ソードアート・オンライン Dragon Fang《リメイク版》 作:グレイブブレイド
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2024年2月23日 第11層・タフト
俺は第11層の主街区タフトに訪れていた。そこで、黒猫団のケイタさんと偶然会って街中にあるベンチに腰かけて会話していた。サチさん達は別の層の主街区へ買い出しに行っているらしい。
「PKですか?」
「うん。10日前に第38層で小規模のギルドが犯罪者プレイヤーに襲われたっていう事件があったんだ……」
今年に入ってから犯罪者プレイヤーによる事件が頻繁に起こっている。それはに《ラフィン・コフィン》という殺人ギルドの存在が大きく影響しているからであろう。
《ラフィン・コフィン》は今、このギルドのリーダーとサブリーダーを務めている2人のプレイヤーによって結成された犯罪者プレイヤーたちが集まったギルドだ。去年の大晦日の夜に圏外にいた小規模のギルドを、30人近くまでの規模まで膨れ上がった《ラフィン・コフィン》が虐殺したのをきっかけで、その存在はアインクラッド中に知られることになった。
そのため、《ラフィン・コフィン》以外でも犯罪行為をするプレイヤーが今年に入ってから増えているのが現状だ。
「攻略組も犯罪者プレイヤーに警戒するように呼びかけているんですけど、ケイタさん達も気を付けてください」
「わかった。リュウも気を付けてな。あと、キリトにあったら、今度うちのギルドホームに遊びに来てくれって伝えといてくれないか?」
「はい。じゃあこれで」
「頑張れよ、じゃあ」
ケイタさんと別れ、転移門を使ってエギルさんの店がある第50層のアルゲートに向かおうとしたときだった。
突如、一通のメッセージが届いた。差出人を確認してみるとキリさんからだった。
【ある事件の依頼を引き受けたんだ。俺1人じゃ大変そうだから、リュウも手伝ってくれないか?詳しいことは直接会ったときに話すから、第35層の転移門前まで来てくれ】
「ある事件の依頼って何だ?とりあえず、第35層の転移門前に行こうか」
急遽、行き先を第50層から第35層に変更し、転移門を使った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
2024年2月23日 第35層・迷いの森
この日、あたしとオトヤ君は、とあるパーティに加わり、この森で沢山のコルとアイテムを稼いでいた。
回復アイテムも大分減り、日も暮れ始めたため、狩りを切り上げてアイテムの分配をしようということとなった。しかし、アイテムの配分のことで、同じパーティーにいる槍を持った赤髪の女性プレイヤーのロザリアさんとアイテム分配のことで揉めていた。
「何言ってんだか。アンタはそのトカゲが回復してくれるんだから、回復結晶は分配しなくて良いでしょ?」
ムッと来てロザリアさんの発言に言い返そうとした時、あたしよりオトヤ君が先に声を上げた。
「ちょっと待って下さい!確かにピナに回復能力はありますけど、回復結晶の分を補えるまではないんです!シリカにもちゃんと分配するべきですよ!」
あたしに代わってオトヤ君が反論してくれたのだったが、ロザリアさんは意地悪な笑みを浮かべて彼にこう言った。
「ああ、一応言っておくけど、
考えを改めるどころか、あたしを庇ってくれたオトヤ君のことまで侮辱してきたのだった。
それが許せなくて、ついにあたしも声を上げた。
「わかりました!アイテムなんて要りません!あなたとは絶対もう組まない!あたしを欲しいって言うパーティーは他にも山ほどあるんですからねっ!オトヤ君行こう!」
そう言い残し、オトヤ君の手を引いてパーティーを抜ける。「せめて森を抜けるまで一緒にいた方がいい」とリーダーの人が言ってきたが、今すぐにもロザリアさんから離れたくて、それを無視して森の方へと歩いていった。
「シリカ、本当にこれでよかったの?」
「いいの。他の人たちには悪いと思うよ。けど、オトヤ君のことを悪く言うあの人とは一緒にいたくないもん!」
「シリカ……。でも、ロザリアさんはともかく、あのリーダーの人達には悪いことしちゃったから、その人達には後でちゃんと謝ろう。僕も一緒に謝るからさ……」
「オトヤ君……。そうだよね……」
「とりあえず、今は森を抜けることに専念しよう」
こうして、あたしはオトヤ君とピナだけでこの森を抜けることとなった。
たった2人と1匹だけでも、今のあたし達のレベルやスキル熟練度なら、この層のダンジョンを突破することも可能だと思っていた。でも、その考えは甘いものだと思い知らされるのだった。
あれから森を抜けようとするも道に迷ってしまい、日はすっかり沈んで辺りは暗闇が支配してしまった。
疲労は溜まっていき、持っていた回復アイテムも徐々に減っていく。
しかも、こんな状態の時にこの層で最強クラスである猿人のモンスター《ドランクエイプ》が5体も出現した。いつものあたしとオトヤ君なら大丈夫だけど、今はかなり危険だといってもおかしくない。
前衛で戦うのあまり得意ではないオトヤ君が、頑張って前で戦ってくれ、2体目を倒すことに成功した。しかし、オトヤ君の体力や所持している回復アイテムはあたし以上に消耗が激しかった。そのせいで、オトヤ君の回復アイテムは2体目を倒した直後に使用したので底を尽きてしまったようだ。
残りのHPを確認してみるとあたしもオトヤ君も半分といったところ。ピナの回復ブレスでも回復しきれない。しかも、それは1割程度で、頻繁に使えるものではない。
すぐにあたしとオトヤ君の分の回復アイテムを出そうとポーチに手を入れるが……
「っ!!」
――か、回復アイテムがない!
その隙にドランクエイプの棍棒による攻撃を受けて、HPはレッドゾーンへと到達してしまう。短剣も何処かに吹き飛んでしまった。
「シリカ!」
オトヤ君があたしを助けようとこっちに向かって走ってきた。
「危ない!」
あたしを助けるのに必死だったため、ドランクエイプの攻撃にオトヤ君は気が付かなかった。彼は頭に攻撃を受けて吹き飛ばされて地面に倒れ、クォータースタッフも折れてしまう。
「オトヤ君!」
彼の名前を叫んで呼ぶ。だが、頭を強く打ったせいで気絶してしまい、反応がない。
それに気を取られている間に、1体のドランクエイプが私に目がけて棍棒を振り下ろそうとしてきた。
恐怖のあまり身体を動かすことができない。
棍棒があたしに振り下ろされる寸前、ピナが飛び込んできた。ピナには攻撃をまともに受けて吹き飛ばされた。
「ピナ!」
急いでピナに駆け寄ったが、ピナのHPに一気に0になった。その直後、ピナはポリゴン片となって消滅し、そこには水色の羽が1枚落ちる。
「ピナ!ピナァ!」
これは夢であって欲しかった。SAOに来て不安だった私に生きる勇気をくれたピナがたった今死んでしまったことが信じられなかった。
あたしはもう取り乱すことしか出来なかった。そんな中、3体の内1体のドランクエイプが、気を失って倒れているオトヤ君にトドメを刺そうと棍棒を振り下ろそうとする。
「やめてぇぇぇぇっ!!」
あたしの叫び声が響く中、ドランクエイプが3体ともポリゴン片となって消滅した。
オトヤ君を襲おうとしていたドランクエイプが消えたところには、2人の若い男性プレイヤーが立っていた。1人は黒いロングコートを纏っており、もう1人は青いフード付きマントを羽織っていた。2人とも見たところ、あたしより数歳年上のようだ。
青いフード付きマントを羽織っている人は、回復結晶を使って気を失って倒れているオトヤ君の体力を回復させる。
オトヤ君は無事だった。でも……。
「ピナァ!」
ピナが死んだショックで泣き出してしまう。
黒いロングコートの人はあたしに近づいてきた。
「その羽、もしかして君はビーストテイマーなのか?」
「はい。でも、あたしの考えが甘かったせいで……」
泣いている中、青いフード付きマントの人が「おい!まだ動かない方がいいぞ!」と言っているのが聞こえた。顔を上げると、意識を取り戻したオトヤ君がふら付きながら近づいて来ていた。
「そ、その羽って……まさか……」
オトヤ君は水色の羽を見た瞬間、何が起きたのか分かり、ショックを受けて膝を付いてこの場に座り込んでしまう。
そんな中、黒いロングコートの人が遠慮がちに声をかけてきた。
「えっと、その羽根だけどな。 アイテム名は設定されてるか?もしそうだったら、まだ蘇生する手段があるんだ」
急いで羽を調べてみる。すると、浮き上がったウインドウには《ピナの心》とという名前が表示されていた。
「これならまだ何とかなりそうだ。第47層の南にある《思い出の丘》っていうフィールドダンジョンがあるんだ。そこに咲く花には使い魔を蘇生させる効果があるらしい」
「本当ですか!?でも47層って……」
今のあたしのレベルでは47層のフィールドダンジョンに行くにはとても厳しい。
「実費だけ貰えれば、俺達が行って取ってきてもいいんだけどな……」
「確かそれって、アルゴさんの情報だと使い魔の主人が行かないと花が咲かないらしいですよね……。それに、蘇生出来るのは死んでから3日までだから時間もあまり……」
「そうだったな……。あっ…でも、あれがあればなんとかなるか。リュウ、昨日手に入れたアイテムはまだ残っているか?」
「はい。エギルさんのところに持っていく前でしたので、まだありますよ」
黒いロングコートの人と青いフード付きマントは何か話し合い、メニューウインドウを操作する。すると、あたしの目の前にアイテムのトレードウインドウがでてきた。そこには《イーボン・ダガー》、《シルバースレッド・アーマー》と今まで見たことがないアイテムばかりだった。
いくつかのアイテムをあたしに送ると、今度はオトヤ君にもあたしと同様に何かのアイテムを渡しているみたいだった。
「2人に渡したものがあれば、5,6レベル程度なら底上げできるし、俺たちがついて行けば大丈夫だ」
大変有難いことかもしれないが、正直警戒心の方が強かった。オトヤ君も同じことを思っていたみたいで、警戒心を見せて2人に尋ねた。
「あの、何でそこまでしてくれるんですか?」
すると、黒いロングコートの人はこう呟いた。
「
すると、オトヤ君がおずおずと言った。
「あの……僕、男なんですけど……」
「なんだ男か……ってええっ!?お、男!?」
黒いロングコートの人はオトヤ君が男の子だと知った途端、驚きを見せてきた。
どうやらオトヤ君を女の子だと勘違いしていたらしい。このやり取りを見るのも何回目だろう。でも、あたしも初対面の時は女の子と間違えてしまったんだよね。
「リュウは黙っているけど、どうなんだよ!?」
「さっき助けた時に触れてもハラスメントコードが出なかったので、男だとすぐにわかりましたよ」
――本当は、俺も最初は女の子だと思ってしまったんだけどな……。
黒いロングコートの人は、オトヤ君に許しを乞うと土下座をして謝ってきた。
「本当に申し訳ございませんでした。女に見えるのは俺の方でした。どうかお許しを」
「気にしてないので、頭を上げて下さい!」
あたしと青いフード付きマントの人は、苦笑いを浮かべてこの光景を見ていることしか出来なかった。でも、お陰でさっきまで張り詰めていた空気もすっかり和んだ。
なんとか事態が収まると黒いロングコートの人と青いフード付きマントの人に自分の名前を名乗った。
「あの……あたし、シリカっていいます」
「僕はオトヤです」
「俺はキリト、しばらくの間よろしくな」
「俺はリュウガ。リュウでいいよ」
あたしとオトヤ君は、黒いロングコートの人……キリトさんと青いフード付きマントの人……リュウさんの2人と握手をした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
2024年2月23日 第35層・ミーシェ
キリトさんとリュウさんの協力もあって、僕達は無事に森を抜けることができ、第35層の主街区である《ミーシェ》へと戻ってきた。今日はもう遅いため、この街にあるチーズケーキがオススメの宿屋兼カフェに2人を連れて行こうとした時だった。
「あら、シリカとオトヤじゃない」
今一番聞きたくない声が、僕とシリカを呼び止める。この声の持ち主は、僕たちががパーティー抜ける要因となったロザリアさんのものだ。
ロザリアさんは、嫌な笑みを浮かべて言う。
「へぇ~、生きて森から脱出できたんだ。よかったわね。あら、あのトカゲはどうしちゃったの?もしかして……」
「ピナは死にました……。 でも、絶対に生き返らせます!」
「へぇ~。ってことは、《思い出の丘》に行く気なんだ。でも、アンタたちのレベルで攻略できるの?」
相変わらず、嫌味が籠ったことを言うロザリアさん。
シリカは悔しそうにして何も言い返せずにいた。
これ以上この人に好き勝手言われるのが許せなくて文句の一つでも言おうとした時、キリトさんは僕の肩を軽く叩き、ロザリアさんに聞こえるくらいのボリュームでこう尋ねてきた。
「なあオトヤ。あの
おばさんと言う単語にロザリアさんはムッとした表情になる。それを見ていたリュウさんは隣にいるキリトさんのわき腹を軽く突いた。
「キリさん、あの人に聞こえちゃってますよ」
「いや、だってよ。どう見たって、男の前では猫被ってて、本性はかなり性格が悪い嫌なおばさんって感じじゃん。年齢だって絶対30歳近くか超えていると思うぜ。リュウだってそう思うだろ?」
「えっ……。えっと……」
キリトさんは、ロザリアさんを挑発するかのように言う。同意を求められたリュウさんは困った様子を見せていた。
そして、キリトさんに好き放題言われていたロザリアさんは、怒りのオーラを出してキリトさんを睨んでいた。
「そこの黒いのと青いの!」
「く、黒いの!?」
「青いのってまさか俺ですかっ!?」
「そうよ、アンタたちよ!さっきから人のことをおばさんとか好き放題言ってくれてっ!誰が性格が悪い30歳過ぎのおばさんよっ!!」
完全にとばっちりを受けてしまったリュウさんは弁解しようとする。
「ちょっと待って下さい!俺はあなたのことを一言も
「たった今言ったわよっ!!」
「あっ……」
リュウさんは墓穴を掘ってしまい、「しまった」という表情をする。なんかリュウさんが可哀想になってきたような……。
キリトさんはそんなことにお構いなく、ロザリアさんに向かって言った。
「言い忘れていたが、 2人には俺たちが付き添うから攻略は出来るぜ。みんな、こんなおばさんの相手なんかしてないでさっさと行こうか」
「フン、まぁせいぜい頑張ることね」
キリトさんはあたしたちを連れてこの場を去る。その時、リュウさんはロザリアさんを警戒しているかのような目で見ていた気がした。
目的だった店に着き、奥のテーブル席へと座った。隣にシリカが、そして向かい側にはキリトさんとリュウさんが座った。
「何で、あんな意地悪言うのかな……」
「2人は、MMOはSAOが初めてなのか?」
キリトさんの言葉に、僕とシリカは頷いて答えた。
「そうか。どんなオンラインゲームでも性格が変わる人は多いんだ。中には進んで悪人を演じるプレイヤーもいる」
「あと、俺たちのカーソルは緑色だけど、デュエル以外で人を攻撃するなどの犯罪を行うとカーソルはオレンジに変化するんだ。でも、SAOはHPが0になったら現実世界でも本当に死ぬ。そんな状況でも人殺しを行う奴だっている……」
キリトさんとリュウさんは少し怖い顔になり、僕とシリカは言葉を失ってしまう。
すると、僕たちの様子に気が付いたキリトさんは表情を緩め、パンッと手を叩いて話題を変えようとする。
「とりあえず、暗い話はここまでにして、まずは飯だ。人間飯さえ食えればなんとかなるもんだからな。それに、今はオススメのデザートのチーズケーキが1番の楽しみだろ、リュウ?」
キリトさんの言葉に、リュウさんも表情を緩める。
「全く、キリさんはいつも食い意地這って……。まあ、俺もチーズケーキがどんなものか楽しみですけど」
その言葉に僕とシリカは笑う。
「キリトさん、チーズケーキがそんなに楽しみにしていたんですね」
「でも、キリトさんの気持ちもわかりますよ。あたしもここのチーズケーキは1番のオススメですし」
「そいつは楽しみだな」
そして、僕たちは談笑しながら食事をとった。
食事を終えた後、明日行く第47層の確認のために、キリトさんの部屋に集まった。
僕とシリカが部屋にあるイスに腰を下ろすとキリトさんとリュウさんもイスに座り、テーブルの上に見たことがない小さな箱の形をしたアイテムを置いた。
「このアイテムは何ですか?」
「これは《ミラージュ・スフィア》っていうアイテムだ」
興味を示したシリカが聞き、キリトさんがボタンを押すと光が現れ、大きな円形のホログラフィックが出現した。
「うわぁ、綺麗」
シリカは夢中で青い半透明の地図を覗き込んだ。
大きな円形のホログラフィックの中には街や森、木の一本に至るまで微細な立体映像で描写されている。ミラージュ・スフィアはシステムメニューで確認できるマップより明確にマップを表示することができるアイテムなのだろう。
「今映っているのは第47層のマップだ。ここが第47層主街区。こっちの方に思い出の丘があって、ここに行くにはこの道を通るんだけど……」
説明の途中、急にキリトさんはリュウさんと向き合うと、厳しい表情をして話を中断する。そして、リュウさんは僕とシリカを守るように後ろへ下がらせ、キリトさんは凄まじいスピードで椅子から立ち上がってドアを引き開けた。
「誰だ!」
キリトさんが声を上げた直後、誰かが階段を駆け降りる足音が聞こえた。
「どうかしたんですか?」
「話を聞かれてたんだ」
「でも、ドア越しに部屋の中にいる僕たちの声は聞こえないんじゃ……」
「聞き耳スキルが高いとドア越しでも聞こえるんだ。そんなのを上げてる奴はなかなかいないけどな」
「どうします、追掛けますか?」
「いや、転移結晶で逃げた可能性が高い。追掛けても無駄だ」
キリトさんとリュウさんが何か話し合っている中、シリカは不安そうにする。僕自身も不安だったが、シリカに「大丈夫だよ」と言って安心させようとする。
その後、僕とシリカは2人に部屋の前まで送られて、各自部屋で休むこととなった。
解散して部屋に戻ってから、既に3時間ほどが経過した。明日に備えて寝ようとベッドの上に横になっていたが、 ピナが死にシリカが悲しんでいる光景を思い出して眠れずにいた。
少し外の風に当たろうと部屋から出て1階に下りると誰かに声をかけられた。
「こんな夜中にどうしたんだ?」
声をかけてきたのは、トレードマークの青いフード付きマントを外したリュウさんだった。
「リュウさん……」
「もしかして、眠れないのか?」
「はい……」
「だったら、ここで少し何か飲みながら話さないか?外はさっき俺達の話しを盗み聞きしていた奴がいるかもしれないからな」
リュウさんに連れられて奥にあるカウンター席に座った。そして、ジュース入りのボトル1本とナッツの盛り合わせを頼んだ。
頼んだものが来ると、リュウさんはボトルを開けてグラスにジュースを入れて差し出した。
「はい」
「あ、ありがとうございます……」
頭を少し下げてお礼を言う。すると、リュウさんは苦笑いを浮かべながらこう言ってきた。
「オトヤ。別に俺のことは呼び捨てでもいいし、敬語は使わなくていいぞ。シリカはともかく、お前だと何故か調子が狂う気がしてさ」
「じゃあ、そうさせてもらうね。リュウ……」
こうして僕は彼のことをリュウと呼び、ため口で話すことにした。
リュウとグラスを合わせ、頼んでくれたジュースを一口飲む。すると、甘酸っぱい味と炭酸のシュワシュワ感が口の中に広がり、リアルにいた頃に飲んだことがあるスパークリングジュースを思い出した。
「これ、スパークリングジュースみたいで美味しいね……」
「だろ。俺もたまに自分へのご褒美として飲むほど気に入っているんだ。ちょっと値が張るのが難点だけどな」
「スパークリングジュースも、普通のジュースよりちょっと高めだからね……」
こんな感じでリュウと飲み食いしながら談笑していた。しかし、心の片隅でどうしても日のことが頭から離れず、気分が晴れずにいたのだった。
「何かあったのか?」
リュウも何か察し、少し真剣な顔をして僕に尋ねてきた。
「え?」
「ちょっと顔に出ていたぞ。大方シリカ関連のことだと思うが、俺は別にシリカに話すつもりはないから、話してみたらどうだ?」
どうやらリュウにはお見通しみたいで、逃れる手段はないと思った僕は意を決して話すことにした。
「シリカはピナを死なせたのは自分のせいだと思っているみたいだけど、元はというと僕が悪いんだ……」
「どういうことなんだ?」
僕は、リュウにあのパーティーを抜けるきっかけになった一連の出来事を話した。リュウは黙って僕の話しを聞き続け、話し終えると口を開いた。
「そうか。お前とシリカがあのパーティーを抜けたのは、そういうことがあったからなんだな。でも、だからってピナが死んだのはオトヤが悪いわけじゃ……」
「ううん。全部僕が悪いんだ……。あの時、僕がもっとしっかりしていれば……もっと強ければ、パーティーを抜けずに済んで無事に森を抜けれたし、仮に抜けても僕が守り抜いてピナが死ぬこともシリカを悲しませることもなかった……!」
自分の不甲斐なさに悔しくなり、俯いて拳を強く握る。
「僕が弱いから……僕なんかシリカの傍に居なければ……」
いつの間にか、目の前がよく見えなくなるくらい涙が溢れ出る。
しばし沈黙が続き、無言で話しを聞いていたリュウの言葉を発した。
「オトヤ。過ぎてしまったことはどうにも出来ない。例えどんなに辛くて悲しいことでもな……。でも、ピナを救えるチャンスはまだあるんだ。諦めるにはまだ早いだろ」
「でも……僕がいたところで何の役に……」
そして、僕と面と向き合ってこう言った。
「大丈夫だ。お前には俺やキリさんがいる。だから、お前は今度こそシリカを守ってやるんだ」
そうだった。ここで逃げ出してしまったら、はじまりの街に引きこもっていた時の僕に戻ってしまう。僕は何をしていたんだ……。
「リュウ、ありがとう。お陰で目が覚めたよ」
これを聞いたリュウは安心したかのように微笑んだ。
「そうか。なら良かった。せっかくお前には、とっておきのレアアイテムの武器を渡したんだ。明日は、シリカにいいところを見せてやるんだっていう気持ちでいこうぜ」
「そうだね」
それから僕たちは談笑しながら注文したものを平らげ、部屋へと戻った。
――明日はシリカのためにも絶対ピナを生き返らせてやるんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
オトヤを部屋に送り届けた後、俺は隠れて俺達の様子を窺っていた人に言い放った。
「ところで、隠れて盗み聞きしないでいい加減出てきたらどうですか、キリさん」
「やっぱりバレていたか」
すると、曲がり角の陰から苦笑いを浮かべたキリさんが出てきた。
「それにしても、俺の言いたいこと全部言いやがって。俺の出番全くなしかよ」
「今回は俺に譲ってくれたっていいじゃないですか」
口を尖らせて文句を言ってきたキリさんを見て、苦笑いするしかなかった。そして、少し間を空けて真剣な顔で彼を見る。
「ところで、47層に行ったら奴らは姿を現しますよね?」
俺の言葉にキリさんも真剣な顔になる。
「ああ。奴らは絶対俺達の前に現れるだろう。だけど、オトヤとシリカには囮にする形になってしまったけどな……」
「あの2人なら大丈夫ですよ。俺達がいますし、もしもの時は……」
「そうだったな。俺もお前と同じく信じるか……」
再構成前とは異なり、リュウ君も登場させました。でも、今回はオトヤが主役となっています。
リュウ君とオトヤですが、2人は同い年という設定となっています。オトヤは当初の予定ではシリカと同い年でリュウ君より1歳年下という設定にする予定でしたが、リュウ君に同性でタメ口呼び捨てで呼び合うことが出来るキャラが欲しいということで、リュウ君と同い年にしました。再構成前でもそういう設定となってますが、中々書く機会がないということで、再構成版ではこういう展開にしました。
次回も再構成前とあまり変わりないです。