ソードアート・オンライン Dragon Fang《リメイク版》 作:グレイブブレイド
1つ。直葉から、攻略サイトで聖剣エクスキャリバーが発見されたと、連絡を受けるリュウ。
2つ。エクスキャリバーゲットのために、リズベット武具店に集まるリュウと仲間達。
そして3つ。リュウ達が発見したクエストとは別のクエストが発見されたことが判明し、一行は疑問を抱きつつもヨツンヘイムに向かうのだった。
大変長らくお待たせいたしました。
前回の投稿から期間が大分空いたため、前回までのあらすじをオーズ風にまとめてみました(笑)。この部分を執筆している最中、中田譲治さんによるナレーションとオーズのあらすじ紹介で流れるBGMが聞こえてきました。
リズさんの店を出た俺達は、アルンからヨツンヘイムに繋がる秘密のトンネルにある長く続く階段を下っていた。
「うわぁ、いったい何段あるの、これ……」
ここに初めてきたリズさんがことを愚痴りながら階段を下りていた。
「えっと……確か、新生アインクラッドの迷宮区丸々一つはあったと思いますよ」
俺が答えると、リズさんだけでなく、ザックさんとクラインさん、オトヤとシリカも「うへぇ…」という顔になった。
これには俺も苦笑いするしかなかった。
すると、キリさんはこんなことを言いだした。
「あのなぁ、通常ルートならヨツンヘイムまで最速で2時間掛かるとこ、ここを降りれば5分だぞ。文句を言わずに、一段一段感謝の念を込めながら降りたまえ、諸君」
「あんたが造ったわけじゃないでしょ」
普段なら俺が何か一言キリさんにツッコミを入れるところを、俺より先にシノンさんがクール極まるツッコミを入れてくれた。
「ツッコミ、ありがとう」
キリさんはわざわざツッコんでくれたことへの礼として、握手代わりにシノンさんの尻尾を掴んだ。
「フギャアっ!!」
すると、シノンさんはもの凄い悲鳴ととともに飛び上がった。
アルゴさんの話によると、ケットシー特有の三角耳と尻尾は、本来なら人間に存在しないものだが、何故か感覚があるらしい。そして、耳や尻尾を強く握られたりすると《すっごい変な感じ》がするという。
俺も種族選びの時に、能力を見てケットシーにしようかと考えたりもしたが、自身に猫耳と尻尾が付くのに抵抗を抱いて選ぶことはなかった。だけど、あの時本当にインプを選んでおいてよかったなと思う。もしも選んでいたら、リーファに恋人同士のスキンシップだと言われて、頻繁に耳や尻尾を触られていただろう。まあ、それも悪い気はしないが。
「このっ!」
シノンさんは顔を真っ赤にさせ、後ろを振り向き、器用に階段を下りながらキリさんの顔を両手で引っかこうと振り回す。そして、キリさんはシノンさんの攻撃をひょいひょいとかわす。
「アンタ、次やったら鼻の穴に火矢ブッコムからねっ!!」
一発も攻撃を当てられなかったシノンさんは、怒りながらそんなことをキリさんに言い放った。
この光景を見ていた俺はキリさんに呆れるしかなかった。
「ハァ。全くアンタは何やっているんでs……っ!?」
キリさんの方を見た瞬間、彼の後ろにあるものを見て凍り付いてしまう。
「リュウ、そんな青い顔なんかしてどうしたんだ?もしかしてお前の嫌いな蛇でもいたのk……っ!?」
キリさんはハハハと笑いながら後ろを振り向くが、その直後に青ざめた顔へと変えた。
俺とキリさんが見たのは、凄まじい怒りに満ちて静かにキリさんを見下ろしていたカイトさんだった。
全員一旦階段を下りるのを止める。
「頭を垂れて蹲え。平伏せよ」
カイトさんの言葉を聞いた途端、キリさんは地面に頭を打ち付けるくらいの勢いですぐに土下座体勢に入る。
――ヤバいヤバい!カイトの奴、過去最高レベルでメチャクチャ怒っているんだけど!
顔は見えないが、ガクガクと体を震わせながら滝のように冷や汗をかいているから、かなり焦っているのが見てわかる。
「か、カイト!さ、さっきのは、あの…その……」
声を震わせながら、何とかカイトさんの怒りを鎮めようとするキリさんだったが……。
「誰が勝手に話していいと言った」
「っ!?」
威圧が籠ったカイトさんの言葉にビビッて黙り込んでしまう。
「貴様の下らない言い訳など聞きたくもない。俺に聞かれたことだけに答えろ。俺が問いたいのは1つだけだ。何ゆえに、シノン……人の彼女の尻尾を握ったんだ?」
「い、いや、それは、その……面白半分と、言いますか……」
キリさんは目が泳いで体をガクガク震わせながら答える。しかも、恐怖のあまり敬語になっている。
「へぇ、面白半分であんなことをしたんだね」
そう一言口にしたのは先頭にいたアスナさんだった。
アスナさんは満面の笑みを浮かべているが、内面ではカイトさんに負けないくらいメチャクチャ怒っているようにしか見えなかった。さっきまでアスナさんの肩にいたユイちゃんも何か感じ取ったようで、いつの間にか近くにいたリーファの頭へと避難していた。
「キリト君。カイト君だけじゃなくて私ともちょっとお話ししようか。みんなは先に行ってていいよ」
『は、はい……』
笑顔なのに怖いオーラしか伝わってこれないアスナさん。彼女の凄まじい圧に押された俺達は、この場から逃げるように階段を下りていく。その時、キリさんが助けを求める顔をしていたのが見えたが、俺達は知らないフリをして彼から顔を逸らした。
階段を下りている最中、後ろの方から必死に謝るキリさんの声が聞こえてきた。
「お許しくださいませっ!カイト様っ!アスナ様っ!どうかっ!どうか御慈悲をっ!!」
「キリト君、今日が君の命日よ」
そして、アスナさんが火星を滅ぼした地球外生命体みたいなことを言ったのが、微かに聞こえた気がした。
「申し訳ありませんっ!申し訳ありませんっ!!申し訳ありませ……ぎゃああああああああああっ!!」
最後に聞こえてきたのは、秘密通路全体に響き渡るくらい巨大なキリさんの悲鳴だった。
今後ろで、某パワハラ会議と同じくらい……いや、それ以上に恐ろしいことが行われているな。俺だけでなく他のみんなもそう思っていただろう。
先に階段を下りていたシノンさんを除く全員は、恐怖を感じて誰1人後ろを振り返ろうとせず、階段を下り終えるまでずっと無言でいた。ちなみに、シノンさんだけはご満足な様子だった。
一足先に階段を降り切って5分ほど経過した辺りに、カイトさんとアスナさんが、そして少し遅れてキリさんがやってきた。先に来たカイトさんとアスナさんは少しご立腹な様子で、最後に来たキリさんはこの世で一番恐ろしいものを見たのかのように青ざめた顔をしていた。
「し、死ぬほど怖かった……。ウッ…ウッ……」
流石に命日にはならずに済んだが、よほど怖い目にあったのか俺に泣きついてきた。一瞬、「自業自得ですよ」と言って突き放そうかと思ったが、キリさんがこんな調子であのダンジョンまで行くと俺達まで危ないと思い、彼を慰めることにした。
そして、他のメンバーは呆れてキリさんを見ていたのだった。
キリさんを泣き止ませた後、アスナさんがパーティーに凍結耐性魔法をかける。
「オッケー。これで凍結耐性の方は大丈夫だよ」
アスナさんの声を受け、リーファは頷いて指笛を拭き鳴らした。
数秒後、くおぉぉぉぉー……ん、というような鳴き声がし、遠くに白い影が飛んで近づいてくるのが見えた。
白い影は、象のような頭とクラゲみたいな胴体が合わさり、四対八枚のヒレに似た羽が伸びている。そう、あの白い影ことが俺たちが出会った邪神、トンキーだ。
「トンキーさ―――――んっ!」
アスナさんの肩から、ユイちゃんが大きな声で呼びかける。
ユイちゃんの声に応じるように、トンキーは徐々に上昇してこちらに近づいてきた。
目の前までトンキーがやってくると、初対面のクラインさんは驚いて後ずさってしまう。
「へーきへーき、こいつ草食だから」
キリさんはクラインさんにそう言うだったが……。
「あれ?キリさん知らなかったんですか?実はトンキーって草食じゃないんですよ」
「え?そうなのか?」
俺の言葉にキリさんはマジ?というような表情をする。
「うん。こないだ地上から持ってったお魚上げたら、一口でぺろっと食べたよ」
更にリーファが俺の言葉に付け加えるかのように答えた。
「…………へ、へぇ」
これを聞いたクラインさんは引きつった表情をしながら、更に後ずさろうとする。
すると、トンキーは長い鼻を伸ばし、クラインさんの頭に触れた。
「うびょるほっ!?」
変な声を出して驚くクラインさん。そんな彼の背中をキリさんが軽く押す。
「ほれ、背中に乗れっつってるよ」
「そ……そうは言ってもよぉ、オレ アメ車と空飛ぶ象水母には乗るな、っつうのが爺ちゃんの遺言でよぉ……」
「アメ車と空飛ぶ象水母には乗るなって、そんな遺言残す爺さんなんかいるか」
「第一、クラインの爺ちゃんってピンピンしてただろ」
そんな見え透いた嘘をカイトさんとザックさんに一蹴される。
「そうそう。こないだダイシーカフェで、爺ちゃんの手作りっつって干し柿くれただろ。美味かったからまた下さい!」
2人に続くように、キリさんがそう言ってクラインさんの背中を押す。すると、クラインさんはクラインはおっかなびっくりトンキーに乗った。
クラインさんの後に、まずは度胸のあるカイトさんとザックさんとシノンさんが乗り、次に動物好きの対象にトンキーも含める事にしたシリカとオトヤが乗り込む。
続くようにリズさんが「よっこらしょ」と乙女らしからぬ声を上げて乗り、ザックさんに「おっさんみたいだぞ、お前」と言われる。それが試合開始のコングとなり、いつものように揉める2人。しかし、カイトさんに止められて、すぐに大人しくなるのだった。
初めてではないリーファとアスナさんが飛び乗る。最後に俺とキリさんがトンキーに「よろしくな」と言って、鼻の付け根をひと撫でしてから、乗り込んだ。
「よぉーし!トンキー、ダンジョンの入口までお願い!」
先頭にいるリーファがそう言うと、トンキーは長い鼻を持ち上げてもう一啼きし、8枚の翼をゆっくりと羽ばたかせて移動し始めた。
トンキーが移動を開始してから1,2分ほどが経過した時、リズさんがこんなことを言いだした。
「ねえ、これ……落っこちたらどうなるのかなぁ?」
ヨツンヘイムは日光も月光も届かないため、飛ぶことはできない。暗中飛行が得意なインプなら
長くて30秒程度なら飛ぶことは出来る。
しかし、今トンキーが飛んでいるのは高度千メートル付近だ。30メートルを超えたところでも確実に死ぬくらいだから、暗中飛行が得意なインプでも絶対助からないだろう。
リズさんの問いに答えたのは、彼女の隣にいるアスナさんだった。
「そのうち、そこにいる、昔アインクラッドの外周の柱から次の層に行こうとして、落っこちた人が試してくれるよ」
アスナさんは笑みを浮かべて、後ろにいるキリさんの方を見ながら言う。
「高いとこから落ちるなら、ネコ科動物のほうが向いてんじゃないか」
そう言われたキリさんは、苦笑いしながらそう答えた。これには、猫妖精であるシノンさんとシリカは真顔でブンブンと首を振った。
すると、シノンさんは悪い笑みを浮かべてこんなことを言いだした。
「ここはネコ科動物よりも、ヨツンヘイムでも少し飛べる闇妖精さん達の方が適任だと思うわ」
これに闇妖精である俺とザックさんはギョッとする。
「ちょっと何言っているんですかっ!?」
「俺たちだって絶対お断りだからなっ!!」
「フフフ、軽い冗談よ」
そんなやり取りをしてて、この場は笑いの渦に包まれる。
トンキーは羽をゆっくりはばたかせ、ヨツンヘイムの上空をゆっくり進んでいく。このまま安全運転で向かうだろうと思っていたが、トンキーは全ての羽を畳み、急降下をし始めた。
『うわあああああっ!!』
とカイトさんを除く男性陣達の絶叫。
『きゃああああああっ!!』
と女性陣の高い悲鳴。
「やっほーーーーう!」
とただ1人楽しそうに声を上げる《スピード・ホリック》のリーファ。
トンキーの背中に密生する毛を両手で掴み、襲ってくる風圧に必死に耐える。
トンキーは、巨大な大穴の南の縁……以前俺たちがウンディーネのレイドパーティーと戦った辺りまで来たところで、急ブレーキをかける。すると、減速によるGが体にのしかかり、俺達はトンキーの背中にべたっと貼りついた。
高度が50メートル辺りまで到達したところで、緩やかな水平巡航に入った。しかし、先ほどの垂直ダイブのせいで、リーファとカイトさんを除いたメンバーはトンキーの背中にぐったりして倒れていた。
「どうやら垂直ダイブは終わったみたいだな……」
カイトさんが立ち上がってそう一言。
俺も立ち上がり、下の様子を確認しようと背中の先頭まで移動しようとした時だった。先頭にいたリーファが何かに気が付き、指さして声を上げた。
「りゅ、リュウ君!あれ見てっ!!」
言われるがまま、俺と他の皆はリーファが指さした方を見る。
そこには、30人を超える異種族混合の大型レイドパーティーが人型邪神と協力し、羽化する前のトンキーと同じ姿をした動物型邪神を攻撃している光景があった。
「あれは……どうなってるの?あの人型邪神を、誰かがテイムしたの?」
アスナさんが喘ぐように囁き、シリカが首を激しく振って答えた。
「そんな、あり得ません!邪神級モンスターのテイム成功率は、ケットシーのマスターテイマーが専用装備でフルブーストしても、0%です!」
クラインさんが、逆立った髪をかき混ぜて唸った。
「ってことはつまり、あれは……なんつぅか……《便乗》しているってわけか?4本腕の巨人が象クラゲを攻撃しているところに乗っかって、追い打ちをかけてるってみてェな……」
「でも、そんな都合がいいことなんてあるんですか?巨人型の邪神モンスターに、あれだけ近づいて魔法スキルとかを連発していれば、あの人たちも攻撃されてもおかしくないですし……」
オトヤのコメントに、この場にいる全員が納得する。
状況が理解できず困惑している間にも、レイドパーティーの火炎魔法が炸裂し、人型邪神の大剣が動物型邪神に振り下ろされる。象クラゲの邪神は断末魔の悲鳴を上げ、ポリゴン片となって散っていった。
この中で一番トンキーのことを気に入っているリーファは辛そうな表情をしており、俺はなんて声をかければいいのか分からないまま、再びレイドパーティーの方を見た。
動物型邪神を倒した人型邪神は、次にレイドパーティーに襲い掛かるのかと思っていた。だが、なんとヤツは、レイドパーティーのプレイヤーたちに攻撃することなく、次のターゲットを求めて共に移動した。
「なっ!?何で人型邪神と戦闘にならないんだ!?」
「それどころか、一緒に行動しているって感じだぞ!」
俺とキリさんがそう言った直後、ザックさんが声を上げた。
「おい!あっちを見ろ!」
指された方を見ると、そこでも大規模のレイドパーティーと人型邪神が一緒に、動物型邪神を攻撃していた。
「こりゃ。ここで、いったい何が起きてンだよ!?」
呆然としたクラインさんの声に、リズさんが低く呟いた。
「……もしかして、さっき上でアスナが言ってた、ヨツンヘイムで新しく見つかったスローター系のクエストって、このことじゃないの? 人型邪神と協力して、動物型邪神を殲滅する……みたいな……」
それを聞いたこの場にいた全員が息を呑む。
だけど、どうしても引っかかることがある。
《聖剣エクスキャリバー》があるのは、多数の人型邪神が守護しているあの空中ダンジョンだ。ならば、クエスト内容は『動物型邪神と協力して人型邪神を倒し、エクスキャリバーを手に入れる』というものになるはずだだろう。なら、どうして協力する邪神と敵対する邪神が逆になっているのか。
そんなことを考えていると、後ろの方に光の粒が音も無く漂い、凝縮して一つの人影を作り出した。
現れたのは、ローブ風の長い衣装、背中から足許まで流れる波打つ金髪、優雅かつ超然とした美貌の女性だった。だが……。
「「でっ………けえ……」」
キリさんとクラインさんがそう呟いた。
普通ならここで、デリカシーのないことを言った2人に対して、女性陣から非難の声が殺到するところが、今回はそうはならなかった。何故なら、その女性の身の丈は、俺たちの倍……3メートル以上はあったからだ。
「私は《湖の女王》ウルズ。我らが眷属と絆を結びし妖精たちよ。 そなたらに、私と2人の妹から1つの請願があります。 どうかこの国を、《霜の巨人族》の攻撃から救って欲しい」
状況的に、この人はきっとクエストNPCだろう。だけど、この人は本当にただのNPCだと言ってもいいのだろうかと、何か妙な違和感を抱いていた。
すると、ピクシーサイズのユイちゃんが、アスナさんの肩からキリさんの肩へと飛んで移動してきて、こう言った。
「パパ、あの人はNPCです。でも、少し妙です。通常のNPCのように固定応答ルーチンによって喋っているのではなく、コアプログラムに近い言語エンジン・モジュールに接続しています」
「……つまり、AI化されているってことか?」
「そうです、パパ」
ユイちゃんとキリさんの会話に納得がいき、彼女の話しに耳を傾けた。
「かつてこの《ヨツンヘイム》は、そのたたちの《アルヴヘイム》と同じように、世界樹イグドラシルの恩寵を受け、美しい水と緑に覆われていました。 我々《丘の巨人族》とその眷属たる獣たちが、穏やかに暮らしていたのです」
その言葉と同時に、ウルズの背後に植物と水に溢れたヨツンヘイムの世界が幻影として映し出された。
あの底無しの巨大な大穴も綺麗な水で満たされた巨大な湖で、天蓋からぶら下がっている世界樹の根も地上まで太く根付いていた。
「ヨツンヘイムの更に下層には、氷の国《ニブルヘイム》が存在します。 彼の地を支配する巨人族の王《スリゥム》は、ある時オオカミに姿を変えてこの国に忍び込み、鍛冶の神《ヴェルンド》が鍛えた『全ての鉄と木を断つ剣』……《エクスキャリバー》を、世界の中心たる《ウルズの湖》に投げ入れたのです。剣は世界樹のもっとも太い根を断ち切り、その瞬間、ヨツンヘイムからイグドラシルの恩寵は失われました」
すると、幻影に映し出された世界が変わり始めた。
エクスキャリバーが《ウルズの湖》に投げ込まれた瞬間、湖の水は凍り付き、 巨大な世界樹の根は先端に巨大な氷塊を巻き付けながら、天蓋へと浮き上がっていく。同時に、光りは薄れて植物は枯れ、世界は雪と氷に包まれる。そして、最終的に俺たちが知る闇と氷に包まれたヨツンヘイムへとなった。
「王スリュムの配下《霜の巨人族》は、ニブヘイムからヨツンヘイムへと大挙して攻め込み、多くの砦や城を築き、我々《丘の巨人族》を捕え幽閉しました。 彼はかつて《ウルズの泉》だった大氷塊に居城《スリュムヘイム》を築き、この地を支配したのです。 私と二人の妹は、凍り付いたとある泉の底に逃げ延びましたが、最早かつての力はありません。霜の巨人たちは、それに飽き足らず、この地に今も生き延びる我らが眷属の獣たちを皆殺しにしようとしています。 そうすれば、私の力は完全に消滅し、スリュムヘイムを上層のアルヴヘイムにまで浮き上がらせることが出来るからです」
「な……なにィ! ンなことしたら、アルンの街が壊れちまうだろうが!」
それを聞いたクラインさんは憤慨して叫んだ。
いつもなら、「この人はこの話しにどっぷりフルダイブしているな」と思うくらいで済むが、今回は話の内容が大掛かり過ぎてそうはいかなかった。
「王スリュムの目的は、アルヴヘイムもヨツンヘイムのように氷雪に閉ざし、世界樹《イグドラシル》の梢に攻め上ることなのです。そこに実ると言われている《黄金のリンゴ》を手に入るために……」
確か、世界樹の天辺近くには、新生アインクラッドのフロアボスよりも遥かに強いオオワシのモンスターが守護しているエリアがあったな。まさか、様々な作品で伝説の存在とされている《黄金のリンゴ》が、そこにあるっていうのか……。
『我が眷族達をなかなか滅ぼせないことに苛立ったスリュム達は、ついにそなた達……妖精の力をも利用しはじめました。《エクスキャリバー》を報酬に与えると誘いかけ、眷族達を狩り尽くさせようとしているのです。しかし、スリュムヘイムからエクスキャリバーが失われば、この地は再びイグドラシルの恩寵を受けて元に戻ります。なので、見た目はエクスキャリバーとそっくりな《偽剣カリバーン》を与えるつもりなのでしょう」
自分たちの目的のために、他の者を騙して利用する。一瞬、かつてアルヴヘイムを支配していた偽物の妖精王とその配下の姿が思い浮かんだ。
いくらクエストの中とはいえ、これ以上アイツらのように、スリュム達《 霜の巨人族》を好き勝手にさせるわけにはいかないな。俺だけでなく、この場にいる全員がそう思っているだろう。
「王でありながら狡さを持ったスリュム。しかし、彼は一つ過ちを犯しました。妖精の戦士たちに協力させるため、配下の巨人の殆どをスリュムヘイムから地上に下ろしたのです。今、あの城の護りはかつてないほど薄くなっています 」
ウルズが右手をかざすと小さな光の塊が現れた。それは、緑色の宝石がはめ込まれている金色のペンダントとなり、リーファの手に収まった。
「この石が全て暗黒に染まれば、それは我らが眷属が狩りつくされ、私の力も消え失せた証。妖精たちよ、スリュムヘイムに侵入し、エクスキャリバーを《要の台座》より引き抜いて下さい」
すると、クエスト《氷宮の剣聖》が開始を知らせるウィンドウが表示される。
「頼みましたよ。妖精たち……」
ウルズはそう言い残し、姿を消した。
ウルズが消えた後、トンキーは世界樹の根にある氷のダンジョンへと移動を再開した。
「……なんだか、凄い事になってきたね」
アスナさんがそう呟く。
「これって、普通のクエスト……なのよね? でもその割には、話が大がかりすぎるっていうか……動物系の邪神が全滅したら、今度は地上にまで霜巨人に占領される、とか言ってなかった?」
「ああ、言っていたな」
カイトさんが腕組みをして答えた。
「けど、運営側が、アップデートやイベントの告知もなく、そこまでするかな?普通は最低でも1週間前には何かしらの予告はあるよな?」
「確かにそうですよね。これくらい大規模な内容だと、プレイヤー側が準備するための期間を用意するハズですし……」
俺とキリさんの会話を聞いてた全員が、うんうんと頷いたりと納得した反応を見せる。
「でも、トンキーのためにもやるしかないよ、お兄ちゃん、リュウ君」
「そうだな。元々今日集まったのは、あの城に殴り込んで、エクスキャリバーをゲットするためだったんだからな。守りが薄いっていうなら、願ったり叶ったりだ!」
キリさんはそう言い、ウインドウを操作する。すると、元々背負っていたリズベット武具店製のロングソードと交差して、前にアインクラッド第15層のボスからドロップした剣が鞘に収まった状態で出現した。
こういう状況だから、キリさんは久しぶりに本格的に二刀流を使うようだ。どうやら俺も、まだリーファにしか教えてない
右腰の鞘に収まっている愛剣を一目見てそんなことを考える。
そして、クラインさんがニヤリと笑ってから、腰の刀を抜いて叫んだ。
「オッシャ!今年最後の大クエストだ! ばしーんと決めて、明日のMMOトゥモローの一面に載ったろうぜ!!」
『おお――!』
それに合わせ、俺たちも各々の武器を手に取って上に掲げて叫ぶ。
「待っててね、トンキー。絶対、あなたの国を取り戻してあげるからね!」
リーファは、トンキーの頭を撫でながらこう言った。
こうしている間にも、氷の巨大ピラミッドへの入り口が見える辺りまで近づいてきた。
――動物型邪神が滅ぼされ、アルンの街が壊される運命は、俺達が変えてやる!!
前回の投稿から約4カ月ですね。この期間中に、Twitterの方で少しトラブルがあって一時的にパスワード限定にさせた件に関しては本当にご迷惑をお掛けしました。申し訳ございません。
他にも楽しいことから大変なことまで色々ありましたが、多くの方々の応援や励ましの声を沢山受け取り、何とか最新話を完成させることができました。ブランクがあるため、文章がおかしいところがあるかもしれないですけど…。
この回に関しては、イタズラでシノンの尻尾を握ったキリトをカイトがお仕置きするのを楽しみにしていたという方がかなり多かったです(笑)
ご存知の方はいるかと思いますが、あのシーンは鬼滅の刃で無惨様による下弦の鬼たちへのパワハラ会議をモデルにしました(笑)
もうすぐで6周年になりますので、それまでにももう1話投稿出来るよう頑張りたいと思います。次回もよろしくお願いします。