混迷さを混入させる。

 それは宛ら水面に漂う炭のように、薄くも広く、侵食する非日常を象徴するようにして、また大気を鳴動させた。

 

 

 






 どうも、最新話投稿しましたtontonデス!
 えー初めに一言いうのなら――冒頭に登場した少女――他意はないよ!!
 フリじゃないよ! 名前も特に意図してませんから! だから再登場とかね、うん。お察しください。

 そして、若干言峰神父(OYAJI)がハッスルしてますが――原作のFate名物、慢心で忘れがちですが、綺礼氏の八極拳の師は彼だとか、なら監督役総括を任される身で第八に所属してるんですから代行者じゃなくても戦闘はある程度できるのかなと――相手もキャスターですし?
 そして、教会を少々魔改造……いや、仮にも一組織の拠点でせすからこのくらい、無理はない筈だ!
 
 え、っと、そんなわけで新章からキャスターさん、璃正神父が若干ガチバトってますが、Dies原作を知る人なら彼女の襲撃理由とかなんとなく予想がつくのではとにやりとしてみたり。Diesを知らない人様にも後々解きほぐしていくのでお楽しみに!

 では今回はこの辺で!
 また次話更新or活動報告―――あ、ツイッター(tonton_d0m )始めましたのでそちらでも時たま進行状況等を呟くのでよかったら見てください。

 では今度こそ、この辺りで――感想、意見、ご指摘等、随時受け付けていますので、お気軽にお寄せください。
 お疲れ様でした!!

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