なんとか総督府に辿り着いたキリトと少女。
「よし、これで間に合う、急いで!」
少女に急かされ、走るキリト。
ちなみに、これはタワーと呼ぶのではなくブリッジというらしい。
このSBCグロッケンなる街はもともと、巨大な宇宙戦艦で、『
中に入ると、実在する企業の広告やらCMやらが流されていたが、中で一番派手なのが『第三回バレット・オブ・バレッツ』のプロモーション映像だ。
だがどれも見惚れている暇などある訳が無く、少女に腕を引っ張られ、銀行にありそうなATMに似た縦長の機械が無数に並んでいる場所に着く。
「これでエントリーするんだよ。やり方はよくあるタッチパネルと同じだから」
「は、はい」
そして、キリトはそれを立ち上げると、そこには《SBCグロッケン総督府》と書かれており、驚いたことに全て日本語だった。
GGOのオフィシャルサイトは全て英語だったのに、ここではしっかりと翻訳されているようだ。
そして、その中にあるBOBのエントリーボタンが見つかり、それを押すと、名前や職業などの各種データの入力フォームに以降する。
別にゲームの中なのだからキャラネームで事足りると内心思ったキリトだが、ある一部の表記に驚く。
なんとこの画面は現実の個人情報を記せと書いてあるのだ。
ただ、入力しなくても良いとも書いてあるので、キリトは住所は入力せずにエントリーボタンを押した。
「終わった?」
となりから少女の声が聞こえた。
「あ、はい。すみません、何から何まで」
「良いの良いの。そういえば、貴方は何ブロックになった?」
「ええと・・・Fブロックですね。Fの三十七番」
「あ、私もFだ・・・十二番だから・・・・よかった。二人とも決勝で当たるね」
「えっと・・・何が?」
「ああ。予選で決勝に進出したら、勝ち負け関係無く、決勝のバトルロワイヤルに参加できるんだよ」
「ああ、なるほど」
少女が不敵に笑う。
「と言っても、負けないけどね」
「ええ、こちらもそのつもりです」
キリトも笑う。
その後、二人はエレベーターに乗って、会場と思われる階に向かった。
エレベーターのボタンの数を見た時には、この街は上にも下にも長いらしいとキリトは思った。
そして着く会場。
そこに入った時、キリトは戦慄した。
全員が本物だ。
このゲームはPvP専用のゲームだが、ここにいる奴ら全員が本物の
ごついヘルメットやマスクの下から放たれる眼光は、執拗に相手の情報を探ろうとしてきている。
キリトも、SAOで・・・といっても初撃決着のデュエルだが、かなりの対人戦をしてきた。
ALOでも、あの七人組と壮絶な戦いをしてきたが、ALOの運営を他の会社に変わってからその機会は一切なくなった。
なので、対人戦の感覚はかなり鈍っている筈なのだ。
(そういえば、ソラ達は参加するのだろうか?)
そこで、菊岡がソラについて、ある事を言っていた。
『彼の方も何か調べてるみたいだったからね』
「まさか・・・な」
「何が?」
「ああ、いえ、なんでもないです」
少女が振り向いて不思議そうにキリトを見る。
それをキリトは何気なく誤魔化す。
「そう」
少女はそう呟いて、控室らしき部屋に入る。
その後をキリトは追いかける。
そして中に入った二人。
「じゃあ、着替えよっか」
「はい」
む、何か忘れているような・・・・
「ん?・・
直後、オブジェクトの収納音が聞こえ、キリトが恐る恐る少女の方を見る。
「う、うわあぁあ!?」
直後、キリトは彼女の下着姿を見てしまい、思わず目元を隠す。
「? どうしたの?」
「ああ、いや、その・・・」
そこでキリトは思い出す。
彼女は自分の事を女性だと思っているのだ。
だから、こんな行為は当然変な訳で、少女は案の定不思議そうにキリトを見つめている。
ここは一旦出て、彼女が着替えるのを待つか、それともダイレクトに装備だけを換装するか。
だが、その場合だと、彼女に対して不誠実極まりない。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥仕方が無い。
「あ、あの・・・私、じゃない、俺、こういう物です!」
ウィンドウを出し、自身のネームカードをオブジェクト化し、猛烈に頭を下げながら彼女に差し出す。
「え・・・俺?」
少女は困惑しながらネームカードを見る。
「へえ・・・キリトっていうんだ・・・って」
キリトはこの世界で、ギルド―――この世界ではスコードロンというのだが―――に入っておらず、そこに書かれているのは名前と、性別表記だけだ。
「め、
「は・・・はい・・・」
頭を下げながら素直に返事をするキリト。
数秒の沈黙。
キリトが恐る恐る顔を上げた瞬間。
「き、キャアアアアァァアアッ!!!」
少女の白い手が、キリトの右頬に炸裂した。
「・・・・・」
「・・・・ソラ、顔怖いよ」
「ああ、悪い」
向かいに座るソラに気まずそうに話しかけるシノン。
先ほどあった男、《死弾》こと、《
その男に会った時から、ソラの様子がおかしい。
声に生気は少ししか感じられず、目には、確かな恐怖があった。
「・・・・」
ソラの事は知りたい。
隅から隅まで、何もかも、あまねく全てを。
だが、唯一踏み込んではいけない領域。
それは・・・・彼の、
SAOで、
その領域に、どうしてもシノンは踏み込めなかった。
だが・・・血塗れた彼の手を握れるのは・・・・
「・・・・何も言わないんだな」
「え・・・・うん」
一瞬、何かと戸惑ったが、すぐに察し、うなずく。
また沈黙。
「・・・・妻となる女に、隠し事は無しだな」
「え・・・いいよ言わなくて」
始めのフレーズは少し、いやかなり恥ずかしいが、彼が何を言おうとしているのか、察ししてしまうシノン。
「いや、話さなきゃいけないんだ・・・・あいつのことを・・・ヨウの事を・・・」
ヨウ・・・その名は・・・あの、ソラがヒースクリフにやられた時に、発した緑がかった虹色の光の中に見えた、あの少年の事だろうか?
しかし、ソラの表情を見ると、何か、助けを求めているようにも見えた。
「・・・・わかった。話して」
「助かる・・・・」
ソラは、一つため息をこぼし、そして語り始める。
これは、SAOで起こった、最大最悪の戦闘。
まず、必要な情報を言っておこう。
このSAOには、初期から、他のプレイヤーからアイテムや所持金を巻き上げるオレンジプレイヤーやギルドはいた。
だが、その誰もが、『プレイヤーを殺す行為』はしなかった。
あのデスゲームにおいて、自身のHPの全損は、現実世界での死と同等。
つまりは、人を殺す行為なのだ。
流石にそこに至る人間は少ない。
だが、その絶対と思われていた不文律を、ある一人の男によって破られてしまった。
男の名は《PoH》、意味は、ソロモンの七十二柱の地獄の王子、《Prince of Hell》だ。
奴は、個性溢れる喋り方で、数々のプレイヤーを、ヒースクリフとは違うカリスマ性で魅了し、殺人の道へ扇動した。
あらゆる殺人手段を思いつき、それを実行し、何人ものプレイヤーを殺して回った。
更にタチの悪い事に、奴の戦闘スキルもかなりなもので、更には魔剣クラスのモンスタードロップ品、《
ソラも、今までに何度も逃している程の強敵だ。
そして、そんな奴が作ったのが、SAO最悪の
数は六十人ほどで、その全てのプレイヤーが殺人をした事のあるプレイヤーばかりだ。
PoHを盲目的な程に崇拝し、その言葉に従ったまさに宗教的なギルドというのがソラの見解。
ただ、プレイヤーとしてのスキルも十分に高い奴もいた。
それが幹部プレイヤーたちだ。
ソラが知る中で、四人。
《ジョニー・ブラック》《ザザ》《骸》そして《アガレス》。
この四人は、PoHに次ぐ程の強さを持っている。
だからこそ、あの討伐戦で大きな損害を伴った。
それは、大晦日の事。
とある層で野外パーティをしていた小規模なギルドが、ラフィンコフィン、略してラフコフの連中に襲われ全滅した。
その八ヶ月後、やっとの事で手に入ったラフコフの居場所を突き止めた攻略組は、すぐさま討伐隊を結成した。
だが・・・
(妙だな・・・)
当然、誰ともフレンド登録・・・いや、
こんな低層の、しかも誰も来ないようなダンジョンに、どうしてプレイヤーが迷うのだろうか?
だが、そんな事を考えている暇は無かった。
情報が漏れていた。
数で圧倒的に勝る百人の攻略組を、ラフコフは不意打ちの元に一時的に混乱させはしたももの、ボスと戦っているせいか、状況の把握は早く、すぐに対処できた。そう、
たった一人・・・・あるプレイヤーが数分にして三十人の攻略組を葬った。
それだけで、十分だった。
攻略組は一瞬で恐怖のどん底に落とされ、次々と倒されていった。
その中で、一部の攻略組は、錯乱してラフコフのメンバーを切り捨て、殺す。
その中には、キリトもいた。
そして、ソラはその人物を良く知っていた。
「ヨウゥゥゥゥゥゥウウウゥウウ!!!」
ソラは、不意打ちに気付けず出遅れ、すでに十人ものラフコフのメンバーを切り捨てたが、ソラの目標は、その一人に絞られていた。
《ヨウ》。かつて、ソラともう一人の少女が組んだパーティの一人であり、ソラの親友だった少年だ。
服装は赤い西洋風の軽装で、その手には黒光りする片手直剣。
大剣を振り下ろす。
「久しぶりだな、ソラ」
だがヨウは、片手に持った剣一本でソラの剣を弾く。
「お前・・なんで・・・」
「忘れたのか?あの日の事を」
「・・・」
ソラは黙るしかなかった。
もう一つ語らなければならない。
このデスゲームが始まった直前の事、ソラには既に二人の仲間がいた。
ヨウと、ミヤと言う、一人の女性プレイヤー。
ヨウは同い年、ミヤは一つ下だった。
三人は、色々な狩場を見つけてはそこでレベル上げをして、笑いあって、時には喧嘩して、また仲直りをする。ソラの目的にも付き合ってくれたヨウとミヤは、彼と共に歩き続けた。
そして、ヨウとミヤの想いが通じ合い、恋人になっても、ソラは祝福し、それでも、前に進んだ。
いつまでもこんな幸せが続けばいい。そう、思っていた筈なのに・・・
「ハア・・・ハア・・・ハア・・・ハア・・・ヨウッ!ミヤッ!」
ソラは二十六層の森の中を全力で走っていた。
その理由は、ヨウとミヤが、ソラが武器のメンテをしている間に森に狩りにいった時、突然ミヤからの救援を受け、全力でその場所に向かっているためだ。
しばらく走り、そして、森を抜けた。
その瞬間・・・・・
バギンッ!
「・・・・・・・ヨウ・・・・?」
そこで、ソラは見た。
「た・・・たすけ・・・・」
必死に助けを求めていた、カーソルがオレンジの男性。
その喉元に、一本の片手直剣が突き刺さる。
また、ポリゴンが爆散する。
「よ・・・・ヨウ・・・」
「ああ、来たのか・・・」
カーソルが、レッドとなった少年・・・・ヨウが、そこに立っていた。
周りには、数本の剣が、地面に突き刺さったりと、転がっていた。
そして、そこに佇むヨウの目は・・・死んでいた。
「おま・・・え・・・」
「ああ、こいつら?何、少し害虫を駆除しただけだ。
「!?」
見回してみると、ミヤの姿がない。
「まさか・・・」
ソラの表情が強張る。
ヨウの手には、一つ、リストバンドがあった。
「それ・・・・」
「ああ、ミヤのだよ」
ミヤがヨウから誕生日プレゼントとして渡した紫の刺繍が施されたリストバンド。
先ほど、ヨウが殺した奴らは・・・・ミヤを殺したのか?
「俺は・・・・これから一緒にいられなくなる」
「おい・・・待て、待てよ・・・」
ヨウがウィンドウを操作し、ソラの目の前にウィンドウが開く。
そこには・・・・
『ヨウがフレンドを解除しました』
「ッッッ!!ヨウ!」
ソラは剣を抜き、ヨウに向かって振り下ろす。
ヨウはそれを右手に持った片手剣で受け止める。
「ふざけんな!こんな・・・こんな結末があってたまるか!」
「何人か殺しのがした。だから、お前はこっちにくるな」
左手が光り、ソラを吹き飛ばす。
「ぐ・・・ヨウ!」
直ぐに立ち上がり、ヨウに攻撃しようとした瞬間、いきなりがくんッ!と、体から力が抜けた。
「な・・・」
HPバーを見て見ると、そこには状態異常として、麻痺のアイコンがついていた。
いつの間にか、肩にナイフが刺さっていた。
麻痺毒が塗られたナイフだ。
「ダメだ・・・ヨウ・・・」
「じゃあな、ソラ」
剣を収め、右手に転移結晶を持つヨウ。
「い・・・・」
「転移・・・」
そして、あらん限りの声で叫んだ。
「行くなァァァアァアアアアアアァァアア!!!!」
それから、ソラはソロとなり、ヨウの行方を捜した。
時にはオレンジプレイヤーを脅し、情報屋で大金を払って情報を手に入れようとしても見つからなかった。
そして・・・・
今。
「うおああああああ!!」
黒い鎧、『狂戦士の鎧』の特殊アビリティ『狂化』を発動させ、ヨウに『メテオブレイド』をぶつける。
その攻撃を飛んで回避する。
そのまま、今攻略組とラフコフが戦っている層の床よりも高い層の足場に行ってしまう。
ソラはその後を追う。
「ヨウ・・・・」
そこにヨウは待ち構えていた。
キリトの剣よりもどす黒い剣をソラに向け、鋭い眼光をソラに向けていた。
「これで終わりにしよう、ソラ。お前がもう俺を追いかけなくて済むように」
「ヨウ・・・」
既に、殺人者とはいえ、人を殺したソラに、彼の言葉に抗う理由など、なかった。
黙って、両手に持った大剣を、左足を前に、右足を後ろにして体を右に向け、刀身の根元を顔の右側に近付けるような構えを取る。
「・・・その鎧と剣・・・ユニークスキルか?」
「・・・なんで知っている」
「俺もそうだからだ」
ヨウは、剣を天高く掲げる。
そして、もともと黒かった剣が更に黒く光り出す。
「!?」
そのまま振り下ろす。
それだけで、空気が震え、仮想を空気を切り裂く轟音が伴う。
「・・・・それは」
「『暗黒剣』。片手剣のエクストラスキルで、『殺し』に特化したスキルだ」
「・・・・」
左手を離しかけていた大剣をもう一度構えなおす。
「そっちのは?」
「・・・・『狂戦士』」
「そうか」
そして、ヨウはそれ以上なにも言わず、剣を真っすぐソラに突きつける。
BGMは、狂気にかられた戦場の音。
緊迫した空気が張り詰め、二人の間で交わされる視線は・・・もうかつての親友に向けるようなものでは無かった。
そして・・・・
バギィィンッ!!
誰かの首が飛んだ。
そしてその体がポリゴンとなって、消滅した瞬間、二人は走り出した。
「ヨォウウウゥゥゥゥウウウウウウゥウッッッ!!」
「―――――ッッ!!」
狂戦士重突進技『メテオブレイド』
暗黒剣重突進技『ダークムーン』
互いの剣が、交差する。
次回。
互いの全力を振り絞る戦い。
そこにある結末とは・・・・
『狂戦士と暗黒剣 その二』
楽しみに・・・