ソードアート・オンライン Dragon Fang《リメイク版》 作:グレイブブレイド
この話はさておき、今回の話になります。今回からシリアス度が増し、ギャグ要素が少なくなります。
「この世界はいったいどうなっているの……?」
アルヴヘイム・オンラインと言われる仮想世界に捕われてから2ヶ月以上も経過していた。でも、ここに監禁されるのも今日で終わりを迎えようとしている。
わたしは念入りに計画を練ってついにこの日、この世界から脱出するために行動を開始した。鳥籠から抜け出し、巨大な木にある人工物と言ってもいいドアを潜り抜けるとそこは先ほどと変わってSFものに出てきそうな白い壁と天井に覆われた通路だった。
この世界はSAOのようにファンタジー系の世界観となっているはずなのにこんなところがあるなんておかしい。そう思いながら慎重に進んでいると壁にここの案内図が書かれているところを発見した。
ここに何処かログアウトできるところはないか探していると『実験体格納室』と書かれているところに目が止まった。
「実験体……」
そう小さくつぶやいた途端、前に須郷が非人道的な研究をしていると言っていたことを思い出した。つまり、ここは須郷が非人道的な研究をしている研究施設であることで間違いない。
一刻も早くここから脱出しなければと再び歩き出した。歩いていると前方に2枚扉が見えてくる。扉の前に立つとそれは自動に左右へと開いた。
扉が開いたところは真っ白い巨大なイベントホールと言ってもいい広大な部屋だった。部屋には胸の近くくらいまでの高さまで伸びている白い円柱型のオブジェクトがある。それは200から300近くはありそうだ。その円柱の上には人の脳の形をしたホログラムが映し出されている。
「こ、これってまさか……」
須郷が行っている研究は人の記憶・感情・意識のコントロールをするというもの。このホログラムをよく見ると『Pain』、『Terror』などの単語が表示されていた。
須郷が行っている研究は記憶・感情・意識のコントロールをするというもの。ホログラムに映し出されているのは脳だけだが、苦痛や恐怖を感じて苦しんでいるのだと直感的に悟った。つまり、今ここで300人近くの人が目の前の人と同じ目に……。
「なんて……なんて酷いことを……」
300人近くの人が苦しんでいる姿を思い浮かび、恐怖に包まれる。恐怖のあまりパニックになりそうだったが、なんとか冷静になって心を落ち着かせる。
「こんなことは許されない。いえ、許さない。待っててね……。すぐに助けるからね……」
そう呟き、部屋の奥に移動していると入口の扉が開く音がする。
「っ!?」
誰か入ってくると思い、驚いて声を上げてしまいになった時だった。何者かが後ろからわたしの口を押え、部屋の隅にあった白い円柱型へと身を隠す。すでにこの部屋に須郷か奴の仲間がいて見つかってしまったのだと絶望に包まれる。
「静かに。騒ぐと奴らにバレてしまう」
「っ!?」
後ろからわたしの口を押えた思われる人物はわたしにしか聞こえないくらいのボリュームで呟き、すぐに口から手を離してくれた。一体誰なのかと思い、恐る恐るその人物の方を振り向く。その人物は白い鎧に身を纏っている白い髪をした初老の男性だった。
そして部屋に入ってきたのは、2体の巨大なナメクジ型モンスターだった。あの巨大ナメクジはアインクラッドの第61層にいた《ブルスラッグ》に似ており、ソイツと同様に気持ち悪いと言ってもいいものだった。
巨大ナメクジたちは1つのホログラムに映し出された脳を見て話し合っていた。その内容は須郷が行っている非人道的実験に関係するようなものだった。様子からしてこんな研究をしていることに罪の意識を抱いている感じは全くないようだ。間違いなくあの巨大ナメクジたちはこの前わたしのところにやって来たパックという男と同様に須郷の仲間だろう。
そんな巨大ナメクジたちをわたしは怒りを抑えて黙って見ていた。ふと初老の男性を見てみると、彼も黙って巨大ナメクジたちを見て拳を強く握りしめて怒りを堪えている感じだった。
彼はこちらの視線に気が付くと小声で話しかけてきた。
「怖がらせてしまって申し訳ない。君は確か結城さんのところの娘さんで間違いないよね?」
「え、ええ……。あなたは誰なんですか?」
「あ、まだ名乗ってなかったね。私はクリム・ローライト。レクトのフルダイブ技術研究部門で研究者として働いているんだ」
「レクトのフルダイブ技術研究部門の研究者ってことは、あなたもあのナメクジたちやこの世界でパックって名乗っている奴の仲間なの?」
警戒して初老の男性を見る。すると、疑いの視線を向けられた彼はというと慌てて弁解してきた。
「いやいや違う。確かに私は須郷君のところで働いているが、彼らの仲間じゃない」
「だったらここに来た訳を教えてくれませんか?」
「他人に話すわけにはいかないが、君に信じてもらうためには仕方がない。ここにはALO……アルヴヘイム・オンライン内で非人道的実験が行われている証拠を得るのと囚われている人たちを助けるために来たんだ」
「えっ?」
「本当は警察に相談しようと考えたが、確実な証拠がないと動いてくれないし、それに下手に動いて彼らを危険にさらすわけにはいかないからね。彼らには帰りを待っている家族を待っているのだから……」
一旦話し終える頃には彼の顔はなんか悲しそうな表情をしていた。彼の話を聞いたり、様子を見てわかったが、本当に須郷の協力者じゃないだろう。それに須郷やあのパックという名前の謎の人物とは明らかに違う感じしかしない。とりあえず、彼のことを信じてみよう。
「せっかく助けてくれたのにあなたのことを疑ってしまってゴメンなさい。あのもう少し詳しく教えてくれませんか?もしかすると、あなたに協力できるかもしれませんし」
「私を信じてくれるのか。本当にありがとう……」
クリムさんはわたしにそう言うと詳しく話してくれた。
「私がレクトのフルダイブ技術研究部門……レクト・プログレスの所属の研究者になったのは去年の11月半ばくらいからなんだ。未帰還のSAOプレイヤー300人を助けるためにと須郷君や蛮野君に誘われてね。私もSAO事件で息子と孫を亡くしたから何としてでも彼らを助けようとすぐにOKしたよ」
「そうだったんですか……。ところで、クリムさんは須郷やその蛮野っていう人とはどういう関係なんですか?」
「須郷君は私の後輩の元教え子、蛮野君は私の元教え子なんだ。でも、そこで研究者になってからしばらくして2人は私に何か隠していることがあるっていう気がしてね。2人にバレないようにそのことを調べていたら『人の記憶・感情・意識のコントロールをする研究』をしていることがわかったんだよ。そして慎重に調査を続けてここを突き止めた」
「なるほど。そう言えば、須郷が前に言っていました。研究は自分を含めてごく少数のチームで秘密裏に行われていると。それに加担している人って何人いるのかわかります?」
「それは私にもわからない。レクト・プログレスには何人も職員がいて、その中で誰がこの研究に関わっているのかわからなかったからね。でも、君のおかげでごく少数のチームで秘密裏に行われているのはわかったよ。本当にありがとう」
「いえ、そんな……」
大したことを教えたわけでもないのにお礼を言われて少々戸惑ってしまう。でも、外の世界で1人だけでもここで起きていることに気が付いてくれた人がいてくれて本当によかった。
隠れて情報交換をしている間にも巨大ナメクジたちはこちらに気が付くこともなく、部屋から出て行ってくれた。
「とりあえず今は君だけでもここから逃がすことが最優先だ。私に付いて来てくれ」
クリムさんの後を追い、部屋の奥へと足を進める。部屋の最深部まで達し、そこにはぽつんと黒い立方体が浮かんでいるのが見えた。
あの黒い立方体に似たものをSAOで1度見たことがある。確かアインクラッド第1層にある地下迷宮にあったシステムコンソールだ。
「クリムさん、あれってシステムコンソールですよね?」
「ああ。でも、一目見ただけでよくわかったね」
「SAOでも1度あれに似たものを見たことがあるんです」
「そうか……」
システムコンソールまでたどり着くとクリムさんはそれに差し込まれている銀色のカードをつかんで一気に下にスライドさせる。すると、メニューウインドウやホロキーボードが浮かび上がった。
クリムさんは手慣れた様子で急いでシステムコンソールを操作していき、1分もかからない内に『ログアウト』と書かれたボタンが表示される。
「君はログアウトしたらすぐに病院の人に頼んで君のお父さんにだけ連絡してくれ。くれぐれも君が目覚めたことを他の者には内密にしておくように」
「あなたはどうするんですか?」
「私はまだここに残る。ここに捕われている人たちを助けたり、証拠を得る必要があるからね」
「だったらわたしも一緒にここに……」
「ダメだ、君をこれ以上巻き込むわけにはいかない。私やここに捕われている人たちなら大丈夫だ。私を信じてくれ」
その間にもクリムさんはわたしをログアウトさせる準備をする。
「よし。早速君をログアウ…………ぐわああああああっ!!」
突如、謎の電撃がクリムさんに襲い掛かる。
強力な電撃をまともに受けたクリムさんは地面に転がる。その拍子にシステムコンソールに差し込まれていた銀色のカードが抜け落ちる。
「クリムさん!!」
「フハハハハっ!どうかな?ペインアブソーバを切っているから痛むだろ?」
1度だけ聞いたことがある声だ。声がした方を振り向くとそこには須郷……オベイロンに似た姿をした妖精……パックがいた。
「やっぱりいつかここに来ると思ってましたよ、
「その声、先生って……君はまさか蛮野君なのか……」
「そうですよ、先生。今は蛮野卓郎じゃなくてパックっていう名前ですけどね」
蛮野って確かクリムさんの元教え子だっていう人じゃ……。まさか、その人がパックの正体だったなんて……。
クリムさんは未だにそのことを受け入れられずにいた。無理もない、自分の教え子だった人が非人道的実験を行っていたのだから。
「蛮野君、この研究は許されたことじゃない……。今すぐ彼女やここにいる人たちを開放するんだ……」
「人がいい先生だったら絶対にそういうことを言うって思ってましたよ。でも、私は昔からアンタのそういうところが大嫌いだったんだよなぁっ!」
初めは笑みを浮かべていたパック……蛮野だったが、最後辺りはクリムさんに嫌悪感を露わにして睨み付けた表情をする。
「お前たちは知りすぎた。だからここから逃がすわけにはいかない。システムコンソールはロックしておいたから逃げ出そうとしても無駄だけどな」
蛮野が右手を前に向けて伸ばすと奴の後ろの方から植物のつるが伸びてわたしとクリムさんに襲い掛かってきた。クリムさんはすぐに曲刀と盾を出現させ、間一髪のところで盾で植物のつるによる攻撃を防ぐ。
「私だけが使える植物属性の魔法による攻撃を防ぐとは。思っていた以上にやるなぁ」
今の蛮野は不気味な笑みを浮かべて余裕を見せている。その笑みはSAOにいた犯罪者プレイヤーが見せていたものみたいで、嫌悪感に包まれる。
「こう見えても私は正規のサービス開始時は予定があってプレイできなかったが、息子と同様にSAOのβテストをプレイしたことがあるんでね。それに子供や孫とはよくゲームをやっていたんだ」
「なるほどな。だけど、私の敵ではないな。
「マズイ。君は下がっているんだっ!」
「はい!」
本当ならクリムさんと一緒に戦いたい。だけど、今のわたしには剣はないからそれは不可能だ。戦うことができなくて悔しかった。
クリムさんは曲刀と盾を持って蛮野に立ち向かっていく。
蛮野は先ほどと同様にもう一度前に向けて伸ばす。今度はバスケットボールと同じくらいの大きさを持つ緑色に光る球をクリムさんに目がけていくつか放つ。
盾で攻撃を防ごうとするクリムさんだったが、緑色に光る球は盾やクリムさんの周りの地面に着弾すると爆発を引き起こす。
「ぐっ!」
爆発の衝撃で床に転がりつつもすぐに立ち上がって蛮野に曲刀を振り下ろし、渾身の一撃を与える。これで蛮野にダメージを与えることができたと思ったが、奴は効いていないぞと言うかのように不気味な笑みを浮かべて見る見るうちに傷口を再生させていく。
「何っ!?」
「やっぱりパックの姿だと傷の再生速度が遅いな……」
「はぁっ!!」
余裕を見せている蛮野にクリムさんはもう一度攻撃を仕掛けようとする。だが、蛮野は植物のつるを操って攻撃を防ぎ、更に鞭のように振るってクリムさんに攻撃する。その拍子にクリムさんの曲刀と盾は弾き飛ばされて宙を舞い、蛮野の手に収まった。そして、蛮野はクリムさんから奪い取った曲刀でクリムさんに容赦ない連撃を浴びせ、盾を叩きつける。
「ぐわああああっ!!」
クリムさんは攻撃を受けてももう一度立ち上がろうとする。だが、かなり弱っていてこれ以上戦うことはとても厳しい状態だ。
蛮野はクリムさんから奪い取った曲刀と盾を投げ捨て、緑色のハルバードを出現させて右手に持つ。
「真実と共に現実世界からこの世界に追放してやる」
クリムさんの足に植物のつるを巻きつかせ、逃げられないようにする。そして、蛮野のハルバードの矛先に緑色の光が纏せ、上空に飛んで一気にクリムさんに目がけて突きを叩き込もうと一直線に飛んで行く。
「止めてぇぇぇぇぇっ!!」
「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!!」
わたしの悲鳴が響く中、クリムさんは蛮野の強力な突きによる攻撃を受けて床に転がる。HPはなんとか少しだけ残ったが、クリムさんは意識がもうろうとして床に倒れ込んでいた。
「クリムさん!!」
急いでクリムさんの元に駆け寄る。すると、クリムさんはわたしにこっそりと銀色のカード……システムコンソールのカードキーを渡してきた。
「これは君に預ける……。私はもう……助かる見込みはなさそうだからな……。まあ、これは当然の報い、と言っても……いいだろう……。ファーラン、ミラ……すまない……」
クリムさんはそう言い残して完全に意識を失ってしまう。
そこに蛮野がやって来てクリムさんに3枚の白いメダルを投げ込む。3枚の白いメダルはクリムさんの体内に入り込んだ。すると、一瞬だけクリムさんは賢者のような姿をした白い怪人へと姿を変える。
この光景に驚愕して言葉を失ってしまう。
「まだ完全に適応していないみたいだな。まあ、次回のアップロードまでには間に合うか。これからは《オーバーロード・ロシュオ》としてこの世界で生きるといい。記憶もその内改ざんして、お前には他の奴らと一緒にここまでやって来ようとする羽虫たちを排除してもらおう」
「彼に何をしたの……?」
「ちょっとした余興だよ。私のおもちゃにこれほど相応しい奴は他にはいないだろう」
蛮野に怒りを覚える。
「おもちゃって……。クリムさんはあなたの先生なんでしょ!?こんな非道なことをして恥ずかしいと思わないの!?」
「フっ。私たちが行っている研究がどれほど偉大なものなんだぞ。その価値がわからないバカにはこうするべきだろ」
「狂ってるわ……」
氷のような寒気を感じながら呟いた。この男や須郷は人を平気に実験体にするような奴らなんだろう。
「副主任、どうかしたんですか?」
わたしたちの元にやってきたのは先ほどの2体の巨大ナメクジたちだった。
「お前たちか。見ての通り、余計な虫がここに入り込んでいて鳥籠から小鳥が逃げ出していたんだよ」
「そうだったんですか。この娘が抜け出したのは退屈していたと思うので、一緒に遊んでもいいですか?人形相手はもう飽き飽きでしてねぇ」
「お前も本当に好きなんだな、その悪趣味は。だけど須郷のお気に入りだから止めておいた方がいいぞ」
「ちぇっ。せっかく楽しめると思ったのになぁ……」
「そんなことよりもお前たちはコイツを第4実験室に閉じ込めて置いて、向こうに戻って出張中の須郷にこのことを報告しろ。私はコイツを鳥籠に戻しておく」
「わかりました。おい、早く終わらせるぞ」
「へい。どうせならあの娘を鳥籠に戻しておく方がよかったんだけどなぁ……」
1体の巨大ナメクジはログアウトし、もう1体は意識を失って倒れているクリムさんを何処かへと運んでいく。そして、蛮野は植物系の魔法を操ってわたしを拘束し、テレポートして鳥籠へと連れて行く。
せっかく鳥籠から抜け出してもう少しでログアウトできるところだったのだが、結局は失敗して鳥籠へと戻されてしまった。それにクリムさんまで捕まってしまうことになるとは……。事態は最悪な状況だと言ってもいいだろう。
「須郷から連絡があってパスは変えて24時間監視することになったから逃げだすことは諦めた方がいい。でも、私もあなたに会いに来ますのでご安心を。それでは女王ティターニア、私はここら辺で失礼しますので」
蛮野は最後に挑発するかのようにそう言い残し、テレポートで戻って行った。
この状況の中、システムコンソールのカードキーを隠し待っていたことには気付かれずに済んで本当によかった。クリムさんがわたしに託してくれたこれが今のところ唯一の希望だろう。
「わたし負けないよ、キリト君。絶対にあきらめない。必ずここから脱出してみせる」
ついに登場時から謎に包まれているキャラ……パックが何者なのか、そしてクリムさんはいい人、蛮野は外道の極みということが判明。
クリムと蛮野という名前から仮面ライダードライブから取ったのだと予測は付いていた人はいたと思います。ですが、この作品のクリムと蛮野は仮面ライダードライブに登場するクリムと蛮野とは全くの別人で一切関係はございません。一応クリムはベルトさんの声をイメージしているのですが、結婚して子供と孫もいるということになっています。そして、蛮野は相変わらず吐き気を催す邪悪ですが、声が森田さんではなく津田さんとなっています。本編とはあまり関係ありませんが、この理由は後の話で明らかになります。
後半の戦闘シーンのところは見てピンときた方もいるかもしれませんが、あれは貴利矢ショックを元にしました。そのため、今回の話は『みんなのトラウマ』レベルのものになってしまったに違いないです。
クリムさんはパック/蛮野して異形の怪物へと……。
ちょっと謎が解けたと思ったら新たな謎を残すことに。本当にリメイク版のフェアリィ・ダンス編はどうなるのか。