ソードアート・オンライン Dragon Fang《リメイク版》   作:グレイブブレイド

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今回は再構成前の使い回しとなります……。

コメントなしで評価できるようにしました。


番外編6 ある鍛冶師の少女の出来事

2024年6月24日 第48層・リンダース・リズベット武具店

 

「これでよし。終わったわよ、アスナ」

 

「ありがとう、リズ」

 

アスナから預かった細剣の《ランベントライト》の手入れを終えて彼女に渡す。《ランベントライト》はあたしが鍛え上げたものの中で最上級に位置するほどのものである。

 

この細剣の持ち主で、血盟騎士団の副団長を務めているアスナとはこの世界でできた親友だ。アスナにはこのホームハウスを購入するのにお金を貸してくれたり、店の売上が向上したきっかけをくれたりと色々お世話になった。

 

その店の売上が向上したきっかけというのが、アスナがコーディネートしてくれたこの姿である。服装はウェイトレスに近い。桧皮色のパフスリーブの上着に、同色のフレアスカート。上から純白のエプロン、胸元には赤いリボン。そして、髪型はベビーピンクのふわふわしたショートヘアというものにされた。

 

初めは抵抗があったが、この姿のおかげで店の売上が向上し、今は何だかんだで気に入っている。

 

「ところで、今日はギルドの方はどうしたのよ?63層で大分手間取っているって言ってなかったっけ?」

 

「今日は人と会う約束してるからオフにして貰ったの」

 

このところ、アスナの様子が何かおかしい。あたしが知るアスナは寝ても覚めても迷宮攻略と《攻略の鬼》とまで呼ばれるほどである。そんな彼女がオフにするなんておかしい。

 

それに今日のアスナの服装はいつも通りの白と赤をベースとした血盟騎士団のものだけど、ブーツはおろしたてのように輝いていて、耳にはイヤリングを付けている。

 

あたしはあることを確信する。

 

「ふうん、そういうことねえ。アインクラッドで五本の指に入るという美人のアスナに男ができたとはねぇ」

 

「ちょっと何言っているのよリズ!」

 

顔を真っ赤にして慌てるってことは図星ってことね。

 

「だって、今のアスナは完全に恋する乙女になっているわよ。もしかしてこれから会う人って言うのはその相手じゃないの。ねえ、どんな人なのよ?」

 

「ええっ!?どうしてそんなこと教えなきゃいけないのっ!」

 

「じゃあさ、その相手の名前を言うのが恥ずかしいなら特徴ちょっと教えなさいよ」

 

「もう、しょうがないなぁ~。その代わり、絶対に誰にも言わないでよね」

 

「分かっているわよ」

 

アスナはやっと観念し、あたしに耳打ちしてその相手の特徴を話し始める。

 

「じゃあ、言うね。黒髪黒目で、黒いシャツとズボン、ブーツ。そして、黒いロングコートに一本の黒い片手剣を背負っている人だけど……」

 

「全体的に真っ黒なのね。なんて言うかあの黒い悪魔みたいな……」

 

「失礼なこと言わないでよ!確かに装備品は黒一色だっていうのは否定できないけど」

 

アスナが恋する相手となると攻略組の誰かってことになる。でも、あたしが知る限り、黒一色のプレイヤーは知らないわね。ますます気になるなぁ。

 

「ねえ、今度連れて来てよ。ついでにあたしの店の宣伝もね」

 

「分かったよ。そろそろ時間だから行くね。じゃあ、またね」

 

そう言ってアスナは工房から飛び出していった。

 

「それにしてもアスナが羨ましいよ。ああやって誰かに恋して。あたしも《素敵な出会い》のフラグ立たないかなぁー」

 

そんなことを呟いて仕事に戻ろうとしたときだった。

 

「そういえば、素材がそろそろ底を尽きそうだった。最近、槍の売れ行きもいいから槍を作る素材も必要なのよね。そろそろ日が暮れそうだけど、素材集めに行こうか」

 

メイスや防具、アイテムなどを用意し、店の扉に吊るしている札を【open】から【close】にすると目的地のダンジョンへと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

やってきたのは第56層にある閉鎖された鉱山という設定の洞窟ダンジョン。ここは最近、素材集めに来ている場所で、前に素材集めに向かっていたところよりいい素材が手に入れることができる。

 

いつもは昼間に来てるけど、日が暮れる頃に来るのは初めてだった。早速洞窟の中に入ろうとしたら、誰かに呼び止められる。

 

「そこのアンタ」

 

声をかけてきたのはワインカラーのシャツの上に赤いアクセントカラーの黒いジャケットを着て槍を背負った背が高めの少年だった。見たところ年齢は多分、あたしと同じくらいか少し年上だろう。

 

「こんな時間にここに何しに来たんだ?」

 

「ちょっと武器を作るのに必要な素材を集めに来たのよ」

 

「武器を作るって……アンタ、鍛冶師だったのか」

 

「そうよ」

 

「いや、どう見てもウェイトレスにしか見えないんだけど……。本当か?」

 

槍使いはあたしを疑っているかのような目で見てくる。

 

「その眼は何なのよ!あたしが嘘をついているって言いたいの!?」

 

「そんなことは言ってないだろ!ただ、ウェイトレスみたいな恰好をした鍛冶師なんて今まで見たことないなって思っただけだ!どうしてそうなるんだよ!」

 

「アンタの目があたしを疑っているかのように見えたのが悪いのよ!」

 

「何だと!?」

 

何故か、ケンカ腰になってしまい、槍使いと言い争ってしまう。

 

「まあいい。それよりもここのダンジョンは日が暮れると視界は悪くなるし、モンスターも昼間より強めの奴だって出てくるから今日はもう止めた方がいいぞ」

 

「心配ないわ。あたし、鍛冶師だけどこう見えてマスターメイサーなのよ。甘く見ないでくれる。忠告ありがとね、じゃあ」

 

「おい!」

 

前に何回か来たことがあるダンジョンだから大丈夫だからと槍使いの忠告を無視し、洞窟の中へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

洞窟の中は古くなったトロッコが所々にあり、地面にはレールが敷かれていた。一応、古ぼけた照明が等間隔に洞窟の天井に吊るされていて、真っ暗というわけではない。それでも、視界は悪い方だけど。

 

1時間ほど洞窟の中を進み、出てきたモンスターは岩や金属で体を覆ったゴーレム型のモンスターばかりで、そのほとんどが高い防御力を持っていた。それらを倒し、必要な素材を着々と手に入れていた。

 

もう十分かなとなって洞窟を後にしようとしたときだった。行く手に今まで見たことがない黒銀の鉱石で覆われたゴーレムが出現した。大きさも他のゴーレムと比べ、少し大きい。

 

「見たことないモンスターね、もしかしてレアモンスターで倒したら珍しい素材が手に入るんじゃ。だったらやるわよ!」

 

ゴーレムに接近してメイスを叩き込む。HPの減りは先ほどまで戦っていたモンスターたちと比べると低い。流石、レアモンスターね。更にメイスのスキルを発動させ、攻撃。前よりもHPを多く削ることができた。ゴーレムのHPはあと6割といったところだ。

 

これはいけると思ったときだった。突如、ゴーレムの動きが少し早くなってあたしに拳を叩き込んできた。

 

「きゃあっ!」

 

なんとか無事だったけど、HPが3割近くも減らされた。

 

「このゴーレム、攻撃力がこんなにも高いの!?」

 

持っているポーションでHPを回復させようとするが、ゴーレムはあたしに拳を振り下ろしてきた。その拍子にポーションを落としてしまう。

 

あたしのHPはまだ残っているけど、下手したら次の攻撃で死んでしまうかもしれない。

 

ゴーレムがあたしに三発目の拳を叩き込もうとしたときだった。

 

突如、何者かが単発の槍スキルをゴーレムの頭に喰らわせる。その人物はさっきあたしを引き止めようとした槍使いだった。

 

「しっかりしろ!」

 

槍使いはあたしにポーションを投げ渡すとゴーレムと戦闘を開始する。ゴーレムの攻撃をかわしたり、持っている槍で受け止める。硬直時間が短い槍のスキルで攻撃するけど、HPの減りはあまりない。

 

「最前線のモンスターほど強くないけど思ったより硬いな。一気に決めるか」

 

すると、槍スキルの《ダンシング・スピア》を発動。蹴りなどを混ぜて踊るように連続で槍による連続攻撃を繰り出し、ゴーレムのHPを全て奪った。

 

ゴーレムはポリゴン片となって消滅した。

 

「大丈夫か?」

 

「なんとかね」

 

槍使いの方を見ると彼の槍に目が止まった。よく見てみるとかなり使い込まれており、耐久値もそろそろ限界だ。

 

「アンタ、その槍……」

 

「これか。耐久値もヤバいし、ずっと前から使っていたやつだからな。なんとかしないといけないな」

 

「ねえ、よかったらあたしの店に来ない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホームとしている店に着いたときにはすっかり夜になっていて、普段ならこの時間には店は閉めている。だけど、今日は彼が来ているため、店の灯りはついている。

 

「どうぞ」

 

「お、サンキュー」

 

店にあるイスに腰掛けている槍使いに紅茶が入ったカップを渡す。紅茶は今入れたばかりで湯気が出ている。

 

槍使いはすぐに飲もうとせず、必死にフーフーして紅茶を冷まそうとする。それが終わって少し飲んでみるが、まだ熱かったのか、再び紅茶を冷まそうとフーフーし始める。

 

「ねえ、アンタって猫舌なの?」

 

「そうだけど。悪いか?」

 

「いや、なんかそんなに必死になって冷まそうとして面白いなって」

 

「猫舌で悪かったな!」

 

猫舌だと馬鹿にされた槍使いは拗ねてしまい、そっぽを向いてしまう。あたしはそんな彼が面白くて笑ってしまう。彼もやれやれとなって笑みがこぼれる。

 

どうしてなんだろう。アスナはともかく異性と話してこんなに楽しく思うなんて。SAOは圧倒的に女性プレイヤーの数が少ないので、あたしも何回か男性プレイヤーに言い寄られたことがあったけど、とてもそんな気にはなれなかった。でも、この槍使いだけは他の男性プレイヤーとは違う気がした。

 

「あたしはリズベット。リズで構わないわ。アンタは何ていうの?」

 

「オレはザック。よろしくな、リズ」

 

自分の名前を名乗ると、ザックの槍のことについて話し始める。

 

「ところで、アンタが使っていた槍なんだけど、メンテナンスすれば耐久値は元に戻るから心配ないわ。でも、あのままずっとあの槍で戦っていくのは無茶よ。上に上がる程モンスターは強くなっていくし」

 

「そうか。やっぱり、そろそろ新しい槍にしないといけないんだな」

 

「それであたしの店に売っている槍でよければ見ていかない?ザックが気に入ってくれるかわからないけど……」

 

「せっかくだから見ていくぜ。槍が置いてあるのはあっちの方だな」

 

そう言って槍がある方へと歩いていく。

 

しまった、槍は売れていいものがほとんど残っていなかった。どうしよう……。

 

急いでザックのところに行くと彼はじっくりとあたしが作った槍を見ていた。

 

「ゴメン、いい槍は売れちゃってね。あまりいい槍は残ってなくて……」

 

言い訳にしか思えないことだ。なんか、言われるんだろうなと思っていたときだった。

 

「そうか?リズの魂がこもっていて悪いとは思わないんだけどな」

 

「魂がこもっているって……。ここにある武器、あたしたちも全て仮想世界のデータの一部なのよ」

 

「確かにオレたちプレイヤー、武器、この世界にあるもの全てデータでできている。だけど……」

 

ザックは話している途中、突然あたしの手を握ってきた。手には彼の温もりが伝わってくる。

 

「今こうしてリズの手を握っているけど、お互いの手の温かさも伝わってくるだろ。今オレたちが生きているのはこの世界だからな」

 

そのまま話を続ける。

 

「リズは武器を作り、作られた武器はオレたちがこの世界でモンスターと戦うのに使っている。リズが作った槍はオレが今まで見てきた中で最高のものだと思うぜ。所詮、仮想世界のデータの一部かもしれないけど、オレたちの命を守っているものでもあるんだ。だから、リズは自分が鍛冶師だっていうことを誇りに思ってもいいんじゃないのか?」

 

ザックの真剣な表情を見て、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。

 

「あ、悪いな。気安く手なんか握ってしまって」

 

「そんなこと気にしてないよ」

 

できればもう少し握っていて欲しかったなぁ。

 

「ところでオーダーメイドはやっているのか?」

 

「やっているけど」

 

「だったらこのインゴットで槍を作ってくれないか?」

 

渡してきたのはザックが倒したあのゴーレムと同じ色をした黒銀のインゴットだった。

 

「槍ね、任せなさい」

 

真っ赤になるまで炉で熱したインゴットを鍛冶用のハンマーで叩いていく。ザックのためにと何十回、何百回も……。叩き終えるとインゴットは輝きながらじわじわと形を変えていく。

 

出来上がったのは黒い柄の先端に銀色に輝く十字の刃が付いた槍だ。十字の刃は普通の槍の矛先の付け根辺りに三日月みたいな形をした刃が付いているという形となっている。

 

「名前は《ナイトオブ・クレセント》。直訳すると三日月の夜っていう意味だね。あたしが初耳ってことは情報屋の名鑑には乗ってない槍だと思うわ。試してみて」

 

「ああ」

 

ザックはこくりと頷くと、敵を薙ぎ払うかのように振ってみた。その後に槍を突き刺すかのような動きをする。

 

「こいつはいいな」

 

「ホント!?やった!」

 

「そういえば、代金払わないといけないな。こんなにいい槍だからかなり高そうだなぁ」

 

「お金はいらない。今までで最高の槍を作ることができたから、あたしはそれで満足よ」

 

「リズ……。ありがとな、この槍一生大事にするぜ」

 

笑顔でそう言ってくるザック。

 

「ザック……」

 

あたしは嬉しくて自然と笑みがこぼれる。

 

すると、ザックにメッセージが届く音がする。

 

「ヤベ、うちのリーダーからだ。早く帰らなねえと。じゃあな、リズ!」

 

「じゃあ」

 

手を振ってザックを見送った。

 

「また会えるかな。そう言うことなら専属スミスにしてほしいって言っておけばよかったな」

 

これがあたしとある槍使いの出会いだった。

 

そして、翌日にはキリトというプレイヤーがやってきて売り物の剣を折ったり、インゴットを取りに白竜の住処に行って巣に落ちながらも無事にインゴットを手に入れて剣を作りあげたなど大変な日だった。だけど、ザックが教えてくれた温かさのおかげで乗り切ることができた。

 

そのキリトが、アスナが想いを寄せている相手だと知った時は正直驚きを隠せなかった。でも、こうして想いを寄せている相手と会えることができるアスナが羨ましい。

 

またザックと会いたいなとあたしは思うのだった。


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