ソードアート・オンライン Dragon Fang《リメイク版》 作:グレイブブレイド
キリさんが持ち出した取り引きのおかげで、サラマンダーはちゃんと話してくれた
「今日の夕方かな。ジータクスさん……さっきのメイジ隊リーダーなんだけど、あの人から携帯メールで呼び出されて入ってみたらたった3人を十何人で狩る作戦だって言うじゃん。イジメかよって思ったんだけどさ、昨日カゲムネさんをやった相手だっつうからなるほどなって……」
サラマンダーの話の中に聞き覚えのある名前があって聞いてみることにした。
「そのカゲムネっていう人って、もしかして鎧で顔を隠してランスを持っていた人かな?」
「そうそう。ランス隊の隊長でシルフ狩りの名人なんだけどさ、昨日コテンパンにやられて逃げ帰ってきたんだよね。アンタとそこのスプリガンがやったんだろ?」
「まあ……」
今にして思えば、俺とキリさんは厄介な相手にケンカを売ったんだな。
「だけど、そのジータクスさんはどうしてあたしたちを狙ったの?」
「昨日の報復だとしても、あれはなんでもやりすぎなんじゃないのか?」
「もっと上の命令だったみたいだぜ。昨日の報復じゃなくて、なんか相当でかい『作戦』の邪魔になるとか……。俺みたいな下っぱには教えてくれないんだけどさ。今日入ったときなんか、すげえ人数の軍隊が北に飛んでくのを見たよ」
「北って、世界樹攻略に挑戦する気なの?」
「まさか。前の全滅してから、装備を整えるために金貯めてるとこだぜ。まだ目標の半分も貯まってないらしいけどな。俺が知っているのはこんなところだ。で、さっきの話は本当だろうな?」
「取引でウソはつかないさ」
サラマンダーに爽やかな笑みを浮かべてサムズアップし、答えるキリさん。そして、メニューウインドウを操作し、約束のアイテムやユルドを渡す。サラマンダーも嬉しそうにし、それを受け取って元来た方へと消えて行った。
再びプライドを捨てた者同士の取り引きの現場を見た俺とリーファ、ユイちゃんは呆れていた。
そして、鉱山都市に向かって足を進める。
「ところで、さっきのグリーム・アイズに似たモンスターってキリさんですか?」
「まあな。さっきのはユイに教えてもらった魔法を無我夢中で使ってみたらあんな姿になったんだよ。そしたら、自分がえらい大きくなって剣もなくなったから、仕方なく手掴みで……」
「ボリボリかじったりもしてましたよ」
ユイちゃんが楽しそうに爆弾発言してきて、俺とリーファは引いていた。
「ああ、そういえば……モンスター気分が味わえてなかなか楽しい体験だったぜ」
キリさんは楽しそうにその時のことを語る。すると、リーファは恐る恐るがとんでもないことを聞き出した。
「その……、味とかしたの?」
「リーファ、それは聞かないほうが……」
「焦げかけの焼肉の風味と歯ごたえが……」
「ストップ!ストップ!」
「やっぱりもう言わないで!」
俺はキリさんの口を手で塞いで話を中断させ、リーファもやっぱり嫌になって止めるようにとぶんぶんと手を振る。あのまま話を聞いていたらしばらくの間……最悪の場合、二度と焼肉が食えなくなっていただろう。
「それよりも早く街に行って休みますよ」
「んぐっ!」
キリさんを手で口を塞いだまま引きずり、門をくぐって鉱山都市のルグルーへと入っていく。この光景を見ていたリーファとユイちゃんは苦笑いを浮かべ、俺たちの後を付いてくる。
鉱山都市のルグルー。メインストリートには多種多様な商店や工房が並び、プレイヤー数も思ったより多く、地底にある鉱山都市は賑わっている。
俺とキリさんはもちろんだが、リーファもこの街には初めて来たこともあって楽しそうに街の中を見渡していた。だが、サラマンダーたちと戦う前にレコンから来たメッセージが来たことを思い出し、現実で連絡を取るために一旦ログアウトする。その間、俺とキリさんはベンチに座ってリーファの帰りを待っていた。
キリさんが先ほど屋台で買った串焼きを食べている中、俺はどうしても落ち着いた気分になれずにいた。
「リュウ、そんな難しい顔なんかして何考えているんだ?」
「さっきリーファに届いたレコンからのメッセージですよ」
「ああ、途中で途切れていたやつか。お前がさっき言っていた通り、書いている途中で間違って送信してしまったとかじゃないのか?」
「俺もそう思ってましたけど、あれからレコンから一切連絡がないじゃないですか。書いている途中で間違って送信してしまった場合、普通ならすぐに続きを送りますよね。それどころか、レコンはログアウトしているみたいでしたし」
「確かに言われてみれば」
キリさんもこれには納得したという表情をする。
「それにさっきのサラマンダーが言ってたことで気になることがあるんですよ。サラマンダーの大規模の作戦に、北の方に飛んで行ったサラマンダーの大部隊とか……」
「そうだな。だけど、今はせっかくの休憩なんだからそういう難しいことを考えるのは後でいいんじゃないのか?」
俺が真剣になって話している横でキリさんは呑気に串焼きを食べている。
「ところで、さっき自分からあんな話しておいてよく食欲がありますね」
「なんか美味そうだったからな。リュウは食わないのか?これ、結構美味いぞ」
「いりません。そんな蛇みたいなもの。蛇嫌いだっていうこと知っててそんなこと聞かないで下さいよ……」
キリさんが今食べている串焼きは蛇みたいなものだ。ただでさえ、蛇は嫌いだっていうのに、さっきのキリさんの話を聞いたせいで完全に食欲がなくなっていた。
美味しそうに串焼きを食べるキリさんを呆れて見ている。すると急にログアウト中のリーファが立ち上がった。
「うわっ!!」
それに驚いたキリさんは串焼きを落としそうになる。
「おかえり、リーファ。そんなに慌ててどうしたの?」
「リュウ君、キリト君、ごめんなさい。あたし、急いで行かなきゃいけない用事が出来ちゃった。説明している時間もなさそうなの。多分、ここにも帰ってこれないかもしれない」
リーファの慌てようはただ事ではないようなものだ。何か嫌な予感しかしなかった。
「移動しながらでいいから教えてくれないか。どっちにしてもここから走って出ないといけないんだろ。キリさんも呑気に食べてないで下さい」
「わかっているって」
ルグルーの中央通りをアルン側の門を目指して走り出した。門をくぐると、再び地底湖を貫く橋がまっすぐ伸びていた。この世界では、どれだけ走っても息切れすることもないため、走りながらリーファは俺たちに事情に説明した。
話によると、シグルドがサラマンダーと内通していて、40分後に始まるシルフとケットシーの領主会談をサラマンダーの大部隊が襲撃するということが判明した。このことに気が付いたレコンはサラマンダーに捕まってしまい、リアルでリーファに連絡しようとしていたらしい。
「まさか、シグルドがサラマンダーと内通していたとは……」
「仲間を裏切るなんて、本当に果物や木の実が描かれた錠前を売ったりしてた奴と同じだな」
「ところで、サラマンダーたちがシルフとケットシーの領主を襲うことで何か得することでもあるのか?」
「まず、同盟を邪魔できるよね。シルフ側から漏れた情報で領主を討たれたらケットシー側は黙ってないでしょう。下手したらシルフとケットシーで戦争になるかもしれない。サラマンダーは今最大勢力だけど、シルフとケットシーが連合すれば、多分パワーバランスが逆転するだろうから……」
話を聞いている内に橋を渡り終わり、洞窟に入っていた。
「それならあの好戦的な種族ならやりかねないな」
「あと、領主を討つと領主館に蓄積されてる資金の3割を入手できて、10日間、街を占領状態にして税金を自由に掛けられる。サラマンダーが最大勢力になったのは、昔シルフの最初の領主を中立域に誘い込んで討ったからなんだよ。サラマンダーはそれをまた実行しようとしているの」
「初めて会った時からとんでもない奴らだなって思っていたけど、改めてそう思ったよ」
「そいつは俺も同感だ」
前を走っていたリーファが足を止め、俺たちの方に顔を向けてきた。
「これはシルフ族の問題だから、インプやスプリガンの君たちが付き合ってくれる理由はないよ。多分、会談している所に行ったら生きて帰れないから、またスイルベーンから出直しだろうしね。それよりも、世界樹の上に行きたいっていうなら、君たちはサラマンダーに協力するのが最善かもしれない。サラマンダーがこの作戦に成功すれば、万全の体勢で世界樹攻略に挑むと思う。君たちの強さなら傭兵として雇ってくれるかも……。だから、ここであたしを斬っても文句は言わないわ」
リーファは拳を握り、目を瞑っていた。今ここで俺たちに殺される覚悟でいるのだろう。俺はどうしてもそんなリーファを見ていられなくなって、彼女に言った。
「ここはゲーム……仮想世界なんだから何でもあり。確かにその通りだ。殺したければ殺すし、奪いたければ奪う。俺も昔、自分の目的のためにある人を傷付けようとしたことがある。だけど、プレイヤーとキャラクターは一体なんだ。この世界で欲望だけに身を任せれば、その代償はかならずリアルの人格へとかえっていく。俺は身を持ってそれを経験したからそう言えるんだよ……」
また去年の12月24日に起こったことを思い出す。俺の消えることのない罪を……。
『俺はオレンジプレイヤーになっても、アンタを殺してでも蘇生アイテムを手に入れる!そのためにここにいるっ!!』
キリさんはそんな俺を心配そうに見て、俺に続くようにして言い出す。
「だけど、仮想世界だからこそ、守らなきゃならないものがある。俺はそれを大切な人に教わった」
キリさんが言う大切な人とはアスナさんに違いない。2人は攻略会議で意見が食い違ってデュエルで決着を付けることになるなど、何回も衝突してきた。でも、最終的に結婚して互いに存在が欠かせない者となった。そんなことを経験したキリさんだからこそ、あのようなことを言えたんだろう。
「2人の言いたいことはわかったよ。でも、君たちとはまだ少し前に知り合ったばかりだから、こんなことには巻き込みたくない……」
リーファはまだ知り合ったばかりの俺たちを巻き込んでしまうのが嫌なんだろう。俺はリーファに近寄って再び口を開いた。
「俺はそんなこと気にしないからさ。誰かが助けを求めて手を伸ばした時、俺たちはその手を必ず繋いでみせるよ。だってプレイヤーは助け合いでしょ」
またしても何処かのメダルで変身して戦う主人公のようなことを言ってしまう。だから俺はよくその主人公に似ていると言われるんだろう。
だけど、リーファは先ほどまで暗い表情から徐々に明るい表情へと変わっていった。
「リュウ君、ありがとう……」
微笑んでそう言ってくるリーファに思わず、ドキッとしてしまう。
すると、キリさんがニヤニヤしながら俺に話しかけてきた。
「随分とカッコいいこと言ったな、リュウ。俺が女だったらお前に惚れていたかもな」
「こんな時に何言っているんですか。冗談でもそんな気持ち悪いこと言わないで下さいよ」
「酷い!場の空気を和ませるために言ったのに!」
色々とヤバいジョークを言ってくるキリさん。だけど、これが本当に冗談じゃなかったらちょっと怖いなと思ってしまう。
「パパ、浮気はダメですよ」
「ユイ!これは浮気じゃないぞ!リュウと浮気なんかしたら色々とヤバいから絶対にしないからな!」
「俺だって嫌ですよ!」
この場はすでに先ほどまでのシリアスな空気ではなく、いつも通りの緊張感のないものへと変わってしまった。だけど、今はふざけている時間はない。そのことに気が付いたキリさんが話し出した。
「おっと、時間がなかったな。ユイ、走るからナビゲーションよろしく」
「了解です」
キリさんの言葉に俺は嫌な予感しかしなかった。
「キリさん、走るってまさか……」
「お前が予想していることだと思ってくれ。俺よりリュウの方が疾走のスキルは高いからリーファのことは任せたぜ」
挙句の果て、俺にリーファのことを頼む始末だ。やっぱり俺の予想通りの結果だった。他に方法と言ってももう時間はほとんど残ってないから、仕方がないか。
「えっと、リーファ。俺が『目開けていいよ』って言うまで目閉じててくれるかな?むしろ、閉じていた方がいいと思うよ」
「う、うん……」
目を閉じたことを確認すると……。
「ちょっとゴメンね……」
「えっ!?リュウ君っ!?」
左手を伸ばし、リーファの右手をぎゅっと掴む。手を掴まれたリーファは頬を少し赤く染めて慌てる。そして、キリさんの方を見るとユイちゃんが彼の胸ポケットから顔を少し出した状態となっていた。
「準備は出来たようだな、行くぞ!!」
「はい!!」
キリさんと同時に、リーファを連れて全力疾走で走り出した。
「わあああああっ!!ちょ、ちょっと、今どうなっているの!?」
リーファは悲鳴を上げて俺に手を引かれる。そして、全力疾走で洞窟を駆け抜けていたことでリーファの体はほとんど水平に浮き上っている。走っていく先にオークの集団がいたが、その隙間をすぐに見つけて突破する。
やがて前方に白い光が見えてきた。どうやら、洞窟の出口みたいだ。
「出口だ!」
「リーファ!飛ぶ準備して!」
「ええええっ!?今何処!?今どうなっているの!?」
流石にリーファも目を開けた途端、自分の今の状況がよくわかっておらずパニックになる。だが、俺の指示通りにすぐに翅を出して、洞窟から出たところで俺とキリさんと共に飛行を開始する。
「寿命が縮んだわよ!」
「文句なら俺じゃなくてキリさんに言ってくれよ!」
「まあまあ、時間短縮になったからいいだろ」
「「アンタが原因だろ!!」」
この一連の出来事の黒幕であるキリさんはヘラヘラと笑っている。そんな彼に俺とリーファの息の合ったツッコミが辺りに響き渡る。
そして前方を見た瞬間、俺たちは思わず息を飲んだ。
何処までも広がる高原のずっと先には、空高くまで巨大な樹が伸びている。アインクラッド第45層に存在する《巨大樹の森》にあった樹の何十倍の大きさを誇るものだ。空と大地を支える柱みたいなものだと言ってもいいだろう。
「あ、あれが……世界樹……」
「まだまだ遠いのになんてデカさだよ」
俺とキリさんが畏怖にうたれたような声音で呟いた。
あそこがこの世界の俺たちの最終目的地で、あの樹の上にアスナさんがいるかもしれないっていうのか。
しばらく無言で世界樹を眺めていたが、我に返ってリーファに聞いた。
「リーファ、領主会談は何処で行われるんだ?」
「ケットシー領につながる《蝶の谷》だから北西のあの山の奥よ」
「残り時間は?」
「あと20分」
「もうそのくらいしか残っていないのか……」
「間に合ってくれ」
更に加速し、領主会談が行われる場所へと急いで飛んでいく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リュウたちが領主会談を行う場所へ向かっている中、とあるシルフとケットシーの2人組パーティーが世界樹へと目指していた。シルフのプレイヤーは小柄で中性的な顔立ちの少年で錫杖を背負っており、ケットシーは頭に水色の小さなドラゴンを乗せた小柄な少女だ。
2人はちょうど滞空時間がなくなり、地上に下りて一休みしている。
「あそこで合流することができてよかったよ」
「うん。合流できなかったら、あたし1人で世界樹に行くことになったからね。他の皆は世界樹に着いたのかな?」
「それなら、何処かに街か村があったら一度ログアウトして今どのあたりにいるか連絡して聞いてみるよ」
話をしているとケットシーの少女が突然立ち上がる。
「どうかしたの?」
「あの方向に沢山のプレイヤーが見えるの」
シルフの少年もその方向を見てみるが何も見えない。ケットシーの優れた視覚でないと見えないものだろう。しかし、シルフの少年もシルフの優れた聴力で大勢のプレイヤーの気配を捉え、肉眼でもその大勢のプレイヤーの姿を捉えることができた。
大勢のプレイヤーは赤い鎧に身を纏っていて、手にはタワーシールドとランスを持っていた。
「あれって確かサラマンダーでいいよね?」
「うん。あんなに沢山のプレイヤーが移動しているのは初めて見たよ。もしかして世界樹にあるグランドクエストにでも挑むのかな?」
「人数からしてその可能性はあるけど、あの大部隊が向かっているのって世界樹じゃなくてさっき僕たちが来た方みたいだけど……」
2人は何か嫌な予感がして仕方がなかった。今は世界樹に向かっている場合じゃないと思い、先ほど自分たちが来た方へと戻っていく。