ソードアート・オンライン Dragon Fang《リメイク版》   作:グレイブブレイド

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お久しぶりです。グレイブブレイドです。

X(Twitter)の方でもお話しましたが、実は1か月ほど前から精神的に疲れてしまい、最低でも今年いっぱいは療養をすることとなりました。最初期よりは回復はしましたが、日や時間ごとに気分の浮き沈みがまだあり、完全に回復したとは言える状態ではないです。回復した後も課題がありますが…。
とりあえず今は、病院の先生の勧めで体調がいい時に、少し体を動かしたり、自分の好きなことをやって心身ともに休めています。
個人的には、来年はまた心の底からオタ活を楽しめるようになりたいと思ってます。

それではキャリバー編最終回になります。

誤字脱字多いかもしれないです…。


第7話 エクスキャリバー

氷の台座から巨大な木の根が急速に成長を始め、螺旋階段を破壊しながら巻き付いて駆け上っていく。更に、断ち切られていた上部の切断面からも新たな根が伸び、氷の台座から伸びた根と絡まり、結合した。

 

直後、凄まじい衝撃波が、スリュムヘイム城を呑み込んだ。

 

「お、おわぁ!こ、壊れる……!?」

 

クラインさんが叫んだのと同時に、成長を続ける木の根が周囲の氷の壁を次々と破壊していく。俺たちがいるフロアは、今にも遥か真下の《グレートボイド》目掛けて崩壊しようとしている。

 

「スリュムへイム全体が崩壊します! パパ、脱出を!」

 

キリさんの頭上にいるユイちゃんが鋭く叫んだ。

 

「って言っても、階段が……」

 

キリさんの言う通り、この部屋に降りるために使った螺旋階段は、世界樹の根っこに跡形もなく破壊されたのだった。

 

「根っこに捕まるのは………」

 

「……流石に無理だろ」

 

この状況でも冷静なシノンさんとカイトさんは、上を見上げながら会話を交わす。

 

ここから一番下の木の根まででも10メートルはある。とてもジャンプをしても届く距離ではない。インプである俺とザックさんの暗中飛行を使えば、何とか届くかもしれない。しかし、俺もザックさんも飛ぶ力は少しも残っていないから、この手段は不可能だ。

 

「ちょっと世界樹ぅっ!そりゃあんまり薄情ってもんじゃないの!」

 

「そーですよっ!」

 

「お前ら樹に文句言ってどうすんだよ……」

 

リズさんとシリカが右こぶしを振り上げて叫び、ザックさんが呆れた様子で2人にツッコミを入れる。

 

「よ、よおォし……こうなりゃ、クライン様のオリンピック級の垂直ハイジャンプを見せるっきゃねェな!」

 

何かを思ったのか、がばっと立ち上がったクラインさんが、直径わずか6メートルの円盤の上で精一杯の助走をする。

 

「クラインさん、ストップっ!」

 

「今そんなことしたら……っ!」

 

俺とオトヤの制止も聞かずに、クラインさんは華麗な背面跳びを見せた。記録は推定2メートルと15センチ。わずかな助走距離を考えれば立派なものだが、根っこに少しも届かずフロアの中央にずしーんと墜落した。

 

その瞬間、この衝撃で、周囲の壁に一気にひび割れが走り、俺たちのいるスリュムヘイム城の最下部は本体から分離した。

 

「く……クラインさんの、ばかぁぁぁぁあっ!!」

 

絶叫マシンが苦手だというシリカの本気の罵倒が響き渡り、俺たちを乗せた円盤は自由落下へと突入する。

 

いくらVRMMOとは言ってもこの高さからの落下は超怖い。俺たちは四つん這いになったり、木の根にしがみついて、全力の悲鳴を上げていた。

 

地上まで1000メートルを切ったヨツンヘイムの大地には、《グレネードボイド》が口を開けている。当然、俺たちが乗る円盤はその中央目掛けて落下していく。

 

「……あの下ってどうなっているの?」

 

「ウルズが言っていたニブルヘイムに通じてるのかもな」

 

「寒くないといいなぁ………」

 

「いや、寒いだろ。霜巨人の故郷だからな、ヨツンヘイムみたいな所だろ」

 

相変わらず冷静なシノンさんとカイトさんは、円盤の縁から真下を見ながら、そんな会話を交わしていた。

 

――アンタ達は何でこんな状況でも冷静でいられるんだよ……。

 

クール系カップルの2人にそう言ってやりたかったが、こんな状況だったため、心の中に留めておいた。

 

その時、俺はあることを思い出してに隣にいるリーファに声を掛けた。

 

「リーファ、残り時間……スロータークエの方はどうなったんだ!?」

 

すると、リーファは悲鳴を止めて、胸元のメダリオンを見た。

 

「あ……ま、間に合った!リュウ君! まだ光が一個だけ残ってるよ! よ、よかったぁ……!」

 

安堵の笑みを浮かべて、両手を広げて抱きついてきたリーファの頭を撫でる。

 

とりあえず、ウルズさんとその眷属の動物型邪神達は何とか助かったみたいだな。

 

一安心していると、俺に抱き着いていたリーファが、ぴくりと顔を起こした。

 

「…………何か聞こえた」

 

「え……?」

 

俺も耳を済ますが、聞こえるのは空気が唸る音だけだ。

 

「ホントだ。何か聞こえた!」

 

オトヤも何か聞き取ったのかそう反応する。もしかすると、聴力に優れたシルフだからこそ聞こえているのだろう。

 

「ほら、また!」

 

再び叫んだリーファが、俺から離れて円盤の上で立ち上がった。

 

「危ないぞ」とリーファに言おうとした時、「くおぉぉぉぉぉんっ!」という遠い啼き声が聞こえる。

 

啼き声が聞こえた方を目を凝らしてみると、小さな白い光が見える。小さな白い光は徐々に俺たちの方に接近してくる。それは、象とクラゲを合わせたような体に、四対八枚の羽を生やした、俺たちと心を通わせた動物型邪神だった。

 

「トンキー!!」

 

両手を口に当て、リーファが叫ぶ。

 

「こ……こっちこっちーっ!」

 

「おーい!」

 

リズさんとザックさんが叫び、アスナさんが手を振る。オトヤとシリカは「よかったぁ……」と呟き、カイトさんとシノンさんはやれやれとしつつも安堵している様だった。

 

「へへっ、オリャ、最初っから信じてたぜ。アイツが絶対助けに来てくれるってよォ……」

 

「嘘つけ」

 

クラインさんを除く全員が思ったことを、カイトさんが代表して言ってくれた。

 

円盤の周囲に無数の氷塊が舞っているせいで、トンキーはぴったりと横にはつけず、5メートルほどの間隔をあけてホバリングした。それでもこの距離なら、重量級のプレイヤーでも飛び移ることはできるだろう。

 

まず初めに、女性陣が1人ずつジャンプしてトンキーの背中に飛び移っていく。そして、男性陣の番となり、オトヤが最初に飛び移り、次はクラインさんが飛ぶことになった。

 

「お、オッシャ、魅せたるぜ、オレ様の華麗な……」

 

「いいから早くいけ!」

 

カイトさんは中々飛ばないクラインさんに苛立ち、後ろから彼の背中を思い切りどついた。

 

「お、おわぁぁぁ!」

 

急かされたクラインさんはジタバタした助走をして飛んだが、やや飛距離が足りなくて落下しそうになる。すると、トンキーが伸ばした鼻でくるりと空中キャッチしてクラインさんを助ける。

 

「ああ、トンキー……。ありがとよ……助かったぁ……」

 

トンキーがクラインさんを皆がいる所へ運んでいる内に、カイトさんとザックさんも1人ずつトンキーへと飛び移っていく。

 

「俺たちだけですね、キリさ……」

 

キリさんの方を見た途端、《聖剣エクスキャリバー》を抱えている彼のブーツが氷に食いこみそうになっていたことに気が付く。こんな重量級のものを持ったままでは、5メートルもジャンプするなんて無理だ。

 

「キリさん、まさか……」

 

「リュウ、先に行ってくれ。俺は大丈夫だからさ……」

 

この事態に気が付いた俺に気を使って不器用な笑みを浮かべるキリさん。

 

俺がこの場に残っても何も解決しない。何もしてあげられない悔しさを押し殺し、面と向かってキリさんを見る。

 

「分かりました……。でも、絶対来て下さいよ!」

 

俺はそう言い残し、トンキーの背中へと飛び移った。

 

すぐにキリさんがいる円盤の方を見る。

 

「………まったく…………カーディナルってのは!」

 

キリさんは苦笑いを浮かべてそう叫んだ直後、掴んでいた剣を真横に思いっきり放り投げた。そして、トンキーの背中に飛び移った。

 

その間にも、エクスキャリバーは、黄金の輝きを放ちながらゆっくりと大穴目掛けて落下していく。

 

キリさんの横にやってきたアスナさんが彼の肩に手を置く。

 

「……また、いつか取りにいけるわよ」

 

「わたしがバッチリ座標固定します!」

 

ユイちゃんもそう続ける。

 

「俺……いや俺たちは、ニブルヘイムだろうがキリさんに付き合いますよ」

 

最後に俺もそう言う。

 

「……ああ、そうだな。ニブルヘイムのどこかで、きっと待っててくれるさ」

 

俺たちの励ましを聞いたキリさんは何か覚悟を決め、落ちていくエクスキャリバーを見つめる。

 

その時だった。

 

「シノン、いけるか?」

 

「ええ。カイトが援護してくれるならいけるわ」

 

カイトさんとシノンさんが何か話をし始めた。

 

「大体200メートルってところね」

 

「ああ。ここからの狙い目は角度は45度下と言ったところだな。あとは風速と風向きか」

 

「それはカイトに任せるわ。タイミングが来たら教えて」

 

2人の話についていけずに唖然としている俺たちの前で、シノンさんが左手で肩から長大なロングボウを下ろし、右手で銀色の細い矢をつがえる。そして、カイトさんが「もう少しだ」と呟いた直後、何かの魔法を詠唱し、矢を白い光が包み込んだ。

 

「よし、今だ!」

 

カイトさんの合図に合わせ、シノンさんが弓を引き絞った。直後、矢は銀色のラインを引きながらエクスキャリバーの方へ飛んでいく。

 

あれは確か弓使い専用の種族共通スペル、《リトリーブ・アロー》だ。矢に強い伸縮性・粘着性を持つ糸を付与し、使い終えた矢を回収したり、手の届かないオブジェクトを引っ張り寄せる効果がある。だけど、通常は糸が矢の軌道を歪めて、ホーミング性もないから近距離でしか当らない。

 

これを見ていた誰もが、幾ら何でもこれは無理があるのでは思っていた。しかし、俺たちの予想に反して、たぁん!と金属同士がぶつかる音がした。

 

「カイト、引っ張るの手伝って」

 

「ああ」

 

シノンさんはカイトさんと一緒に、魔法の糸を思いっきり引っ張った。すると、エクスキャリバーがこっちに近づいて来ているのが見えてきた。その2秒後には、シノンさんの手のひらに収まったのだった。

 

「うわ、重……」

 

シノンさんがそう呟いた。

 

『カイトさんとシノンさん、マジかっけ―――――っ!!』

 

全員の賞賛は、クール系カップルの2人に向けられた。

 

「シノン、ナイスショットだったぞ。流石GGO1のスナイパーだな」

 

「いや、そんなこと……。カイトがしっかりフォローしてくれたおかげよ……」

 

カイトさんも軽く笑みを浮かべてシノンさんを賞賛。シノンさんはというと皆から……特に最愛のカイトさんからの賞賛を受けて、頬を少し赤く染めながら嬉しそうに三角耳をぴこぴこと動かして反応する。そして、エクスキャリバーを物欲しそうに見みているキリさんに気が付き、彼の元へ行く。

 

「あげるわよ。そんな顔しなくても」

 

「あ、ありがとう……」

 

キリさんが礼を言った直後、エクスキャリバーを渡そうとするが直前でニヤっと笑ってひょいと引き戻した。

 

「その前に2つだけ約束」

 

「な、何だ?」

 

「1つはこの剣を抜く度に私とカイトに感謝すること」

 

「も、もちろんするとも!」

 

「もう1つは……」

 

2つ目を言おうとした時、後のカイトさん曰くALO来てから最大級の笑顔をして、キリさんに効果抜群の最大級の爆弾を落とした。

 

「次尻尾握ったらどうなるか分かるよね?」

 

「は、はい……」

 

キリさんにとって、今のシノンさんの最大級の笑顔は恐怖でしかなく、顔を青ざめて萎縮してしまう。そして、冷や汗をかいて手をプルプルさせながら、シノンさんから何とかエクスキャリバーを受け取ったのだった。

 

この光景を見て、俺とオトヤとシリカとユイちゃんは苦笑いを浮かべ、リーファとアスナさんはクスクス笑い、ザックさんとリズさんとクラインさんは爆笑するのだった。そして、カイトさんは顔を右手で覆って皆に見えないように俯いていた。小刻みに震えているから、爆笑を堪えているのだろう。

 

見事に仕返しを完了させたシノンさんは、とても満足そうにしているのだった。

 

1名を除いて笑いに包まれている中、ふと上空を見上げるとヨツンヘイムの天蓋中央に深々と突き刺さっていたスリュムヘイム城が崩壊していく。

 

「あのダンジョン、あたしたちが一回冒険しただけで無くなっちゃうんだね……」

 

「ちょっと、もったいないですよね……」

 

「僕たちが行ってない部屋とかいっぱいあったのに……」

 

リズさん、シリカ、オトヤが名残惜しそうに、崩壊していくスリュムヘイム城を見ながらコメントする。

 

「全層。マップの踏破率は、37.2%でした」

 

キリさんの頭の上に乗ったユイちゃんも、残念そうな声で補足する。

 

スリュムヘイム城が完全に崩壊し、真下の《グレートボイド》に全て飲み込まれていく。

 

すると、穴の奥底で何か光りが見えた直後、大量の水が湧き上がり《グレートボイド》を満たしていく。更に、天蓋近くまで萎縮していた世界樹の根が、スリュムヘイム城が完全に消滅したことで、成長し始めた。やがて《グレートボイド》があったところに出来た巨大な湖までに達して、水面を覆うように放射状に広がっていく。

 

その光景は、ウルズが見せてくれた光景と、うり二つだった。

 

「見て。根から芽が」

 

アスナさんの言葉に眼を凝らすと、四方八方に広がる世界樹の根からは芽が生えて瞬く間に大木へと成長し、黄緑色の葉を次々に広げた。

 

全てを凍らせる様な冷たい風ではなく、暖かな春のそよ風が吹いた。同時に、天蓋にあるずっとおぼろげに灯っていただけの水晶群が、小さな太陽のような強い白光を放っている。

 

暖かい光と風が、この世界を覆いつくしていた雪や氷を溶けていく。そして、人型邪神達が各所に建築していた砦や城はたちまち緑に覆われ、廃墟へと朽ちた。

 

この光景は、長きにわたって続いていた冬が終わりを迎え、新たに春が訪れた様だった。

 

「くおおぉぉ――――――ん…………!」

 

突然、トンキーが8枚の翼と広い耳、更に鼻までもいっぱいに持ち上げ、高らかな遠吠えを響かせた。

 

数秒後、それに応えるように、ヨツンヘイム中から「くおおぉ―ん」とトンキーと同じ鳴き声が聞こえてきた。世界樹の根が張る巨大な湖をはじめ、あちらこちらの泉や川の水面から、トンキーと同じ象クラゲ達が次々と姿を現す。反対に、トンキーたちを殲滅しようとしていた人型邪神たちは、1体もいなかった。

 

ふと地面に視線を向けると、スローター・クエストに参戦していたレイドパーティーのプレイヤーが、いきなり何が起きたのか分からず呆然としている姿が小さく視認出来た。

 

――事情を知らない人達からしたら、こうなっても仕方ないか……。

 

苦笑いしていると、リーファがトンキーの背中に座り込んだ。

 

「……よかった。 よかったね、トンキー。 ほら、友達がいっぱいいるよ。 あそこも……あそこにも、あんなに沢山……」

 

嬉しそうに涙を零しながら、トンキーの背中を優しく撫でて囁く。

 

「リーファ」

 

それを見た俺は思わず涙を流しそうになりつつも笑みを浮かべ、背中からリーファを優しく抱き締める。

 

アスナさんとリズさんとシリカとオトヤは目元を拭い、キリさんとザックさんは笑みを浮かべる。腕組みしたクラインさんは顔を隠すようにソッポを向き、シノンさんは何度も瞬きを繰り返し、カイトさんは目を閉じて軽く微笑んでいた。キリさんの頭から飛び移ったユイちゃんは、アスナさんの肩に着地して髪に顔を埋めた。

 

突如、正面が金色に光り輝き、顔を向ける。そこにいたのは、俺たちにクエストを依頼してきた身の丈3メートルの金髪の美女《湖の女王ウルズ》だった。

 

「見事に成し遂げてくれましたね。全ての鉄と木を斬る剣……エクスキャリバーが取り除かれたことにより、ヨツンヘイムはかつての姿を取り戻しました。これも全て、そなたたちのお陰です」

 

「いや……そんな。スリュムは、トールの助けがなかったら到底倒せなかったと思うし……」

 

キリさんの言葉に、ウルズさんはそっと頷いた。

 

「かの雷神の力は、私も感じました。ですが……気をつけなさい、妖精たちよ。アース神族は霜の巨人の敵ですが、決してそなたらの味方ではない……」

 

「あの……スリュム本人もそんなこと言ってましたが、それは、どういう……?」

 

リーファがそう訊ねる。だが、自動応答エンジンに認識されなかったのか、ウルズさんは何も答えなかった。

 

そういえば、夏に行った海底神殿にいたクラーケンもアース神族が何とかって言っていたな。実は今回の騒動と夏の海底神殿での出来事は何か繋がっていて、更に続きがあるっていうことなのか……。

 

そう考えているうちに、再びウルズさんが話始めた。

 

「私の妹たちからも、そなたらに礼があるそうです」

 

そんな言葉と共に、ウルズの右側の右側が水面の様に揺れ、人影が1つ現れた。

 

身長は姉のウルズよりは小さいが、俺たちよりは遥かに大きい。姉より少し短めの同色の金髪。深い青色の長衣を着た女性だ。

 

「私の名は《ベルザンディ》。 ありがとう、妖精の剣士たち。 もう一度、緑のヨツンヘイムを見られるなんて、ああ、夢のよう……」

 

甘い声でそう囁きかけた直後、ウルズの左側につむじ風が起こり、3つ目の人影が現れた。

 

鎧兜姿で、ヘルメッドの左右とブーツの側面から長い翼が伸びている。金髪を左右に細く束ね、美しくも勇ましい顔立ち。そして、身長は2人の姉よりも小さく、俺たち人間……いや妖精と同じサイズだった。

 

「我が名は《スクルド》! 礼を言おう、戦士たちよ!」

 

凛と声を張って短く叫ぶ。

 

2人の妹が手をかざすと、アイテムやユルド貨といった大量の報酬が俺たちのストレージに収まっていく。11人分のストレージがもう少しで限界を迎えるくらいだ。

 

そして、ウルズさんが一歩前に出て、手をかざした。

 

「私からは、その剣を授けましょう。 しかし、《ウルズの泉》には投げ込まぬように」

 

「は、はい!しません」

 

子供のようにキリさんが頷く。すると、キリさんが大事に両手でホールドしていた黄金の長剣《聖剣エクスキャリバー》は姿を消した。

 

キリさんは右拳を握り、「よし」と小さく呟いた。そんな彼を見て、俺は思わず笑みがこぼれた。

 

「「「ありがとう、妖精たち。また会いましょう」」」

 

3姉妹が声を揃えてお礼と別れを言ったのと同時に、クエストクリアを示すウインドウが出現する。

 

そして、3人は身を翻し、飛び去ろうとした。彼女たちを見送っていると、後ろからクラインさんが勢いよく飛び出してきて叫んだ。

 

「すっ、すすスクルドさん! 連絡先をぉぉ!」

 

「アイツ、フレイヤとトールの件で全然懲りてないな……」

 

「そもそもNPCが連絡先なんか教えるわけないだろ……」

 

カイトさんとザックさんは、クラインさんに聞こえないくらいのボリュームで、辛辣なコメントをする。俺や他の皆も呆れた様子でクラインさんのことを見ていた。

 

だが、ここで予想しなかったことが起きた。

 

2人の姉はそっけなく消えてしまったに、スクルドさんはくるりと振り返ると、面白がるような表情を作り、小さく手を振った。すると、何かキラキラしたものが宙を流れ、クラインさんの手にすっぽりと飛び込んだ。

 

クラインさんがそれを受け取ったのを見届けた後、スクルドさんは今度こそ姿を消した。

 

そして、沈黙と微風だけが、この場に残されたのだった。やがてリズさんが小刻みに首を振りながら囁いた。

 

「クライン。あたし今、あんたのこと、心の底から尊敬してる」

 

同感だった。他の皆もそう思っているだろう。

 

こうして、2025年12月28日の朝に突発的に始まった俺たちの冒険は、お昼を少し回った辺りに終了した。

 

 

 

 

 

 

 

その後、キリさんの案でクエストクリアの打ち上げ兼忘年会をすることになった。だが、キリさんは、ALO内で開催するか、リアルで集まるかについて、少々悩んでいた。

 

ALOならユイちゃんが参加できるが、アスナさんは明日から1週間、京都府にある父方の本家に滞在すると言う事で、今日を逃すと年内にはもうリアルで会う機会はないという。

 

しかし、ユイちゃんがそこを汲んで「リアルで!」と言ってくれ、午後3時からエギルさんの店《ダイシー・カフェ》で忘年会をすることになった。

 

無事にログアウトした後、キリさんから忘年会で「()()()()を使うから手伝って欲しい」と連絡が来て、少し早めに家を出た。途中、駅でキリさんとスグと合流し、一緒に行くことになった。俺たちが《ダイシー・カフェ》に着いた時には、比較的家が近いカイトさんとザックさんとシノンさんが既に到着していた。

 

エギルさんに挨拶してから、キリさんが持ってきた4つのレンズ可動式カメラと制御用のノートパソコンを取り出し、準備を始める。店内の4か所に設置して起動させ、パソコンを立ち上げる。最終チェックを終えると、キリさんは小型ヘッドセットを装着して、話しかける。

 

「どうだ、ユイ?」

 

『……見えます。ちゃんと見えるし、聞こえます、パパ!』

 

パソコンのスピーカーからユイちゃんの声が聞こえてくる。

 

「何なのこれは?」

 

シノンさんが俺とキリさんに訊ねてきた。

 

「ダイシー・カフェのリアルタイム映像を擬似3D化してるんですよ」

 

「OK、ゆっくり移動してみてくれ」

 

『ハイ!』

 

すると、一番近くのカメラのレンズが動き出した。

 

「今、ユイはこの店の中を飛んでると感じてるはずだ」

 

「つまり、あのカメラとマイクは、ユイちゃんの端末感覚器ってことなんだな」

 

ザックさんの言葉に、俺とキリさんではなくスグが頷く。

 

「お兄ちゃん、学校でメカ、メカトロ……」

 

「メカトロニクスな」

 

中々それが出てこないスグに変わって、俺が言い直す。

 

「それニクス・コースっての選択してて、これ授業の課題で作ってるんですけど、完全にユイちゃんのためですよねー」

 

『がんがん注文してます!』

 

俺とリーファとシノンさんとザックさんとユイちゃんはアハハと笑い、カイトさんは静かにコーヒーを飲みながら笑みを浮かべる。

 

「そ、それだけじゃないぞ! カメラをもっと小型化して、肩とか頭に装着できるようになれば、どこでも自由に連れて行けるし……」

 

「それもユイのためだろ」

 

カイトさんに指摘され、キリさんは反論出来なくなってしまう。

 

キリさん曰く、《視聴覚双方向通信ブローブ》はまだ完成形でない。最終的にはリアルでも仮想世界と変わらず、ユイちゃんと一緒にいられるようにしたいらしい。

 

ザックさんが何か気が付き、俺にこう言ってきた。

 

「そういえば、リュウもさっきキリトの手伝いとかしてて、何か詳しいって感じだったな」

 

「実は亡くなった兄の影響で、昔から情報処理系の分野に興味がありまして……。まあ、キリさんと比べたら俺の知識なんかまだまだなんですけどね……」

 

「そんなことないぞ。リュウも手伝ってくれたおかげで予定より早く完成したんだ。天国のお兄さんだって喜んでくれていると思うぞ」

 

『リュウさん、ありがとうございます』

 

キリさんに続くように、ユイちゃんがパソコンを通してお礼を言う。俺は嬉しくなって、少々照れてしまう。

 

そうこうしている内に、アスナさん、クラインさん、オトヤ、リズさん&シリカの順で集まり、テーブルを3つくっつけた卓上には料理と飲み物が並べられた。料理や飲み物を全て出し終えたエギルさんもエプロンを脱いで席に着き、全員のグラスに飲み物が注がれる。

 

「祝、《聖剣エクスキャリバー》とついでに《雷槌ミョルニル》ゲット! お疲れ、2025年!乾杯!」

 

『乾杯!』

 

キリさんの唱和に、全員が大きく唱和した。

 

 

 

 

「それにしてもさ、どうしてエクスキャリバーなの?ファンタジー小説やマンガとかだと大抵《カリバー》でしょ。《エクスカリバー》」

 

一時間半かけてテーブルのご馳走があらかた片付いた頃、カイトさんの隣に座るシノンさんがそう呟いた。

 

「そういえばそうだな……」

 

「俺、キャリバーってALOで始めて聞いたよ……」

 

「確かに、アーサー王伝説をモチーフにしたキャラや設定が出てくるゲームとかでも、カリバーの方ですね……」

 

カイトさんとキリさんに続くように、俺もそうコメントする。

 

「へえ、シノンさん、その手の小説とか読むんですか?」

 

俺の隣に座っていたスグが訊ねると、シノンさんは照れ臭そうに笑う。

 

「中学の頃は、図書館のヌシだったから。アーサー王伝説の本も何冊か読んだけど、全部《カリバー》だった気がするなぁ」

 

「確か大本の伝説ではもっと色々名前があるのよね」

 

「綴りは違うと思うけど、銃の口径のことを英語で《キャリバー》って言うのよ。あとはそこから転じて、《人の器》っていう意味もある」

 

アスナさんが言ったことに、シノンさんがそう応える。

 

「へええーっ、覚えとこ……」

 

スグが感心すると、シノンさんは「多分試験には出ないかな」と笑う。

 

すると、話を聞いていたリズさんがニヤニヤして言った。

 

「ってーことは、エクスキャリバーの持ち主はデッカイ器がないとだめってことよね?」

 

「そう、なんでしょうか?」

 

「えっと、エクスキャリバーって、そういう意味で捉えていいのかな……?」

 

リズさんの近くにいたシリカとオトヤがそう訊ねる。

 

「そりゃ、そうだろ?なんかウワサで、最近どこかの誰かさんが、短期のアルバイトでどーんと稼いだって聞いたんだけどなぁー」

 

更にザックさんもリズさんに便乗するかのようにニヤニヤして言いながら、視線をシリカとオトヤからキリさんの方へと向ける。

 

「ウッ…………」

 

他の皆からも視線を向けられ、苦笑いを浮かべるキリさん。

 

数日前に、俺とキリさんに総務省の菊岡さんから《死銃事件》の調査協力費が振り込まれたところだ。

 

「も、もちろん最初から、今日の払いは任せろ、って言うつもりだったぞ!」

 

もう逃れる手段はないと思い、苦笑いを浮かべながら胸をドーンと叩いて宣言するキリさん。

 

途端に、四方からは盛大な拍手が上がり、クラインさんの口笛が響いた。

 

すると、キリさんは俺にしか聞こえないくらいのボリュームで「リュウ、助けてくれ……」とボソッと呟いた。

 

――俺だって既に、 スグのナノカーボンの竹刀代に、死銃事件で心配をかけたお詫びとして奢ったスグとのデート代で何割か消えているんですけど!ていうか、竹刀代に関してはあなたから押し付けられたみたいなものじゃないですか!

 

と内心で思ったことを口に出して言ってやりたかったが、心の内に留めておいた。まあ、いつもキリさんには世話になっているからいいか。

 

「分かりました。俺も少し出しますから……」

 

これを聞いたキリさんは表情を嬉しそうなものへと変える。それを見て俺も笑みを浮かべる。そして、もう一度全員で乾杯するために、テーブルのグラスに手を伸ばすのだった。

 

 

 

 

 

See you Next game




思っていたより時間がかかってしまいましたが、キャリバー編完結です。次回からマザーズ・ロザリオ編突入です。その前に番外編をやるかもしれないです。

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